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2023年12月1日金曜日

ロストケア('23)   トラウマを克服する歪んだ航跡  前田哲

 


1  「この時、気づきました。この社会には穴が開いているって。一度でも落ちてしまったら、この穴から簡単には抜け出せない」

 

 

 

「人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい  マタイによる福音書7章12節」

 

「黄金律」とも言われるイエスの教えがキャプションで提示される。

 

―― 以下、本作の梗概。

 

孤独死している祖父が発見され、アパートの一室に駆けつけた娘の大友秀美。 

大友秀美

室内はゴミ屋敷と化し、腐乱死体が運び出され、異臭を放っていた。

 

これがトップシーン。

 

ケアセンター八賀(やが)の車が一軒家に到着し、3人のスタッフが玄関の鍵を開け、部屋に入って行く。

 

認知症の梅田が這いずり回り、部屋は荒れ放題。

 

男性スタッフの斯波宗典(しばむねのり/以下、斯波)が挨拶し、新人の足立由紀を紹介し、ベテランスタッフの猪口(いぐち)真理子が血圧を測る。 

斯波(左)

血圧が168/94あり、入浴ではなく清拭(せいしき/身体を拭くこと)に変更する。

 

斯波が手際よく足立を指導し、清拭をしていると、娘の美絵が自転車で慌てて駆けつけ、部屋の片づけをするが、疲弊困憊の様子だった。 

美絵(手前)

帰路の車の中。

 

「梅田さんとこの娘さん、あれ、やばいねぇ。育ち盛りの子供が3人。夜は旦那の店(焼き鳥屋)の手伝い。昼は実家に帰って父親の介護。あれ、限界きている顔だわ」と猪口。 

猪口(右)と足立


途中、車の中から徘徊中のお婆さんを見つけ、斯波は車を降り、家に送り届ける。

 

「斯波さんって凄いですよね」と足立。

「ほんと、偉いよね。あの優しさはやっぱり、苦労してきてるからよね」と猪口。

 

猪口はその苦労の中身については知らないと言うが、あの白髪頭が物語っていると話す。

 

一方、検事の大友は刑務所への入所を求める常習犯・川内タエが、今度は3年入れてくれと懇願するのだ。

 

「私にはねえ…極楽ですねん。3度の食事はもらえて、お風呂もトイレも介助してもらえますねん。ほんでこれ、リウマチひどくなったらね、医者に診てもらえるの」

大友検事と川内タエ

「刑務所はそういうための施設ではないんです」

「こんな身寄りも金もない年寄り…娑婆じゃ、だあれも助けてくれへんのよ。刑務所のほうがね、まだ人間らしく暮らしていけるんよ。お願いだから入れてちょうだい」

 

泣きながら拝み倒す川内。

 

ケアセンターでは利用者が亡くなり、センター長の団から頼まれた斯波が通夜へ行くことになった。

 

猪口と足立も同行し、亡くなった利用者の娘・羽村(はねむら)洋子がお礼の挨拶をする。

 

斯波は長年の洋子の介護を労(ねぎら)い、思い出話をする。

 

「よく、赤トンボの歌、歌ってあげていらっしゃいましたよね。それを聞いた時のお母さんの幸せそうな笑顔、僕は忘れません」

 

その言葉を聞いた洋子は嗚咽を漏らしながら頭を下げる。 

洋子


帰りに居酒屋に寄った3人。

 

足立は斯波を尊敬し、憧れていると真剣に話す。

 

「でもさ、良かったよね、羽村さんも。ぽっくり逝けて。娘さんも助かったよね」と猪口。


「助かったって、そういう言い方ないんじゃないでしょうか」と足立。

「だって、大変だったと思うよ。シングルマザーでさ、小さい子抱えて認知症の母親介護。昼はスーパー、夜はスナックで働いていたって言うじゃない。結構、きつかったと思うよ」

 

その頃、大友が高級老人ホームに入居している母・加代を一か月ぶりに訪ねる。

 

「あなた、仕事忙しいんでしょ。先週も来てくれたけど、しょっちゅう来なくてもいいのよ」 

加代


同じ話を繰り返す加代には、認知症の初期症状が現れていた。

 

いつものように、朝、美絵が実家を訪ねると、彼女の父親とセンター長の団が死んでいた。

 

勤務先のスーパーで、そのニュースをテレビを観る洋子。

 

梅田殺害の容疑者として、団が被疑者死亡のまま書類送検され、殺害に使われたニコチンが梅田の体内から検出された。

 

ケアセンター八賀も家宅捜査され、スタッフも事情聴取される。

 

足立は入ったばかりで団のことはよく分からない、斯波は団が以前は梅田を担当していたが、最近はセンター長としての事務仕事が忙しく、スタッフとして入るのは限られていた、猪口は団がお金に少しだらしがなく、色んな人に借金をしていた、などとそれぞれ証言する。

 

事件当時のアリバイを聞かれた3人はいずれも自宅にいたと答えた。 

斯波


担当する大友が猪口を帰すと、検察事務官の椎名が、団の体からアルコールが検出されたことで、酔って階段から落ちて死亡したと考えられ、更に、自宅から利用者の家の鍵や通帳・印鑑が見つかったことで、窃盗の常習犯であることは間違いないと断定する。

 

問題は梅田を殺す団の動機であるが、大友は上司に呼び出され、世間の注目度が高く、不要に長引かせる訳にはいかず、団が金品目当てに殺したという線で捜査を急ぐよう指示された。

 

しかしその直後、被害者の死亡推定時刻の12分前の防犯カメラに、車を運転する斯波が映し出されているのが見つかり、大友は斯波を事情聴取することになった。 


警察で黙秘していた斯波は、当初、犯行時刻には自宅にいたと証言していたが、団と共謀して窃盗したと大友に追及され、団の服に付着していた本人以外の血液のDNA鑑定の結果が明日判明すると言われ、供述を始めるに至る。

 

「団さんと争ったのは事実です。でも、一緒に窃盗はしていません」

 

2階で物色している団が、斯波が来たことで驚き、窃盗の言い訳をするものの、懐中電灯で殴打してきたので、二人は激しい揉み合いとなり、結果として団は階段から転がり落ちてしまったと供述する。

 

「事故だったんです」

「どうしてそんな遅くに、梅田さんのお宅にいたんですか?」

「訪問介護に伺った時、梅田さんの様子が少し変だったので、気になって見に行きました」


「…家にはどうやって入ったんですか?」

「ケアセンターでお預かりしているスペアキーを使いました」

「正当防衛だったということなら、どうしてすぐに警察に連絡をしなかったんですか?」

「仕事を休む訳にはいかないんです…介護士が一度に2人もいなくなったら、ケアセンターの利用者が困るんです。そうでなくても…介護士が足りてないので」

 

斯波のアパートに警察の家宅捜査が入り、大友らも部屋に入った。

 

驚くほど物がなく、机の上には斯波が利用者に作ってあげる折り鶴が置かれ、本棚にあった聖書に挟まれたしおりのページには、「黄金律」と言われる冒頭の言葉にアンダーラインが引かれていた。 


3年間休むことなく毎日書いていたという介護ノートには、利用者の様子が几帳面に記述されていた。

 

担当刑事の沢登(さわのぼり)によると、斯波に家族はなく、両親は亡くなり、近しい親戚もいないということ。

 

団が自宅に所有していた合鍵は36本あり、すべてケアセンターの利用者のもので、殆どが亡くなっていて、生存者は3名のみ。

 

「亡くなっている?ケアセンターの利用者が自宅で死亡した数と死因を洗い出してみて」と大友が椎名に指示する。

 

椎名が調べた結果、自宅で亡くなった利用者が、3年で69人で、1ヶ月に2人のペースになり、他のケアセンターと比較してみると、市内・県内でもダントツに多いことが判明した。 

椎名(左)


しかし、八賀ケアセンターの死因の内実について、警察は事件性を疑っていない。

 

更に、自殺か事故死以外の病死と自然死の47件について分析すると、その内41名の死亡時刻が月曜の昼間と金曜の未明に集中していることが判明する。

 

「人の死が曜日や時間に左右されるなんてあり得ないです」と椎名。

 

スタッフ全員の勤務記録を調べてみると、その曜日の休みが該当するのは斯波だけだった。

 

「自然死として見做(みな)された41名は、家族が仕事に出ている間、または別居の為、自宅に戻っている間に亡くなっています」と椎名。

「老人が一人でいる時間…」

 

但し、物的証拠はないので、大友は手掛かりを求めて斯波の介護日記を読み始める。

 

「三浦ヨネさん 息子さんのことも娘さんのことも忘れてしまったが、亡くなられた旦那さんのことは今でも覚えていて、旦那さんを探しに今日も家を抜け出し、街を彷徨っていた。帰り際に、和彦さんはどこに行ったのかしら。尋ねてくるのが心に残る…」 



沢登が、斯波が担当する利用者宅から見つかった盗聴器を持って来て、早速、大友はその件で斯波を追求する。

沢登



被害者となったケアセンターの利用者41人の写真を見せて追求するのだ。 


「あなたが介護サービスに訪れていない日まで記述があるのはなぜですか?」

「家族の方からお話を聞いて、書き留めていたんです」

「本当は盗聴をしていたんじゃないんですか?…この盗聴器で家の様子を密かに聞き、記録していた」

 

ここで、車の中で斯波が羽村洋子の家を盗聴するシーンが提示される。 


幼い女の子の声と、「触るな!」と母が抵抗して手こずっている洋子の声が聞こえてくる。 

認知症の母に手こずる洋子


母親が大便を漏らし、それを騒ぐ娘を洋子が叩き、泣き叫ぶ。

 

「何のために、そんなことをする必要があるんですか?」と斯波。

「介護を必要とするお年寄りを殺すためです」と大友。

「僕がお年寄りたちを殺す理由は何ですか?」

「認めるんですね。理由は、殺人そのものが目的」

 

斯波はニヤリと笑って、首を横に振る。

 

「これは、介護なんです…喪失の介護、ロストケアです。僕は42人を救いました」 


絶句する大友。

 

「救った…冗談じゃない。あなたは、たくさんのお年寄りの命を奪ったんです。体が不自由で、生活に助けを必要とし、抵抗できないお年寄りを殺したんです」

「僕がやらなければ、家族がやっていたかも知れない。救いを求める方たちの声を聞くこと。そして、手を差し伸べること…殺すことで、この方たちとその家族を救いました…親族による介護殺人、どれだけの数かご存じですか?1年間におよそ45件。4日間に1件の割合で起きています。無理心中を含めたら、もっとすごい数になる。国が救えない、いや、救おうとしない人たちを、自己責任だと言って、見て見ぬふりをして見捨てた人たちを救いました」 



八賀ケアセンターでは、スタッフで斯波のニュースをテレビで見ていたが、彼を尊敬していた足立が混乱し、喚き叫んで感情を爆発させた。 

足立(後方)


母親が亡くなり、介護から解放された洋子は、職場の男性と明るく会話し、娘を乗せた自転車を走らせる表情には笑顔が弾けていた。 



大友と椎名は、斯波が殺した41人に対して、ロストケアの殺人を42名と申告しており、その42人目が誰なのかを特定していくことになる。

 

斯波は高校卒業後、印刷会社に8年間勤め、一身上の都合で退社しており、介護資格を取って八賀ケアセンターに再就職するまでの3年4ヶ月の空白期間について捜査し、警察からその報告を受ける大友。

 

斯波の父親・正作(しょうさく)は、2011年9月に脳梗塞で救急搬送され、1か月後に退院したが、その時点で認知症の症状が出ており、斯波は会社を辞めて介護生活に入り、2014年12月25日に、正作は自宅で死亡していた。

 

担当医は死因を心不全と診断し、事件性はないと見做されたが、八賀ケアセンターの死亡事件のケースと酷似するので、それを追求する大友。 

検死する担当医


「あなたは一番最初に、自分の父親を殺した」

「僕は父を救いました。僕は小さい頃から、父に男手一つで育ててもらいました。今度は、自分が父を守る番だと思って、安いアパートに引っ越して父を引き取り、バイトをしながら面倒を見ていました」

 

以下、回想シーンと検察官室(検察官の執務室)での遣り取りが交互に提示されていく。

 

折り紙を折る父を優しく見守り、徘徊していなくなった父を探し回り、やがて家で激しく暴れるようになる父を懸命に支える斯波。

折り紙を折る斯波の父・正作/認知症の初期表情が発現している


徘徊という周辺症状(BPSD)


「家の近くで時間の融通が利くバイトをしていましたが、父の認知症が進んで、バイトに行くことも難しくなって、父の年金は月7万円くらいしかなく、殆どがアパートの家賃と光熱費に消えていき、そして初めて、僕らは生まれて初めて、まともに3食食べられなくなりました…随分迷いましたが…」

 

生活保護を申請するが、本人が働けるという理由で、あっさり却下される。 


「だけど、僕には、これ以上何を頑張ればいいのか、分かりませんでした。この時、気づきました。この社会には穴が開いているって。一度でも落ちてしまったら、この穴から簡単には抜け出せない。穴の底で、膝を折って手をついて、家族を支えていると、おかしくなってくるんです」 


確信犯として持論を展開する男が、検察官室の狭いスポットで屹立していた。

 

 

 

2  「人には見えるものと見えないものがあるんじゃなくて、見たいものと見たくないものがあるだけなのかもね」

 

 

 

遂に、斯波は父親に手をあげてしまった。 


子供のように泣き喚く父。 


「ただ、お茶を零しただけなのに…こんなことが何度も起きるんですよ。これはもう、人間の生活じゃない…お互いに限界でした」

「だから、父親を殺したと言うんですか?あなたは辛い介護から逃げるために父親を殺した。どれだけ事情を並べても、あなたが身勝手な犯罪者であることには変わりはありません」

「検事さん、あなたがそう言えるのは、自分は絶対に穴に落ちない、安全地帯にいるからですよ。勿論僕は、あの辛い介護から一日も早く解放されたいと思っていました。でも、それと同時に、父のためでもあったんです…父は家の中で転んで腰を痛めたことをきっかけに、寝たきりとなってしまいました。認知症は進み、脳梗塞の後遺症もひどくなって…それでもほんの時々、昔の父のままだったことがありました」

 

父子二人で斯波の子供の頃のアルバムを見て笑い、懐かしむ。

 

そこで、父は頼みがあると言って懇願する。

 

「俺を殺してくれ。俺は、身体だけじゃなく、頭もおかしくなっている。そのせいでお前を苦しめてるんだろ。俺は、そんな風にして生きていたくないんだ。もう、十分だ。この先生きていても、俺もお前も辛いだけだ…もう、終わりにしたいんだ」


「何…何言ってるんだよ」

「…自分が自分でなくなっていく。何も忘れてしまうことが、怖いんだ。とてつもなく、怖い…辛いんだ。悲しいんだ。もう嫌なんだ…殺してくれ…頼む…お前のことを覚えている間に、あの世へ行きたい…」

 

言語障害のある言葉で懸命に語り、泣きながら訴え、叫ぶ父を見つめる斯波。

 

再び、大友の検察官室。

 

「それから一週間後に、僕は父を送りました。時間がかかったのは、注射器を手に入れるためでした。さすがに首を絞めたりすることはできなくて。ニコチン注射は、小さな子供が間違ってタバコを食べて死亡したというニュースから思いつきました」

「今の話が本当なら、あなたの父親に対する殺人は、嘱託殺人。普通の殺人罪より罪は軽くなります。汲むべき事情もある。なぜその後、何人もの命を奪ったりしたんです」


「バレなかったからですよ…運命のようなものを感じました。僕が見逃されたのは、きっとやるべきことがあるからだと。ケアセンターでの仕事を通して、僕はたくさんの父とたくさんの僕に出会いました。暗い穴の底で、愛情と負担の狭間で、もがき苦しんでる人がたくさんいました。世の中は、そんな人たちに手を差し伸べるどころか、自己責任だなんだと、自分たちの勝手な理屈を振りかざして、更に追い詰めていく」


「あなたがやったことは、自分勝手な誤った正義感に基づいた殺人です。第三者のあなたに、他人の人生の決着をつける権利などありません」

「僕はかつての自分が、誰かにして欲しかったことをしただけです」

「死による救いなどまやかしです。あなたもあなたの父親も、死を望んだのではなく、命を諦めたんです。あなただって本当は父親を殺したくなかったはず。だから、首を絞めることができなかった」

「なるべく苦しまないように送り出したいと思うのは当然でしょう。あなたは、僕の父のような状態になっても生きていたいですか?」

「…救いも尊厳も、生きていてこそのものです。あなたはただ、全てを投げ出して諦めただけです」

 

ここで、斯波は溜息をつき、大友を見据えて言い放った。

 

「あなただって、同じじゃないですか。僕が人殺しなら、あなたも人殺しだ。あなたは僕を死刑にするために、こうして取り調べをしている」


「個人の人殺しと、法システムによる死刑は全く別です」


「人が人を殺すのは悪。国が人を殺すのは正義。まるで戦争の理屈ですね」

「話をすり替えないで」

「僕個人が殺すのも、国が殺すのも、人の命に変わりはない。寧ろ、正義は僕にあると思いませんか?僕の殺人は救いだったんですから」

「あなたがやったことに正義などない!」

「安全地帯にいるあなたには、穴の底で苦しむ人たちの気持ちは分からない。あなたは、目の前に溺れる人がいても救わないんですか?あなたの親が、僕の父のようになっても同じことが言えますか?」

 

大友は机を叩いて立ち上がり、一瞬、自分の父が死んでいた汚れた布団を想起したが、深呼吸して座り直した。

 

「あなたが殺した方たちの、一人一人の人生の何があなたに分かるって言うんです?どのような苛酷な介護の日々であろうが、そこには苦しみも喜びも悲しみも、一緒に暮らし、分かち合った者にしか分からない深い感情があるんです。大切な家族の絆をあなたが断ち切っていい訳がない」

「…喜びも悲しみも、一緒に暮らし、分かち合う者にしか分からない深い感情?何ですか、それ?絆?それがどれだけ家族を苦しめているか…検事さん、一ヶ月、一週間でもいいから、介護を経験してみたらどうですか?あなたみたいに、安全地帯からキレイごとを並べる人間が、穴の底を這う人間を余計に苦しめるんです。大友さんの家族は、さぞかし美しい絆で結ばれているんでしょうね」

「事件には関係ありません」

「逃げないでください。あなたが言い出したんだ。ご両親はお元気ですか?教えてください。あなたの深い感情と家族の絆が具体的にどんなものなのか」

「関係ない!」

 

そう言い放った大友の目から涙が零れ、それを見た斯波は微かに笑みを浮かべた。

 

その後、大友と椎名は、殺された梅田の遺族の美絵を訪ねた。

 

「…本当に、斯波さんなんですか?…あんないい介護師さん、いません」 


次に、羽村洋子に話を聞く大友。

 

「お母様が、実は殺されていたと知った時、どのように思われましたか?」

「…驚きました」

「信頼していた介護師だったんですものね。悔しかったでしょうね」

「私…救われたんです…多分、母も」


「それは、あまりにも苛酷な介護から救われたということですか?」

「はい」

 

意外な反応に戸惑う大友は、椎名に自分の母親が大腿骨を骨折して老人ホームに入所し、最近、認知症が現れてきていることを打ち明ける。

 

「とても手厚くて、いい老人ホームでね。私はまさに安全地帯の人間ってわけ。母は私が3歳の頃に離婚して、一人で苦労して私を育ててくれたの。自分のことは後回しにして、私のために保険のセールスの仕事を頑張って、頑張って。その結果としての貯えた年金で今のホームに、当たり前のことのように自分から入った。自分のことが自分でできなくなったら、誰かのお世話になるのが当然だって言ってたけど、私に迷惑をかけたくなかったんだと思う。勿論、世の中には、そうできない人もたくさんいるってことも分かってるつもりだった。でも、肝心なところでは目を瞑っていたのかも。色んなことに…人には見えるものと見えないものがあるんじゃなくて、見たいものと見たくないものがあるだけなのかもね」


「今まで考えたこともなかったんですけど、もし親に介護が必要になったら、どうしたらいいんだろう?僕に何ができるんだろうって思いました…お父様はご健在なんですか?」


「父は、20年は会ってなくて…」

 

若き女性検察官の、人に言えない苦衷が捨てられていた。

 

 

 

3  「誰にも迷惑かけないで生きていける人なんて、一人もいなんです」

 

 

 

斯波の裁判が始まった。

 

「被告人、最後に言っておきたいことはありますか?」

 

裁判長が質問すると、斯波は大友の方を向き、語り始めた。

 

「検事さん、あなたがどのように裁こうとも、僕は正しいことしかしていません。あなたは、大切な家族の絆を断ち切っていいはずがないと言われました。でも、絆は呪縛でもあるんです。ロストケアは、自分ではどうすることもできない呪縛から解き放つための唯一の手段です。限度を超えた、容赦のない心を抉(えぐ)る言葉、泣き叫ぶ声、争う音、深い溜息、噛んだ唇から漏れてくる嗚咽。それが、現実なんです。家族のために地獄を生きなければいけませんか?死ぬ時ぐらい、親を家族をやめさせてあげてもいいじゃないですか。一人の人間として死なせてあげたっていいじゃないですか。この世には罪悪感を捨ててでも、人を殺すべき時があるんです。僕を死刑にするあなたも正しい。僕も、同じように正しい。どうぞ、僕を殺して下さい。どうか、僕を救って下さい」 


その時だった。

 

「人殺し!」と、傍聴席から叫び声が上がる。

 

「お父さんを返してよ!お父さんを返せ!斯波!人殺し!あんたは人殺し!!」 


父を殺された美絵の悲痛な叫びは、退廷させられるまで続いた。

 

一方、洋子は職場の男性と再婚することになった。

 

年上のその男性は、母親の介護で大変な思いをした洋子に、自分もまた後々迷惑をかけるのではないかとの不安を吐露する。 


「私ね。そんな立派な人間じゃありません。母のことだって…迷惑かけてもいいんですよ。あたしも多分、迷惑かけます。きっと、誰にも迷惑かけないで生きていける人なんて、一人もいないんです」 



大友が加代のホームを訪れた。

 

加代は窓辺で歌を歌っている。 


「お母さん、本当はホームに入りたくなかったのに、私を安心させるために入ったんでしょ?」

 

母はそのまま歌い続ける。

 

「お父さんの夢を見たって言ってたことあったでしょ。一人でホームに入って、寂しかった?…お母さん、私が娘で幸せだった?…何言ってるんだろうね。私…」 

「何言ってるんだろうね。私…」


加代は歌を止め、「よし、よし」と大友の頭を撫で、大友は堰を切ったように嗚咽し、「お母さん」と言って母の膝に顔を埋めるのだ。 



帰路、大友は斯波のアパートを訪れ、斯波が机に向かって日記を書いている姿を幻視する。 


机に上にあった折り鶴を手にし、光に翳(かざ)してみる。

 

大友は拘置所の斯波を訪ね、自分の父のことを話しに行った。

 

「私も父を、殺していました」

 

ファーストシーンが、ここで回収されていく


「父が一人で死んでいるのを発見されたのは、死亡してから2ヶ月後でした。その孤独死の3ヶ月前に、父から何度も連絡があったのに、私はその電話に出ることもなく、折り返すこともなく、ショートメールも無視して。もう20年以上も会っていないのだから、仕事があるからと、自分に言い訳をして連絡を取らなかった。もしあの時、連絡していれば、会っていれば、父は死なずに済んだと思います。少なくとも、あのような無残な死に方はしなかった。私はその後悔と罪悪感に蓋(ふた)をし、父を見殺しにした事実から逃げました。忘れたかった。認知症が進む母にも、父の死を伝えませんでした。もうずっと昔に縁を切っている二人なのだから、今さら、母を苦しめることはないと自分勝手にそう決めつけて…でも、頭から離れないんです。変わり果てた父の姿が。あの部屋の様子が。たった一人で焼き場で拾ったボロボロと崩れていく父の骨が…それでも私は自分に嘘をつき続けた。私は後悔なんかしていない。あれは仕方のないことだったんだって。母は、そんな私を子供の頃のように『よし、よし』と優しく温かく撫でてくれました。私もようやく母に、父の死を伝えることができました。心から父に詫びることができました。そして、斯波さん。あなたのことを思いました」 


大友は涙を流しながら、斯波をしっかりと見据え、赤い折り鶴を差し出した。

 

斯波は、父との最期の別れを想起する。

 

ニコチンの注射を打ち、父に覆いかぶさり嗚咽する斯波。 


死んだ父の枕の下にあった赤い折り鶴を開くと、父の言葉が書かれていた。

 

「むねのり おまえがいてくれて幸せだった おれの子に生れてくれて ありがとう」

 

それを読み嗚咽し、号泣する斯波は父の亡骸を抱き締める。 



接見室の斯波を、涙を浮かべて見つめる大友。 


話し終え、涙する斯波は、静かに大友と目と目を見交わすのだった。 


 

 

4  トラウマを克服する歪んだ航跡

 

 

 


他者から頼まれていないのに殺して助けたと思い込むことと、他者から頼まれていたのに無視して殺したと思い込むことが、果たして同義なのか。

 

前者の場合、他者に対する「殺人権」(注)を有しない統治機構内にあって、自殺関与罪である嘱託殺人も含めて殺人罪として裁かれる法システムから当然ながら免れない。

 

だから、一切は司法に委ねられる。

 

しかし後者の場合、縁のない他者に対する「救援義務」を有しない統治機構内にあって、「救援義務」を行使しなかった当事者を裁くことはできない。

 

前者が法システムの問題の案件であるのに対して、後者はどこまでも倫理の問題でしかない。

 

この点を履き違えると、統治機構内でのルールが根柢から瓦解することになる。

 

本稿では、前者、即ち、斯波の議論の組み立て方と、その歪みに特化して、彼の心の遷移について推量してみたい。

 

【(注)/「名誉殺人」の風習が残るパキスタンでは、殺人罪で裁かれるものの、婚前交渉などで「家の名誉を汚した」と認定された場合、情状酌量が認められて減刑になる場合がある/ウィキ】 

パキスタンでの「名誉殺人」の犠牲者の写真



追い詰められた息子の介護疲れの軽減をも汲むように、尊厳死を求める父の切実な思いを受容して、苦衷の中で実父を死に至らしめる。

 

幸いにして、この嘱託殺人は発覚されることがなかった。 


父のような状態に捕捉されていても比較的、苦しまずに昇天できることを学習した斯波だったが、自らが犯した道徳的罪を容易に払拭できず、トラウマと化していく。

 

身震いする自我の慄(おのの)きを鎮めるには、如何すればいいのか。

 

この迷妄の森での沈鬱悲壮(ちんうつひそう)の冥闇(めいあん)から抜け出し、道徳的罪を浄化していくこと。

 

斯波の場合、その手立ての選択肢は限定的だった。

 

恨むことと救うこと。

 

この二つである。

 

父子を地獄に追い遣った無慈悲な行政。

 

これは絶対に許せない。

 

だから、報復する。

 

これが一つ。

 

そして救済に動く。

 

自分と類似する状態に囚われている人たちを救うのだ。

 

介護疲れで泥沼の中で藻掻(もが)いている人たちの救済。

 

これが二つ目。

 

この心境に達した時、斯波の人生の設計図が確立された。

 

結局、この大胆な飛翔は、極めて大きなトラウマを負った男の自我防衛の戦略の所産だったのである。

 

この点を見逃すと、斯波の極端な議論に引きずられてしまうだろう。 

「僕が人殺しなら、あなたも人殺しだ」



ともあれ、苦しまずに父を昇天させた学習の経験は貴重だった。

 

然るに、男の救済の対象は、どこまでも介護疲れで疲弊し切った人たちであり、介護疲れのストレッサーになっている認知症者ではないのだ。

 

かくて、白髪になるほどのケア・盗聴・救済(殺人)という非日常なる異様な時間が開かれていく。

 

曜日限定で、41件という突出した男の犯罪は、いつしか発覚するだろう。

 

男には、この覚悟があった。

 

発覚されたら、その時こそ、「我に正義あり」と堂々と主唱する。

 

寧ろ、この機会こそ「完璧なる我が演説」を披露するのだ。 


その意味で、男の犯罪の発覚は失敗願望を隠し込んだ防衛機制=「不成功防衛」であるとも言える。

 

そして、「一度でも落ちてしまったら簡単には抜け出せない穴」=「自己責任だと言って、見て見ぬふりをして見捨てた」行政と、自らを極刑に誘導する司法を弾劾する。 

「一度でも落ちてしまったら、この穴から簡単には抜け出せない」



事件によって警察・検察を揺さぶり続けた行為と、検察官室での一連の議論、そして、起訴後に待つ司法の場での演説での弾劾こそ、男の「報復」と化していた。

 

だから何も怖れない。

 

悔いも残さない。

 

自らの後半生を凛と閉じていく。

 

そう考えたのではないか。

 

―― 以上が私の推量だが、斯波の航跡の中で最も重要な時間が、父の介護に専念した3年4ヶ月に及ぶ、穴蔵に籠ったような閉鎖的な空間であると考えている。

 

脳梗塞⇒認知症の初発⇒退職⇒介護⇒認知症の中期⇒末期⇒尊厳死。 


悪化する一方のこの推移を通して、時に、父に対するあるまじき暴行と、その父を意気消沈させてしまう事態の背景に、施設入居を排除した男の孤独が見え隠れする。 

思わず手を出してしまう


父を叩いた手を見る


【因みに、斯波の暴行は、認知症者に対する「三つの“ない”」=「驚かせない・急がせない・自尊心を傷つけない」を冒している事実を押さえておきたい】 

認知症者に対する「三つの“ない”」



それでも諦めることなく、閉鎖的な空間での閉鎖的な介護を保持したのは、男手一つで育ててもらった父への恩義に報いるという強い観念。

 

男はこの間、介護保険制度で保障された介護サービスを利用することもないのだ。

 

この状況下で最も頼りになる「地域包括支援センター」に相談することもなく、収入が確保されている時点で会社を辞め、近隣でのバイトに切り替えても、シビアな介護の只中でそれすら手放し、一切の収入源を自ら断ち切ってしまうのである。 

地域包括支援センター



「要介護認定」を受ければ、認知症でも受けられる介護保険のサービスを利用しなかったことが、単なる無知だったとは思えないのは、現行法下では違法である生活保護の「水際作戦」で被弾した行為が恨みとして、男の中で固着化していたと考えた方が正解だろう。 

「はい。次の方」


生活保護の「水際作戦」



それにも拘らず、一切の収入源を断ち切った男の行為を、父の介護という一意専心の思い(これも自壊していく)で括るには無理があり過ぎるのだ。

 

介護サービスへの依存なしの生活。

 

この危うい状況を手ずから産生してしまったのである。

 

まるで、ひきこもりの如き閉鎖空間だった。

 

厄介なのは、その計画性の欠如を自省せずして、「報復と救済」という観念の化け物を、もう、そこにしか流れないように生み出し、増殖させていくという行動様態が内包する歪みの異様さ。

 

自らの特異なる経験を絶対化し、それをメシア然として遂行する男の自我の歪み。

 

「経験の絶対化」を前提にする男の議論の行き着く先は、「メシア&救済対象者vs安全地帯の住人」という二元論。

 

ロストケア(喪失の介護)で苦衷を訴える人たちの救済論のコアになるのは、「絆は呪縛」という妄想性観念。

 

メシアによって救われる一連の行為を指弾する敵は、全て「安全地帯」の住人のみ。

 

半世紀前の青臭い論法である。

 

孤立するのは自明のこと。

 

とっておきの大演説のスポットで「人殺し!」と叫ばれ、一瞬、男の時間が止まったのも自明の理。 


「正義」の履き違えの挙句、歪みが膨れ上がっていくばかりの男の妄想が揺らぐのだ。

 

でも表情に現れない。 


ギリギリのところで男の自己欺瞞が死守されているからだ。

 

もとより、男の歪みのルーツに潜んでいるのは、ほぼ約束された父の死。

 

正気に戻ったあの時、父は明らかに幇助による尊厳死を望んでいた。

 

「むねのり おまえがいてくれて幸せだった おれの子に生れてくれて ありがとう」 


父のメモ書き遺書である。

 

これ以上、息子のお荷物(厄介者)になりたくない。

 

一般的に、日本人は家族に対して迷惑をかけることを回避する傾向が強いから、この父もまた、殺してくれと懇願した。

 

息子の心情を見透かしていたのだ。

 

見透かされていた息子がそれを認知した時、もうダメになった。

 

トラウマの発現である。

 

罪悪感が張り付いてしまったのである。 

【息子から暴行を受け号泣する父が望んだのは、尊厳ある死だった。それを目の当たりにした息子の内面に罪悪感が広がっていく】


そんな男が心の底から求めていたのは何か。

 

ここで、その答えが浮き彫りになる。

 

被害者(救済対象者)への強い共有感情、そして、その行動様態としての「救済」という方略。

 

この「救済」の対象には被害者のみならず、自分も含まれている。

 

寧ろ、自己救済こそが男の方略の本質だった。

 

メシアの対象のコアにあるのは男自身だったのである。

 

そのことでトラウマを克服する。

 

罪悪感を溶かすのだ。

 

ここに男の歪んだ航跡のルーツが潜んでいる。

 

自己欺瞞の正体が垣間見えるのだ。

 

男の自己欺瞞の正体は、罪悪感を隠し込んだトラウマを見透かされないために、関係性において自分が絶対優位に立つように偽装する「セルフ・カモフラージュ」である。 

【「この世には罪悪感を捨ててでも、人を殺すべき時があるんです」(罪悪感を捨てられず、「自己救済」を求める自己欺瞞)】



だから、上から目線の同情視線だけは蹴飛ばすのだ。

 

しかし、本物のサイコパスでない限り、人間は脆さと同居する。

 

斯(か)くして、男の涙の意味がラストで明かされていく。

 

父の死を見届け、遺書となったメモ書きを視界に収めた時の涙 ―― これは空洞と化した男の内面世界の記号だった。

 

その脆さが一気に噴き上げてしまうのである。

 

もう一つは、大友の告白を全身で受け止めるラストの涙。

 

彼女は吐露する。

 

「私はその後悔と罪悪感に蓋をし、父を見殺しにした事実から逃げました。…私もようやく母に、父の死を伝えることができました。心から父に詫びることができました。そして、斯波さん。あなたのことを思いました」 

「斯波さん。あなたのことを思いました」



男が求めたのは、これだった。

 

共有感情が掬い取られたのである。

 

皮肉にも、「安全地帯の住人」と決めつけ、傲慢なる法廷検事との間で共有感情が胚胎(はいたい)したのだ。

 

思えば、斯波に対する大友の反駁が脆弱だったのは、彼女自身が内深く抱え込む罪悪感に起因する。 

「ゴミ屋敷と化した部屋で孤独死している祖父を助けられず、罪悪感に煩悶する大友秀美」



そのトラウマを克服できずに検察での事情聴取に向かうには、ハードルが高過ぎたのである。

 

一方、思いも寄らない大友の告白は、「セルフ・カモフラージュ」によって覆ってきた男の自己欺瞞が崩れた瞬間でもあった。

 

それがラストカットの意味である。 


男の自我防衛の戦略が意想外のスポットで完結したのである。

 

ここで、私の問題意識を総括したい。

 

他者から頼まれていないのに殺して助けたと思い込むことと、他者から頼まれていたのに無視して殺したと思い込むことが、果たして同義なのか。

 

冒頭で言及したように、この二つの罪が同義であるわけがない。

 

法システムの問題が倫理の問題に、結露の如く凝縮し、小さく固められることなどあり得ないのだ。

 

だから極刑を論告求刑する。

 

当然のことだろう。

 

自己欺瞞が崩された男は、自ら犯した罪と向き合っていく。

 

トラウマを克服する歪んだ航跡が消えていくのである。

 

作り手の思いと乖離していると思われるが、私は本作をこんな風に解釈した次第である。

 

【心神耗弱・心神喪失を根拠に「刑事責任能力なし」として、国選弁護士が最終弁論に臨む可能性は低く、被告人もまた、「刑事責任能力なし」という文脈で最終陳述を行うとも考えられない。医療観察を受けるだろうが、せいぜい「情状酌量の余地あり」と訴えるという選択肢しか残されていないからである】

 

―― この映画のコアメッセージは、「介護問題」の苛酷さの課題意識の共有であり、その心構えとして提示されたのが、「誰にも迷惑かけないで生きていける人なんて、一人もいないんです」と言い切った洋子の、再婚に踏み切る姿勢を凛として正した時の言葉だろう。 



―― 以下、映画が提示したテーマに対する私の持論を記しておく。

 

何より、厳しい基準を据えた尊厳死法の立法化を望んでいる。

 

現在、耐えがたい苦しみを訴える患者に対する、自殺幇助を伴う薬物投与による「積極的安楽死」を合法化している国には、今や「ターミナルセデーション」(終末期鎮静=鎮静剤の投与)が普通に定着し、「自殺幇助カプセル」の実用化すら議論されているスイスの先進性は別格だが、アメリカ(カリフォルニア州・オレゴン州・ワシントン州)、オランダ、ベルギー、ルクセンブルク、コロンビア、カナダ、オーストラリア、スペイン、ニュージーランド、オーストリア、ポルトガルがある。

 

中でも、90%がホーム・ドクターの手によって実施されているオランダのケースは共感できる。 

【オランダでは安楽死が「転倒する不安」「認知症」で認められる】



我が国の場合、11年前には、超党派の議員連盟で患者の意思の尊重(延命措置の中止)する尊厳死法案があったが、未だ法案の提出には至っていない。

 

また厚労省は、「アドバンス・ケア・プランニング」(終末期の医療における医療従事者との人生の最終段階での計画)の重要性を指摘しているが、残念ながら全く普及していないのが現状である。 

アドバンス・ケア・プランニング 



セーフティネットの問題について言えば、財源確保(税金か国債)で厳しい事情を汲んでも、莫大な行政コストの削減可能なマイナンバー(普及促進が前提)と銀行口座を紐付けして、毎月7、8万円程度(労働意欲を保持するための金額)のベーシックインカムの実験的導入に踏み込んで欲しいと考えている。 

ベーシックインカム


その成否は、自治体レベルでの実験を踏まえて国民的議論を展開していけば相応の答えが出ると思う。

 

―― 最後に一言。

 

松山ケンイチと長澤まさみ。素晴らしかった。柄本明が唯一無二の俳優であることを再確認させられた。

 

 

 

5  介護保険制度の現状と課題

 

 

 

高齢者の増加で介護ニーズが高まっていく社会状況の変化を踏まえて、2000年に我が国で介護保険制度が導入されたのは周知の事実。

 

その基本理念は、家族の負担を軽減し、社会全体で高齢者をサポートするということ。

 

正確には、65 歳以上の高齢者(第1号被保険者)と、40 歳から 64 歳までの医療保険加入者(第2号被保険者=特定疾病患者)に分けて、その中で要介護状態になった人を社会全体で支えていくということ。

 

保険料の徴収方法は、前者が市町村と特別区が徴収 (年金からの天引き)と65 歳になった月から徴収開始、後者が医療保険料と一体的に徴収と40 歳になった月から徴収開始。 

介護保険制度


【特定疾病には末期癌、ALS(筋萎縮性側索硬化症)、関節リウマチ、脳血管疾患、アルツハイマー病などの初老期における認知症、パーキンソン病、骨折を伴う骨粗鬆症、等々が指定されている】

 

制度の運営主体(保険者)は、全国の市町村と特別区(東京23区=広域連合を設置している場合は広域連合)で、保険料と税金で運営されている。

 

介護サービスを受けるには原則1割の自己負担が必要となる。

 

【介護サービスには訪問介護、訪問看護、訪問入浴介護、福祉用具貸与(介護ベッド、車椅子などのレンタル)、通所介護(デイサービス)、通所リハビリテーション(デイケア)、居住サービス、施設サービス(特別養護老人ホームと介護老人保健施設)、住宅改修(バリアフリー化への補助金支給)、等々が指定されている】

 

また、40歳から義務付けられる介護保険加入者が保険料を支払うことになる。

 

介護保険施行当初は全員1割負担だったが、現在は所得に応じて1割~3割負担となっているが、仕方がないこと。

 

また、地域の人々の健康・安心・暮らしを支援し、高齢者の介護や仕事との両立の悩みなど幅広く対応するのが「地域包括支援センター」で、市町村が設置主体となり、保健師・社会福祉士を配置して包括的に支援することが、介護保険法で定められている。

 

仕事と介護の両立のための制度には介護休業制度、介護休暇制度、介護のための短時間勤務等の制度、介護のための所定外労働の制限(残業免除の制度)が設けられている。

 

介護の相談窓口は市区町村の「介護保険担当課」、先の「地域包括支援センター」や都道府県労働局が担当している。

 

重要なことを付記すれば、市区町村の介護保険担当窓口に介護申請して介護認定を受けたらケアマネを探し、ケアプランを作成してもらうこと。 

ケアプラン



ケアマネ探しは「地域包括支援センター」に相談すれば可能になる。

 

【私個人の経験を言えば、ケアマネの存在はとても大きく、病院とも連携し、毎月の訪問でどのような相談にも乗ってくれるので助かっている】

 

―― ここから、問題点を整理してみる。

 

何より、介護保険財源の問題をスルーできないのだ。

 

いずれの国でもテーマと化している財源不足である。

 

介護保険の財源は、50%が公費・税金、残りの50%は40歳以上の被保険者が納める保険料で構成されているが、高齢化が加速していくことで、今や、介護給付費の総額が介護保険制度創設時から約3倍にまで膨れ上がっている現実を無視できないのだ。 

介護保険財源



喫緊の課題として、介護ニーズが高まる「2025年問題」がある。

 

団塊世代が全員75歳以上となり、介護保険料を負担する40歳以上の被保険者の人口が減っていくからである。 

2025年問題



介護保険料の引き上げ、または納付開始年齢の引き下げの議論が不可避となるが、国民の反発を招く事態となり、メディアも騒ぐだろう。

 

そのためには、新たな制度設計の対策が必至となるが、その難しさに私たちは直面しているのである。

 

そして映画でも描かれていたが、介護現場で働く労働力不足の深刻さ。

 

介護を担う若年層が減っていく事態のリアリティ。 

介護現場で働く労働力不足と高齢化



待遇・体力・精神。いずれも苛酷なリアリティ。

 

だから介護の仕事に就くことに逡巡し、就いても離職してしまうのである。

 

フィリピン・インドネシアなどのケアワーカーで、国内の介護従事者の不足を補填しようとしている状況下にあって、なお残されている介護保険の財源不足と労働力不足。 

フィリピン・インドネシアなどのケアワーカー



この問題点の見直し論議は再三再四にわたって実施され、介護保険法も3年に1度は大きな改正が行われているにも拘らず、介護のニーズを満たすだけの人手を確保できず、介護の質と家族の負担などに影響を与えている現実が露呈されているのだ。

 

この根源的問題を解決できなければ、私たちが拠って立つ社会の未来は愈々(いよいよ)くすんでいくだろう。

 

老老介護・認認介護・ヤングケアラー・高齢者虐待・介護難民。介護うつ・介護放棄・介護殺人。 

ヤングケアラー


介護難民


老老殺人・介護殺人



悪化するばかりの現状に言葉が出ない。

 

【現在、厚労省は「人手不足が深刻な介護現場の働き手を確保するため、来年5月まで行うことになっている、介護職員の月額6000円程度の賃上げについて、6月以降は介護報酬に組み込んで恒久化する方向で調整している」と報道されているが、この程度では他業種への人材が流出する事態を止めることはできないだろう。介護職の賃上げ率が低水準過ぎる。介護職員が担う労働の苛酷さを是正するには、人材不足の問題を早急に解決すべきである。何より、「施設の種別や職種ごとに経営や賃金の実態を精査し、報酬の配分を最適化する必要がある」(日経新聞)のではないか 

介護職員 月額6000円程度の賃上げ 恒久化の方向で調整 厚労省」より



(2023年12月)

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