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2025年2月5日水曜日

トキワ荘の青春  時流に媚びない男の漫画道  市川準

 

【『漫画少年』で有名な学童社の倒産で衝撃を受ける新人漫画家ら。左から藤本弘(藤子不二雄)、寺田ヒロオ、赤塚不二夫、鈴木伸一、森安直哉、石森章太郎、安孫子素雄(藤子不二雄)、つのだじろう】

寺田ヒロオ

石森章太郎

藤子不二雄

赤塚不二夫


【手塚治虫をはじめとした日本を代表する漫画家たちが若き日々を過ごし、東京都豊島区に実在した伝説的アパート「トキワ荘」の日常を、昭和30年代の懐かしい空気感をそのままに描いた青春ドラマ。豊島区の木造アパート・トキワ荘に住む「漫画の神様」手塚治虫のもとには、編集者たちが日夜通い詰めていた。向かいの部屋で暮らす漫画家の寺田ヒロオは、その様子を眺めつつ出版社への持ち込みを続けていた。やがてトキワ荘を去った手塚と入れ替わるように、「藤子不二雄」の藤本弘と安孫子素雄、石ノ森章太郎、赤塚不二夫ら、若き漫画家の卵たちが次々と入居してくる。寺田を中心に「新漫画党」を結成した彼らは、貧しい生活の中でも互いを励まし合い、漫画の未来について熱く語り合う日々を送るが……。「東京兄妹」の市川準監督が、実話に基づきフィクションとして描き、1996年に製作・公開された。住人たちの兄貴分的存在だった寺田ヒロオを本木雅弘、彼を囲む若き漫画家を阿部サダヲ、古田新太、生瀬勝久らが演じた/ホームより】

 

1950年代、東京・豊島区・椎名町の木造アパート「トキワ荘」で繰り広げられる青春賛歌。 


讃歌といっても、夢と葛藤、希望と焦燥ばかりではない。

 

明るく弾ける映画ではないのだ。

 

溌溂というより、人生の辛苦であり、悲哀であり、挫折であり、苦闘であり、虚しさでもある。 

寺田ヒロオ

赤塚不二夫

鈴木伸一

石森章太郎

そして、何より友情である。

 

然るに、その友情の輪が意図せずに残酷な結果をもたらすことがある。

 

それは小宇宙でひしめく青春が内包する、個々の自我の漂動が生む一種異様な緊張感でもある。

 

それを象徴するシーンがある。

 

いつものように寺田の部屋で、6人が飲み会をしていた。


 
そこに編集者からの呼び出しがくる。

 

まず石森章太郎が呼ばれ、すみませんと言って申し訳なさそうに部屋を出ていく。

 

次に藤子不二雄の二人が呼ばれ、同様に「すみません」「ごめんね」と言って出ていくが、「いいよ、気にしなくて」と言葉を添える寺田のフォロー。

 

このフォローが彼らの抜け出し行為を救っている。

 

残ったのは寺田と赤塚と森安のみ。 

左から森安直哉、寺田ヒロオ、赤塚不二夫

今度は石森の応援に赤塚が呼ばれ、「お先に。すみません」と言って部屋を後にする。 


ここに「間」ができ、沈黙が広がる。

 

森安が「寺さんも仕事があるんでしょ?締め切り近いんでしょ」 


依頼原稿を完成させていない寺田は、森安に一言反応した。

 

「僕はまだ時間あるから」

 

それでも生まれてしまう「間」を縫って、「また野球でもやろうか、皆で」と寺田が言葉を添える。

 

しかし森安の心の空洞を埋める何ものもなかった。

 

再び生まれた「間」を破って、森安は本音を吐露する。

 

「寺さん、何も言わないから。寺さん、本当のこと僕らには…」

「そんなことないよ」

「そうですよ。寺さん、自分が一番やから…」

 

それだけの会話だったが、意図せず出来したこの残酷な空気の中で、絶望的な沈黙を強いられた森安直哉を励ますためにだけ居残る寺田ヒロオの存在感の大きさは群を抜いていた。

 

彼の描く漫画同様に、トキワ荘に身を寄せる仲間たちの心を汲み、常に彼らの相談に乗り、石森には金銭の工面をもする若者 ――  寺田ヒロオとは、そういう男だった。 


この抜け出し行為で分かるように、石森章太郎と共に漫画家として売れ出していた藤子不二雄だが、物語前半にインサートされた印象深いシーンが忘れられない。

 

売れずに苦しんでいた藤本弘に、彼の母が優しく言葉をかける描写である。

 

「自分の好きなことを見つけられない人なんて、世の中にたくさんいるんだからね。ほとんどの人がそうなんだから。弘(ひろ)ちゃんはそれと出逢えたんだから、幸運なんだよ」 

藤本弘(藤子不二雄)と母(右)

「うるさいよ」と一言反応するだけだが、若き才能を活かせず悶々とする日常を間近で見る母親の思いが伝わってきて、青春の葛藤と焦燥を描く映画の本領が読み取れるのだ。

 

これは、トキワ荘のリーダー格だった寺田ヒロオの漫画人生もまた同様である。

 

「よく描けているんだけど、何となく面白味がありませんね。登場人物が平凡過ぎて…」 


女性編集者にそう指摘された寺田は、親友の棚下照生(たなかてるお)に自らの思いを正直に吐露する。

 

「古いんだよ、俺の漫画って。よく分かってんだよ。でも、子供たちのこと描きたいから。お金はいいんだ」

棚下照生

「寺田の絵の良さっていうのはさ、優しさなんだよね。恥ずかしいくらいいい人ばかり出て来るしさ」

 

この棚下の指摘は正鵠(せいこく)を得ているから反論の余地がなかった。

 

それでも、自分の漫画観は変わらない。

 

変えられないのだ。

 

しかし、仲間の漫画の相談に乗っても、決して批判をしない。

 

仲間の批判をしないそんな男が、身近にいて売れない赤塚不二夫が、トキワ荘に連れて来たつげ義春に対して批判するシーンがインサートされていた。

 

赤塚が言う。

 

「寺さんの線て柔らかくて、野球のフォームが凄くリアルなんだよな」 


つげ義春も同様な言辞を繋ぐ。

 

「寺田さんの大切にしているものが全部入っている気がしますね」 

つげ義春(右)

それに対して、寺田は言い切った。

 

「僕、つげ君の漫画よく見てるんだ。でもつげ君、何て言っていいか、自分の傷を漫画で見せることって必要なのかな。いや、僕のは少し幼過ぎるのかな」 


この物言いに切れたつげ義春は、赤塚に「(寺田さんは)いい人すぎるよ…もう、来ないよ」と言い放って帰路に就くシーンが強烈な印象を残す。

 

漫画観の違いがあるのは当然なことだが、どうやら「自分の傷を漫画で見せる」描写だけは、寺田にとって譲れない何かなのだろう。 

 

【つげ義春は、前衛的でシュールな作品「ねじ式」で有名な漫画家で、そのリアリズムの作風は「ガロ」を通じて全共闘世代に影響を与えた】 

つげ義春全集6 ねじ式 夜が掴む」より


そのつげ義春をトキワ荘に呼んだ赤塚不二夫。

 

石森章太郎の応援をする彼もまた、自分の漫画を描けずに煩悶を重ねていた。

「トキワ荘」の階段を下りて、原稿を出版社に持っていく赤塚

 

「君は諦めた方がいいかも知れないね。漫画ってのは個性だと思うんだ。その人らしさ。ところが君のこの漫画、誰かとそっくりじゃないか。ただの人真似しかできないようだったら、田舎に帰った方がいい」 


ここまで言われて自信を失った赤塚が頼ったのは、ここでも寺田。

 

「詰め込み過ぎてるんだよ。何が描きたいか整理していけば、自然と自分が見つかるよ」 


いつものように、寺田は赤塚を励ます。

 

「皆みたいに考えないで諦めずに自分を探してみろよ」

 

寺田から金を渡されて「すみません」と感謝する赤塚が、本来の自己に蘇ったように漫画を描き続けていく。 

「すみません」と言って頭を下げる

石森の手伝いをしながら描いた漫画を、石森が先の編集者に見せたら好評を博すのだ。

 

「君らしさが出たじゃないか。描こう、描こう」 


自分の漫画が公刊されて「やったー」と快哉(かいさい)を叫ぶ赤塚は今、売れっ子漫画へと上り詰めていくのである。 



一方、寺田は作品の描き直しを求められていた。 


しかし、幾ら描いても変えられないと思念する。 



「やっぱり嘘になってしまうんですよ」

「何度も言ってるんだけど、今、新しい漫画が出てきてるんだから、それに合わせていかないと乗り遅れちゃいますよ。そのくらい君だって分かるだろう」


「分かりたくないですよ」

 

売れっ子になった赤塚不二夫と対比を成していた。 


意を決しつつあった寺田ヒロオは、相撲しないかと藤子不二雄に誘われ、赤塚も含め必死の形相で相撲を取る。 



ある日、寺田の部屋に入る石森章太郎が見たのは、アパートの部屋を立ち退き、空室になった部屋の壁の中央に貼ってあった仲間たちと撮った集合写真。 



漫画家を引退していくだろう男のラストは、堤(つつみ)から少年野球を見ている寺田の凛とした姿。

 

そこはトキワ荘の仲間と野球を楽しんだスポットだった。

 

そこにボールが飛んできて、それを受けた寺田が、自らが描いた背番号ゼロのユニフォームを着る少年に、笑みを含んで投げ返す。 


「ありがとうございました」

 

少年はそう言って帽子を取り、感謝の意を伝えるのである。

 

これがラストカットとなった。

 

寺田のモノローグで本篇がフェードアウトしてゆく。

 

「ある冬の日、僕はこのアパートを出た」

 

時流に媚びない男の漫画道が今、閉じていき、寺田の新たな人生が拓かれていくのだ。 


【市川準監督の作品の殆どが大好きだが、この「トキワ荘の青春」は本木雅弘が寺田ヒロオを演じたことで感性価値が上がり、極めてクオリティの高い映画に仕上がっていて、感動も大きかった。素晴らしい青春映画である。何より、平成8年(1996年)になっても越えられない人権軽視で、何でもありの「昭和映画」の異臭を感じさせず、常に眼差しが優しく、DEI(多様性、公平性、包括性)の視座を失わない市川作品の中でも、私にとってこの映画は特別な一篇である 


(2025年2月)




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