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2016年11月22日火曜日

冬冬の夏休み(’84)   ホウ・シャオシェン


冬冬(トントン)と婷婷(ティンティン)
児童期後期から思春期への通過儀礼を鮮やかに描いた一級の名画>





1  「毎日、色んなことがあって、思い出せません」 ―― 少年の夏が弾けていく





「残されたのは数々の思い出だけです。離れがたい思いのまま、私たちを6年間育んでくれた学校を後にします。深い悲しみに、涙がこぼれます。けれど、私たちは学業を終えたのです」

「仰げば尊し」の歌と重なり合って、台北の小学校での卒業生代表の答辞の一部である。

妹の婷婷(ティンティン)と共に、入院中の母を見舞った後、卒業生の冬冬(トントン)は、母の看病に忙しい父に代わり、冬冬の叔父である昌民(チャンミン)に随伴し、田舎の村・中西部にある銅鑼郷(どうらきょう)診療所を経営する母方の祖父のもとに、夏休みを過ごしに行く。

途中まで、昌民の恋人である碧雲(ピーユン)が随行する列車の旅である。

途中の駅で降車する碧雲を見送った昌民が、車内に忘れた彼女の服を取りに戻り、走って届けに行く間に、列車発車してしまう。

現在の銅鑼駅(トンロウえき)
残された二人の兄妹が目的駅に着くが、叔父を待つために、冬冬は広場でラジコン遊びに興じていた。

珍しい玩具に好奇心をそそられた地元の子供たち。

その一人の阿正国の持つ亀と、ラジコンを交換してしまう冬冬

ようやく、兄妹に追いついた昌民と共に、祖父の診療所に辿り着く冬冬婷婷

早速、冬冬は阿正国らと遊びに熱中する。

亀と玩具を交換するために、阿正国らの仲間が迎えに来たのである。

交換できる玩具が一つしかないので、一番早い亀と交換するレースに耽る子供たち。

そして、次は川遊び。

「どけ。女が見る者じゃない。女が見ると、目がつぶれるぞ」

子供たちの中で、婷婷だけは仲間に入れず、追い出された鬱憤を晴らすために、婷婷は男の子たちの服を川に投げ捨ててしまうのだ。

裸のまま家に戻る男の子たち。

しかし、連れて来た飼牛がいなくなり、それを探しに行った阿正国だけが戻らない。

飼牛だけ戻って来たが、心配する家族や冬冬たちが阿小国を探しに行く。

阿生国は疲れ果て、橋の上で、裸のまま眠ってしまったのである。

その後、教育熱心な祖父から、教科書の言葉を暗唱する冬冬。

蓄音機のレコードが奏でるノスタルジックな音楽を聴きながら、古いアルバムを見る祖父と冬冬。

この音楽をBGMにして、再び、外で遊ぶ子供たちの様子が描かれていく。

子供たちの嘲笑の視線が注がれる中、村人から毛嫌いされている知的障害者の寒子(ハンズ)が祠をお参りし、その前でタバコを吸っていた。

寒子(ハンズ)
好奇心旺盛な少年たちは、スズメ捕りの男に付いて行き、スズメを盗もうとするが、男が入った家の中に、その寒子がいるのを見るや、帰宅して来た寒子の父親に追い払われてしまう。

寒子はどうやら、村の男たちの慰み者にされているようだった。

その父親に、折檻されるスズメ捕りの男。

「あんな罪もない娘を、どうしたらいいの?母親もいないし、父親も哀れだわ」

祖父の家の中で交わされた、祖母と叔母との会話である。

冬冬と祖父
寒子が、既に身ごもっていることを案じているのである。

一方、冬冬の母の病名が、「胆管閉塞」である事実が判然とする。

母の実父である祖父の言葉によると、母の病気は「胆嚢破裂の恐れがあり、胆汁性腹膜炎を併発しかねない」とのこと。

だから、手術が不可避であるが、今や、担当医師に任せるしかないということだった。

それを耳にし、全く言葉を挟めない冬冬の心の痛みが映像提示されていた。

その冬冬たちが、高架下の路上で昼寝をしているトラック運転手たちから金品を奪っている強盗現場を目の当たりにする。

昌民と碧雲(ピーユン)のカップルと共にビリヤードを楽しんでいる冬冬が、二人の強盗を目視したのは、まさにそのビリヤード場だった。

そして、祖父の診療所には、強盗現場の被害者が運び込まれて来た。

「僕、犯人を知ってるよ」と冬冬。
「子供は口出ししないの」と祖母。

全く相手にされなかった。

祖父の診療所
碧雲(ピーユン)を孕ませたことで、母親が診療所に乗り込んで来て、昌民を責めるエピソードが挿入されたのは、この直後だった。

「出てけ!帰ってきたら、殺してやる!」

そう叫んで、祖父が息子を追放する。

そんな大人社会の現実を、冬冬は見せつけられるのだ。

相変わらず仲間に入れてもらえない婷婷が、電車に轢かれそうになった。

そんな婷婷を助けたのは寒子だった。

危機一髪だった。

寒子に背負われた婷婷を見て、冬冬は「降りろ!」と言うが、それを嫌がらない婷婷にとって、寒子は寂しさを埋める母親代わりの存在だった。

「産ませてやりたい。哀れだ。子供を持てば、寒子も治るだろう」

祖父に語る寒子の父親の言葉である

スズメ捕りの男に孕まされた寒子を、守ってやりたいという思いが滲み出ていた。

そんな折、昌民と碧雲が結婚式を挙げるが、当然ながら、祖父は出席しない。

その結婚式に、冬冬だけが出席する。

「何か、可哀そうだ」と、母への手紙に書く冬冬。
「毎日、色んなことがあって、思い出せません」

これも、母への手紙の一節。

冬冬と阿正国
「冬冬の夏休み」には、多くの情報が詰まっているのだ。

また、寒子と仲良くなった婷婷が死んだ小鳥を川に流す際に、その小鳥を優しく包み、寒子が涙を流すシーンが印象的に挿入される。

その婷婷が拾った小鳥を巣に戻そうとした寒子が木から落下し、祖父の診療所に運ばれて来た。

その手当てのため、台北にいる重体の娘(冬冬の母)に会いに行けなくなったことで、母を心配する冬冬から詰(なじ)られる婷婷。

寒子の寝床の傍で、婷婷は座っているだけだった。

この一件で、流産してしまう寒子。

一夜明け、母の容態が回復した事実を知り、安堵する冬冬。

相変わらず、頼りない息子だが、昌民の勘当を許す祖父。

かくて、台北から迎えに来た父と共に、台北に戻っていく冬冬と婷婷。

冬冬(中央)と阿正国(左)
冬冬の夏休みが終わったのだ。





2  児童期後期から思春期への通過儀礼を鮮やかに描いた一級の名画





1983年に開園した東京デズニーランドに行くには、15歳という年齢制限があるという冬冬の友人の言葉に代弁されるように、この時代の台湾の政治は、なお戒厳令下にあった国民党による一党独裁(蒋介石・蒋経国)の抑圧的政治が続いていたが(1987年7月に戒厳令が解除)、映画が切り取った風景は、児童期後期から思春期への通過儀礼の鮮やかな様態だった。

J・ピアジェが「具体的操作期」(6歳前後から11歳前後)と名付けた児童期の特徴は、具体的な体験を通して、物事を客観的に見られるようになる時期であり、より抽象的で、一般的な象徴化が可能となる時期であると言える。

冬冬(左)
思春期前期に踏み入っている冬冬のケースは、結束力の強い仲間集団を作り、ルールを決め、自発的な活動を実践することを通して、相互の心の繋がりを深め、価値観の内面生活での共感を生み、自律的な自我意識・価値意識の発達が進行する時期を顕在化させていた。

強い道徳観念も形成され、観察力・思考力・注意力・記憶力などの認知諸機能が飛躍的に発達する。

冬冬もまた、祖父母のいる田舎での、ひと夏の経験の中で、以上の能力を推進力にして、イニシエーションの洗礼を存分に受けた。

映画が切り取った風景の殆どは、冬冬の視線を経由するから、物語で描かれた出来事に冬冬が関与する構成になっている。

田舎の村で起こる出来事の一部始終を目撃し、自分なりの感性で捉える、児童期後期の自我が様々に反応していくのだ。

そこでの具体的な体験が、冬冬の能力を試し続けるのである。

これは、幼児にある婷婷(ティンティン)との決定的な違いである。

冬冬が、心理学の概念である「移行対象(乳幼児がぬいぐるみなどの無生物特別の愛着を寄せる現象)に振れている、婷婷への関心など特段に持ちようがないのである。

婷婷(ティンティン)
典型的なエピソードがあった。

田舎に行く列車内で、婷婷がトイレに入って、お漏らししてしまうエピソードであるが、兄妹を随行させる役割を担っている頼りない叔父・昌民が面倒を見る傍らで、冬冬は全く無関心だった。

夏休みの時間を楽しみにし、広場でラジコン遊びに興じていた冬冬と違って、このような大きな「旅」に馴致(じゅんち)できない婷婷の不安と緊張感が観る者に伝わってくるシーンである

田舎に着いても、冬冬たちの遊びから仲間外れにされた婷婷の寂しさを埋めたのは、知的障害者の寒子(ハンズ)だった。

寒子を母親代わりにすることで、婷婷は、たった一人の田舎の村での生活に何とか適応していくのだ。

ここから、冬冬のひと夏の経験の内実をフォローしてみよう。

婷婷(ティンティン)と寒子(ハンズ)
阿正國を中心とする、地元の子供たちとの遊びに興じることが、冬冬のひと夏の経験の中枢にあったが、そればかりではない。

母親代わりにしていた婷婷と切れ、知的障害者の寒子嘲笑するが、スズメ捕りの男に孕ませられ、それに同情する祖父母の話を耳にすることで、避妊手術などという言葉の意味することが正確に認識できなくとも、大人社会のリアリズムに触れ、思春期への架橋となるステップを踏んでいくのである。

そんな冬冬が、有無を言わさず、インボルブされてしまったのは、強盗現場を目の当たりにし、その後、偶然、二人の強盗犯を目視してしまった。

「僕、犯人を知ってるよ」と冬冬が祖母に話しても、全く相手にされなかった。

「子供は口出ししないの」

この言葉は、大人社会のフィールドに侵入してくる時の、「子供立ち入り禁止」という、大人サイドからの常套句である。

それまでの関係で作られた、両者の社会的・心理的距離感を崩すのは容易ではない。

「僕は、もう子供じゃない」といきがっても、大人と子供の社会的・心理的距離を埋めるのは容易ではないからだ。

その子供が、一気に「思春期スパート」(二次性徴による成長スパート)をかけ、少なくとも、外見的に大人の体型にまで辿り着かない限り、「子供立ち入り禁止」のバリアを崩すのは難しいのである。

中学生活を目前にした冬冬の「思春期スパート」には、あと少し時間がかかるだろう。

しかし、冬冬は、「子供立ち入り禁止」のバリアの中で、決定的に動いていく。

その概要は、冬冬が二人の強盗犯と、頼りない叔父・昌民の家で遭遇してしまったことから開かれた。

強盗犯に察知された冬冬は、彼らに乱暴を加えられそうになったとき、帰宅して来た昌民に救われる。

「誰にも言うんじゃない」

その際の昌民の言葉である。

事もあろうに、強盗犯は昌民の友人だったのだ。

しかし、恫喝された冬冬は昌民との「約束」を守らなかった。

祖父を通して、警察に告げるに至ったのである。

祖父
このエピソードは、本作の中で極めて重要である。

まだ逮捕されていない強盗犯に対する恐怖感もあったに違いないが、それ以上に、「善・悪」の原理で判断し、それを行動に移す能力が備わっている事実を検証するからである。

自ら警察に通報するだけの能力がないから、最も信頼できる祖父に話す。

当然のことである。

昌民の親であるにも拘らず、「善・悪」の原理で行動する祖父の人間性を信じていたこと ―― これが大きかった。

「父は俺を、見込みのない男だと思ってる」

冬冬に吐露した昌民の言葉である。

決して悪人ではないが、父から勘当され、他の街で暮らしている昌民の人間的欠陥を理解できているから、児童期後期の終焉のステージで形成し得た少年の道徳観念は、「損・得」の原理の発動も絡んで、一つの意味のある行動に結ばれたのである。

その冬冬が、昌民との「約束」を守らなかったことで、申し訳のなさの思いが表情に現れたのもまた、少年の道徳観念の顕在化であると言っていい。

そして、この映画を無言で支配しているもの。

それは、重篤な疾病による「母の不在」である。

「やはり、体が弱ってるそうだ。今夜中に意識が戻れば助かるが…。様子を見て電話をくれる」

祖母に語る、この祖父の言葉を、冬冬は部屋の外で聞き入っているのだ。

悲しみに暮れる祖母は、居ても立っても居られなかった。

だから、台北に行くという祖母の思いに寄り添って、祖父も同行することになった。

冬冬もまた、母の容態が気になって仕方なかった。

でも、何もできない。

母への手紙も、今や、何の力にもならない。

そう思ったのだろう。

だからこそ、祖父母の台北行きを遮断した寒子の落下事故を恨み、「川に流せば、生まれ変わる」と言って、死んだ小鳥のことしか頭にない婷婷を詰(なじ)るのだ。

「お前のせいだよ。寒子のために。おじいさんが台北へ行けない」

この映画の中で、このシークエンスは、最も辛いエピソードになった。

母の無事が伝えられ、台北に帰っていくときでも、寒子との別れを惜しむだけの婷婷の「夏休み」は、年齢を重ねていったら、「毎日、色んなことがあって、思い出せません」と、母への手紙に書く「冬冬の夏休み」の深みには、とうてい届き得ない「忘れられていく夏」でしかなかったに違いない。

婷婷は、まだ幼児なのだ。

それも、「死の不可逆性」(死んだら生き返らないということ)についての正確な認識に届き得ず、ミシェルとの「遊び」しか頭になかった、「禁じられた遊び」のポーレットと違(たが)わない幼児なのである。

目の前で戦死した両親の記憶すら覚束(おぼつか)ず、ミシェルを唯一の関係の対象にしたように、婷婷もまた、寒子を唯一の関係の対象にすることで「母の不在」を補足した。

その行為は、未発達ながらも、それ以外にない婷婷の適応機制だった。

寒子にしがみ付いた婷婷の心理の本質を冬冬が理解できるには、「冬冬の夏休み」をノスタルジック、且つ、客観的に想起する年齢に達すれば可能になるだろう。

―― 説明セリフなし・大写しなし・情緒の抑制的表現。

いつものように、淡々と構築されたホウ・シャオシェン監督の映像宇宙は、文句の付けようがないほど素晴らしい。

「冬冬の夏休み」 ―― いい映画である。

(2016年11月)

2016年11月8日火曜日

珈琲時光(’03)   ホウ・シャオシェン


<「日常性」は、ほんの少し更新されていくことで、自在に変形を遂げていく>




私の大好きな「珈琲時光」。

肩ひじ張らず、ゆったりとした時間が流れる映画が切り取った、「日常性」の静のリズムの心地良さ。

上京して来た父のために、アパートの向かいの大家さんの家に、一青窈が酒とグラスを借りに行くシーンは、ヒロインのおおらかな性格と生活風景が凝縮されていて、最高にいい。

雑司が谷・鬼子母神堂
ヒロインが住む、巨大繁華街・池袋の一角にある雑司が谷は、法華経の守護神・鬼子母神の存在によって、下町情緒あふれる風景を醸し出している。

浅野忠信は、いつもいい。

―― 以下、梗概と批評。




1  趣味・仕事・世界を持って自由に生きる二人の若者の、緩やかで、ぬくもりのある心的交流の物語




台湾から帰って来たばかりのフリーライターの陽子が、洗濯物を干している所に、電車の録音を趣味にする鉄道マニアで、神田神保町にある古書店主の主人・肇から、携帯電話がかかってきた。

高崎に帰郷する前に、肇の古書店に立ち寄るつもりであることを伝えた後、変な夢を見た話をする陽子。

古書店への立ち寄りの目的は、彼女が調べている、江文也(こうぶんや/台湾の音楽家で1983年に逝去)についての資料が見つかったという連絡を受けたからである。

因みに、陽子の夢の内容は、取り換えられた赤ちゃんの顔が老人ぽくって、体がドロドロに溶け、体は氷でできているという怖い話。

その直後、陽子は都電荒川線に乗り、大塚で山手線に乗り換える。

そこから、いつものように、神保町の古書店に行く。

陽子と肇
江文也について知り得た情報を話す陽子に、肇はヨーロッパの民間伝承である「ゴブリン」(邪悪な精霊)の中に、彼女が見た夢の話が挿入されていることを説明する。

そこには、「チェンジリング」という、「嬰児交換の民話」が収められていると言うのだ。

古書店を後にして、陽子は高崎に向かう。

上信電鉄の吉井駅
最寄駅の上信電鉄の吉井駅で、父が迎えに来ていた。

父がテレビでナイターを観ている傍らで、自宅の座敷で横になり、リラックスして、羽を伸ばす陽子。

「妊娠しているの」

唐突だった。

夜食を食べながら、義母に告白する陽子。

「誰?」
「台湾の彼」
「彼って?」
「うん。よく帰るでしょ、私。でも、結婚しないよ」
「親御さんは?知ってるの?」
「うん。でも、自分でちゃんと育てるし

それだけの会話だが、両親に衝撃を与える内容だった。

翌日、墓参りの後、3人はそば屋で食事をする。

陽子と両親
妻から娘の一件を知らされ、その動揺する思いを、全く言葉に結べない父。

東京に戻った陽子は、肇から「ゴブリン」の絵本を渡され、それを読んでいくうちに、自分が4歳の時に家を出ていった実母のことを鮮明に想起する。

引き続き、江文也の取材を続けていく陽子。

お茶の水の駅で肇と待ち合わせていた陽子は、車内で気分が悪くなり、新宿で途中下車する。

プラットホームで座り込んでしまうのだ。

肇と会い、有楽町に行くが、再び気分が悪くなり、心配する肇に、「妊娠しているから」と、路上で直截(ちょくさい)に言い放ってしまうのである。

二人は喫茶店に入るが、江文也の取材を手伝う肇の言葉には、感情の失速感が感じられた。

雑司ヶ谷に住んでいる陽子が、自宅のアパートに戻ると、高崎の母親から、父が会社の上司の葬儀に参列するために、東京に訪ねて来るという電話が入る。

今度は、肇が陽子のアパートに訪ねて来る。

具合の悪そうな陽子を心配し、食事の世話をするのだ。

独特のセンスを持つ肇が、コンピュータで描いた電車の絵を見せるのだが、その目的が、妊娠を告白した陽子に元気を与えるためであるのは自明だった。

肇の訪問で元気が出たのか、陽子は江文也の奥さん(江乃ぶ夫人)と会い、若き日のアルバムの写真を見せてもらいながら話を聞く。

若き日の江文也
洗足池に出た陽子は、その足で山手線に乗り換え、向かいの京浜東北線に乗車している肇に気づかず、雑司ヶ谷に戻って来た。

都電荒川線の駅で、父が陽子を待っていた。

母は鬼子母神に寄っていると言う。

両親と共にアパートに戻り、母に大好物の肉じゃがを作ってもらい、「おいしい」と言って、一気に口に頬張る陽子。

アパートの向かいの大家さんの家に訪ね、菓子折りを持って挨拶する母。

陽子は、父のために、お酒とグラスを借りに来たのである。

それを恥ずかしがる母。

醤油まで借りるという陽子にとって、それが日常的な付き合い方だった。

食卓を囲んで、母は娘に、最も聞きたいことを尋ねていく。

「何か月なの?」
「3か月?」
「病院行ったの?」
「うん。心配しないでいいよでも、結婚はしない。だって、お母さん、べったりなんだもん。一家で傘の製造やってて、絶対、私、結婚なんかしたら、手伝わされるし、そんなの無理…もともと彼は、私が台湾で日本語教えているときの学生なんだけど、彼はアメリカンスクールに通って、卒業してアメリカに行って、お母さんもね、ついて行っちゃうくらいにマザコンでねでも今、タイで、お姉さんと一緒に工場の管理している」
「連絡とってるの?」
「うん、電話くるよ。タイに来い、タイに来いって」

この言葉で、もう、母は何も言えなくなった。

一貫して、沈黙している父。

都電荒川線
両親が帰郷し、今、陽子は都電荒川線に乗り、山手線に乗り換えた車内で眠り込んでしまう。

そこに、駅のアナウンスや電車の音声を録音している、鉄道マニアの肇が乗車し、眠り込んでいる陽子の前に立ち、起こさないで静かに見守っている。

肇は今、陽子と共に御茶ノ水駅に降り立ち、引き続き、音声の録音をとっている。

中央線・総武線・地下鉄丸の内線の車輌が交差する、見事な風景の構図がラストシーンとなって、印象深い映画が閉じていく。

―― この映画は、自分の趣味・仕事・世界を持って自由に生きる二人の若者の、緩やかで、ぬくもりのある心的交流の物語であると言えるだろう。

それが、二人の適切な距離感なのである。

だから、お互いに干渉し合わない。

そのように考えると、本作は、自由な東京での暮らし方の一端が、鮮明に見えてくる映画として読み取ることも充分に可能である。

清々しい映画である。





2  「日常性」は、ほんの少し更新されていくことで、自在に変形を遂げていく 





「日常性」の裂け目の中から、ぬくもり(安らぎ)が作られる。

ぬくもりの継続感を、私たちは「幸福」と呼ぶ。

この継続感は、程よい心地良さで収めておかないと痛い目に遭う。

少な過ぎるぬくもりより、過剰なぬくもりの方が性質(たち)が悪いのだ。

ぬくもりで保護され過ぎた人生には、ぬくもりの意識すら生まれない。

「幸福」の実感も、殆ど曖昧になってしまうに違いない。

少な過ぎるぬくもりも、過剰なぬくもりも、共に捨てた映画 ―― それが本作だった。

それは、この映画が、私たちのごく普通のサイズの「日常性」を、映像的に巧みに切り取って描いているからである。

何より、「日常性」とは、その存在なしに成立し得ない、衣食住という、人間の生存と社会の恒常的な安定の維持をベースにする生活過程である。

従って、「日常性」は、その恒常的秩序の故に、それを保守しようとする傾向を持つが故に、良くも悪くも、「世俗性」という特性を現象化すると言える。

「日常性」のこの傾向によって、そこに一定のサイクルが生まれる。  

この「日常性のサイクル」は、「反復」「継続」「馴致」「安定」という循環を持つというのが、私の定義。  

しかし、実際のところ、「日常性のサイクル」は、常に、このように推移しないのだ。

「安定」の確保が、絶対的に保証されていないからである。  

「安定」に向かう「日常性のサイクル」が、「非日常」という厄介な時間のゾーンに搦(から)め捕られるリスクを宿命的に負っているからだ。

その意味から言えば、私たちの「日常性」が、普段は見えにくい「非日常」と隣接し、時には、「共存」していることが判然とするであろう。

しかし、この映画は、私たちの非日常的な「退行」(注)に、大袈裟に収斂させるかのようなエピソードの挿入を切り取っていない。

「反復」「継続」「馴致」「安定」という循環を持つ「日常性のサイクル」の中で、一貫して、主要な登場人物の相対的安定は確保されている。

その分だけ、「物語」としての「事件性」が希釈化されている。

「事件性」があるとすれば、陽子が妊娠を親に告白するシーンであるが、この「非日常」の唐突な侵入も、相応に凹凸のある私たちの人生の、その長くて短いスパンで見れば、「日常性」の範疇に収まるものだろう。

ここで想起するのは、映画の印象的なエピソードとして挿入されている、「嬰児交換の民話」。

三度、繰り返される「嬰児交換の民話」のエピソードが意味するのは、4歳の時に家を出ていった実母の鮮明な想起に因る、陽子の自我に封印されていたトラウマの「フラッシュバルブ記憶」(閃光記憶)の発現であると言っていい。

自分もまた、「ゴブリン」の絵本に出てくる「嬰児交換の民話」のように、「取り換えられた赤ちゃん」の一人なのだ。

そういう思いが、妊娠を意識する陽子の「時間」の現在性の渦中に噴き上がってきたのだろう。

陽子の「日常性のサイクル」の相対的安定は確保されているが、妊娠という「非日常」の「時間」の現在性は、陽子の将来のライフサイクルを制約する縛りをかけるが、それも自らが選択した生き方なのである。

確かにそれは、一つの由々しき「事件性」である。

しかし、その「事件性」は、台湾にいる頼りない男と結婚するより、シングルマザーを選ぶ陽子の内側で、相応の覚悟をもって処理されることで、「日常性のサイクル」の相対的安定は確保されていくのである。

そこには、自分の子供は自分で責任を持って育てるという、ヒロインの強い意志が胚胎されている。

そういう映画なのだ。

だから、何も動いていないわけではない。

「日常性」には定着性があるが、時間として凝結されていないのである。

それ故、少しずつ、何かが動いていく。

「日常性」は更新されるのである。

「日常性」は、ほんの少し更新されていくことで、自在に変形を遂げていく。

それが「日常性」の基盤に組み込まれて、新しい秩序を紡ぎ出す。

そこからまた、新しい出口を見つけ出して、人々は、漫(そぞ)ろ歩いて止まなくなるのである。 

始まりがあって、終りがある。

そこに取るに足らないことしか起こらなくても、円環的な「日常性」を巡って、巡って、巡り抜いて、それでも、そこにしか辿り着かない時間の海を漂流するようにして、一時(いっとき)の心地良さと出会うために生きていく。

本作ほど、そのことを感じさせてくれる映画も滅多にない。

心地良く響く、都電荒川線の単線のルーラルな安寧感

都電荒川線が交差する雑司が谷・鬼子母神の特殊なエリア。

「日本のカルチエ・ラタン」・学生街が広がる御茶ノ水駅界隈の風情。

古書街・神田神保町のノスタルジックな一角。

山を越えて吹きつける空っ風の大地・上州の風景。

レトロな風景の、切り取った構図の美しさ。

だから、ホウ・シャオシェン監督の映画は止められない。

ホウ・シャオシェン監督
最後に一言。

良くも悪くも、独特の様式美によって、俳優の台詞を厳格に管理・支配する「小津ルール」と切れ、この映画は、台詞の重なりがあっても、NGを出すことなく、限りなく自然に、俳優に「日常性」を演技させる「別のルール」によって貫流している。

そう思われるのである。

(注)「あの楽しかった青春の時代に戻りたい」。無論、児童期・思春期でもいい。普通の教育を受け、普通の幸福を享受した大人の自我には、少なからず、このような願望が潜在する。なぜか。第一に、自我の一貫性を保持したいという志向性であり、第二に、大人社会のストレス処理のためであるだろう。その意味で、私たちの「退行」は、大抵、「部分退行」であり、「方法的退行」であると言っていいいつでも、「日常性」に還ってくる確かな航路が確保されていることによって、私たちは「非日常」の香りを放つ「退行」を許容するのだ。

【参考資料】  拙稿・覚悟の一撃(短言集)

(2016年11月)


2016年3月22日火曜日

黒衣の刺客(‘15)     ホウ・シャオシェン

「今、ここから」、暗殺者の人生の時間が変換されていく>



1  政治に翻弄され続ける暗殺者の悲哀と新たな旅の物語



8世紀の中国は、第9代皇帝・玄宗(げんそう)の出現で絶頂期を迎えたと言われる唐王朝の時代だった。

しかし、多くの場合、絶頂期は衰退期の始まりになる。

辺境防衛の目的で設置された強大な軍事力を持った「節度使」(地方軍団の統率者/「藩鎮」は「節度使」の統治地域)が、軍権以外にも、民政権・財政権も持ち始めたことで、従来の統治制度である中央集権的な統治制度の「律令制」が機能不全に陥り、やがて崩壊・消滅するに至る。

この現実は、大帝国を築き上げた唐の衰退期の始まりを意味する。

節度使・安禄山らによる、「安史の乱」と呼ばれる反乱が起こったのが755年。

以降、地方各地で荘園(地方豪族による土地の私有)が加速し、節度使・朱全忠の「黄巣の乱」(こうそう/875年)に象徴される農民反乱も連鎖することで、唐王朝の権威は完全に失墜するに至る。

これが、本作の歴史的背景にある。

この節度使が権力を振りかざすようになったカオスの時代に、本作のヒロイン・聶隠娘(ニエ・インニャン/以後、隠娘)が、凄腕(すごうで)の暗殺者として、児童期から成人期もの長い期間、山に住む女性道士(道教では坤道=こんどう、とも呼ばれる)に預けられ、修行を積んだ「成果」が開示されるモノクロのシーンから開かれる。

「あの男、実の父を毒殺し、兄弟さえ殺す。罪にまみれた官僚。人知れず、首を斬れ」

この物騒な言葉を放ったのが、女性道士の嘉信(ジャーシン)。

「あの男」とは、当時、最強の「藩鎮」(はんちん)を統治する節度使のこと。

その節度使の暗殺を、弟子の隠娘に命じるのである。

しかし、節度使の暗殺に頓挫する隠娘。

「幼子が可愛く、ためらいました」

           「幼子が可愛く、ためらいました」

これが、凄腕の暗殺者でありながら、節度使の暗殺にしくじった理由だった。

「そういうときは、まず、相手の愛する者を殺し、次に相手を殺す」

嘉信はそう言って、次に、魏博(ウェイボー/現在の河北南部、山東北部)の節度使・田季安(ティエン・ジィアン/以後、季安)の暗殺を命じるのだ。

カラーに変換される「黒衣の刺客」の物語は、ここから開かれる。

長い修行が終わった隠娘(インニャン)は、嘉信に導かれ、魏博にある豊かな生家に帰還し、両親との再会を果たす。

そこで語られたのは、唐王朝に嫁ぎ、季安の養母の嘉誠公主(ジャーチャンこうしゅ/公主とは皇帝の娘)の仲立ちによって、隠娘と季安(ジィアン)が婚約していたという事実。

因みに、隠娘を嘉信に預けたのは、嘉信と双子の姉妹の関係にある、この嘉誠公主である。

隠娘に、身の危険が迫っていると察知したからである。

ともあれ、隠娘と季安の婚約は、「魏博と朝廷の平和」、即ち、地方権力を占有している節度使と、唐の中央政府との和解のための政略結婚を目途にしたものだった。

「玉玦」(イメージ画像)
その婚約の証として、「玉玦」(ぎょっけつ/全体が円形で、真ん中に丸い穴がある、儀礼に用いられた装飾品)の半分ずつが、隠娘と季安に託されるに至るが、しかし、先帝の死後、季安の田家が元家と同盟を結ぶために、隠娘の聶(ニエ)家を裏切ったことによって、二人の結婚は破談になったという経緯があった。

今更のように、その話を母・聶田氏(ニエ・テェンシ)から聞かされ、嗚咽する隠娘。

既にこの時点で、母から贈られた華やかな衣装に馴染めず、隠娘は暗殺者の記号である黒衣に着替えていた。

かくて、季安の暗殺を遂行するために、季安の豪奢な邸内に潜入するが、またしても、暗殺は頓挫する。

季安の側室・瑚姫(フージィ)と愛し合っている目の前に現れ、格闘になるが、相手に致命傷を与えることなく去っていくのだ。

敢えて、「玉玦」を置いていったことで、黒衣の相手が隠娘であることを確信する季安。

「隠娘を犠牲にした」

瑚姫に語る季安の言葉である。

季安瑚姫
それを、薄衣の陰で聞く隠娘。

映画のテーマを深く印象づける、悲哀を極めるシーンである。

魏博の節度使・季安の重臣である父・聶鋒(ニエ・フォン)と母は、娘の隠娘の身を案じる手立てとは言え、道士に預けた行為を悔いるのだ。

主家・季安の暗殺目的で魏博に帰還して来たことで、自分の立場が悪化する事態に不安を覚えるのである。

更に、隠娘の伯父・田興(テェンシン)が、朝廷寄りの行為に季安の怒りを買って、臨清(りんせい/現在の山東省にある大運河に面した交通の要衝)に左遷されることになった。

結局、父・聶鋒(ニエ・フォン)は、田興の臨清への左遷の護衛を、季安から命じられるに至った。

旅に出る一行の後を、元家が送り込んだ刺客たちが追っていく。

正確な情報の映像提示はなかったが、彼らは、元家から嫁いだ季安の正妻・元氏(ユェンシ)の放った刺客であると思われる。

かくて、刺客との斬り合いになり、多くの死者を出す一行。

一行を助ける隠娘も斬り合いになり、暗殺者としての仕事を遂行する。

襲撃で捕えられた際に、傷を負った父を介助する隠娘。

しかし、その隠娘も、女刺客との決闘で、相手の仮面を斬り、斃しながらも、自らも深傷(ふかで)を負ってしまう。

幸いにも、隠娘は鏡磨きの日本青年によって救われるに至る。(国際動乱の中で、唐の律令を参考にした、天皇中心の中央集権国家の体制=「大宝律令」施行直前の701年前後に、国号が「倭国」から「日本」に改称されたと言われる)

不思議な因縁で、この日本青年は、隠娘の父を含む旅の一行を救済したばかりだった。

その際、窮地に陥った日本青年を救ったのが隠娘だったのだ。

後述するが、このエピソードは、日本青年の温かな心に触れることで、政治に翻弄され続ける隠娘の孤独な運命を強調するシーンであること

隠娘日本青年、右は隠娘
かくて、父とのリトリート(隠れ家=辺境の山村の逗留場所と思われる)で、日本青年の治療を受ける隠娘。

「嘉誠様は琴を奏で、青鷺と鏡の話をなさった。青鷺は嘉誠様。朝廷から、独りで魏博に嫁ぎ、孤独な鳥だった」

隠娘が、温かな心を持つ日本青年に吐露した、感情含みの唯一の言語表現である。

その意味は、唐王朝に嫁いでいた、今は亡き嘉誠(ジャーチャン)公主が、琴を弾きながら語った、以下の言葉に対応するもの。

「王が試すと、青鷺は己を見て、悲しげに鳴き、一夜踊り続け、息絶えた」

簡単に言えば、政治に翻弄された嘉誠の苦悩の吐露である。

それは同様に、政治に翻弄され続ける隠娘自身の悲哀とオーバーラップするのだろう。

隠娘の話を真摯に聞く日本青年の素姓は全く映像提示されていないので、言及は避ける。

嘉誠(ジャーチャン)公主
そんな折、季安の妾・瑚姫(フージィ)が廊下で倒れ込み、傷の癒えた隠娘が彼女を救うエピソードが挿入される。

「瑚姫はご懐妊です」

忍び込んだ隠娘と剣を交えた季安に、一言添えて、その場を去っていく隠娘。

瑚姫事件の背景には、既に、瑚姫の懐妊を知っていた季安の正妻・元氏(ユェンシ)が、呪術師を利用して、側室を亡き者にしようとする陰謀が渦巻いていた。

一切を知った季安が、部下に命じて呪術師を殺害する。

政治権力の闘争に疲弊し切った季安の相貌が映し出され、物語は終焉に向かっていく。

そして今、隠娘は自分を凄腕の暗殺者に育てた嘉信(ジャーシン)の元を訪れるのだ。

「季安を殺しても、世継ぎは幼く、魏博の混乱は必定。故に果たせず」

包み隠さず、隠娘は季安の暗殺に頓挫した事実を報告するが、ここでも情愛が絡んでいた。

「剣の道、近親の情、聖人の憂いなし。汝、術は既に成るも、情、未だ断てず」

冒頭での嘉信の言葉が、表現を変えてリピートされる。

何も変わらなかった弟子に襲いかかる師匠。

最初で最後の師弟対決である。

一瞬にして、勝敗は決する。

今や、凄腕の弟子に敵う者など誰もいないのだ。

日本青年のもとに戻って来る隠娘。

走り寄り、嬉々として迎える日本青年。

その日本青年を新羅に送るために、隠娘は新たな旅に出る。

新羅に行く理由は、青年が日本への帰還を意味すると想像できるので、なお、日本に残る妻の元への帰還であると考えられるが、隠娘との関係を含めて、その辺りについても、一切、映像は何も語らない。(8世紀には、新羅との国交関係が悪化し、新羅と日本との関係は緊張が生じていて、新羅との国交は消極化するものの、民間の商人たちの往来は可能だった)(注)

最後まで説明台詞を切り取り、オーバーな感情表現を排除した映像は、魂が震えるようなBGMに使用したラストシーンに結ばれていくのだ。


(注)但し、ホウ・シャオシェン監督インタビューは、以下の通りだが、インタビューの内容が全く映像提示されていないので、私は映像から読み取った印象のみを書いた。

「ヒロインが鏡磨きの青年のところに嫁に行くという設定は唐の小説通りです。私が考えたのは、遣唐使の時代ですから、前年に鋳物師のお父さんが舟に乗れず、転覆した舟に乗って助けられた青年という設定を考えました」




2  「今、ここから」、暗殺者の人生の時間が変換されていく



政治にインボルブされ続けた人生だった。

娘の身を深く案じる両親によって、その身を女道士に預けたが、あろうことか、その女道士が、預かった娘を政敵を斃すための暗殺者に仕立て上げてしまった。

娘の人格総体を防衛するための配慮厚き両親の行為が、暗殺者という名の、痛ましいほどの攻撃的身体に変換させられてしまうのだ。

しかし、彼女は攻撃的身体であったが、一個の殺戮マシーンではなかったのである。

このことは、彼女、即ち、隠娘(インニャン)がテロリストではない事実を示唆している。

ここで私は、テロリストと暗殺者の違いを定義したい。

「政治目的遂行のために、一般大衆の生命や財産を意図的に奪う者」

これが、テロリストである。

狭義な定義だが、「一般大衆の生命や財産を意図的に奪う者」という一点において、テロリストは暗殺者と分れると、私は考える。

「幼子が可愛く、ためらいました」

この隠娘の言葉が、暗殺者としての彼女の人生の基底を成すものであると同時に、彼女がテロリストではない事実を検証すると言っていい。

「そういうときは、まず、相手の愛する者を殺し、次に相手を殺す」

これは、隠娘を暗殺者に仕立て上げた女道士・嘉信(ジャーシン)の言葉である。

この女道士こそ、非情なテロリストである事実を如実に示している。

なぜ、隠娘は非情なテロリストに成り切れなかったのか。

彼女の内側に、深い情愛の感情が生き残されていたからである。

だから、許婚(いいなずけ)との婚姻の破談の話を耳にしたとき、嗚咽を抑えられかったのだ。

父母の養育によって、隠娘の情愛深い自我が作られたこと。

それが全てである。

情愛深い隠娘が、プロのテロリストに化け切れなかったのは、あまりに自明の理であった。

プロのテロリストに化け切れなかった複雑な感情を封印することで、彼女の孤独は決定的に深まっていく。

日本青年
それ故、その事実を知る由もなかったが、愛する妻を持つ温かな心を有す日本青年に接し、癒しに近い感情を味わう。

「青年の背景を描くことによって、インニャンの孤独がさらに深まるだろうと考えたからです」

ホウ・シャオシェン監督の言葉である。

それでも、長期にわたる、プロのテロリストの洗脳すらも無化した隠娘の、その人格の芯の堅固さ。

それは、殆ど「理念系」であると言っていいが、どうやら、その辺りに、本作のメッセージを読むことも可能である。

暗殺者としての負の記号と決別し、全く風景の異なる世界への一歩を踏み出した隠娘。  

それは、情愛深い自我を作ってくれた両親への、せめてもの恩返しだったのか。

そうではあるまい。

何にも増して、政治にインボルブされ続けた人生に、決定的な終止符を打つことができる望外の喜びを、異次元の世界に自己投入し、風景の異なる新たな人生に向かっていく行為の総体なのだ。

その行為に立ち向かう覚悟のうちに、「今、ここから」、彼女の人生の時間が確かに変換されたのである。

―― 稿の最後に、印象深い圧倒的な自然描写の映像提示の意味について考えてみたい。

この映画で特徴的なのは、虫の声、野鳥のさえずり、木々のざわめき、渓流のせせらぎ、見通しが利かないほど濃く立ち込めた霧、そして、山水画のごとく幽玄な風景の広がりが、まるで、一幅の絵画を思わせる佳景と化し、私たちの心を洗い流してしまうような構図の連射だった。

それは、人間が支配している一切の人工的な仕掛けが、歴史的時間の点景でしかないと思わせる何かだった。

人工的な仕掛けを支配している人間を、悠久の自然が支配し、俯瞰(ふかん)しているのだ。

20世紀のフランスの歴史学者・フェルナン・ブローデルは、歴史的時間を「長波」・「中波」・「短波」の三層構造として把握し、それぞれ、「地理的な時間・社会的な時間・個人の時間」として提示した。

そして一切は、緩慢な歴史=悠久の自然=「長期持続」の歴史の周りを回っているだけであると提起したのである。

自然の大きさに比べて、人間がいかに小さい存在であることか。

「変わらぬ自然」の「長期持続」と、激しく変動する人間の「社会的な時間」=「中波」のコントラスト。

だから、この映画では、「長期持続」としての「変わらぬ自然」が、点景でしかない人類史の歴史的時間を余すところなく覆い、呑み込んでいるのだ。

それが、圧倒的な映像美の小宇宙を展開し、印象的に閉じていくラストシーンに収斂されるのである。

私たち人類の歴史を、その根柢において動かし、決定的な作用を及ぼしている構造的な原型の総体 ―― それこそが、「長期持続」としての「変わらぬ自然」であるということなのか。

そんな風にも読み取れる映画でもあった。

(2016年3月)