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2023年1月30日月曜日

ヤクザと家族 The Family ('21)   求めても、求めても得られない「家族」という幻想    藤井道人

 



1  「これで、家族だな」「親分、宜しくお願いします」

  

 

 

1999年。

 

覚醒剤の売買をシノギとしてきたヤクザの父親の葬儀に、バイクで駆けつけた山本賢治(以下、山本)。

 

顔見知りのマル暴の大迫(おおさこ)に声をかけられた。

 

「お前は、父親みたいになんじゃねぇぞ」

「おめえに関係ねぇだろ」

 

外で待っていた手下の細野と大原とを随行させ、バイクを走らせていると、車で覚醒剤を売っている男を発見する。

 

山本はその男を殴って覚醒剤の入ったバッグを奪い、現金だけ奪って海に投げ捨てる。 

バッグを奪う山本
覚醒剤を投棄する



その金で、母と慕う木下愛子(以下、愛子。「オモニ」と呼ばれる)の韓国料理店で食事を摂る3人。 

左から山本、細野、大原


愛子の夫の木村は、以前、柴咲組(しばさきぐみ)の若頭(組長に次ぐ地位)だったが、抗争で命を落としている。

 

そこに柴咲組の組長・柴咲博が幹部の中村努らを連れ、会食のために入店して来た。 

柴咲

突然、武装した男たちが乱入して暴行し、柴咲に拳銃を向けた。 

男たちの乱入に驚く愛子

愛子を庇う柴咲


その様子を見ていた山本は、拳銃を向けた男の頭を鉄鍋で思い切り殴り倒す。 


「おめえら、うるせぇんだよ!」

 

パトカーのサイレンが聞こえ、山本ら3人はそのまま逃走した。

 

翌朝、乱雑に散らかるアパートに戻った山本の元に中村が訪れ、組の事務所へ連れて行く。

 

待っていた柴咲が、昨日の礼を言うが、山本は「別にあんたら助けたわけじゃない」と素っ気ない。

 

「ヤクザにはならねぇよ」


「うちは、シャブには触らんよ」
 


山本の尖った態度にも、大らかに接する柴咲。

 

山本は柴咲の名刺を受け取り、帰途につくと、覚醒剤を奪ったことで侠葉会(きょうようかい)の組員に追い詰められ、激しい暴行を受ける。 

侠葉会の組員に追い駆けられる山本


若頭の加藤は覚醒剤を海に捨てたと知ると、山本ら3人を臓器売買に引き渡すため、港へ連行した。

 

そこで、山本が柴咲博の名刺を所持しているのを手下の川山が発見し、先年、手打ちにした柴咲組に疑義の念を抱く加藤は、柴咲が裏で糸を引いていると責めるのだ。 

加藤

「柴崎組なんか、関係ねぇ。俺は、山本賢治だ!」 



加藤は柴崎組に連絡を入れ、山本は柴崎の元に引き取られる。

 

「何か、えらく頑張ったらしいな、賢坊。行くとこあんのか、賢坊」 


柴崎に優しく声をかけられた山本は、堰を切ったように号泣する。 


これで腹が決まったのか、ヤクザ嫌いの山本は柴咲と「親子盃」を交わすのである。

 

「これで、家族だな」


「親分、宜しくお願いします」
 



かくて、ヤクザを拒絶してきたチンピラが、ヤクザの闇の世界に吸い込まれていくのである。

 

【「親子盃」とは、親分と子分の関係を特定化し、親分に自分の命を預けるための儀式】

 

 

 

2  「なんでヤクザやってんの?」「…家族だからよ。なんでとかない」

 

 

 

2005年。

 

風呂屋で全身入れ墨を入れた3人の姿。

 

山本は若頭に昇進した中村の祝いに参じ、祝福の言葉とプレゼントを贈る。 

中村

左から大原、細野、山本、中村


その頃、警察では街の再開発に伴う風俗店の解体で、北を「シマ」とする侠葉会と南の柴咲組との間に勃発するであろう抗争を、大迫が徹底的に取り締まることを明言する。

 

ヤクザになってからも、変わらず“賢坊”と呼ぶ愛子の店に行き、息子の翼に小遣いを渡す山本。

 

呼び出されてクラブに行くと、侠葉会の川山がイチャモンをつけ、柴咲組が南から撤退するように促し、柴咲を時代遅れと罵る川山に怒りを抑えられない山本は暴行を加えてしまうのだ。 

細野と山本

川山


川山を追い出した後、山本の隣に座ったホステスの工藤由香(ゆか/以下、由香)を気に入り、自宅に呼び入れるが、体を求められた由香は頑として拒絶する。 

由香



柴咲組では、クラブでのトラブルで柴咲が侠葉会に呼び出され、当の山本は中村から叱咤を受けた。 


そして設けられた、侠葉会の会長となった加藤と若頭の川山と、柴咲、中村の4人での揃い踏みの会食。 

柴咲(左)と加藤(右)と川山


「時代はもう変って来てるんだよ。南から手引いてもらってさ。ね、お互い上手くやっていきましょうよ」

加藤

「8年前、本家に言われて手打ちにしたが、てめぇがうちの木村、的に懸けたこと、忘れたわけじゃないんだ」

 

これを笑い飛ばす加藤に切れた柴咲は、飲み物をぶちまける。

 

「やれるものなら、やってみろ!このチンピラ」 


嘲笑を受け、絶対に引き下がれない極道の意地を見せる剣幕だった。

 

一方、事務所に残された山本は由香を呼び出して夜の海に連れて行く。

 

学費を稼ぐために店で働くと話す由香は、山本に訊ねる。

 

「なんでヤクザやってんの?」

「…家族だからよ。なんでとかない」

「本当の家族は?」

「そんなもん、いない」

「私もいない」


 

他愛ない会話だったが、「家族」を希求する二人の心理的距離が近接していくようだった。

 

まもなく、山本は柴咲に呼び出され、大原の運転で釣りに行くところ、バイクに乗った2人組に複数の銃丸を浴びせられた。

 

山本は柴咲に覆い被さって守り、二人は窮地を脱したが、大原は命を落としてしまう。

 

「ウソだろ」 


衝撃に震える男の悲哀が極まっていた。

 

その後、足を撃たれた山本は入院し、大原の葬儀が盛大に執り行われる。

 

柴咲は本家の松桜会(しょうおうかい)に電話で抗議するが、相手にされなかった。

 

葬儀場に大迫がやって来て、柴咲を諭す。

 

「8年前の木村の時と同じだ。この一件、我々が処理しますんで、動かないでください…柴咲組全員が路頭に迷うことになりますよ。これからは、社会でヤクザを裁くのは、法や警察だけじゃない。世の中全体に排除されるようになります。時代は変わっていくんですよ」 

大迫(左)


山本の病床に見舞いに来た柴咲は、今回の件を警察に任せることにしたと、血気に逸る山本を諫めた。 


「なに言ってるんすか。大原殺られたんですよ。親父、全部俺が悪いんです。俺にケジメ付けさせて下さい」


「賢坊、もう、終わったことだ」

 

クラブで大迫と加藤らが集う場で、まだ足を引き摺る山本はホステスと別室にいる川山に銃を向け撃とうとした瞬間、中村がそれを押しのけ、全身の力を込めて川山を突き刺す。 


「兄貴…」

「賢治、親父、頼むぞ」

「兄貴、行ってください。兄貴が親父支えないと!」 


山本は中村から刃物を奪って逃亡させ、何度も川山を刺して怨恨を晴らすのだ。

 

その山本も現場から逃げ、由香の家に転がり込んだ。

 

山本は由香に抱きつき、由香も優しく抱き返す。

 

二人は結ばれるが、翌朝には多額の現金を置いて去り、事務所に出向いた。 


柴咲は山本を固く抱き締めた。

 

「親不孝者めが…」 


大迫が事務所に来て、山本に手錠をかけ連行する。

 

テレビニュースで逮捕の様子を見つめる、愛子と一人息子の翼少年、そして由香。 



起こるべくして起こったヤクザの抗争事件が、一人の男の人生を大きく変えていくのである。 


 

 

3  「真っ当な人間になって、少し退屈でもいいから、休みの日は一緒に遊んだり、そんな生活がしたかった」

 

 

 

2019年。

 

山本の出所を中村が迎えに来た。

 

事務所に行き、柴咲に挨拶をすると、返す声も小さく、その衰弱ぶりに戸惑う山本。 



中村に訊ねると3年前に癌に罹患したと言う。

 

細野を含め、組員も殆ど離脱し、残っているのは古参の数名のみ。

 

シマは「加藤と大迫にうまい事やられてな」と話す中村。 


「じゃあ、今、どんなシノギしてるんですか?」

 

その質問に無言の面々。

 

夜中に、海でシラスウナギの密猟で生業を立てているのである。 

シラスウナギの密猟



山本は愛子の店に行って再会を喜び合い、店内では細野が待っていた。

 

細野は堅気となって家族を持ち、産廃業者(産業廃棄物処理)で働いて、ギリギリ生活できていると吐露する。

 

「5年間は地獄でしたけど…」 


細野は所謂、「5年ルール」について語る。

 

「ヤクザ辞めても、人間として扱ってもらうには、5年かかるんですよ。口座も保険も家も」 


その話を受け止め切れない男だけが、異世界にいるようだった。 


【後述するが、元暴力団員の社会権を制約しており、社会復帰を困難なものにしているのが、全ての都道府県で実施されている「暴排条例」である。この暴排条例には「元暴5年条項」(5年ルール)と言われる項目が存在し、「ヤメ暴」になっても、概ね、5年間は暴力団関係者と看做(みな)され、組員同様に銀行口座を開設すること、自分の名義で家を借りることができない。だからといって、暴力団員歴を隠した履歴書にすれば「虚偽記載」として「私文書偽造罪」に問われ、1年以下の懲役(2022年に、「拘禁刑」に改正)又は10万円以下の罰金が処せられる。この高いハードルが、「ヤメ暴」の社会復帰における喫緊の課題と化している】 

「元暴5年条項」(5年ルール)


ここで山本は、由香の所在について訊ねると、細野は知り合いに聞いてみると答え、妻からの携帯で帰宅することになる。

 

勘定を払おうとする山本に対し、頑なに拒否して自分で支払う細野。

 

「兄貴と付き合えば、俺だって、反社、反社って言われちゃうんです。もう、一緒にいた頃とは状況違うんですよ」

 

気まずそうに事情を話して頭を下げ、そそくさと帰って行った。

 

半グレとなった翼が店に店に戻り、賢兄(けんにい)と慕う山本をヤクザに替わって仕切るクラブに案内する。 


その翼は、中村の下で柴咲組のシノギを手伝っていると話す。

 

心配する山本は、中村にシノギの現場に同行させてもらう。 

客からのボッタクリ


車で覚醒剤の売買をする中村。

 

5年前に店が全部摘発されてから始めたという中村に対し、山本は男を磨くのが極道だと話していた中村に怒りをぶつける。

 

二人は車を降り、激しく殴り合い、互いに胸の内をぶつけ合った末、最後には和解する。

 

「キレイごとじゃ、メシ食えないんだよ」


「兄貴は、シャブやってないっすよね?」


「そこまで堕ちてねぇよ、バカ野郎」
 



その直後、細野から由香が見つかったと連絡が入り、早速、会いに向かう。

 

市役所に勤める由香の帰りを待ち、一緒に海へ行く。

 

お互いに老けたと話し、由香が独身であることを確認する山本。

 

「山本さん、まだヤクザをやってんの?」


「どうなんだろうな。久しぶりに帰ってきたら何もかも変わってた。街も人も」

「当たり前だよ。全部変わっちゃった」 


由香を社宅まで送ると、14年前に置いて行った大金が入った袋を山本に返す。

 

「これを返したくて…」

「いらねぇよ」

「山本さん、もう会わない方がいいと思うの」


「お前までそんなこと言うのか」


「ごめん」

「なあ由香。俺んとこ、来ないか?」

「それはできない」

「お前一人くらいだったら、何とか養っていくから」

「ごめん」

 

去って行く由香を追い、問い詰める山本。

 

「養える?私たちのこと」


「何言ってんだ」

「私と娘」

「それ、幾つだ?」


「14」


「それ、俺の?」

「そんな訳ないでしょ。親がヤクザなんて、あの子に絶対言えない」

 

思わず吐露した由香は涙ながらに帰宅する。

 

見送る山本も、涙で顔が歪んでいた。 



翌日、入院中の柴咲の見舞いに行く山本。

 

「解散しようと思ったんだ、柴咲組を。癌が転移したって分かった時に。でもなぁ、ヤクザしか生きる道がなかった連中、どこがあいつら拾ってくれるよ」


「はい」

「そう思ってやって来たけど、結局、義理も人情も金には勝てないってことだな…賢坊、お前、組抜けろ。お前は、まだやり直せる」 


この柴咲の言葉を受け、14年間の空白の重さを痛感する男。

 

細野は家族3人で釣りを楽しんでいる一方、中村は覚醒剤に手を染めていた。 



山本は由香の社宅を訪ね、娘の彩(あや)を連れて出勤する由香に会う。 



事務所では、中村が山本の除籍通知をボードに貼る。

 

男の離脱が現実と化したのだ。

 

片や、侠葉会の組長加藤の自宅に招かれた翼は、柴咲組と縁を切り、配下に来ないかと誘われる。

 

「すいません。いや、大丈夫です。僕らで出来てるんで。困ったら連絡させてください」

「おい、小僧。おめぇ、誰に物言ってるのか、分かってるんだろうが」

「加藤さん、俺たちヤクザじゃないんで。そういう体育会系のアレ、通用しないんすよ」


「こら、ガキ、外道、チンピラ。大人を舐めるんじゃないよ」


「もう、お前らの時代じゃねぇってこった、おっさん」

 

翼が立ち上がり帰ろうとすると、加藤が背後からがなり、脅す。

 

「木村の目、そっくりだな!父親と同じ目に合わないといいな」


「どういうこったよ」
 



その後に出来する事件の伏線となるアグレッシブな言い争いだった。

 

まもなく、山本は由香の家に同居人として住み込み、細野の紹介で同じ産廃業に勤め始めた。



翼の店に大迫が訪れ、父親について翼から尋ねられると、どうしようもないチンピラで、ここでも、父親と同じ目に合わないようにと忠告する。

 

それに対し、翼はヤクザと会っている大迫の画像を見せる。

 

「あんたが、この街でしてきた他には言えないこと、全部俺たち握ってんだけど。ネットに流してやろうか」


「クソガキが」

「教えてよ。オヤジのこと」

 

まだ見ぬ実父の死に拘泥する、半グレの思いだけが膨れ上がっていくようだった。

 

一方、産廃業での勤めの昼食時に、同僚の若者が細野と山本の写真を撮ってSNSに流したことで、由香の役所や娘の彩(あや)の学校に、元ヤクザとの関係が尾ひれをつけて拡散されてしまった。 

細野と山本の写真が撮られる

注意を受ける由香



細野は、不用意に画像を流出させたその若者を、周囲の制止を振り切って殴り続ける。

 

「全部終わりだよ!終わりだよ!」 



通報を受けて駆けつけて来た大迫は、堪らない気持ちで溜息をつく山本に声をかける。

 

「賢坊、ヤクザ抜けたってな。おめぇは、しばらくはヤクザのレッテル貼られて、どうにか生きてくしかねぇんだよ」 


その言葉を聞いて、山本は大迫に殴りかかろうとする。

 

「なんだ、またパクられたいのか」

「何が生きてくしかねぇだ。生きる権利奪ってんのは、そっちだろうが」


「そりゃ、おめぇらのやってきたこと考えりゃ、当然の報いだろ。ヤクザの人権なんてな、とうの昔になくなってんだよ」
 


リアルな状況性を目の当たりにした男に突きつけられた現実の重さが、虚空に舞っていた。

 

役所の上司から解雇通告を受け、社宅も出ることになった由香は、帰宅した山本を問い詰める。

 

「一個、聞いていい?何であたしに会いに来たの?」



答えない山本に怒りをぶちまける。

 

「あんたが来るまでは全部順調だった!あんたのこと忘れて、彩のために14年間がむしゃらに生きてきた!あんたが、あんたが、あたしたちの前に現れたりしなければ…あんたさえ…あんたさえ…」 


そう言って、泣き崩れる由香。

 

「あんたのことなんか、好きにならなきゃ良かった」

 

山本が由香に触れようとすると、激しく拒絶される。

 

「出て行って!…お願いだから、出て行って下さい」 


泣きながら頭を下げる由香。

 

行く当てのない山本は荷物をまとめ、愛子の店に行く。

 

「俺でよければ、面倒見ますから」

「ありがとな、翼。まあ、大丈夫だよ」



「大丈夫って言う人、たいてい大丈夫じゃないですよ」

 

ここで、翼は柴咲が危篤状態であることを知らされる。

 

「俺が言うことじゃないんですけど、やっぱ、組長は会いたいんじゃないですか。なんて言うか、家族みたいなもんじゃないですか」 



「ありがとな」と山本が帰ろうとすると、翼が父親を殺した奴を見つけたと話す。 


山本は翼を抱き寄せ、「愛子さん、大事にしろよ」と耳元で囁く。 


その足で、山本は柴咲の病室へ向かった。

 

柴咲の手を握ると、蚊の鳴くような声で「賢坊」と反応する。

 

「親父…」

「まだ、親父なんて、呼んでくれるんだな」

「俺の父親は、親父しかいませんから」


「親父らしいこと、何もしてやれなかったのになぁ…賢坊、家族大事にな」


「はい…」

 

山本は事務所に戻り、由香の携帯に留守録を入れる。

 

「色々と悪かった。俺のせいでこんなことになって。短い間だったけど、本当の家族みたいに一緒に暮らせて、幸せな時間だった。普通の人間になりたかった。普通の生活をしたかった。真面目に働いて、真っ当な人間になって、少し退屈でもいいから、休みの日は一緒に遊んだり、そんな生活がしたかった…14年間、ずっとお前のことばかり考えてた。俺たちの子供がいるって分かった時、すべてを投げ出して、お前たちを守りたいと思った。でも、そんな自分の存在が、お前たちを傷つけてしまった。本当にすまない…由香、もう一度会いたい。お前と彩に会いたい。最後に、彩を産んでくれてありがとう。愛してる」

 

この長いモノローグの間に、映像はそれぞれの行く末を伝えていく。

 

由香は役所を退所し、彩は学校で転校の挨拶をして、二人は社宅を出る。 



山本は金属バットを手に雨の道を歩き、細野は自宅に戻り、妻子が出て行ったことを知る。 



翼は同じく金属バットを手にし、仲間を連れ、父の仇討ちに向かう。 


山本は会食する大迫と加藤と大迫を、金属バットで殴り殺す。 


柴咲が息を引き取り、中村が慟哭する。 


そして、警察に制止されながら、乗り込んで来た翼が店の奥に辿り着くと、既に大迫と加藤は山本によって殺害された後だった。 


最後に、彩と車に乗る由香の涙に濡れる表情が映し出されていく。 


ここで、由香へのメッセージ(山本のモノローグ)が終焉する。

 

埠頭に座り込んで、タバコを吸う山本。


 

立ち上がった瞬間、刃物で思い切り腹を刺される。

 

細野だった。

 

「あんたさえ、戻って来なければ。チクショウ、チクショウ、兄貴…」 


そんな細野を山本は抱き締める。

 

「…細野…ゴメンな…」 


山本は海に落ち、穏やかな表情で海中深くに沈んでいく。

 

ラストシーン。

 

翼は今、山本が海に沈んだ埠頭に、花束とタバコを手向けた。

 

そこに彩もまた、花束を捧げにやって来た。 


「あんた、ヤクザ?」

「ちげぇよ。今の時代、ヤクザなんて食えねぇだろ」

「ねぇ、お父さんって、どんな人だったの?」 


ここで、翼は山本の娘だと悟り、涙を浮かべる。 


「少し、話そうっか」

 

頷く彩。


 

二人は海に向かってしゃがみ込んだ。

 

ここから何かが拓かれ、生まれていくのだろうか。

 

 

 

4  求めても、求めても得られない「家族」という幻想

 

 

 

物語の構造は至ってシンプルである。

 

その死によって「腐れ外道」である実父と、その所業(これが覚醒剤嫌悪に繋がる)を否定したことで、「家族」という幻想が解体された男の中枢に広がる空洞を埋めたのが、「腐れ外道」ではないと信じ切る原風景としての「父」だった。 

「俺は、山本賢治だ!」/「家族」を失い、「腐れ外道」を否定する男

原風景としての「父」と「息子」

 

その「父」とは血縁がなくても、義理と人情を貫く「極道」であると信じ、全人格的に己を丸投げする。

 

テリトリー(シマ)を有し、ごく普通サイズのシノギ(「みかじめ料」など)をするが、覚醒剤(シャブ)には決して手を出さない。

 

【「みかじめ料」(用心棒)は、1年以下の懲役または50万円以下の罰金が科される犯罪】 

みかじめ料



包容力があり、誰よりも鷹揚である。 


だから、この「父」のために我が身を顧みず身命(しんめい)を賭す。

 

そして、「組」=「父」を守るために命を懸けて、消えていく。


 

塀の中の住人となったのだ。

 

基本的にヤクザには仮釈がないから、ヤクザ同士の殺し合いは、嘘か実(まこと)か、「刑期が3割引き」という伝え聞きを風化させるが如く、満期出所するまでの14年間、塀の中の住人として「務め」を消化していく。

 

しかし、「務め」を終えて俗世界(シャバ)に帰還した時、「組」=「父」を守り切った男の視界が捉えた塀の外の風景は一変していた。

 

威厳を保つ何ものもなく、今や組織の体を成していないようだった。

 

シラスウナギの密漁で凌いでいるばかりか、禁断の薬にも手を出していて、もう身命を投げ入れる在り所(ありか)すら拾えないのだ。

 

何より、「組」=「父」という根源的スキームが剥落寸前だったのである。 


「俺の親父は、親父しかいませんから」

 

死にゆく者に対する最後の言辞が別離の儀式と化した時、男の孤独が極まった。 


【絶滅危惧種のシラスウナギの密漁は、漁業法改正によって、最大で3年以下の懲役または3000万円以下の罰金を受ける犯罪。但し、シラスウナギの場合、3年の猶予期間がある】 

『1杯100万円の白いダイヤ』シラスウナギで密漁横行」より



―― 顧(かえり)みれば、「家族」という幻想が解体された男の空洞を埋めるには、決定的に足りないものがある。

 

正真正銘の「家族」である。

 

確かに、一時(いっとき)仮構した、「家族」という名の束の間のハネムーン。 


玉響(たまゆら)だからこそ、深々と記憶に鏤刻(るこく)される。

 

「俺たちの子供がいるって分かった時、すべてを投げ出して、お前たちを守りたいと思った」

 

このモノローグは、あまりに痛々しい。

 

痛々しくても、一切は男の不所存(ふしょぞん) に起因するが故に沙汰(さた)の限りという外になかった。 



実以て(じつもって)、男は二度に及び殺人事件を起こしている。

 

共に、特定他者を守るための切羽詰まった重大事件だったにも拘らず、そこに男の根源的アイデンティティが凝縮されていたから、人柱(ひとばしら)となるという選択肢しか拾えなかった。

 

一度目は、身を呈して「父」を守り切ったテリトリー(シマ)の争い、

 

二度目は、半グレの暴走を阻止し、「母」(オモニ)を守り切った代行的な同害報復。 

「俺、親父殺した奴、見つけたんすよ」/翼のこの言葉を受け、山本は愛子(心の母)と翼を守るために金属バットを手にする
二人の話を不安げに見る愛子



「父」と「母」を守り切ったことで、男の不所存なる愚行は終焉する。

 

ではそこに、男の根源的アイデンティティの全てが凝縮していたのか。

 

否である。

 

男が本気で守ろうとしたのは、正真正銘の「家族」以外ではなかった。

 

求めても、求めても得られない「家族」という幻想。

 

これが破綻した時、生母から貰い受けた男の〈生〉の、その限りある時間を使い果たしてしまったのである。 


そういう映画だった。

 

―― そういう映画だったからこそ、敢えて書く。

 

かつての舎弟の恨みを買い、腹を抉(えぐ)られ、海に沈む画(え)をラストにすべきだった。

 

あまりにベタな笑みなどいらない。 

全て失って沈みゆく男


その生育環境に同情すれども、愚行を重ねた果てに自壊していくヤクザの落魄(らくはく)の様態。

 

そこで閉じるべきだった。

 

ましてや、血を分けた娘の思いを十二分に理解できるにせよ、男の凄みを語らんとする半グレの嗚咽で終わるラストシーンなど筋違いではなかったか。

 

この映画は、作家性を希薄にした作り手の、ほぼ完成形のエンタメでしかなかったということ。

 

それでもいいが、綾野剛が素晴らしく、想像以上の感動譚に仕上がっていたので、敢えて物言いした次第である。  


 

共に好みではないが、社会的視座で言えば、任侠の臭気が残る本篇よりも、「ヤクザ」を犯罪組織として描く白石和彌監督の作品の方が説得力があるだろう


 

5  離脱者を社会の一員として定着させること ―― その取り組みの重要性

 

 

 

ここでは批評から離れて、映画が提示した重要なテーマについて、引用資料を添えて簡単に言及したい。

 

言うまでもなく、社会との契約関係が封じられる「元暴5年条項」(5年ルール)の問題である。

 

【何より、「暴排条例」制定の動きが広がったのが2011年以降であるにも拘らず、物語の主人公が、仮釈がない暴力団員が満期出所しても、刑務所で「元暴5年条項」が知らされない事実に驚いている。警察と刑務所の連携不足である】

 

以下、「暴力団対策法30年(2)~令和3年における組織犯罪の情勢」という文書からの引用資料。

 

「暴力団を離脱しても、その後の受け皿が今の社会にはないのです。10~18年の9年間で、全国の警察や暴力追放運動推進センターなどの支援で暴力団を抜けた人数は計5453人。一方、就職者数は計165人とわずか約3%しかいません。

(略)バブル時代までのヤクザは『表』と『裏』で稼げたが、国家の縛りがきつくなり、企業がコンプライアンスの強化で暴力団と接触しなくなったため、『裏』でしか稼げなくなった。

(略)1991 年に制定された暴対法により、一般社会と暴力団との間に壁が生じた。この壁をより強固にしたものが暴排条例である。現在の日本において暴力団員であることは、憲法で保障された『健康で文化的な最低限度の生活を営む』権利すら保障されない。

(略)警察は脱退の届け出があっても5年程度はリストから外さないことが多いという。暴力団排除条例ができて以降、経済的に困窮した暴力団員の脱退が相次いでいるが、真偽を確かめるのに警察のマンパワーが足りていない側面もある」(「暴力団対策法30年(2)~令和3年における組織犯罪の情勢」より)

 

「半グレ」の突出と比べると、「『貧困暴力団』と化した暴力団の『強固な内部統制』の緩み」と言われるほど脆弱化したことで、「元暴アウトロー」を大量に生み出す現実の一刻も早い制度改善が求められている。 

暴力団と準暴力団の違い



これは「元暴」の離脱・就労等の指導・支援の継続的取り組みこそが喫緊の課題でありながら、「反社」に対する規制の難しさを可視化していて、暴力団組織の根絶と組員の更生を最終目標とする理念だけが浮き上がってしまっているのだ。

 

離脱者を社会の一員として定着させること。

 

これを具現化するには、「元暴5年条項」の見直しが求められるだろう。

 

現に、警察庁は2022年2月、暴力団離脱者の銀行口座開設を支援するよう都道府県警と金融機関に要請したという記事(「暴力団と決別した元組員の『口座開設』支援…警察庁、社会復帰を後押し」)が事実なら、早急に対処すべきである。 

元暴力団員の社会復帰 元組員の口座開設支援を」より



但し、「暴力団は『任侠道』を建前としていますが、実際は、資金源を得る為には犯罪行為を厭わず、立場の弱い者や一般人を苦しめている集団」(「都民安全推進部))であるという認識だけは押さえておかねばならないだろう。

 

―― そして、映画で提起された深刻な問題がある。

 

SNSでの誹謗中傷の類いの常識を越える暴走。

 

これこそ、是正せねばならない喫緊の課題である。

 

これらの行為は、侮辱罪に該当するからだ。

 

「侮辱罪の厳罰化」と決めつけ、日弁連は批判するが、現在、この侮辱罪に罰則規定が入ったことで、木村花さんの遺族らが評価し、「抑止力になる」「やっと適正になった」と受け止めている現実の重さは、当事者ではないと分かりようがないのだ。

 

私たちは基本的に、被害者視点で事態に向き合うべきだからである。

 

寧ろ、その拡散を防ぐにはこの程度の対応しかできないという現状に唖然とする。

 

なぜなら、誹謗中傷のツィートと特定するには訴訟を起こすしかないという厄介な問題があり、艱難なことなのだ。

 

【侮辱罪の罰則規定は、「1年以下の懲役、若しくは、禁錮若しくは30万円以下の罰金又は拘留若しくは科料」というもので、2022年6月の改正刑法で成立。木村花さんの場合、略式命令と科料9000円で済まされてしまった】

侮辱罪に「懲役刑」



 


5  長期就業の継続こそが、真の社会復帰である




一般社会と暴力団との間に巨大な障壁を生んだ「暴力団対策法」(1991年)→「暴力団排除条例」(2011年/全国的に施行)の制定以降、暴力団規制の厳しさが増している。 

「『早くやめておけば』あえぐ組員、強まる排除 『暴排』条例の10年」


暴力団排除条例



“ヤメ暴”に対する中小企業への就職の斡旋は存在しつつも、更生の援助などは制度的に不備であるという現実を、まず直視したい。

 

多くの元受刑者の就労支援率が1~2%という極端な低さが、このことを物語っている。

 

これには、「反社排除」による囲い込みが社会全体で強化している現況があり、“ヤメ暴” に対する拒絶的な風潮の背景にある。 

反社チェック・コンプライアンスチェック


決して間違ってはいないが、この拒絶的な風潮を、一般社会が自業自得と考える傾向が支えているので、“ヤメ暴”の社会復帰をより困難にしている事実を認知せざるを得ない。

 

かくて、5割にも及ぶ、元受刑者の再犯率の高さを生み出しているのだ。

 

元受刑者の5割が再犯者になるという現実は、「ダボス会議」(世界経済フォーラム)の「世界競争力報告」で報告されたように、安全な国トップ10に入った我が国の深刻な事態であると言える。 

世界経済フォーラム創設者兼会長 クラウス・シュワブ(ウィキ)


「世界競争力報告」安全な国トップ10



シノギ(資金獲得活動)が制約された結果、暴力団では「食えない」時代になっていることで、「暴追センター」(暴力追放運動推進センターが作る「社会復帰対策協議会」)や「民事介入暴力対策特別委員会」(日弁連)らの離脱支援によって、年平均600人が暴力団を離脱している現状(特に、妻子持ちの暴力団員/注)は悪くないが、行き場のない“ヤメ暴”が、犯罪者に戻ってしまうという現実は看過できない。 

「民事介入暴力対策特別委員会」の活動



(注)警察庁によると、暴力団組員・準構成員は10年の7万8600人から20年は2万5900人に減少したと公表している。

 

「反社」というラベリングによって、カタギで頑張ろうとしても、そのことを認知しない我が国の不寛容性を炙り出してしまっている。

 

気持ちは分かるが、企業の大半が“ヤメ暴”を雇用しないのだ。

 

“ヤメ暴”それ自身を認知しないからである。

 

かくて、離脱支援活動が空回りしているのである。 

工藤会離脱者の就労支援(工藤会は「特定危険指定暴力団」に全国で唯一指定されている)



「反社」から一般社会を守るという「暴力団排除条例」の制定は間違っていないし、当然の対応であるが、今や「反社」でないにも拘らず、“ヤメ暴”それ自身を認知しない風潮は、却って“ヤメ暴”の再犯を累加させてしまうのだ。

 

 思うに、“ヤメ暴”に潜む「暴力性」に対する恐怖感が、一般社会に浸透していること。

 

これが、“ヤメ暴”の社会復帰の困難さの最も大きい要因になっている。

 

「居場所」の確保という、“ヤメ暴”の社会復帰の受け皿の形成こそが、喫緊の課題なのである。

 

離脱後の就業=社会復帰にはならないという現実である。

 

長期就業の継続こそが、真の社会復帰であること。

 

「社会的包摂」という理念で、“ヤメ暴”の受け皿制度を社会全体で作り出し、それを継続に確保すること。 

全国初「暴力団離脱者(ヤメ暴)雇用企業に給付金」新制度 福岡県



これに尽きるだろう。

 

―― ここで想起するのは、アメリカで開発された教育プログラムとして有名な「セカンドステップ」。 

アメリカ発の教育プログラム「セカンドステップ」



児童期から攻撃性を抑制し得るような自我を育てることで、コミュニケーション能力や問題解決能力を身に付けていくという教育プログラムである。 

キレない心を育てる教育プログラム『セカンドステップ』の効果は」より



自らが帰属する社会の最低限のルールを守り、「我慢する」ことの大切さ ―― これを児童期までに身に付けさせていく。 

セカンドステップ



それに頓挫してもなお、「人生をやり直せる」という思いを捨てさせない社会的アウトリーチを継続し得ること。 


“ヤメ暴”もまた、強い意志・忍耐・気構えが要求されること。

 

安易な思考で社会復帰を果たすことなど、殆ど不可能であること。

 

暴力団組織在籍時の「しのぎ」は、もう存在しない。

 

建設業の土木作業に従事しても、肉体的労働に耐えていかねばならないのである。

 

仕事面において相当の格差があり、一般社会の労働条件、環境の状況を理解することなしに、真の社会復帰など覚束(おぼつか)ないのだ。

 

一般社会との意識の大きな相違を認知し、それを受容していく。

 

暴力団風言動によって、“ヤメ暴”に潜む「暴力性」を剥(む)き出しにすれば、一発アウトになる。

 

脱落すれば、殆どの会社は雇ってくれないのだ。

 

その冷厳な現実を直視せねばならないだろう。 

イメージ


【引用資料】


人生論的映画評論・続「すばらしき世界



【参照資料】

 

暴力団離脱者社会復帰に際しての心構え 福島県暴力団社会復帰対策協議会」 「“ヤメ暴”の社会復帰の難しさ、立ちはだかる『元暴5年条項』とは」 「『携帯は禁止、銀行口座もダメ』行き場のない元ヤクザは、犯罪者になるしかない」 「暴力団を離脱する人たちとその理由」 暴力団離脱者はいま、就職先でこんな『イジメ』に遭っている」 「民事介入暴力対策特別委員会」(東京弁護士会) 「『早くやめておけば』あえぐ組員、強まる排除 『暴排』条例の10年」 暴力団対策法30年(2)~令和3年における組織犯罪の情勢」 暴力団と決別した元組員の『口座開設』支援…警察庁、社会復帰を後押し」 都民安全推進部

 

(2023年1月)




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