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2023年3月7日火曜日

燃ゆる女の肖像('19)  窮屈な〈生〉を払拭し、湧き出る感情を一気に解き放っていく  セリーヌ・シアマ

 



1  「消えないものや、深い感情もあります。この絵は私に似ていません。あなた自身とも違う」

 

 

 

18世紀後半のフランス。

 

アトリエで生徒たちに絵画を教える女性画家・マリアンヌは、自分をモデルにデッサンを指導している。

 

「なぜ、その絵が?」

 

マリアンヌの視線の方向を一斉に振り向く生徒たち。

 

生徒の一人が「奥から出した」と答える。

 

「先生の作品?」

「ええ。ずいぶん前よ」

「タイトルは?」

「燃ゆる女の肖像」 

マリアンヌ


以下、マリアンヌの追憶。

 

激しく揺れて海を渡る小舟から落ちてしまったカンバスを、海に飛び込み拾い上げるマリアンヌ。 



孤島に着いて、高台にある館に重い荷物を持って上っていくと、使用人のソフィに案内され、マリアンヌは服とカンバスを乾かす。 


マリアンヌは、伯爵夫人に肖像画を依頼された娘についてソフィに訊ねるが、修道院から来た彼女のことをよく知らないと話す。 

ソフィ(右)


マリアンヌは、裏返されたカンバスを凝視し、息を飲む。

 

カンバスに描かれた女性の肖像画の顔の部分が消されているのだ。 



翌朝、伯爵夫人から娘のエロイーズの話を聞かされる。 

肖像画はマリアンヌの父が伯爵夫人を描いたもの



「前に男性画家が来たけど、娘は描かれることを拒否した。顔を隠して一度も見せなかった。一度もよ」

「何か理由が?」

「結婚を拒んでる。あなたは画家じゃなく、散歩の相手だと思わせて。喜ぶはずよ。外出を禁じてきたから」

「なぜです?」

「上の娘で失敗した」


「監視を嫌がるかも」

「散歩中に観察して、それで肖像画を描ける?」

「画家ですから」

「この肖像画だけど、私より先に館に来た。私が来た時にはこの壁にあって、私を待ってた」 

父が描いた肖像画を見るマリアンヌ



その後、マリアンヌはソフィから、上の姉が崖から飛び降りて自殺したことを聞き出す。


 

一転して、切り立つ岩場に激しく打ち付ける荒波の音。

 

伯爵夫人の娘のエロイーズが散歩に出たのだ。

 

エロイーズを追うマリアンヌ。 


突然、走り出したエロイーズは岸壁で止まって振り返った。 

エロイーズ


「夢みていました」

「死を?」


「走ることです」

 

帰館したマリアンヌは、散歩で観察したエロイーズの顔を思い出し、デッサンする。

 

再び海に出て、浜辺に座り込む二人。 


「海に入りたい」

「今日は波が高いです」

「滞在は何日?」


「あと6日です」

 

散歩中も、エロイーズの目を盗んでデッサンするマリアンヌ。

 

「難しい…一度も笑わないの」とソフィに話すと、「お互い様では?」と返され、笑みが零れる。 



三度、エロイーズとマリアンヌの会話。

 

唐突だった。

 

「自殺でしたの?」

「はっきり尋ねた人は初めてです」


「ご自分は?」

「口には出してない。最後の手紙に“許して”とありました」

「何を許すのです?」

「逃げること」

「結婚からですね」

「何をご存じ?」

「相手はミラノの方だと」

「私もそれだけ。だから不安なんです」

「考えようでは?」

「どう考えれと?」

「修道院がお好き?」

「図書館、音楽、歌がありました。それに平等です」

「私は息苦しくて、すぐに逃げ出しました。ノートに絵を描いては怒られた」

「絵を描くの?」

「ええ、少し」

「あなた、ご結婚は?」

「一生しないかも」

「お見合いも?」

「ええ。たぶん父の仕事を継ぎます」

「選べる人には分かりません」


「分かります」

 

エロイーズが部屋を訪ね、明日一人で教会にミサを聴きに出かけると話す。

 

マリアンヌはエロイーズがオーケストラを聴いたことがないというので、チェンバロ(ピアノのルーツで、バロック音楽の時代の鍵盤楽器)でヴィヴァルディの協奏曲『四季』の「夏」を弾く。

 

「楽しい曲?」

「命を感じます」 


二人は見つめ合い、エロイーズの表情は明るくなってきた。 



教会から帰ったエロイーズはマリアンヌに話しかける。

 

「明日は一緒に。1人は確かに自由でした。でも寂しかった」 


その言葉に反応するマリアンヌ。 



伯爵夫人に絵が完成したことを報告する。 

完成した絵を見るマリアンヌ


「完成しました」

「出来栄えは?」

「先にお嬢様に見せ、真実を告げたい」

「娘は、あなたを気に入っているものね」 



海岸で、マリアンヌはエロイーズに訪館目的を、正直に吐露する。

 

「私はあなたを描きに来ました。ゆうべ完成した」


「ミラノを称賛したのは、罪悪感ですか?」
 


そう言うや、エロイーズはドレスを脱ぎ、海へ入って行った。 


震えながら戻って来たエロイーズに、マリアンヌが訊ねる。

 

「泳げましたか?」

「分かりません。どう見えました?」

「浮いていました」

 

二人は笑顔を交わす。

 

「家へ」

 

エロイーズは顔を横に振る。

 

「だから私を見てた」 



家に戻り、絵を見せて感想を求めた。 


「これが私?こう見えるの?」

「…規律、しきたり、観念が支配しています」

「私自身は?」

「つかの間現れても、消えてしまいます」


「消えないものや、深い感情もあります。この絵は私に似ていません。あなた自身とも違う」


「絵の何をご存じなの?心外です」

「画家だったなんて」

 

エロイーズが伯爵夫人を呼んで来る間に、マリアンヌは肖像画の顔を消してしまった。 


画家のプライドに侵蝕する物言いは、詰まる所、モデルの本質を見抜けなかった画家自身の中枢を射抜いてしまうのだ。

 

「描き直します」

「ふざけないで…描けないなら出ていって」 


ここで、エロイーズは自らモデルになると主張する。

 

「本気?どうして?」

「理由が必要?」


「いいえ。5日後に戻る。それまでに仕上げて。出来は私が判断する」

 

ここから、館に残る3人の世界、就中、画家とモデルの二人の凝縮した時間が開かれていく。

 

 

 

2  凛として強い意思を漂わせる「燃ゆる女の肖像」

 

 

 

エロイーズをモデルに絵を描き始めるマリアンヌ。 



ソフィが妊娠し、伯爵夫人が不在の間に堕ろすというので、マリアンヌとエロイーズが浜辺を全力疾走させたり、薬草を飲ませるなどして堕胎を手伝うのだ。 



エロイーズはマリアンヌが堕胎の方法を知っているので、「経験があるのか」「愛し合った」かを訊ねると、「そうだ」という答えが返ってきた。 


暖炉の横のソファに寝入っているエロイーズの顔をデッサンするマリアンヌ。 


そこに入り込めないが、ゲームに興じることで、館に残る3人の世界の平等性が担保されるのである。

 

カードゲームを興じる3人の間に階層的な立場の違いはないのだ。 



肖像画を描くマリアンヌにエロイーズは訊ねる。


「結婚相手が気になる?ヌードも描きます?」

「女性なら」

「男性は?」

「描けません…私は女なので」

「羞恥心の問題?」

「女には制約があります。そのせいで画題も限られます」

 

夕食後、エロイーズがギリシャ神話の「オルフェスとエウリュディケの悲劇」を朗読する。

 

「“竪琴を鳴らし、オルフェ(オルフェスのフランス語表記)は歌った。ああ、人間の行き着く先、冥府の神々よ。妻を返してください。妻は蛇に足を咬まれ、若い命を散らしました。あまりに早く尽きた運命を巻き戻してください。ここは人間の終の住みか。人間を一番長く支配するのは皆さんです。我が妻も、十分な寿命を生きたあとは、皆さんのもの。願いが叶わぬなら、私もここに残ります。妻と共に死にます。涙を知らぬ復讐の女神たちも、それを聞き頬を濡らした。冥王と王妃も、願いを拒めなかった。2人が呼ぶと、亡者の中から妻ユリディス(エウリュディケのフランス語表記)が、傷ついた足で歩いてきた。オルフェには条件が一つ。冥府を出るまで振り返ってはならない。深い静寂の中、オルフェと妻は地上へ向かう。坂は暗く、濃い霧が立ちこめる。そろそろ地表に近づくという頃、オルフェは妻が心配になり、思わず振り返った。その瞬間、妻は冥府へ引き戻された。夫のほうへ手を伸ばすが、指に触れるのは空気だけ。だが妻は夫を責めなかった。愛されただけで十分だ”」 


この物語について議論をする3人。

 

夫をひどいと言うソフィに対し、エロイーズは「愛ゆえの衝動よ」と主張する。 


「それだけじゃない。彼は我慢するよりも、別のものを選んだ。妻の思い出よ。だから振り返った。夫じゃなく詩人として選択した」 


続きを読むエロイーズ。

 

「“最後の別れの言葉も、オルフェの耳には届かない。妻は奈落へ落ちた”…“振り返って私を見て”と妻が誘ったのかも」

 

【簡単に言えば、「オルフェスとエウリュディケの悲劇」は、毒蛇に噛まれ、死んだ妻を取り返すために、冥土の世界を旅する男の物語で、生者たちの世界の光が見えるまで亡妻のことを振り返ってはならないという、冥界の王との約束を破ったことで亡妻が冥界に戻されてしまう悲劇だが、そんな男の最後に、嫉妬による狂気に駆られた女たちに八つ裂きにされ、殺されてしまうという究極の悲劇が待っていた】 

フェデリコ・セルベーリの絵画『オルフェウスとエウリュディケ』(ウィキ)



3人は島の女性たちが夜の海岸に集うお祭りへと向かう。 


焚き火を囲み歌う女性たちの歌声に心を奪われるマリアンヌは、エロイーズと笑顔を交わし、やがて互いに見つめ合う。 



その時、エロイーズのドレスの裾に焚き火の炎が燃え移り、消火されるが、その場で卒倒してしまった。 



翌日、いつものように海岸へ出た二人は、岩陰でキスを交わす。 



食欲がないというエロイーズの部屋へ行くと、純白のウェディングドレス姿の幻影が現れる。 


暖炉の横にエロイーズは立っていた。

 

「怖くなったのかと」

「そのとおりです。怖いわ」 


二人は結ばれ、翌朝、堕胎に失敗したソフィアの中絶手術に立ち会うことになった。 


ソフィアの中絶手術


目を逸(そ)らすマリアンヌに、「見るんです」と促すエロイーズ。 



館に戻ると、エロイーズは横になっているソフィを起こし、中絶の施術の様子を再現して、マリアンヌに描かせるのだ。 



再び、エロイーズの幻影を見るマリアンヌ。 


ほぼ出来上がった肖像画を見てエロイーズは「この絵は好きです」と言う。

 

「あなたを知ったから」

「私も変わった」

「そうですね」

「前の絵を消したのは、ご自分のため」

「これも消したいです」


「なぜ?」

「あなたが人のものに」

「ひどいわ。手に入れたら責める」


「まさか」

「自覚しているはずです。私に寄り添うのをやめ、結婚することを非難する」

「そうかも」

「本心を聞かせてください。言えるはず」

「あなたこそ」

「あなたは私を従順だと思い、しかも自分の共犯だと思っている。楽しんでいると」

「期待しないためです」

「幸せと思っても、不幸と思っても結構です。でも罪悪感はない。抵抗して欲しい?」


「ええ」

「なら頼んで。どう?」

「嫌です」 


本作で最も重要な会話である。

 

エロイーズは涙を浮かべ、部屋から出て行った。

 

マリアンヌはエロイーズが館にいないと知り、海へと向かうと、エロイーズが佇んでいた。 



走り寄ってエロイーズを抱き締めるマリアンヌ。

 

「許して。許してください…お母様が戻ります」 



部屋に戻り、肖像画を完成させる女性画家。 



その後、マリアンヌは自分のためにエロイーズの肖像画を描く。 



「いつか、私を思い出す時、それを見る。でも、私は?」 



そこでマリアンヌは、エロイーズの本の28ページに自分の裸体画を描く。 



母親が帰って来て、完成した絵を見て、「上出来よ。ご苦労さま」と言って謝礼を渡す。 



いよいよ出立の時が来た。

 

ソフィアと伯爵夫人に別れを告げ、エロイーズにも別れの挨拶をすると、断ち切って逃げるように立ち去っていくマリアンヌ。 



玄関のドアを開けると、後ろからエロイーズが声をかける。 


「振り返ってよ」 


立ち止まって振り返ると、純白のウェディングドレスを着たエロイーズが立っていた。 


3度目のエロイーズの姿だった。 


ドアは閉められ、去っていくマリアンヌ。

 

―― ここでファーストシーンに戻る。

 

「最初の再会は…」 



マリアンヌは絵画展で、一人の男性から声をかけられた。

 

「すばらしいオルフェだ。お父上に賛辞を」

「父の名で、私が描きました」

「振り返る前や、妻を失ったあとの絵は多いが、これは別れの瞬間だ」

 

マリアンヌは出品リストにエロイーズの肖像画があることに気づく。 


娘と共に描かれているエロイーズは手に本を持ち、28ページに指を挟んでいた。 


凝視するマリアンヌ。 

凝視した後、笑みに変わっていく



「最後の再会は…」(マリアンヌのモノローグ)

 

音楽会の劇場の向かいの桟敷席に着いたエロイーズ。 


「私を見なかった」(同上) 



しかし、マリアンヌが見つめ、決して振り向こうとしないエロイーズは、かつてマリアンヌが弾いたヴィヴァルディの協奏曲『四季』・「夏」の激しい嵐の旋律を聴きながら、今なお想い続けるマリアンヌへの溢れる感情を抑え切れずに嗚咽した後、全身で揺さぶられる感動に笑みすら浮かべているのだ。 


そのエロイーズの凛として強い意思を漂わせる姿は、まさに「燃ゆる女の肖像」だった。

 

 

 

3  窮屈な〈生〉を払拭し、湧き出る感情を一気に解き放っていく

 

 

 

世界初と思わせるほど、女性スタッフ中心、殆ど女性俳優限定の真っ向勝負のフェミニズム、且つ、男社会に対し凜然(りんぜん)と屹立するレズビアン映画。 


BGMを捨て、構図の全てが一幅の絵画(特にフェルメール)であるかの如き完璧な構築性を見せられて、改めて映画がアートであることを実感した。 


だから、凄い映画体験になった。

 

「これは、世界中で巻き起こる#MeToo運動以前に作られることはなかった映画だと思います」

 

アデル・エネルのインタビューでの言葉である。 

アデル・エネル



その思いがひしと伝わってきて、エネルが演じたエロイーズのラストカットに涙が止まらなかった。

 

物語は至ってシンプル。

 

シンプルだが、心理描写が生命線のディープな映画だった。

 

フェミニズムを押し出す典型的なシーンがある。

 

冒頭のマリアンヌのパワフルな行動がそれである。

 

依頼する術(すべ)もないのか、男たちに頼むことなく、自ら海に流されたカンバスを取りに泳いでいくマリアンヌの力動的な行為は、男性優位社会の只中にあって、絵画展で「父の名で、私が描きました」と自己主張できる理知的な強さそれ自身だった。

                    この後、海に飛び込む


何もしない男たち




「18世紀後半の美術界で、女性の存在感が飛躍的に増していたことを裏付けることができました。特に、肖像画が流行したことによって、多くの女性が絵を描くことを職業としていたようです。女性美術評論家も存在し、女性たちはさらなる平等と認知度の向上を求めていました」(セリーヌ・シアマ監督 インタビュー) 

セリーヌ・シアマ監督



そんな物語のコアにあるのは、二人の女性の関係の変移の濃密な心的行程。

 

他愛ないが、関係の変移の初発点とも思しきエピソードがインサートされていた。

 

目を覚ましたエロイーズが柔らかな表情でマリアンヌを見つめる。

 

「笑顔が描けません。一瞬で消えてしまうから」

「怒りが勝ちます」

「あなたは特に…傷つきました?」

「ちっとも」

「あなたは動揺すると、顔に触れます」

「そう?」

「ええ。困惑した時は、唇を噛む。イラ立つと、まばたきが減る」

「お見通し?」

「観察する立場ですので」

「立場は同じです。何も変わらない」

 

エロイーズはマリアンヌを、傍に近寄らせた。

 

「あなたが私を見る時、私は?困ると額に触れます。怒りを感じると眉を上げる。戸惑うと、口で息を」 


モデルもまた画家の本質を見てしまうのだ。

 

時間限定の閉鎖系のスポットで、自己主張できる理知的な強さを有する女と、自分に正直に生きる強さを有する女が最近接した時、視線の交叉の中で生まれた親密感が共有され、いつしかパートナー意識が胚胎し、それが緊張感を随伴する性的感情にまで膨れ上がっていく。

 

もう、後戻りできなくなった。

 

裸形の性が剥き出しになり、モデルの女が「怖いわ」と吐露しつつも、身体の反応を臆すことなく解き放っていくのだ。

 

それは、意識の変容を身体反応の解放に逡巡しない、普く近代的自我の自己運動の行程の所産のようだった。 


強さを有する女の自己運動は、男性優位社会の只中で窮屈な〈生〉を強いられてきた近代的自我が、時間限定のスポットで制御不能な行為に大きく振れていく。 


全ては、「男性立ち入り禁止」の「夜の集会」での怪しくも、解放系のスポットで炸裂する女たちの自己運動の一つの結晶点だった。

 

窮屈な社会において、「夜の集会」では何かが起こる。

 

件(くだん)の社会の罅(ひび)を割り、閉鎖された女たちの情動が炸裂するのである。

 

ドレスの裾に焚き火の炎が燃え移る女を凝視する、もう一人の女。 


窮屈な〈生〉を払拭し、湧き出る感情を一気に解き放つのだ。

 

純白のウェディングドレス姿の幻影の現出は、退路を断ち切った二人の女の告白を引き出していく。 


「あなたを知ったから」

「私も変わった」

 

ここに加える何ものもないように、もう、フラットなゲームの世界を超えていた。

 

二人の告白のシーンで判然とするように、「夜の集会」以前から相互に性的感情を抱いていたので、この短い言語交叉への収斂は両者の黙契の表現化に過ぎなかったと言える。 

「(意識したのは)いつです?」(マリアンヌ)「あなたは?」(エロイーズ)「“経験が?”と聞かれた時」(マリアンヌ)



ここで想起されるは、「オルフェスとエウリュディケの悲劇」についての三者三様の議論のエピソード。

 

「夫をひどい」と言うソフィの伝統的価値観に対し、「愛ゆえの衝動よ」と主張する女と、「愛ゆえの衝動」を認知しつつも、「我慢するよりも、別のものを選」び、「詩人として選択した」と語る女の振り返りの行動。 



だから女性画家は、「別れの瞬間」と言い切ったのだ。

 

それ故なのか、二人の感情の微妙な行き違いが陰翳を炙り出している。

 

共に結婚することを願わないにも拘らず、それを表現しない画家と、そのことに失望するモデル。

 

画家からの表現さえあれば、「不幸と思っても結構。でも罪悪感はない。抵抗して欲しい?」と言い切って、結婚への断念を決断するだろうモデルには、もう、その先には進めないのだ。 



ではなぜ、画家は結婚への抵抗を口にしなかったのか。

 

恐らく、モデルの未来を自らが決めてしまうことに対する違和感があったのだろう。

 

そのことによって起こる事態への恐怖感・責任感も張り付いていたとも思えるが、何より画家には、女性であっても、自らの人生は自らが決めねばならないという妥協を恐れぬ近代的価値観があった。

 

これだけは譲れなかったのではないか。

 

神話の悲劇など信じない。

 

だから、別離の日に振り返った。 

別離の朝、マリアンヌに視線を送るエロイーズ



一方、神話の悲劇を撥(は)ね付けられないモデルは、この時、画家との関係を永久(とわ)に消えぬ想い出の中に閉じ込めてしまった。

 

永遠に閉じ込めてしまったのだ。

 

過去を捨てずに、現在の幸福を丁寧に生き抜いていく。

 

これがラストカットの意味である。 


同時に、過ぎ来し方(すぎこしかた)を思い返す画家もまた、等しく共有した珠玉の時間を記憶の底の深いところに秘蔵して、男社会に呑み込まれることなく、屹立する画家として己が〈生〉を丁寧に生きていくだろう。

 

素晴らしく、一級の名画だった。



 

【余稿】 「包括的性教育」の勧め

 

「同僚の自衛隊員からセクハラを受けたという航空自衛隊所属の現役女性自衛官が、『自衛隊がセクハラの事実を組織的に隠蔽し、被害者として保護されることなく不利益を被った』などとして国に対し慰謝料など合わせておよそ1100万円の損害賠償を求める訴えをきょう東京地裁に起こしました」(TBS NEWS DIG Powered by JNN

「セクハラを組織的に隠蔽された」と国賠訴訟


 

「法務省が、刑法の『強制性交罪』について、罪名を『不同意性交罪』に変更する方針を固めたことがわかりました。性犯罪をめぐる刑法の規定の見直しについては、先週、法制審議会が法務大臣に法改正に向けた答申を行いました。答申では、強制性交罪などの成立要件として、現状の『暴行・脅迫』を含めた8つの行為を具体的に示しました」(日テレNEWS 

「不同意性交罪」へ



後者は、同意のない性行為が処罰対象となるという意味で画期的なことだが、遅すぎると言わざるを得ない。

 

これ以上、女性を苦しめない方がいい。

 

世界は今、「包括的性教育」(身体や 生殖の仕組みだけでなく、人間関係や性の多様性、ジェンダー平等、幸福など 幅広いテーマを含む教育)に踏み込んでいるにも拘らず、我が国の学校の性教育で“性交”を教えられない 「歯止め規定」と言って、〈性〉の扱い方を制限する規定があり、とんでもなく遅れているのだ。 

包括的性教育


歯止め規定



この結果、教師たちの悩みだけが増幅しているのである。

 

加えて言えば、公立教員残業代ゼロの「教員給与特別措置法」(給特法)の見直しを早急にすべきである。

 

「公的ブラック企業」とも「やりがい搾取」とも指摘される教員の現状を改善しない限り、この国の未来は覚束ないだろう。 

「やりがい搾取」「残業代ゼロ」「定額働かせ放題」



同性婚訴訟も各地裁で異なった判決が出ているのが、我が国の実情である。 

同性婚訴訟


【同性婚訴訟(同性婚認めぬ規定) 札幌地裁は違憲判決、大阪地裁は合憲判決、東京地裁は違憲状態】

 

(2023年3月)

 


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