少女アレクシアは、父親が運転する後部座席から運転席を蹴り続け、運転を妨害する。
アレクシアと父 |
更にシートベルトを外して立ち上がるアレクシアを制止しようと、父親が後ろを振り向いたところで車は大きくスピンし、事故を起こしてしまう。
損傷した頭蓋骨にチタンを埋め込む手術を施され、神経が繋がったところで退院したアレクシアは、車に対する愛情を露わに表現するのである。
車に愛着を示すアレクシア |
成人したアレクシアは、右側頭部に手術痕を残しながら、今やモーターショーのショーガールとして人気を博している。
ショーが終わってファンたちのサインに応じ、帰宅するところを男に追いかけられた。
車に乗ったところで、サインが欲しいという男のキスに応じたが、アレクシアは髪をまとめた鋭い金属製のヘアピンを男の耳に刺し、殺害してしまうのだ。
この直後、男を刺殺する |
遺体を運び、吐瀉物の汚れを落としにショールームに戻ってシャワーを浴びていると、ドアを激しく叩く音が耳に入ってきた。
全裸のままドアを開けると、ショールームのマッスルカーがスポットライトを点灯させ、その誘いに導かれ、アレクシアは車に乗り込み、件(くだん)のマッスルカーと激しくセックスする。
マッスルカーと交接するアレクシア |
自宅に戻ったアレクシアは、父親と会話を交わすことなく、それぞれに朝食を摂り、テレビではニュースが流れている。
「南仏東部で恐ろしい事件が。木曜日に47歳に男性の遺体が見つかったのです。今年4人目の被害者であり、これ以前に男性2人女性1人が殺されています…」
そのニュースを聞いた父は、一瞬、アレクシアの方に視線を向ける。
母親に元気かと聞かれ、「お腹が痛い」と答えると、医師である父に診てもらえと言われるが、迷惑そうな表情を見せる父。
触診して、「何でもない」とあっさり済ませるのみ。
その後、同じショーガールのジャスティーヌと愛し合い、身体を重ねるが、乱暴に扱うので続かず、途中で嘔吐したアレクシアは、バスルームで妊娠検査をすると陽性結果が出てしまった。
ジュスティーヌ |
ヘアピンで膣を刺して手ずから中絶を図るが、黒いエンジンオイルが出てくるだけで頓挫する。
案じるジュスティーヌと再び結ばれようとするが、またしてもヘアピンで刺殺し、ホームパーティーに集まっていた他の男女3人も次々と殺害してしまうのだ。
自宅に戻り、着ていた服に火を点け、燃え盛る炎に見入り、部屋にいた父親を閉じ込めて逃走する。
ヒッチハイクで駅に向かうが多数の警察の検問があり、既に特定され、指名手配されていたアレクシアは行方不明者の掲示板にある“アドリアン・ルグラン”に成り済ますことを企図する。
その直後の行動は常軌を逸していた。
トイレに入って髪を切り、胸と腹にテーピングした上に、自ら殴りつけ、鼻をへし折り、男に変装したのである。
警察に名乗り出たアレクシアは、アドリアンの父ヴァンサンの面会を受ける。
アドリアン |
ヴァンサン |
DNA鑑定を促されるが、ヴァンサンは「息子なら分かる」と言って一蹴する。
彼はアレクシアをアドリアンと認め、車で自宅へ連れ帰っていく。
終始無言のアドリアンの手を握り、嗚咽するヴァンサン。
「話す気になったら話せ」
突然、車から降りて逃走するアドリアンを捕捉するや、ヴァンサンは言葉を添えた。
「お前に手を出す者は、俺が殺す。俺がお前を殴ったら自殺する」
消防隊長をしているヴァンサンは、消防署にある自宅に戻ると、出迎えた隊員のライアンに息子であるアドリアンを紹介するが、一貫して反応しない。
部屋に着いたアドリアンは上半身に撒いたテープを外し、ベッドに横たわる。
ヴァンサンが服を脱いで寝るようにと近づくと、蹴り返すアドリアン。
そのヴァンサンは、日夜ステロイド注射をして男性性を保持し、常に体を鍛えている。
翌日、アドリアンの髪を切り、消防隊員の制服を着せ、隊員たちに「私は神だぞ。神の息子はキリストだ」と言い放って、強制的に紹介する。
隊員らは絶対的な権威の前に服従するのみ。
そういう組織なのである。
いつまでも無言を通すアドリアンに業を煮やしたヴァンサンは苛立ち、汚れた服の胸のあたりを見せろと言われ、極度に体に触れられることを拒絶するアドリアンは、部屋を出て行こうとするが鍵がかけられていて、もう打つ手がなかった。
アドリアンの頬を叩いて挑発するヴァンサンを、アドリアンは押し倒して殴りかかり、ヘアピンを手にするが、全く相手にならなかった。
「なぜ出て行こうと?ここが家だ」
ヴァンサンが鍵を渡すと、アドリアンはそのまま出て行った。
感情の起伏が激しいのか、絶望したヴァンサンは薬を飲み、注射を過剰摂取して倒れてしまう。
喪失感を埋められないようだった。
街に出てバスに乗ったアドリアンだったが、出発前に下りて家に戻り、バスルームで動かなくなっているヴァンサンを発見し、一旦はヘアピンで殺そうとするが、何も成し得なかった。
アドリアンの変化が垣間見えるカットである。
「パパ、起きて、パパ!」
初めて声を出したアドリアンは、ヴァンサンを抱き寄せた。
そんな中、腹部が膨れてきたアドリアンは、クロゼットのワンピースを着て、鏡に映す。
ヴァンサンがやって来て、その姿態を視界に収めることなく、「一体、何してるんだ」と難詰(なんきつ)するが、隠せぬ思いを吐露する。
「…やはり、お前は俺の息子だ」
アドリアンが見ていた息子の幼い頃のアルバムをめくり、クッションを抱いたアドリアンを抱き締める。
まもなく、母親の通報で息子の薬物過剰摂取の救助に立ち会ったアドリアンは、同時に卒倒して倒れた母親の蘇生処置を任され、ヴァンサンの指示のもと実行していく。
蘇生処置を指導するヴァンサン |
母親の息が吹き返し、人命救助に携わったアドリアンを聢(しか)と抱き締めるヴァンサン。
ライアンがスマホでアレクシアの指名手配の画像を見て、アドリアンに疑義の念を抱く。
ライアン |
「君の正体は?」
その問いに笑って見せるアドリアン。
隊員達が集まり、音楽に合わせて気持ちよさそうに踊るヴァンサン。
ライアンに呼ばれ、アドリアンについての話をしようとするが、「息子の話はするな」という一言で終止符。
ライアンは頷くしかなかったが、その足でアドリアンに言い放つ。
「前にいたところへ戻れ!いいな?このままだと、ただじゃすまないぞ!」
アドリアンはヴァンサンのもとへ行き、手を繋いで踊り、笑みを交わす。
抱き寄せられ、体を回転させるアドリアン。
至福のひと時を過ごすのである。
2 「俺がついてる、俺がついてる」
ヴァンサンの元妻アドリアンの母親がやって来た。
軽く抱き合い、3人で食事をするが、アドリアンは母の問いかけに対しても反応しない。
「どういうつもり?あの子のいない部屋には、オモチャや服が残されている。匂いさえも残ってる。自分が苦しむだけよ」
アドリアンの母 |
少し外してくれと言われたアドリアンは、ヴァンサンの手にキスをして席を立った。
「お前には渡さない」
「欲しくないわ」
部屋に戻ったアドリアンは、更に腹部が膨れ、掻(か)き切った腹や乳房からオイルが漏れ出していく。
オイルが漏れ出す |
お腹を強く叩き、思い切りいきむが、堕胎することができずに苦痛に喘(あえ)ぐのだ。
部屋に母親が来て、アドリアンの裸の姿態を目の当たりにするが、驚く様子が見えない。
「あなたに分かる?子供を失っても泣けない気持ちが…可哀そうに。本当に哀れよ。みじめな姿ね」
アドリアンに手を差し伸べ、顔を掴み言い放つのだ。
「あの人の妄想につけこみ、どうする気か知らないけど、彼の世話は任せた。いいわね。彼を頼むわ。彼には誰かが必要なの。分かった?」
アドリアンは頷き、母親は去って行った。
ヴァンサンに呼ばれたアドリアンは、ステロイドの注射を頼まれる。
「病気?」
初めてアドリアンの声を耳にしたヴァンサンは喜びを隠せない。
「違う。老いだ」
まもなく、火災現場に向かったライアンとヴァンサンは、爆発事故に巻き込まれ、不運にもライアンは命を落とす。
いよいよ、お腹の胎児が活発に動き始め、アドリアンは微笑む。
苦痛に苛まれてもポジティブに向かう姿勢が窺える印象的なカットだった。
「許して」
胎児に詫びて、テーピングで抑えつけていると、ヴァンサンが入って来たので慌ててタオルを体に巻き付ける。
「お前が誰だろうと、俺の息子だ。お前はいつまでも、俺の息子だ。いいな?」
頷くアドリアンを抱き締め、アドリアンもヴァンサンを抱き締める。
タオルが開(はだ)け、胸が露わになるが、ヴァンサンはタオルでアドリアンを包み込んだ。
その後、消防隊員らが激しいリズムに合わせて踊りまくり、アドリアンもその輪の中にいる。
消防車の上に乗せられたアドリアンは、皆の掛け声に反応し、踊りを披露する。
アドリアンはショーガール時代の挑発的な踊りを見せると、隊員たちはシラケてしまう。
この限定スポットは、どこまでも、形式的には「女人禁制」の聖域なのだ。
途中で入って来たヴァンサンもまた、その踊りを見て失望し、部屋を出て行く。
部屋のベッドで酒を飲むヴァンサンは絶望的な気持ちで、シャツに火をつける。
一方、アドリアンに陣痛が来て、消防署の車庫から外に出て、腹部を抱え自宅へと戻った。
火を消し止め、横たわるヴァンサンのベッドに入り、寄り添うアドリアン。
「愛してる」
「俺もだ」
アドリアンがヴァンサンにキスをするが、ヴァンサンは起き上がり、布団を剥いでアドリアンのオイルが染み出たおぞましい体を見て、立ち去ろうとする。
「行かないで!見捨てないで」
苦しみ始めたアドリアンは、口からオイルを大量に吐き出した。
それを見たヴァンサンはアドリアンの出産を手伝うのだ。
「俺がついてる。いきめ、アドリアン」
「アレクシア」と言って、本名を明かす。
「いきめ、アレクシア」
頭蓋骨のチタンプレートが裂け、腹も裂けて金属が露わになりながら、いきみ続けるアレクシア。
その時、赤ん坊の泣き声が聞こえた。
「どう?」
アレクシアが訊ね、赤ん坊を取り上げたヴァンサンは感極まって涙する。
アレクシアも嗚咽し、そのまま息が絶えてしまう。
「アレクシア…アレクシア、俺がついてる」
ヴァンサンの手はオイルで塗(まみ)れている |
ヴァンサンは、アレクシアの蘇生を図るが、息を吹き返すことはなかった。
ヴァンサンは背中にチタンが光る赤ん坊を抱き、静かに呟く。

「俺がついてる、俺がついてる」
ラストである。
3 ジェンダーの矮小性をも超える異体が産まれゆく
西側の自由主義全開の世界で、このような映画が難なく製作・公開され、最高賞を獲ることの意義を、昨今の世界状況の只中で心底感じ入っている。
反LGBT法をあっさり成立させてしまう侵略国家との埋め難い落差を、今更ながら身に染みて知る思いである。
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反LGBT法が成立し、非難される侵略国家に対するデモ |
ここで、作家性の高い本作のこと。
正直言って、悪くはなかったが、言われるほどのインパクトもなく、完成度が特段に高いとも評価できず、この作品が「ドライブ・マイ・カー」より優れているとは、個人的には思えない。
「ドライブ・マイ・カー」より |
本篇のコアに沿った音楽は素晴らしかった。
―― 以下、簡単に批評したい。
脳にダメージを負い、チタンという無機質な金属を嵌め込まれたことで人間性を失った少女が、成人して社会規範を破壊する行為を繰り返した挙句、日々に失われゆく「男性性」に拘泥する初老の男と出会って、奪われた人間性を復元させていくという究極のラブストーリー。
作り手も説明していたが、カオス(混沌)の渦中で生まれた、大地の象徴としての女神「ガイア」=アレクシアと、夫となる天空神としての「ウラノス」=ヴァンサンが結ばれ、ティタン(タイタン=チタン)を生み出すというギリシア神話をベースにした映画が切り取ったのは、人間社会が仮構した、男らしさ・女らしさという社会的性役割=ジェンダーの境界破壊の物語だった。
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フォイエルバッハの絵画『ガイア』(ウィキ)
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カルル・フリードリッヒ・シンケルの絵画『ウラノスと踊る星々』(ウィキ) |
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雷霆(らいてい=雷)に撃たれたタイタン(ウィキ) |
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ジュリア・デュクルノー監督/第74回カンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞式で |
それは何人も壊せない〈性〉の仕切りというラベリングを無化し、この社会に張り付く一切の慣例・規範を身体的に破壊して、脊髄がチタンで形成させる赤子を生み出すことで、この欺瞞に満ちた社会に、初々(ういうい)しいが、その根柢を揺るがすカオスを産生させるのだ。
表象的に言えば、そういうことである。
然るに、ラブストーリーに落とし込んだ物語のコアにあるのは、「“愛の誕生”のストーリー」と語る作り手の思惑とトレースするように、男性性器を象徴する金属の塊と交接したことで異体と化したアレクシアが連射する、その男性性に対する破壊的行動を吸収するヴァンサンとの運命的な出会いと、その出会いによる人間性の復元の変容過程の緩やかだが、鮮烈な時間だった。
死臭漂う異体であるが故に拠り所を持ち得ず、女性性を遺棄したアレクシアが踏み込んだのは、男性性を誇示する男性限定の世界。
一方、男性限定の世界にあって、喪失感を埋める何ものもなく、劣化した身体に日夜ステロイドを注入する弱さを隠し込み、男性性を誇示することで消防隊を率いるヴァンサンもまた、過剰摂取のリスクを抱えて死に最近接する異様な風景を曝け出している。
そのヴァンサンがアレクシアを受容したのは、ひたすら、父親という絶対的な存在性を取り戻すためだった。
だから、アレクシアの姿態が女性であっても構わなかった。
無言を通しても、自己を求めて来たアレクシアを「息子」という観念に変換させればいいのだ。
その辺りの事情を、ヴァンサンの元妻は見抜いていたから、アレクシアに元夫を託して去っていく。
部下の助言を切り捨て、自分を求めるヴァンサンの奇態さに戸惑うアレクシアが殺人鬼の仮面を剥(は)いでいくのは、殆ど絶望的な息子の帰還を切望する強い思いを感知したからである。
それは、未知なる世界で見せられた未知なる感情ラインの洗礼だった。
ヴァンサンだけは、自らの異体性を受け入れてくれたのである。
ここに、狂気を孕んだかのような、極めて歪んだ共依存の関係が生まれる。
この関係の本質は、どこまでも異性関係に振れることのない「父と息子」の関係でなければならなかった。
奪われた人間性を復元させていく只中で、アレクシアに沸き立ってきた女性性の行為にヴァンサンが拒絶したのは、その関係幻想だけは守られるべきゴールデンルールだったからである。
キスするアドリアンを拒絶する |
その直後のアレクシアの援助の求めに反応し、ヴァンサンは「息子」の赤子を取り出し、「俺がついてる、俺がついてる」と言い切った。
そこで分娩されたのは、金属の塊との交接によって妊娠した異体が産み出す金属片などではなかった。
堂々と産声を上げて、現世に誕生したのである。
これは、奪われた人間性をアレクシアが復元させた証である。
しかし、この赤子にもチタンが嵌め込まれていた。
異体が産み出したのもまた異体だった。
ジェンダーの矮小性をも超えるこの異体こそ、欺瞞に満ちた社会の根柢を揺るがす鮮度の高いカオスを極める存在体に化けていくだろう。
ジェンダーの矮小性をも超える異体が産まれゆく。
そう考えさせる物語だった。
【余稿】
映画と切れて書きたいことがある。
批評の冒頭をフォローする一文である。
映画を観終わって想起した歴史的事実がある。
ドイツ人の思想・感情を均質化するという目的で、「強制的同一化」(ナチズムの根本思想)の名の下で、プロパガンダの天才・ゲッベルスが遂行した悪名高い「退廃芸術展」の実施。
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退廃芸術展を観に訪れたゲッベルス宣伝相(ウィキ) |
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退廃芸術展パンフレット(ウィキ) |
これは凄まじかった。
芸術の各フィールド(音楽・映画・絵画・文学・建築)における「退廃性」を一掃し、「ナチス公認芸術」を示すために、全国各地を巡回して回り、全てのドイツ人に反道徳的文化を刷り込み、猛烈な勢いで洗脳していったのだ。
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ザルツブルクに巡回した退廃芸術展(ウィキ) |
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「大ドイツ芸術展」を鑑賞するヒトラー/「大ドイツ芸術展」とはドイツの「民族芸術」の模範となる作品を全国から集める展覧会(ウィキ) |
当時、最も前衛的なドイツ表現主義の絵画が狙われたのは必至だった。
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ドイツ表現主義の代表作/フランツ・マルク「小さな青い馬」
中でも、「退廃芸術」とされたことで衝撃を受け、ピストル自殺を遂げたエルンスト・キルヒナーの悲劇については、もう語るべき何ものもない。
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エルンスト・キルヒナー(ウィキ) |
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「街」(キルヒナーの代表作/1913年 ニューヨーク近代美術館) |
「多様性」を否定し、国民を「愛国者」と「非愛国者」と峻別する単純な二元論は、自国民を「愛国者」と「裏切り者」と峻別するプーチンの思考と同質であり、歴史に置き去りにされる思考であると言っていい。
まさにプーチンこそ、ナチスの申し子であったということだ。
官能美の極致と評価された「第三夫人と髪飾り」というベトナム映画が上映中止になったことでも判然とするように、専制国家において、この刺激的、且つ前衛的な「TITANE/チタン」が「退廃芸術」というラベリングされるのは自明のことだった。
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「第三夫人と髪飾り」より |
(2023年1月)
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