検索

2026年1月6日火曜日

冬の旅('85)   「絶対の自由」へ侵入する覚悟  アニエス・ヴァル

 


序  魂の彷徨を捨てられない若者の旅

 

 

 

私には、それを聞くだけで心に沁み込んでくるようなクラシックの名曲が、少なくとも3曲ある。

 

あまりにポピュラーな旋律だが、フォーレのチェロの名曲(特に夢のあとに」)、エレニ・カラインドルーの殆ど全ての映画音楽(特に「ユリシーズの瞳」)、そして、シューベルトの「冬の旅」である。 

ガブリエル・フォーレよかったら拙稿・心の風景「フォーレの小顕示」をご一読ください


「ユリシーズの瞳」より

同上


その中から一曲選べと言われたら、それを切に求めるような、極めて情緒的な心境下にあるとき、私は「冬の旅」を選ぶだろう。

 

中でも、「辻音楽師」の震えるようなリリシズムがたまらない。(後述)

 

魂の彷徨を捨てられない若者の旅が、いつか辻音楽師に誘(いざな)われて、心が揺蕩(たゆた)う未知の世界に踏み入れようとしている。

 

自由に生きる青春には、常にそんな危うさが纏(まと)っているのだ。

 

その危うさが、青春の旅を妖しく彩っているのである。

 

既に甘美なるタイトルのうちに、「若き魂の彷徨」というイメージが永遠にテーマ化されているからである。

 

 

 

1  容赦のない迫真のリアリズムで抉っていく

 

 

 

梗概の要所を公式ホームから引用する。

 

【冬の寒い日、フランス片田舎の畑の側溝で、凍死体が発見される。 遺体は、モナ(サンドリーヌ・ボネール)という18歳の若い女だった。モナは、寝袋とリュックだけを背負いヒッチハイクで流浪する日々を送っていて、道中では、同じく放浪中の青年やお屋敷の女中、牧場を営む元学生運動のリーダー、そしてプラタナスの樹を研究する教授などに出会っていた。 警察は、モナのことを誤って転落した自然死として身元不明のまま葬ってしまうが、カメラは、モナが死に至るまでの数週間の足取りを、この彼女が路上で出会った人々の語りから辿っていく。 人々はモナの死を知らぬまま、思い思いに彼女について語りだす】(公式ホーム) 


アニエス・ヴァルダ監督の「冬の旅」の世界には、序で触れた、魂の彷徨を捨てられない若者の旅のような精神の遍歴を濃厚にイメージさせる主題性がない。 

アニエス・ヴァルダ監督

一切の形而上学的なテーマを突き抜けて、そこには、自らの放恣な思いを生身の身体でなぞっていくというような生き方しかできない、ある種の壮絶なる身体彷徨の記録しかないのだ。 


精神の彷徨には、常にそれに似合った形而上学が立ち上げられるが、身体の彷徨には、飢えを充たすに足るだけのパンと雨露をしのいでくれる小屋、そして束の間のゲーム・パートナー以外には特段に必要とされることがないのである。

 

ここでの身体彷徨者である少女モナには、ひたすら、「絶対の自由」だけが求められているかのようなのだ。 


映画「冬の旅」の少女モナは素性を語らない。

 

意味がないからだ。

 

素性を語ることは、関係を開くことである。

 

少女にはその意思がないのである。

 

少女は又、生きるために労働をすることがある。

 

相手の要請に最低限応えるが、何より女には、定着の意思がないのだ。

 

〈愛〉は少女を定着させる力を持たないのである。 


加えて少女には、自らの移動という観念に明瞭な目的を含ませているようには見えないのだ。

 

それでも移動する。

 

移動することだけが、自らの〈生の証であるかのように、空間を移ろっていく。 


苛酷な冬の夜を野外で過ごし、そして翌朝、一個の死体と化したのである。 


警察がやって来て、彼女の身元を調べるが、中々要領が得られない。 


誰も少女のことを、断片的にしか知らないからだ。

 

その断片も全て主観の集合で、それを集めても特定の人格像を結べないのだ。

 

多くの証言は、常に自分の都合のいいように語られるから、その人物像は、結局、世俗から忌避されるイメージに固まっていくのである。

 

この映画の秀でているところは、ここにある。

 

旅の女の内側にどっぷりと潜り込んだら、情緒の洪水に流されて、却ってリアリズムを失ってしまう。

 

嘘話を如何にも本当らしく見せるハリウッドの描写のリアリズムに対して、ヨーロッパ映画のリアリズムは、如何にもありそうな話を、更に容赦のない迫真のリアリズムで抉(えぐ)っていく。

 

 

 

2  「絶対の自由」へ侵入する覚悟

 

 

 

「冬の旅」も又、全く音楽を用いない客観描写で、突き放すようにして映像を記録する。 


少女モナを断片的に知る者たちの主観的証言を束ねることで、このような〈生〉の様態を拒絶する社会の圧倒的な世俗性を炙り出していくのである。

 

この埋め難い距離を淡々と映し出し、まるでそこに何もなかったかのような人々の、昨日と変わらぬ生活が継続されていくという余情を残して、この苛烈な映像は閉じていく。

 

この視線の確かさが、女の〈生〉から一切の感傷を剥(は)ぎ取った。

 

自由に生ききることの困難さと、それを選択することの覚悟なくして、この〈生〉は引き受けられないよ、と言わんばかりのシビアなメッセージが濃灰色の映像から伝わってきて、時が経つほどハートを抉(えぐ)ってくるのである。

 

「絶対の自由」への侵入がどれほどハイリスクで、覚悟を要するものであるかということを、ここまでリアルに描出した映像を私は知らない。

 

その覚悟とは何か。

 

第一に、路傍で死体になること。

 

第二に、その死体が迷惑なる物体として処理されるであろうこと。

 

そして第三に、一切がほぼ意志的に、一ヶ月もすれば忘れ去られてしまうこと。

 

この三つである。

 

即ち、一人の旅人から完全に人格性が剥ぎ取られ、生物学的に処理されること。

 

このことへの大いなる覚悟である。

 

それは、「絶対の自由」に近づいた者が宿命的に負う十字架である。

 

映像は私たちに、「絶対孤独」とも言うべきその極限の様態を、全く叙情を交えず示して見せた。 


それでも貴方は、「冬の旅」に向かうのかと。

 

作り手の解釈と異なると思えるが、私はそう捉えている。

 

 

 

3  「あなたの生き方を押し付けるの?私は私よ」

 

 

 

ここでは、少女モナと近接した人々の、その関係の様態に言及する。

 

その1

 

放牧で半年は山で過ごすという経験を話す牧羊家の家で泊めてもらったモナとの会話があった。

 

「一人旅で寂しくないかい?」


「冬の旅は人が少なくて好きよ」


「車が止まってくれないだろう。ヒッチハイクは歓迎されない」

「気にしないわ」

「君は自由に生きてるね。僕の生活は孤独と自由の中間さ」


「嫌われても平気なだけ」


「自由を選べば孤独になる。でも、長くは続かないよ。僕の友人は酒と薬におぼれて自滅した。長生きしたければ旅はやめなさい。孤独というのは体もむしばんでいくからね」


それだけだったが、この時だけは真摯に耳を傾けるモナ。

 

その後も、会話が延長されるのだ。

 

牧羊家の前身が哲学の教師で幼児が大きくなったら、直接教えるという話に驚く女。



「先生が放牧を?」

「自然回帰さ」


「農業もいいかな。ジャガイモを作るの」

「土は気まぐれで手入れが必要だ。本気でジャガイモを作るなら、ここを使ってもいいよ。広さは十分。どこに植えてもいいよ」


「無理よ」

「教えてやる。耕すのも手伝うよ。君は苗を植えればいい」

 

その後、「チーズを売ってくれ」と頼まれるものの、「止めとくわ。私には向いてないの」



モナの滞在が長くなっても畜産を手伝う様子がなく、「不公平だろ。働けよ。おまけに汚しほうだい。吸い殻で火事になるぞ」


「大袈裟ね」

「不満か。よし話しあおう」

「なんの話なの?」

「やった土地も手つかずだ。なぜだ」

「あなたの生き方を押し付けるの?私は私よ」


「怠けてるだけだ」

「説教は止めて。私は楽して生きるの。大学を出て秘書をしてたけど、人に使われるのは真っ平よ 


彼女の年齢は18歳という設定であるから、これは嘘話。

 

「現実逃避だな。甘いよ」

 

これで切れてしまったモナはチーズを盗んで逃げ出してしまうのだ。

 

のちにモナの死を伝えることのない警察の聴取に対して、牧羊家はこう答えている。

 

「あの娘か。目的もなく、仕事もやる気もない。あれは放浪じゃない。怠け者さ。反体制のように見えて、実は逃げているだけだ。逃避だよ」



そんなモナを気に入っている声もあった。

 

「しっかり者ね。いい子だわ。家を出る年ころよ。私も若ければ亭主を捨てて旅に出るわ」



この女性は、モナを一時的に雇った畑仕事の監督の奥さんである。

 

その2

 

ここでもう一つ、物語にインサートされたエピソードがあるので、それについても言及する。

 

プラタナスの樹を研究するランディエ教授と、技師のジャン・ピエールとの会話があった。

 

「ヒッチハイカーよ。車に根を張ったみたい」

ランディエ教授(左)と技師のジャン・ピエール

「腐る前に捨てろよ」

「気に入ってるのよ」


「あの娘か」

 

教授に頼まれ資料を取りに行った技師は「空気が悪い」と言うや、「寒い。締めてよ」と反応するモナ。 


技師はランディエに「汚い娘」と言い切った。

 

一方、ランディエはモナを気に入って連れ回すが、モナに飽きるのも早く、最終的にはモナに金を渡して車で送って捨ててしまうという行為に及ぶ。  


そんな気まぐれなランディエが感電死しかけたのだ。 


慌ててジャン・ピエールが電気を消して救い出すが、ランディエは瞬時に見た恐怖を吐露する。

 

「本当だわ。過去の映像が流れるの。映像と格闘したわ。車に乗せた娘が現れたの。まるで私をとがめるように。…もっと何かしてやればよかった。名も知らない」 


そう言った後、ジャン・ピエールに探してくるように頼むランディエ。 

 

この教授は、ジャン・ピエールが本気でモネ探しに行くことがないのを理解できないほど、ある意味でモナと酷似していて、最後まで気まぐれな女性だった。

 

モナを浮浪者と見限って姿を見ただけで、追放する老人もいた。 


モナが煙草屋の場所を聞いた瞬時に「ない。あっちへ行け」と嫌う老人である。 


可愛がる富豪の老女もいた。


 

しかし、本質的に、「絶対の自由」を謳歌するモナは孤独でしかありようがなかった。  

 

だから、野垂れ死にという宿命を負っているかのように流れゆくモナの振る舞いは、殆ど約束された人生と言っていい。 



その後、モナは浮浪者グループに入り浸り、マリファナの取引きの一件で火事に遭遇し、そこから逃げ出して浮浪の身になってしまう。 


路上で飢えるモナは恒例行事のワインの収穫祭に巻き込まれ、それが祭であることを知らず、恐怖に怯え必死に逃げていく。 


寒さと飢えで力尽き、路傍に倒れ込んでしまうのだ。 


翌日、これがモナの遺体として発見されることになる。 


ーー ここで、私の解釈を要約してみる。

 

「楽をして生きたい」というモナの〈生〉の根柢にあるのは、牧羊家に対して、「人に使われるのは真っ平よ」と曝け出した言辞に凝縮されるように、「第三者による行動制限行為」=「束縛」に対する嫌悪感情である。 


ここで言う「束縛」の反意語は「自由」である。

 

「絶対の自由」への希求であり、謳歌であると言っていい。

 

若さ故の放言だが、「絶対の自由」が社会との隔絶を意識する限り、その〈生〉の情景は「絶対孤独」という究極の選択肢しかない。

 

「絶対孤独」の行きつく先に待つのは斃死(へいし)=行き倒れしかないだろう。

 

それは、「私も若ければ亭主を捨てて旅に出るわ」と吐露した女性の、フラットな観念と完全に切れていることは自明である。

 

社会との隔絶と同義になる「絶対の自由」への飛翔などあり得ないという真実に届く年齢の前に斃死してしまったことは悲哀だが、そこまでの時間の断片を描いたモナの〈生〉の情景を、客観的に捉えた映像そのものを観る者に提示して考察を求めること。

 

これが狙いであると考えたい。

 

だから、こういう風に解釈すべきだろう。

 

即ち、本来の「自由」の反意語が「束縛」であったにしても、その「束縛」は「第三者」ではなく、自らが自らに対して行う「行動制限行為」と把握すべきであると。

 

 

 

4  覚悟を括った孤独によって自分に見合った律動で突き抜けていくこと

 

 

 

この苛酷な映像のリアリティから、その凄惨さを剥ぎ取ってみると、私はシューベルトの「冬の旅」の絶望感のイメージに誘(いざな)われる。 

シューベルト

「歌曲王」と称されたシューベルトのあまりに短い晩年は、貧困と孤独と絶望という陰惨なイメージに黒々と彩られている。

 

1820年代に入ってシューベルトは体調を崩し、入院を繰り返すが、この暗鬱な生活の中で、1827年に作曲されたのが歌曲集「冬の旅」。

 

この歌曲集に貫流するペシミズムは、「冬の旅」=「青春の彷徨」という概念が内包する、ある種の陶酔感を髣髴させる心地良きイメージを砕くものがある。 

イメージ

迫り来る死への不安と絶望感が、「歌曲王」の自我を情け容赦なく削り取ってしまったに違いないのだ。

 

創作に向かう、拠って立つ身体的、精神的基盤を崩されて、多くの名曲を世に残した一人の若者の内側に、まもなく、死体となるであろう自己の運命へのどれほどの覚悟があったのだろうか。 

シューベルト セレナーデ

シューベルト セレナーデ

若者は「辻音楽師」という、「冬の旅」の最後を飾る哀切なメロディーを残して、その翌年静かに逝った。 

シューベルト《冬の旅》辻音楽師

死体となった若者の後から、溢れるほどの賞賛のラインが追い駆けていって、僅か31年の人生を生きた若者の名は、歴史に永遠に刻まれた。

 

若者はその才能を創作に繋ぐ自由なる時間を、ギリギリに手に入れることができたに違いなかった。

 

しかし映像の少女は、内側に眠る才能を発掘し、それを表現に繋げていく努力に何の関心も示す様子さえなく、誰にも束縛されることのない「冬の旅」を走り抜けた。 


そして死体になった。

 

小さくも、不気味に顕示するかのような映像のモデルになったことで、その少女はその風変わりな短い青春の、一見寂しい風景をフィルムに刻み付けたが、殆ど語られることのない彼女の内面の軌跡や人格像に関しては、映像を観た人たちが、映像の他の登場人物たちと同じように、恐らくその固有性について何も知ることなく、やがて、記憶の隅にその頼りない情報を何とか張りつけたまま、いつしか数多のジャンク情報の中に呑み込まれてしまうのだろうか。

 

少女もまた、そんな人生を望んだのかも知れないのだ。

 

シューベルトの「冬の旅」を聴く度に、私は、同名のあまりに苛烈な映像の荒涼とした風景を思い起こす。

 

少なくとも私にとって、「冬の旅」というイメージは、シューベルトの晩年の孤独感であるが、そしてそれ以上に、映像の少女の壮絶な彷徨以外の何ものでもないのである。

 

「冬の旅」とは、覚悟を括った孤独によって、恐らく、何もしなければ凍結してしまう時間を、自分に見合った律動で突き抜けていくことだ。

 

私の現在もまた、そんな危うい緊張感の中で、その脆弱な自我を転がしている。

 

残念なことに、明日、死体になるかも知れないという究極の覚悟だけが、未だ時間に追いついていないのだ。

 

(2025年12月)

0 件のコメント:

コメントを投稿