1 潜入捜査官
公民権運動が終焉した後の1970年代、コロラド・スプリングスの警察に採用された初の黒人青年・ロンが、潜入捜査官として最初に与えられた仕事は、ブラック・パンサーの元最高幹部・カーマイケル(「クワメ・トゥーレ」というアフリカ名に改名。思想的対立で、のちに離党)の演説会での反応をモニターすることだった。
ロン |
「我々は黒人、我々は美しい!」
「団結し、基盤を作るんだ。人種差別と闘い、迫害者と闘うために。この国に暮らす黒人の大多数は、牢獄のような環境で、迫害と現状に耐えている…」
「銃を取り、武装するんだ。必ず革命は起きる」
「ブラック・パワー」
ロンがカーマイケルの演説で聞いた言葉である。
カーマイケル |
黒人学生自治会リーダーのパトリスと出会い、意気投合するロン。
パトリス |
「でも革命など起こしませんよ」
署長の質問に対し、カーマイケルに危険性がないと報告するロン。
情報部に転属され、新聞を読んでいたロンは、KKK(クー・クラックス・クラン)の広告の電話番号に電話し、白人のふりをして、黒人やユダヤ人を侮蔑して、コロラド・スプリングス支部長のウォルターに取り入る。
ウォルター |
金曜日に会う約束をしたロンは、署長に白人刑事を、もう一人のロンに仕立てることを提案する。
ロンとフィリップ(右) |
「黒人のロンは電話。白人のロンが会う。2人でロンを演じるんです」
そして、その白人のロンとして、ユダヤ人の刑事フィリップが担当することになった。
バディームービーの誕生である。
フィリップはウォルターと会って意気投合するが、一人だけ、潜入を疑うフェリックスという男がいた。
KKKに潜入する |
フェリックス |
その後フィリップは、フェリックスの家に行き、妻のコニーを紹介される。
コニー |
フェリックスはウォルターの反対を押し切って、フィリップがユダヤ人かどうかを執拗にテストする。
ホロコーストを称賛するフィリップを信用せず、銃を突きつけ、割礼を確認しようとしたのだ。
車で待ち受けていたロンが無線でその状況を知り、フェリックスの家に石を投げ込み、混乱させて逃げていく。
それを追い駆けるフェリックスが、逃げる車に向かって銃を撃つが、その銃をフィリップが取り上げ、自ら銃撃するのだ。
「逃げるがいい!黒いヤリ投げニガー!」
ユダヤ人を疑うフェリックス(右)にフィリップは言い放つ(左はフィリップを信じるウォルター) |
“祖国を愛さずば去れ”
フェリックスの家の前にあった立て看板である。
「発砲?冗談じゃないぞ!危険が大ありだ…署長が聞いたら、作戦は即刻中止」
上司に怒鳴られた“二人のロン”が、話し合う。
「お前は聖戦と思ってる。俺には、ただの仕事。無関係だ」
「関係ある。ユダヤ人だから。お前、WASP(ワスプ)のつもりでいるだろ。白人、アングロサクソン、プロテスタント。色の薄い黒人も、白人のつもりでいる」
フィリップをイベントに積極的に参加させようと考えるロンは、KKK最高幹部のデュークに電話をかけ、会員証の送付を急いでもらうように依願した。
デューク |
フィリップはフェリックスらと共に、ニガー(黒人を指す蔑称)を標的にして銃の練習に励む。
左からウォルター、フェリックス、フィリップ |
ニガーの標的を撃ち抜き、正確な射撃で驚かす |
彼らが去った後、ロンが撃ち抜いたニガーの標的を見て、静かな怒りを燃やす。
フェリックスは、フィリップの申告する住所を電話帳で調べて訪ねると、そこに二人の黒人、ロンとパトリスがいたことを確認し、フィリップを仲間たちの前で問い詰めていくが、フィリップスは上手く言い逃れていく。
上手く言い逃れるフィリップ |
コロラド・スプリングスでの過激派黒人たちの集会を襲撃する計画を立てたフェリックスは、年来の「ニガー殺し」とユダヤ人潰しを実現しようと、フィリップを自宅に呼んだ。
その第一のターゲットはパトリスだった。
ロンはパトリスに集会に出るなと言うが反駁(はんばく)され、自身の立場を告白する。
「俺は潜入刑事だ。クランを捜査している」
パトリスはロンを受け入れず、訣別するに至る。
デモは中止となり、フェリックスの襲撃計画も同時に中止となった。
ロンは署長から、コロラド・スプリングスにやって来る、穏健なデュークの警護を命じられた。
デューク |
KKKの儀式が始まった。
デューク |
フィリップはデュークに清められ、正式な会員として認められる。
KKKを神聖視する映画として、グリフィスの「国民の創生」を会員らが見て、気勢を上げるのだ。
「国民の創生」より |
「国民の創生」より |
一方、黒人たちの集会では、黒人少年が大勢の白人に惨殺された話をするロートルの黒人活動家の話を聞きながら、「ブラックパワー!」を連呼して、同じく気勢を上げる。
その中にパトリスもいる。
集会も終わりに近づき、「アメリカ・ファースト」とデュークが唱え、会員たち全員で唱和する。
それを後方で見守るロン。
その集会後、ウォールターがデュークに挨拶をしていると、フェリックスとコニー夫妻が割り込んで、夕食に誘うが断られる。
その直後、かつて、フィリップに逮捕された男によって、フィリップが刑事であるとフェリックスに伝わる。
ここで、フェリックスはデュークを警護する男がロンであり、その名をフィリップが語っていると突き止める。
一方、予定していた黒人集会の爆破テロを実行するために、コニーが会食の場を抜け出していく。
異変に気づいたロンは、直ちに見張りの警察に通報し、計画を変更することになった。
コニーはパトリスの家に爆弾を仕掛けに行くが上手くいかず、パトリスの車に置いた。
パトリスの車に爆弾を仕掛けて去っていくコニー |
そこにロンが車で駆けつけ、コニーを抑えつけるが、逆に白人警官たちに銃を向けられ、暴行を受ける。
更に、フェリックスたちが車で到着し、パトリスの車の横に止めた。(フェリックスは、パトリスの車に爆弾を仕掛けたことを知らない)
家から出て、ロンの名を叫ぶパトリスに対し、ロンは「逃げろ!」と呼びかける。
ロンが警官に押さえつけられている現場を見て、驚くパトリス(既に彼女は車を降り、自宅に戻っていた) |
その瞬間、フェリックスは爆弾のスイッチを入れ、パトリスの車は激しく炸裂し、横に止めていたフェリックスの車も激しく炎上してしまう。
そこに、集会から抜け出してきたフィリップが、ロンが潜入捜査官であることを伝え、警官の暴行から救い出す。
パトリスの命は守られ、ロンと和解することになった。
2 星条旗がモノクロにフェードアウトしていく
英雄となったロンとフィリップらは、署長に呼ばれ、称賛された。
「見事な成果に、褒めても褒め足りん。十字架は1つも燃やされてない。だが物事には終わりが…」
【KKKの十字架焼却の儀式は、キリスト教への差別的な意味ではなく、内部イデオロギーの強化の表象であると同時に、敵対者に対する憎悪の象徴という意味を持ち、現在はあまり使われていない】
署長は、ロンに全ての捜査証拠の破棄を命じた。
「市民は捜査のことを知らん方がいい。KKKとの一切の接触は禁止だ!」
休暇を取れと言われたロンも出て行き、書類を破棄して出て行こうとするが、デュークからの電話を取り、警護した黒人警察がロンであることを明かす。
ロンとパトリスのいる部屋のノックに、銃を構える二人。
その外では、KKKの十字架を燃やす集会が映し出される。
そして、現代。
2017年8月11日の夜、バージニア大学バージニア州シャーロッツビルにて、白人至上主義者たちのデモが行われる。
「ユダヤには絶対、取って代わらせない!白人の命を大切にしろ!」
同時に、「黒人の命を大切にしろ!」と別のグループによるシュプレヒコールが上がる。
翌8月12日には、同シャーロッツビルの奴隷解放公園で、対立するグループと警官とがが入り乱れて殴り合い、激しく混乱する。
同日、トランプ・タワーにて、トランプ大統領の声明が発表される。
「一方に悪い集団がいて、一方に暴力的な集団がいた。全員がネオナチではないし、白人至上主義者ではない。中には非常にいい人たちもいた」
更に、同日、マッキンタイア公園にて、デビッド・デューク(元KKK大魔法使い/理事)が演説する。
「今日、ここで私は確信した。トランプ氏が選挙戦で言及していたことが、本当だと分かった。これが第一歩だ。これはアメリカを取り戻す第一歩なんだ」
そして、同日の4番通りとウォーター通りの一角での集会。
「誰の道路だ?我々の道路だ!」
そのデモ中の道路に、自動車が暴走し、突っ込んで来る。
次々となぎ倒される、多くのデモ参加者たち。
「女性が瀕死状態で、抱き起したが亡くなった」
「跳んで、よけた。ひかれかけた…ここは俺の町だ。クズは失せろ!」
デモ参加者らの声。
この事件で、ヘザー・ヘイヤ―という1985年生まれの白人女性が死亡した。(「シャーロッツビル衝突事件」)
花を手向けられた彼女の写真の下には、“憎しみに居場所なし”と書かれた紙が置かれている。
やがて、アメリカ国旗の映像が重なり、最後は星条旗がモノクロにフェードアウトし、映画は閉じていく。
【ヴァージニア州シャーロッツヴィルで、白人至上主義者とそれに抗議する人たちが激しく衝突し、女性が1人死亡するきっかけとなった、旧南部連合軍の将軍の銅像が10日午前、撤去された。南北戦争で奴隷制維持を掲げる南部連合の軍を率いたロバート・E・リー将軍の銅像は、台座から降ろされトラックで倉庫へと運ばれた。市の呼びかけで集まった人たちは歓声を上げながら見守った。クレーン車が像に近づくと、ニクヤ・ウォーカー市長が、像の撤去は国全体への大事な合図になると演説した。「この像の撤去は、小さい一歩になる。経済的利益のため進んで黒人を破壊したシャーロッツヴィルとヴァージニアとアメリカが、自分たちの罪と取り組むのを助けるという目標に向けて」と、市長は強調した/「衝突と死者の原因になった南部将軍の銅像、4年経て撤去 米シャーロッツヴィル」BBCニュース・参照されたし】
3 “憎しみに居場所なし”
言いたいことは必ず主張するアメリカの映画作家の社会派系の作品を、「プロパガンダ」と吐き捨てる思考こそ、私たち日本人のナイーブな発想と言えるかも知れない。
この映画は、ここまで描けば、もうプロパガンダを突き抜けていて、映画という文化フィールドにおける一人の映画作家の、エンタメ含みの声高な主張というより他にない。
スパイク・リー監督(左)とジョン・デビッド・ワシントン |
だから観る者は、リテラシーを高めて、作品に向き合うことが切に求められるだろう。
「スポットライト世紀のスクープ」、「クイズ・ショウ」、「ミシシッピー・バーニング」、「大統領の陰謀」、「マルコムX」、「声をかくす人」等々。
これらの社会派映画の主張は明瞭で、中でも、「スポットライト 世紀のスクープ」と「クイズ・ショウ」の完成度の高さは屈指であったと、個人的には評価している。
「スポットライト世紀のスクープ」より |
「クイズ・ショウ」より |
この映画は、ラストシーンに炸裂する、アメリカ社会の不穏な〈現在性〉に収斂させるように、巧妙に仕掛けられた手品の如き作品であると言っていい。
だから、そこに辿り着くまでに入念に寝られた物語の内実で勝負が決まる。
即ち、コンテンツの良し悪しが映画的バリューを左右するのだ。
正直、実話ベースと言っても、警察署からKKK幹部とのコンタクトを取るという描写に度肝を抜かれ、その延長上に二人の潜入捜査官が一人になって八面六臂(はちめんろっぴ)の活躍をするという展開には、リアリティを疑うが、その退屈さと相俟(あいま)って強制終了しようと考えたほど。
警察署からKKK幹部に連絡する |
「白人のロン」となり、潜入するフィリップ |
潜入するフィリップの活動(ロンが撮った写真) |
軽々に、「社会派の刑事アクション」と決めつけたからだ。
ところが、中盤からシリアス性が増してきて、ロートルの黒人活動家(ハリーベラフォンテ)の、児童期に目撃した悲惨な体験談と、潜入捜査官らが情念炸裂のKKKの入会式のシーンが交互に映し出されるシークエンスを観て、震えが走った。
まさに、本篇のクライマックスである。
この構成力の妙こそ、スパイク・リー作品の中で、私が最も好きな「25時」(エドワード・ノートン主演)のように、後半に一気に畳み掛けていく映画と重なり、スパイク・リー映像の抜きん出た訴求力のパワーのオリジンを見るようでもあった。
「25時」より |
そして、KKKのパーティー後の、フェリックス夫妻の爆破事件と繋がる展開は、神秘的な儀礼で糊塗(こと)することで「秘密結社性」を見せているだけで、KKK内部のインターオペラビリティ(相互運用性)の脆弱さが露呈されていて、観る者を惹きつけるのに充分だった。
このフェリックスについて言えば、「奴はイカれてる。あのバカは過激すぎる。しっかりした人間が必要だ。リーダーシップを発揮できる者が」と突き放したウォルターの言辞が興味深かった。
ウォルター |
だから、「リーダーシップを発揮できる者」として、フィリップ(白人のロン)が求められたという流れになる。
KKKの単純思考を揶揄するエピソードだった。
ここで、本篇のクライマックスを、KKKの入会式のシーンを交叉させながら再現していく。
ロートルの黒人活動家は静かに、しかし、万感の思いを込めて語っていく。
白人女性をレイプして捕まった知的障碍者の少年が一方的に有罪判決を受け、処刑される。
首に鎖を巻き、外に引き摺り出され、普通の人々が少年を刺し、殴り続けていく。
地面に押さえつけられ、睾丸が切り取られてしまうのだ。
警官は見ているだけ。
人々は少年の指を切り、体に石油をかけ、火をつけ、少年の体を持ち上げ、炎の中に投下する。
その忌まわしき行動を繰り返す人々。
その写真が、絵葉書として売られたのである。
この事件が起きた理由の一つとして利用されたのが、D・W・グリフィス監督によるアメリカ映画最初の長編・「国民の創生」だった。
「国民の創生」より |
「国民の創生」より |
人種偏見の濃度の高さにおいて、アメリカ映画史上、最大の恥とも看做(みな)される映画だが、これがKKKを再生させたと、この黒人活動家は言い切った。
同時に、この映画を観ながら、「ホワイト・パワー!」を連呼するKKK。
最後に、この黒人活動家の長老は、寂びれた声で「ブラック・パワー!」を連呼するのだ。
まさに、黒人を人間と考えず、虐殺され、木に吊りさげられた黒人の死体・「ストレンジ・フルーツ」(奇妙な果実:ビリー・ホリデー)の世界が、そこにあった。
吊りさげられた黒人の死体 |
そして映像は、現代に一気にワープする。
「非常にいい人」としてのデビッド・デュークが、時の大統領に名指しされ、称賛される。
デュークも応え、「アメリカを取り戻す第一歩」を刻む「トランプ主義」を謳い上げていく。
そして、「シャーロッツビル衝突事件」の冥闇(めいあん)なる情況が執拗に映し出され、「自分が見たものだけが全て」の世界が大仰に暴れ捲るのだ。
シャーロッツビル衝突事件 |
“憎しみに居場所なし”
このコアメッセージの提示する映像のシャープさは、ここでも異彩を放っていた。
4 政治・経済・文化フィールドにおける「南北戦争」なのか
「さまざまな意見がぶつかりあうことこそが、アメリカという大国を作り上げてきた」(NHK「ニュースウオッチ9」2022年1月7日放送)
こう説くのは、米国憲法史を専門にする慶應義塾大学名誉教授・阿川尚之(なおゆき/敬称略)。
阿川尚之・慶應義塾大学名誉教授 |
「最後は共和党のかなりの部分の人たちが憲法で決まったことを守らないとそれこそ議会制民主主義、立憲民主主義が壊れるというので終止符を打ったというのが、アメリカの立憲主義がかろうじてまだ機能しているんだなぁと思いました」(同上)
これは、「2021年アメリカ合衆国議会議事堂襲撃事件」のこと。
2021年アメリカ合衆国議会議事堂襲撃事件 |
そうかも知れないと思うが、正直、それほどオプティミスティックに考えられないというのが実感である。
その根柢にあるのは、プアホワイトの熱狂的な支持層で固められた、破壊的な「トランプ主義」。
合衆国議会議事堂襲撃事件に参加した「プラウド・ボーイズ」のメンバー(2017年 シアトル/ウィキ) |
ラストベルトの最大都市デトロイトを擁するミシガン、オハイオ、ペンシルバニア、ウィスコンシン州ら、諸州の脱工業化が進む「ラストベルト」(錆びた工業地帯)や、政治・文化・経済が世界規模で拡大しているグローバリゼーションとは無縁な、低学歴の白人労働者などに支えられ、人種差別的、且つ、孤立主義的な保守回帰のイデオロギーの偏見居士の広がり。
ラストベルトの一帯(ウィキ) |
実際は、標準控除額の拡大や、法人税率を35%から、一気に一律21%への引き下げたトランプが、高学歴の高所得者層に対する大幅減税を実施し、低所得層を救っていないにも拘らず、彼を熱心に支持したのは、低学歴の低収入層だった。
それでも、ミシガン、ウィスコンシン、ペンシルバニア州民は、2016年の選挙でトランプ支持だったが、2020年にはジョー・バイデンが奪回したのだ。
特にウィスコンシン州は、黒人銃撃事件を起こした白人警官を起訴しなかったこと。
米ウィスコンシン州・ケノーシャでは、黒人男性が警官に銃撃された事件をめぐる抗議デモが続いている |
平和的な抗議デモが広がる一方、一部で暴動が発生したのも当然の帰結だった。
これは、「ジョージフロイド事件」でも同様で、ミネソタ州でもバイデンが勝利するに至る。
ジョージ·フロイドの肖像を描いた壁画(ウィキ) |
ジョージフロイド事件/事件が発生したバス停近くの臨時的な記念碑(ウィキ) |
ジョージフロイド事件/暴動後の建物の損傷(ウィキ) |
その余波の広がりは、全米で人種差別に対する抗議デモが惹起したことで判然とするだろう。(元警察官に有罪評決が下された)
GM、フォード、クライスラーの本社があり、工場の移転などが相次ぎ、経済振興が課題のミシガン州でも、バイデンが奪回。
それにも拘らず、「トランプ主義」が衰退しないのである。
アリゾナ州の支持者集会で演説するトランプ(2016年3月/ウィキ) |
なぜなのか。
「アメリカ・ファースト」
第一次世界大戦以降、スローガンとして民主党と共和党の両方の政治家によって使用されてきた概念である。(ウィキ参照)
この単純なスローガンが、「米国を再び偉大にする」という、根拠なき超ポピュリズムの思考に凝縮され、「苦労するばかりの、あなたたち真面目な白人労働者に、本来、受けるべき恩恵を私が与える」という、これも根拠なき「夢物語」に収斂されていく。
元気溌剌で、辣腕経営者、且つ、タフ・ネゴシエーター(手強い交渉相手)のマッチョな男の手品が一級品だったこと。
喪失した「夢物語」に縋る、低所得層・低学歴の白人労働者の中枢に吹き込んだ保守回帰のイデオロギーの広がりには、その救済に成就しなかった民主党政権に嫌気が差し、反転的な復元を遂げていく背景が寝そべっている。
金満家(きんまんか)のオルトライトの御仁が連射する、根拠なき「夢物語」と「アメリカ・ファースト」の具現化が、「疑似相関」(恰も、因果関係があるように見えること)の景色を其処彼処(そこかしこ)に自然発生させていく。
2016年10月13日、オハイオ州シンシナティの米銀行アリーナでトランプ集会を行う(ウィキ) |
そこにはウイッチクラスト(魔術)の臭気を発するが故に、厄介だった。
かくて、「環境保護政策の撤廃、中東諸国からの移民受け入れ拒否、富裕層向けの大幅減税、国際機関からの相次ぐ脱退といった半ば強引な政権運営に対し、共和党員の85%が支持する一方、民主党員の95%が反対に回るというかつてない対立状況を引き起こした」。(「〝大分断〟のアメリカ社会に苦悩するホワイトハウス」参照)
「全米のトランプ支持層の多くは、当初から、マスク着用、外出自粛、ワクチン接種などの感染対策には非協力的な姿勢をとり続けてきたことで知られる。トランプ氏本人も在任中、感染判明後、緊急入院を余儀なくされたものの、退院したその日、ホワイトハウスのバルコニーから、それまで着けていたマスクを報道陣の前で投げ捨てるなどして波紋を広げたことがあった。その結果が、米国のこれまでのコロナ感染者総数約4700万人、死者約77万人という世界最悪事態にほかならない」。(同上)
米オハイオ州クリーブランドで開かれた大統領選第1回候補者討論会でマスクを手にするトランプ大統領 |
トランプ大統領が演説した独立記念日のイベント 多くがマスクを着用せず(サウスダコタ州) |
「テキサスとフロリダは州知事がなんと学校でのマスク着用義務を違法とする条例を作り、現在法廷などで戦っている。民主党支持者が多く、都市部が多い州はコロナ拡散防止の最優先する視座から、マスク着用義務やワクチン接種義務を支持する有権者が多い」。(「埋まらない米国の分断と分断を深める政治戦略:コロナ対策の大きな妨げ|米国コロナ最前線と合衆国の本質」参照)
米テキサス州、マスク着用義務を解除へ/画像は、身内の共和党内から批判を受けていたテキサス州のアボット知事 |
思えば、南北戦争の死者数70万という途轍もない数字は、第二次大戦の死者数40万人を上回るほどの破壊力があった。
南北戦争/青が北部(アメリカ合衆国)諸州、赤が南部(アメリカ連合国)諸州。水色は合衆国に留まった奴隷州(ウィキ) |
今、アメリカで起こっているのは政治・経済・文化フィールドにおける「南北戦争」なのか。
その行方は、全く分からない。
アメリカの〈現在性〉を分析する自信がないのだ。
この映画のインパクトは、私にこんな感懐を抱かせるのに充分過ぎたのである。
【余稿】 バイデン大統領はなぜ不人気なのか?
「トランプ主義」を腐(くさ)すばかりではなく、バイデン大統領についての言及したい。
「バイデン大統領はなぜ不人気なのか?」(「NHKNEWSWEB」ワシントン支局長・高木優 2022年1月20日)
この「NHK NEWSWEB」の記事を参考に、バイデン大統領の不人気の理由を高木優・ワシントン支局長の分析を列記してみる。
その1 アフガニスタンからの撤退によって、タリバンが復権し、現地が大きな混乱に陥ってしまった。
アフガニスタン東部ラグマン州を歩くタリバン戦闘員たち |
その2 アメリカ国民の家計をインフレが直撃している。
感謝祭を祝うための七面鳥や食料の配給に並ぶアメリカ人 |
その3 保育園の無償化を含め、看板政策を盛り込んだ大型の歳出法案などが、未だに実現できていない。
その4 実現できない大きな理由は、党内の急進左派と中道寄りの一部議員の対立が激化してているため。
その5 新型コロナの感染拡大が完全に収束していない。(これには、前述したように、「反ワクチン運動」に走る「トランプ主義」の影響が相関関係を有すると、私は考える)
アメリカ新型コロナの感染拡大 |
―― 大体、以上の通りだが、それでも、アメリカの先月(2021・12)の失業率は、およそ2年ぶりに3%台と低い水準となったこと、更に、賃金も上昇傾向にあり、中低所得者層にとっては雇用環境は改善している点を評価している。
―― 最後に、私はこれだけは言いたい。
「他に拘留されているわが米軍捕虜たちも解放されないかぎり、自分だけが特別待遇を受けるわけにはいかない」
北ベトナム側は“対米融和”のシグナルとして、一人の海軍パイロットを釈放しようとしたのに対し、件(くだん)のパイロットは、こう言ったそうだ。
北ベトナムの捕虜生活から解放後の1974年に撮影されたジョン・マケイン(ウィキ) |
その海軍パイロットの名は、2018年に脳腫瘍で逝った共和党上院議員ジョン・マケイン。
共和党上院議員ジョン・マケイン |
そればかりではない。
「わが葬儀には副大統領を」という異例の遺言で、トランプの参列を拒否したのだ。(「『わが葬儀には副大統領を』大物議員、異例の遺言でトランプに肘鉄」より)
ジョン・マケイン上院議員 |
ベトナム戦争で骨折し、捕虜となり、厳しい拷問に耐えたことで「国民的英雄」と称賛され、道義を重んじる孤高の異端児、マケインらしい、あまりに有名なエピソードである。
それにしても、ジョン・マケイン亡き後の共和党は、一体、どこに向かうのか。
「弱々しい共和党議員は選挙不正などを認めず、この国を破壊しようとしている。誰も考えもしなかった規模で選挙に敗れる」(「トランプ氏、選挙不正訴え バイデン外交を痛烈批判」日経電子版 2022年1月16日)
米国のトランプ前大統領は2020年の大統領選について「いかさまの選挙だった」と主張した(米西部アリゾナ州)=ロイター |
トランプ前大統領の物言いである。
トランプ前大統領 |
「2021年アメリカ合衆国議会議事堂襲撃事件」を巡って、トランプの責任を追及する共和党のリズ・チェイニー下院議員を名指しして、「支持率は16%だ」と酷評する男の暴走は止まらない。
リズ・チェイニー下院議員(ウィキ) |
バラク・オバマの国籍陰謀論の支持者を擁護してきた強固な保守主義者であるにも拘らず、リズ・チェイニー下院議員は、トランプ大統領の弾劾決議に賛成票を投じたため、共和党右派によって誹議(ひぎ)され、党会議議長を解任されるに至った。
トランプの顔色を伺う共和党議員たちの、金縛りにあったような硬直化現象。
どうにかならないのか。
ジョン・マケインの気骨は、リベラル・リパブリカン(共和党穏健派)の魂に受け継がれることがないのか。
共和党の最初の大統領エイブラハム・リンカーン(ウィキ) |
つらつら、思う次第である。
(2022年1月)
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