検索

2024年1月12日金曜日

she said/シー・セッド その名を暴け('22)  使命感という闘いの心理学  マリア・シュラーダー

 



登場人物も多く、ストーリーも複雑なためハリウッド好みの映画になっていないが、極めつけのラストに象徴されるように、エンタメ性を完全に排した正攻法の社会派映画の秀作。

なお、公人・準公人は本人の画像も出しています。

 

―― 以下、梗概。 


 

 

1  「イジメ、精神的虐待。理解するには若すぎた。彼は皆を服従させたがる」「拒むと?」「唸り声をあげ、ツバを吐き、数秒で人を破滅させる」


 

 

アイルランド 1992年

 

映画の撮影スタッフの若い女性が、啜(すす)り泣きしながら通りを走って行く。 


ニューヨーク 2016年

 

「告発したいんです…声を上げれば、彼を止められますか?」


「有権者にとっては、とても重要な情報です。大統領にふさわしいかどうか」

「彼に訴えられたら?NYタイムズ紙は助けてくれる?」

「報道機関は法的支援ができません。ご自身で戦わないと」 

ミーガン(右)


大統領候補のドナルド・トランプのセクハラ被害を告発するレイチェル・クルックスを取材するNYタイムズ紙の記者ミーガン・トゥーイー。

 

そのミーガンにトランプから直接電話が入る。

 

「知らない女どもでウソつきだ。事実なら、なぜ警察へ行かない?」


「2人とも“面識もなく、わいせつ行為をされた”と」

「でっち上げだ。記事を掲載したら訴えるぞ」

「流出テープで自慢げに話す内容は?」

「俺はやっちゃいない。男同士の与太話だ」

「ミス・ユタ州は強引にキスされたと」

「あれはウソつき女だ。お前にもヘドが出る!」

 

後日、報道前提(オンレコ)で話し、名前を公表したレイチェルは排泄物を送りつけられるなどの嫌がらせを受け、妊娠中のミーガンもまた、FOXニュースのキャスターのビル・オライリーから名指しの批判をされ、更に匿名の相手から電話で殺害予告を受けるのだった。

 

「お前をレイプし、殺してやるからな。死体はハドソン川に捨てる」 


そして、トランプは大統領選に勝利する。

 

5か月後、ミーガンを挑発したオライリーが番組から降板するとテレビニュースが流れる。

 

「セクハラ疑惑を精査した結果…50社以上のスポンサーが番組をボイコット。NYタイムズ紙が報じたのセクハラ疑惑で、オライリーとFOXが女性5人に1300万ドル払い、示談でもみ消したようです…」 

NYタイムズ社内でニュースを聞く記者たち
FOXニュースの人気司会者として知られるビル・オライリー/NYタイムズのセクハラ疑惑の報道で降板するに至った



スタッフたちは話し合い、報道後も起用し続けたFOXがスポンサーの撤退でクビにしたように、セクハラを黙認する企業のシステムを糾弾すべきであり、「なぜセクハラが蔓延し、対処が難しいのか」について、更に追及していくことになる。

 

調査報道記者のジョディ・カンターは、ハリウッドのワインスタインのセクハラ被害の情報から、関わったスタッフなど何人も取材を試みるが、すぐに電話を切られてしまった。 

ジョディ


ジョディはフェミニストから当たるように言われ、レイプ被害者の女優ローズ・マーゴワンに電話をしでも、「声を上げてもムダ。誰も聞かない」と一蹴される。

 

「狙いは“ハリウッドの構造的性差別”」とジョディ。

「リスクを承知で発言しても、何も変わらなかった」とローズ。 


ローズ・マッゴーワン


ローズ・マッゴーワン/『グラインドハウス』のプレミアにて(ウィキ)



ネット動画でフェミニストの政治集会で演説するアシュレイ・ジャレット(女優)を見ているジョディ夫妻。

 

「90年代にプロデューサーからセクハラされたと、名前は出さないけど、こう書いてる。“業界で最も敬意と反感を集めるボスの一人”」とジョディ。

 

その頃、出産したばかりのミーガンは、トランプの一件もあって鬱状態にあった。

 

「耐えられない。いつも不安な気持ちで…」とミーガン。


「疲れてるんだよ。体が限界なんだ」と夫。

「それだけじゃないと思う…」

 

自宅にいるジョディに、一度証言を断られたローズから電話がかかってきた。

 

「調べるなら、彼だけでなく、業界システムや供給の仕組みも」

「ハリウッドの虐待者たち?」

「そう。世界中にいる。映画が作られ、売られる場所に。被害者を貶め、金で騙させる。まさに白人男性の“遊び場”ね」

「皆、知ってるんですか?」

「当然よ。私に起きたことを大勢に話した」

「サンダンス映画祭?」

「当時23歳。優れた独立系映画に出演し、私は期待の新人だった。そして、あのホテルへ。彼は部屋のソファに座り、大声で電話してた。少し待ち、新作の企画の話をした。すると突然、彼が言った“ジャグジー(噴流式泡風呂)があるよ”。どう答えていいか分からず、そのまま話し続けた。その後、ドアまで送られながら、“話し合いは大成功”と思った…“ほら、ジャグジーだ”と覗いた瞬間、無理やり中へ押し込まれた。そのまま服を脱がされ、いきなり彼も素っ裸に。私は心を肉体から遊離させ…レイプされた。“逃げよう”という本能からオーガズムのフリをした。“服を着ろ”と言われ、電話に“特別な友達だ”と伝言があった。他の女優たちにも同じことを」


「通報しました?」

「警察が私の味方になると思う?」

「誰かに話しました?」

「大勢の人に話したけど、誰も何もしなかった。何一つ」

「話した方々に連絡しても?」

「内密にする約束よ。彼にはスパイがいて、いつも監視してる。それを知るべきよ」

 

ジョディはミーガンに電話し、今が一番大変な時だと労わりつつ、ミーガンにひどい扱いを受けている女性たちの取材状況を報告し、アドバイスを受けることになる。

 

女優のアシュレイ・ジャッドがオンラインでジョディの取材に答えていく。 


ワインスタインから打ち合わせで部屋に呼ばれ、マッサージをしろと言われたが断り、その後も様々な要求をしてきたが悉(ことごと)く断ると、「最後は“シャワーを浴びるのを見ていろ”と」。

 

アシュレイはそれも断り、部屋を出た。

 

「その後は?」

「…ハーヴェイは制裁として、私のキャリアを潰した。彼を拒んだから…最近も“薄汚い女”という自作の詩で、高額の広告契約を失った。私がトランプの言葉を引用したから。彼は、あんな発言でも当選し、私は引用しただけでクビ。何十年経っても、同じ性差別は存在するし、私は同じ選択をする。でも、仕事もしたい」 

アシュレイ・ジャッド(本人出演)



リサ・ブルーム弁護士から協力したいとジョディに連絡が入ったが、フェミニスト弁護士の娘であるリサは、実はワインスタインの仕事仲間であり、自分たちの動きが気づかれていると知る。

 

まもなくミーガンが出勤し、上司にトランプ取材に戻るか、ジョディと組んでワイスタインを追うかを問われ、ミーガンは後者を選択した。 


早速、ミーガンはジョディと話し合い、ジョディが有名女優たちの取材を進めようとすることへの疑問をぶつける?

 

「声なき人について書くべきじゃない?女優達には発言する場がある」


「何か言えば、干されると恐れてる」

「なるほど。でも、私たちが暴こうとするものは何?」

「仕事場での激しいセクハラよ。彼女たちは製作者との打ち合わせと信じ、希望にあふれ、部屋へ行った。仕事や企画について真剣に話すために。ところが脅かされ、性的欲求をされた。暴行やレイプ。ハリウッドの女優がそうなら、一般女性たちは?」

「従業員も標的?」

「そう思う」

「ミラマックス社に対する警察への訴えや法廷記録を調べる。進めていい?」

 

こうしてジョディとミーガンの二人による取材活動が始まった。

 

一方、弁護士のリサはワインスタインに売り込んでいた。

 

「ハーヴェイ、報告を読んだわ。ローズは情緒不安定で病的なウソつき。あなたへのバカげた攻撃をやめさせないと。あの手の女は、とても危険だから。あなたの弁護人には私が最適よ。今まで“女の側”で戦い、知識がある」 

リサ
リサ・ブルーム弁護士とワインスタイン



ミーガンは、若い頃にミラマックス社に助手として勤め、突然、失踪した女性の母親を訪ねたが、思いがけず本人が出て来た。

 

「私を見つけたなんて…25年間も待ったのよ」と涙を浮かべるが、「無事解決した。友好的に。“議論はしない”と合意した」と答える。 


「やっとお会いできた…示談に応じた女性たちはいます。沈黙を強いられて、その周辺を書きます。情報源を明かさず、制約に抵触しない記事にします…」 


怯えながらも、話したがっていることを察し、ミーガンは電話番号を伝えて帰って行くが、直後に、「協力はできない。でも、成功を祈ってる」とメッセージが入った。

 

示談で“秘密保持契約”(非開示契約)を結ばされ、被害者は証言することができないのである。

 

ミラマックス社は、ワインスタイン兄弟によって創立されたインディー系の配給・製作会社。また、秘密保持契約とは、企業が第三者に大切な秘密情報を教えるときに、その情報を守るための契約のこと 

ボブ・ワインスタインとハーヴェイ・ワインスタイン    



取材に奔走するジョディは、女優のグウィネス・パルトローからペニンシュラホテルでの証言で、それがアシュレイ・ジャットと同じだということを突き止めた。 

グウィネス・パルトロウ/ハリウッド女優、歌手(ウィキ)



一方、事実の裏付けを担当するミーガンは、ミラマックス社の最高財務責任者だったジョン・シュミットの自宅を訪ね、取材する。

 

「示談に応じた女性たちは、口外すると訴えられます。誰かが口止め料について話して下されば、大きな力になります…オンレコでなくても、当時、何があり、どうお思いになったかを」

 

「考えさせてほしい」と答え、ミーガンは了承し退散するが、ジョンは動揺を隠せない。 

ジョン・シュミット



ジョディとミーガンはグウィネス・パルトローの自宅を訪れ、証言を得て、レベッカに電話で報告する。 


グウィネスも、打ち合わせでホテルへ行き、“断るなら干す”と脅されるという同じパターンで、事務所に話しても対応しなかった。

 

グウィネスはオンレコを望んではいるが、セックス・スキャンダルになるのを怖れて迷っているのだ。

 

「彼女たちがオンレコで話すのは…」とミーガン。

「全員一緒なら」とジョディ。

 

その足で、ワイスタインと仕事をしていた秘書の自宅を直撃するが、門前払いされる。 


以下、上司への取材報告。

 

「秘密保持契約は見直されず、議論されず、ロースクールでも教えない。被害者の弁護人は示談金の40%を受けとる」とジョディ。

「システムの悪循環か」とマット。

マット(左)とレベッカ



「大半が法廷外で決着し、秘密保持契約を結ぶ。女性側は全証拠を没収される。日記、メール、電話記録…」とミーガン。

「現金で黙らせ、加害者は犯行を続ける」

「“沈黙条項”は慣行となり、女性は現金を渡され、署名」

「悪い噂が立つのを嫌い、唯一の解決法と思い込む」

「示談で“罪を認めさせた”と考える人もいる。でも、実際には口をふさがれただけ。裁判で争うには、“セクハラ法”は弱すぎる」とミーガン。


「フリーや15人以下の会社は考慮されない」

「弁護士も金銭的に有利な示談を選ぶ」

「女優たちは、オンレコを承知する?」とレベッカ。

「考えがあります」

「ホテルでの恐ろしい体験を裏付ける証拠がない」

「独りでなければ、彼女たちは発言するはず。“大勢なら安心”」

「示談は?」とマット。

「3人です、今のところ。ローズ・マッゴーワン、アンブラ・バティラーナ、それに元アシスタント」

「記録がない」とマット。

「記事にするには不十分よ」とレベッカ。

 

そこに、編集長のディーン・バケットが顔を出し、忠告する。

 

「君たちの通話は録音され、尾行もされていると思え。ワイスタインと話す時は、必ずオンレコで」

ディーン


「たとえオフレコでも話したい」

「いや、彼の発言は公開されるべきだ。以前、彼と対峙したが醜悪だぞ」

 

アンブラ・バティラーナ・グティエレスが、体を弄(いじ)られたと警察に訴えた際、NY市警はおとり捜査をするが、録音テープでは不十分と起訴されなかった。 

イタリア人モデルのアンブラ・バッティラーナ/映画に登場していない


元検察官のリンダ・フェアスタインにメールした。

 

ここでワインスタインが、執拗にバスルームに誘う遣り取りの録音が流される。

 

「頼む。何もしない。子供にかけて誓うよ。私は有名人だぞ」(ワインスタインの常套句)


「イヤな気分」

「入ってくれ。1分でいい。出たくなければ…」

「なぜ昨日、体を触ったの?」

「いいから。慣れてるんだ」

 

直後、この事件を担当したリンダ検事に電話するミーガン。

 

「ワインスタインへの起訴が取り消された件。2年前よ…即刻、取り消した理由は?」

「犯罪行為はなかった」

「警察は犯罪行為と判断したはず。事件の扱いに不審な点は?」

「…これ以上、追わないで。ムリよ」 

リンダ


【リンダ・フェアスタイン/元ニューヨーク市地方検事補として性犯罪事件を専門に担当していた】

リンダ・フェアスタイン



その頃、ジュディはグウィネスから電話を受ける。

 

「彼が来てる。友人を招いたら現れたの…ショックだわ。“監視してる”っていう脅しだわ」

 

ジョディがミラマックス社の元従業員の証言を得る。

 

ヴェネチア映画祭で起きたことをオフレコで話すのである。

 

そこで被害者女性、ロウィーナ・チウとゼルダ・パーキンス、ローラ・マッデンの名を知らされた。

 

いずれも返事は来ないが、ジョディはレベッカに「すぐ飛行機に」と促され、各被害者に直接会いに行く。 



まず、サンフランシスコにロウィーナを訪ねたが海外へ出かけ不在で、夫が対応したが、何も情報を得られなかった。

 

秘密保持契約を破らせたら彼女たちが訴えられると、英国の弁護士から無責任だと言われたジョディは、目の前に「レンガの壁」があるとイラつく気持ちをミーガンにぶつけた。 


それでもジョディは、予めメッセージを入れていたローラ・マッデンに電話をして、ロンドンへ向かうことを告げたが、ローラは乳癌の闘病中で全摘を医者から宣告されたばかりで、泣きながら「今は答えられない」と切られてしまう。 

煩悶するローラ・マッデン(冒頭で走って逃げた女性)



次に、21歳でミラマックスのロンドン支社のアシスタントをしていたゼルダに対面してインタビューするジョディ。 


職場はとても良かったが、ワインスタインが来て変わったと話すのだ。

 

「全員が彼のために対応させられた…朝ホテルへ行きハーヴェイを目覚めさせ、シャワーのためベッドから出す。彼は裸で、私をベッドに引き込もうと」

ゼルダ


「あなたは?」

「押し返した。ユーモアや攻撃が効く。彼は興奮するか、激しく怒るか。予測がつかない…私だけじゃないし」

「具体的に何が?」

「イジメ、精神的虐待。理解するには若すぎた。彼は皆を服従させたがる」

「拒むと?」

「唸り声をあげ、ツバを吐き、数秒で人を破滅させる」

「怖かった?」

「ええ。みんな怯えてた」

 

3年後、ゼルダはヴェネチア映画祭へ行き、その後、辞職した。

 

そこで起きたことの全ては話せないが、優秀な新人アシスタントのロウィーナが、脚本の打ち合わせでホテルの部屋へ行き、翌朝、取り乱した状態で泣きながらゼルダの部屋を訪ねて来た。 

ゼルダとロウィーナ(右・中国人女性)



「彼女の激しい動揺ぶりに最悪の事態が起きた」と察知し、彼女をなだめ、ハーヴェイの部屋へ行くと、彼を嫌うスコセッシ(マーティン・スコセッシ監督のこと)と会議中だった。

 

「私は目の前へ行き、はっきり言った。“今すぐ私と来て”…皆の前で彼は立ち上がり、子羊のようにおとなしくついてきた。彼がしたことを確信した。彼は否定した。“妻子に誓って何もしていない”。だから、ウソと分かった。何かあると、いつもそう言う」 



結局、ゼルダとロウィーナの二人はロンドンへ帰り辞職した。

 

「上司に相談すると、いい弁護士を雇えと。心当たりもない。でも何とか見つけ、後は簡単だと思った。刑事訴訟よ。でも弁護士が、“ムリだ。示談に応じろ”と。絶対お断り!お金じゃない。彼を止めさせる」

 

しかし、英国警察は、ヴェネチアで通報しておらず証拠がないと取り合わない。

 

「レイプで、裁判に持ち込むのは難しく、弁護士にも“示談に応じるしかない”と。なら、私たちにも要求があると伝えた。ハーヴェイも条件をのめと。“2年以内に同じ訴えがあった場合、ディズニーに報告し、彼はクビ。彼はセラピーを受け、最初の治療に私も立ち会うこと。女性やスタッフを守るためのシステムの導入”。全てを実現することが“沈黙の対価”だと。彼を止めるため示談に応じる。でも、彼らから異様な条件を出された」

「どんな?」

「“示談書のコピーは渡せない”と。“制限付き閲覧権”だけ」

「それって…あり得ない。内容を記憶?」

「レターをくれと伝えた。条件を書いた紙よ。例えば、“刑事・民事事件となったら、警察に協力しないよう努力すること。家族や医者にも話してはならない”…サインが済み、お金を渡され、私の心は壊れた…再就職の面接で、必ず“なぜ辞めた?”と聞かれた。しかも、悪い噂が。私が彼と寝てたと。最低よ」

 

その後、彼女はグアテマラで5年間過ごし、馬の仕事をした。

 

「多くを失った」とジョディ。

 

ゼルダは条件を書いたレターを取り出した。

 

「許可を得ないとセラピーも受けられず、会計士とも話せない。“現在及び将来において、いかなるメディアにも話さない”。ジョディ。問題はワイスタイン以上に、性加害者を守る法のシステムにある。あなたに託す。有効に使って」 


ゼルダはレターを渡し、去って行った。

 

ジョディはホテルへ戻り、長女とスカイプで話した後、事態の行(ゆ)く末を考え、迷って嗚咽してしまう。

 

信じ難いほどの話を聞かされ、それでも前線から撤退しないジャーナリストがいた。

 

 

 

2  「弁護士に相談し、何が正しいか考えたの…あなたの記事に名前を出して。私の義務よ」

 

 

 

その頃、ローラに昔の同僚から電話が入り、ワインスタインの件で記者からの接触を尋ねられ、何も話してないと答えた。

 

「よかった。安心したわ。ゴキブリ記者ども。あの頃はよかったわね。ハーヴェイは心が広くて」

「私の経験とは違う」

「誰にも話さないと確約してくれる?企画があるなら、ハーヴェイに話す」


「ないわ。私は話したい相手と話す」

 

電話を切ったローラは、その場でジョディに連絡をし、会うことになった。 

ローラに会いに行くジョディ



エキストラをまとめる雑用をしていた21歳のローラは、ミラマックス社の仕事が誇らしく、ワインスタインの直属で働くことになった。 

21歳の時のローラ



「彼は魅力的で、私の働きぶりをスタッフに聞いたと。私は天にも昇る心地だった…ロンドン支社で正式に採用すると言われ、とても幸せだった」

 

ある日、ドアを開けるとバスローブ姿で、マッサージしてくれと言われ、それを断ったが、性的に解釈する自分が悪く頭が固いのだと考えた。

 

「“女性はみんなやるよ。ただの仕事だ。上に着てる物を脱げ。事務的な口調で。ブラを取れ”…言葉に従った。恐ろしさに震え、自分に言い聞かせた。“耐えるのよ。すぐ終わる”。ズボンも脱がされた。彼は私を見下ろし、マスターベーションを始めた。“やめて”と頼んだけど、彼は次々に要求し続け、シャワーを浴びようと私を立たせ、彼はそのままマスターベーションを続けていた。私はただ泣くだけ…泣き声で気が散ったのか、彼は怒り出した。彼がバスルームから出たので鍵をかけた。でも、ドアの向こうから聞こえてきた。マスターベーションを続ける音が。私は部屋に戻ると、着るものと荷物をつかんで逃げ出した。ひたすら走り続けた。人生であれほど速く走ったことはない」


「今は、どう感じます?」

「…私の生き方を方向づけたように思う。この大きな判断ミスが、その後の全ての決断に影響を与えた気がする。そして、言いようのない恥辱…彼の言いなりになってしまったから…あの日、私は彼に“声”を奪われた。生き方を見つけようとしていた時に」

 

その頃、ディーン・バケットにワインスタインから電話が入り、記事を書こうとしていることに脅しをかけてきた。

 

「悪いが記者と話してくれ。あいにく忙しい」

「切るのか?…俺は真実を好む。世の中はデタラメばかり。気をつけろ」


「そうか、またな」  

 

ディーンはスタッフを集め、取材状況を確認するが、“秘密保持契約”で誰も話せない状況で、オンレコで証言できるのはローラだけだが、乳癌手術のため今は無理であるとの報告を受ける。

 

ワイスタイン側の弁護士の一人ラニーとミーガンが会い、言い分を聞くことになった。

 

「彼はレイプや暴行は否定している。犯罪性はない。だが、女性への扱いへの苦情は認識し、改善しようとしてる。権力を持つ年配の男たちは“合意”の解釈を変えつつある。男が“合意”と信じても、女はそう感じていない」 

ラニー


ラニーの話を聞くレベッカ、ジョディ、ミーガン



ラニーはハーヴェイも進化していると庇って見せるが、「示談にするほうが法廷で争うよりいい」とハーヴェイが判断したことを認め、他にも問題ある関係の女性との示談があることを示唆した。

 

これにより、被害者との示談を認めさせることはできたが、問題は示談の人数の確認と裏付けだった。

 

30年間、財務を担当していたアーウィン・ライターがハーヴェイを憎んでいるという情報がもたらされ、ジョディは早速アーウィンに会って話を聞く。

 

「ワインスタインが払った金は、とてつもない額だ。理事会に働きかけようとしても、皆目をつぶり、彼の好き放題にさせた…なぜ、古い話ばかり聞く?すべて‘90年代だ。彼は最近でも多くの罪を犯している」 

アーウィン・ライター



そう言い残して、落ち着かない様子で去って行った。

 

ミーガンは再びラニーと会い、示談が「8~12」と聞き出した。 


核心に近づいていると実感する二人。

 

ジョディの元に、ロウィーナからNYに来ていると連絡が入る。

 

今まで夫にも家族にも話せなかったロウィーナは、オフレコでヴェネチアでのことを話した。

 

ハーヴェイとは脚本の読み合わせの仕事をしており、ある晩、何度も体に触れようとしたが、抵抗し続けた。

 

「でも、最後には組み敷かれました。力づくではなく、遊びのように。そして、私の両足を開き、“頼む。ひと突きさせろ。すぐに終わる”。私は逃げ、心に傷を負いました…」 

ロウィーナ


しかし、会社を辞めたロウィーナには仕事がなく、厳しい条件付きでミラマックスの香港支社で働くことになった。

 

「でも最悪だった。私はボロボロ。とてつもなく孤独で、誰にも何も話せない。孤立感に苛(さいな)まれた。ある日、仕事場から消え、死にたいと思った。どうすべきなのか、どう生きていくのか分からなくて。命を絶とうとした。でも方法が分からない。それさえできないと感じた」 



ジョディは再びアーウィンに会い、ある有名な女優の、記事にできない証言を書いたメモを読ませると、「知らなかった。まさか、こんなことまで…」と洩らして動揺する。

 

「妻子持ちの女遊びかと…」


「違います」

 

アーウィンは自分の携帯の重要証拠となる社内告発メモを示し、「好きに使っていい」と言うや、テーブルに告発メモを置いて席を立ち、ジョディはその画面を写して、すぐにミーガンとレベッカに送信した。

 

「記録のために2015年11月3日。当社トップから繰り返し嫌がらせと虐待を受けた。私は28歳の女性。生活とキャリアを築きたい。私は職業人だが性的対象に矮小化される。声を上げるのは怖い。でも沈黙はあまりに苦しい。彼は言う。“俺はワルだが、悪さに正直だからいい”私の能力は赤ん坊を産むだけだと。アシスタントは裸の彼にマッサージさせられ、恐ろしいほど動揺していた。人事部の重役に訴えたら、その返事は、“殴られたり、肉体的な一戦を越えたら知らせろ”。ワインスタインは64歳。世界的な著名人で、ここは彼の会社。力のバランスは私が0、ワインスタインが10」(ローレンのモノローグ/「告発メモ」のこと) 

告発メモを読むレベッカ



情報を共有するスタッフ



このジョディが入手したワインスタインの会社に勤務するローレン・オコナー(LOC)の社内メモ(「告発メモ」のこと)を読んだディーンは「書け」と指示し、マットは「記事にしろ」とゴーサインを出すに至った。

 

【ワインスタインの会社とは「ザ・ワインスタイン・カンパニー」のことで、2005年にワインスタイン兄弟がミラマックス社を退社した直後に創設した会社】

 

ローレンのメモについて、ミーガンが会社に問い合わせると、「依頼人は名前を出すなと。メモは公表できません。依頼人は動揺して話せません」と回答されたが、レベッカが直接ローレンに電話をし、記事の信憑性のために証言者として名前を出すことを説得する。


【この「告発メモ」については、「独占 ハーヴェイ・ワインスタインの元従業員が沈黙を破って語る映画業界の大物を倒すことに一役買った彼女のメモ」という記事にも掲載されている】 

ローレン・オコナーさん



更にミーガンは、ワインスタイン社の理事のランス・マエロフに会い、ローレン・オコナーのメモに理事会がどう対応したかを追求し、記事への引用の許可を得た。 

ランス・マエロフ


ところが「提供者」と書かないため、相変わらず、被害者の実名報道が困難で、ジョディはアシュレイに電話をかけることになる。

 

「全員で声を上げるのが理想ですが、ムリです。でも、多くの事例で襲い方は判明してる。単独で証言を…」

「真剣に考えてみます。約束する」 



ミーティングでジョディは「女性たちをもう少し待てませんか?」と提案するが、ディーンは「記事を発表する」とし、ワインスタイン側からの回答・反論の猶予を2日間と決めた。 


「全容には程遠い」と考えるミーガンと共に、真夜中まで記事を書き続けるジョディは、帰りのタクシーの中で、「せめて1人、オンレコで話せば…」とぼやく。

 

「誰か一人でいいのに…全員、1部屋に集められたら…」

「そういう問題じゃない。彼女たちはそれを望んでないのよ。あなたなら、どう?」

 

記事掲載に当たって、ワインスタイン側からの連絡を待つディーンの元に電話が入り、全員で聞く。

 

「こんなことは、ごめんだ…誰と話した?」とハーヴェイ。


「記事内のリストは送りました」とミーガン。

「誰がオンレコで話してる?俺に反論させろ」

「ハーヴェイ、これまで示談は何件ありましたか?8~12件だそうですが」

「お前が言ってる。俺じゃない。ラニーが言ったなら、奴は勝手に言ったんだ」

 

ワインスタイン側の弁護士が回答まで2週間欲しいと言うが、2日間と回答する。

 

「90年代の話だぞ。もし真実じゃなかったら、お前らどうする?」とハーヴェイ。 


ディーンはワインスタインの脅しを無視し、「90分経った。終了する」と一方的に電話を切る。

 

その直後だった。

 

アシュレイからジョディに電話がかかってきた。

 

「弁護士に相談し、何が正しいか考えたの…あなたの記事に名前を出して。私の義務よ。女として。キリスト教徒として」 


ジョディは涙で「本当にありがとう」と返事する。

 

ジョディを労うミーガン。

 

「じゃ、記事を書き直そう」とディーン。

「ペニンシュラでの詳細説明から始め、最後は彼女の引用で」とレベッカ。 



その後、ワインスタインは回答を拒否し、弁護士がバラバラに電話を掛けてきて回答を遅らせ、挙句に長大な抗議文を送りつけて時間稼ぎをする。

 

「データの要求と“法廷への招待”」を仕掛けてきたのだ。

 

そして、遂にワインスタインがNYタイムズ社に乗り込んで来た。

NYタイムズ社内



「こんな記事で評判を落とす気か?」とワインスタイン。 


ミーガンは、ワインスタインと、3人の弁護士らの延々と続く抗議を、黙って冷めた表情で聞いている。

 

「予想どおり。女優を貶める発言ばかり」とミーガンが報告すると、他のメディアに事件の記事が出され、機密性が失われたとディーンが危機感を口にする。

 

早く原稿を書くように促されたたレベッカらは、早速、作業に取り掛かる。

 

ワインスタインから電話が入り、ワシントンポストの取材を受けると揺さぶりをかけてくるが、ディーンはそれを了承し、公平性を期すため回答を求め、「言い分はそのまま記事にする」と迫るが、ワインスタインの答えはない。

 

そして、ワインスタインはしばらく会社を休むと言う。

 

原稿の校正作業をしていると、今日手術を受けるというローラからジョディに電話が入り、ミーガンと共に聞く。

 

「私は、どんな署名もしていないから、発言禁止令もない。声を上げられない女性のために発言する。娘たち3人に、虐待行為を“普通のこと”と考えてほしくない。私の発言を自由に使って構いません。名前を出してください」


「ありがとう、ローラ。感謝します。あなたを想ってる」

 

ジョディとミーガンは互いに固く抱き締め、喜び合った。 


「美しいローラ…」

 

ローラは手術室へ運ばれながら、嗚咽を漏らすのだった。 



ここで、希望を胸に秘めた若かりし頃のローラ、ゼルダ、ロウィーナが映し出される。 

ローラ(手前)


ゼルダ


ロウィーナ



ワイスタインから届いた回答の原稿を入力するレベッカ。

 

「“…その中で、同僚への過去の行いが苦痛を与えたことに、心からお詫びする”」

 

引用が終わり、スタッフ全員で出来上がった原稿を確認する。

 

「もう一回、みんなで読み直そう」とマット。 


かくして、全員のOKが出て、記事の発行ボタンがクリックされた。 


極めつけのラストである。

 

「翌月、82人の女性がワインスタインを性的暴行で告発。2人は記事は性的不正行為への世界的な運動(#MeToo)の火付け役に。数えきれないほどの女性たちが、世界中で名乗り出て、自らの体験を公に語った。彼女たちの証言が、職場の改善や法律の改正につながり、セクシュアルハラスメントや暴力が議論され続けている。2020年2月、ワインスタインはNYで強姦と性的暴行で23年の刑となり、LAとロンドンでも起訴されている」(ラストキャプション) 


 

 

3  使命感という闘いの心理学

 

 

 

タラナ・バークというアメリカ人女性がいる。 

タラナ・バーク


知られることは少ないが、性暴力と闘った勇敢な黒人活動家である。

 

2017年10月、「私も被害者である」という意味を有し、SNSで使用されるハッシュタグを付した「#MeToo」(ミートゥー)運動の創始者となったタラナ・バーク。

 

彼女こそ、ほぼ15年という長年にわたって、性暴力被害者の支援活動に奔走した活動家だった。

 

Me Too」のスローガンを使って、若い黒人女性を中心とする、性暴力被害者の支援を地道に続けていた彼女の行動の初発点は2006年のこと。

 

だから12年後に、NYタイムズ紙によってハーヴェイ・ワインスタインの性的暴行疑惑が暴露され、それがツイッター上に「#MeToo」(ミートゥー)という表現で現出した時、タラナ・バークが驚愕したのは無理もない。

 

僅かな期間のうちに、ハッシュタグ「#MeToo」の再生回数が膨れ上がった結果、初めてタラナ・バークの名が認知されていく。 

#MeToo Movement



彼女の行動の推進力となった背景にあるのは、命を懸けた黒人の先陣らが残した公民権運動の成果の継承。


そして起こった「#MeToo」運動の加速的な広がり。

 

そこで炸裂したのは、「キャスティング・カウチ」(「枕営業」)という、長年にわたり蔓延(はびこ)っていたハリウッドの陋習(ろうしゅう)に対する女優らの糾弾のストームだった。 

【「ハリウッドにおける性的搾取行為と差別」に団結して抗議するために、女優たちが黒いドレスを纏った/2018年ゴールデングローブ賞授賞式で】



キャスティング権を握るプロデューサーや映画監督との性暴力に耐えた女優だけが役を貰えるという陋習は、不文律としてマリリンモンローの時代から存在していた。

 

そんな絶対権力者としてハリウッドに君臨する男、ハーヴェイ・ワインスタインの度を超えた性暴力に立ち向かった二人の女性ジャーナリスト、ミーガン・トゥーイーとジョディ・カンター。 


彼女らの前に立ち塞がる障壁は尋常ではなかった。

 

性暴力に被弾した女優らは一応に口を閉ざす。

 

性暴力を認めても、実名を出すことには逡巡(しゅんじゅん)する。

 

セックス依存症とも思しきワインスタインに反旗を翻す行為によって、失うものの怖さを知悉(ちしつ)しているからだ。

 

性加害者に対する性被害者の闘いそれ自身が、「被害者にも問題がある」というレベル(公正社会信念)の誹謗中傷のターゲットにされるばかりではなく、辛うじて繋いできたアメリカン・ドリームの終局を意味する。 

公正社会信念(仮説)


【ここで根源的な問題、即ち、被害者に「なぜ逃げなかったのか」という言論が基本的に誤っている根拠について書いておきたい。一言で言えば、多くの場合、性暴力の前でフリーズ(凍り付き)してしまうからである。これを「強直性不動状態」と言う。恐怖を目の当たりにした際に身体が動かなくなり、声も封じられてしてしまうのだ。スウェーデンの救急クリニックの調査では、この生理的反応がレイプ被害者の70%にも及んでいたと言われる。だから、この手の批判はセカンドレイプ(性的二次被害)の対自我破壊力と化すのだ。厳密に言えば、「逃げなかったのではなく、逃げられなかった」という解釈の方が正解なのである。因みに動物の場合、「擬死反応」と言って、捕食者の前で死んだふりをして難を突破するが、この反応は明らかに生存に関わる学習の所産である】

強直性不動状態

被害者に「なぜ」は禁物


それでも、私は闘い切れるのか。

 

この自問自答の行き着く先は見えている。

 

数々のヒット作を放ち、権威ある映画賞を獲得してきて、今や巨大な肉食獣と化した男のペットフードにされ、骨の髄までしゃぶり尽く破壊的暴力と闘い切れるのか。

 

自我が凍り付き、恐怖の只中で声を上げることなどできようがなかった。

 

だから、映画撮影のアシスタントだったローラ・マッデンのように、走って逃げる外に選択肢がなかった。 


脅威に対する生理的覚醒が生じるのだ。

 

交感神経系を刺激し、呼吸や鼓動が早くなり、血管を収縮させ、心拍数を高めていくのである。

 

「闘争」ではなく、「逃走」という選択肢に振れることによって、ここに「闘争・逃走反応」が発現したのである。

 

それは、私たちが何某(なにがし)かの脅威を感じたときに放出される三つの重要な物質、即ち、コルチゾール(ストレスホルモン)、アドレナリン・ドーパミン(神経伝達物質)が分泌されることで惹起する「闘争・逃走反応」の発現の様態である。 

コルチゾール


アドレナリン・ドーパミン


闘争・逃走反応



現在、私たちの祖先が恐ろしい刺激を避けることを学び、生き延びてきたことで進化を果たした現象を検証する生物学的・心理学的な研究(スリルの生物学)が進んでいて興味深いが、本稿では、「闘争」を選択した3人の女性の心理に言及したい。

 

生憎(あいにく)、「逃走」を選択したローラ・マッデンの場合、その方が彼女の〈生存〉に優位に働いたからである。

 

大体、あの状況下で「闘争」を選択する余地など全くなかった。

 

だから、恐怖が快感に変わることがない。

 

まして「秘密保持契約」を強いられ、サインをした女性らは、男が作り上げた“悪事の大海原”(ジョディの言葉)をブレークスルーするという選択肢など持ちようがなかった。

 

「秘密保持契約」を結ばなかった女性であっても、男との闘争の覚悟を括ることなど、とうてい困難であるという外にない。

 

誰が「ファーストペンギン」(海に飛び込む最初のペンギン)になり得るのか。

 

果敢なペンギンの出現を待つのは殆ど不可能とも言える。

 

言い出しっぺは損をするのだ。

 

これを「自発性パラドックス」という。 

自発性パラドックス



そんな困難な状況下で果敢なペンギンが出現した。

 

本人自らが演じたアシュレイ・ジャッドである。 


彼女こそ、「闘争」を選択した一人目の女性である。

 

なぜ彼女に、これが可能であったのか。

 

少なくとも、四つの要因が考えられる。

 

一つ目は、マッサージを強制されたり、性的欲求を求められても断り続けた結果、映画の候補から弾かれたことで、男への怒りが生き残されていたこと。

 

二つ目は「秘密保持契約」を結ばなかったこと。

 

三つ目は、調査報道記者のジョディに代表されるNYタイムズという大手メディアの存在。

 

四つ目は、「私の義務よ。女として。キリスト教徒として」と明言した使命感。 


以上の4点である。

 

そして、「闘争」を選択した女性として、いの一番に挙げねばならないのは、物語のヒロインであるジョディとミーガン。 


ここに、二人の会話がある。

 

「証拠をつかめる?もし、失敗したら?」 

「彼の悪夢を見る」 

「私もそうよ。何も公表できず、お墓に入ることになったら?」 

「私の心配は、記事が出ても人々が無関心なまま、彼は平気で悪事を続けること」 

「“悪事の大海原”ね。世の中には“ハーヴェイ”が何人いるのかな」 とジョディ。


「時々考えるの。ミラを生んだ時も、もし、同じトラウマが私だけではなく、会って話した女性たちにもあり、暗闇や絶え間ない暴力に耐えているなら、それが女性を襲う鬱の一部かもしれない」とミーガン。
 


「取材班になって後悔してる?」

「あなたは?」 

「いいえ」 

「私もよ」

 

この会話を知る限り、二人の中にジャーナリストとしての矜持(きょうじ)があることは明白である。

 

【更に、ここで二人の問題意識が女性が被弾する身体的・性暴力のみならず、心的障害に及んでいることが分かる】

 

彼女らの矜持が、二人の強い使命感のうちに昇華されていたと考えられるのだ。

 

一方は、キリスト教徒としての義務感。

 

もう一方は、ジャーナリストとしての矜持。 

夜遅くまで社に残って仕事するジョディとミーガン



この心理が彼女たちの使命感をを支えていたのだろう。

 

思えば、ミーガンの場合、トランプのセクハラ事件の告発記事を発表したことで殺害予告を受け、産後鬱とも重なって落ち込んでいた状態であったことが描かれていた。 


育児休暇中のミーガンに、被害女性から証言を引き出す手法を尋ねて来たジョディに対して、ミーガンはこう言い切った。

 

「あなたに起きたことは変えられない。でも、力を合わせれば、あなたの体験が他の人を救う」 


映画のコアメッセージが、ミーガンによって語られたのである。

 

ジョディから育休明けに共に闘うことを頼まれたミーガンが主体的に参加する行為の根柢には、トランプの一件でトラウマになり、それを克服するための恐怖突入でもあったと言える。

 

【因みに、序盤の一連のシーンが、ミーガンが負ったトラウマを描く原因となった重要なシーンであるが故に、この映画が民主党のプロパガンダではないと明言できる。何より、ハーヴェイ・ワインスタイン自身が民主党の強力な支持者として知られているのだ】

 

人間は、それほど強くないのだ。

 

ジョディもまた、闘いの前線で怯える表情を見せていた。 


それでも逃げられない。

 

上司の下命(かめい)があったからだけではなく、多くの女性が犠牲者になっている現実に向き合った時、それを告発せんとするジャーナリストとしての矜持が二人の自我を根柢的に支えていたのである。

 

ジョディにとって、とりわけ看過できなかったのは、女優のローズ・マーゴワンの一件だったと思われる。

 

映画祭の渦中で、ローズはワインスタインから服を脱がされレイプされたのだ。

 

もう、セクハラのレベルではない。

 

完璧な犯罪である。

 

彼女は大勢の人に助けを求めたが、「誰も何もしなかった。何一つ」と言うのみ。

 

「話した方々に連絡しても?」とジョディが尋ねたが、ローズは「内密にする約束よ。彼にはスパイがいて、いつも監視してる。それを知るべきよ」と話し、諦念する外になかった。

 

「調べるなら、彼だけでなく、業界システムや供給の仕組みも」 

「ハリウッドの虐待者たち?」 

「そう。世界中にいる。映画が作られ、売られる場所に。被害者を貶め、金で騙させる。まさに白人男性の“遊び場”ね」

 

ローズ・マーゴワンとジョディとの以上の遣り取りに凝縮される性虐待の構造に、只々、慄然(りつぜん)するばかりだ。 

ローズ・マッゴーワンの話を聞くジョディ



淡々とハリウッドタブーを暴いていく本作のクオリティの高さが貫流していて、最後まで目を離せない。

 

要するに、「NO」とはっきり伝え、それを堂々と公表しない限り、ハリウッドの性虐待の構造にメスを入れることなど、所詮、不可能だったということである。


【これは、我が国の映画界でも同じこと】

 

もう、この限界突破を果たすには、「生き延び戦略」に靄(もや)をかけ、身命を投げ打つ程の使命感というような何かを取り込まない限り時間を拓けないのだ。

 

女性参政権を求めてエプソムダービー(英ダービー)で王の馬めがけて体ごと跳び込み、絶命するに至った英国人女性、エミリー・デイヴィソン。 

ジョージ5世の馬にはねられて地面に倒れるデイヴィソン(ウィキ)


女性初の大西洋単独横断飛行を遂行した後、世界一周飛行に打って出て行方不明となった米国人女性、アメリア・イアハート。 

アメリア・イアハート



その名を歴史に刻む彼女らの無謀な挑戦は、肝の太さが半端ではないので学習する術がないが、少なくとも、ミーガンとジョディの場合、漢気のあるメンタル(利他心)なしにはブレークスルーし得なかっただろう。

 

連綿と続く対女性暴力を女性自身が掬い上げていくのだ。

 

使命感という闘いの心理学が、そこに垣間見える。

 

飜(ひるがえ)って、NYタイムズにあって、我が国のリベラル紙になかったことの罪の重さ。


改めて、その深刻さを痛感する。


システム化された“悪事の大海原”のシャワーを浴び続けて空転する使命感に、いつしか靄がかかり、まるで何もなかったことのように忘れられていく。

 

まさに、忘失能力の達人が揃い踏みする者たちの「退却の美学」だけが、いつも生き残されているようである。


我が国のことである。 


ハーヴェイ・ワインスタインを超える男の報道を鎖(さ)し固めるには早すぎないか。 

画像/この男の犯罪件数は、実質終身刑のワインスタインや、刑務所で受刑者に暴行され死亡したゲーガン神父をも超える



「退却の美学」という厄介な代物。

 

「退却の美学」は醜悪なる姑息さの別名でしかないのである。 

画像 左からワシントン・ポストのアイリン・カーモンさん、ニューヨーク・タイムズのジョディ・カンターさん、ハリウッド・リポーターのキム・マスターズさん。右端はBuiness Inisder USのアリソン・ションテール編集長
2014年より編集主幹を務めるディーン・バケット氏/2022年に退任(更迭と言われる)


【ニュー―ヨーク・タイムズ紙記者のジョディ・カンターさん(左)と同僚のミーガン・トゥーイーさん】



(2024年1月) 

 

0 件のコメント:

コメントを投稿