北朝鮮による度重なるテロ攻勢によって、事態の悪化を防ぐ一つの手段として、韓国政府が構築した防空壕(避難場所)=地下室(半地下=半分地下に埋まった部屋)。
ここに住む貧しいキム家。
事業に何度も失敗している父親のギテク、元ハンマー投げの選手ながらも、今は内職に精を出す妻チュンスク、大学入試に失敗し続けている長男のギウ、予備校へも通えない美大志望のギジョンの4人家族である。
ギウとギジョンがWi-Fiを繋ぐために苦労する。汚物が浄化槽から逆流しないよう、トイレは部屋でいちばん高いところに設置されている |
一家は、宅配ピザのパッケージの組み立ての内職で糊口を凌いでいたが、不良品の多さを指摘され、生活もままならない。
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宅配ピザのパッケージの組み立て動画を見ながら、作業するキム家
そんな折、ギウの友人ミニョクがキム家を訪れ、富をもたらすという山水景石(さんすいけいせき)の置物を運んできた。
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山水景石 |
そのミニョクは、自分が家庭教師をしている富裕なパク家の女子高生ダヘの後任にギウを紹介し、浪人中のギウはソウル大学の入学証書を偽造し、パク家を訪れた。
ミニョク |
ギウを迎えたのは、パク一家が入居する以前から家政婦として働いているムングァン。
パク一家のポートレート |
ギウを迎えるムングァン |
かくて、パク夫人は、フルタイムでギウの授業の様子を見学する。
「実践は勢いだ」
ギウ |
ギウに一目惚れする女子高生ダヘ |
パク夫人(右) |
このギウのインパクト満点の言葉で、夫人の心を掴み、ギウは採用されるに至った。
次に、ダヘの弟のダソンの絵の家庭教師として、ギウが紹介したのは妹のギジョン。
ダソンの絵を褒めるギウは、言葉巧みにギジョンを紹介する |
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ダソン |
早速、ギウはギジョンを連れてパク家を訪れた。
ギウと偽の履歴を確認するギジョン |
落ち着きがなく、腕白で、どの家庭教師もお手上げだったダソンを手懐(てなず)け、小1の時のトラウマ体験(この伏線は回収される)を聞き出し、絵画療法で克服するというギウの提案に感動した夫人は、ダソンの美術家庭教師としてギジョンを採用することを決めた。
パク夫人を驚かすギジョン |
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ギジョンがパク家に入って来て、嫉妬するダヘ |
次に、パク家に入ったのは、父のギテク。
その契機となったのは、パク家の専属運転手がギジョンをベンツで送る際、自分のパンティを助手席に残したことで、それを見つけたパク氏がコカイン漬けの女とカーセックスをしたと勝手に解釈して、解雇するに至ったからだ。
パク家の専属運転手を辞めさせるための工作をするギジョン |
その運転手の後任として、ギジョンが紹介したのがギテクだった。
「道に詳しいですね」と朴氏。
「運転歴、約30年ですから」 |
「38度線以南なら路地裏まで。運転歴、約30年ですから」とギテク。
「長く続ける方を尊敬してます」
言葉巧みに、パク家に入り込んでいくキム一家。
そして遂に、長年勤めてきた家政婦ムングァンが、桃アレルギーであることをダヘから聞きつけたギウが、彼女を追い出すシナリオを作り上げ、ギテクにセリフを教え込んでいく。
ギテクにセリフを教え込んでいくギウ |
同上 |
ギウは帰り際に、ムングァンの背中に桃皮の毛の粉末を振り撒く。
ムングァン |
激しい喘息状況に陥ったムングァンは病院に行くが、そこにギテクが待ち受け、自撮りを装って、彼女が結核にかかっている証拠として、夫人に言いつける。
自撮りするギテク。(中央にムングァンがいる) |
買い物から戻ったギテクと夫人の前で、その帰宅に合わせてギジョンにより、再び桃皮の軽量の粉末を撒かけたムングァンは激しく咳き込んでしまうのだ。
今度はギテクが粉末を撒く |
咳き込むムングァン |
その現場を見て、驚くパク夫人 |
かくて、キム家の連係プレーで、ムングァンの結核を確信した夫人は彼女を解雇し、遂に、母親チュンスクが家政婦として、パク家に入り込ませることに成功する。
「僕は度を超す人は大嫌いだ。短所と言えるのは、ただ一つ。よく食べること。毎日、2人分は食べてたとか」
パク |
これは、ギテクに吐露したパクの言葉。
この言葉の意味は、まもなく明らかにされる。
この時点で、誰も、その意味を理解できていない。
ギテクの示した偽造名刺がパクから妻に渡され、夫人は早々に会員制の家政婦派遣会社に電話する。
その電話に対応するのは、声のトーンを変えたギジョン。
ギジョン |
メモを取る夫人 |
会員になるために必要な書類(家族関係証明書・身分証のコピー・土地台帳などの所得証明書)をメモさせる。
チュンスクが家政婦として入り込んで、キム家全員がパク家の「領域」に物理的近接を具現化する |
かくて一家4人は、パク家で与えられた仕事に就くことになった。
2 誕生パーティーで自壊する3家族
ダソンの誕生日。
パク一家はキャンプに出かけた。
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我が物顔に振る舞うキム家 |
留守を預かったのはチュンスクだが、パク家の広い空間に一家4人が集合し、我が物顔に振る舞い、痛飲するのだ。
ギウはダヘと結婚すると言い放ち、それを真に受ける家族は、パク家が嫁の実家となる未来像を妄想する。
突然、雷が鳴り、弾丸の雨が庭園に降り注ぐ。
ここから、物語の風景が一変していく。
突然、チャイムが鳴り、解雇されたムングァンが訪ねて来たのだ。
ムングァン |
「台所の地下室に、うっかり忘れてきた物がありまして…開けていただけますか?」
仕方なく、ムングァンを入れるチュンスク |
仕方なく中に入れたチュンスクだが、地下室に降りたまま、ムングァンは中々上がって来なかった。
実は、解雇後のムングァンは夫のダソンとメールを交換していて、パク家の不在を知ってやって来たのである。
忘れ物とは、実は夫のグンセのこと。
地下室の戸棚の裏には、更に深く、地下に繋がる階段があり、その最下層にグンセは住んでいいたのである。
一部始終を知ったキム家族。
「台所の料理をくすねて、亭主に食わせてたのか」
呆れるチュンスク。
これが、ムングァンが二人分の食事をする理由だった。
この事実を知ったチュンスクは、警察に電話しようとする。
通報しないように懇願するムングァン。
更に、毎月、僅かばかりの金を支払うと約束し、取り立てを迫るヤミ金業者から夫を匿(かくま)っているので、二日に一回食事を与えるよう頼み込む。
懇願するムングァン |
この依頼を聞き入れずに、警察に電話しようとするや、部屋の陰で一部始終の話を聞いていた3人が階段から転がり落ちてしまった。
部屋の陰で一部始終を聞いていた3人 |
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階段から転落することで、形成が逆転していく |
それを携帯のビデオに録るムングァン。
ここで初めて、ムングァンはキム家の陰謀の実態を知ったのである。
「詐欺家族!」
そう罵り、話し合おうと言うギウの申し出を拒否し、パク夫人への動画送信ボタンを押すと脅しながら、夫婦は一階へと脱出する。
動画で脅すムングァン(左はグンセ) |
今度は、ムングァンたちが、かつて、パク家族が不在のときにそうしたように寛(くつろ)ぎ、反対に、キム一家は両手を上げた状態で隅に追いやられた。
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【ムングァンとグンセ。キム家が入り込んで来る前に、パク一家が留守の際に優雅に過ごしていたという回想シーン。パク一家が入る前から、「完地下」=「核シェルター」の存在を知るムングァンは、夫グンセを「核シェルター」に隠していた。当然、パク一家は、地下の更に奥深くにある「核シェルター」の存在を知らない】 |
その様子も動画に撮られ、我慢の限界を超えたギテクが、ムングァンに体当たりして、何とか携帯を奪おうとして、両者入り乱れた激しい揉(も)み合いになる。
パク夫人から電話が入ったのは、そんな時だった。
「ジャージャー・ラーメンを作れますよね?」(ジャージャー・ラーメンとは、「チャパグリ」と言う韓国風ラーメンのこと)
夫人はそう言いながら、雨のキャンプから引き揚げ、8分後には到着すると言うのだ。
キム家の4人は大慌てで片付け、ムングァン夫婦を地下に閉じ込め、チュンスクはジャージャー・ラーメンを急いで作る。
急いで、ジャージャー・ラーメンを作るチュンスク |
帰って来た家族は、疲れた様子で、それぞれの部屋に戻った。
キッチンにやって来た夫人の元へと、片付けで手薄になった拘束を振り払って地下室から駆け上がってきたムングァンは、それに気づいたチュンスクに間一髪で一蹴りされ、階段から転げ落ちてしまった。
何も知らず、テーブルでラーメンを食べる夫人から、ダソンの小1のトラウマについて話を聞くチュンスク。
チュンスクとパク夫人 |
「1年生の時、家で幽霊を見たって。誕生日パーティーの日、家族全員、寝てた深夜に…キャーッという悲鳴に、私が下りていくと、あの子は完全に白目をむいて、泡を吹いて、ブルブル震えてた」
同上 |
センターテーブルの下に隠れていたギジョンは、この話を聞く。
ギジョン |
頃合いを見て、脱出しようと隠れていた場所からリビングに集まったキム家であったが、突然、ダソンが大雨の中、庭でテントを張り、キャンプすると出て行った。
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庭にテントを張り、キャンプするダソン |
慌てて、センターテーブルの下に隠れる3人。
ソファに横たわり、ダソンを見守るパク夫妻が睦み合いながら寝入ってしまった隙を見て、3人は何とか脱出するものの、洪水のような大雨の中を家路に就くと、キム家は浸水していた。
洪水に浸る半地下住宅に戻る3人 |
汚物が逆流し、部屋は殆ど水没状態だった。
洪水に浸るキム家 |
その頃、地下室で縛り上げられ閉じ込められていたグンセは、一命を取り留めたムングァンを助けることができない。
グンセは街灯に伝わるモールス信号を打ち、助けを求める。
モールス信号を額で打ちつけるグンセ(顔は猿グツワを嵌められている) |
その信号をダソンが受け取る。
グンセの信号を受け取るダソン(しかし、何も起こらない) |
翌朝、雨が上がり、快晴の空の下、ダソンの誕生パーティーが庭で盛大に行われた。
パーティーの賑わい |
パーティーの賑わい。中央がギジョン。その左にパク夫人がいる |
そこに、体育館で寝ていたギジョン、ギウ、ギテクの3人が、それぞれ呼び出された。
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避難所から呼び出され、パーティーの買い物の運転を強いられ、不機嫌な表情を崩せないギテク |
疲弊し切っている3人は、集まった富裕層の優雅で自然に振舞う人たちとの、途轍もない距離感に、今や、そこに馴致しようとするエネルギーは削(そ)がれてしまっていた。
虚ろな表情で、誕生日パーティーに興じるパク一家と、その友人たちを見つめるギウ。
パーティーへの違和感を吐露するギウ |
ギウは、山水景石を持って地下室へと行くが、逆にグンセに捕まり、その石で頭を殴打され、気を失う。
山水景石でギウを殴打するグンセ |
表の世界へ上がったグンセは、包丁を手に、パーティーを盛り上げるギジョンを目掛けて突進し、刺殺する。
ギジョンを刺殺するグンセ |
妻・ムングァンを喪ったリベンジである。
そして、またも「幽霊」=グンセを見たダソンはフラッシュバックを起こし、失神してしまう。
卒倒するダソン |
グンセは更にチュンスクを探し出し、揉み合いになるが、チュンスクがバーベキューの串刺しでグンセを刺殺する。
グンセと闘い、刺殺するに至るチュンスク |
ギジョンの傷に手を当てながら一部始終を見守っていたギテクは、パクに車のキーを渡すように言われ、それを投げると、揉(も)み合って刺されたグンセの体の下に落ちてしまった。
グンセの体を少し上げた瞬間、パクは臭気で思わず顔を歪ませ、鼻を摘(つ)まんだ状態でキーを取り出した。
異臭に鼻を摘むパク |
それを視認したギテクは、衝動的に包丁を手にし、パクの胸を思い切り突き刺し、殺害してしまう。
パクを刺殺するギテク |
一か月後、ギウは脳手術を経て、昏睡状態から覚醒した。
以下、ギウのモノローグ。
「事件の当日、“ギジョンが大量出血”と聞いた時も、私文書偽造、住居侵入、傷害致死、しかし正当防衛。非難はされたが、運よく、執行猶予の宣告を受けた時も、ギジョンの顔を久々に見た時も、僕は笑っていました。でも、ニュースを見返した時は、あまり笑いませんでした…実は、僕も母さんも、父さんの居場所が分かりませんが、僕たちを尾行する刑事さんは苦労しています。いつしか、ニュースも落ち着き、尾行も途絶えた頃から、時々、あの山に登りました。そこから、あの家が見下ろせるからです。あの日は、やけに寒くて疲れたけど、ずっと見ていたかったです」
脳手術の後遺症から解放されていないギウ |
「半地下」を見下ろせる山に登るギウ |
モールス信号を解読するギウ |
ギジョンを失い、そして今、父の居所を探すギウは、外壁の電燈のモールス信号を書き留(とど)め、それを解読する。
それは、父から息子へのメッセージだった。
「息子よ。お前なら解読できるだろう。ボーイスカウト出身だから。もしやと思い、手紙を書いてみる。体の具合は、よくなったか?母さんは、激しく元気なことだろう。俺もここで元気にしている。ギジョンを思うと涙が出るが、あの日のことは、今でも実感が湧かない。夢のようでもあり、夢でなかったかも。あの家の門を出た瞬間、分かった。どこに行くべきか。凄惨な事件が起きた家だから、すぐには売れないだろう。新しい家主が来るまで、空き家で耐えるのに苦労したよ。でも、空き家だったおかげで、あれ、誰だっけ、名前は“ムングァン”だったな。ムングァン様を丁重に見送れた。最近人気の樹木葬をしたから。最善は尽くしたわけだ。不動産の奴らは、やはり頭がいい。韓国に来たばかりの何も知らない奴らに、とうとう家を売った。夫婦は外資系。子供は外国人学校。留守がちな家族だが、チクショウ、24時間、住み込みの家政婦がいるから、俺は台所に行くたびに、命懸けだ。命懸け。ドイツ人だが、ソーセージとビールだけじゃない。ありがたいことだ。ここにいると、全てがかすんでいく。今日はお前に手紙を一通、書いたな。毎日、手紙の内容を信号にして送れば、いつか、お前が気づく日もあるだろう。じゃあな」
手紙を書くギテク |
「俺は台所に行くたびに、命懸けだ」 |
地下室で涙を流すギテク |
「ここにいると、全てがかすんでいく」 |
「父さん、今日、計画を立てました。根本的な計画です。お金を稼ぎます。大金を。大学、就職、結婚、それも全部いいけど、まずはお金から。稼いだらまず、この家を買います。引っ越しの日、僕と母さんは庭園にいます。日差しが降り注ぐから、父さんはただ、階段を上がってください…その日まで、お元気で。それでは」
山水景石を水の中に戻すギウ |
「日差しが降り注ぐから、父さんはただ、階段を上がってください」 |
父ギテクの逃亡生活を解放させる、息子ギウの願望のイメージ |
これがラストカットとなった。
3 「臭気」という、階層の絶対的境界の不文律 ―― 映画「パラサイト
半地下の家族」の風景の歪み
そこに、誰でも可視化できる社会派的メッセージが埋め込まれて、高い水準の人間ドラマの作品に昇華された。
映画の面白さは群を抜いていて、正直、驚きを隠せなかった。
これが、「殺人の追憶」(「母なる証明」でもいい)という度肝を抜く傑作を構築したポン・ジュノ監督の、あらゆるジャンルを包括する作品なのだろう。
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「殺人の追憶」より
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「母なる証明」より |
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「ほえる犬は噛まない」より |
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「グエムル-漢江の怪物-」より |
従って、ポン・ジュノ監督は自らを「社会派作家」と見做(みな)さず、ミュージカル以外の作品を撮る「ジャンル映画」の監督と規定しているので、初の長編作品「ほえる犬は噛まない」(コメディ)、「グエムル-漢江の怪物-」(怪獣映画)などを観る限り、社会派系のメッセージを埋め込んだ「ジャンル映画」の監督と評価すべきだろう。
中でも、ダソンの誕生日を祝うシーンを起点にするシークエンス。
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ダソンの誕生日を祝うシーン |
避難所とパーティー会場の圧倒的落差を提示した秀逸なカット |
圧巻だった。
ラストシーン。
地下に潜るギテクが送るモールス信号に、乗っ取り計画に頓挫した息子ギウが反応し、心情吐露のインサート。
ダイアローグを疑した心情交叉で、クライマックスシーンに至るまで、提示された局面において抑制の効いた進展で惹きつけられた物語の秀逸な展開。
総体的に分かりやすかったが、それでも、複雑に入り組んだ3階層の物語を、ラストシーンで回収する力量は、ポン・ジュノ監督の一頭地を抜いた才能の証左である。
―― 以下、独断含みの批評。
結論から言えば、こういうことだろう。
共に4人家族のキム家が、パク家にパラサイトしていくという分かりやすい構成の中で、家政婦ムングァンを登場させ、パク家の地下室でパラサイトするムングァンの夫グンセの存在を際立たせることで、「半地下」と「高台」という構図に只中に、「高台」と「地下室」=「第三の家族」(ポン・ジュノ監督の言葉)という究極の構図を埋め込み、格差の構造を縦割りで見せる典型的なトラジコメディー(悲喜劇)。
「彼は、半地下ではなく、“完地下”にいます。実際に、完地下に住んでいる男と比べると、ソン・ガンホは恐怖も感じるけれど、まるで自分は中産階級にいるような錯覚に陥ったんですね。第三の家族の男は、『地下に住んでいるのは、僕だけじゃないよ。半地下までみんな合わせたら、相当な数だよ』と言いますが、父親は“一緒にしてくれるな”と思うわけです。恐怖を覚えたと思います」(ポン・ジュノ監督インタビュー)
このトラジコメディーの内実は、ポン・ジュノ監督のインタビューの言葉で判然とするだろう。
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ポン・ジュノ監督 |
「高台」と「半地下」と「完地下」という格差の構造は、「恐怖を覚えた」ギテクが、チュンスクによって串刺しにされて死んだグンセの代わりに、殺人事件で指名手配され、その逃避場所を「完地下」に決め、その「完地下」の生活に同化し、「完地下」に馴れ親しんだグンセと同様に最下層の住人として生き延びつつも、息子ギウの救済を待つというラストシーンのうちに閉じていく分かりやすい構成になっていた。
この格差の構造の中で最も重要な点は、登場人物の全てがパラサイトしている現象を映像提示させたこと。
この構造的映像提示が、本作の生命線だった。
「半地下」と「完地下」の住人は言わずもがな、臭いを嫌った行為で殺される羽目になったパクに象徴される「高台」の住人もまた、「半地下」の住人にパラサイトしているのだ。
これは、以下のポン・ジュノ監督の説明で明らかにされている。
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ポン・ジュノ監督 |
「パク社長の家の庭は木々に囲まれた完璧な空間で、居間の窓も、その風景だけが見えるようにつくられています。統制され、外で起こることはまったく関係ない。『私はここまでしか見ない』と決めているパク社長の心の状態と同じです。
(略)でも、よく考えてみれば『線を越えるな』と言いながら、ギテクたちをその線の近くまで連れてきたのは自分たちなんですよね。それが嫌ならば運転だって自分ですればいいわけですから。家庭教師も運転手も雇い主の近くにこないとできない仕事です。それなのに実際、近くに来ると自分のプライバシーを邪魔されるのが嫌で負担に感じる。矛盾しています」(同上)
深刻化・拡大している韓国の「葛藤社会」の現実を、「資本主義における二極化の不平等」と捉えることで、現代の貧富の格差の問題を全世界的に起こっている凄惨な現実と把握し、その心理的背景に「シンプルな不安や恐怖」が潜むと指摘する作り手の解釈に特段に異論がない。
「シンプルな不安や恐怖」を吐露するパク(専属運転手の解雇の理由とリンクする) |
専属運転手の解雇の理由を夫人に耳打ちするパク |
【因みに、「葛藤社会」とは、「夫と妻、親世代と子世代など他者との無限競争が日常化された能力主義社会」の激化の中で、「世代葛藤」が「世代戦争」と化し、「ヘル朝鮮」(受験地獄・若者失業率の増加、そして自殺率の高さ=「指殺人」などの生きづらさを、自嘲的に表現したネットスラング)という言辞が飛び交うように、韓国の「葛藤社会」の現実は突出しているように思われる。(Wikipedia参照)
その意味で、「些細な誤りによって亀裂や爆発が起こりうると」いう指摘にも異論がない。
貧富の格差の構造を描く物語のキーワードに、ポン・ジュノ監督が据えたのは、「高台」VS.「半地下」・「完地下」という階層の境界を決定的に分ける「臭気」だった。
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「高台」の家 |
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「半地下」の家 |
中でも、「半地下」と「完地下」の住人の臭気の差は、太陽光を浴びる時間の相対的な差がもたらしたものである。
限定的だが、太陽光を浴びる時間を持つ「半地下」の住人にとって、太陽光を浴びる時間も入浴する時間も持ち得ず、人工灯のみで生活するのみの「完地下」の住人の臭気の差よりも、太陽光を存分に浴び、郁々(いくいく)たる香りで囲繞される豪奢な空間で生活する「高台」が放つ臭気の差の方が決定的に大きかった。
現に、パクの息子ダソンは、「半地下」の住人が放つ臭気に早々と気づいていた。
嗅覚の鋭いダソン |
「半地下」の住人の場合、太陽光を浴びる時間が極端に少ないために部屋の湿度が高くなり、この日常が放つ生活に馴致(じゅんち)した者の臭気は、下層で生きる住人が共通する「貧しき者たち」の物理的記号であった。
だから、この物理的記号と無縁な、「高台」の住人が放つ郁々たる香りに馴致した「豊かな者たち」の臭気に、「貧しき者たち」の臭気が物理的に近接することは常識的に起こり得ない。
この映画は、この常識を破って見せるという物語を構築する。
階層境界の鉄壁なレッドラインを壊したのだ。
「高台」の住人が放つ脹(ふく)よかな空間の中枢に、「半地下」の住人は丸ごと侵入し、境界突破を試みていく。
「半地下の臭いよ。ここを出れば消える」
このギジョンの言葉が、二つの異界に住む家族の懸隔(けんかく)を決定的に分ける言葉となった。
「警備員を一人、採用するのに大卒が500人も殺到するこの時代に、うちの家族は全員就職できた」
自慢げに語るギテク |
同上 |
これも、ギテクの言葉。
二つの異界に住む家族が物理的に近接したことで、何が起こったか。
臭気を嫌悪する態度を露骨に剥(む)き出しにする「高台」の主人を、その臭気を発する「完地下」の男より、ほんの少し優位に立つと感じていたに違いない「半地下」の父親が刺殺したのである。
それでなくても、豪雨の夜に、大邸宅の広い庭園を占有し、一人でテントを張り、嬉々として愉楽するような子供の豪華な誕生日パーティーの場で、インディアンの格好をさせられ、ストレスを溜めていた「半地下」の父親にとって、「高台」の主人の態度は許し難かった。
インディアンの格好をさせられ、ギテクの違和感が沸騰していく |
臭気こそ、両者の階層の絶対的境界だったのだ。
「豊かな者たち」の臭気に、「貧しき者たち」の臭気が物理的に、丸ごと近接することは許されないのである。
ギテクの異臭に不快感を持つパク |
まして、両者の階層の心理的近接の具現化など、「暗黙の掟」とも言うべき不文律なのだ。
私は、そういう物語として、この「ほぼ全身エンタメ」の映画を受け止めている。
―― 本稿の最後に、避難所でのギテクとギウの会話を再現したい。
この会話の中に、印象深い言葉があった。
「父さん、さっき言っていた計画って、何ですか?」
「お前、絶対、失敗しない計画は、何だと思う?無計画だ、ノープラン。計画を立てると必ず、人生、その通りにいかない…計画がなければ、間違いもない。最初から計画がなければ、何が起きても関係ない。人を殺そうが、国を売ろうが、知ったこっちゃない。分かったか?」
「父さん、すみません…責任、取ります」
避難所でのギウ |
ギウのイニシャチブで開かれた階層侵入の計画は、最初から無理があり過ぎた。
「責任、取ります」と言って、地下に潜り込んだギウはグンセに頭部を強打され、脳手術によって一命を取り止めた。
「絶対、失敗しない計画は無計画だ、ノープラン」と吐露するギテクは、「計画を立てると必ず、人生、その通りにいかない」と言い切ったのだ。
避難所でのギテクの言葉 |
これが、ポン・ジュノ監督のメッセージである。
(2020年8月)
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