
1 梗概
こんなに面白い映画があったのか。
正直、驚かされた。
この映画の良さは丹念に練られた脚本の素晴らしさに尽きる。
監督がスクリプター(撮影した内容の記録係)を初め、11役を兼ねたインディーズ系全開の映画でありながら、100年近い歴史を誇る「時代劇の聖地」・東映京都撮影所が脚本を読んで感銘し、全面協力するという経緯を知れば納得できる。
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安田淳一監督 |
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東映京都撮影所 |
タイムスリップという仮構性の設定において基本・全面エンタメであるにも拘らず、観る者の心に響く物語が内包する挿話に惹き込まれ、コメディラインの前半から打って変わってシリアスラインの後半の展開では嗚咽を抑えられなかった。
梗概はウィキペディアに依拠して、私自身が感じたところを書いておきたい。
以下、梗概。
【幕末、会津藩士・高坂新左衛門は、家老より直々に長州藩士・山形彦九郎を討つ密命を受け、同胞・村田左之助とともに京都に赴き、西経寺の前で山形を待ち伏せて襲いかかる。しかし戦いの最中、落雷により現代の京都にある時代劇撮影所へタイムスリップしてしまう。
タイムスリップする高坂 |
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高坂新左衛門 |
撮影所で騒動を起こし、機材に頭をぶつけ倒れた高坂(こうさか)は、撮影助監督の山本優子の世話で入院治療を受ける。しかし、目が覚めた高坂が病院の窓から目にしたのは、変わり果てた日本の街並であった。見知らぬ現代の街へ飛び出した高坂は、街のシャッターに貼ってあるイベントポスターで自分が幕末から140年後の日本に来てしまったと知る。元の時代に戻る術もわからないまま彷徨い続け、見覚えのある寺の外で行き倒れた高坂は、西経寺(せいけいじ)の住職夫妻に助けられる。また寺が時代劇のロケ地としてよく使われている縁から、優子と再会。役作りに熱心な斬られ役だったが頭を打ったせいで記憶喪失になったと勘違いされ、そのまま寺に居候することとなる。
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左から高坂、優子、住職夫妻 |

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ケーキの美味しさに感動する高坂 |
ある日、テレビで時代劇を見た高坂はその物語に深く感動。そんな折、寺で時代劇の撮影が行われることになり、高坂は急遽、斬られ役のエキストラとして出演する。そこで坂本龍馬によって殺される新選組隊士を演じた事で気持ちの整理をつけ、さらに斬られ役の演技を目の当たりにした高坂は、これこそ現代において自分に出来る唯一の仕事と思いたち、斬られ役のプロ集団「剣心会」への入門を希望する。
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「剣心会」の殺陣師関本(右から二人目) |
仲介を頼まれた優子からは、現在の時代劇の窮状を理由に翻意を促されるが、高坂の真剣な言葉により熱意が伝わり、殺陣師・関本の試験を経て剣心会への入門が叶う。関本の指導と自己研鑽が実り、高坂は斬られ役として順調に活躍の場を広げていく。
そんな中、10年前に時代劇からの卒業を宣言したスター俳優・風見恭一郎を主演とする新作時代劇映画の制作が発表される。撮影所所長である井上から呼び出された高坂は、風見直々の指名により新作映画の準主役に抜擢されたことを告げられる。謙遜から辞退しようとする高坂に対し、風見は自身の正体を明かす。
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風見 |
彼は高坂がタイムスリップ直前に暗殺しようと対峙した長州藩士・山形彦九郎その人であった。今から30年前の京都撮影所にタイムスリップした山形は、高坂同様に斬られ役から俳優としての現在の地位を築いていた。本物の侍の姿を二人で残したいと語る風見に、かつての因縁から出演を固辞していた高坂であったが、関本や優子といった周囲の想いを聞く中で最終的に受諾する。
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山形彦九郎 |
撮影が進む中で、高坂と風見は役柄同様に次第に心を許す仲になる。風見は幕末にいた頃に人を斬った事を後悔しており、殺陣の中でそれを思い出す事に苦悩していたが、高坂との交流を経て覚悟を決める。しかし脚本変更により会津藩の悲惨な末路を知った高坂は、演技に支障をきたしてしまう。思いつめた高坂は、映画最後の殺陣となる高坂と風見の対決シーンで真剣を用いることを監督に提案する。優子と関本は強硬に反対するものの、風見が快諾し、監督の武者小路も乗り気になる。そして高坂と風見が撮影関係者への免責を記した血判状を提出したことでこの案は採用される。
撮影当日、高坂は風見に対し、殺陣ではなく仕合を申し込む。打合せ通りではない立ち回りが始まったと撮影陣は気付くが、止めるなと監督に厳命されたカメラの前で、文字通りの真剣勝負が繰り広げられる。対決の果てに、高坂は風見を実際に斬ることはできずにその場に泣き崩れ、撮影はカットがかかる。お互いに自分の信じる道を精一杯生きた、それで良いではないかと声をかけてくる風見に対して、高坂は、いずれ武士や時代劇の事が忘れ去られるとしても、それは今日ではないと応え、今という時代を精一杯生きる事を決意する。

凄みあるシーンが撮れたことに一同は喜ぶが、ただ一人、優子は激怒して高坂に平手打ちをくらわし、二度とこのようなことをしないようにと𠮟りつける。高坂は優子に何かを語りかけようとするが、彼女は次の瞬間には完全に気持ちを切り替えて仕事に戻ってしまい、何も伝えられずに終わる。風見は高坂に告白を促すが、高坂はそれは今日ではないと伝え、撮影に戻る。映画は無事完成し、公開される。
タイムスリップしてきた村田左之助(ラストカット/冒頭で山形彦九郎に斬られなかった会津藩士) |
映画公開後も、京都撮影所には斬られ役として撮影に臨む高坂の姿があった。やがて人気のなくなった屋外オープンセットの小路に、会津藩士・村田がタイムスリップしてきたところで映画は終了する】
以下、風見の登場によって開かれるシリアスラインの後半の展開をフォローしていく。
2 「今という時代」に適応し、精一杯生きていく
二人の男が、タイムスリップして来た現代の京都の一角で会話している。
「30年前にここ(京都撮影所)に来た。昔は貴殿より若かったが、今はこの通り、年上になってしまったよ。ひと月ほど前、テレビをつけると貴殿の姿、耳を疑ったよ」と風見(山形彦九郎)。
ここで、斬られ役の高坂の姿を映すテレビを観て驚嘆する風見の回想シーン。
「腕には覚えがあった俺だが、死を覚悟した。ま、続けておれば俺が勝った」
「今どなっては何とでも言えるわ」
「ハハハハ、ま、確かに…で、どうだ。この話、受けてみる気はないか」
「断る。大恩ある徳川の世を終わらせた貴公たちの遺恨、決して忘れたわけではない」
「まだ、そんなことを言っておるのか。それは今となってはどうでもいいことよ」
「どうでもいいとはどういうことだ!」
ここで激昂した高坂が「失礼する」と言い捨てて風見の部屋を出ようとすると、風見は後方から言葉を投げかける。
「本物の侍を!俺たちの思いを今、時代劇として残せる者はおぬししか…」
「時代劇を捨てたのは貴殿であろう」
二人の男はここで睨み合い、屹立する。
部屋に入って来た撮影所所長は剣呑な雰囲気に度肝を抜かれる。
その直後、一人、出演を固辞して稽古に励む高坂に殺陣師の関本は、斬られ役の辛さを訴え「しょうもない意地張って、目の前のチャンスを逃がすな」と説諭する。
関本の話を廊下で聞いていた優子も高坂に訴える。
「私もそう思います。風見さんの『時代劇を守りたい』という気持ち、本当やと思います」
優子にも後押しされ、黙する外になかった高坂は、揺動するまま「最後の武士」の撮影に入っていく。
撮影が進んでも鬱念とする高坂は休憩中でも、風見との距離を取り続けるが、それでも晴れない心中を風見に問うのだ。
「なぜ捨てた時代劇を?」
それに応えない風見は、音声を取らないシーンの撮影で、自らのトラウマを吐露するのである。
音声を取らないことを説明する |
「俺はな、向こうにいた時、人を斬ったことがある。初めは単に降りかかる火の粉は払ったまでと思ってた…だがこっち来て芝居で人を斬る度に、あの嫌な感触が蘇ってきたんだ。とうに忘れていたはずなのに、斬った侍の死に際の顔まで思い出されて、毎晩うなされる始末。もう限界だと思った」
「俺はな、向こうにいた時、人を斬ったことがある」 |
「つまらん。見損なったわ」
「何とでも言え」
「腰抜け」
「田舎侍が」
「何だと」
「その訛(なま)り。もういい加減、直したらどうだ」
「言わせておけば」
二人の遣り取りの後、本番の撮影に入るものの、風見の様子がおかしいので撮り直しすることになった。
打ち明けられた高坂だけが風見の悩みを知っているので、再び二人だけの会話が開かれる。
「おぬしをこの作品に巻き込んだ責任か?」
「徳川の名誉を終わらせ、この時代の礎を築いた者としての責任だ…侍らしく、己に与えられた役目を果たせ」
高坂の言葉を受けて本番の撮影に入った風見の演技が監督に認められ、クランクアップを控え、撮影所所長が設けた「中打ち上げ」(なかうちあげ/仕事の途中での宴会)の場で、風見は自分の思いを吐露する。
「私は時代劇を残したい。あの時代を精一杯生きた者たちの思いを何とか残したい」
覚悟を括った風見のスピーチで盛り上がったその場で、修正を加えられた脚本を読んだ高坂は会津の惨状を知り、涙を隠し切れない。
「降伏した会津藩に対し、新政府軍は見せしめとして城内で戦死した者の埋葬を禁止した。そのため、腐敗した死骸によって凄まじい悪臭が漂うことになった。戦後処罰を逃れた藩士や家族たちも、作物も獲れない痩せた土地へと追いやられ、寒さと飢えにより多くの者が命を落とした」
ここまで読んだ高坂は演技に支障を来し、精神的に追い詰められていく。
酩酊する高坂はチンピラに暴行を受け、自らに「何ができるというのだ」と言って煩悶し、風見との対決シーンで真剣を用いることを監督に提案する。
真剣を用いることを提案する高坂 |
当然ながら、優子と関本は強硬に反対するものの、風見が快諾し、監督も乗り気になる。
「俺は面白いと思う」 |
血判状を読んで驚く撮影所所長 |
かくて、撮影関係者に対する免責を記した高坂と風見の誓約書(血判状)の提出を受け、撮影所所長の許諾を得るに至る。
「殺陣ではなくて試合で願いたい」
「やはり俺を許せんか」
「いや。無念のうちに死んでいった仲間たちに顔向けができんのだ」
「あの夜の続きというわけだな」
「ああ」
「相(あい)分かった」
「かたじけない」
「楽しかったぞ。おぬしと映画が作れて」
「拙者もだ」
ここで本番の撮影が始まった。
向き合う二人の最後の会話。
「どうしても斬り合わねばならんのか」と風見。
「それが我らの定め」と高坂。
ここから二人の本気の斬り合いが開かれる。
凄い斬り合いの応酬の迫力がスタッフを凍らせるが、遂に諦念した風見に高坂の本身が向けられる。
しかし、殺せない。
風見を斬り殺せなかった高坂は自己を詰(なじ)る。
「俺は情けない男だ」
「俺たちは互いにこの国を思って、己の信じる道を精一杯生きた。それで良いではないか」
ここで監督からOKの声が出て、スタッフの拍手が鳴りやまない。
優子だけは怒りを隠せず、高坂を平手打ちをして𠮟りつけるのだ。
「今回だけは許します。二度と駄目ですよ」
ラスト。
風見は高坂に優子への告白を促すが、高坂は「今日がその日ではない」(アドリブだった)と伝え、撮影に戻っていく。
映画は本身で斬り合って風見を斬ることができなかった劇中劇と異なり、高坂が風見を斬り、風見の死を悼み拝むシーンに編集されて無事完成し、公開されるのである。
「ええ映画やったなあ」 |
高坂の思いが結晶する「今という時代」は、幕末動乱の時代を経て構築された近代社会のリアルで豊かな時代なのだ。
少なくとも今は、時代劇の斬られ役として精一杯生きていく。
そう括ったのである。
思えば、会津藩士としてタイムスリップして来た世界で知った会津の惨状を受け止め斬れなかった高坂の断腸の思いは、本身での真剣勝負によって相当程度、希薄化することができた。
「俺は情けない男だ」と言いながらも、生き残った藩士としての贖罪も果たした。
あとは、「今という時代」に適応し、精一杯生きていくのみ。
一方、人を斬ったことのトラウマを抱え込んでいた風見もまた、敵対する高坂に本身で斬られることで、斬られる者の屈辱を身に染みて理解することができた。
結局、この映画は幕末からタイムスリップして来た二人の武士が背負った煩悶が、まさにタイムスリップして来た世界で本身で闘うことによって溶解していく物語だった。
【主演の山口馬木也と、風見恭一郎を演じた冨家ノリマサが群を抜いて素晴らしい。とりわけ、同時期に創られた『最後の乗客』でヒロインの父親役を演じた冨家ノリマサ。鮮烈な印象を残すベストパフォーマンスに触れ、大きく心を打たれた】
「最後の乗客」より |
(2025年5月)
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