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【右がマーサ(女子学園の園長)、左がエドウィナ(女子学園の教師)、手前で座っているのがアリシア(女子学園の年長の生徒)、エイミー(マクバニーを発見した生徒)、その左がマリー(年少の生徒)】
<特殊な状況が特殊な関係を生み、特殊な事件を作り出した>
1 「女の園」で起こった事態の陰惨なる顚末
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バージニア州(ウィキ) |
1864年 バージニア州 南北戦争3年目
鼻歌を歌いながら、森の中でキノコ狩りをする少女が、大木の根元に横たわる北軍兵士に遭遇する。
少女の名は、マーサ・ファンズワース女子学園に寄宿するエイミー。
北軍兵士に遭遇し、驚くエイミー |
兵士は、「男性はいるか」とエイミーに尋ねた。
「今は、生徒が5人、先生一人と、園長のマーサ先生だけ。あなたは敵の北軍だけど、ケガ人だから」
兵士の名はマクバニー。
北軍兵士マクバニー |
その頃、学園では授業中だった(教師はエドウィナ) |
授業に不熱心なアリシア |
マクバニーはエイミーの力を借りて、何とか学園に辿り着いたが、玄関前で倒れ込んでしまう。
学園前で倒れるマクバニー |
鐘の合図を受け、事態の異常を知らされるマーサ園長 |
駆けつけるエドウィナと生徒たち |
マーサ園長の指示で、マクバニーを学園内に運ぶ生徒たち |
瀕死の状態のマクバニー |
【門に青い布を結ぶ行為は南軍への合図だが、エドウィナやエイミーの反対もあり、負傷兵の手当を優先し、結局、布を結ぶことを断念する】 |
「少し回復するまで、面倒を見ましょう」
園長のマーサの言葉である。
背景にキリスト教精神の教えがある。
かくて、男子禁制の学園の音楽室にマクバニー伍長が運ばれ、マーサと教師のエドウィナによって手厚い手当てを受けることになる。
生徒たちは部屋の様子を伺っているが、マーサに入室を禁止される。
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部屋の様子を伺っている生徒たち |
戦争の真っ只中で、男たちが出征したことで食料は不足し、生徒たちには帰る場所もなく、学園に寄宿しているのだ。
そこに、南軍の警備隊が学園に立ち寄り、敵軍兵士が彷徨(さまよ)っていると忠告するが、マーサはマクバニーを通報することはなかった。
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マーサとエイミー |
以下、覚醒したマクバニーとマーサの会話。
「良くして頂き、感謝してます」
「私が(南軍の)警備隊に通報したら?」
「それは怖くない。通報されるより、悪いことがありますから。軍刑務所で死ぬよりマシです。あなたのお陰で命がある」
「それは、どうだか。脚は痛む?」
「脚は痛む?」 |
「少し」
「無感覚の方が怖いのよ」
「確かに」
「ブランデーを?」
「うれしいな」
「喜ばせるためでは…あなたは、お客じゃない。迷惑な闖入者のご機嫌はとらないわ」
「よく分かってますが、楽しむのは好きでしてね」
以上の会話で、マクバニーが脱走兵である事実が判然とする。
そこへ、手伝いを求めてアリシアがやって来たが、マーサは部屋に追い返す。
既に、マクバニーに関心を持っているアリシア |
アリシアを追い返すマーサ |
作業中の生徒/アリシア(左)はここでも怠慢 |
次に部屋にやって来たのは、年少のマリー。
マクバニーに聖書を勧めに来たのである。
聖書を勧めるマリー |
そのマリーが、教師エドウィナの真珠のイヤリングを付けて部屋から出て来たところを、エドウィナに注意される。
「エドウィナ先生、今日は皆がおしゃれをしてるの…先生だって、おしゃれしてるわ」
「してないわ…仕事に戻って」
そう言うや、間を置かずに、エドウィナはマクバニーの傷の手当てを始める。
そこで、マクバニーは言葉巧みにエドウィナに語りかけ、彼女の心を掴み、弄(もてあそ)ぶ。
「あなたは独りで生きられる。そこが他の連中と違う。それに容姿も違う。今まで見た誰よりも美しい」
そして、エドウィナの手を掴み、彼女の希望を引き出すのだ。
「ここを出ていくこと」
エドウィナは、思わず本音を口にしたのである。
傷が癒え、歩行が可能になったマクバニーは、庭の手入れを買って出る。
庭の手入れをするマクバニー |
水を持って来たエイミーに、マクバニーが語りかける。
「打ち明けると、個々での一番の友達は君だよ。君がいなきゃ、俺は今も森の中だ」
マクバニーとエイミー |
男はこのように、教師をはじめ、子供たちの気を引く言葉を連射し、自己保身に余念がない。
「この状態なら、今週末には出て行けます」
怪我の状態を確かめたマーサは、そう言い放った。
「傷が治って、残念だ」
男の反応である。
すっかり、マクバニーの虜(とりこ)になっているエドウィナは、「出て行かないで」と伝える。
「愛している…初めて話した時からね。拒まれるかと思い、言えなかった。最後の機会かも知れないので、打ち明けた…西部に行きたい」
「父に会えば、きっと助けてくれるわ」
「一緒に行こう」
そう言って、エドウィナにキスした瞬間、アリシアがドアを開けた。
夕食に招待することになったマクバニーを呼びに来たのだ。
そして、夕食の宴が始まった。
夕食の宴(マーサとエドウィナ) |
皆、一様にオシャレをし、特に若い子たちは嬉々としている。
会話が弾み、バイオリンやピアノの演奏が始まる。
一見、ワイルドな相貌で、男の〈性〉をあからさまに露呈するマクバニーは、エドウィナに、今夜、部屋を訪ねると囁(ささや)く。
エドウィナは部屋のベッドに横たわり、マクバニーを待っていたが、マクバニーは現れなかった。
アリシアの部屋で音がするので入室するや、エドウィナは衝撃を受ける。
あろうことか、彼女とマクバニーは激しく抱擁し合っていたのだ。
男が慌てて、エドウィナに「待ってくれ」と詰寄るが、彼女は振り払い、マクバニーは階段から転げ落ちてしまう。
再び、脚の骨は砕け、止血し、壊疽(えそ)を防ぎ、死を回避するため、マーサは左脚を切り落とす決断をする。
エドウィナに布とノコギリと解剖学の本を持ってくるよう指示し、マーサは自ら手術を施行(しこう)した。
術後、覚醒したマクバニーは、脚を失ったことを知るや、絶叫する。
「神様!あいつらは、何をしたんだ?」
部屋に入って来たエドウィナを、激しく罵(ののし)るマクバニー。
「なぜ、あの女を止めなかった。人殺し!」
激しく罵るマクバニー |
「命を救うためだった」
マーサがマクバニーに話すが、彼は聞く耳を持たなかった。
その後も、マクバニーは怒号の嵐で荒れ狂い、態度が一変して狂暴化するのだ。
松葉杖を使い、皆が集まる食堂にやって来るや、誹謗(ひぼう)し、酒を飲み、その瓶を割ってしまう。
恐怖に包まれた女性たちは、マクバニーを学園から追い払おうとするが、逆に、銃を持ったマクバニーに脅され、全員が居間に集められた。
「お前らは何をした?この脚を見ろ。死んだ方がマシだ。殺して欲しかった。目を背け、俺を憐れんでる。こんな俺が男か?心を許してた俺を弄(もてあそ)び、このザマだ!もう十分だ。悪魔ども。6発残ってる。今度何かしたら、そいつをぶっ殺すぞ!いいな!」
そう叫ぶや、シャンデリアを撃ち落とすマクバニー。
エドウィナはマーサの制止を振り払い、部屋に戻るマクバニーを追っていく。
部屋に入ったエドウィナはマクバニーに迫り、二人は激しく体を求め合う。
一方、マーサは、怯(おび)え切った生徒たちと、事態の処置について話し合っていた。
「早く追い払わないと、このままでは危険だわ」
マクバニーがキノコ料理を好きだというマリーは、エイミーに“特別なキノコ”を探すことを提案する。
マーサはエイミーに、件(くだん)のキノコ狩りを頼み、「歓送会」を開くことを決断し、その日のうちに行われるに至る。
“特別なキノコ”を採るエイミー |
そして、全員がテーブルにつき、歓送会の食事が始まった。
「あったことは忘れて、私たちと食事を。旅のご無事を祈って」
マーサがマクバニーに言葉をかけ、マクバニーも席に着く。
「逆上したことを許して頂き、感謝します」
そして、エイミーが摘んできた“特別なキノコ”が振舞われる。
それを食べながら、マクバニーは最期の言葉を残す。
「出ていきますが、その前に俺のしたことの償いをします」
そう言うや、呆気なく、息を引き取ったマクバニー。
南軍への合図である青い布が門に巻かれ、白い布に包まれたマクバニーの遺体が門外に置かれた。
門に巻かれた青い布 |
遺体に布を巻く生徒たち |
これが、「女の園」で起こった事態の陰惨なる顚末(てんまつ)である。
2 特殊な状況が特殊な関係を生み、特殊な事件を作り出した
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【南北戦争・青が北部諸州、赤が南部諸州。水色は合衆国に留まった奴隷州】(ウィキ) |
約62万の犠牲者を出した南北戦争は、アメリカの建国史上最大の戦争だった。
中でも、南部連邦側に属したバージニア州は、州都リッチモンドが南部連合の首都となり、南部連合国軍大将となったロバート・リー将軍が率いた戦闘の激戦地となったことで知られる。
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ロバート・リー(ウィキ) |
既に、リンカーン大統領の奴隷解放宣言によって、南部を支持していた英仏が北部支持に転換したことで国際世論を得て、大義名分を確保した北部諸州軍は、ゲティスバーグの戦い(1863年7月)で圧勝し、リー将軍を降服させた戦争の帰趨(きすう)は明らかになっていた。
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【閣僚に奴隷解放宣言の初稿を提示するリンカーン、フランシス・ブリッケル・カーペンター画1864年】(ウィキ) |
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【現存するものとして唯一確認されているゲティスバーグでのリンカーンの写真。「人民の、人民による、人民のための政治」と語った「ゲティスバーク演説」(1863年11月)は民主政治の本質を謳った著名な演説として、米国史上に永遠に引き継がれていると信じたい(着座・演説中ではない/ウィキ参照)】 |
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南北戦争・南軍の捕虜(ウィキ)
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時代背景を重視したと語るソフィア・
コッポラ監督(ラストシーンの「青の布」が象徴している) |
映画の背景は、ゲティスバーグの戦いの翌年のバージニア州。
その一角にある女子学園に、負傷した北軍下士官マクバニーが運ばれて来た。
世間から隔離された「異界」(「女の園」)に集合する、7人の世代の異なる女性たちは移動もままならず、ストレスを累加させていた女子学園の中枢に、唐突に入り込んで来た男の臭気に女たちが色めき立ったのは自然だった。
色めき立つ女たち |
「最年長のマーサは結婚相手ではなくアダルトな関係を築けるパートナーを求めていて、30代のエドウィナは恋人や夫になるような相手を、そしてアリシアは性に目覚める年頃だから単純に男性に興味がある。そんな風にそれぞれ相手に求めるものが違っているだけで、男狂いした女性達というわけではないの。マクバニーもまた相手の年齢に合わせて違う魅力を見せていくような演出をしているのよ」
来日会見でのソフィア・コッポラ監督の言葉である。
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ソフィア・コッポラ監督
監督もブリーフィングしているが、世間からの隔離が、世間一般の普通の女性たちよりも性的欲求を強化してしまうのだ。
「女の園」で密やかに暮らしていながらも、「異界」からの脱出を切望していたケースは、マクバニーとの結婚を考えていたエドウィナに集中的に現れていたが、他の女性たちにも共通していたと言える。
ドレスを縫うエドウィナ |
庭の手入れをするマクバニーに見入るエドウィナ |
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毒キノコによる死の情報を共有することなく、最後にはマクバニーと結ばれる |
7人の女と一人の男。
マーサにも接近するマクバニー |
マーサ |
そして、両者の物理的最近接。
ここに、「特殊な状況」が形成されたのである。
この「特殊な状況」が変化を見せるのは必至だった。
もとより、「アイルランドから無一文でアメリカに着き、300ドルもらって軍隊に入った」(本人の弁)マクバニーは、北軍所属の脱走兵だったこと。
マーサに吐露するマクバニー |
これは大きかった。
この現実が、男の行動を規定する。
治療が癒えたマクバニーが学園の定住に拘泥(こうでい)したのは、「女の園」に強く惹かれたからと言うより、それ以上に、学園離脱が彼の状況を不利にするという現実が存在するからである。
南部諸州軍の捕虜になる危険性ばかりか、北部諸州軍から脱走兵として、「軍人が負うべき義務を放棄した者」が受けるペナルティを怖れていた。
この心理が、マクバニーの過剰な対応を約束したと思われる。
自分に色めき立つ女たちを翻弄し、「君は最高だ」などと撒き散らすのだ。
そう言われた女たちは、欲望を全開させていく。
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夕食の宴で着飾るエドウィナ |
抑制的なマーサ以外は、欲望の全開に歯止めが効かないが、これは自然な感情の発現であり、異様な行動傾向ではない。
特殊な状況下に置かれた女の〈性〉の、ごく普通の行動様態であると言っていい。
従って、女たちに対するマクバニーの過剰な対応の本質は、「女の園」に潜り込むことで得られる「安全」の確保であり、それ以外ではなかった。
それが、マクバニーの究極の「適応戦略」であった。
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「安全」の確保のためには、何でも遂行するマクバニーの「適応戦略」は、過剰過ぎたことによって頓挫する
7人の女と一人の男によって形成された「特殊な状況」が、「女の園」の只中に「特殊な関係」を生み出したのである。
しかし、この「特殊な関係」に皹(ひび)が入る。
マクバニーの「適応戦略」が過剰だったため、「女の園」に集合する複数の女たちの中で嫉妬が生まれ、混乱を極め、それが、あってはならない「事件」を作り出してしまったのだ。
一切は、相対的に性的欲求に飢えていた女たちの〈性〉を必要以上に刺激し、翻弄し切った男の、自縄自縛(じじょうじばく)のトラップに嵌った自堕落の現象の情態であった。
自堕落の現象の情態を曝した男に待っていたのは、組織が壊死に陥る壊疽(えそ)を防ぐために行われた左脚の切断だった。
暴れ狂った男の破壊的暴力のターゲットになった「女の園」の状況は、今、男を愛するエドウィナを除き、〈性〉を捨てた女たちの命の防波堤になっていく。
マクバニーの暴力から生徒たちを守るマーサ |
その命の防波堤を守るために、女たちは男を毒殺する。
ここで思うに、男を「女の園」から追い出す手立てを講ずることなく、なぜ、毒殺に及んだのか。
言わずもがな、その理由は明白である。
男を「女の園」から解放すれば、敵軍の下士官を「女の園」に何日にもわたって匿い、そこで起こった出来事の一切が南軍に知られてしまうことを怖れたからである。
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「女の園」を守り切ったマーサ
かくて、「特殊な関係」を生み出した「女の園」が、ダークに満ちた「事件」を出来させてしまったのだ。
「囚われているのを表すため。望まない人生に囚われている。行き詰った状況」
ラストシーン |
柵越しに彼女たちを映したラストシーンの意味を、ソフィア・コッポラ監督は、このように語っている。
どこまでも、「女の園」の本質は、「時代状況に囚われている女たちの行き詰った状況」(インタビューでの監督の言葉)でしかなかったのである。
「囚われている女たち」にとって、男の闖入(ちんにゅう)は、一時(いっとき)だが、女たちが求める男の〈性〉の格好の餌食であったとも言えるだろう。
短い尺の中で、複数の女を特化し、中でも、特化された2人の女(マーサ、エドウィナ)、そして、1人の男(マクバニー)の心の綾を精緻に描き出した作り手の演出力に感嘆した。
マーサ・ファンズワース女子学園(随所に見られる、優れた映像美の構図が映画的完成度を高める) |
際立つ映像美 |
同上 |
(2020年9月)
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