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2024年10月17日木曜日

この森で、天使はバスを降りた('96)   究極なる「特別な出来事」が完遂する  リー・デヴィッド・ズロトフ

 


1  「息子を殺したわけじゃあるまいし。赤ん坊を死なせたことある?何も知らないくせに!」

 

 

 

傷害致死の罪で服役しているパーシー・タルボット(以下、パーシー)は、刑期を終え、トランク1つで出所してバスに乗り、メイン州の田舎町のギリアドで降りた。

パーシー

 

パーシーは、この町での再出発を望んで保安局に向かい、冬の夜道を歩くその姿を何人かの住人が目撃した。

 

「なぜこの町を選んだ?」

保安官

「この辺りにはインディアンの伝説があるんです。天の神々が美しい土地だと聞いて見に来たというの。ペグマタイト(巨晶花崗岩)の宝庫なんですって…」
 



保安官の紹介で、最近ウェイトレスが辞め、腰を悪くしているハナ・ファーガソン(以下、ハナ)が経営する「スピットファイヤー・グリル」という食堂で、住み込みで働くことが決まった。

ハナ

翌朝から早速仕事を始めるパーシーに、地元の常連客たちの好奇と悪意の視線が注がれ、その事に反発するパーシーは、客の前でハナに大声で話しかけた。 


「言ったっけ?私、5年間刑務所にいたって。独房監禁はたった3回だけ」 



不動産業を営むハナの甥・ネイハム・ゴダード(以下、ネイハム)が店に来て、パーシーと挨拶を交わした後、「叔母さんの様子を見に、よく顔を出すからな」と警告する。 

ネイハム

ネイハムは保安官に、先に相談して欲しかったと苦言を呈する。

 

「叔母は年だから、犯罪者と暮らすというのはどうもな。見張りも付けないで」

「店で働いてりゃ、町中、みんなで見張るさ…ここはペグマタイトの宝庫だと知ってたか?」

「初耳だ」

 

店のオーブンの修理に来て、パーシーに興味を持ったジョー・スパーリング(以下、ジョー)から隣町へ夜のドライブに誘われ、パーシーはそれに応じた。 

ジョー

しかし、到着した音楽が喧しく、賑やかな酒場に馴染まないパーシーは、車から降りようとせず、ジョーから出身地や家族のことを聞かれ苛立つ。

 

「質問は紙に書いて。暇な時、答えるから…」


「どうかした?」

「罪状は傷害致死よ。それで刑務所に入ったの。友達に話せば?連れて帰って」

 

早々と帰宅すると、ハナが椅子から落ちて倒れて助けを求め、急いでパーシーはジョーと協力して病院へ連れて行く。 


病院から戻ったハナに、ネイハムはパーシーを疑い、出て行ってもらうよう進言する。

 

パーシーはジョーにお礼を言い、ジョーもパーシーを労(ねぎら)い、「あのことは黙ってる」と伝えた。

 

立ち上がれないハナに対し、ネイハムは妻・シェルビーに店を手伝わせると言う。

 

「いつも“バカ女”とこぼしてるくせに。シェルビーが役に立つと思うの?」

「イーライがいないから、僕に責任が…」

「いつ誰があんたに、そんなこと頼んだ?…自分のことは自分で決めますからね。じきに起き上がれますよ。それまでパーシーが何とかするわ」

 

ファーストフードで育ち、ちゃんとした料理を知らないというパーシーは、黒く焦げた滅茶苦茶な食事を作って客に振舞うが、「お客が文句を言うのは、いつものことよ」と、ハナは寛容だった。

 

ハナはパーシーに頼みがあると言って、事務所にある麻袋に缶詰を入れ、裏庭の切り株の傍に置いて欲しいと、パーシーにメモを渡す。

 

「必ず斧を切り株に刺しておいて」 



翌日、ネイハムに言われてシェルビーが赤ん坊を抱いて手伝いにやって来た。

 

パーシーの料理に呆れたシェルビーが調理して、フロアと交代し、二人で協力して店を切り盛りする。

 

料理が上手いと褒めるパーシーは、シェルビーに礼を言う。

 

「今日は助かったわ」

「役割分担したら、うまくいったわね」

シェルビー

「ほんと、同感」

 

二人は笑顔を交わす。

 

その夜も麻袋を切り株に置いてきたパーシーは、何者かが取りに来るのを待っていると、見知らぬ男が現れ麻袋を手にしたところでパーシーに気づき、森に逃げて行った。

 

パーシーは「待って」と追いかけ、他に欲しいものがないかと訊ね、「次は少し、おしゃべりしない?」と、見えない相手に呼びかけた。 


店が、“売り店舗”と看板が出ていることに気づいたパーシーは、シェルビーから経緯を訊く。

 

ハナにはイーライという息子がいて、陸上のチャンピオンで町の特別な存在だったが、ベトナムに志願して帰って来ないと分かると、それが元で父親は死に、ハナは店を売りに出したと言う。 


「もう10年も前のことよ」

 

その話を聞いたパーシーは、「作文コンテスト」をやったらと提案する。

 

「観光局で働いた時、旅館を売りたい人がいて、当選作の賞品にしたの。売却するよりずっと多額の申込金が…」 


不動産業のネイハムがまだ買い手を見つけてくれないかについてシェルビーに文句を言うので、ハナはパーシーから聞いた作文コンテストをやってみたらどうかと口にする。

 

その後、ハナは作文コンテストについて聞いてきたので、シェルビーに代わってパーシーが説明する。

 

「まず締め切り日を3・4か月後に決めるの。告知して、旅館の欲しい理由を書いた作文を募る。申し込み金は100ドル。条件を付けるの。“最低2500通の応募があれば、一番よかった人に旅館を差し上げます”」


「結果は?」

「それ以上の応募が」

 

その夜、ハナは「作文コンテスト」についてどう思うか訊ね、「細かいこと、あなたに任せていい?」聞くと、シェルビーは「さあ」と答える。

 

「はっきりして!」

「いいわ」

 

早速、シェルビーはパーシーと協力して、募集の文言を書き出し、パーシーは環境局で働く刑務所仲間のジョーリーンに連絡して、新聞社に電話するよう依頼すると、「一か月で国中に広めてあげる」と快諾された。 

ジョーリーン

買い物に来ていたパーシーの手を引いて、シェルビーが誰も使っていない礼拝場へ案内した。

 

「ここに来るのは私だけ…独りになりたくなると、ここに来るの。静かだし。このこと話したのは初めて。あなたも独りになりたい時は、ここに来ていいわよ」 


そして、ニューヨークやシカゴなど、作文コンテスト応募の広告が載った新聞をパーシーに見せる。

 

その頃、ネイハムは郡の記録係に問い合わせ、パーシーの罪状を調べ出していた。

 

パーシーはジョーの家を訪ね、寡黙な父親を紹介され、家から見える美しい木々が繁る山に連れられると、「こんな美しいものないわ」と気に入った。 


早朝、斧の位置がズレていて、パーシーは森の中の男を探しに入って行った。

 

シェルビーは自己紹介をしながら話しかけ、姿を見せない男を「ジョニー・B」と呼ぶことを伝えた。 


ジョニー・Bの気配を感じながら、更に奥に入って行くと、シェルビーが麻袋に入れた写真が貼られており、そのすぐ先の断崖から大きな滝が目の前に広がった。 


崖の端に座り込み、ジョニー・Bに思いを馳せ涙するパーシーを草陰から見つめる男がいた。 



まもなく、ハナ当てに初めての応募の100ドル入りの手紙が届いた。

 

それからというもの、手紙が増え始め、町の住人達も「作文コンテスト」を知るところとなり、しばらくすると、大量の作文が届けられ、3人は応募の作文を読みながら、笑い合う。 


家に帰ったシェルビーは、作文コンテストについて、「君のアイディアなんだろ。感謝されていい」とネイハムに言われる。

 

「みんなの力よ…彼女(パーシー)に感謝しなきゃ」

「コンテストをほのめかしたのが彼女だから?」

「だから何なの?何がいけないの?」


「君がそんなこと思いつくはずないよな」

「どうして?なぜ私じゃないの?」

「君にそんな頭はないからさ」

 

悔し涙を浮かべるシェルビーは、ネイハムにシャツを自分で洗うようにと言い放って、部屋を出ていった。

 

店に来る客たちも、作文コンテストのことが気になって話題にしているので、ハナは皆にも作文を読ませ、選考に参加させることにした。

 

客たちだけでなく、あらゆる住人や子供たちまで、町中のあちこちで作文を読み、それだけでなく、店の修繕まで始めるのだった。 


不愛想で引き籠っていたジョーの父親も作文を読み、心を動かされ久々に家の外に出る。

 

そんな中でネイハムだけは、パーシーへの猜疑心を変えず、パーシーの狙いが刑務所の仲間と結託して金を集めることであり、金庫に20万ドル以上の金が眠っていることについて、真剣に考えた方がいいと保安官に訴える。 



ハナの店には住人たちが集まり、よそ者を受け入れるか否かを話し合っている。 


外に出て話し合いに加わらないパーシーをジョーが散歩に誘う。

 

ジョーは森に連れて行って、製薬会社の化学者がこの辺りの木から採れる物質に着目し、全部の木の皮を剥(は)ぎ再生を促すことを計画していると言い、それによって収益が上がるなら、町の荒廃を止められるとの将来の希望についてパーシーに語る。

 

「グッド・ニュースね。みんな喜ぶわ」

「僕らにも、いいニュースだよ」

「“僕ら”?」

「うまく言えないけど、君が初めて街に来た夜、何かいいことが起こるような気がした。そのいいことって言うのは君のことなんだ…ここの木々と、この土地。君はその中心だ」


「どういう意味?」

「…僕と結婚してくれないか?」

 

パーシーは立ち上がり、苦渋の表情で応える。

 

「私と結婚しない方が…私には子供が産めないの」


「だったら要らない」

 

パーシーは、「あなたにピッタリの女性がいるわ。でも、私じゃないの」とジョーを抱き締める。

 

一方、ハナは切り株に置かれた麻袋の中から、パーシーが入れた写真を見て訝(いぶか)る。

 

早朝、パーシーは窓辺に草で作った鳥のオブジェが置かれているのを見つけ、ジョニー・Bを探しに森の中に入って行く。

 

ジョニー・Bの後ろ姿が見え、彼の住む小屋に辿り着いた。 



草原で座って歌を歌っていると、ジョニー・Bがゆっくりと近づいて来て、パーシーの頭にそっと手を置いてた。 



パーシーが帰り、ジョーに会っていたと嘘をつくと、ハナは「あの子を追ったのね」と激しい剣幕で怒り出す。

 

「あんたなんか信用するんじゃなかった」


「何もしてない」

「唯一の希望の光だったのに」

「自分で招いたことでしょ」

 

ここでハナはパーシーの頬を叩く。

 

「好きで息子を失ったと言うの?あんたに分かるもんですか」

「息子を殺したわけじゃあるまいし。赤ん坊を死なせたことある?何も知らないくせに!」 


二人は、それぞれの部屋で打ち拉(ひし)がれていた。


【この二人の会話で明らかになったのは、パーシーがジョニー・Bと呼ぶ謎の人物がイーライであること。だから、そのイーライを深く案じるハナが苛立つのは自明の理だった】

 

 

 

2  「生まれたら、この子だけは守ろうと神様に誓った。もう彼も手を出さないと思ったわ」

 

 

 

その夜、シェルビーはネイハムに「もう食堂で働くのはよせ」と言われ、反発する。

 

「気になるのはパーシーでしょ?彼女のことが目障りなのね」


「…彼女が親切でやってると思うのか?」

「だったら教えてあげる。明日、ハナとパーシーがお金を銀行に預けるわ」

「信じられん。溝からハナの死体が見つかれば、真実に気づくのか?あの娘は殺人で服役してたんだぞ」

「彼女が来て、ハナは幸せになった。私もよ。だからあんたは、やっかんでるの…イーライが生きてた時とそっくりね。あんたのその態度。彼も町の人気者。パーシーもそうだから、彼女が憎いのね。彼と同じように、あんたには真似できないわ。だから妬んでるのよ」 


涙を流して反駁するシェルビーに何も答えず、家を出ていったネイハムはハナの店に入り、金庫から金を出すと札束を麻袋に入れた。 


パーシーがいつものように麻袋に缶詰を入れるためにキッチンへやって来た。

 

パーシーがその麻袋を外に持っていくのを怪訝そうに見ているネイハム。

 

翌朝、シェルビーが店に来ると、お金がそっくりなくなり、パーシーも消えたと言って、ハナが啜(すす)り泣くのだ。 


シェルビーは「(パーシーに)何かあったのよ」と言うが、ハナは保安官のところへ向かった。 


シェルビーが家に車のキーを取りに帰ると、保安官が入って来て、ハナの金が消え、パーシーもいないとネイハムに伝える。

 

「状況はともかく、パーシーじゃないわ」

「お前は引っ込んでろ」

「こればっかりはダメよ。いいこと、証拠もなく彼女に罪を着せたら別れてやる。いいわね」 


一瞬、言葉を失うネイハムだったが、夕べ、パーシーが裏庭に袋を運び、誰かを待ってるようで、今朝、袋は消え足跡が残っていたと保安官に証言する。

 

保安官は早速、捜索隊を出動させ、山に逃げた人物を追うことになった。

 

矢も盾もたまらず、シェルビーは教会の礼拝堂へ向かうと、パーシーが座っていた。

 

「小さな町ならやり直せると思ったのに。でも、あんなことしたら、どこも同じ」

「何をしたの?」


「人を殺したの」

 

パーシーは、母が結婚した当初の9歳から義父に目をつけられ、夫を失いたくないために、母がパーシーを叩いて口止めしたと話し始めた。

 

16歳で妊娠したが、歌の歌詞から、その子をジョニー・Bと名付けた。

 

ここで、「ジョニー・B」の由来が明かされるのである。

 

「生まれたら、この子だけは守ろうと神様に誓った。もう彼も手を出さないと思ったわ」 


しかし、酔っぱらって襲ってきたので抵抗すると拳で殴られ赤ん坊を喪い、警察を怖れた継父に退院前に連れ出され、何日か車のバックシートに乗せられた後、モーテルで酒を飲み出して、「赤ん坊が死んでよかった」と言われ黙っていたが、タンスの上にあったカミソリが目に付いた。

 

「殺すのが遅すぎたわ」とパーシー。

 

シェルビーはパーシーの肩に手を置き、手を握る。

 

お金を取っていないことを確認すると、礼拝堂に保安官が入って来るやパーシーを庇うシェルビーに対して、「落ち着いて。逮捕なんかしない」と言って、事情を聞くためにパーシーを連れて行く。


 

シェルビーは怒りを抑えられないハナに、「(パーシーは)昔の事件のことで、自分を責めて泣いてたのよ」と説明する。

 

「どうして急に彼女を疑ったりしたの?」

「ケンカしてひっぱたいたの…その事件の時、子供がいたの?」とハナ。


「ええ」

 

「パーシーがハナの金を森の相棒に渡した」と聞いたジョーが店を訪ねて、森の男の捜索を知ったハナは慌てて留置所を訪れ、パーシーに助けを求めるが、「もうできない」と拒絶される。 


「まただわ。助けたいのに助けてやれない…いろいろやってみたけど、食料を取りに来るだけで会ってもくれない。店を売ったお金で捜してもらおうと思っていたのに…でも、あんたは会ったんでしょ?」

「警察は彼が犯人だと?…私なら探し出せるわ」 



まもなく警察犬を連れ、大掛かりな山の捜索が行われた。


その渦中で、パーシーはジョニー・Bを探して森の奥に走って進むと、彼の姿が見え、大声で名を呼びかけるが気が付いてもらえない。

 

目の前の川を渡り、「逃げて。捕まるわ」と叫び、その声に気づいたジョニー・Bは、パーシーが川に流され現場を目の当たりにして、川下へとパーシーを追い駆けて行く。 


同じくパーシーの叫び声に気づいたネイハムは川下へ向かい、ジョニー・Bが川岸に出て来たところで、銃口を向ける。 


それに構わず川に入ろうとするが、パーシーは更に流され、遂に滝壺に呑まれてしまった。 


岩場でパーシーをジョニー・Bが抱き上げると、うっすら目を開けたが、パーシーはそのまま息を引き取ってしまうのである。 


ネイハムが来て、パーシーに寄り添う男と目が合い、それがイーライであると気づく。 



まもなく、パーシーの葬儀に多くの住人が参列した。

 

「故人について、言いたいことがあれば、今、どうぞ」と保安官。 


ジョーが立ち上がり、何かを言おうとしたがそのまま座り、次にネイハムが立ち上がり、語り始めた。

 

「私は、彼女をよく知ってるつもりで、実は、何も知りませんでした。ただのよそ者で、叔母や家族や街に悪い影響を及ぼすと思っていました。そして私は、彼女を泥棒と思い込み、叔母の金庫から金を出しました。盗まれないようにです…そう思い込んだ私は、誰より、彼女の死に責任があります。彼女を知ってるつもりでしたが、それはまったくの誤りでした。何も知らなかったのです」 



作文コンテストの正式な締切日に、悲しみに打ちひしがれるハナとシェルビー。

 

「最後までやり通す?」


「今となってはそれしかないわ」
 


夜、ハナが店の方へ行くと、イーライがテーブル席に座っていた。 


ハナは喜びに涙を流してイーライの手を握り、二人は見つめ合った。 



作文コンテストの優勝者がハナの店にやって来る日、町の人々は集い、思い思いに和やかな休日を過ごしている。 



バスを降りて、幼い息子を負ぶった若い女性・クレアが、荷物を持って店に向かってくる。 

クレア

ハナが笑顔で迎え、皆に紹介すると拍手が起こった。

 

ハナは嬉しそうにクレアを店に案内する。 


ラストはクレアのモノローグ。

 

「“私は大した人間ではありませんが、この子が生まれる前に決意したんです。この子のために、必ずチャンスを与えてやろうと。絶対にチャンスだけは。あなたの広告を見て、この町ならと思いました”」(クレアのモノローグ)  


 

  

3  究極なる「特別な出来事」が完遂する

 

 

 

人間に「特別な出来事」が起きた時、私たちはその「特別な出来事」を深く意味ある何かであると考えてしまうことがないだろうか。

 

これは、自己の問題解決能力の範疇を超えた「運命的な事象」ではないかなどと考えることが、私にもあった。 

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正確を期して言えば、この「運命的な事象」などという思考は殆ど観念のトリックであると見做(みな)している。

 

「予測可能な必然」と「予測不能の偶然」の共時的な結合。

 

「運命的な事象」という思考に対する、身も蓋もない私の定義である。

 

【「共時的」とは、ここでは「同時発生的」という意味で使用している】

 

にも拘らず、多くの場合、「特別な出来事」が悲観的な事象の場合、「運命」という使い勝手がいい言葉のうちに逃げ込み、簡便に処理する。

 

何より、「特別な出来事」の内実が曖昧模糊たるイメージを随伴させているから厄介なのだ。

 

加えて、その「特別な出来事」が不意打ちの如く現出すると、その事象への把握が混乱し、時には狼狽さえする。

 

明確で秩序立った思考と行動がコントロールできない一過的な精神状態。

 

これはストレスになる。

 

とりわけ、内部治癒力であるレジリエンスが低い閉鎖性が強いコミュニティに「特別な出来事」が惹起したら、レジリエンスが低い分だけ、見知らぬ他者の闖入に対する排他性が増幅されていくに違いない。

 

都市の人工空間で手に入れられる「私権」の快楽の有難さを知り、そこで起こる「他人の不幸」が自分に直結しないことによって、その不幸に無関心でいられる都市生活者と異なり、レジリエンスが低い閉鎖性が強いコミュニティの脆さが立ち所に露呈されていくからである。

 

仰々しく言えば、そういうことになる。

 

―― 以下、映画の簡便な批評。

 

ハナの息子・イーライという「特別な存在」の不在によって、レジリエンスが低い閉鎖性が高いコミュニティと化していた、豊かな森に囲繞された小さな田舎町・ギリアドに、パーシーという唐突なる闖入者が虚を突くように現出し、町の人たちの猜疑心が集中的に注がれるのは必定だった。 


この時、閉鎖系熱量のギリアド町民と、美しく小さな町での人生のリセットを希求するパーシーの出会いは、結果的に化学反応を起こして「特別な出来事」にアウフヘーベンしていったが、それは特段、「運命的な事象」などというものではなく、単に「予測可能な必然」(閉鎖系熱量のコミュニティ)と「予測不能の偶然」(パーシーの降車)の共時的な結合でしかないのである。

 

若い女性が少ない小さな町の宿命なのか、パーシーに一目惚れするジョーを除けば、曰くありげなパーシーの現出は異界の地からの余所者(よそもの)以外ではなかった。 


かてて加えて、パーシーの平然たる振る舞いをギリアド町民がコミュニティへの秩序破壊者とラベリングしたのも分からなくもない。

 

まして彼女は出所者だった。

 

時を経ずして、この忌々(ゆゆ)しき素姓を自らカミングアウトしてしまう強さがパーシーにはある。 


そんな彼女に対する就労支援など望むべきもなかった。

 

ところが、ギリアドの町に既遂犯・パーシーを受容する、偏見居士とは無縁な二人の女性がいた。

 

永く消息が途絶え、帰郷しても姿を現さないイーライの母ハナと、夫ネイハムのDVに被弾していたシェルビーである。

 

それぞれが抱えた事情もあって、二人はパーシーを受容し、多くの情報を共有し、積極的に意思疎通を深めリスクコミュニケーションを図っていくのだ。 



ストーリーの詳細は梗概で書いた通りで、これが参加費100ドルの作文コンテストを募集作業を通して、イーライに嫉妬していたネイハムを除けば、パーシーに対する町民の意識を変え、最後はネイハムをも吸収する鮮度の高いコミュニティを復元させるという面白さにおいて、ハリウッド好みの「基本・ハッピーエンド」のヒューマンドラマに昇華される約束済みのエンタメに落とし込んでいく。 


「この辺りにはインディアンの伝説があるんです。天の神々が美しい土地だと聞いて見に来たというの。ペグマタイトの宝庫なんですって…」 


冒頭での印象深いパーシーの言葉である。

 

ヒロインの死は些か意想外な展開だったが、思えば、天の神々の啓示を受け、バスを降りたパーシーが事をやり遂げて(イーライの帰郷)、「天使」という神の使者となって昇天してゆく物語こそ、この映画の収斂点に似つかわしい構成だった。

PTSDに罹患したと思しきベトナム帰還兵イーライの帰郷


 

なぜなら、不幸なる死を遂げていった我が子「ジョニー・B」が母を求めて待つ冥界に、「待たせてごめんなさい」という愛溢れるメッセージを、一日でも早く届けにいかなければならないという宿命をパーシーが負っていたからである。 


これもまた、彼女にとって究極なる「特別な出来事」だった。

 

その究極なる「特別な出来事」が完遂するのである。

 

これだけは、映画文化に解放されている「運命的な事象」の利得なのである。

 

いずれにせよ、「予測可能な必然」(閉鎖系熱量のコミュニティ)と「予測不能の偶然」(パーシーの降車)の共時的な結合の結晶点が、そこにあった。

 

閉鎖性が高いコミュニティを根源的に描いたカナダ映画の秀作「スウィート ヒアアフター」と比較するのも気が引けるが、タイトルが魅力的な本作「この森で天使はバスを降りた」は物語の面白さを売りにして成功した約束済みの娯楽映画だったということである。 

スウィート ヒアアフター」より

(2024年10月)

2 件のコメント:

  1. こちらの評論と違うお話で申し訳ございません。「集団と化した時に極大化する人間の脆さ 「関東大震災朝鮮人虐殺事件」が抱え込む深い傷跡」という記事を拝見しました。非常に勉強になり、自分自身で一から調べるきっかけになりました。ありがとうございます
    今後もブログ活動を応援しています!(^^)

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    1. いつもコメントありがとうございます。「時代の風景」まで深く読んで下さり感謝いたします。

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