
「こちら112。応答してくれ。“Z”のマークが描かれた戦車が第2病院の周辺にいる」
「目視したか?」
「ああ、この目で見た。第2病院から見える位置にいる。教会の向かい、バス所だ。“Z”マークの戦車が現れた」
「カメラに収める」
ここで、戦車の画像が現れる。
「この時、“Z”の印を初めて見た。ロシアの戦争符号だ。病院が包囲されている。病院には医師たちや数百人の患者と我々もいた」(AP通信の取材班/以下、記者のナレーション)
「ああ。記者と一緒だ」
「ロシア軍に捕らえられたら終わりなのは理解している」(記者のナレーション)
1日目
2022年2月24日
「街に異常がない。ある人が言った。“戦争は爆発ではなく静寂から始まる”と。ロシアの侵攻が間近に迫る中、我々はマリウポリに入った。標的になるのは確実だからだ。だが国全体が攻撃を受けるとは思ってもいなかった」(記者のナレーション)
「特別軍事作戦を実行することを決断しました。ウクライナの占領は考えておらず、何かを強制するつもりもない。これは現在進行中の脅威に対する自衛行為にすぎないのです」(プーチン)
「マリウポリ到着の1時間後、郊外に爆弾が落ちた。防空システムを有する基地は破壊された。ロシア軍は戦闘機を飛ばしてくる。巨大な港を持つ工業都市はクリミアにも近い要衝だ。我々はクリミア危機の際もこの街に来た。ロシアは再び支配を試みるだろう。街で最もロシアに近い左岸地区に向かった」(記者のナレーション)
「息子が仕事に行っていて、私は独りきりよ。私はどこに隠れたらいいの?誰か教えて。家に帰り、地下に隠れて」(老婦人)
「今日、初めて話した市民だ。撮影をやめてなだめるべきか迷った」(記者のナレーション)
結局、取材班が降りて、説得する。
「家に帰ってください。民間人は攻撃されない。自宅で待機して」(記者のナレーション)
「息子がもうすぐ帰るの」(老婦人)
「早く帰って。彼は自力で戻れる」
「爆撃されない?」
「それはない。地下にいてください」
しかしまもなく、爆撃を目の当たりにした記者。
「僕が間違っていた。1時間後、砲弾が民家を直撃した」
消火活動するウクライナの消防団。
「何かが当たり、家が燃えた」と初老の民間人。
「マリウポリがロシアの支配下に置かれる可能性があると?」(記者)
「あり得るだろう。絶対に嫌だがね」と初老の民間人。
「どうして?」(記者)
「ウクライナ人として生きたい。プーチンの演説を見たよ。あのクソ野郎め。自国民をとんでもなく美化したうえで、ウクライナを攻めることは必然だと語っていた。でなければ逆にやられると。イカれてる」と初老の民間人。
「ウクライナの国民の皆さん。戒厳令が敷かれました。我が国の安全と勝利のために必要な措置です。冷静に行動し、軍や当局の指示に必ず従ってください。偽情報に翻弄されないように」(ウクライナ公共放送)
避難指示が出ていなかったが、他の地区に避難する人々。
「窓ガラスが割れた」と一人の幼児。
「全てを壊され、略奪された。なぜ、こんな形で家を出なきゃならないの」と老婦人。
記者が質問しても、却って避難民を怒らせるだけだった。
「怒りは理解できる。祖国が攻撃されているのだ。僕の祖国でもある。だからこそ伝えねば」
ここで、取材班の記者が作り手のミスティスラフ・チェルノフ監督である事実が判然とする。
避難民はマンションの地下に身を隠す。
突然の停電で不安を生むが、すぐに電気が復旧した。
蹲(うずくま)る女児に、「どうしたの?」と尋ねる記者に、「私、死にたくない。こんなの早く終わってほしい…爆弾の音で目が覚めたの。戦争が始まちゃった」
最後は泣き声に変わってしまった。
「戦争が始まったのだ」(記者のナレーション)
「19万にも及ぶロシア兵が北東、南の国境から侵攻。ロシアは容赦しません。プーチンの演説と共に空爆が始まりました。東部のハルキウと南部のマリウポリが攻撃を受けています」(ウクライナ公共放送)
「人々は憤慨し、プーチンへの憎しみを募らせています」(BREAKING NEWS/ニュース速報)
3日目
「ウクライナ軍はロシア軍に対し徹底抗戦しています」(ウクライナ公共放送)
「2月26日。街に緊急放送が響き渡る。ロシアが街を包囲し始めた。郊外の街を占拠し、道路を封鎖している。だが街を出た市民は4分の1。大半が残った。ここは街にあるジムだ。今や街で最大規模のシェルターになっている。鏡にテープを貼るのは、飛び散る破片を減らすためだ」(記者のナレーション)
「私は平気だけど子供が心配よ。まだ小さいこの子に何か起きるのが怖い。どうしてこんな目に遭うの?私たちが何か罪を犯した?まったく理解できない。こんなのは無意味よ」と母親。
「彼女は初日に、僕が家に帰るように伝えた人だ」(記者のナレーション)
「“民間人には攻撃しない”と言ったでしょう?だけど家に帰ったら爆撃を受けたわ」(先の老婦人)
「僕は謝罪した。無事で何よりだ…子供たちの姿を見て、自分の娘たちを想った。国中で報じられている事態を知り、嫌な予感がしていた。この街で最悪の事態が起こるのではないかと」(記者のナレーション)
「民家が砲撃を受けていますが、ロシアは“民間人は標的外”と主張。“民間人への攻撃”が強まる。恐ろしい事態を前に、大勢が国外避難を試みています。街に残った人々は爆撃を恐れ、シェルターに身を隠します。マリウポリを守る勇敢なウクライナ兵たち。この港湾都市は経済を支える拠点で、ロシアまで50キロと戦略的にも重要です。両国の攻防が広げられるのは必至です」(BREAKING NEWS/ニュース速報)
4日目
2月27日。
「兵士たちが第2救急病院の周辺を巡回。前線は数キロ先にまで迫っている。しかし、ロシア軍は攻めあぐねていた…マリウポリで、初めて戦闘機の音を聞いた。兵士たちは撮影されるのを嫌がった」(記者のナレーション)
「悪いが、撮らないでくれないか?」
「だけど、この戦争は歴史的なものだ。記録しないわけにはいかない」(別の記者)
「そこに救急車が飛び込んできた」(記者のナレーション)
「心肺蘇生が必要だ」と叫んで救急隊員が走って来て、心臓マッサージをする。
子供の患者である。
母親は「助けてやって」と泣き続けるのみ。
「連中が民間人を殺してる様子を撮影しておけ。プーチンにこれを見せろ。この子供の目を見れるか。医師たちも泣いてる。これが奴の大義の犠牲だ。記者は全員、撮影してくれ」
怒りを露わにする救急医。
救急医の必死の治療虚しく絶命したエヴァンゲリーナ。
4歳だった。
「アメリカ政府の高官がロシアの攻撃を非難。街を包囲して民間人やインフラを標的にしています」(ウクライナ公共放送)
「砲撃や空爆による被害が拡大。マンションに降り注ぐ爆撃で、大勢が死亡。大学の校舎は燃えています。“これをプーチンに見せろ”と医師は言います。“この子供の目を見れるか。医師たちも泣いてる”と。マリウポリから出られるのは明日まででしょう。その後は、全ての道路が封鎖されます」(BREAKING NEWS/ニュース速報)
2 “マリウポリは包囲され、民間人も殺されている。何とか頑張ってる。家族に愛してると伝えてくれ”
7日目
3月2日。
「空爆の影響で電気やネットが不通となった。海外の記者たちは、すでに街を出た。我々は救急隊を、数日、取材することに。向かうのは西岸地区。激しい戦地となっている場所だ。砲丸は左岸地区だけでなく、街中に飛んでくるようになった」(記者のナレーション)
救急車に次々に運ばれて来る民間人。
「この若者を見てくれ。これが現状だ。民家への攻撃で住人が負傷してる。住宅街だぞ」と先の救急医。
砲撃を受けた民間人の、苦衷で歪んだ顔が映されるのだ。
搬送される民間人の犠牲者に、全く終わりが見えなかった。
「私の息子なんだよ…学校の近くにいた」と高齢の男性。
「少年は友達とサッカーをしている時に、砲撃を受けた。彼の両脚は吹き飛んだという」(記者のナレーション)
その名はイリヤ。
16歳である。
搬送された息子のベッドにしがみついて、号泣する父。
まもなく、ベッドに付着したイリヤの血が拭き取られていく。
「前線が近づきつつある。編集局に映像や写真を送る際にメモを添えた。“生々しい映像だ”と。痛ましく、見るに堪えない。だが、そうあるべきだ」(記者のナレーション)
速やかに、このニュースが速報で発信される。
「港湾都市マリウポリでは数百人の被害者が出ているとのこと。嘆き悲しむ父親の姿です。16歳の息子イリヤの遺体に寄り添います。今や電気やネットが使えません。ロシア軍が迫ります。マリウポリの運命やいかに」(BREAKING NEWS/ニュース速報)
8日目
3月3日。
「危ない。みんな伏せて」
一帯を鋭く裂くような市民の声が聞こえた。
「砲撃が病院の近くまで迫ってきていた」(記者のナレーション)
砲撃の音が劈(つんざ)いた。
病院の地下のシェルターに多くの市民が伏せている。
「ママ。心配ないわ。お願いだから動かないで。ママが大切なの。忘れないで。お願いだから伏せていて。神様、助けてください」
「患者たちは窓から離れた場所へ。病院の状況は、日々悪化の一途をたどっていた。この少年もサッカー中に砲撃を受けた。医師は笑顔で話すが、脚の切断は免れないというヒソヒソ話が聞こえた。敗血症を防ぐ抗生剤の在庫も、ほぼ尽きている。…遺体が多すぎて、作業室を安置所代わりに使う。我々は病院に宿泊した。現状、最も安全な場所に感じる」(記者のナレーション)
9日目
「我々は病院の7階に撮影場所を据えた。前線での戦闘の様子が確認できる。ロシア軍は街への侵攻を諦めていない」(記者のナレーション)
「頭から血が出てるの。どうすればいい?」
母親の声が炸裂した。
キリル。生後、18ヵ月。
蘇生措置を試みるが、助からなかった。
母親の悲痛が病院の一角で劈(つんざ)いた。
両親は抱き合うのみ。
キリルの遺体を毛布で包む母親。
「携帯の電波がつながらないかと、病院の7階で朝まで座っていた。何とか映像を編集局に送りたい。全て機能停止だ。この8年の間、ウクライナに起きたことを考えていた。全てを撮影した。尊厳の革命。クリミアの併合。ロシアのドンバス侵攻。マレーシア機撃墜。ドネツク空港の包囲。終わりなき戦争により大勢が命を落とした。撮影を続けても状況は何ら変わらない。むしろ悪化だ。プロパガンダが全てを変えた。娘たちが心配だ。2人は戦時下に生まれた。早く会いたい。でも今できるのは、編集局との数秒の会話だけ。こう伝えた。“マリウポリは包囲され、民間人も殺されている。何とか頑張ってる。家族に愛してると伝えてくれ”」(記者のナレーション)
【「尊厳の革命」とは、2014年22月に起こった「ユーロ・マイダン革命」のことで、前年に、親ロシア派のヤヌコヴィッチ大統領がウクライナ・EU連合協定への署名を拒否したことに抗議し、若者ら1500人が広場に集合すると同時に、ウクライナの各都市でEU統合を支持する行動を起こして、治安部隊と衝突した。多くの犠牲者を出したが、最終的にヤヌコヴィッチを追放した。プーチンはこの時、「ネオナチが背後にいる」と主張した/筆者】
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| 「ウクライナの『尊厳の革命』について知っておくべきこと」 |
| ヴィクトル・ヤヌコヴィッチ |
【「クリミア併合」とは、「ユーロマイダン革命」に危機感を覚えたプーチンが、クリミアのロシア系住民の蜂起の支援という名目で、ウクライナ領のクリミア半島を一方的にロシアに併合した国際法違法の蛮行。ロシアはG8から除名されるに至る。/また「ロシアのドンバス侵攻」とは、ウクライナ共和国東部のドネツィク州とルハンシク州(通称ドンバス地方)における2014年に起こった紛争で、「クリミア併合」の一局面となる武力衝突である。/また「マレーシア機撃墜」とは、2014年7月に起こった「マレーシア航空17便撃墜事件」のことで、ウクライナ東部上空をマレーシア機が飛行中に撃墜され、乗客・乗組員約300人全員が死亡した事件である。連邦保安局(FSB)の元大佐で、ドンバス侵攻を主導した最強硬派のイーゴリ・ギルキンが起訴され、オランダの裁判所によってギルキンは終身刑を言い渡されたが、ロシア政府は引き渡さず、公判を欠席している。その後、ギルキンは、2024年にプーチンのウクライナ侵攻の弱腰を批判して拘束され、禁錮4年の判決を受けている。/また「ドネツク空港の包囲」とは、ドネツク国際空港において親ロ派とウクライナ軍との戦争で、一連の「ロシア・ウクライナ戦争」に収斂される/筆者】
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| 「支持低下のプーチン氏、強硬策再び クリミア併合から5年」 |
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| マレーシア航空17便撃墜事件 |
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| イーゴリ・ギルキン |
「包囲された街からの避難が遅れています。ロシアが一時停戦を破っています」(BREAKING NEWS/ニュース速報)
「ロシア軍に包囲され、人道的な救助も不可能になっています」(同上)
「街は悲惨な状況です。人道回廊は今も未設置。ロシア軍の砲撃が続いており、困難であると市長が発表しています。ただし街の現状については不明です」(同上)
【人道回廊とは、武力紛争地域において、民間人の避難などのために設けられる安全が保証された一時的な経路のこと。ロシアによるウクライナ侵攻において、ウクライナ側にとって受け入れ難いものであったり、停戦が適切に行われず避難が困難になったりするケースもあった/筆者】
3 善人は善行を尽くし、悪人は悪行に手を染める
11日目
「街は完全に包囲した。我々も、これ以上犠牲者を出したくない。この戦場から逃げる機会を与えよう。自ら武器を捨てろ」(ロシア国営放送)
「今、マリウポリで聴けるラジオはこれだけ。今後、ロシアは街全体を爆撃し、電気、水、物資の供給を完全に絶つ。そして、最終的には冷酷にも携帯電話、ラジオ、テレビの通信塔を破壊する。何とか病院を出て通信を確保せねばならない。街の現状も確認したい」(記者のナレーション)
「3月4日。病院近くのモール(施設)が破壊された。我々は電波を探して街を歩き回った。数日前まで普通だった建物が壊れていた」(同上)
高齢の婦人が泣き叫んでいた。
「誰か教えてちょうだい。何が起きてるの?電気は使えず、食べるものもない。薬もないわ。もう、何も残ってないの。なぜ私の家が、こんなことに。あなたはどこから?」
「ハルキウ」(記者/監督)
「何とかならないの?このままじゃ殺される」
「お名前は?」(記者/監督)
「ルドミラ」
「名字も教えてください」(記者/監督)
「アメルキナ」
「あなたの家?」(記者/監督)
「そうよ」
「煙に向かって進む。民家が砲撃を受け、燃えている。人道回廊は3月5日の開通予定だ。車で逃げても、ロシア軍に捕らえられるだけ。すでに道路は閉鎖された」(記者のナレーション)
「回廊はまだだ。合意に至らなかった。両国が合意に至るように、国外からの圧力がかなり増している状況だ。人道援助は行われるが、それには回廊の設置が欠かせないんだ」(赤十字の職員)
「赤十字の職員や警察、兵士たちが人々をなだめていた」(記者のナレーション)
「郊外は爆撃がひどく地雷だらけなんだ。人道回廊の設置については交渉が決裂した。今は街に留まるのが一番安全だよ。地下やシェルターにいろ。現状、最も安全な場所だ。回廊が開通したら放送で知らせる」(ウクライナ兵士)
「逃げ場がないと皆が気づき、絶望が、より広がった」(記者のナレーション)
住民は地下のシェルターに行く準備を始めていた。
「全て盗まれた。自宅は破壊されて、車も燃えてしまったのに」
必需品を自分の店に取りに来た高齢女性は嘆いている。
「どうしました?」と住民。
「建物に爆弾が当たって、窓が、すべて割れたの。車も燃えてしまった」
「一緒に何とかしましょ」
移動する高齢女性と、盗みに入る男。
「皆、動物のようになった」
彼女の食料品店に物資を探しに来た住民に対して、「盗まないで!無料で渡す気はないからね。子供がいるの。持ち去るのは泥棒と同じよ」と言って、声高に追い返すのだ。
「なぜ協力し合わない?わざわざ混乱を生むな。自分の暮らす街で略奪してどうする?普段使う店の窓をなぜ割るんだ」
兵士によって収拾された一件だが、略奪国家ロシアと一線を画すニュートラルな視線が本作では貫流している。
「女性と子供とお年寄りからだ。男性は水の調達を。近くに井戸がある。汲んできてくれ」
兵士の指示が住民の非日常(地下やシェルターでの生活)を的確に管理している。
「街は急速に、その様相を変えた。病院にいた時、ある医師がこう言った。“病院は、まるでX線だ。人間の内部を見せる。善人は善行を尽くし、悪人は悪行に手を染める”。僕が思うに、砲撃や食料不足だけが原因じゃない。街が孤立し、身内に連絡することもできず、外の状況を知れないことが、皆をイラだたせている。皆、発電機で携帯電話を充電する。懐中電灯として使うためだけに。孤立しているのは我々も同じ。未だ映像素材は送れていない」(記者のナレーション)
地下のシェルターで泣いている一人の女性。
「普通の生活をしたいだけ。街や人々が気の毒よ。子供たちも可哀想」
「街を誰が支配するかは、あなたにとって重要ですか?」と記者。
「ロシア人になりたくない。ウクライナで暮らしたいの。ロシアは来てほしくない。それだけは絶対に嫌よ」
「ロシア軍に包囲された南部マリウポリでは爆撃が続いています」(BREAKING NEWS/ニュース速報)
「ロシアは民間人は標的外と公言。この子は生後18ヵ月のキリル。治療も空しく赤ん坊は死にました。“マリウポリ 死と絶望の中心地”」(THE NEWS SHEPARD SMITH)
4 「マリウポリの中心街に爆弾を落としたうえに、病院の産科病棟にまで爆撃を行った」
14日目
3月9日。
「戦争は病のように街をむしばんでる。我々は第2病院に戻ってきた。市の職員が数名で遺体の埋葬に従事している。シーツに見覚えがあった。サッカー中に殺されたイリヤだ。…これらの遺体袋のどこかに、僕が撮影した子供たちもいる」(記者のナレーション)
| 遺体の袋を穴に運ぶ市の職員たち |
「今の気分は?」と記者。
「その話を始めると、涙が出て止まらなくなる」
「今の気分だけでも」
「人は、この瞬間に何を感じるのが正解だ?こんなことを終わらせないと。誰が悪いのか知らないが、戦争を始めた連中は、皆くたばればいい」
これが遺体を処理する職員の当然の反応である。
「トラックがもう1台。街で回収された遺体だ。脳は目の前の光景を忘れたがってる。だがカメラは記録を続ける。衝撃波がすごい。耳と肌に圧力の変化を感じる。ビルの入り口に身を隠した。次の爆撃に備え、当たらぬことを祈りながら。ビルの上階から、数ブロック先で煙を見た。標的は病院だ」(記者のナレーション)
「2階建ての外科病棟だ。産科病棟だった所だ」
住民の叫びが広がった。
乳児を抱える母親が号泣している。
血塗られた男性。
母を探す児童。
そして、パニックの中で妊婦を搬送する男たち。
「死傷者の数を把握しようと努めたが、この状況では誰にも分からない」(記者のナレーション)
以下、警察官のウラジーミルが取材班に求めて声明を発表する。
「今日、ロシアの占領軍が犯罪行為に及んだ。マリウポリの中心街に爆弾を落としたうえに、病院の産科病棟にまで爆撃を行ったのである。ロシア軍は、この街で戦争犯罪を犯した。この街の女性や子供たちが助けを求めている。国際社会からの援助が不可欠な状況だ。マリウポリを助けてくれ」
「ウラジーミルが街で唯一、携帯がつながる場所を案内してくれた。略奪を受けた食料品店の前の通りだという」
ここで取材班の車両が狙われ、すぐに移動する。
「空爆が絶え間なく続く。ウラジーミルは産科病棟での映像が戦局を変えると言う。だが死者は大勢見てきた。子供たちもだ。今さら変わるとは思えない」(記者のナレーション)
「マリウポリで小児科と産婦人科に爆撃です。爆撃を受けた直後の産科病棟の様子が映像で記録されました。恐怖と絶望だけです」(BREAKING NEWS/ニュース速報)
「この戦争で最も卑劣な攻撃だと言えます」(ウクライナ公共放送)
「“攻撃は『人道回廊』のために合意された停戦期間中に行われた”」(地元の州知事)
「AP通信の報告によると、市の職員が臨時の埋葬所を作ったとのこと。ゼレンスキー大統領は“戦争犯罪だ”と糾弾」
「マリウポリで行われているのは、紛れもない残虐行為です」
【ロシア軍がマリウポリで小児科と産婦人科に爆撃したのはロシアが言う「誤爆」などではなく、ウクライナ人に恐怖感を植え付け、戦意を削(そ)ぐための人為的な爆撃である。ところが、ウクライナ人は恐怖感を抱(いだ)きつつも決してめげなかった。如何なる酷薄たる状況に捕捉されても絶対に怯(ひる)むことがなかったのだ。これがプーチンの最大の誤算である。ウクライナ人気質を知ったつもりになったから、緒戦における2月24日のベラルーシから、戦車の車両のラインを見せるだけで、キーウにあるゼレンスキー政権が亡命することで、3日で片が付くと考えた安直な発想に呆れ果てる。ゼレンスキーは24日に戒厳令を発布し、総動員令を出し、アメリカの反対を押し切ってまで戦争状態に向かっていく。5月にはウクライナ軍の反撃により、ロシア軍は国境まで撤退する事態に及ぶ。簡単に終わるはずだった、この「非ナチ化」の戦争を、未だ「戦争」という概念を使うことなく、「特別軍事作戦」と呼ぶプーチンの愚かさは、遂に「核使用」という言辞を引き出すに至っている事実において自明である。4年を迎えても「特別軍事作戦」に終わりが見えないのだ。ウクライナが納得し得る「和平案」を、プーチンが提起できないからである。/筆者】
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| 【我が国の領土の一体性が脅かされた場合、ロシアとわが国民を保護するため我々は無条件に持っている手段のすべてを使用する。これは単なる脅しではない】 |
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| 2022・ロシアのウクライナ侵略 |
15日目
3月10日。
「街への爆撃は続いている。機関銃の音も聞こえ出した。ロシア軍が街に侵入したのだ。前日に出会ったウラジーミルと行動を共にする。唯一、機能していた消防署が空爆で破壊された」(記者のナレーション)
一人の若者が座るようにして、不動の状態になっている。
「彼の生死は不明だ。1ヶ所に長くとどまるのは避ける。街最大の大学も完全に破壊されていた。日々、傷跡が増えている」(記者のナレーション)
| マリウポリ国立大学 |
爆撃で家を失った一人の高齢者が、荷物を運びながら4時間も歩いている。
「妻の所へ行くんだ…だから歩いている。そうするしかない」
イワノフ・アレクサンデルという名である。
「もう、住む所がなくなっちまった。連中が撃とうが、俺は歩くさ」
「街で唯一、電波を拾える通りに戻っている。ネットを使えるのは、今もそこだけだ。夜間は外出禁止なのでウラジーミルも一緒だ」(記者のナレーション)
「君たちの映像が世界中に広まってるぞ。偉業を成し遂げたな。君たちの映像がなければ現状が伝わらない」
医師の声が取材班を大いに励ますのだ。
「ニュースを見て編集局と話した」(記者のナレーション)
「映像を疑問視する声も」(CNN)
「ロシア高官はSNSで”役者だ“と映像を非難」(ロシア国営)
「これはいわゆる“フェイクニュース”である」(ロシア国営)
「この産院はウクライナが制圧している場所です。妊婦、看護師、職員はすでに避難したはずです」(ロシア国営/ラブロフ)
「あの空爆は演出された挑発行為です」(ロシア国営)
| ロシア国防省のイゴール・コナシェンコフ報道官 |
「これは情報テロです」(ロシア国営)
絶句する言辞の連射に憤怒を覚える。
5 「女性の名はイリナ。搬送された時、“殺して”と叫んだという。胎児の死を悟っていたのだ」
16日目
「担架で運ばれた妊婦の無事を確認すべく、第2病院で彼女やほかの患者を捜すことにした。兵士が入り口を固めている。“今や危険地域だ”とウラジーミル。ロシア軍が近づいている。彼は今も同行している。院内で例の妊婦を捜した。この病院に産科がないので外科へ向かった。外科は大忙しで、鎮痛剤が不足していた。患者の体内から摘出した破片。担架の妊婦を治療した医師を見つけた」(記者のナレーション)
「爆撃を受けた妊婦が搬送されてきましたか?」
「30代の女性が運ばれてきました。彼女は致命傷を負ってしまっていました。骨盤が完全に砕け、出血が多かったんです。手は尽くしましたが救うことはできませんでした。女性だけでなく胎児もそうです。胎児は摘出しました」
「女性の名はイリナ。搬送された時、“殺して”と叫んだという。胎児の死を悟っていたのだ。他の生存者が確認できた。1人は出産を終えたばかり。これから分娩台に向かう女性は、衝撃で足の一部を失っていた。胎児の状態が心配された」(記者のナレーション)
胎児を取り出す医師たち。
母の涙。
新生児と対面する母。
赤ちゃんを抱きながら、女性担当医は「爆撃を受けた第3病院から運ばれてきた妊婦だ。ここで出産した女性たちは頑張ったよ。この病院に産婦人科はないからね。皆、第3病院から来た」と話すのである。
そんな渦中に、空爆の音が鳴り響く。
「病院から脱出すべきだ。だが廊下には、家や肉親を失った人々であふれている」(記者のナレーション)
「みんなで私の兄の家を訪ねたの。少しでも怖くないように。女性と子供がたくさんいる地下室に隠れてると、爆弾が直撃したの。地下に生き埋めにされた。子供が2人死んだ。救えなかったの。7歳の女の子と5歳の男の子よ。この2週間は地獄にいるみたいよ。逃げる所もない。誰が子供を返してくれるの?」
我が子を抱える一人の女性の溢れる涙が鮮烈だった。
「出口に向かったが、遅かった。病院前にいた看護師が狙撃手に撃たれたのだ。2名の兵士が動けずにいた。ガタガタと低い音がする。撮影拠点である7階に駆け上がった。戦車なら上階も狙えるため、撮影には危険が伴う。だが、より明確に捉えられる」(記者のナレーション)
ロシア軍の戦車や兵士に囲まれていて、絶対状況の臭気が漂流していた。
戦車からの砲撃の連射で、街の建物が矢継ぎ早に被害に遭っている。
「(戦車の)接近が続いている。階下の兵士だけでは戦車の攻撃は食い止められないだろう。病院が占拠される。どうすべきか。映像を送らねばならない。産婦人科の生存者の映像や住宅街を砲撃する戦車の様子だ。ここには電波がなく、車に乗り込むこともできない。ウラジーミルに警告された。“捕まれば映像はフェイクだと言わされる”と。眠れなかった。過去、現在、未来。様々な考えが頭をよぎる。全てを止めたいが、その力は僕にはない。自宅のことばかり思い出すが、今は戦場にいる。将来、娘に聞かれたら?この異常な破壊の連鎖を。“止めるためにパパは何をした?”それに対する答えを持っていたい」(記者のナレーション)
【死を覚悟するジャーナリスト(ウクライナの監督)の誠実さや気骨が伝わってきて、筆者もまた、余すところなく、侵略と共に開かれたロシアの戦争犯罪の実態を正確に記録していこうと、改めて自らを奮い立たせている/筆者】
17日目
「彼らは軍の特殊部隊だ。僕らが病院で隠れている間に、ウラジーミルが無線で彼らを呼んでくれた。今朝、我々を救助すべく外科病棟に来てくれた。彼らが言うには、我々は、すでに敵陣の中らしい」(記者のナレーション)
その特殊部隊を取材班のカメラはフォローしていくのだ。
「我々は今も白衣を着ていた。ロシア軍の突入に備え、医師がくれたのだ」(記者のナレーション)
最前線の真っ只中の移動だから、引っ切りなしにカメラが揺れ、戦場の臨場感がひしひしと伝わってくる。
「来るんだ。急いで先に進むぞ」
特殊部隊員の指示が飛び、緊張感が漲(みなぎ)っている。
「走った。協力してくれた医師たちを残して。爆撃を受けた妊婦たちや、住む家をなくし、やむなく廊下にいる人々のことも」(記者のナレーション)
「国旗の描かれた車に乗れ」
特殊部隊員の指示に従って、取材班は車に飛び乗った。
あとは最前線を脱出して、映像を届けるのみ。
6 「マリウポリは侵攻開始から86日目に陥落。街が包囲された結果、2万5000人が死亡。実際の死者数は、これを大きく上回るだろう」
20日目
「ロシア軍は、我々が脱出した数時間後に病院を占拠。アゾフスタリ製鉄所を除いて左岸地区を掌握した。街の中心部にも迫っている。ウクライナ軍も抵抗しているが、数で劣る。マリウポリは、まるで死にゆく人間のようだ。特殊作戦部隊は、我々を敵の支配下にない場所に連れてきてくれていた。それから数日間、映像を市街へ持ち出す方法を考えている」(記者のナレーション)
【アゾフスタリ製鉄所は欧州最大級の製鉄所の一つで、クライナ南東部の港湾都市マリウポリにあり、ロシア軍の猛攻に数週間耐え抜き、ウクライナの抵抗の象徴となった場所である。地下にはいくつものシェルターやトンネルが繋がっている。製鉄所関係者が米紙ニューヨーク・タイムズに語ったところによると、2014年に親露派武装勢力がマリウポリを攻撃した際も、作業員が製鉄所の地下に隠れたという。その後も設備を管理し、最大4000人を収容できるように水や食料を備えてきたという。製鉄所ではウクライナ軍とマリウポリを拠点とする「アゾフ大隊」の部隊が身を潜めて露軍に抵抗しているだけでなく、地元市議会によると、子供ら民間人が少なくとも1000人が避難している。ウクライナのポドリャク大統領府長官顧問は19日(2022年4月)、地下施設への直接攻撃が可能な特殊貫通弾(バンカーバスター)を露軍が投下しているとし、「殺人行為」と非難した。/以上は当時状況・産経新聞参考】
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| マリウポリのアゾフスターリ製鉄所を巡回するロシア兵(2022年6月13日) |
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| アゾフスターリ製鉄所内の地下シェルターを調べるロシア兵(2022年6月13日) |
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| アゾフスターリ製鉄所(2022年6月13日) |
【アゾフスターリ(Azovstal)製鉄所は、ロシア軍の猛攻に数週間耐え抜き、ウクライナの抵抗の象徴となった場所だ。今は、焼け落ちた鋼材やコンクリート片が山を成す廃虚と化している。マリウポリ防衛隊は、製鉄所の地下にある入り組んだトンネルに身を隠して最後の抵抗を試みたが、5月に投降した】
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| 集会に参加するアゾフ連隊の兵士たち(2020年3月、キーウ/日経) |
| ウクライナのポドリャク大統領府長官顧問 |
「3月13日。住宅街への砲撃が続く。人々は情報がなく、誰を責めるべきかも分からない。ウラジーミルは脱出すべきだと主張する。だが我々は車を失った。病院に置いてきたのだ。カメラや映像素材を持った我々を乗せて、占領地域を走ってもらうのは危険が大きすぎる」(記者のナレーション)
「3月15日。編集局から情報が届いた。昨日、赤十字の車列と共に脱出した人々がいる。“車列は今日も出発予定だ”と。市内で唯一、機能する病院に向かう。車列は出発した後だった」(記者のナレーション)
猛烈な砲撃の嵐で、カメラが定まらない。
血塗れの患者が次々に搬送されてくる。
「ここに残り、彼らの力になりたいが、行かねばならない。ある医師に、地下室に来てくれと言われた」(記者のナレーション)
「救えなかった人々だ」
医師はそう言って、取材班に多くの遺体を見せるのだ。
「顔は見せられないが、こんな小さな子まで犠牲に。つらいよ。心が痛い。当然、慣れるが夜になると…思い出してしまう」
| 「こんな小さな子まで犠牲に」 |
子供の顔を知る医師の言葉は、あまりに痛切すぎる。
「車列に追いつかねば。ウラジーミルが自分の車で行こうと言う。僕は危険だと断った。だが彼は、映像を市街に持ち出すことで、世界にマリウポリの現実を知ってもらえると語る。惨劇に意味を持たせるためにもと」(記者のナレーション)
「ウラジーミルの車も砲撃を受けたが、見事に走った。彼の家族も一緒だ。ロシア軍の占領地を100キロ進み、15ヶ所の検問所を走り抜ける。カメラや映像素材はシート下に隠した。夜明け前、赤十字の車列に追いついた。前日に脱出させてくれた将校に感謝を伝えると、逆にお礼を言われた。“街の現実を伝えてくれて感謝する”と。だが、進む車列の中で、人知れず悲劇に見舞われている市民たちを想った。僕は娘に伝えるだろう。街の人々も無事に家族と再会できることを祈っている」(記者のナレーション)
「ウクライナから避難した人々は300万近くに達します。ロシア軍はマリウポリを兵糧攻めに」(ウクライナ公共)
「2000台の車列がマリウポリから脱出中。ロシアとの合意で人道回廊が開通しました」(MSNBC)
「マリウポリの現実を映した象徴的な映像です。犠牲者は2万人にも上ります」(ウクライナ公共)
「食糧、電気、水、ネットを全て絶たれた人々は悲劇です。この女性と胎児は死亡」(CNN LIVE)
「残虐行為が明らかになりました。爆撃開始後も市内に残った唯一の記者が、戦争の実態を記録していたのです。AP通信の記者が集団墓地の存在を伝えました。マリウポリでは地面に赤ん坊も埋められています」(BREAKING NEWS/ニュース速報)
ここで、ネベンジャ(ロシア国連大使)に対して、「AP通信の記者が見ました」と女性記者が詰問すると、「フェイクだ。情報戦を制する者が戦争に勝つ」と答える画が紹介される。「本当に、そう信じてるんですか」と女性記者。
| ワシーリー・ネベンジャ国連大使(右) |
以下、ラスト・キャプション。
「マリウポリは侵攻開始から86日目に陥落。街が包囲された結果、2万5000人が死亡。実際の死者数は、これを大きく上回るだろう」
映像のラストは、廃墟と化したマリウポリの街並みや市民の人々、そして、集団墓地を映し出すのだ。
| 【遺体を放置すれば、伝染病が広がる怖れがあるため、ロシア軍が殺害したマリウポリの民間人を埋葬している集団墓地/マリウポリの破壊と民間人の殺害は、ブチャと同様にジェノサイドである】 |
【MSNBCとは、1996年、NBCとマイクロソフトの共同出資で設立されたリベラル系のニュース専門放送局である】
「ロシア軍は22年5月にマリウポリの市街地を徹底的に破壊した上で全域制圧した。国連によると、ロシア軍は集合住宅の約90%を損壊した。人口約40万人だったマリウポリから住民約35万人が市外に退避した」(「反抗の象徴」は今/読売オンライン)
マリウポリの都市名標示(占領前)
マリウポリの都市名標示(占領後)
ウクライナの地図(朝日新聞)
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| ウクライナ戦況地図(10月1日時点) |
ウクライナの国旗
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| ウクライナでは、8月23日、「国旗の日」が祝われている |
「私たちがいなかったとしたら、マリウポリの情報は皆無だったはずです。それこそが、私たちが目にしたものを、危険を冒してまで世界に発信し続けた理由であり、同時に、ロシアが激怒し、私たちを追跡しようとした理由なのです。私は、沈黙を破ることがこれほど重要だと感じたことはありませんでした」(ミスティスラフ・チェルノフ監督/AP通信の記者)
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| 【ミスティスラフ・チェルノフさんは、マリウポリが真っ先に攻撃されることを確信し、彼の同僚で写真家とジャーナリストと共に、侵攻前夜に現地へ向かった】 |
―― 以下、スティスラフ・チェルノフ監督の受賞コメントを紹介します。
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| 長編ドキュメンタリー賞を受賞した『実録 マリウポリの20日間』のミスティスラフ・チェルノフ監督 |
【この作品はウクライナ映画史上初めてアカデミー賞を受賞しました。
しかし、おそらく私はこの壇上で、この映画が作られなければ良かった、などと言う最初の監督になるだろう。
このオスカー像を、ロシアがウクライナを攻撃しない、私たちの街を占領しない姿と交換できれば、と願っています。
ロシアは私の同胞であるウクライナ人を何万人も殺している。
私は、彼らがすべての人質たち、国を守るために戦うすべての兵士たち、刑務所にいるすべての民間人たちを解放することを願っています。
しかし、歴史を変えることはできません。
過去を変えることもできません。
私はあなた方に、世界で最も才能のあるあなた方に呼びかけます。
私たちは、歴史を正しく記録し、真実を明らかにし、マリウポリの人々や、命を捧げた人々が決して忘れ去られないようにすることができます。
なぜなら、映画は記憶を形成し、記憶は歴史を形成するからです。
(2024・3・10 第96回アカデミー賞授賞式 ミスティスラフ・チェルノフ監督の受賞コメント)】
7 「抵抗の象徴」・マリウポリの〈現在性〉
【以下、「NHKスペシャル」で放送された「臨界世界 戦慄の占領地 “ロシア化”の実態」(2026年1月25日/NHK ONE)の一部を再現することで、映画の作品批評とします】
ロシアのウクライナ侵略から4年。
占領地はあたかもロシアの領土の一部であるかのように、既成事実化が進んでいる。
ロシア国防省主導で作られた青少年の愛国組織、ユナルミア。
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| ユナルミア(設立者セルゲイ・ショイグ/ウィキ) |
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| 青少年軍のメンバー(ユナルミア/ウィキ) |
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| 第1回大会。ユナルミヤの旗を掲げている(ウィキ) |
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| 徴兵前の若者を対象とした100を超える教室が戦略ロケット軍によって開催された(ユナルミア/ウィキ) |
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| クリミア半島南部にある国際青少年センターのアルテークを訪問するプーチン大統領(ユナルミア/ウィキ) |
| 「NHKスペシャル」より |
| 「NHKスペシャル」より |
| 同上 |
ロシア全土から185万人が参加。
将来、子供たちを兵士にすることを目的としている。
占領地の子供たちも、この組織に続々と参加するようになっている。
| 占領地の子供たち/こうした子供たちを「ロシア化の先兵」として戦場に起こり出すのだ(「NHKスペシャル」より) |
| 同上 |
| 同上 |
以下、「ロシア化」を拒んで収容所に強制収容されたウクライナの人々。
2025年5月。
ウクライナのテレビ局の記者が、占領地から無残な姿で帰国した。
ビクトリア・ロシチナさんである。(以下、敬称略)
占領地には4度にわたって潜入取材を行ってきた。
最後は、勤めてきたテレビ局を辞めてフリーランスの記者として占領地に入って、囚われの身となった。
眼を抉(えぐ)られ、脳を削り取られ、拷問の末、遺体となったビクトリアは、一貫して主張を押し通し、ロシアの悪と戦争犯罪を糾弾した最も勇気あるジャーナリストだった。(眼と脳の破壊は「見るな」・「考えるな」という、ジャーナリストに対するプーチンの冷酷な基本スタンス。だから、チェチェンの現実を見て、プーチンを批判したアンナ・ポリトコフスカヤを殺害した)
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| アンナ・ポリトコフスカヤ(ウィキ) |
| 彼女の遺体には拷問の痕があった |
ウクライナのジャーナリストたちは彼女の意志を継ぎ、ロシアの戦争犯罪の実態を伝えようと取材を続けている。
| ビクトリア・ロシチナが監禁されていた収容所 |
以下、収容所でビクトリアの隣の独房にいた元捕虜の話である。
1年以上、独房に監禁されてもビクトリアの信念は揺らぐことがなかったのだ。
そんな彼女の意志を継いで活動するジャーナリスト。
現在、ロシアの収容所の看守の実態の調査していると言う。
在りし日のビクトリアに、「ビクトリア。何を取材しているのですか」と問うと、「いろいろなことです」と答えた。
| 「秘密の調査ですか?」「はい」 |
ビクトリアの秘密調査を引き継いだジャーナリストは取材を進めていくうちに、占領地のウクライナ人がロシア兵として徴兵され、前線に送られているという情報を得たのである。
ウクライナ政府は、これまでに46000人以上のウクライナ人がロシア軍によって徴兵されたと非難している。
今、ウクライナの収容所にいる捕虜のおよそ16%が、ロシア兵として捕らえられたウクライナ人だという。
以下の画像は、ロシア兵として捕らえられたウクライナ人、オレクサンダーの収容所内での発言である。
これは、オレクサンダーが捕虜になった際の、ウクライナ軍による尋問の様子。
ヘルソンがロシアの占領下にあった時、ロシアと関わらないようにしていた彼の家族に、ある日、悲劇が起こった。
買い物から帰宅した妻は4人のロシア兵に伴われていた。
ロシア兵は酒と食事を要求したあと、犯行(レイプ殺人)に及んだという。
すぐにオレクサンダーは、占領政府の警察に訴え出た。
その後、オレクサンダーは収容所でおよそ300日間、拘束された。
激しい拷問を受け、最後にはロシア軍に入隊するという契約書にサインした。
送られたのは最前線。
「ウクライナ兵を殺せ」と命じられたのだ。
後ろではロシア軍が敵前逃亡しないように見張っている。
督戦隊(とくせんたい/ナチス、ソ連が顕著)である。
しかし、たとえ後ろから撃たれても、同胞を殺したくないと、武器を置いて投降したのである。
彼が奪われていたのは領土だけではなく、ウクライナ人としての尊厳そのものだった。
だから、同胞を殺せなかった。
殺されるかも知れないが、投降を選択した。
全てを失った男に待つ未来は苛酷すぎる。
それでも自死しないで欲しい。
いつの日か、帰る場所があると信じて、生き抜いて欲しい。
切に、そう思う。
そして今、ナチスがそうだったように、侵略罪・戦争犯罪・人道に対する罪の限りを尽くしたプーチンは、マリウポリの「ロシア化」に乗り出して、東部2州・ドンバス(ルハンスク、ドネツク)の完全制圧に躍起になっている。
「抵抗の象徴」・マリウポリの〈現在性〉は、およそ信じ難いロシアの「ブラックプロパガンダ」(虚偽情報の流布)の収束点である、「ロシア化」という名の欺瞞性の只中で、21世紀を彷徨(さまよ)っている侵略戦争の風景総体の象徴的な点景なのだ。
約10万人規模のロシア側からの「移住者」と、なお居住するウクライナ人を強制的にロシア人にして、プーチンは占領を既成事実化することで、マリウポリのロシア化は完成するのである。
ーー 最後に、この男のことだけは書いておこう。
ミハイル・ミジンツェフである。
ミハイル・ミジンツェフは、ロシア軍に包囲されたウクライナの都市への悲惨な攻撃の建築家として、「マリウポリの肉屋」、「マリウポリの虐殺者」とも呼ばれ、絶対に許せない男。
爆撃で殺されたのは、市内の主要な産科病院で働いている乳児や女性、爆弾によって引き裂かれた「ドラマ劇場」(マリウポリ劇場)に避難した数百人を含む、2万人以上になると言われる。
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| マリウポリ劇場への爆撃(ウィキ) |
【アムネスティ・インターナショナルは、ロシア軍による劇場への空爆は、国際刑事裁判所およびこの紛争中に犯された犯罪を管轄する他のすべての裁判所が「戦争犯罪」として調査するべきであるとするレポートを発表した。またロシア軍が建物を故意に攻撃し、それが民間施設であることに気付いた可能性が最も高いと主張。建物の両側に「Дети」(ロシア語で子ども)と大きく記されており、衛星画像でも見えるはずであるという。近くに他の軍事施設もなかった。「軍事標的が多くある街で、非軍事の標的を狙ったのは明らかだ」と非難している/ウィキ】
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| マリウポリ中心部の劇場の衛星写真。住民数百人が避難し、劇場外の地面にはロシア語で「子供たち」と白い字で書かれている(毎日) |
既に、この男はシリア内戦におけるロシアの軍事介入(アレッポの戦いなど)の中で空爆作戦を画策したと言われているのである。
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| ミハイル・ミジンツェフ(ウィキ) |
【「『抵抗の象徴』・マリウポリの〈現在性〉」は「時代の風景」からの引用である】
(2026年2月)


















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