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2022年3月27日日曜日

純愛の強靭さを決定づける抜きん出た強度 映画「少年の君」 デレク・ツァン

 



1  「俺には何もない。頭も、金も、未来さえないけど、好きな子がいる。幸せになってほしい」

 

 

 

2011年 中国 安橋(アンチャオ)市 

 

“高考まで、あと60日”(高考=全国大学統一入試) 



高校三年生のチェン・ニェンは、激しい受験競争の中、クラスメートのフー・シャオディエが、学校の中庭へ投身自殺したことにショックを受ける。 

チェン

フー


チェンは、一緒に牛乳を運ぶフーの異変に気づいていた。

 

全校生徒が見つめる中、居た堪(たま)れない思いのチェンはフーの遺体に上着をかける。 

フーの遺体に上着をかけるチェン


警察の聴取で職員室に呼ばれたニェンは、フーの自殺の心当たりを聞かれるが、フーがクラスの者から虐められているのを知っていたにも拘らず、何も答えなかった。 

ラオヤン刑事



教室に戻ると、フーが被弾した時と同様に、チェンの椅子に血のような液体が撒かれ、座ることができなかった。 



それを知った担任が、誰が犯人かを問い質(ただ)すが、反応がないので、受験を前にして、「同級生とはうまくやれ」と忠告するのみ。 



クラスメートの3人の女子学生が、成績優秀のチェンに絡んできた。 

ウェイ


ウェイをリーダーとするこの3人こそ、自殺したフーを虐めていた張本人たちであり、今度はチェンをターゲットにするのだ。 


そんなチェンは、学校帰りに、彼女らに思い切り背中を蹴られ、倒された。 



家に帰ったチェンは、偽の化粧品を売って生計を立てている母親に相談できようもなく、その夜には、母親は借金の取り立てを避けて家を出て行ってしまった。 



学校の帰り道、ウェイたちの虐めを警戒して、怯(おび)えるように歩いていると、1人の少年が他の少年たちに激しく暴行を受けている現場に遭遇し、警察に通報する。 



その行為が見つかり、チェンも少年たちに抑えつけられ、金を奪われた上に、その少年にキスを強要される始末だった。 



チェンがATMから出て来ると、先の少年が盗まれた金を渡すばかりか、チェンの携帯を修理してくれた。 

チェンの携帯を修理する少年


少年は盗品を売り捌(さば)いていると言うのだ。

 

「トロいから狙われるんだ。こうしよう。金を払えば俺が守ってやる」


「自分さえ守れないくせに」


「殴られたら、殴り返せばいいんだ」


「勝手にして。私は大学へ行くの。あなたとは違う」

「どこが違う?人間は2種類。いじめる奴か、いじめられる奴だけ」


「あなたは、どっち?」

 

チェンは断るが、少年はチェンの後を追い、家まで送っていく。

 

家に着くと、母親の顔写真に「ペテン師」と書かれた中傷ビラが壁一面に張り巡らされていて、それに気づいたチェンは、剥(は)がして回る。 


それを見る少年。

 

そのビラの画像が、クラスメート全員に送られてきた。 



チェンは泣きながら教室を飛び出す。 

ビラの画像をばら撒くウェイ

涙を浮かべるチェン


そこに少年がバイクでやって来て、彼の荒屋(あばらや)へ行くが、チェンは少年に対し、礼儀がないと言って怒らせてしまう。 

即席めんを食べる二人


体育の授業で、例の3人組がチェンにボールを当ててくるので、チェンは「いい加減にして!」と叫び、ボールを投げ返して抵抗した。 

ミャオ(左)は虐めの対象にもなっているので消極的


直後、チェンはウェイに校内の踊り場の階段から突き落とされ、怪我をしてしまう。 


睨み返すチェン。 



保健室で手当てを受けているところに、唯一、チェンを心配するクラスメートの男子生徒に慰められる。

 

「あと一か月、頑張れば北京だ」


「力尽きたら?フーみたいに…」


「彼女は弱かった。引きずられるな」

「彼女が弱い?あなたや私も同じよ」

 

そんな会話だったが、チェンはフーが自殺した日のことを思い起こす。

 

「私はいじめられてる。なぜ無関心なの?」 


フーは涙を溜めた目でチェンを見つめ、そう訴えたのだった。

 

このフーの訴えが、フーの遺体に上着をかけるチェンの行為に繋がったのである。 

チェンの行為から、虐めのターゲットがチェンに向かう


保健室を出たチェンは、時を移さず、所轄署のチェン刑事に電話をかけたことで、ウェイらは警察で聴取を受けることになる。 



ところが、3人は知らぬ存ぜぬで、証拠がないと開き直り、チェン刑事らが学校で聞き込みをするが、誰からの情報も得られなかった。 

チェン刑事(左)



結局、3人は停学処分となった事実を、辞職に追い込まれた担任から知らされるチェン。

 

担任は責任を取らされ辞職し、新しい担任が来ることになった。

 

ウェイらが刑事に通報したことを恨み、チェンを自殺に追い込もうと待ち伏せしていた。

 

チェンは走って逃げ、少年の家にやって来た。

 

「私を守ってくれる?お金はないけど、どうしても北京へ」 



その夜、少年はチェンにノートを持たせて、「“シャオベイに一つ借り”」と書かせた。


 

少年の名が、ここで明かされる。

 

爾来(じらい)、チェンはシャオベイの荒屋から学校へ通い、シャオベイはチェンの登下校のボディーガードを務めるに至る。 



かくて、シャオベイは遊び帰りのウェイを捕まえ、「チェンに近づくな」と脅すのだ。 

脅されるウェイ


次第に、二人は心を通わすようになり、シャオベイはチェンに身の上話をする。 



「13の時からだ。親父が逃げて、お袋と俺が置き去り。お袋は生活に困り、別の男に頼った。ある朝、お袋が肉まんを買って来た。嬉しかった。滅多に食えないから。でも食ってたら、お袋が殴るんだ。泣きながら。男に捨てられたのさ。俺がいたから」


「その後、お母さんは?」


「会いに行ったら、引っ越してた」

 

話を聞いたチェンの目から涙がこぼれ落ちる。 



婦女暴行容疑の嫌疑で、ゲームセンター内にいた者が警察に一斉に補足され、シャオベイもその一人だったので、チェンと連絡がつかなくなった。 

シャオベイに連絡するが繋がらない

チェンに連絡するが繋がらない


下校中に、チェンが3人組の一人で、虐めの対象にもなっているミャオに呼び出され、ウェイらと男たちが待ち受ける裏道で暴行されたのは、そんな折だった。

 

チェンは殴られ、髪を切られ、服を脱がされ、携帯でその動画を撮られる始末。 



警察から解放されたシャオベイが、心配して家に戻ると、暴行された姿で、チェンがズタズタに破られたノートを継ぎ接ぎ(つぎはぎ)していた。

 

怒り狂うシャオベイは、金属棒を持って出ようとするのを、チェンが必死で食い止める 

「止めるな!」「じゃあ全員、殺して!」


悔し涙の中、二人はバリカンで頭を刈り、痛みを共有するのである。 



そして、その姿を一緒に写真に収めるのだった。 



受験日の前日、チェンは母親に電話をかけ、娘の学費のために必死に働く母から大いに励まされる。

 

大雨の渦中の「高考」の当日。 


受験の直前、必死に勉強するチェン

受験に臨むチェン


その頃、少女の変死体が工事現場で見つかった。 



ウェイだった。

 

容疑者が取り調べを受けるが、チェンが犯人だと言う3人組の一人から虐めの動画を入手したチェン刑事が、本人の元にやって来た。 



殺人容疑でチェンは取り調べを受けるが、証拠もアリバイも明らかにならなかった。

 

翌日、刑事らが尾行することで、チェンは予定通り2日目の受験を済ませるに至る。 



無事、試験が終わり、チェンが帰路に就くや、出し抜けに、刑事らの目の前でシャオベイがチェンの手を引っ張り、共に走り出した。

 

シャオベイが、突如、チェンに助けを叫ぶように指示する。 



自分がウェイを殺し、証拠も残してきてあるから捕まると言うのだ。 



自首すると言うチェンを押し倒し、シャオベイは言い放つ。

 

ここで、ウェイを殺害した犯人が、チェンである事実が判然とする。

 

だから、シャオベイが身代わりを引き受けたのである。

 

「俺を見ろ。よく聞け。俺には何もない。頭も、金も、未来さえないけど、好きな子がいる。幸せになってほしい」


「見捨てない」


「俺は未成年だ。刑罰も軽い。大学を出る頃、出所してるよ」

「でも、私は行かない」

「君が成功すれば、負けずに済む。まず君が安全な場所へ」


「嫌よ」

「チェン・ニェン。大人になったら、また会えるから」

 

警察が来たところで、シャオベイはチェンの服を破り、キスをして、殴って見せた。 



警察に捕らえられ、地面に抑え付けられたシャオベイは、泣きじゃくるチェンをいつまでも見つめている。 



シャオベイは逮捕され、刑事の取り調べが始まった。 



一貫して事実を必要以上に語らないシャオベイに対し、ラオヤン刑事は話題を切り替える。

 

「お袋さんが、今のお前を見たら、どう思うかな」 


表情が一変するシャオベイ。 


「お前の母親を迎えに行かせた。会いたいか?」

「事実を話せば会わせてやる」とチェン刑事。 


項垂(うなだ)れるシャオベイは、刑事の尋問に答えていく。

 

ウェイの写真を突き付け、追及するチェン刑事。

 

「検視の結果、指の爪から、お前の皮膚組織が…ウェイを殺した?」

「抵抗したからだ。蹴ったり、噛んだり、痛かったんで。軽く押したら、死にやがった」 



パトカーで送られるチェンの、事件に関わる回想シーンが、ここで明かされていく。

 

ウェイがチェンに謝り、動画も削除したので警察に通報しないでと、泣きながら懇願するのである。

 

「私の裸を撮ってもいい…私を殴って、何してもいいから…受験できなくなる」 



そう言って跪(ひざまず)き、チェンに縋(すがり)つくのだ。 


「何でもするから、警察には黙ってて。私たち、バカだった。本当にごめんなさい…」


「二度と会いたくない」
 



泣き伏すばかりのウェイ。

 

そのまま階段を上って去って行くチェンに、ウェイは執拗に食い下がってくる。

 

「お金を受け取れば、お母さんの借金だって返せるのに。こそこそ隠れなくて済むよ」 



チェンが負っている最も辛い現実を衝かれたことで、チェンの感情が反転し、思い切りウェイを突き飛ばしてしまうのだ。

 

激しく階段を転げ落ちるウェイは、絶命する。 

転落死したウェイを見て、動揺するチェン


これが、深刻な虐めに端を発する事件の真相だった。

 

 

 

2  「君は世界を守れ。俺は君を守る」

 

 

 

チェンの回想シーン。 



「何がしたい?」

「勉強して、受験して、いい大学へ。賢い大人になって、答えを見つける。もしできるなら、世界を守りたい」


「できるのか?」

「やってみたい」

「決まりだ。君は世界を守れ。俺は君を守る」 



その直後、チェン刑事がチェンの登下校の防犯カメラの映像にシャオベイが映っている姿を確認し、二人の関係の有無と共に、事件の関与が疑われるチェンも事情聴取されることになった。

 

「いじめられた私が悪いの?」


「あなたには同情する。でも通報してくれたら、力になれた」と女性刑事。

「誰が力に?動画を撮った奴?はやし立てた奴?いじめられる側が悪いと私を責める奴?」


「自分しか頼れない?だからウェイに復讐を?」

「普通は復讐するの?私は受験だけを考えて耐えてきた。間違ってる?復讐が当然の世界なら、安心して子供を産める?」 



一方、チェンの隣室で事情聴取されているシャオベイに、チェン刑事が二人だけだからと言って、話を持ち掛ける。



「チェンの友達だろ?俺もだ。俺も彼女を助けたい。だが君は計画は甘い。大人が見ればボロが一目瞭然だ。警察をなめるな。黙秘しても、彼女の容疑は晴れないぞ。分かるな?今は君と俺だけだ。本当の事を話せ。君たちを助けたい」


「芝居はよせ。疲れるだろ。他の仲間を呼べよ」

 

そこで、チェン刑事は揺さぶりをかける。

 

「君はチェンと2人でウェイを殺した。だが、やはり君は頭が悪い。チェンは自ら署へ。供述を知りたいか」 



プロの刑事のプレッシャーに、シャオベイは反応できない。

 

「お前が黙秘しても関係ない。彼女はすべて白状したぞ…誰かの犠牲になっても、その誰かが耐えられるとでも?」 



しかし、ここまで追求されても、シャオベイは耐え切るのだ。

 

隣室では、女性刑事が、同様にチェンの動揺を誘うが、チェンは突っ張り、耐え切っていく。

 

「知ってる?婦女暴行で刑務所に入れば、集団リンチに遭うわ…それでもいいの?あなたは天国へ。でも彼は地獄よ」


「私が他人に罪を着せたと?皆が、私を助けたいと言うけど、誰が助けてくれた?もう一度言う。罪は着せてない。ウェイの死は私と関係ない。リウ(シャオベイの本名)なんて人、知らない」
 



一方、シャオベイも反論していく。

 

「俺が誰かの犠牲に?それに耐えきれない誰かって?俺が彼女を助けた?一体、何のために?」

「すべてを背負えば、重い罪になる」

 

業を煮やしたチェン刑事は、隣室のチェンを連れ出し、シャオベイに会わせて反応を見るという手荒な真似に打って出るのだ。 

強引に隣室のチェンを連れ出すチェン刑事


「君たちは、嘘をついている。会えなくなってもいいのか?」 



見つめ合う二人。

 

「知らない人よ」


「今から知り合いだ」
 



シャオベイがそう答えるや、彼の頬を叩くチェン。

 

「チェン!俺の話を聞け!俺を信じろ!」

 

何とか説得しようと叫ぶチェン刑事に、二人は反応することなく、気持ちを一つにして互いに見つめ合うのみ。 



信じ合う純愛の強さが、二人を支え切ったのである。

 

警察署に迎えに来た母が、泣きながらチェンを抱き締めた。 



チェンは日常生活に戻るが、シャオベイの不在の街を空しく彷徨するのだった。 



収監されたシャオベイは、チェンとの思い出に浸る。

 

二人で肩を並べて歩いていると、シャオベイは、そっと後ろに距離を置き、振り向いたチェンが「どうしたの?」と訊ねると、シャオベイは「人に見られる」と答える。 



「気にしない」


「世間は違う。歩いてろ。必ず後ろにいる」
 



後ろにシャオベイがいないチェンは、寂しさが溢れ返り、泣きじゃくる。



そこに、少女が犯した罪の意識も垣間見える。

 

そして、チェンは見事に北京大学に合格した。 



その時、家ににチェン刑事が訪ねて、チェンに合格の祝いを言うが、反応がないので帰りかける。 



振り返った刑事が、チェンに衝撃的な話を告げる。

 

「君に、いい知らせがある。シャオベイに死刑判決が下った。手口が残虐な上、余罪も多く、判決も早かった」


「未成年じゃ?」

「だまされたな。奴は、もう成人だ。仮に未成年でも法的責任がある」 



後姿のチェンが明らかに動揺し、崩れ落ちそうになっているのを、チェン刑事は支えようとする。 



「帰れ!失せろ!」 



振り返って思い切り叩き続けるチェンを、後ろから抱き留め、今の話は嘘だと告げ、勝負に打って出る。

 

「だが数十年は刑務所だ。いいのか?君なら数年で済む。よく考えろ!」 


チェンの号泣が止まらない。 



成人である事実を隠してまで、自分を救わんとするシャオベイの思いを知り、自白するに至るのだ。

 

その画(え)を映像化しなかった辺りに、この映画の秀逸性が垣間見える。

 

その直後の映像は、チェン刑事が二人を接見させるシーン。

 

この時点で、二人は自白している。

 

チェンの自白を知ったシャオベイもまた、ここでも、心を一つにしたのである。

 

窓越しに会うチェンとシャオベイは、にこやかに笑みを交わしつつも、涙が溢れ出てしまうのだ。 



何も語らない二人だったが、チェンはいつしか嗚咽し、シャオベイも涙を抑え切れなくなった。

 

再び、笑みを交わす二人。

 

チェンとシャオベイの自供を引き出したチェン刑事を、ベテラン刑事が「成長したな」と褒め湛(たた)えるが、表情は複雑なままだった。

 

護送車の中、チェンは心の中でシャオベイと会話する。

 

「気持ちが楽になった。試験で最後の教科が終わった気分」


「そうか。先生のヤマは?」


「当たった」

「どんな問題?」

「“20年後への手紙”」 




ここで映像は、ファーストシーンに戻る。

 

2015年 青藤英語学校 



チェンは英語学校の講師として、教壇に立っている。

 

発音練習の際に、一人黙っている女生徒がいた。 



それが目に留まり、授業の後、声をかけ、一緒に下校するチェン。 



その後ろには、少し離れてシャオベイの姿があった。 



ラストシーンである。

 

最後のキャプション。

 

「チェンは過失致死で、有罪となったが、いじめ被害が考慮され、禁錮4年に減刑。事件は、いじめに関する法整備のきっかけとなり、学校内の安全を守る取り組みは、今も続いている」 


 

 

3  純愛の強靭さを決定づける抜きん出た強度  

 

 

 

素晴らしい映画だった。

 

正直、中国映画の底力を感受させるに充分過ぎた。

 

ここでは書き写さなかったが、最後のキャプションは中国共産党に配慮して製作されたもので、これは蹴飛ばしていい。

 

なぜなら、製作された映画の内実が、中国共産党への諂諛(てんゆ)を超える構築力を持ち得たからである。

 

―― 以下、批評。

 

フーの遺体に上着をかける行為から開かれたチェンに対する凄惨な虐めは、それに対処する有効な組織の不在によって、愈々(いよいよ)、厄介な事態を出来(しゅったい)させていく。 



「この件は忘れて、受験に集中を…君は正しい。自分のした事を信じろ。道に影が差しても、顔を上げれば光が見える。これは私の責任だ…」 



これは、校内で起こった苛めに起因する自殺と、その苛めの張本人らの停学処分の責任を取らされ、辞職に追い込まれた担任が、自らが被弾する苛めを警察に訴えたチェンへの置き土産の言葉だが、こういう大人の存在の是非こそが問われる映画と化していた。

 

この担任が為し得なかった虐め問題の難しさについて興味深いシーンが、インサートされていた。

 

チェン刑事に対して、先輩のラオヤン刑事が忠告するシーンである。

 

「お前に言っておく。学校のいじめ事件は複雑だ。確実な証拠がないと、起訴できない。結局、教育部の扱いになる」

「証人がいるはず」

「いじめた経験は?」

「ありませんよ」

「いじめられる側か?子供は同情を知らず、過ちを忘れてしまう」

「あんな、ひどい事、昔はなかった」

「今や、よくあることだ。以前にも、高校生が集団で同級生を殴り殺した。彼らは口々に、“あの程度で死ぬとは思わなかった”と言った。学校の事件だと、なめてかかるな。責任問題は、さらに厄介だ。校長に訊ねれば担任だと言う。担任に問えば生徒の親だと。だが親は出稼ぎで、年に一度しか戻らない。誰に責任が?」


「でも俺たちは警察です。あの子たちを助けないと」


不登校や虐めに関わる専門家であるスクールソーシャルワーカーが少ない我が国と同様に、いずれの国でも、虐め問題の解決の難しさは変わらないようである。


チェン刑事の八面六臂(はちめんろっぴ)の行動が際立った映画だったが、どこまでも、物語の主線は、一人の成績優秀な少女と、その少女を守り続ける少年との純愛の行方にある。 



髪を切られ、服を脱がされ、携帯でその動画を撮られるほどの苛めに被弾したチェンを見て、怒り狂ったシャオベイが、それを必死で食い止めるチェンの思いを汲み取り、悔し涙の中、バリカンで丸刈りし、二人が痛みを共有するシーンは、既に少年の身の上話を聞かされ、嗚咽する少女との心理的距離を縮めていた二人にとって自然な流れだった。



 

物語のクライマックスへの初発点であったと言える。 



そして、何と言っても、二人の共有濃度の高さを決定づけたのは、事件を起こしたチェンの自首を押し留めたシャオベイが、チェンに対する「強姦事件」を捏造(ねつぞう)した一件。 



自首すると言うチェンを押し倒し、シャオベイは言い放ったのだ。 


「俺を見ろ。よく聞け。俺には何もない。頭も、金も、未来さえないけど、好きな子がいる。幸せになってほしい。俺は未成年だ。刑罰も軽い。大学を出る頃、出所してるよ。大人になったら、また会えるから」 



これで、全て決まった。

 

この描写の抜きん出た強度が、隣室する物理的空間で展開された、同時進行的に進む事情聴取のシーンの渦中で存分に発揮される。 



それほど圧倒的なシーンだった。

 

「知らない人よ」

「今から知り合いだ」

 

二人が放った確信的言辞である。

 

この二人の共有濃度の高さを実証したのである。

 

ここで凄いのは、粗筋でも触れたように、チェン刑事によって明かされ、それなしに少女の自白を引き出せなかった最も重要な情報、即ち、シャオベイが未成年でなく、成人であった事実を隠し込んでいたこと。

 

それほどまでに、チェンに対するシャオベイの愛の深さが半端ではなかったということである。

 

シャオベイを心の底から信じ切ったチェンを、それ以上にシャオベイは求めていたのだ。

 

それを聞かされ、封印された「秘密」が一気に瓦解してしまうのである。 


それほどまでに、二人の純愛が強靭だったのである。

 

だから、接見描写における非言語的コミュニケーションの出色さが輝きを放っていた。 



チェン刑事の巧みな誘導によって自首することになったことで、未決勾留中のシャオベイの心が溶けて自白したのは、再会するその日に思いを馳(は)せ、二つの心が溶融したからである。

 

そこに、シャオベイに対する少女の純愛が不変的な想いを伝えたに違いない、チェン刑事の言葉が添えられたことが推察できる。

 

かくて、接見描写において、一言もなく見つめ合い、涙を浮かべ、それが笑みに変容する。




二人の純愛の強靭さを決定づける、この接見描写の素晴らしさ。

 

唯々、圧倒された。

 

この最強のクライマックスシーンが、ラストシーンに繋がる二人の純愛の延長を検証したのである。

 

ここで、登場人物の中で不可欠な存在だった警察官・チェン刑事について触れておきたい。

 

心底、二人を案じるチェン刑事の思いが伝わる短い会話がある。 


「チェンの味方だったのに、なぜ犯人だと証明したいの?」


「身代わりを刑務所に入れたら、彼女もダメになる」


「殺人罪をかぶるなんて、あり得ない」


「俺たちならね。でも彼らは若い」

 

二人に自首させることに成就して、ラオヤン刑事から賞賛されても、満面の笑みを浮かべないチェン刑事の人間性の高さが明瞭に読み取れる。 



心に染みるいいシーンだった。

 

―― 最後に、1000万以上の受験生が挑み、毎年6月に実施され、親が受験生を送迎する現象が定番になっている全国統一大学入学試験、「高考」(ガオカオ)について、Wikipediaなどを参考に簡単にまとめておきたい。 

映画より/親も受験生を送迎する現象が描かれている


「ブルジョア的」という理由で、文化大革命の方針によって中止されていた「高考」が復元したのは、毛沢東が死去した翌年のこと。 

中国の大学入試センター試験――高考

YouTubeより


ここから、受験生に適切なアドバイスする受験産業が盛況になったのは自明の理だったが、中国共産党が介入することで、受験産業の過剰な宣伝の禁止などを盛り込んだ少子化対策案、「双減政策」が導入される。 

宿題・学習塾禁止令?中国版ゆとり教育政策「双減」



しかし、残念ながらと言うべきか、「機会均等、最後の砦」である「高考」において、点数売買が横行している事実がある。 

「高考」で点数売買が横行


受験生を狙う詐欺が入り込み、まるで映画の母親のように、出稼ぎで必死に貯めていく学費を詐取する事件が、後を絶たないとも報道されているのだ。

 

我が国の「受験地獄」報道すら霞(かす)むほどに、中国のエリートの卵たちには、「高考」は人生の大勝負なのである。

 

詐欺罪に問われた主犯の男が無期懲役の判決が言い渡されたが、この点だけは如何にも中国らしい。

 

【苛めの問題についての私見は、「『やられたら、やり返す』 ―― それは、人類が本能的に獲得してきた『生き延び戦略』の結果である」というタイトルで、人生論的映画評論・続「未来を生きる君たちへ」の中で言及しているので、よかったら参考にして下さい】 

映画より

未来を生きる君たちへ」より


(2022年3月)

 

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