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2022年12月13日火曜日

ベイビー・ブローカー('22)  「生まれてくれて、ありがとう」 ―― この生育を守り抜いていく  是枝裕和

 



1  「一番売りたかったのは、私なのかも」「私たちの方が、ブローカーみたい」

 

 

弾丸の雨の中、一人の若い女が、教会のべイビーボックスの前に赤ん坊を置いて去って行く。 



「捨てるなら産むなよ…あの女、任せた」

 

その様子を見ていたスジン刑事がイ刑事に呟き、二人は車から降りて、スジンは置き去りにされた赤ん坊をボックスに入れた。 

スジン


赤ん坊を受け取ったのは、クリーニング店を経営するサンヒョン。

 

教会の職員である相棒のドンスとタッグを組み、ベイビー・ブローカーをしている。

 

赤ん坊には母親からのメモが添えられていた。 

サンヒョン


「“ウソン、ごめんね。必ず迎えに来るからね”…また“迎えに来る宣言”か。連絡先はない」

「その気ゼロだね」

 

ドンスが、「なんで捨てようと思ったんだろう」と呟き、赤ん坊がボックスに入れられた時のビデオを消去する。 

ドンス


「俺たちと、これから幸せになろうな」

 

サンヒョンはウソンを車に乗せ、ドンスを残して教会を後にする。

 

その車を追尾するスジンたち。

 

イ刑事もまた、赤ん坊を捨てた若い女を尾行するが見失ってしまう。 

イ刑事(後方)

イ刑事


サンヒョンはクリーニング店の仕事をしながら、自宅に連れて来たウソンの面倒をみている。 




そのクリーニング店を車から張り込みする刑事たち。

 

食事中だった。

 

「それにしても、ベイビーボックスを人身売買に使うなんて大胆ですね。そもそも、あんな箱作るから、母親が無責任になる。チーム長は意外と優しいんですね…赤ちゃん、あのままだったら死んでましたよ」


「優しいのよ。知らなかった?」

 

その後、赤ん坊を置き去りにした母親が、メモに書いた通り、教会にウソンを迎えに来た。

 

ドンスから電話を受けたサンヒョンは、「警察に行きそうだったら連れてこい」と指示する。 



母親は、赤ん坊が預けられた記録はないと職員から説明され、当日の当直だったドンスが施設内を案内するが、ウソンは見当たらなかった。 



ボックスに入れなかった上に、手紙に連絡先を書かなかったことで、見つかっても母親と証明できないとドンスに言われ、為す術もなく、母親は帰って行く。

 

ドンスは彼女の後をつけ、サンヒョンの家に連れて来た。

 

誘拐だと詰(なじ)る母親に対し、ドンスが反駁(はんばく)する。

 

「捨てたくせに」

「捨ててません。預けたの」

「ペットホテルじゃないぞ」

「“迎えに来る”って、手紙にも書いたわ」

 

サンヒョンが養子縁組について説得する。

 

「そう書いちゃうと、教会は養子縁組リストから外す。100%養護施設行きだ。分かりますか?愛する気持ちで書いても、未来の可能性を狭めてしまいます。僕たちはウソンを、そんな暗い未来から救ってあげたいんです。養護施設の孤児より、温かい家庭で育つ方がよっぽどいい」


「養子縁組。養父母を探すんだ」とドンス。


「そんな権利ないでしょ?」

「捨てたあんたにもない」

「盗んだくせに」

「保護」

「もちろん僕たちに権利はないけど、ひとことで言うなら、善意ってことかな…子どもができないとか、養子縁組の審査を待てない親の元に、言えない事情で手放した…お名前は?」


 

そう言った後、名を聞くサンヒョン。

 

「ソナです。ムン・ソナ」


「最高の養父母を探すことを約束します…少し謝礼が出ます」

「1000万ウォンだな。男の子の相場は」とドンス。


「誰に?」

「もちろん、ソナさんと仲介する僕たちに」

「何が善意よ。ただのブローカーでしょ」

「簡単に言えばね」

 

【円の為替レートで、現在、1ウォン = 約0.1円】

 

翌日、養子縁組先への出発前に、顔見知りの店の息子・テホが血糊の付いたシャツを持って来て、サンヒョンは借金している連れのヤクザから5000万ウォン(約約519万)を催促される。 



ウソンを含めた4人は、ワゴン車に乗り込み目的地へと向かい、スジンは、「絶対に現行犯逮捕する」と意気込んで後を追う。 





養子縁組先の夫婦が現れ、赤ちゃんを見せると、眉が薄いと難癖をつけ、400万ウォンを分割でと要求する。

 

自分の子供の顔をバカにされたソナは、「クソ野郎」と罵倒し、交渉は決裂してしまった。 



一方、ホテルで男が殺された事件を捜査する刑事たちは、ソナがいた身寄りのない子を預かる売春斡旋の施設へと聞き込みに入る。

 

次の養子縁組先を求めて、3人はドンスが育った釜山の養護施設に行き、歓待されるが、そうした案件はなかった。 


ドンスはこの施設に捨てられ、母親が迎え来るとメモに残したが、結局、母親は現れなかったと、サンヒョンがソナに話す。

 

4人は更なる養子縁組先に向かって車を走らせていると、サンヒョンが後ろを振り返り、施設のサッカー好きの少年・ヘジンが同乗していることに気づく。

 

自分を養子にしてくれと言っていたヘジンは、4人が家族ではなく、ウソンを売ろうとしていることを知っており、一緒に連れて行くしかなくなった。 

ヘジン



ドンスが見つけた高額な金額を示している養子縁組の案件は、スジンが現行犯逮捕するためのおとり捜査だった。 

おとり捜査に踏み込むスジン



しかし、不妊治療に疲れたという夫婦に対し、ドンスが治療内容の質問をすると、頓珍漢な答えが返って来たので、立ちどころに転売目的と判断し、あっさり引き返すことにした。 

おとり捜査を見るスジンとイ刑事


ワゴン車の洗車をする際に、ヘジンが窓を開け、水浸しになった5人は大笑いする。

 

クリーニングの服を皆で着替え、和やかなムードに包まれる。

 

このムードで気持ちが軽くなったのか、ソナが自分の本名がムン・ソヨンであると告白するのだ。 



そんなソヨンに、彼女によって殺されたウソンの父親の妻から電話が入る。 


「赤ちゃん、渡してよ。“お母さん”って人に、お金を払ったの。500万ウォン。中絶する約束だったのに、勝手に産んで…」 



その直後、ソヨンはスジンに捕捉され、事情聴取される。 



ソヨンはスジンと取引し、盗聴マイクを仕込まれ、4人の元に戻る。


サンヒョンとドンスの会話の盗聴のためである。

ソヨンの利用を決断するスジン

帰宅直後、ウソンのミルク係のシフト表を作っている3人を見て驚くソヨン



その後、ウソンが熱を出し、泣き止まないので医者へ連れて行くことになった。 


ただの風邪と診断され、皆、安堵する。 



一方、ウソンの殺された父親の妻が、夫の子を育てるために、探して連れて来るようにと部下のテホに指令する。 

テホ(右)



サンヒョンの元に、テホから4000万ウォンで引き取るという電話が入る。 



そんな中での、ソヨンとドンスの会話。

 

「あんたは、養子は考えなかったの?」とソヨン。

「養子の話は自分から断った」とドンス。


「お母さんを信じて?」

「俺は捨てられたと思ってなかったから」

 

その後、外でスジンらと会うソヨン。

 

ソヨンはウソンの父親である売春相手の男を殺害した一件で、スジンとの取引に応じていたからである。

 

「言われた通り、売るから心配しないで」とソヨン。

「助けたいのよ。私もチーム長も」とイ刑事。

 

言うまでもなく、「売る」とは現行犯逮捕のために乳児斡旋の現場を作ること。

 

折も折、ウソンが熱を出し、泣き止まないので医者へ連れて行く。

 

部屋に戻ったソヨンは、3人の他愛ない会話に入り、サンヒョンから取れかかったボタンを直した服を受け取るなど、優しさに触れる。

 

「あいつも、親の顔知らないんだ」 


ドンスがシャワーを浴びに行ったヘジンを思いやるのである。

 

「ウソンも私の顔を知らない方がいい」


「どうして?」

「人殺しだから…」

 

驚く二人。 


「誰を?」


「ウソンの父親」

「なんで?」

「“生まれなきゃよかった”って、ウソンを奪おうとしたの。今、そいつの奥さんが、私を捜してる。売ってくれるなら、私を置いて行ってもいいよ」 



ウソンを抱き、テホに連絡するサンヒョン。

 

ワゴン車に乗り込むと、車内でGPSを見つけたドンスは、それが警察ではなく、ウソンの父親の関係者であると疑い、サンヒョンがソヨンを置いていくのではないかと訝(いぶか)るのである。

 

「今回はお金じゃなくて、ソヨンが納得する買い手を見つけてやろうよ」


「バカ。俺だって金が全てじゃないよ」


「ならいいけど。これは俺に任せて」

 

テホがやって来た。

 

「ウソンの父親、死んでるって?」

「だから何だよ。金払えばいいだろ」

「じゃあ、誰がウソンを買うんだ?」

「死んだ男の女房」

「買ってどうする?」

「自分で育てるって」


「バカ言っちゃいけませんよ。転売する気だろ?外国に。絶対、渡さないからな」

 

無理やりドアを開けようとするテホをドンスが打ちのめし、4人は車で逃走して、ソウル行きの列車KTX(韓国高速鉄道)に乗り継ぐのだ。 



サンヒョンはソヨンに訊ねる。

 

「もしかして、ウソンをボックスに入れたのは、本当に迎えに来るつもりで?」

「分からない。でも、私達がもう少し早く出会っていれば、捨てなくて済んだかも」

「まだ手遅れじゃないよ」

「何で?」

「何でもない」

 

実現不可能な思考実験としての「反実仮想」(はんじつかそう)だが、意味深な会話だった。

 

ソウルで面会した夫妻は、ウソンを実子として育てたいと提案し、母親が会うのは最後にして欲しいと言われる。 

夫婦と連絡を取る



今晩考えることになり、5人はヘジンが行きたがっていた遊園地で存分に遊ぶのだ。 



観覧車に乗ったソヨンとウソンを抱っこするドンス。

 

「やめてもいいよ。養子に出すこと…なんなら、俺たちが育ててもいい」

「俺たち?」

「4人で。ヘジンも引き取って、5人でもいいな」

「変な家族ね。誰が誰の父親?」

「俺がウソンの父親になるよ」

「そんなふうに、やり直せたらいいな…でも無理。すぐ逮捕されるから。釜山の売春婦、ムン某氏が男性を殺害して逃亡中。邪魔になった赤ん坊をベイビーボックスに捨てたって」


「お前のこと見てたら、ちょっと気が楽になった」

「なんで?」

「僕の母親も、僕を捨てなくちゃいけない理由があったんだろうなって」


「でも、許す必要なんてない。ひどい母親には変わりないもの」

「だから、代わりにソヨンを許すよ」

「ウソンは私をきっと許さない」

「ウソンを捨てたのは、人殺しの子にしたくないからだろ?」

「でも、やっぱり捨てたの」 


ソヨンはじっとドンスを見つめていた。

 

遊園地で車の中で待つスジンとイ刑事。

 

「一番売りたかったのは、私なのかも」


「私たちの方が、ブローカーみたい」

 

本篇で最も痛烈な会話が宙刷りにされていた。

 

 

 

2  「ウソン、生まれてくれて、ありがとう」

 

 

 

その頃、サンヒョンは別れた妻との間の娘・ユナとレストランで会っていた。 


明日、まとまった金が入るから、また3人で暮らそうと話すと、ユナは母親の言葉を伝える。

 

「“お金は要らないから、もう連絡しないでください”…本当に、もう家には来ないでって…赤ちゃんが生まれるんだよ。男の子」

「そうなのか。おめでとうって、ママに伝えといて」


「ごめんね」


「いや。でもパパは、これからもユナのパパだから。そうだろ?」

「本当に?」

「もちろん」

 

スジンは、その会話の一部始終を柱の陰で聞いていた。 



街路を歩くサンヒョンが子供服のウィンドウの前で立ち止まると、無言で追い抜いていくスジン。

 

モーテルでウソンとの最後の夜となるソヨンに、言葉をかけてあげるようにサンヒョンが促す。 


「みんなに言ってよ」とせがむヘジンに応え、ソヨンは明かりを消した中で、それぞれに言葉をかけていく。 


「ヘジン、生まれてくれて、ありがとう。サンヒョン、生まれてくれて、ありがとう。ドンス、生まれてくれて、ありがとう。…ウソン、生まれてくれて、ありがとう」 


ウソンの時だけは、ゆっくりと、強い思いを込めて言葉を発するのだ。

 

本篇のメッセージであるだろう。

 

そこでヘジンが声を上げる。

 

「ソヨンも、生まれてくれて、ありがとう」

 

その直後のシーンは、同様に、暗闇の中でのソヨンとスジンの会話。

 

「提案があるんだけど。ここで自首したことにして」

「え?」

「ウソンはもう、売りに行かなくていい」

「何よ、売れとか売るなとか」

「自首して傷害致死なら、うまくいけば3年で仮釈放よ。またウソンと一緒に暮らせるかもしれない。あの人たちは親にはなれない。残念だけど」

「私もよ。今日会った夫婦が言ってました。“捨てられたんじゃなくて、守られたのよ”。そうウソンに話しかけて育てるって。そんな親に育ててほしいんです。そしたら、そうすれば、私みたいにならずに済むから」

 

一方、ソヨンの不在の中で、サンヒョンがウソンを抱いて出て行こうとする。

 

「ソヨンは俺たちを売ったりしないよ」

「いや、売るよ。ウソンのためなら何だってする。でも、それでいいんだ。お前も、親になったら分かる」


「俺たちを売ったら、ソヨンはやり直せるかな」

「そうだな。もしかしたらウソンと」

 

4人はホテルを引き払って街へ出ると、テホが現れた。 



サンヒョンがウソンをドンスに渡し、先に行かせ、テホと話をつける。

 

サンヒョンは、人身売買の4000万ウォンで、二人で商売をしようと持ち掛ける。

 

「あいつらには、俺はもう必要なくなったんだ」

 

ドンスを逃がすためのサンヒョンの芝居である。

 

まもなく、ウソンを抱くドンスは、昨日の養子縁組先の夫婦を訪ねた。 



話がまとまる只中だった。

 

スジンら警察が児童売買の容疑で立ち入って来たのだ。 


有無を言わさず、ドンスは逮捕され、連行される。

 

「ソヨンは?」

「自首しました。もう一人は?」

「さあ…」

 

かくて、ウソンはスジンに保護されるに至る。 



肝心のサンヒョンは今、駅の待合室にいて、テレビのニュースを耳にする。 


「ソウル都心で発見された遺体に関する続報です。被害者は釜山の暴力団員で、宿泊していたモーテルから現金4000万ウォンが見つかりました…」 


サンヒョンの犯罪であることが判然とするが、テホを殺した彼は4000万ウォンに手を付けなかったのである。

 

ドンスを守るために犯した殺人事件によって、彼の逃避行が開かれていくのだ。

 

3年が経ち、成長したウソンと海で遊ぶスジン。

 

「ムン・ソヨンさん。久しぶりです。刑期を半年早めて出所したとうれしい知らせを聞きました。あの日、頼まれてウソンを預かってから、3年経ちましたね。今月15日、12時から1時間、釜山のスカイランドの前の公園でウソンと待ってます。サンヒョンさんはまだ行方不明ですが、ドンスさんとヘジンには連絡しました。ソヨンさんが望んだユン夫婦は、執行猶予中なので、正式な養父母にはなれませんが、時々、ウソンと遊んでくれてます。今回が難しければ、来月15日にまた集まりますね。ウソンの未来について、みんなで話し合いたいです」 



出所してガソリンスタンドで働くソヨンは、しばし考え巡らせてから、公園へと急ぐ。 



その様子をワゴン車から見つめる男。

 

映像提示されないが、サンヒョンであるだろう。

 

フロントには、遊園地で撮った4人の写真が揺れていた。 


 

 

3  「生まれてくれて、ありがとう」 ―― この生育を守り抜いていく

 

 

 

一人の少年が、ダークな物語の風景に潤いを与えている。

 

児童養護施設から抜け出て、ワゴン車に潜り込んで、大人たちの目的を知ってロードムービー に随行することになったサッカー少年のヘジンである。 


元気いっぱいなヘジンの闖入(ちんにゅう)によって、二人のブローカーとソヨンの情趣のない大人たちの低体温状態に変化を与えていくのだ。

 

典型的なシーンがある。

 

ヘジンがワゴン車の窓を開けたことで、ワゴン車の洗車でウソンを含む5人が水浸しになったシーンである。 



今まで経験したことがないであろう和やかなムードを体感した時、ソヨンが自分の本名を告白するシーンは、「ただのブローカー」とバカにしたサンヒョンとドンスに対する見方に大きな変化を与えていく。 

告白直後のソヨンの表情


ウソンの発熱の際に、必死の形相で医者へ連れて行たっり、サンヒョンがソヨンのボタンを直して上げたりする姿を視認し、ウソンを思う二人の優しさに触れたことで、単に金目的ではない二人の行為を認知せざるを得なかった。 



擬似家族に仮構されていくこの空気が、ソヨンの更なる告白を引き出していく。

 

それは、彼女の中で完全に封印されていた内実だった。

 

自分が夫殺しの犯罪者であり、その夫の妻(売春の元締め)からウソンを奪われそうになっている厄介な現実を告白するのである。

 

だから、どうしてもウソンを「心ある養親」に育ててもらいたい。

 

「売ってくれるなら、私を置いて行ってもいいよ」とまで言い放ったのだ。 



その強い思いを耳にした二人も共感し、そのための努力を惜しまない。

 

「今回はお金じゃなくて、ソヨンが納得する買い手を見つけてやろうよ」

「バカ。俺だって金が全てじゃないよ」

 

二人のこの言葉には嘘がない。

 

ここで、夫の反対を押し切ってまでウソンを産んだソヨンの心の風景を考えてみる。 



「ウソン絶対」と思える彼女は、放置しておけば死ぬかも知れないウソンを教会の玄関に置き去りにしたのである。

 

ウソンをベイビー・ボックスに入れたのは、担当チーム長のスジン刑事なのだ。 



それを黙視しているが故に、ソヨンがベイビー・ボックスの存在を知らなかったとは考えられないので、「捨てるなら産むなよ」と吐き捨てたスジンの物言いは、至極真っ当な批判的言辞である。

 

追尾の行程で理解することになるが、当初、ソヨンに対するスジンの態度は極めてソリッドなものだった。

 

「なぜ、あの女に厳しいんですか?」とイ刑事。

「無責任だから。勝手に産んで勝手に捨てて」とスジン。


「だからって彼女もそうだと決めつけるのは…」

「捨てる母親の気持ちが分かる?…私は分からない」

 

相棒刑事との意見の隔たりが垣間見えるが、現行犯逮捕へのスジンの拘泥には基本的にブレがない。 



そのスジンがソヨンと交わした会話が、ここで想起される。

 

「何で捨てたの?それも教会の外に」

「見てたの?」

「あのままなら死んでた」

「もう会わないつもりだったから」

「そもそも、どうして産んだの?」

「堕ろせばよかった?」

「子供のために、そんな選択肢も」

「産んで捨てるより、産む前に殺す方が罪は軽いの?」

「望まれずに生まれる方が、不幸なんじゃない?」


「ウソンの前で言ってみろ!」

「捨てといて、何言ってるの?」

 

産んで捨てたソヨンの、「もう会わないつもりだったから」という言辞から、ウソンの死を覚悟していたと思われるが、のちに教会に取り戻しにいく行為を見る限り、少なくとも、ソヨンの葛藤が読み取れる。 

置き去りにしたことに葛藤するソヨン


因みに、ベイビー・ボックスに入れたのがソヨン自身であると考えているサンヒョンとドンスは、ソヨンの葛藤への理解が及んでいないから、「ウソン絶対」というソヨン像は最後まで変わらなかった。 

哺乳瓶をじっと見つめるソヨン


然るに、葛藤の果てに教会に出向くソヨンは、これ以降、完全に「ウソン絶対」の自己像を繋いでいくことになる。 

情が移ることを怖れ、ウソンを抱こうとしなかったソヨン


このことは、KTX(韓国高速鉄道)でのソウル行きを、自らスジンに知らせていることで判然とするだろう。

 

「ウソン絶対」でありながら、「人殺しの子」にしたくないが故に、「心ある養親」探しの旅程を諦めない。

 

そこで出会った心ある中年夫婦。 



「捨てられたんじゃなくて、守られたのよ」という言葉を添えてくれた中年夫婦との出会いは、まさに天の恵みだった。

 

法を犯す行為に振れたことで実刑判決を免れなかったが、夫婦を信じることで自首する思いに振れていく。

 

その経緯は複雑だが、ラストのスジンの手紙を知る限り、自首を求めるスジンにウソンを託して、刑に服する覚悟を括ったと考えられるが定かではない。

 

それは、サンヒョンとドンスの現行犯逮捕を意味するだろう。

 

そして今、ソヨンから託されたウソンを我が子のように育ててきたスジンは、ウソンの未来について話し合う場を設けるのである。 



ソヨンが望んだ中年夫婦(ユン夫婦)の執行猶予期間が満了するまで、皆で育て続けるのだ。

 

話し合いの場には、刑に服し、出所したドンスもいる。

 

思春期に入ったヘジンもいる。

 

皆で協力して、「ウソン、生まれてくれて、ありがとう」 ―― この生育を守り抜いていくのだ。

 

残念ながら、罪を犯したサンヒョンは不在を余儀なくされた。

 

彼の逃避行の行方は全く見通せないが、それでも彼にとって、ひと夏の旅程で仮構された疑似家族の思い出は、特別な意味を持っていた。 



家族を崩壊した男が得た疑似家族の心地良き揺らぎの時間は、特別な意味を持っていたのだ。

 

そういう映画だった。

 

 

 

4  「こうのとりのゆりかご」という根源的問題提起 ―― その行方

 

 

 

熊本市にあるキリスト教系の産婦人科病院慈恵病院」。 

医療法人聖粒会 慈恵病院(ウイキ)


2007年5月10日、「こうのとりのゆりかご」(以降、「ゆりかご」)と呼称される「赤ちゃんポスト」を、厚労省の容認を得て、我が国で初めて設置した民間病院である。 

「こうのとりのゆりかご」



そのモデルになったのは、ドイツ北部ハンブルクの市民団体によって世界で初めて開設された「ベビークラッペ」(赤ちゃんの寝床)。 

「ベビークラッペ」



「ベビークラッペ」では、監視カメラが24時間作動しており、子供がベッドに置かれるや、警備室から連絡を受けた職員2人が夜間でも10分以内に駆けつけ、対応する。

 

その「ベビークラッペ」の取り組みを参考にした「ゆりかご」の創設者は、同病院の蓮田太二(はすだたいじ)理事長(のちに院長兼任)。 

蓮田太二理事長



「(妊娠・出産を)人に知られたくない人に、安心して赤ちゃんを預けてもらいたいと思って始めた。赤ちゃんの命を守るという点で役目を果たせた」(日経)

 

記者会見での蓮田太二理事長の言葉である。

 

時の安倍晋三首相が「大変抵抗を感じる」と述べたのは、よく知られていること。

 

ここに、自民党保守派の意見が凝縮されている。

 

「ゆりかご」の根柢にあるのは、プロライフ(胎児の生命の尊重)というカトリック教会の教説。 

「こうのとりのゆりかご」



然るに、どこまでも緊急避難のための相談窓口として、性暴力などの望まない妊娠により悩みを抱えている人のための「SOS赤ちゃんとお母さんの妊娠相談」がメインの事業であり、「ゆりかご」はその付帯設備であるという基本的スタンスは変わっていない。 

「SOS赤ちゃんとお母さんの妊娠相談」



「ゆりかご」に預ける前に、妊娠に悩む女性が相談するよう促していて、相談なしに赤ちゃんが置かれた場合、事件性の有無を調べるため、病院は警察署と児童相談所に通報することになっている。

 

「ゆりかご」の機能について書けば、こういうこと。

 

病院の外壁に60cm×50cmの扉を設置し、その内部に保育器が置かれ、扉が開けられるとセンサーが作動してブザーが鳴り、待機している助産師・看護師らがモニターテレビで新生児を確認後、新生児を保護する仕組みとなっている。 

「こうのとりのゆりかご」の窓口を視察するモルゲンロートの職員ら



かくて、新生児は児童相談所から、養育困難な乳児の児童福祉施設としての乳児院(注)へ移り、2歳まで育てられ、以降は、要保護児童を預かる里親のもとで養育されることとなる。 

乳児院



テレビドラマにもなった。2013年11月、TBS系列で放送された特別番組である【『こうのとりのゆりかご〜「赤ちゃんポスト」の6年間と救われた92の命の未来〜』」】

『こうのとりのゆりかご〜「赤ちゃんポスト」の6年間と救われた92の命の未来〜』」より


 


反響も大きく、2014年には同病院への相談件数が増加した。

 

因みに、「ゆりかご」は2007年度からの10年間で、相談から294件の特別養子縁組に繋がったと報告されている。

 

【2022年5月現在、北海道当別町(とうべつちょう)に「ベビーボックス」(赤ちゃんポスト)という名の施設が設置されているが、北海道庁は、設置した獣医師で公認心理師の女性に対して、「安全性が確保されていない」との根拠で運営自粛を要請している。これについては、毎日新聞の「北海道の『赤ちゃんポスト』 問題多数に行政困惑 3カ月で利用ゼロ」という記事を参照されたし】 

当別町の民家に、親が育てられない子を匿名で預かる「ベビーボックス」



そして今、朝日新聞デジタル「知られてはならない妊娠、何度も泣いた 内密出産の母が残した言葉」(2022年2月20日)によると、パートナーからはDVを被弾し、妊娠を告げるや関係を断たれ、過干渉の母親に知られれば何をされるか分からないという状況下にあった10代の女性(妊娠9カ月)のメールを受け、2021年12月に、慈恵病院が国内初の「内密出産」(様々な事情から匿名で出産すること)に踏み切ったことで、「『内密出産』肯定ムード」(東洋経済誌)の報道機関への批判と化し社会問題化したが、「遺棄されるよりまし」という反論で処理することの難しさを浮き彫りにしているのも認知せざるを得ないだろう。 

慈恵病院の分娩室



この「内密出産」もまた、ドイツの「内密出産制度」がモデルになっていて、当然ながら評価はわかれている。

 

以下は、ドイツ出身で熊本大のトビアス・バウアー准教授(生命倫理学)のインタビューでの言葉。

 

「母親は妊娠相談所だけに実名を明かし、福祉支援などの説明を受ける。内密出産を選んだ場合、医療機関で仮名で出産する。母親の住所や生年月日を記載した『出自証明書』の提出を受け、国が妊婦検診や出産に掛かる費用を全額負担する」「妊婦の悩みを広く受け付ける機関で、民間がほとんどだ。1992年から設置され、ドイツ国内に1600カ所以上整備されている。法制化以降は相談内容に内密出産が追加されたが、福祉や法律、心理学などを学んで資格を取得した職員が対応する」(時事メディカル/「内密出産で900人誕生=法制化のドイツ―熊本大准教授」より) 

トビアス・バウアー准教授



そして、2022年5月13日のこと。


慈恵病院の運用状況を検証する市の専門部会の会合において、その運用に明らかな違法性はなく、相談件数も大幅に減少していると報告されるに至った。

 

「特別養子縁組でお願いしたい。自分が育てるよりも、その方が赤ちゃんが幸せになる」

 

これは、様々な事情を抱えた女性が慈恵病院に内密出産した際のコメント。

 

「赤ちゃんの安全な出生と保護のためであり、ご理解いただきたい」

 

蓮田院長のコメントである。

 

内密出産の問題の難しさを抱えつつも、我が国で唯一の慈恵病院の取り組みは本来の役割を果たしているということ。

 

これを認めなければならないだろう。

 

【韓国では、2012年8月から施行されている養子縁組特例法を全面改正し、養親の審査が非常に厳格化され経済的な状況も含めて審査していて、金銭的な支援がなくても子供を養育できる人でないと養親にはなれないというのが現状である。ただ、実際にその役割を担っている養親に対し国からの支援があるということは、『養子制度は児童福祉の一環である』ということの象徴的な意味となっている】(「2012年養子縁組特例法にみる韓国の養子制度の現状と課題」参照) 

韓国の赤ちゃんポスト「ベイビーボックス」を運営するジュサラン共同体教会



(注)第二次世界大戦後、「捨て子台」という子供を置くためのベッドが設置されていて、戦災孤児や捨て子が入所理由の大半だったが、現在、全体の約4割を占める虐待、養育者の不在、児童自身の障害などが多くを占めている。総合情報サイト「チャボナビ」によると、日本全国に144ヶ所。生後数日から就学前までの子どもたち約3000名が生活している。家庭に子供を迎え入れ養育していく養子縁組里親や特別養子縁組里親を希望する家庭に対して、複数回の面会や面接を通してマッチしていくかどうかを見極め、地域の子育て拠点としての機能していると言われる。 

実際の乳児院の外観と内観


同上



(2022年12月)


















































































1 件のコメント:

  1. 解説ありがとうございます。
    ストーリーが整理できました。たぶん「売る」と言う言葉の意味が、すんなり入って来なかったのと、名前がたくさん出てくるので、話がよく分からなくなってしまったかも知れません。
    最後にサンヒョンが逃げ続ける立場になってしまった為に、後味の悪い感じもしていました。
    こちらでどう評価されるのか気になっていましたので、スッキリしました。

    韓国は俳優陣の層が厚くて、どれだけ知らない役者が居るんだろうと、いつも驚きます。
    韓国ドラマの中で、私は「マイディアミスター」が1番好きなのですが、主人公をイ・ジウンが演じています。
    後で知って、本当に驚きましたが、韓国で10年くらいトップクラスの人気を保つ歌手だったんですね。歌手としては、IUと言う名前です。
    ドラマでは、本当に幸薄い弱々しい女性を演じていたので、ステージ上でミニスカートで踊って歌う姿とのギャップがすごいです。
    演技が上手いのか、演出が上手いのか分かりませんが、「マイディアミスター」の彼女は本当に良かったです。
    それからIUの歌が好きになり、今は娘も覚え始めて、先日はカラオケに行き、歌ってきました。
    YouTubeに、killingvoiceと言うのがあって、IUの回を見ると、本当に魅力的だなぁーと思います。「ベイビー・ブローカー」の印象とも違うので、おすすめです。マルチェロヤンニ





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