
1 「あなたの子供なの。あなたの娘」「未来から来たの?」「後ろの道から来た」「連れてって」
大好きな祖母を亡くした8歳の少女ネリーは、祖母が入居している介護施設の人々に、次々に「さよなら」と言って、母が片づけをする部屋に戻る。
| ネリー |
祖母を喪った母マリオンの喪失感は深く、広い芝生の庭を眺めている。
| マリオン |
父が先導する車と共に、ネリーは母の運転する車で施設を後にする。
| マリオン |
| ネリー |
「言ったよ」とネリー。
| この「お別れ」は祖母本人ではなく、入居者に対してのものだった |
母の許可を得て、シリアルを食べるネリー。
夜半、家族は祖母が暮らしていた家に家族3人は到着した。
翌朝、朝食を用意する父母。
翌朝、少女は母に小屋はどこにあるのか尋ね、「森の中」と答える母。
小屋を捜しに「森の中」を散策するネリー。
ドングリの殻で指笛を鳴らすネリー。
その夜、子供の頃に読んだ絵本やノートを見つけて懐かしむマリオン。
翌朝、ネリーは朝食を出してくれた父に吐露する。
「ママは悲しいの」
「そうだね。出ていったよ…そのほうがいいよ」
| ネリーの父 |
妻マリオンのグリーフの重さが容易に昇華できないことを知る父の優しさが垣間見える。
その直後、父から廊下の戸棚の中を片づけを頼まれたネリーは、中からゴムボールのおもちゃを見つけ、父に訊くと「パドルボールだ。一人で遊べる」という答えが返ってきた。
早速、そのパドルボールを持ち出して庭先で遊んでいると、ボールが森の中に飛んでいってしまった。
【パドルボールとは、木製などの固いパドル(ラケット)を使って、穴の開いたプラスチック製のボールを打ち合うスポーツで、ボールが戻ってくるから一人でも遊べる】
少女がボールを探しに森の中に入っていくと、自分と年格好の似た少女が倒木を運んでいた。
それに気づいた少女が手を振りながら「手伝って」と叫ぶので、一緒に運ぶことになるネリー。
倒木を運ぶ少女が作っているのは小屋のようだった。
ネリーは少女に尋ねる。
「名前は?」
「マリオン」
| マリオン(左) |
母と同じ名前だった。
遠くで雷が鳴ると、弾丸の雨が降ってきて、マリオンに導かれたネリーは彼女の家へ案内してもらう。
見覚えがある家(“おばあちゃんの家”)だった。
廊下にある戸棚、キッチンや青いタイルの洗面所など祖母の家とそっくりなのだ。
「名前、なんていうの?」とマリオン。
「ネリー」
「どこの家の子?」
「おばあちゃんち」
「おばあちゃん?」
「先週、死んで家を片づけてる」
「私のおばあちゃんも死んだ。名前はネリーだった」
| マリオン |
ネリーはトイレに向かう途中、向かいの部屋でベッドに横になっている女性を見て驚き、「家で心配してるかも」と言って、慌てるようにしてマリオンの家(“おばあちゃんの家”)を後にした。
父が待つ家(“片づけている家”)に戻って来たネリーは「いないかと思った」と安堵し、「ママの小屋の場所、聞いてた通りだった」と話すが、覚えていないと言う父に「手術の前に作った。聞いたはずだよ」
翌日もネリーは森に行き、マリオンの小屋作りを手伝った後、二人がマリオンの家でゲームをして遊んでいると、杖をついて歩くマリオンの母が現れ、「外に行ったの?お医者様に叱られるわよ」とマリオンを叱る。
| マリオンの母 |
マリオンは3日後に手術を控えているからだったが、母が案じているのは娘が足の障害を患うことだった。
帰宅したネリーは元気なく、父に「友達ができた。泊まりにいっていい?」と話し、父の許可を得た。
マリオンの家で演劇ゴッコをする二人。
その演劇ゴッコで警部役をするネリーはネクタイを結ぶことができず、マリオンの母にネクタイを結んで欲しいと頼み、マリオンの母は優しくネリーにネクタイを結んであげる。
演劇ゴッコが始まった。
そんな中、マリオンは「外に出たいな。あなたの家に行かない?」と言うが、ネリーは「雰囲気が悪い。…ママが出て行った」と言って断る。
「絶対戻ってくる」とマリオン。
会話が続く。
「手術するの、怖い?」とネリー。
「うん」とマリオン。
「明日、小屋で待ち合わせしよう」
「分かった。友達になれてうれしい」
帰宅して、父の髭剃(ひげそ)りを楽しむネリー。
翌日、ネリーが小屋に行くとマリオンが中で待っていた。
マリオンは「ありがとう。(小屋は)想像以上だよ」と喜ぶ。
そんなマリオンに「秘密がある」と切り出すネリー。
「私たちに関係すること。だから知っててほしい。信じるって約束して」とネリー。
「信じる」とマリオン。
「未来から来たの?」
「後ろの道から来た」
「連れてって」
ネリーはマリオンを自宅(“片づけてる家”)に連れていく。
「私は何歳?」
マリオンは唐突に聞く。
「31歳。その歳にママが死ぬ」とネリー。
「いつも死ぬ話をしてる」とマリオン。
「知ってる。“もう会えないかも”って」
「よく言ってる。ママの杖」
その杖を手にしたネリーは「おばあちゃんの手の臭い」がすると答える。
「好きだった?」とマリオン。
その時、ネリーを呼ぶ父の声を聞き、父の元にいく。
「終わったよ。家に帰ろう」と父。
「明日の朝にしょうよ」とネリー。
「今日はママの誕生日だよ。どうした。母に会いたくない?」
「会いたい」
「怒ってるの?」
そこにマリオンが現れ、「もう一晩、泊まりたい」とネリーは父に懇願する。
ネリーの父に挨拶したマリオンも、「今夜、うちに来てほしいの」と懇願する。
「招待された」とネリー。
「また今度ね」と父。
「“今度”はないの」
ネリーはそう言って、父に縋りつく。
父はネリーを抱き締めて、娘の思いを受け入れるのだ。
それを見つめるマリオンは「ありがとう」と呟く。
ネリーはマリオンの家で、マリオンの9歳のバースデーを祝うのだった。
2 「謝らないで。いい時間だった」「もう一度見たかった。変な感じね」
翌朝、マリオンが病院へ出発するまでの時間も、二人はゴムボートに乗って湖で存分に楽しんでいる。
「何が?」
「私、戻らないかも」
「きっと大丈夫」
「未来のことだよ。あなたのママのこと」
「少し怖い」
「どうして?」
「“ここにいたくない”って感じのこと。前にもあった」
「あなたのせいじゃない」
病院へ向かう時間になった。
2人は抱擁して別れていく。
マリオンの母に「さよなら」を言うネリー。
ネリーが“片づけてる家”に戻ると、母がリビングの床に座っていた。
母が戻って来たのだ。
「ごめんね」と母。
「何が?」
「置いていって」
「もう一度見たかった。変な感じね」
「うん…マリオン」とネリー。
小さく笑って、ネリーを深々と抱き締める母・マリオン。
時空を超えて紡ぎ出したファンタジックな物語を要約すれば、こういうことだろうか。
祖母の死で悲嘆に暮れる母(マリオン)。
その母の思いの辛さを理解しようとする娘(ネリー)。
存在の在処(ありか)で揺れる前者が、後者からのアウトリーチによって、本来、在るべき場所、即ち、「幸福家族」の〈現在性〉に帰還していく物語。
「死の普遍性」(誰でも死ぬ)・「死の不可逆性」(二度と生き返ることはできず)・「死の不動性」(死んだら動かない)を認知できる年齢(6〜8歳)にあって、クレバーな少女ネリーは、悲嘆に暮れる母の〈現在性〉に不安を抱えていた。
「31歳。その歳にママが死ぬ」と吐露するネリーの心情は、「いつも死ぬ話をしてる」とマリオン(身体と自我を少女時に退行した母)に指摘され、「知ってる。“もう会えないかも”って」と反応するばかりだった。
これは、手術を控え「時々不安になる」と吐露するネリーに対して、「私が悲しいのは私のせい」と答えるマリオンのエピソードと文脈的に通底している。
ひたすら母の復元を願うネリーは、母・マリオンの少女時代に侵入し、交流しつつ心情を共有していくのだ。
ネリーの心情のコアに潜在するのは、「私があなたの娘なの」というメッセージ以外ではなかった。
更にネリーには、大好きな祖母に別れを伝えることができなかった悔いがある。
この別れを、時空を超えて紡ぎ出した物語の中において具現化するのだ。
マリオンが手術する日。ネリーはマリオンの母(祖母)に「さよなら」を言って、別れを告げたのである。
これで祖母に「さよなら」と言えずに悔いを残したネリーの心も浄化されたのだ。
浄化されたネリーの視界に入ってきたのは、家族を捨て、遠い所に行ってしまった母マリオンだった。
母の謝罪に対して、「謝らないで。いい時間だった」と答えるネリー。
マリオンもまた、「もう一度見たかった。変な感じね」と答えた。
「いい時間」と「もう一度見たかった」。
どうやら、二人は同じ夢を見ていたようである。
まさに立場が違っていても、同じ夢を見る「異床同夢」(いしょうどうむ)の時間を漂流していたのだ。
「子供も大人も自分の両親について考えるきっかけになるはずです。異なる世代の間に新しい流れをもたらし、あらゆる世代に共通の感動を与えることによって、人々を結びつける作品になるように作りました」
「燃ゆる女の肖像」を世に出したセリーヌ・シアマ監督のインタビューでの言葉である。
![]() |
| セリーヌ・シアマ監督 |
| 「燃ゆる女の肖像」のアデル・エネル |
この映画は「異なる世代の間に新しい流れをもたらし、あらゆる世代に共通の感動を与える」作品だった。
(2025年10月)


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