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2022年7月24日日曜日

ウインド・リバー('17)   テイラー・シェリダン

 


<極寒の地での映像の卓抜さ/インディアン保留地の凄惨さ>

 

 

 

1  「俺も自分がイヤだ。だけど、怒りが込みあげて、世界が敵に見える。この感情が分かるか?」

 

 

 

【事実に基づく】

 

野生生物局のハンターのコリー・ランバート(以下、コリー)は、ワイオミング州ランダーで暮らす別れた妻ウィルマを訪ね、息子ケイシーを連れ、“ウィンド・リバー先住民保留地”へ向かう。 

コリー

ウィルマ

ケイシー


そこには、義父のダンが居住し、ケイシーらを迎えた。

 

「嵐を察知してる」

「ああ。部族警察庁の依頼で、ピューマ狩りに?」


「ピューマとは限らない。牛が襲われた?」

「案内しよう。間違いなくピューマだ」

 

コリーの訪問は、家畜を襲う野性動物の駆除が目的だった。 

 ダン(左)

ダンに連れられ、現場へ行くと、牛が横たわり、ピューマの親子の足跡が其処彼処(そこかしこ)に見つかった。 


「狩りを教えてるんだ」

 

早速コリーは、スノーモービルで雪原を走り、問題のピューマを探し出す。 



人間の足跡と血痕を見つけたのは、その時だった。

 

その後を辿ってコリーの視界に、雪に埋もれた女性の遺体が捉えられた。 

ナタリー

コリーの知り合いのナタリーだった。

 

「緊急事態発生。応援を頼む」 



コリーが保安官事務所に連絡するが、FBIは吹雪で中々やって来ない。

 

このままだと、足跡の痕跡が消え、遺体を引き上げることもできない不安があった。

 

漸(ようや)く到着したFBIのジェーン・バナー(以下、ジェーン)が、部族警察長のベン・ショーヨー(以下、ベン)と挨拶をする。 

ジェーン

ベン


防寒着もなく、単身で裁判所から直行してきた無頓着なジェーンに、ダンの妻・アリスが身支度させる。 



「あんたを寄こした人の気が知れない」とアリス。 



コリーはスノーモービルの後ろにジェーンを乗せ、現場に直行する。 



身元の名をジェーンが尋ねると、コリーが応える。

 

「ナタリー・ハンソンだ」

 

ジェーンは遺体の外観を確認する。

 

「レイプキットの手配を。検視を終えた遺体は、所持品と一緒に移送して。“殺人”と報告する」とジェーン。 


【レイプキットとは、加害者の精液などの証拠を採取する検査器具】

 

地元の地理に詳しいコリーが、ジェーンの疑問に答えていく。

 

被害者がどこから来たのか、なぜ裸足なのか。

 

コリーは足跡から幾つかの疑問に答える。

 

「ここで転んでる。顔を埋めた付近に血痕が。夜の気温はマイナス30度に近い。それほどの冷気を走りながら吸うと、肺が凍って血が噴き出す。つまり、どこから来たにせよ…ここまで走ったところで、肺が破裂し、自分の血で窒息した」


「裸足で走れる距離って?」

「分からない。生きる意志次第だ。極限状態だからな。あの子は強い娘だ。君の予想は、はるかに超えてただろう」 



ジェーンはコリーの話を聞き、捜査への協力を申し出る。

 

コリーはケリーに事件のことを聞かれるが、雪道で迷子になったと説明する。

 

しかし、ケリーには分かっていた

 

「お姉ちゃんと同じ?」


「凍え死んだんだ」

「じゃあ、同じだね」

 

検視の結果を監察医のランディは、死因を「肺出血」と断定する。

 

コリーが言った通り、極度の冷気を吸いこみ、肺胞が肺が破裂したことが主因だった。 

ランディ


「“他殺”にしないつもり?」

「無理だ」

「でも状況を考慮すべきよ。繰り返しレイプされてる。暴行も…」

「それを考慮するのは、君の役割だ…襲われてなきゃ、あり得ない状況だ。だが死因としては他殺じゃない」

「それじゃFBIの捜査班を手配できないの。私の役目は捜査じゃなく、適切な人材を呼ぶことよ」

「強姦と暴行を報告すれば…」

「そしたら管轄は、BIA(インディアン事務局=管理局/「保留地」の統括機関)になる」


「孤立無援には慣れてる」とベン。

「こんな広い土地を、たった6人でカバーしてるのよ…よほど運がなきゃ、解決できない」


「検察が動けば協力するが、死因を“他殺”にはできない」
 



埒が明かず、部屋を出るジェーンとベン。

 

「FBIの割に熱心なのはうれしいが、ランディは味方だぞ」

「あの検視結果だと、上司に呼び戻される。大した戦力じゃないけど、私まで去れば絶望的よ」

 

被害者のナンシーの自宅を訪ねたジェーンとベン。

 

父親のマーティン・ハンソン(以下、マーティン)に話を聞くが、心を開こうとしない。 

マーティン


そこで母親のアニーに話を聞こうと部屋に行くと、アニーはベッドに座り、手をナイフで傷つけ血を流し、嗚咽しているのだ。 

アニー

衝撃を受けるジェーン。 



そこに、コニーが訪ねて来た。

 

マーテインはコニーの顔を見ると、堰を切ったように咽(むせ)び泣き、コニーはマーティンを抱き留める。 



同様に娘を亡くした経験を持つコニーは、マーティンを励ますのである。

 

「痛みから逃げじゃダメなんだ。逃げると失う。娘との思い出すべてを。1つ残らずな…苦しめ、マーティン」


「疲れたよ、コニー。もう人生を戦い続ける気力がない」

「息子のために生きろ」

「あいつはヤク中だ。失ったも同然だ。すぐそこに住んでいるが、もう家族じゃない。事件に関わってるかも」


「彼は、リトルフェザー兄弟の所に?」

 

コニーはFBIに協力するが、指図は受けないと言う。

 

ジェーンとベン、そして警察権のないコリーが現場に赴く。

 

「サムとバートのリトルフェザー兄弟と、フランク・ウォーカーが住んでる。奴らは、ナタリーの兄貴とは、段違いのワルだ」とベン。

 

ドアを叩き、サムが出て来たが、ジェーンがFBIと分かると、催流ガスを顔に吹きかけ、逃走する。 



コニーは裏口から逃げる仲間を捕らえ、ジェーンは部屋で銃撃してきたサムを撃ち殺す。

 

捕まった二人はフランク・ウォーカーと、ナタリーの兄チップ。

 

ナタリーの事件について聞くと、チップはそれを知らず、ナタリーが死んだと分かり慟哭するのだ。 

慟哭するチップ

ナタリーが白人と付き合っていたと話すチップを聴取して、名前を聞き出すことにする。

 

しかし、コリーは大事なヒントを見過ごしていると、スノーモービルの跡が、足元から遠くの山の斜面を上っている状態をジェーンに示す。 



早速、山の上まで行くと、そこには鳥が啄(ついば)む人間の死体があった。

 

「掘削所の監視カメラがあるはずだ。明朝、警備隊に見せてもらうよ」とベン。

 

一方、何も喋らないと言い放つチップに、親同然だというコリーが話しかけた。

 

「こに2年、バカしかやってない」

「先住民なのは元嫁と死なせた娘だろ。探偵ごっこなんか…」

「知った口を利くな。いいな?」

 

チップの口から、ナタリーが付き合っていた男が、掘削所の警備員のマットという男だと聞き出した。

 

「俺も自分がイヤだ。だけど、怒りが込みあげて、世界が敵に見える。この感情が分かるか?」とチップ。


「分かる。でも俺は感情のほうと戦う。世界には勝てない」

 

その後、チップに対するコリーのこの反応が内包する闇が、少しずつ可視化されてくるのだ。

 

 

 

2  酸鼻を極める話に凍り付く女性捜査官

 

 

 

コリーが家に戻ると、ジェーンが待っていて、山の上で発見された遺体の男がマット・レイバーンだと伝えた。

 

ジェーンを自宅に招き入れたコリーは、3年前に殺された娘のエミリーの話をする。 

エミリーの写真を見るジェーンにコリーは娘の話をしていく


16歳の時に、両親が自宅を留守にした日に、友達とそれ以外の連中が家にやって来てパーティー状態となり、翌朝、親友のナタリーからエミリーがいないと連絡が入った。

 

「その後、ウインド・リバーで、羊飼いが娘の遺体を見つけた。家から30キロ以上の場所に、なぜ倒れてたかは分からない。コヨーテに食われて、検視もダメだった…」 



酸鼻(さんび)を極める話に凍り付く女性捜査官・ジェーン。

 

翌日、掘削所の捜査にコリーがいるのを見つけて、警備隊のエバンが訊ねる。

 

「なぜ、あんたが?」とエバン。

「遺体の先の痕跡をたどる。そっちは?」とコリー。

エバン

「ジェーン以外は権限がないが、威圧のためだ」

 

ベンが答えて、ジェーンに説明を促す。

 

「掘削所のカメラに何か写ってないか確認し、マット・レイバーンの部屋から手掛かりを見つけたい」とジェーン。


「令状は?」とエバン。

「ないわ」

 

掘削所に着き、マットの所在を聞くと、警備員の一人が応対した。

 

「痴話ゲンカで、飛び出した彼女を追って、出てって以来なんだ。3日前だ。クビにするか通報するか、会社の指示を待ってた」 



他の警備員たちもやって来た。

 

一様に顔に傷を負っていることに不審を抱くジェーンが、その理由を尋ねる。

 

「時速100キロで木に突っ込むとこうなる」と先の警備員。 



一方、捜査と離れたコリーはピューマを追い、雪深い山の奥に入っていき、巣穴のピューマの親子を見つけた。

 

そこで、スノーモービルの跡を見つけ、それを辿ると、警備員のコンテナハウス(宿舎)と人の動きがが見下ろせた。 



事件現場と宿舎を繋ぐスノーモービルの跡を視認したコリーは、無線でベンに伝える。

 

一方、マットの部屋を案内させると、エバンが3方向を警備員に囲まれ、彼らに銃を向けていた。

 

一斉に警備員たちも銃を向け、双方が銃を向け合い対立し、一触即発の危機に陥った。 



警察権を有するジェーンは、何とか互いに銃を下ろさせ、危機を収めた後、マットの部屋を案内させる。 



無線でベンからの応答がなく、異変に気づいたコリーは、矢庭に山を下りて行く。 



ジェーンは、マットと同室のピートがいる部屋のドアをノックする。 



―― ここで、事件当日の場面に切り替わり、事件の状況が再現される。

 

マットがドアを開けると、ナタリーが立っていた。 

ナタリー


他の警備員たちがいない部屋に向かい入れ、将来の夢を語り、愛し合うが、翌朝、仲間たちが宿舎に戻って来た。 

マット

酔っ払った仲間に絡まれているうちに諍(いさか)いとなり、マットはナタリーから引き離され、殴り合いの喧嘩に膨れ上がっていく。 



ナタリーもまた抵抗して殴られ、一瞬、気を失ってしまう。

 

気がつくとピートにレイプされるナタリーは、それを振り払い、仲間たちから激しい暴行を受けるマットを残し、裸足でコンテナハウスから逃げ去っていくのだ。 

レイプするピート





―― ここで現実に戻る。

 

ジェーンが宿舎のドアの叩くが、応答がなかった。

 

「ジェーン、そこから離れろ!」 



コリーから無線連絡を受けたベンが叫んだ瞬間、部屋の中からドアを突き破る銃丸がジェーンの身体を吹き飛ばし、そこから激しい銃撃戦が始まるのだ。 



防弾ベストで命を繋いだジェーンだったが、銃撃戦は収まらず、ベンも命を落としてしまう。 


その時だった。

 

警備員のリーダー格がジェーンを撃ち殺そうとする瞬間に、コリーの弾丸が彼を吹き飛ばした。

 

コンテナの中にいる二人もコリーによって撃たれるが、ナタリーをレイプしたピートだけは、必死の形相で山に逃げて行く。 



山岳での凄惨な風景が、ここから開かれていく。

 

 

 

3  「ここの人々は、強制的に連れてこられた。雪と静寂以外は、すべて奪われた」

 

 

 

ジェーンは傷を負い、コリーは手当てをするが、男を追うようにと促す。 



コリーは雪山に逃げたピートを捕捉し、袋詰めにして、州の最高峰ガネットピークの麓に運んだ。 



「何をした。俺は裁きを下す立場の人間じゃない。正直に話せ。そうすれば逃がす」


「黙って聞け。この土地は凍った地獄だ。何もすることはないし、女とも楽しみとも無縁だ。あるのは雪だけで、どこも静まり返ってる」


「ここの人々は、強制的に連れてこられた。雪と静寂以外は、すべて奪われたそうだ。お前は?何か、奪ったろ?」


「違う」

「酔ってた?孤独だった?それで?やったなら男らしく言え。“レイプした”と」

「レイプした。そうだ、レイプしたよ!」


「恋人は?邪魔されたから、殴り殺したのか?」

「殴った。死ぬまで」

「解放する」

 

そう言って、コリーは手首を縛った縄を切った。 



「行け」

「どこに行けと?」

「約束は守る。話したから。逃がしてやる。彼女と同じ条件でな」

「同じ条件って何だ」

「車道まで出られたら、自由の身だ」


「車道ってどこだ?」

「寮から遺体までの距離を?10キロだ。裸足でな…強い娘だ。戦士だ。お前は100メートルも無理だろうが行くしかない」 



銃で脅された男は雪山を走っていくが、程なくして、血を吐き、斃れてしまう。 


それを見届けるコリー。

 

その後、コリーは入院中のジェーンを見舞った。

 

「恩人はあなたよ」


「いいや。君はタフだ。自分の力だよ」

「ウソはやめましょ。ただの運よ」

「ここに運はない。都会とは違う。運なんて、バスと衝突するかどうかとか、銀行強盗に出くわすかとか、横断歩道で事故に遭わないとかだ。ここでは生き残るか、諦めるしかない。強さと意志が物を言う。獲物になる鹿は、不運なんじゃなく弱いんだ。ジェーン。君は戦った。そして生き延びた」 



ラスト。

 

コリーは、マーティンの家を訪ねる。

 

アニーはナタリーの部屋で、思い出の品々と共に眠りに就いていた。 



マーティンは戸外で座り、インディアンの死化粧をしている。

 

コニーが横に座り、語りかけ、反応するマーティン。

 

「死ぬ気だった。そこへ電話が。電話は不吉だ。でも今日は違った。1年ぶりにチップと話した」


「今、どこだ?」

「警察署さ。このバカげた顔を洗ったら迎えに行く。聞いたよ。1人、逃げたとか」


「いいや、逃げてない」

「どんな最期だった?」


「哀れだった…チップに優しくな。俺たちほど打たれ強くない」


「もう行かないと。だが、もう少し座って娘を想いたい。付き合ってくれるか?」


「もちろんだ」

 

ラストのキャプション。

 

「ネイティブアメリカン女性の失踪に関する、統計調査は存在しない。失踪者の数は、不明のままである」 


 

 

3  極寒の地での映像の卓抜さ/インディアン保留地の凄惨さ

 

 

 


典型的なハリウッド文法に則ったエンタメ社会派映画。
 



保留地に押し込められた「ネイティブ・アメリカン」(アメリカ先住民=インディアン)が負った喪失感を抱えた友人の、その癒されぬ〈現在性〉を救済するヒーローの復讐譚。



 

そこに、自らが負った喪失感がオーバーラップするから、この復讐譚がエクストリームの画に収斂するのは不可避だった。

 

「どうする気だ?」

「俺はハンターだ。分かるだろ」

「犯人を見つけたら、誰でも構わん。いいな?」


「その場で必ず」
 



コリーとマーティンのこの会話が物語の重要な伏線になっていたので、ラストは予約済み。

 

マーティンの果たせぬ思いを、彼に代わって、友人のコリーが必罰(ひつばつ)する。



その犯人を最後まで生かせておく。

一人だけ生き残り、逃亡するレイプ犯のピート


それをラストで決定的に必罰するのである。



コリーの格好良さが際立つ物語は、被害者救済(マーティン)を見せて完結する。 


そこだけは有無を言わせないのだ。

 

彼は野生動物局のハンターなのである。 



家畜(弱者)を襲う野生動物(強者)を駆除するハンターであるが故に、野生動物と化した男たちを成敗する。

 

法を越えて成敗するのだ。 



この国では、いや、保留地では、強くなければ生きていけないのである。

 

ジェーンが防弾ベストを装着していた運の良さを吐露したが、コリーはそれを否定し、ジェーンの強さを称えるシーンが印象に残る。

 

「ここでは生き残るか、諦めるしかない。強さと意志が物を言う。ジェーン。君は戦った。そして生き延びた」 



だから、防弾ベストを装着していたジェーンもまた、戦い切って生き残る。

 

ヒロインが「運悪く」死ぬという選択肢が殆ど拾えないのは、ハリウッド文法から逸脱するからである。

 

かくて、保留地を嘗(な)めて踏み込んで来た頼りないヒロインは、打たれ強くタフなハンターであるヒーローによって、殺害寸前に救済されるのだ。

 

自他共に共有する恨みを晴らしたハンターも、唯一、警察権を有するヒロインも生き残る。

 

本作が、「正義・被害者救済(ここではマーティン)・弱者利得(ここでは女性捜査官ジェーン)」という、ハリウッド文法に則ったエンタメ社会派映画である所以だ。 



それでも、本篇は映画的には面白く、且つ、脚本も演出も悪くなかった。

 

極寒の地での映像の卓抜さは比類がないほどで、肺が破裂するほどの凍死に関わる描写のリアリズムは圧巻だった。  



ただ、私の趣味嗜好で言えば、ベストマッチの作品ではなかったというだけ。 

テイラー・シェリダン監督


そして、気になる一点。

 

何より、インディアン保留地の問題の掘り下げの脆弱さである。

 

「この街のせいだ。何もかも奪ってく。そうだろ?」


「人生はフェアだなんて、ウソをつく気はない。だが、どうしようもない。ここが俺たちの土地だ」

 

チップとコリーの会話である。

 

もう一つ。

 

「この土地は凍った地獄だ。何もすることはないし、女とも楽しみとも無縁だ。あるのは雪だけで、どこも静まり返ってる」

「ここの人々は、強制的に連れてこられた。雪と静寂以外は、すべて奪われたそうだ」 



コリーに放ったレイプ犯ピートと、それを受けたコリーの会話である。

 

このように随所にインサートされていたものの、これらの言辞のうちに、インディアン保留地の深刻さが窺えるが、表面的な問題提起を超えるものではなかった。

 

「全員救済」の物語にならない、サスペンスというジャンル映画にすれば、こういう作品になるのは自明である。

 

―― 以下、この問題意識をコアに、「ネイティブ・アメリカン」の〈現在性〉について、簡単に言及したい。

 

 

 

4  一切は、「インディアン絶滅政策」に起因する

 

 

 

「インディアン絶滅政策」

 

「ネイティブ・アメリカン」の保留地について考える時、絶対に忘れてはならない問題意識である。

 

アメリカ連邦議会で制定されたインディアンの強制移住に関する法律として悪名行高い「インディアン強制移住法」(インディアン撤去法令)によって、インディアンを、ミシシッピー川以西の保留地に強制移住させることを定め、有無を言わせず断行する。 

インディアン強制移住法


1830年5月28日のこと。

 

代大統領アンドリュー・ジャクソンによって法制化されるが、何より理不尽なのは、この強制移住に従わないインディアン部族は絶滅させるという政策 ―― それが「インディアン絶滅政策」である。 

アンドリュー・ジャクソン


この絶滅政策によって出来したのが、有名な「涙の旅路」。

 

1838~39年、チェロキー=インディアンがミシシッピー東岸を追われ、オクラホマの保留地に強制移住される極寒の陸路で、15000人のチェロキー族の4分の1の人々(約4000人)が犠牲者になるという悲劇である。 

涙の旅路

その徒歩距離1000km。

 

まさに、死への旅路だった。 

涙の道で死んだチェロキー族の記念碑(ウィキ)


思うに、1492以前は、7500万人のインディアンが主に遊牧民・農耕民として生計を立てていて、約2000もの独自の言語・文化を有していたが、白人の入植以降、奴隷化が展開され、その風景が一変する。 

サンタ・マリア号(レプリカ)/クリストファー・コロンブスによる初の大西洋横断航海のときに使われた3隻の帆船のうちの最大の船(ウィキ)

アメリカ・インディアン


【現在、「ネイティブ・アメリカン」と呼称されているが、「インディアン」という用語も誤用ではない】


白人至上主義という黒歴史の冥闇(めいあん)の世界の土手っ腹を穿(うが)つ、インディアンの激しい抵抗が頻発するのは必至だった。

 

1886年に降伏するまで続く、アパッチ族のシャーマンであるジェロニモの叛乱。 

ジェロニモ(ウィキ)


ジェロニモとアパッチ族の戦士たち(ウィキ)



山岳ゲリラと化し、アメリカ第7騎兵連隊を率いるカスター将軍の部隊を全滅させた(1876年)スー族の叛乱。 

スー族のティーピー(ティーピーとは移動用住居。カール・ボドマー画、1833年/ウィキ) 


スー族の集団(チャールズ・ディアズ画、1845年/ウィキ)


リトルビッグホーンの戦い/アメリカ陸軍第7騎兵隊が,シッティング・ブル指揮下にあるスー民族、シャイアン族によって攻撃を受け、全滅した歴史的戦い】


シッティング・ブル/北米先住民ラコタ・スー族の戦士(ウィキ)


カスター中佐/リトルビッグホーンの戦いで戦死(ウィキ)



共に、白人入植者を震撼させるのに充分過ぎた。

 

インディアンの叛乱は、アメリカ政府の対インディアン抑圧に決定的な影響を与えていく。

 

アメリカ第7騎兵隊によって、サウス・ダコタで、約350人のインディアンが虐殺された「ウーンデットニーの虐殺」。 

ウーンデットニーの虐殺/虐殺の3週間後。遺体には毛布がかけられている(ウィキ)


【ウーンデットニーの虐殺/1890年8月、シャイアン川のほとりに集まり、「ゴーストダンス」の準備をするビッグ・フット・バンド。この4か月後に彼らは米軍によって皆殺しにされる/インディアンの虐殺の終焉を告げる事件だった(ウィキ)


ビッグ・フット酋長の遺体を眺める兵士(ウィキ)


ウーンデッド・ニーの虐殺の慰霊碑(ウィキ)



1890年12月29日のことである。

 

それは、連邦政府に対するインディアンの叛乱の終焉を意味する。

 

以降、インディアンの人々は、全米各地の「保留地」(居留地)での生活を余儀なくされるに至る。

 

インディアンの現状は、強制的に移住させられた「保留地」の存在の理解が必須になる。 

インディアン保留地



BIA(インディアン事務局)の管理下にあって、インディアン部族の領有する土地 ―― これが「保留地」である。 

ウィンド・リバー・インディアン居留地/映画「ウインド・リバー」の舞台になった(ウィキ)


インディアン事務局(ウィキ)



このBIA直轄の「部族議会」が組織されている。

 

「部族政府」と呼称される「部族議会」には、BIAの承認を条件づけられているが故に、不完全だが、一定の自治権が認められている。

 

【とりわけ、モニュメント・バレーを聖地とし、独自の陸軍を保有する「ナバホ保留地」(ナバホ・ネーション)は、インディアン保留地で最大の規模を有し、約20万人のナバホ人が居住していることで知られている】 

ナバホ保留地


ナバホ族のホーガン(木組みと土で出来た伝統住居/ウィキ)


モニュメント・バレー(ウィキ)



しかし、殆どの「保留地」は産業を持てず、貧困に喘いでいる現状は看過し難いだろう。

 

カジノ経営で成功したインディアン部族(インディアン・カジノ)が話題になるが、そんな例外を無視すれば、経済的に自立できず、健康状況も劣悪で、絶対貧困率・失業率・自殺率・アルコール依存症率・重篤疾病罹患率の極端な高さを思えば、改善の兆しが見えない現状は深刻であると言わざるを得ないのだ。 

LA近郊のインディアン・カジノ


依存症から立ち直り、運動家になったアーチー・ファイヤー・レイムディアー/酒造の文化を持たないインディアンは酒量のコントロールができず、アルコール依存症になりやすい(ウィキ)



この凄惨な現状は、白人入植者による人種主義政策によって、限定的な選択を強いられたインディアン部族の歴史的な産物以外ではない。 

【インディアン戦争(インディアンを追撃するアメリカ騎兵の想像図)/1622年-1890年、米国とカナダの白人入植者とインディアンの間で起きた戦争の本質は、ジェノサイドだった(ウィキ)】


一切は、「インディアン絶滅政策」に起因する。

 

一旦、破壊された民族アイデンティティの修復は難しいのだ。

 

生きる目的を失ったインディアンが勤労意欲も萎え、依存症の罠に嵌るのは「約束済み」とも言える。

 

長い差別と叛乱鎮圧・抑圧の歴史を修復するのは容易ではないのである。

 

(2022年7月) 

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