検索

2021年7月27日火曜日

体育会系の懐深くに飛び込み、爆裂する男の純愛譚 映画「宮本から君へ」('19)の苛烈さ 真利子哲也



1  出口の見えない時間の只中で、激しく葛藤する男と女

 

 

 

時系列を前後させながら構成された物語は、主人公・宮本浩(以下、宮本)が、中野靖子(以下、靖子)を連れて実家に戻り、唐突に父親に宣言するところから「現在パート」が開かれる。 



「僕、この人と結婚するから」 



父親の同意を得たものの、母親からは快(こころよ)い反応を得られない。 

「母さん。あんたのやり方には納得がいかない」



当然のことだった。

 

警察沙汰になるほどの喧嘩で相手にケガを負わせ、前歯が欠け、自らもギブスをした状態で、何の相談もなく、出し抜けに結婚すると言い放ったばかりか、靖子が妊娠していると知らされた母親は、安易に受容できようがなかった。 



実家の2階に布団を敷いた夜の帳(とばり)の中で、嗚咽する宮本。

 

あの日、靖子に自宅アパートに誘われ、食事をしているところに、靖子の元恋人の風間裕二(以下、風間)が勝手に入り込んで来た。 

風間

「あたし、あの子と寝たよ」 


そう言われ、風間は靖子を殴り飛ばす。

 

「この女は特別だ。この女は俺が守る!」 


身震いしつつも、突として、宮本は本音を吐き出すのだ。

 

それを耳にした風間は、宮本の耳元で、「女殺し」と言い捨てて去って行く。 



「裕二と切れるために、あんたを利用しただけだから。あんたって、便利な男だわ…女だったら、一生に一度くらい、あのセリフ信じたいじゃない。信じちゃ、ダメ?それとも、嘘だったの?」 



帰ろうとした宮本は靖子を思い切り抱き締め、二人は結ばれる。 



翌朝、昨日の修羅場で死んだ金魚を土に埋めながら、宮本はしみじみ呟く。 


「幸せだ。俺、頑張るから」 



―― 「現在パート」。

 

今度は、宮本と靖子は、結婚の報告に靖子の実家を訪ねる。


 

母親と妹は宮本を気に入るが、父親は結婚を了承したものの、収まりが悪い様子だった。 



「東京へ出す時、こういう真似だけはしないって、約束しなかったか?」 


娘・靖子への、寡黙に徹した父からの、穏やかな物言いだが、痛烈な一撃だった。

 

―― 過去パート。

 

宮本の取引相手の真淵部長との待ち合わせに遅れて来た靖子は、いきなり、初対面の真淵(まぶち)に怒鳴られる。 

真淵(左)と大野(右から二人目)


誠実に謝罪した靖子は宮本と共に、ラグビー仲間の飲み会に参加する。

 

ラッパ飲みを強いられた宮本は、調子に乗り、酔い潰れてしまうのだ。 



二人を送るために、真淵の息子・拓馬(たくま)が呼び出された。 

拓馬を呼び出す大野


「年上の女、調達してやるよ」 


面倒臭(めんどくさ)がる拓馬を、大学の先輩である大野が、そう言い放ち、説得したのだ。

 

この拓馬は、現役ラグビー部員の巨漢である。 

拓馬


自宅に送った拓馬は、前後不覚になって就眠する宮本の傍(かたわ)らで、靖子を手籠め(てごめ)にする。

拓馬(中央)


レイプされた靖子が、就眠中の宮本の傍らで号泣する


翌朝、公園にいた靖子を探し、宮本は声をかける。

 

「あんたはもう、救いようがないよ」

「靖子、何か、怒ってる?」


「別に。呆れてるだけ」

「俺、何かした?」

「何にも。あんたは寝てただけ」


「寝てちゃ、悪いのかよ!」

「悪くないよ。あんたは、何も悪くない…でもね、あんたが死ぬほど憎い!」


「何?」

「犯された…」 


靖子の呟きを耳にして、宮本の顔が見る見るうちに変わっていく。 




「今更、遅いんだって、そんな顔!あんたは寝ていて、アホずらして寝てたんだから…消えろ!宮本」 


宮本の頬から涙が溢れている。 



女のアパートの部屋。

 

男と女の激しい葛藤が、出口の見えない時間の只中で身体化され、「頑張れ!」と叫ぶ男の思いが無残に生き残されていた。 



―― 「現在パート」。

 

靖子の実家近くにある海岸で、稲妻が走っている。 


そこで靖子は、歯抜け状態で言葉が抜ける宮本の差し歯治療代として、風間から40万円の借金をしたことを告げるのだ。 


「何で、あんな奴に!」 


怒号する宮本に対して、靖子は言い切った。

 

「宮本!こんなことで腹を立てるわけ。もっと強くなんなよ。私は命二つ持って生きてんだ。あんたに負けないよ」 


驚愕(きょうがく)する宮本


「女」をシンボライズする髪を短くした靖子には、もう、怖いものがないようだった。

 

 

 

2  「子供は俺の子。俺こそが父親だ。俺の人生バラ色だからな!」

 

 

 

 

―― 過去パート。

  

炊飯器に食らいつき、ご飯を掻(か)き込む宮本の一挙手一投足(いっきょしゅいっとうそく)には、狂気が棲(す)み込んでいる。 


「俺が殺す。コケにされたのは俺だ。てめえは引っ込んでろ」


「あたしより自分のプライド傷つけられて、悔しいだけじゃないの」


「そうだったかも知れねえ」

「だったら、何であの男のところにすっ飛んでいかないの。怖いんでしょ。ビビってんのよ、あんたは!」

「違う!酔ってたから、家、分かんないし。思い出せねぇんだよ!」


「家、分かんないっていう理由だけで、怒り抑えられるんだ」

「それだけじゃねぇんだ、バカ野郎!俺、拓馬の顔も覚えてねぇんだよ!お前の顔しか思い浮かんでこねぇんだよ!」 

                 「お前の顔しか思い浮かんでこねぇんだよ!」



目に涙を浮かべ、口からご飯を吐き出しながら、叫び切る宮本。

 

ここで哄笑(こうしょう)する靖子。

 

「殺してよ、宮本」 


それだけだった。

 

拓馬への復讐のために動く宮本。

 

真淵から拓馬がラグビーの試合に来ることを聞き出した宮本は、車に乗っている拓馬をネット越しに追い駆け、動物に憑依(ひょうい)したかのように唸(うな)り、降車した巨漢に突入するが、瞬殺される。


ラグビーのフィールドから、二人の様子を見る真淵

唸り声を上げて、拓馬に向かっていく宮本

瞬殺される宮本


前歯を三本折られて路傍に倒れている宮本を視認した真淵は、息子の拓馬に、喧嘩の理由を尋ねる。

 

「喧嘩の理由は昔から同じですよ。お互い、譲れない部分があったんでね」 



これで一件落着するが、路傍に置き去りにされる宮本。

 

憐れにも、屈辱だけが生き残されたのである。 

折られた前歯を見る宮本 


その頃、出血が止まらない靖子は産科医に診てもらうが、妊娠の事実を知らされる。 

                  「あなた、おめでたですよ」

驚く靖子

「あんたの言う出血は切迫流産です」



「切迫流産」に因る出血であるということを知らされ、その足で宮本のアパートを訪ねるが、留守だった。 

宮本のアパート


「本当に申し訳ありませんでした。しばらく会えません」 


部屋に置かれた紙に、宮本からの伝言メモである。 

煩悶する靖子

靖子のアパートを訪ねる風間

孤独の寂しさから、風間に抱きついていく靖子



一方、拓馬との決闘に備えて鍛錬に励む宮本。 


川辺を走る宮本


その宮本は、真淵と大野から喫茶店に呼び出され、喧嘩の理由を問い質(ただ)すが、「あなた方に話すことなんて、何にもありませんから」としか答えない。 

左から真淵、大野、宮本


「宮本君が拓馬に勝てると計算してたなら、バカだよね」と大野。


「おっしゃる通り、バカで結構ですから…」と宮本。

 

失われた三本の前歯のために、滑舌(かつぜつ)が上手くいかない宮本が帰ろうとするや、「まだ、話済んじゃねぇだろ!」と怒る真淵に向かって、捨て台詞を残さんとする宮本。 

「まだ、話済んじゃねぇだろ!」

「話なんか、ねぇですよ!大体、あんたらが待ち合わせに…!」

 

ここまで言いかけて、言葉を濁す宮本に、「中野靖子絡み」という大野の言辞に、宮本は怒鳴り捲(まく)るのだ。 

「どういうことだ」(真淵)


「殺すぞ、てめぇら!てめぇが安心したいだけだろうが。倅(せがれ)、信じてぇなら、心中覚悟で信じてやれよ!今更、首突っ込む隙間(すきま)なんかねぇぞ。貴様ら親に何ができんだよ!」 


これが、憤怒を込めて絶望の淵に立たされた男の、それ以外にない宣戦布告である。

 

会社に出勤する宮本の前に出現した風間から、靖子の妊娠の情報を聞き、堕胎を勧める風間に対して、「俺は産ませて、結婚だ」と叫び上げる男。 


「俺は産ませて、結婚だ!」

社内で吠える宮本


社内の空気が、宮本の熱量に呑み込まれている。

 

この熱量が、そのまま、靖子の社内の空気をも呑み込んでしまうのだ。

 

「結婚しよう。何も言うな!話は全部、聞いた。全部、俺に任せろ!」


「黙れ、黙れ、黙れ!」


「結婚しなきゃ、意味ねぇじゃねぇか!」

「一緒にいても意味ないから…」

 

それでも、結婚を迫る宮本に、靖子は問いかける。

 

「じゃ聞くけどさ、私はあんたの何なの?俺が、俺がって、あんた、自分のことばっかりじゃない。私の子供だ。私が産んで、私が一人で育てるよ!私が母親だ!」

言葉を失う宮本


一転して、風景は変わるが、絶叫言辞は、ここでも貫流されていた。 


そこは、真淵が入院している病院。

 

ラガーマンの息子に、靖子との一件を、再び詰問(きつもん)したことで喧嘩になった挙句(あげく)、殴られ、病院送りになった真淵が宮本を呼び出したのである。 


「何だ、そのざまは!」 


この絶叫言辞に対して、真淵は拓馬との経緯(いきさつ)を説明した後、吐露する。

 

「親の欲目でも何でも構わねぇ。それでも拓馬は、俺の子だ」

 

この真淵に対して、宮本の絶叫言辞は止まらない。

 

「俺から見れば、あんたと拓馬は赤の他人だよ!命懸け上等だよ。けどな、俺だって負けるわけにはいかねぇんだよ!親になるんだからよ。もうすぐ、命懸けで父親になんなきゃなんねんだ!俺は気合入っているからよ。今日明日にでも、息子の看病、命懸けでさせてやるから、気合入れて待ってろ!」 


ここまで言われた真淵は、宮本の意を汲(く)み取り、拓馬の居場所を教える。 



そして、拓馬への意趣返(いしゅがえ)しに臨む宮本。

 

マンションの女の部屋から出て来るのを朝まで待っていた宮本に、拓馬は自信げに言い放つ。

玄関から叫ぶが、無視され、朝まで待つことになる
 

朝まで待つ宮本


「宮本さん。本当にいいんすか。今度は歯だけじゃ済まないっすよ」 



ここから、怯(ひる)むことのない宮本との非常階段での決闘が開かれる。 


「終わりにしましょうか」 



散々、甚振(いたぶ)られ、血塗(ちまみ)れになった宮本が首を横に振ったことで、指を二本折られてしまう。 



痛みを訴えながらも、拓馬の背中に噛み付き、ズボンを脱がす宮本。

 

動揺する拓馬の急所を繰り返し蹴り上げ、右手で掴み上げるのだ。



戦力を失い、倒れた拓馬を殴りつけ、勝利し、雪辱を果たしたことで雄叫(おたけ)びを上げ、宮本の復讐譚は終焉する。 



血生臭(ちなまぐさ)い相貌を露わにした宮本は、悶絶する拓馬を自転車に乗せ、靖子の部屋の前の路傍にやって来て、求婚するのだ。 




【相当程度、アクチュアリティー(現実性)を蹴飛ばす本篇であっても、拓馬を自転車に乗せ、運んで来る描写は、些(いささ)か喋々(ちょうちょう)しい。但し、この描写なしに、宮本の荒ぶる魂は軟化点を確保できず、浄化し得ないと考えるのが正解かも知れない】  

 

「俺と結婚しろよ」 



無言を通す靖子に、ここでも、宮本は絶叫言辞に振れていく。

 

「ちまちま考えてねぇで、とっとと返事しろ、このくそったれ!」 


靖子も、きっぱりと反応する。

 

「あんたと結婚なんかしてたまるか!それが返事だ。顔もみたくない。とっとと失せろ、このバカったれ!」 



喧嘩に勝って有頂天になっている宮本に、靖子は言い放つ。

 

「連れて来いとも、喧嘩しろとも言ってない。私のためだと言うなら、大迷惑だ」 


この靖子の物言いには嘘がある。

 

彼女は、哄笑(こうしょう)しながら、「殺してよ、宮本」とまで言い切ったのだ。 

「殺してよ、宮本」


だから宮本も言い返し、二人の絶叫言辞に結ばれる。

 

「それはお前、全部、俺のためだからよ。俺は世の中、全員敵に回すつもりだったからよ」


「何しに来たの?」

「靖子に褒めてもらいたい。この俺を」


「呆れ果てたわ。あんたなんか、大嫌い」

「嫌いでも構いやしねぇ」

「だから靖子。この凄い俺が幸せにしてやる。お前も子供も。呆れようが嫌おうが、そんなもん、屁でもなんでもない。でも、この先、俺がずっと死ぬまで傍(そば)にいてやるよ。力合わせようなんて、ケチケチしたことは言わねぇ。俺がいれば十分だ。子供は俺の子。俺こそが父親だ。お前ら、まとめて幸せにしてやるよ。俺の人生バラ色だからな!」 


「俺の人生バラ色だからな!」


渾身(こんしん)の思いを込めた宮本の言葉を聞き、靖子の頬に涙が伝わっていた。 



―― 「現在パート」。

 

結婚した二人は、生活を共にしていた。 



風間からの借金を完済した宮本は、臨月に入った靖子の身を案じていた。

風間からの借金を完済する宮本

 
靖子の身を案じる宮本


そんな靖子のことが不安になって、出勤する宮本が家に戻るや、靖子が陣痛に苦しんでいた。 



「怖い」と悶える靖子を抱き、宮本は、「怖くないぞ。生きてる奴は皆、強ぇんだ!」とシャウトして励ますのだ。 

「怖くないぞ。生きてる奴は皆、強ぇんだ!」


救急車を呼び、搬送されていく靖子。


 

落ち着かない宮本は、靖子の笑みを見て、安堵するのである。 


 

 


3  体育会系の懐深くに飛び込み、爆裂する男の純愛譚    

 

 

 

思春期頃、貪(むさぼ)るようにして観た東映の「任侠映画」。

 

「日本侠客伝」・「昭和残侠伝」。 

「日本侠客伝」

「昭和残侠伝」


「任侠映画の王道」を描き切った様式美のコアにある世界観は、耐えて、耐えて、耐え忍んだ「絶対正義」が、遂に「絶対悪」を屠(ほふ)るという「男の美学」 ―― これに尽きる。

 

基本的に、女性の存在を不要にするから、そこには「性」が介在する余地がなかった。

 

藤純子の「緋牡丹博徒」に象徴される「任侠映画」があっても、それは刺青を見せつけ、啖呵(たんか)を切り、仇を討つという「女性版・任侠映画」に過ぎなかった。 

「緋牡丹博徒」


「暴力性」と「性」のリアリティが脱色されていたから、血の匂いや情交の臭気を発することがない。

 

深作欣二監督の「仁義なき戦い」(1973年/拙稿の批評も参照されたし)が登場するまで、血の匂いや情交の臭気が殆ど希釈されていて、それ以降も、この類いの映画溢れるほど公開されてきたのは周知の事実。 

映画「仁義なき戦い」より/土居組組長を射殺する広能

同上/女の肌を攻撃的に貪る広能


「弱者に拠って立ち、強きを挫く映画」という風に括れば、「基本・任侠映画」の臭気すら発する本篇の場合も、剥(む)き出しのバイオレンスとセックスをトレースするが、桁違いに強度が異なっていた。

殴られて、血を吐く宮本



過剰なまでの「暴力性」と、その歪みも含めた「性」が映像提示されるのだ。 



圧倒的に隔絶(かくぜつ)する身体能力があり、「体育会系」の悪しき陋習(ろうしゅう)を引き摺(ず)るかのような男(拓馬)と戦って、勝利するまでに提示されたのは、まるで、焼け火箸(ひばし)を当てられたような暴力描写の烈々(れつれつ)たる展開だった。


折られた前歯を見る宮本


ただ、宮本と靖子が狂乱し、叫喚(きょうかん)・咆哮(ほうこう)を連射しても、それを制止する者が一人も出て来ないという描写の多用には、甚(はなは)だ違和感を覚えたが、これは、「現在パート」の静謐(せいひつ)さとのコントラスト効果(対比効果)を際立たせたかったのだろう。

 

「道徳・正義」に拠って立つ「第三者熱量」が、「復讐・正義」を観念的拠点にする大容量の「当事者熱量」を上回るには、相当の覚悟を自給せねばならないからとも言えるが、病院での宮本の絶叫を黙視するのは、却って異様ですらある。

 

「この女は俺が守る!」

 

ともあれ、これが、男の大容量の「当事者熱量」の推進力になっていた。

 

男の「復讐・正義」に集合する熱量は半端ではなかった。 



しかし、それは必ずしも、「男が女を支配する」というレベルの「体育会系」の発想に起因していない。

 

大好きな女のために、命を懸け

「救急車!」と叫ぶ拓馬


 

愚かだが、その圧倒的熱量の推進力は、「俺の命、使って下さい。血でも内臓でも、何でも使って下さい」とまで言い切り、救急搬送される妻を案じ、気が動転する男を描いたラストシーンによって判然とする。 

「血でも内臓でも、何でも使って下さい」


大好きな女のために命を懸け、「体育会系」の悪しき申し子と戦うのだ。 

宮本を嘲弄(ちょうろう)する拓馬


その戦法は、相手の急所攻撃。


 

それだけだったが、これが功を奏した。

 

強(あながち)ち、男が愚かではなかったという、決定的な証左である。 


核戦略用語を借用すれば、意を決して決闘に臨んだ、荒ぶる男の「第二撃能力」(相手の報復力を破壊する能力)が、首尾よく嵌ったのだ。

 

これには、ヒントがあった。

 

会社に出勤する宮本の前に出現した風間に対して取った行動が、それである。

 

「靖子が妊娠した。父親は俺かお前。産まなきゃ分かんねぇ。いいか。これは勢いや気持ちで判断する問題じゃねぇ。産ませて結婚して、ハッピーエンドの物語じゃ、人間、生きられねぇよ。子供は堕(お)ろすことだ!」 


これを耳にした宮本が、「俺は産ませて、結婚だ!」と風間に向かって叫びつつ、急所を蹴り上げたのである。 


この時、風間は泡を吹いて倒れたのだ。 



かくて、身体能力で圧倒的に劣る宮本は、拓馬打倒の唯一の戦法を掴んだのである。

 

そして、身命(しんめい)を投げ打つほど膨れた、女を愛する一途な男の生気の、一際( ひときわ)目立つ熱容量が、非常階段で爆裂する。



ここに一切を懸けた作り手の映像の、桁外れの強度に接して、寒気立(さむけだ)った。

 

観る者に、痛みが走るほどである。

 

何より、この張り裂けるほどの鋭い痛みが、物語の総体を貫流している。

 

「今回、“痛み”というのは僕の中でひとつのキーワードになっていました。肉体的な痛み、心の中の痛みというものは、生きていれば必ず伴うもの。避けては通れないものです。でも今の社会では、自分の痛み、他者の痛みに対して目を背(そむ)けたり、鈍感になってしまっているようにも感じるんです。だからこそ、宮本が世の痛みを背負いこむことが必要だとも思った」(「池松壮亮 単独インタビュー」より) 


男を演じた池松壮亮の言辞は、とても良く分かる。

 

観る者に、痛みの感覚を覚えさせるほどの、突き抜けた嗜虐(しぎゃく)性。

 

映像総体から迸(ほとばし)る狂気の放熱の凄み ―― これが「常識」を準拠枠(じゅんきょわく)にした曖昧な閾値(いきち)を突き抜け、易々(やすやす)と一線を越えていく。 



男をして、そこまで爆裂させた底層には、一体、何があったのか。

 

「アホずらして寝てた」ために、大好きな女がレイプされたこと。

 

これに尽きるが、この単純な発想で狂気の放熱を連射する男の行動総体は、別の男から犯された女によって根柢から異化されることになる。

 

「じゃ聞くけどさ、私はあんたの何なの?俺が、俺がって、あんた、自分のことばっかりじゃない。私の子供だ。私が産んで、私が一人で育てるよ!私が母親だ!」

「私の子供だ。私が産んで、私が一人で育てるよ!私が母親だ!」


拓馬に象徴される一部の体育会系の差別言辞を異化する、日本女子の決定的な反駁(はんばく)である。

 

日本女子による、日本女子のための、最も腑(ふ)に落ちる自立言語であった。

 

暑苦しい「男社会」のイデオロギーの一端に、辛うじて、絶叫言辞でぶら下がる男の放熱を希薄化してしまうからである。

 

「俺が、俺が」と叫び、結婚を迫る男の絶叫言辞を剥(は)ぎ取り、男を黙らせるのだ。

 

この映画のメッセージが、ここに読み取れるとも言えるが、実際のところ、不分明である。

  

しかし、絶叫言辞を剥ぎ取られても、男は挑んだ。

 

巨漢のラガーマンとの決闘に挑んだ。 


大好きな女に対する、理不尽なレイプ犯罪を許せなかった。

 

それを許したら、大好きな女を愛する資格がないと思ったのか、男は突貫していった。 


少なくとも、突貫によって失っても、得るものの方が、絶対的に価値がある。

 

そう信じ切って生き抜いた男と、その男を受容する女の物語だった。

 

詰まる所、女に対する男の愛が、一貫して変わらなかった男の物語だったのだ。 



―― 本稿の最後に、この点についても書いておきたい。

 

大野が言い放った「年上の女を調達した」と言い放ち、いい加減な「スリーサイズ」を教えるいう差別言辞に象徴されるように、「男は強くあれ」という「男尊女卑思考」をバックグラウンドにする体育会系を揶揄するために、体育会系が苦手な「知性」では無効化されてしまうが故に、敢えて「知性」で勝負せずに、体育会系の懐(ふところ)深くに飛び込んで、決闘する映画であったという解釈も可能である。

 

ここで言う「知性」とは、敵に対して、2017年7月13日に施行された「強制性交等罪」(刑法177条)で訴えること。

 

それまでの「強姦罪」が廃止され、より強力な罰則規定(5年以上の有期懲役)を有する「強制性交等罪」

 

しかし、この「知性」による勝負では映画にならない。

 

 だから、「体育会系の懐深くに飛び込み、爆裂する男の純愛譚」になったという話である。


真利子哲也監督


(2021年7月)







0 件のコメント:

コメントを投稿