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2025年2月23日日曜日

ゴジラ-1.0('23)  「戦争を終わらせる」という決意と覚悟  山崎貴


1  「おい!みんな死んだぞ!お前が撃たなかったからだ!」 
 


 

 

1945年 大戦末期の大戸島(おおどしま/架空)飛行場

 

敷島浩一(以下、敷島)は特攻へ向かう途中で、砲撃でデコボコになった大戸島の守備隊基地の滑走路に零戦を着陸させた。 

着陸用のタイヤが機体から出て、難しい着陸を遂行する



整備兵の橘(たちばな)は、敷島の申告する故障個所が見つからないと睨みつける。 

敷島(右)と橘


「何が言いたいんです?」と橘を一瞥して海の方へ向かい、波打ち際の岩に座っていると、整備兵の斎藤が近づいてきた。 


「いいんじゃないですか?あんたみたいなのがいたって。死んでこいなんて命令、律儀に守ったって、この戦争の結果はとうに見えてる」 

斎藤


無言のままの敷島を置いて斎藤は去り、敷島がふと海をみると、口から内臓が飛び出した複数の深海魚の死骸が浮かんでいるのを発見する。

 

その夜、警報が鳴り、島の伝説にある恐竜のような15メートルほどの巨大生物「呉爾羅」(ゴジラ)が基地を襲って来て、全員が塹壕へ逃げ込むが、敷島は橘に零戦から砲撃するように追い立てられた。 


しかし、敷島は零戦に搭乗したものの恐怖で震え、照準を合わせることもできなかった。 


塹壕に向かう呉爾羅は、射撃して応戦しながら逃げる整備兵を次々に踏み潰し、蹂躙していく。 


コックピットから降りて逃げる敷島は、呉爾羅が零戦を壊した爆風で飛ばされた。

 

翌朝、海岸で横たわる敷島は目を覚まし、足を引き摺りながら橘が自分以外全員死亡した整備兵を運び、並べているのを目の当たりにする。


その整備兵の遺体を見て、衝撃を受ける敷島。 


敷島を見つけた橘は、怒りをぶつけた。

 

「おい!みんな死んだぞ!お前が撃たなかったからだ!」 


敷島は失意のうちに多くの復員兵と共に、帰還する船に乗っていた。

 

そこに橘がやって来て、敷島に油紙を渡し、それを見た敷島は動揺する。 

油紙を渡され動揺する


睨みつけ去っていく橘



【ゴジラが登場する前に、深海魚が浮き上がってくるという現象は事実で、ダイオウイカなどの巨大な生物に追われて、逃げようとした深海魚が圧力差で胃袋が出て浮かび上がってくることがある/山崎貴監督インタビュー参照】

 

 

 

2  「何言ってるんですか!やっとの思いで、生きて帰って来たんでしょ…死んだらダメです!」

 

 

 

1945年12月 東京

 

敷島は実家に戻ると、辺り一帯が空襲で焼け落ち、隣家の太田澄子(以下、澄子)が、声をかけてきた。

 

「平気な顔して帰って来たのか?この恥知らず!あんたたち軍人が腑抜けなせいで、この有様だよ!」 


敷島を詰る澄子は、自身の子供たちは死に、敷島の両親も焼け死んだと言う。

 

愕然とする敷島は、母からの手紙を読みながら呟(つぶや)く。

 

「生きて帰ってこいって、そう言いましたよね」

 

闇市で泥棒をして追い駆けられる女を通せんぼする敷島は、女から赤ん坊を渡された。


 

その女が迎えに来ないので赤ん坊を置いて立ち去ろうとするができず、再び赤ん坊を抱いて歩き出したところで、女が声をかけてきた。

 

その母子は敷島のバラックに転がり込み、やがて眠りに就いてしまう。

 

聞くと、女の名は典子、赤ん坊の名は明子で、明子は典子の子ではなく、死にかけた母親に預けられ、放っておけずに育てているのだという。

 

典子も敷島と同じように両親を空襲で亡くし、親兄弟もいない天涯孤独の身であった。 

「兄さんも私と同じね」(典子)


澄子は敷島の家に親子が居ついて嫌味を言うが、事情を聞くと、「迷惑だ」と言いながら明子のために白米を渡す。

 

1946年3月

 

敷島が大雨の中バラックに帰って来て、就職先を見つけてきたと典子に報告する。

 

高額な募集に、ペテンではないかと訝(いぶか)る典子に、復員省の機雷除去の仕事で、命の保証がないからだと説明すると、典子は猛反対する。

 

「何言ってるんですか!やっとの思いで、生きて帰って来たんでしょ…死んだらダメです!」

「大丈夫。危険なだけで、死ぬと決まったわけじゃない」 


このままでは3人が飢え死にするだけだと言う敷島は、特別あつらえの船があると典子を説得し、いざ港に行ってみると、小さな漁船のような木造船が浮かんでいるだけだった。

 

唖然とする敷島。 


「がっかりしましたか?船がこんなんで」

 

元海軍技術士官の野田が笑いながら声をかけ、米軍の厄介な磁気式機雷にはこの木造船が最適解であることを説明する。 

 

「金属でできた船が近くを通るだけで反応しては爆発するんです」

左から水島、野田(元海軍技術士官)、秋津(新生丸の艇長)


「ああ、それで」

「うん、話が早い」

 

野田が握手を求め自己紹介し、仲間の2人も紹介する。

 

「戦時は海軍工廠で兵器の開発に携わっていました。こちらは、秋津艇長と水島君」

「こいつは小僧、そっちは学者でいい」と秋津。


「その呼び方どうなんですかね、長さん」と野田。

「俺ももう小僧って年じゃ…」と水島。

 

戦争に行っていない水島が、半人前扱いされ不貞腐れる。

 

秋津が機雷除去の方法を説明し、早速、洋上へ出た。

 

「こいつは特設掃海艇“新生丸”。隣の“海進丸”とペアを組んでる…機雷ってのは。こう風船みたいに、海底から立ち上がってるんだがな。お互いの舟に渡したケーブルにカッターを付けて、機雷のワイヤーを切断するんだ。そうすると、機雷が浮き上がってくるだろう。そいつをこれで、ダダダダダってな」

 

秋津が実際に機銃を発射させてみせるが、機雷に当たらない。

 

「なっ、これがなかなか難しいんだ」

「やらせてもらいますか?」

 

敷島は見事に機雷に命中させ、皆を唸らせた。 


【磁気式機雷とは、海中に設置された機雷の上を通過する船舶などの磁気に感応して、自動的に爆発する機雷】 

機雷の種類



夜になると、敷島は大戸島の呉爾羅襲来で多くの装備兵を死なせた夢を見てうなされるのだった。 

呉爾羅に踏み潰される整備兵


橘に渡された油紙に包まれていた、死んだ装備兵の家族の写真がばらまかれ、頭を抱える敷島。

 

「分かってる…分かってる」



敷島が抱えるトラウマの重さに終わりが見えないようだった。

 

 

 

3  「相手がゴジラかもしれないと思うと…敵を討ちたいんです。でも同時に俺には、あいつがたまらなく恐ろしい」

 

 

 

1946年7月 ビキニ環礁 クロスロード作戦 


海に巨大なキノコ雲が立ち上り、海底の呉爾羅は被曝して全身を焼かれるが、細胞内でエラーが発生し、全長50メートルほどに巨大化する。

 

【クロスロード作戦の目的は艦船、機器、各種物質に対する核兵器の威力を検証することで、約70隻の艦艇が標的としてビキニ諸島に集められた】 

【クロスロード作戦/一連の実験の中でベーカー実験における最も有名な写真。水柱右下の黒いものは戦艦の船底に当たった衝撃波により煙突より噴出した煤である/ウィキ】


洗濯物を干す典子の傍らで、歩けるようになった明子が遊んでいる。 


敷島は新生丸で機雷除去の仕事を順調にこなし、溜めた金で新しく家を建て、野田らが家を訪問し、典子がもてなす。

 

3人は典子と明子が敷島の妻子であると思い込んでいたが、敷島はそれを否定し、明子は典子の連れ子だが孤児で、2人が居ついてしまっただけだと説明する。 


秋津に引き取る覚悟を決めろと言われるが、敷島は拒絶する。

 

深甚なトラウマがあるからだが、それを決して口にすることがなかった。 

 

ある日、敷島が帰宅すると、典子はスーツ姿で、銀座で事務の仕事を見つけてきたと話す。

 

「いい加減、自立したいと思ってたんですよ。このまんまじゃ、浩(こう)さん、お嫁さんももらえないし」 


複雑な表情の敷島。 


巨大化したゴジラは縄張りとして日本へ進行し、米国の艦船や潜水艦が謎の被害に遭う事態が発生し、日本政府はペンタゴン(米国防省)から打診される。 


「“超大型水中生物は、遅くとも数週間以内に日本列島・関東圏を直撃するものと推測される”」

 

1947年5月 小笠原諸島近海

 

機雷除去の作業に向かう新生丸と海進丸の前に、大破された輸送船が傾いて浮かんでいる。 


「これを見るまで、私も半信半疑だったんです…」と野田。

 

「呉爾羅…」と呟いた敷島は、大戸島で見たと同じ深海魚の死骸が浮いているのを発見する。

 

「見たのか?そいつを」と秋津。

「まるで恐竜の生き残りのような姿をした怪物でした。地元の人間は、呉爾羅と呼んでいました」

 

その話を信じない秋津に、大戸島の守備隊が全滅させられた話をし、敷島が元特攻隊員だったことが明かされた。


「もしもこれが、あの時の呉爾羅(以下、ゴジラ)と同じ個体なら更にデカく、凶暴になっていると思われます」 

「まさか、そんなのと戦えって言うんじゃないでしょうね?」と水島。

「そのまさかだよ…足止めをしろとさ。シンガポールから“高雄”が向かってる」と野田。 


その高雄(たかお)が到着するまでの時間稼ぎを命じられたのだった。

 

停泊して見張りをしている敷島は、交代に来た野田に根(こん)を詰め過ぎだと言われ、心境を吐露する。

 

「相手がゴジラかもしれないと思うと…敵を討ちたいんです。でも同時に俺には、あいつがたまらなく恐ろしい」

 

その時、夥(おびただ)しい数の深海魚の死骸が浮かび、敷島は「警戒配備!ゴジラが来ます!」と大声を張り上げた。 


「逃げましょう。やはり、こんな船で戦える相手じゃない」

 

敷島の呼びかけにも拘らず、秋津は乗り気で、海進丸に交信し操舵室(そうだしつ)に上がる。

 

「俺は東京がまた火の海になるのは見たくない…誰かが貧乏くじ引かなきゃなんねえんだよ」

 

その瞬間、巨大なゴジラが海から現れ、あっという間に海進丸を咥(くわ)えたまま海中に潜ってしまった。 


水島が腰を抜かし、秋津もまた「いくらなんでも無理だ」と逃走を図る。

 

ゴジラの巨大な背びれの山が迫り、エンジンを全開した新生丸を追って来る。 


水島がゴジラに向け回収した機雷を投下し、ゴジラの背びれにぶつかったところで、爆発させると、大きな水しぶきが上がるが、ゴジラには全く通用しなかった。 


今度は敷島が機銃掃射して命中しても、やはりダメージはない。

 

「ダメだ!役に立たない!」

 

更に、機雷をゴジラの開いた口の中に流し、爆破のスイッチを入れるが点火しないので、敷島が機銃掃射して爆破させるが、頭部の一部を破壊されても、ゴジラは忽ちのうちに再生してしまうのだった。

 

ゴジラが新生丸に迫る中、高雄が到着し、主砲で応戦するが、ゴジラが背びれを青く光らせ、口から強烈な熱線を放ち、高雄は瞬く間に海の藻屑と散ってしまうのだ。 



それを見る新生丸の4人。


【高雄(たかお)とは日本が誇る重巡洋艦の高雄のことで、実際は1946年10月にマラッカ海峡にて自沈処分されてしまう】

 

 

 

4  「もう、終わりにしてもいいですか?もう一度、生きてみたいんです」

 

 

 

横須賀の病院で手当てを受けた敷島が目を覚まし、海進丸も高雄の人たちが全員助からなかったことを聞かされる。 


敷島は消息不明のゴジラが東京に向かっているとして、早急に避難指示を出すべきだと訴える。

 

「政府は、この情報を国民に伏せています…恐らく、混乱を恐れてのことでしょう」

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょう…」

「情報統制はこの国のお家芸だ」

 

自宅に戻った典子に、一体、何があったかと問われる敷島。

 

「典子さんには、関係のないことです」

「あなたが何かを背負っているなら、少しは私にも分けて欲しいんです」

 

典子のひたむきな眼差しを見て、敷島は絞り出すように話し始めた。

 

「俺は…と…特攻から…逃げた人間です」

「え?」

「出撃の日、機体が故障したふりをして、大戸島にある不時着場に降りました」 


【不時着とは、航空機が故障や天候不良などのために、予定外の地点に降りること】


敷島は亡くなった整備兵が持っていたそれぞれの家族写真を典子に見せ、ここで、敷島は大戸島で、巨大な恐竜のような怪物が現れ、何が起こったかを話した。 

右の写真が斎藤


「俺は、零戦の 機銃で撃ち殺してくれと頼まれました。でも俺は…また逃げたんです。その結果、彼らは皆、その怪物に殺されました。皆、家族に会えたはずの人たちです!」

 

膝を叩く敷島。

 

「その怪物は、呉爾羅と呼ばれていました。そいつが、また現れたんですよ。でも、また何もできなかった…俺は、本当は生きてちゃいけない人間なんです」

「浩さん、生き残った人間は、きちんと生きていくべきです」


「典子さんに何が分かるっていうんですか!」

「分かります!私の両親は、火に焼かれながら“生きろ!”と言いました。だから私は、どんなことがあっても、死んではいけない。そう思ってきました」

「無理です。あいつらは毎晩毎晩、夢に出てくるんです。“早くこっちに来い”って。“なんで図々しく生きながらえてるんだ”って」

「それは夢。浩さんが作った幻だよ」

「そもそも…俺は生きてるんですかね?」

 

取り乱す敷島を「生きてるよ!」と必死で抱き止め、敷島は典子の胸に顔を伏せ泣く。 


二人の関係が日常化したことで、封印していたトラウマが共有されたのである。

 

翌朝、目が覚めて起き上がった敷島は、典子が明子に煮物を食べさせる様子を穏やかな表情で見つめる。

 

両親の位牌の方へ振り返り、決意を口にする。

 

「もう、終わりにしてもいいですか?もう一度、生きてみたいんです」 


 トラウマで苦衷する男の自我が束の間、和らいでいくようだった。



 

5  「許しちゃくれないってわけですか。俺が、バカな夢見たせいだ…」

 

 

 

東京湾の海防隊の船の下を、巨大生物が通過した。

 

直ちに特務艇に通報され、海洋上に長く張った罠にゴジラが掛ったところで爆破したが、ゴジラは悠然と突破していった。 


「東京湾を封鎖失敗。怪物は品川方面に向かいました。尋常ではない大きさです!」

 

その頃、明子と遊ぶ敷島は、臨時ニュースで上陸した巨大生物が銀座に向かっていると知る。

 

銀座の街にゴジラが現れ人々が逃げ惑うが、ゴジラは容赦なく建物を破壊し、踏み潰していく。 



典子が乗車している電車の前に、路面電車が飛んできて急ブレーキで止まり、窓を振り返って、典子は巨大生物が歩いて来るのを目撃する。

 

「あれが…ゴジラ?」


ゴジラは典子の乗った車両を咥え、乗客たちは振り落とされるが、典子は川へ落ちて何とか助かった。



濡れたまま、通りを群衆と共に逃げるが、転んでしまい、建物を破壊しながら、逃げ遅れた人々を踏み潰して進むゴジラが迫ってきたところで、心配で駆けつけて来た敷島に起こされ、一緒に逃げるのだ。 


国会議事堂の前の戦車隊が砲撃し、ゴジラは黒い煙に包まれるが、背びれから青い熱線を発する突起物を立たせ、口から青いエネルギーを発し、国会議事堂を直撃する。 


激しい衝撃波が起こり、典子は咄嗟に敷島を建物に押しやり、自らは爆風にさらわれ飛んでいってしまった。 


衝撃波が収まり、ビルの隙間から通りに出ると、破壊された街に人影はなかった。 


典子を見失った敷島は、呆然として肩を震わせ膝から崩れ落る。

 

振り返ると、ゴジラが雄叫びを上げて去って行くところだった。

 

敷島は黒い雨に当たりながら全身で怒りに震え、叫び続けるのだった。 


「昨日上陸した巨大生物による被害は、およそ死者、負傷者合わせて万名。被災家屋2万戸以上に上るとみられています。被災直後から続けられている救助活動ですが、巨大生物が移動した跡には、放射線の危険性があるため、難航している模様です。また銀座各所には、巨大生物から剥がれ落ちた肉片と見られるものが発見されており、日夜、未知の物質の処理に追われているため、銀座中心部は封鎖されております」(ラジオニュース) 


敷島の家では、行方不明のままの典子の葬儀が行われていた。

 

放心状態の敷島は、秋津に明子をどうするか訊かれても答えられない。 


泣き出す明子の方を見ることなく、立ち上がった敷島は整備兵の家族写真に目を落とし、呟く。

 

「許しちゃくれないってわけですか。俺が、バカな夢見たせいだ…」

 

打ちひしがれる敷島に、野田が声をかける。

 

「実は秘密裏にゴジラを駆除する作戦が進行中です。民間人主導の、まことに心もとないものですが…参加しますか?」 


瞬時に、敷島の目が生き返ってきた。

 

 

 

6  「あなたの戦争も、終わっていませんよね」

 

 

 

特設災害対策説明会に参加する新生丸のメンバー。

 

元海軍兵士など約100名が着席する中、元「雪風」駆逐艦長の堀田(ほった)が挨拶をする。

 

「皆さんもご存じのように、今東京は、謎の巨大生物の襲撃を受け、未曽有の危機に瀕しています。しかし我が国は、国民を守るべき自前の軍隊を有しておりません。GHQ主導による軍事行動は、大陸のソ連軍を刺激する恐れが高く、不可能と判断されました。つまり、我々は民間の力だけで、あの怪物に立ち向かわなければなりません。皆さんは、そのために集まってもらいました…交渉した結果、連合国に引き渡し予定だった駆逐艦4隻の提供は約束してもらえましたが…」 

堀田


ざわめく場内から、あの怪物を倒すのは不可能だとの声が上がる。

 

そこで野田が、自ら立案した「海神作戦」(わだつみさくせん)について、実験で示しながら説明していく。

 

それは、ゴジラは火器による攻撃ではすぐに再生するので、フロンガスの泡で全身を包み込んで浮力を奪い、最大深度1500メートル以上の、近海でもずば抜けた深さを誇る相模湾沖合の海溝に一気に沈めるという作戦だった。 


「今作戦はゴジラに大量のフロンガスのボンベを装着し、一斉に発砲させ、泡の膜で包もうと考えています。そして短時間で相模湾に沈め、その深海の圧力で息の根を止める。海の力でゴジラを殺す。これが海神作戦の概要です」


「それで、ゴジラを絶対に殺せるんですか?」
 


敷島が立ち上がって質問した。

 

「ゴジラの生態は、未知のことが多すぎて、予測で対策を立てるしかないんだ…ですが、砲撃が効かない以上、これは最適解であると…」

「殺せるんですか?殺せないんですか?」

「絶対とは言えない」

 

それを聞いた敷島は会場から出て行こうとするが、野田はひとまず最後まで聞くようにと引き止める。

 

野田はフロンガスの巻き方を図示しながら解説し、それがダメな場合の予備作戦を示した。

 

カーテンを開け、皆が中庭を見下ろすと、突然、作業服を着た男たちが巨大なゴムボートのような物体を作って見せた。 


会場内にいた同じ作業服を着た東洋バルーンの板垣が、これはいわゆる浮袋の膨張式浮上装置であると説明する。

 

「海底に着いたゴジラを、今度はこれで一気に海面まで引き揚げます」

 

野田がそれに続く。

 

「もし万が一、超高圧に耐えたとしても、直後に襲いかかるすさまじい減圧まで耐え切れるとは思えません。確かに確実に倒せる保証はありません。ですが、今は、やれることをやるしかないんです」

 

顔を見合わせる参加者たちに、堀田が鼓舞する。

 

「先の大戦を生き延びた皆に、またしても、このような命懸けの任務をお願いするのは、大変、心苦しい。だが、分かって欲しい。日本政府も米軍も当てにできない今、我々しか、この国の未来を切り開くことはできないんだ」 


家族がいるので無理だとの声が出て、ざわめきが起こる。

 

「これは命令ではありません。個々の事情がある方は、帰ってもらって構わない」と堀田が言うと、数人が会場を後にした。

 

しかし、残った者たちは、誰かがやらねばならぬと士気が上がる。 


「皆さん、ありがとう」と堀田。

「やりましょう!」

 

闇市で新生丸のメンバーで飲んでいると、秋津が罠を張っているところに、やすやすとゴジラが来ないだろうと言い、野田は水中拡声器でゴジラの声を流し、別個体に縄張りを荒らされたと感じて追ってくるとはずだと返答する。 


心もとない反応に、無言で話を聞いてた敷島が、どこかに戦闘機のツテがないかと訊いてきた。 


「万が一、奴が上陸しても、銃撃して怒らせれば相模湾に誘導できます」

 

熱戦を放射するゴジラに接近するという命を顧みない敷島に対し、秋津が絡む。

 

「お前、ヤケになってんじゃねえか?典ちゃんの敵(かたき)打ちてえだけだろ」

 

秋津がなぜこうなる前に典子を嫁にしなかったかと、敷島の胸倉を掴む。

 

「俺だって、そうしてやりたかった!」

「じゃあ、なんでだよ?」

「俺の…戦争が終わってないんです」 


程なくして、大戦末期に開発されていた極地戦闘機「震電」(しんでん)が手に入った。 


【「幻の戦闘機」震電は、大戦末期に大日本帝国海軍が試作した局地戦闘機】

 

しかし、放ったらかしだったのでこのままでは飛べず、優秀は整備士が必要とのことだった。

 

敷島は早速、大戸島飛行所にいた橘の所在を役所に行って探すが見つからず、以前に所属していた隊の名簿を手に入れ、大戸島玉砕の原因はすべて橘にあるというデタラメの手紙を書いて片っ端から送付した。 


怒った橘が敷島の前に現れた。

 

後ろから棍棒で殴りつけ、手足を縛られた状態で意識を取り戻した敷島に、橘は手紙を投げつけ、「なんのつもりだ、これは!」と頬を殴打する。 


敷島はゴジラを倒すため、戦闘機の改修が必要だと訴え、呼び寄せるためにわざと怒らせたと弁明した。

 

「勝手にやれ」と立ち去ろうとする橘に、必死に食らいつき訴える。

 

「爆弾を満載した戦闘機で、あいつの口の中に突っ込むんですよ。そうすれば確実に殺せる!」

「特攻か」

「あなたの戦争も、終わっていませんよね」 


二人の思いが沈黙の中で結ばれていく。

 

 

 

7  「浩さんの戦争は、終わりましたか?」

 

 

 

まもなく震電が置かれた格納庫に、橘が助手を連れてやって来た。 


「我々にできる限りのことはやってみます」

 

相模湾に停泊する駆逐艦に、慌だしく荷物が運ばれていく。

 

皆、活き活きといい顔をして作業しているのを見て、秋津が言う。

 

「俺たちは戦争に生き残っちまった。だからこそ、“今度こそは”ってな」 


ゴジラの接近を示すガイガー計数管の反応があり、野田は、翌朝8時に出港することを決定した。 


「皆さんは、可能な限り、今夜は自宅に戻って家族と過ごしてください」

「覚悟しろってことですよね?」と乗組員の一人。

 

首を横に振る野田。

 

「思えば、この国は、命を粗末にし過ぎてきました。脆弱な装甲の戦車、補給軽視の結果、餓死、病死が戦死の大半を占める戦場。戦闘機には最低限の脱出装置すら付いていなかった。しまいに、特攻だ玉砕だと…だからこそ、今回の民間主導の本作戦では、一人の犠牲者も出さないことを誇りとしたい。今度の戦いは死ぬための戦いじゃない。未来を生きるための戦いなんです」 



やる気満々の水島だったが、秋津は「お前は乗せねえ」と言い放つ。

 

野田も右腕を吊った水島は役に立たないと言い、二人は去って行った。

 

「俺だって、この国守りたいんです」 


立ち尽くす水島は、何度も一緒に連れて行くよう懇願するが、二人は振り向くことはなかった。

 

「この国はお前たちに任した」と秋津が呟く。

 

一方、敷島は明子が描いた絵を受け取るが、別れを予感した明子が泣き出してしまう。



翌朝早く、敷島は橘が整備を終えた震電の操作の説明を受ける。

 

「これで、ようやく借りが返せるってわけですね」と言い、自分の震える手を見る。 


「笑えますね。生きたいようです、俺は」


「あの日、死んだ奴らもそう思ってたよ…」

 

敷島は手帳に挟んだ油紙と明子が描いた絵を取り出した。 


「あいつの未来を守ってやりたい。ゴジラは刺し違えてでも、必ず仕留めます」


「ようやく覚悟ができたようだな。よし。では大事なことを言うぞ」
 


橘は爆弾投下の操作などを伝授するが、コアの部分はラストで回収される。

 

澄子が表に出ると、明子が一人で立って、封筒を渡した。 


そこには紙幣と通帳が入っており、敷島からの手紙には明子に使って欲しいと書かれていた。

 

停泊する船からゴジラが相模湾に侵入したとの情報を受け、直ちに乗組員たちは乗艦し、野田と秋津も急いでタラップに上がると、突然、大きな爆発音と共に、大型船が火だるまになって飛んできて、建物に衝突した。 


「水中拡声器部隊、壊滅。ゴジラが相模湾に侵入。海神隊(わだつみたい)、ただちに出港せよ」(港湾放送)

 

その時、既にゴジラの背びれの山が港湾に迫っていた。 



「ゴジラ、絶対防衛圏突破。上陸目前」と無線を受け、典子の写真を貼った敷島の震電は出撃していく。


震電の出撃を敬礼し、見送る橘たち。 


空を仰いで震電を見ている橘は、溢れる思いを結ぶのだ。


「これで全て終わらせるんだ、敷島」




ゴジラが上陸し、計画が崩れてしまったが、野田はゴジラを沈める最大効果は相模湾でなければ万全は期せないと言う。 


「(相模湾までの)誘導を敷さんの震電に懸けるしかない!」

 

それぞれが持ち場へ散り、駆逐艦「雪風」「響」「夕風」「欅」が出港した。 


堀田が指揮する雪風に乗る野田と交信した敷島は、民家を蹂躙していくゴジラを発見し、近接した機銃掃射でゴジラを相模湾に誘導する。 

震電を目で追うゴジラ


ゴジラが海に入るのを確認した野田らは、直ちに戦闘準備に入り、敷島は無人となった夕風(ゆうかぜ)と欅(けやき)が停泊する海上へとゴジラを誘導することに成功する。 

相模トラフに誘導するために機銃掃射する震電


                 低空で横切っていく震電を目で追うゴジラ



挑発されたゴジラは背びれを青く立たせ、眼前の駆逐艦に向かって青い熱線を放射し、夕風と欅は大破する。 




予め脱出した乗組員たちを甲板に乗せた雪風と響(ひびき)も大波に揺さぶられるが、損傷を受けたゴジラが再生するまでの間に、敷島が震電で攻撃してゴジラの気を逸(そ)らし、雪風と響はゴジラを取り囲んでフロンガスのボンベとバルーンを取り付けた。 


ゴジラが再生して、青い背びれを立て熱線を放つ寸前に、秋津がボンベを爆発させ、泡に包まれたゴジラは目標震度の1500メートルの深海へ沈んで、海神作戦は成功したかに見えた。

 

しかし、ゴジラは死んでおらず、ケーブルが引っ張られ雪風が大きく揺れた。 


直ちに予備作戦へと移行してバルーンを作動させ、ゴジラは海面に向かって上昇するが、深度803の地点で上昇がストップした。

 

ゴジラがバルーンを食い破ってしまったのである。 

バルーンを食い破り、深度803の地点でゴジラが再生し、浮上していく


それを見た堀田は、ゴジラを引き揚げるために、ワイヤーを左右に引っ張るよう、響に無線で指示を出した。

 

しかし、2艦では推力が足りず、クレーンが倒壊し、為すすべなく呆然と海を見ていると、一艘の小型船が近づいてきた。 

クレーンの倒壊


「えーこちら横浜曳船所属“富士丸”。微力ながら助太刀します」と水島の声がする。 


秋津が無線を取る。

 

「小僧!お前が?」

「はい!」

 

次々と志願の曳船の通信が入り、集結した船が雪風と響に繋げられ、反対方向に進んでゴジラを引き揚げる。 

20近い曳船が雪風と響に繋がる



海面に出て来たゴジラは苦しみ、のたうち回るが、雄叫びを上げ、艦隊も激しく揺さぶられる。 


「ダメージが足りてない!」と野田。

「全艦、回避行動!」と堀田。

 

全身を青く光らせたゴジラが、雪風に向かって大きな口を開ける。 



それを見た乗組員たちは背筋を伸ばし、覚悟を決めた表情となった。
 


そこに震電が飛来し、ゴジラに正面から向かって行く。 


「そんな」と野田。

「ダメだ!敷島!」と秋津。 


敷島は真っすぐゴジラを見据え、爆弾投下のレバーを引いて、ゴジラの口に突っ込んだ。 


爆発し、ゴジラの顔が吹き飛び、黒煙に覆われた。 


呆然と見る秋津と野田。

 

乗組員たちはどよめき、立ち尽くす。

 

水島は驚き、格納庫では橘が無線を傍受していた。

 

その瞬間、空にバラシュートが開き、敷島が舞い降りて来た。 


それを見た野田は「そうか…そうか」と呟く。



一方、ヘッドホンをつけ、敷島の無事を知った橘は、最後に敷島に伝授したことを想起する。 


「この座席は脱出装置になってる。そのレバーを引くと作動する…生きろ」 


驚く敷島



頭部を失ったゴジラは、体から青い熱線を発散しながら、海に沈んでいった。



使命を遂行した敷島の行為に、橘は目頭を潤ませる。 


全てが終焉し、艦隊の全員が敬礼をする。 

野田の助手たち


                                         東洋バルーン(中央が板倉)の面々ら、雪風の全乗組員も敬礼する



寄港した艦船から、毛布に包まれた敷島らが降りてきた。 


水島が駆け寄り、「やったなあ!」と泣きながら敷島を抱き締める。 


敷島の視線の先に、駆け寄って来る明子を抱いた澄子がいた。 


澄子から渡された電報を目にし、驚いた敷島は、明子を抱いて病院へ向かった。

 

病室のベッドでは、体中を包帯で巻かれた典子が待っていた。


 「浩さんの戦争は、終わりましたか?」 


敷島は嗚咽しながら頷き、典子の胸に顔を埋める。


 

典子も敷島の頭を撫でながら顔を伏せる。

 

その典子の首筋には、黒い痣が刻まれていた。 


ゴジラの細胞の一部である。

 

ラスト。


深海に沈んでいくゴジラの体の一部が隆起して、再生が始まっていたのだ。 


 

 

8  「シン・ゴジラ」という飛び切りの傑作

 

 

 

人類共通の難敵と如何に戦い、共存していくかという最強のテーマが、「シン・ゴジラ」という映像作品を通して私たちに突き付けられた。

シン・ゴジラ」より


 

だから、政治イデオロギーの既存の観念に囚われない新しい世代、政治家、科学者の存在がすでに現在の日本を支え、これからの未来を担っていくことを示唆する作品になっていた。


それは3.11東日本大震災にシンボライズされるように、映画それ自身が負った〈現在性〉である。 

3.11東日本大震災



ミサイルや戦車による砲撃で命中するも全く微動だにせず、空爆でも失敗し、高濃度の放射能を撒き散らすゴジラの破壊力の前に為す術もないリアルに対して何が可能か。

火炎放射を放す異次元の怪獣


 

国連安保理決議で、多国籍軍結成とゴジラへの核攻撃が採択されたことで、あろうことか、我が国は東京での核兵器使用を容認するに至る。 

東京での核兵器使用を容認する里見代理総理(左)と官房長官代理に就任した赤坂



ゴジラに対する熱核攻撃が決定する只中で、行政機構にあって最も危機意識の高い矢口官房副長官は、「巨大不明生物特設災害対策本部」(巨災対)事務局長に兼務し、直接、事態の対応を指示するポジションに就くや、スーパーコンピューターの協力も得て解読された結果、ゴジラの正体が細胞膜事態ではなく、細胞膜の活動を抑制する極限環境微生物の分子構造であると結論づけた。 

矢口官房副長官




かくて、この抑制剤を同時に投与すれば、血液凝固剤の性質を維持できる」と判断し、ゴジラの口内に活動抑制剤と血液凝固剤を流し込み、凍結してしまうのだ。

 

「ヤシオリ作戦」である。 

「ヤシオリ作戦」が始動する(矢口)


「ヤシオリ作戦」を遂行する巨災対の先鋭たち



2日後の攻撃開始に溶剤の確保に3日を要する状況下で、24時間の中断要請に外交手段を講ずる必要が出てきた。


安保理に対する引き延ばし工作で、ゴジラの体内システムに関心の高いフランス政府に働きかけ、奏功する。 

                                   フランスとの交渉を成功させた里見代理総理



そして、ゴジラの原子力エネルギーを消耗させるために、無人航空機群による攻撃を連射し、ゴジラのレーザー反撃を誘導し、火炎放射能力を剥(は)ぎ取ってしまうのだ。

 

最後は、血液凝固剤の投入。


更に、無人在来線の爆弾攻撃の集中砲火で再度転倒させると、最後の凝固剤投入によってゴジラは凍結するに至る。 

ゴジラ凍結作戦


凍結したゴジラ


完璧な戦略の、完璧な成果を挙げたゴジラ凍結作戦だった。


ゴジラが振り撒く放射性物質の半減期が短い事実が分かったことで、人体への影響の無化に成就する。

 

熱核攻撃開始前の1時間足らずのことだった。

 

全てが終焉したのだ。

 

「人類はもはや、ゴジラと共存していくしかない…結果はどうあれ、多くの犠牲者を出した。この責任を取るのが政治家の仕事だ。政治家の責任の取り方は、自らの進退だ。自分の責任は自分でとる」


巨災対を率いた矢口の括りの言葉である。 

巨災対を率いた矢口。左はアメリカ合衆国大統領特使のカヨコ・パタースン



そこにもまた、些か月並みだが、極限状態で危うい行動を遂行した政治家の責任に言及する、作り手のメッセージが容易に読み取れる。

 

「総力戦研究所」の提言を無視して突入した太平洋戦争の、その完膚なきまでの敗北の原因を、「国民の無気魂」とまで言い切って、全ての責任を、「精神力の足りない国民」に転嫁した東條英機に代表される軍部内閣との決定的な落差が、ここにある。 

総力戦研究所


東條英機(ウィキ)


これが、“3.11”を背負って日本に上陸してくるという同時代性の中で描かれた、「シン・ゴジラ」という飛び切りの傑作の凄みだった。

 

 

 

9  ゴジラとは何か

 

 

 

VFX技術が群を抜き、面白かったエンタメ全開の「ゴジラ-1.0」。 


ハリウッドを驚嘆させたのも分かる。

 

「ゴジラ映画を作るっていうことは『神事』なんだと思ったんです。その時々の世の中の不安を形にして、祟り神として召喚して鎮まってもらうという儀式なんだと。これは日本のゴジラ映画にしか無い感覚だと思うんです」

「今回劇中で何度も熱線を吐くわけじゃないので、熱線を吐く前に『儀式』をしたかったんです。『これから大変なことが起こるぞ』というイメージを見せたかった。もう一つは、『核兵器のメタファー』でもあります。核兵器って核物質がギュッと圧縮されることで爆発する仕組みなので、ゴジラでも背ビレがギュッと集まって熱線を吐くというのをやりたかったんです」

「大戸島の段階では、まだ『生物』なんですよ。日本の怪獣というのは『獣』の部分と『神様』の部分があって、後半では『神様』の部分が強くなるので、最初は『獣』の部分を見せようと」

「ゴジラは放射能の影響を受けていますけれど、それ以前は放射能の影響を受けていない、放射能とは無縁の、再生能力がものすごく強いだけの一般的な生物というか、モンスターです。それがクロスロード作戦によって、核で皮膚を焼かれてぐしゃぐしゃになっちゃったのに、それを再生していたら暴走してでかくなってしまったというのが裏設定にあります」「(背びれ放射熱線のギミックは)、インプロジョン方式という原子爆弾の爆発の仕方を参考にしています。基本的な原理は、少し離れたところにある核物質を一気に凝縮させて、臨界点に達したところで爆発するというものなのです。製作中にコロナ禍が起きたり、ウクライナで戦争が始まったり、いろんなことが起きてしまい、それによって、ゴジラをなんとなく“現代の不安の集合体”と捉えてもおかしくない時代になっていったことは怖かったですね」

 

全て、山崎貴監督のインタビューでのブリーフィングである。 

山崎貴監督


ここで重要なのは、『獣』と『神様』の部分の統合としてのゴジラが、『儀式』を遂行する『神事』の行程で、『祟り神』として召喚して『鎮静』させるということ。

 

要するに、日本の神には災いを引き起こす「荒魂」(あらたま)と、平和的な「和魂」(にきみたま)という自然観があり、私はその本質を、手に負えない自然に対する「降伏」(諦念)と、ひたすら慈悲を求める「祈念」と捉えている。 

【幕末の神道家の本田親徳(ほんだちかあつ)によって成立した「一霊四魂説」(いちれいしこん)では、神や人には荒魂(あらみたま)・和魂(にぎみたま)・幸魂(さきみたま、さちみたま)・奇魂(くしみたま)の四つの魂があり、それら四魂を直霊(なおひ)という一つの霊がコントロールしているというもの(ウィキ)】



この文脈で言えば、本作のメッセージには「荒魂」と化したゴジラの暴走・再生に対して、「和魂」への変容を希求して、慈悲を求める「祈念」に触れず、危ういが、それなしに終焉しない戦いに挑む人間の姿が描かれている。

 

そうせねば、先の大戦で生き残った者たちの「戦争」が終わらないからである。

 

だから、手に負えない自然災害の表象こそゴジラという形態の有り様であるばかりか、ロシアによる一方的なウクライナ侵略でリピートされる深刻な戦術核使用のメタファーであるとも言っていい。

 

「“現代の不安の集合体”と捉えてもおかしくない時代」という作り手のイメージは、まさに見えにくい時代が隠し持つ「ポストトルース」の怖さを言い当てているように思えるのだ。

 

因みに、本多猪四郎監督による初代「ゴジラ」('54)が第五福竜丸事件を背景に、大いなるエンタメでありながらも、反核や文明批判をテーマとして大空襲と原爆投下という太平洋戦争の二大表象をも内包・統合させつつ、日本国民のトラウマを克服するために切望された造形だったと考えれば、本作の「ゴジラ-1.0」は、ポストトルースによって世界政治の不透明感が弥増(いやま)してきた時代状況の産物だったと考えることもできるだろう。 

初代「ゴジラ」のポスター(ウィキ)


【ポストトルースとは、客観的な事実が重視されず、感情的な訴えが政治的に影響を与える状況のことで、「ブレグジット」(イギリスのEU離脱)やアメリカのトランプ新大統領誕生など、世界の政治が大きく動いた2016年に表現されるようになった】 

客観的な事実よりキャッチーな信条が政治を変えてしまう「ポストトルース」


 

 

10  「戦争を終わらせる」という決意と覚悟

 

 

 

「シン・ゴジラ」がゴジラ来襲という危機に行政の究極的対応を描いているのに対し、本作は先の大戦で生き残った民間人(元海軍将兵が中心)たちの、失われた過去を取り戻すための「戦争」が描かれている。

 

だから本作の物語の根柢には、GHQの支配下にある政府は頼りにならず、自分たちの力で「戦後」を切り拓き、より良い人生を構築していくという男たちの強い思いが広がっているように思える。 


物語を貫流しているのは、「人間爆弾」から逃げたばかりか、恐怖に駆られ、呉爾羅に弾丸を打ち込めなかったことで多くの整備兵の命を守れなかった特攻隊員・敷島が抱え持つ深甚なトラウマと、それに対する贖罪の心的行程。 


憂鬱で暗い表情を崩すことなく、内面描写がこの男のみに集中するのは、以上の点で明瞭だった。

 

それをやっても無駄でありながらも、男が倒せなかった呉爾羅が「クロスロード作戦」で被曝したことによって巨大化したゴジラに変貌し、典子との束の間の至福を破壊していく。 



典子の死に懊悩し、無力感に苛(さいな)まれる敷島を動かしたのはゴジラ打倒の海神作戦。

 

ゴジラを相模トラフまで誘導するという役割を負いながら、敷島が求めたのは、整備された震電に搭乗してゴジラに特攻して爆破して果てること。

 

【相模トラフは日本列島周辺で最も深い場所の一つ】 

1923年の関東大震災の震源地だった相模トラフ



深刻なトラウマと典子の喪失を埋めるには、それ以外になかった。

 

しかし、意外なことが起こる。

 

ゴジラを倒すことに命を懸ける敷島に、それによって戦争を終わらせるという堅固な決意と覚悟を認知した毅然と言い切った。

 

「この座席は脱出装置になってる。そのレバーを引くと作動する…生きろ」 


思いも寄らない橘のこの言葉は、敷島を決定的に救っている。

 

「ゴジラは刺し違えてでも、必ず仕留めます」という決意を吐露した敷島に対して、「ようやく覚悟ができたうだな。よし。では大事なことを言うぞ」と反応した直後の橘の言辞が「生きろ」だった 



誘(おび)き寄せの手紙を送り付けてきた敷島という男の真剣な訴えは、橘にとって意想外であったが故に、彼に対する全幅の信頼を置く心情にまで届いていなかった。 



然るに、多くの整備士を喪ったことで陥ったサバイバーズギルト(生存者罪悪感)によって、戦争を終わらせられないトラウマに苦悶する橘もまた、特攻でゴジラを倒す機会に恵まれたことは幸いだった。 



すっかり整備された震電のコックピットに搭乗するや、震える手を見て、「笑えますね。生きたいようです、俺は」と正直に吐露する敷島が大切に保管していた亡き整備士らの家族写真を包む油紙を返還された橘は、既にこの時点で敷島を信じ切るに至っていた。 


恐らく、「人間爆弾」という特攻作戦に嫌気が差していたと思われるで、橘の言辞には嘘がない。

 

一方、敷島は甚大な喪失感よって自給する熱量失われていたので、自らを「人間爆弾」として果てていく覚悟を有していた。

 

自分を救ってくれた典子は、もう戻ってこないのだ。 


その典子の命を奪ったの憎きゴジラなのである。 


しかし、敷島には典子なしの非日常を繋ぐことで明子を育てるという選択肢が残されている。

 

「あいつの未来を守ってやりたい」と敷島が言う「あいつ」とは、明子ことなのだ。

 

ここに敷島の救いがある。

 

だから、「生きろ」という一言に敷島は反応した。

 

死ぬためだけの「人間爆弾」の不毛さに届いていただろう整備士・橘の言葉の重さに、敷島は決定的に救われたのである。

 

震電の整備を引き受けた時から、橘は脱出装置を完備することを決めていたのだ。

 

お互いに呉爾羅のトラウマを有し、戦争を終わらせないで苦しんでいたのである。 

「俺の…戦争が終わってないんです」


「あなたの戦争も、終わっていませんよね」




だからゴジラ退治をすることで戦争を終わらせて、未だ手に入れられない「戦後」を生きていく。 

 「これで全て終わらせるんだ、敷島」


それは、この二人の男のみが共有する暗黙の了解だったのだ。

 

冒頭の大戸島のシークエンスが映画の根幹を成す所以である。

 

恥ずべきことに、我が国は一般国民の膨大な犠牲を招く不毛な戦争に無益な時間を費やしてきた。

 

野田が語った以下の言葉こそ、映画のメッセージだろう。

 

「思えば、この国は、命を粗末にし過ぎてきました。脆弱な装甲の戦車、補給軽視の結果、餓死、病死が戦死の大半を占める戦場。戦闘機には最低限の脱出装置すら付いていなかった。しまいに、特攻だ玉砕だと…だからこそ、今回の民間主導の本作戦では、一人の犠牲者も出さないことを誇りとしたい。今度の戦いは死ぬための戦いじゃない。未来を生きるための戦いなんです」 


「人間爆弾」を捨て、敷島がバラシュートで舞い降りて来たシーンこそ、この映画の全てかも知れない。

 

敷島を演じた神木隆之介の表現力は完璧だった。 


(2025年2月)

 


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