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2021年11月12日金曜日

「第六感」=「ヒューリスティック」が極限状態をブレークスルーする 映画「ハドソン川の奇跡」('16)  クリント・イーストウッド

 



1  事故のトラウマを抱えた男の中枢が、愈々、気色ばんでいく

 

 

 

カクタス1549便 滑走路4 離陸を許可」

「カクタス1549 離陸する」

 

離陸直後の操縦席の交信。

 

「メーデー(事故だ)、カクタス1549、両エンジン、推力喪失」と機長。


「再点火、不能」と副機長。

「カクタス1549 滑走路13に着陸か?」と管制官。

「了解。ラガーディアに引き返す」 



USエアウェイズは、両エンジンに火を噴きながら、空港に引き返す。

 

高度不足により、飛行機はオフィス街のビルに直撃する。 


夢だった。

 

夢で起こされたのは、サレンバーガー機長(以下、サリー)。

 

そんなサリーは、ジョギングした後、テレビを点けた。 



そこには、自らが操縦する飛行機がハドソン川に着水した状況が映し出されていた。

 

「経験豊かな機長の判断と、奇跡的な運に恵まれ、見事に生還。数名のケガ人だけで、全員が無事でした」 



このように報道で英雄扱いされているサリーは、副機長・ジェフと共に、NSTB(国家運輸安全委員会)の聴取を受けている。

 

「今日は、1549便墜落の、人的要因について調べる」とチャールズ調査員。


「“着水”です。墜落ではありません。意図した結果です。墜落ではなく、あれは不時着水です」


「なぜ、引き返さなかった?」とベン調査員。


「高度が不十分だったからです。長さと幅があり、安全なのはハドソン川だけでした」

「“ラガーディアに戻る”と交信後、そうしなかった」とベン。


「左旋回を始めた時点で、不可能だと判断した。戻るのは誤りです。他の選択肢を奪う」

「高度と降下率の計算は?」

「その時間はなく、40年以上、何千回もの飛行経験から判断しました」

「根拠は何も?」

「視認によって…乗客を救うチャンスは、着水だけ…迷いはないです」


「航空技術者は、“引き返せる状態にあった”と」

「彼らはパイロットではない。間違っている。状況を知らない」

「引き返す場合の可能性を、1549便の数値で試算する。推力喪失、飛行高度、まったく同じ条件で」」

「私も立ち会わせて下さい」

「調査中なのでダメだ」

「報告によると、鳥衝突で、両エンジンが停止だとか」

「前例がない」

「何事も初めて起きるまで、“前例”はない」

 

その後、サリーは睡眠時間や低血糖値、飲酒、麻薬、家族関係など、人格に関わる問題を追及されるのだ。 




NSTB(国家運輸安全委員会)の聴取後の、車内での会話。

 

「なぜ我々のミスを探そうとする?」とジェフ。


「航空会社と保険会社のためだ。手厳しいぞ」と同僚。


「調査が彼らの仕事なんだ。事実が分かれば、すべて収まる」とサリー。

 

サリーは、自宅に報道陣が押し寄せ、疲弊している妻ローリーにホテルから電話する。 


「僕はできる限りのことをした」


「もちろんよ。全員を救ったわ」
 



ホテルで眠りに就けないサリーは、ジェフを誘って外に出た。

 

「体が震えないか?悪夢や動機」とジェフ。

「自分のことは自分で決めたい」とサリー。


「あなたは、よくやった。人々の記憶に残る」

「妙なものだ。40年間、多くの旅客を乗せて飛んだが、最後に、わずか208秒のことで裁かれる」 



翌日、サリーはテレビ番組に出演し、インタビューを受ける。

 

「ハドソンへの着水は、とても大きな賭けでは?」


「自信がありました」

「“英雄”と呼ばれるのは、どんな気分ですか?」

「英雄だとは思いません。やるべき仕事をやっただけです」 



事故のトラウマを抱えた男の中枢が、愈々(いよいよ)、気色(けしき)ばんでいく。

 

 

 

2  「英雄」扱いに戸惑う男

 

 

 

コンピュータの計算の結果、左エンジンは作動していたと判定された事実を同僚から知らされ、衝撃を受けるサリー。

 

「データが間違ってる。エンジンを見れば、喪失を立証できる」 


引き続き、 NSTBでの聴取で反論するサリー。

 

しかし、20回のシミュレーションの結果、ラガーディア空港への帰還が可能だったと結論づけられた。 



自らの判断に対して疑心暗鬼を生じ、迷妄するサリー。 



ジョギングしながらも、管制官とのやり取りが頭の中でリピートされるのだ。

 

行き着いたバーに入っても、サリーは「ハドソン川の英雄」として声を掛けられ、テレビを点けても、その話題が放映されている。

 

―― ここで、事故当日のフライトが映像提示される。

 

次々に、搭乗する乗客たち。 



カクタス1549便が定刻通りに離陸すると、いきなり激しいバードストライク(事故後、カナダガンであることが判明)に見舞われ、両エンジンがダメージを受ける。 



USエアウェイズの機体は大きく揺れ、2基とも回転低下し、機内は真っ暗になってしまうのだ。

 

―― 以下、冒頭の悪夢での管制官とのやり取りた。

 

両翼のエンジンが推力喪失していることを管制塔に告げると、ラガーディア空港への帰還を指示されるが、ここでサリーは、ハドソン川に着水することを告げる。 


管制官はニューアーク(同様に、ニュージャージー州にある空港)の滑走路も使えると呼びかけるが、既に、レーダーから機体は消失していた。 



現地のヘリコプターが、カクタス1549便がハドソン川上空を低空飛行しているのを確認し、管制官に報告する。

 

「信じられない。着水だと生存不可能です」 


パトリック管制官の絶望的な反応である。

 

―― ここから、「ハドソン川の奇跡」の全貌が映像提示されていく。

 

USエアウェイズは、水温2度のハドソン川に無事着水する。 



サリーは操縦室を飛び出し、乗客たちに呼びかける。

 

「脱出して!救命胴衣を!」 

残された乗客を探すサリー


勢いよく機内に浸水してくる只中で、緊急脱出口が開けられ、乗客たちは客室乗務員の指示に従い、順次、寒空の機外へ脱出していった。 



沿岸警備隊が飛行機の着水を発見し、直ちに救命を指示する。 



サリーたちは、最後の一人が脱出するまで、乗客を誘導する。

 

機体の両翼の上で救命を待つ乗客たちの元に、警備隊から呼びかけられた全フェリーや水上タクシーなどが到着し、寒さで震える乗客が、一人一人、救助されていく。 



川に飛び込んだ乗客はヘリコプターで引き揚げられ、全員の脱出を確認して、サリーらも機体を後にする。 

最後に救出されるサリー


【「USエアウェイズ1549便不時着水事故」によって、事故機は着水から約1時間後に水没したことが分かっている】

 

フェリーの看板に立ったサリーは、妻に真っ先に電話をかけ、無事を知らせた。 



病院で身体のチェックを受けたサリーは、乗客155人の無事を知らされ、安堵の表情を浮かべる。 



事故直後からの周囲の「英雄」扱いに戸惑う男が、そこにいた。

 

2016年バードストライクデータ/航空 - 国土交通省

 


3  「私だけではない。全員が力を尽くし、全員が生還した」

 

 

 

NSTBで、コンピューターと操縦士のシミュレーションは、2つの空港への着陸は成功する結果になることがスクリーンに映し出された。 



そこでサリーは反論する。

 

「真剣な対応を望みます…“人的要因”が考慮されているとは思えません」


「人間の操縦士によるシミュで証明した」とチャールズ。


「違います。彼らの動きは、初めて事故に遭遇したものとは言えない。鳥衝突の直後に、彼らは引き返した。コンピュータのシュミと同様に。旋回も、向かう方向も承知している。損傷チェックも、APU(補助動力装置)作動もない」


「パラメータ(装置内での変動要素)は同じだ」

「我々に指示はなかった。“航空史に例のない低高度で、両エンジンが停止する。その時は、左旋回し、ラガーディアへ引き返せ。日常の出来事のように”。高度2800フィートで両エンジンを失い、緊急、不時着水した。155名を乗せて。我々は、そのような訓練を受けていない。誰一人。あのバンク角(左右のピストンの角度)での、テターボロ着陸は、アクロバット飛行だ。先ほどの操縦士は、何回、飛行練習したのか。彼らを批判しない。2人とも優秀だ。だが、鳥衝突の直後、空港へ戻るよう指示されている。分析や決断の時間は皆無だ。“人的要因”が完全に排除されている。操縦地たちが、対応を決めるまでに費やした時間は?人為的ミスを探すなら、人的要因の考慮を」 



続いて、ジェフが反論する。

 

「ビデオゲームではない。生死の問題です。決断を下す数秒がある」


「テターボロに着陸した操縦士は、17回練習しています。今回のシミュレーションの前に」とエリザベス。


「考慮の時間を35秒、設定する」とチャールズ。
 



かくて、操縦士による修正されたシミュレーションの結果がスクリーンに映し出される。

 

35秒の「間」を挿入した結果、両空港とも、操縦士は滑走路の着陸に失敗したのだ。 



「あり得ただろう結末です。現実の音声を聞きましょう」とジェフ。


「すべての結論は後日に」とチャールズ。

「それでは、USエアウェイズ1549便の操縦室音声記録を。日付は2009年1月15日」とエリザベス。 



会場に集まった関係者全員が、一斉にヘッドホンを付ける。

 

以下、バードストライクで両エンジンがダメージを受けた後の、サリー、ジェフ、管制官の音声である。 

両翼のエンジンが被弾するバードストライク


「2基とも回転低下…イグニション・スタート(エンジンの再稼働)…APU(補助動力装置)作動…操縦交替…QRH(エンジン計器・乗員警告システム)を」


「左優先」とジェフ。

「両エンジン、喪失…メーデー、カクタス1549。鳥と衝突、推力喪失、ラガーディアへ引き返す」


「ラガーディアへ?左旋回220」とパトリック管制官。

「220」

「どっちの?」

「両エンジン」

 

旋回して、ラガーディア空港へ向かうUSエアウェイズ。 



「エンジンモードセレクター(切り換え弁)、イグニション、スラストレバー(エンジン推力を制御する操縦装置)、アイドル(稼働維持操作)」とジェフ。

「アイドル」とサリー。

「再点火の速度、300ノット(1ノット = 時速1.852Km)…出せない」

「ムリだ、出せない」

「カクタス1549、滑走路13に着陸か?」とパトリック管制官。

「ムリだ。ハドソンに下りる」とサリー。


「非常電源、発電機、つながらない」とジェフ。


「つながった」

「ATC(航空交通管制)通報、7700を発信。救難信号、送信」

「カクタス1549、滑走路31は左旋回で」と管制官。

「ムリだ」とサリー。

「どこに下りる?」と管制官。

「FAC(フライト情報の処理)オフ、続けてオン」とジェフ。

「10秒経過。機長、何か言ってくれ…左旋回なら、滑走路4が使える」と管制官。


「どこもムリだ。右は?ニュージャージー、テターボロは?」


「すぐ右にテターボロが。ラガーディア、緊急着陸」


「テターボロだ」とサリー。

 

急遽(きゅうきょ)、テターボロ空港の滑走路を確保するパトリック管制官。

 

しかし、USエアウェイズはハドソン川上を低空飛行し、GW橋(ジョージ・ワシントン橋)が目の前に迫っていた。

 

“障害物、障害物、プルアップ(機首を上げろ)、プルアップ”と警告音が流れる。 



「30秒経過。再点火せず。オフ確認」とジェフ。


「オフ」

「30秒待機」

 

“高度低下 地表接近”と警告音が繰り返される。 



ここで、サリーは客室乗務員に指示を出す。

 

「こちら機長、衝撃に備えて」 


「1549 右旋回280 テターボロ滑走路1へ」と管制官。


「ムリだ」

「どこの滑走路へ?」

「1番 再始動」

「1番、再始動せず」

「ハドソンに下りる」


「もう一度、言ってくれ」


管制官の声が置き去りにされ、1549便は不時着水に踏み込んでいく。



「フラップ(高揚力装置)を出せ」




「1549 レーダーから消失・・・」


着水していく1549便。


ここで、ジェフに「身構えろ」と指示するサリー。


着水の瞬間。



激しい衝撃で着水する機体と、身体衝撃を受ける二人のパイロット。 



以上が、操縦室音声記録の再生内容だった。

 

公聴会の誰もが、押し黙るしかなかった。 



ハドソン川への着水が無理であると決めつけるパトリック管制官にとって、最後まで空港への緊急着陸に拘泥しているのだ。

 

それが未知の領域であるが故に、責任を負う重圧に押し潰されたからであろう。

 

休憩を求めて会場を出た二人。

 

「どう思った?操縦室音声記録を聞いて…先に言おう。とても誇らしい。あの危険な状況で、君は冷静そのものだった。あれはチームプレーだ」 



そう言って、サリーはジェフの肩に手を置いた。

 

「感謝します」とジェフ。

「仕事をこなした」

 

操縦室音声記録を聞き、トラウマに囚われていたジェフを癒す目的で、休憩を求めたサリーの思いが伝わってくるシーンだった。 

操縦室音声記録を聞くジェフ


公聴会が再開された。

 

「私にとっては初めてです。墜落の音声記録を、機長、副操縦士と共に聞いたのは。驚きました」とチャールズ。




「シミュレーションとは違います」とジェフ。


「いかにも」

「ご報告します。左のエンジンが発見されました…証言の通り、完全に破壊されています。ACARS(エーカーズ/航空機と地上設備間でのデータ送受信装置)の誤データです…個人的に言わせてください。一つ、確かなことが。当機の乗務員たちや、鳥類専門家、航空技術者に話を聞き、あらゆる可能性を考えても、解けない“成功の要因”、それは“Xの存在”。あなたです。サレンバーガー機長。あなたを計算式から外したら、成立しません」


エリザベス調査員の正直な反応である。



サリーは、凛として反応する。

「それは違います。私だけではない。全員の力です。ジェフ、ドナ、シーラ、ドリーン(ドナ以下、客室乗務員)、乗客の皆さん、救援に駆けつけた人々、管制官たち、フェリーや、潜水班。全員が力を尽くし、全員が生還した」

「スカイルズ副操縦士、付け加えることは?違う方法を取りますか?もし、また同じ状況になったら…」

「はい。やるなら7月に」 


ジェフのウィットに富んだ返答に、公聴会は笑いに包まれた。 


 

【以下の画像は、ハドソン川から引き上げられた機体(ウィキ) 




4  「第六感」=「ヒューリスティック」が極限状態をブレークスルーする

 

 

 

「ニューラルネットワーク」という重要な概念がある。

 

分かりやすく言えば、脳内での神経細胞(ニューロン/脳細胞)のネットワークのこと。

 

人間の場合、このニューロンが複層的に絡み合い、無数の情報処理を遂行している。

 

ニューロン間の接合部としてのシナプスが結合(「シナプス結合」)することで、ニューラルネットワークが形成されるのである。 

ニューロン


このニューラルネットワークには、情報を受け取る「入力層」、入力層から情報を分析する「中間層」(隠れ層)、そして、その情報を自分なりに評価して結果を出す「出力層」から成っている。 

ニューラルネットワーク


以上の脳神経回路をモデルにしたアルゴリズム・「ディープラーニング」(深層学習)は、ニューラルネットワークをベースにしてコンピュータに学習させる機械学習の優れたテクノロジーであるが故に、様々なフィールドで活用されていて、AI(人工知能)を支える技術の一つでもあるということ。 

ディープラーニング



ここで重要なのは、人間の神経回路が情報を分散し、同時並行で複層的に処理することで、コンピューターと決定的に分かれるということである。

 

確かに、膨大なデータの高速処理はコンピューターの最大の強みであって、その知識量において人間は完璧に置き去りにされ、到底、AIに叶う何ものもない。

 

ルーティーンのリピートも同様である。

 

だからと言って、「2045年問題」と言われる「シンギュラリティ」(AIが人類の知能を超える転換点)の到来に対して、私たちは異様に怖れる必要があるのかという疑問も残る。 

シンギュラリティ


現時点で、誰も正確に説明できないからだ。

 

しかし、これだけは言えるだろう。

 

映画で描かれていたように、未知で、様々な偶発性を包括する「人的要因」だけは、コンピューターに引けを取らないのである。

 

では、人間がコンピューターと分かれるのは、一体、どこにあるのか。

 

今や古くて新しい、このテーマに対する個人的見解を述べれば、以下の一点に尽きると私は考える。

 

未知で、偶発的事態に対する、瞬時の判断の切り替え。

 

それは、未知で、偶発的事態に遭遇した時の情報の複層的・並行的処理と、誤謬訂正能力の高さに収斂されるだろう。

 

デジタルな情報とアナログな情報を混淆(こんこう)させながら処理する私たちの脳は、経験のない複雑な問題が惹起しても、それまで脳が蓄えた複合的な技術(注)によって、同時並行的に瞬時に察知して行動に結ぶこと ―― これこそが、人間のみが有する能力であると言っていい。 


【注/例えば、ここでは、必ずしも定式化されていないにも拘らず、積み上げられた経験値に基づく「第六感」=「ヒューリスティック」が重要になる】

ヒューリスティックとアルゴリズムの違い


映画が導き出した結論は、ここにある。

 

だから、主体としての人間が、今後も引き続き、高度化を加速させるAIの技術と上手に融和し、駆使していけばいいことなのだ。

 

映画の中で、最も印象深いシーンがあった。

 

―― 疲弊し切ったサリーが、自ら宿泊するホテル近辺のバーに立ち寄った際のエピソードである。 


「関係者は誰もが、“タイミング”と言います。NY市警、潜水班や、フェリー船長のタイミング、そして、もちろん、機長の完璧なタイミング。サレンバーガー機長は、瞬時の判断で、永遠に名を残す“英雄”に…」 



再現映像から、バーのテレビ中継へと場面が移り、サリーはレポーターの“タイミング”という言葉に反応する。 



すぐさまバーを出て、同僚に電話をかけ、二日後のNSTBでの証言の前に、CVR(音声記録)を聞きたいと言う。

 

「人間とコンピューターでは、結果が違うはずだ」

「もし、結果が同じだったら?」

「パイロットを辞める」 


そこまで言い切ったのだ。

 

かくて、様々な偶発性を包括する「人的要因」だけは、コンピューターに引けを取らないことを、公聴会の場で検証し得たのである。

 

“タイミング”の問題こそ、「人的要因」のコアにある。 



未知で、偶発的事態に対する、瞬時の判断の切り替えを可能にするからだ。

 

ここでは、「未知」という現象が肝となる。

 

更に、映像をフォローする。

 

「高度と降下率の計算は?」

「その時間はなく、40年以上、何千回もの飛行経験から判断しました」

「根拠は何も?」

「視認によって…乗客を救うチャンスは、着水だけ…迷いはないです」 


サリーのこの言辞こそが、コンピューターでは手に負えない事態に対する決定的な証左となる。

 

即ち、何千回もの飛行経験から得た、所謂、「第六感」=「ヒューリスティック」が、この極限状態をブレークスルーする「奇跡」に結ばれたのだ。 



必ずしも正しい「解」に導けるとは限らないが、経験・や先入観によって、事態に対して直感的に判断する手法である「ヒューリスティック」の独壇場の世界が、そこに眩(まばゆ)く輝いていた。

 

まさに、アルゴリズムと真逆なこの「知恵」が、サリーの脳に貯留されていたのである。

 

「“Xの存在”。あなたです。サレンバーガー機長。あなたを計算式から外したら、成立しません」 


ラストでのエリザベスの最大級の賛辞に対して、サリーは確信的に反応する。

 

「それは違います。私だけではない。全員の力です。ジェフ、ドナ、シーラ、ドリーン(ドナ以下、客室乗務員)、乗客の皆さん、救援に駆けつけた人々、管制官たち、フェリーや、潜水班。全員が力を尽くし、全員が生還した」 


このサリーの反論こそが、本作の基幹メッセージだった。

 

【「アメリカ合衆国議会議事堂襲撃事件」という信じ難き負の側面があるにせよ、相手を論破するまで終わらない、主張と主張が火花を散らす公聴会での議論の応酬は、アメリカ社会の骨太の体質の凄みを見せつけられ、圧巻だった。徹底的議論することを回避する傾向が強い我が国の文化土壌の貧弱さを、改めて思い起こされた次第である】

 

(2021年11月)

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