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2020年6月13日土曜日

シン・ゴジラ('16)   庵野秀明


鎌倉稲村ケ崎に再上陸した巨大生物

<普く叡智を結集せよ ―― 人類共通の「敵」と如何に戦い、共存していくか





1  「スクラップ&ビルドで、この国はのし上がって来た。今度も立ち直れる」





羽田沖での大量の水蒸気の噴出と、東京湾アクアラインでのトンネル崩落事故の発生によって、時の政府は緊急会議を開くに至る。



以下、その会議での会話。

政府の緊急会議

「総理、何ものかが海底にいる可能性があります」と矢口官房副長官。
「巨大な生物と推測されます」と矢口官房副長官。右は赤坂補佐官

「何ものって、何だ?」と大河内総理。
「巨大な生物と推測されます。ネットにはそれを裏付ける動画も存在します」
「バカバカしい」

度肝を抜く矢口の言明は、一笑に付される。
柳原国交大臣

「やはり、新たな海底火山か、大規模熱水噴出口でしょう。他に考えられません」と柳原国交大臣。
「では、基本的対処方針をまとめて、直ちに官邸閣僚会議を開きます」

東(あずま)官房長官が緊急会議を括った。
東官房長官

「やんちゃもいいが、お前を推した長官の立場も考えろ」

旧知の仲の矢口に対する赤坂補佐官の忠告である。
矢口と赤坂

しかし、あらゆる可能性を具申すべきと考える矢口は、閣僚会議の場で、再び「巨大生物」の可能性について言及する。

「総理、あらためて提言いたします。やはり原因は、巨大不明生物である可能性があります。各省庁の検討を願いします」
「矢口!閣僚会議の席だ。冗談はよせ」と官房長官。

東官房長官と大河内総理(右)

「議事録が残るんだ。政府に恥をかかせる気か。そんなもの、いるはずがないだろ!」と総理。
矢口の執拗な「巨大生物」発言は、議事録が残る閣議において「ブラック・スワン理論」(起こり得ない事象)の範疇なのである。

ところが、滅多に起こらない「ブラック・スワン理論」であっても、決して全否定されることがない。

そこに極論が生まれる。

だから、その極論がリアリティを持ってしまえば、一気に空気が変容する。

そんな渦中だった。

一報が官房長官に耳打ちされ、会議を中断し、テレビを点ける。
呆気にとられる政府高官たち
そこに映し出されたのは、波打つ巨大生物の尻尾だった。
驚愕する政府の面々。

各省庁の捕獲か、駆除かの主張が錯綜する中、矢口が明言した。

「ここは、速やかに、不明生物の情報を収集し、駆除、捕獲、排除と、各ケース別の対処方法についての検討を開始してください」
顔を見合わせる政府の役人たち。

何をすべきか分からないのだ。

御用学者の生物学の権威の会議を開いても、何も生まれない。
御用学者らの不毛な会議

その間、巨大生物は移動し、大田区の呑川(のみかわ)に侵入し、次々に橋や船、周辺地域を破壊し続ける。
初めての首相緊急会見が開かれる。

確かな情報のみを発表し、国民の安心を促そうとする。

「巨大不明生物の上陸はありません」
そう言い放つや、蒲田に上陸する巨大生物。

言葉を失う総理。

大田区から品川区に移動する巨大生物。
まだ変態せず、未進化の「基本爬虫類」の巨大生物

時速13メートルの速度でも、「3時間あれば首都圏を縦断できます」と危機感を喚起する矢口。

被害は住宅街を襲い、建物の破壊が広がり、逃げまとう住民たち。
「このままでは、被害が拡大するばかりだ。公安委員会に連絡をとってくれ。政府が動かないなら、都から有害鳥獣駆除として、自衛隊の治安出動要請を出すしかない」

これは東京都知事。
東京都知事(中央)

首都東京が蒙るダメージを抑える手立ては、自衛隊の治安出動以外にないという正論である。

極限状態下でも、憲法上、それはできないと渋るのは総理大臣。

蒙るダメージより、「護憲」に拘泥するのだ。

既に我が国には、有事法制立法の一環として、2004年に成立した「国民保護法」がある。

簡単に言えば、緊急対処事態に直面した場合には、国を挙げて国民を保護する措置を取り、そのためには、国民の自由が大幅に制限されるという法規である。

「国民保護法」があっても、「護憲」に拘泥する時の総理の不決断は、政府高官らから強く迫られるに至る。

「ですから、総理、自衛隊の運用や国民の避難など、政府による事案対象のあらゆる統合が必要です。直ちに、災害緊急事態の布告の宣言をお願いします」
「超法規的な処置として、防衛出動を下すしか対応がありません。この国で、それが決められるのは総理だけです」
防衛出動を要請する東官房長官

なお、決断できない総理大臣。

「しかしなぁ、今まで出たことがない、大変な布告だぞ。その上、初の防衛出動の命令とは」

それでも、日本国民が蒙るダメージの広がりを視認し、総理大臣は戦後初の防衛出動が布告した。
迷い抜いた末に不決断を払拭した大河内総理
まさに、ウィーン会議で「会議は踊る、されど進まず」と言ったという、リーニュ将軍(オーストリア)のアイロニーがトレースされる。
シャルル・ジョゼフ (リーニュ公/ウィキ)

かくて発令した、防衛出動の目的は害獣駆除。

しかし、「害獣駆除」による防衛出動が発令されても、何も成し得なかったである。
自衛隊機が発射寸前で、逃げ遅れた二人の住民を発見したからだ。
発射寸前の自衛隊機
攻撃中止を命令する総理大臣。

安堵感さえ漂っているようだった。

一方、最も危機意識の強い矢口は、「巨大不明生物特設災害対策本部」(巨災対)事務局長に兼務し、直接、事態の対応を指示するポジションに就く。
矢口の初発の行動は、保守第一党政調副会長の泉に人選の協力を求めたこと。
早速、始動した対策本部に集う尖鋭たち。

巨災対の主要メンバーには、矢口の秘書官・志村、厚労省医系技官・森(仕切り役)、大学院准教授で生物科学の専門家・間(はざま)、ゴジラの生態解析に精通する文科省の役人・安田などが募る。
矢口の秘書官・志村
志村
厚労省医系技官・森
大学院准教授・間
文科省の役人・安田
中でも、野生生物に詳しい環境省の役人・尾頭(おがしら)の存在が大きかった。
ゴジラの生態解析を緻密に遂行した彼女によって、巨大生物の活動のエネルギー源が核分裂反応であることが発見される。

斯(か)くして、この巨大不明生物は「ゴジラ」と命名される。
時を同じくして、アメリカ合衆国大統領特使として、被爆三世の日系女性のカヨコ・パタースンが来日し、日本の学会から追放された後、渡米し、消息不明となっている分子細胞生物学者・牧悟郎の捜索を依頼する。
このカヨコが矢口の対策本部で、自身が持っている重要な情報を呈出する。

そこで判然としたのは、海洋投棄された放射性廃棄物を摂取する海洋生物の存在を調査していた牧教授が消去したデータのプリント、即ち、解析不能な暗号化資料の提示であった。

この牧悟郎こそ、ゴジラ誕生のカギを握っていたのである。
牧悟郎の写真を見せるカヨコ
この間、ゴジラが放つ火炎放射によって、総理を含めた複数の閣僚が死亡するに至り、農水相の里見が総理大臣臨時代理となり、政府機能は顕著に劣化する。
既に変態し、「ゴジラ」と命名され、手に負えない怪物になっていた
スライド人事の及び腰と揶揄される始末。

遂に巨災対は、牧の暗号化資料の解読に成就。
暗号化のヒントを発見した間(はざま)
世界のスーパーコンピューターの協力も得て解読された結果。「正体は、細胞膜事態ではなく、細胞膜の活動を抑制する極限環境微生物の分子構造だったんです」と安田。「この抑制剤を同時に投与すれば、血液凝固剤の性質を維持できる」と尾頭

その結果、ゴジラ退治には、活動抑制剤と血液凝固剤の併合投与が必須であると結論づけられた。

ゴジラの口内に活動抑制剤と血液凝固剤を流し込み、凍結してしまうのだ。

この矢口プランは「ヤシオリ作戦」とネーミングされる。

今や、身長が2倍になり、更に進化した第4形態のゴジラが、鎌倉稲村ケ崎に再上陸した。
2度目の自衛隊出動命令が下される。

ここから、巨災対を率いる矢口が動いていく。

―― 以上、駆け足で書いたので、この間の事態の推移と、その後の展開について簡単に要約したい。

1千発もの銃撃でもビクともしないゴジラ。

更にミサイルの使用、武器の無制限使用が指令される。ところが、ミサイルでもダメージを受けないゴジラ。

続いて戦車による砲撃で命中するも、全く微動だにしない。

空爆でも失敗し、攻撃陣地も崩壊。

ここで、「タバ作戦」とネーミングされた攻撃は終了する。

遂に、安保に基づく米軍に攻撃を要請。

米軍の戦略爆撃機の攻撃が一定程度、奏功し、ゴジラに初めてダメージを与えることに成功する。

しかし、そこまでだった。

ゴジラは火炎放射を無数に放ち、攻撃機を撃墜しただけでなく、都内の建物の多くを破壊したばかりか、高濃度の放射能を撒き散らするのだ。
火炎放射を放す異次元の怪獣
火炎放射を放す異次元の怪獣2
官邸の崩壊と、スライド人事の及び腰。
国連安保理決議で、多国籍軍結成とゴジラへの核攻撃が採択されたことを告げる里見代理総理。

その指揮下で動くことになる日本政府。

里見は全権委任する立法を、赤坂に指示する。

「東京での、核兵器使用の容認もですか?」

頷く里見総理。
里見(左)と、その内閣の官房長官代理に就任した赤坂。この二人が国際外交を成功させるが、これは最後に明かされる
里見と赤坂
核兵器使用の容認したという里見の意図を矢口に伝える赤坂

ゴジラに対する熱核攻撃が決定する只中で、先述したように、血液凝固剤の経口投与によってゴジラを凍結させる「矢口プラン」の確立が急がれた。

問題は、ゴジラを死に至らしめる多量の血液凝固剤の量産である。

更に、確実に成功するために、血液凝固剤の精度を上げる必要があった。

国連軍の熱核攻撃開始が間近に迫る中、牧の暗号化資料が解読され、いよいよ、「ヤシオリ作戦」が始動する。
「ヤシオリ作戦」が始動する(矢口)
「ヤシオリ作戦」を遂行する巨災対の先鋭たち

しかし、2日後の攻撃開始に溶剤の確保に3日を要する状況下で、24時間の中断要請に外交手段を講ずる必要が出てきた。

安保理に対する引き延ばし工作で、ゴジラの体内システムに関心の高いフランス政府に働きかけること。

これが必須だった。

この工作に成功したのだ。

フランスとの交渉を成功させたのは、「昼行燈」を印象づけた里見代理総理である。
フランス駐日大使に頭を下げる里見と高官たち

自ら、全責任を負って、里見は決定的な場面で、決定的に動いた。

「日本人でも、これだけの外交ができる」というメッセージを含んだ、この映画で、最も痛快なシーンである。

「まさか、この国が狡猾な外交手段を使えるとは驚きだ。危機というものは、日本ですら、成長させるようだな」
嫌味含みだが、そのように評価する以外にない、米国政府高官の言葉である。

かくて、日米共同作戦が開かれる。

ゴジラの原子力エネルギーを消耗させるために、無人航空機群による攻撃を連射し、ゴジラのレーザー反撃を誘導し、火炎放射能力を剥(は)ぎ取ってしまうのだ。

次に高層ビルを倒壊させ、ゴジラを転倒させる作戦が遂行される。
高層ビルを倒壊させる作戦
高層ビルを倒壊させる作戦2

最後は、血液凝固剤の投入。

更に、無人在来線の爆弾攻撃の集中砲火で再度転倒させると、最後の凝固剤投入によってゴジラは凍結するに至る。
ゴジラ凍結作戦
凍結したゴジラ

完璧な戦略の、完璧な成果を挙げたゴジラ凍結作戦だった。

ゴジラが振り撒く放射性物質の半減期が短い事実が分かったことで、人体への影響の無化に成就する。

熱核攻撃開始前の1時間足らずのことだった。

全てが終焉した。

「せっかく崩壊した首都と政府だ。まともに機能する形に作り替える。次の臨時政府で、巨大不明生物関連法案の成立と、東京復興の目途が立てば、解散総選挙だ。都の避難民が360万人いる瀕死の日本を建て直す。新たな内閣が必要だからな。スクラップ&ビルドで、この国はのし上がって来た。今度も立ち直れる」
矢口に「全て里見さんのシナリオ通りだ」と暴露する赤坂
「発射まで一時間を切っていた。微妙なタイミングだが、フランスを説得し続けた総理臨時代理のお陰だ」と赤坂

立川への移管後に昇進を果たした、赤坂内閣官房長官代理の、これもメッセージ含みの言葉である。

ラストシーン。

「人類はもはや、ゴジラと共存していくしかない…結果はどうあれ、多くの犠牲者を出した。この責任を取るのが政治家の仕事だ。政治家の責任の取り方は、自らの進退だ。自分の責任は自分でとる」
巨災対を率いた矢口の、括りの言葉である。

そこにもまた、些か月並みだが、極限状態下で危うい行動を遂行した政治家の責任に言及する、作り手のメッセージが容易に読み取れる。





2  敗戦の責任を、「精神力の足りない国民」に押し付けた東條英機





この映画の切り口の中で、私が注目したのは多々あるが、まず、以下の官僚たちのボヤキが気になった。

「形式的な会議はなるべく排除したいが、会議を開かないと動けないことが多すぎる」
「効率が悪いが、それが民主主義だ。民主主義の根幹だよ」
「しかし、手続きを経ないと、会見も開けないとは」
手続きを要する民主主義に諦念する高官たち

これは、極限状態下にあっても、「会議のための会議」に振れてしまう、この国の悪弊を衝いた直截な表現である。

極限状態下で露わになる国家本体の脆弱性。

この脆弱性が、「平和社会の所産」であると言えないのは、以下の矢口の指摘で明白である。

ゴジラに対する自衛隊の治安出動によって、全てが片付くと考えていた国交大臣らの楽観的発言を耳にした矢口は明言した。
矢口(後列左から2人目)。右は郡山内閣危機管理監

「大臣、先の戦争では、旧日本軍の希望的観測、机上の空論、こうあって欲しいという発想などにしがみついたために、国民に300万人以上の犠牲者が出ています。根拠のない楽観は禁物です」
柳原国土交通大臣(左)を批判する矢口

「根拠のない楽観は禁物」という当然過ぎる問題意識を共有できなかったら、当該国家の劣化は殆ど約束済みになるだろう。

私がこの映画を観て鮮明に想起するのは、太平洋戦争の直前下にあった、1941年7月~8月にかけて、近衛文麿内閣総理大臣直轄の研究所、「総力戦研究所」に集合した若手エリートたちが行った総力戦机上演習(シミュレーション)である。
【総力戦研究所】 繰り返す『昭和16年夏の敗戦』 


名将の呼び声が高い、飯村穣(2代目所長/陸軍中将)が命じて策定させた、「総力戦研究所」は、日米戦争の展開における総力戦机上演習(シミュレーション)計画を研究予測した結果、以下のような結論に達した。

「開戦後、緒戦の勝利は見込まれるが、その後の推移は長期戦必至であり、その負担に青国(日本)の国力は耐えられない。戦争終末期にはソ連の参戦もあり、敗北は避けられない。ゆえに戦争は不可能」(Wikipedia

飯村穣(ウィキ)
この「日本必敗」の結論に対して、時の陸軍大臣・東條英機はこう言い切った。

「諸君の研究の勞を多とするが、これはあくまでも机上の演習でありまして、實際の戰争といふものは、君達が考へているやうな物では無いのであります。日露戰争で、わが大日本帝國は勝てるとは思はなかつた。然し勝つたのであります。あの當時も列による三國干渉で、やむにやまれず帝國は立ち上がつたのでありまして、勝てる戰争だからと思つてやつたのではなかつた。戰といふものは、計畫通りにいかない。意外裡な事が勝利に繋がつていく。したがつて、諸君の考へている事は机上の空論とまでは言はないとしても、あくまでも、その意外裡の要素といふものをば、考慮したものではないのであります。なほ、この机上演習の經緯を、諸君は輕はずみに口外してはならぬといふことであります」(Wikipedia/関連書籍 猪瀬直樹 『昭和16年夏の敗戦 - 総力戦研究所“模擬内閣”の日米戦必敗の予測』中公文庫)
東條英機(ウィキ)

「机上の空論とまでは言はないとしても」と東條は言明したが、本質的に、この「机上の演習」=「机上の空論」と言っていい。

そして今、この「総力戦研究所」の提言が、現実の政策決定に影響を与えなかった歴史的事実を私たちは知っている。

かくて、「総力戦研究所」の提言を無視して突入した太平洋戦争の、その完膚なきまでの敗北の原因を、「国民の無気魂」(注)とまで言い切って、全ての責任を、「精神力の足りない国民」に押し付けたのである。

この事実は、緊急事態に陥った時の指導者の資質の重要性を教えている。

(注)「事志と違ひ四年後の今日国際情勢は危急に立つに至りたりと雖尚ほ相当の実力を保持しながら遂に其の実力を十二分に発揮するに至らず、もろくも敵の脅威に脅へ簡単に手を挙ぐるに至るが如き国政指導者及国民の無気魂なりとは夢想だにもせざりし処之れに基礎を置きて戦争指導に当たりたる不明は開戦当時の責任者として深く其の責を感ずる処(以下略)」(「東條手記」/保阪正康の「不可視の視点」明治維新150年でふり返る近代日本・「忠君」東條英機が見せた「傲岸不遜」より引用)
ノンフィクション作家・保阪正康





3  「危機対応能力を高める状況判断と訓練手法」





以下、「セミナー・イベント『危機対応能力を高める状況判断と訓練手法』」というサイトより。

「危機発生時における状況判断は迅速かつ正確であることが求められます。切迫した状況でかつ情報が少ない中、どのように状況判断を行えばよいのか?その判断の結果によって形成が大きく変化します。特に初期段階においては、状況判断に十分な情報は入手しにくく、また、正確性を欠いたあいまいな情報も数多く入ってくるため、状況判断は極めて困難であることが想定されます」

当たり前のような一文だが、この実践が如何に難しいかという現実は、過去の大きな事故・事件が検証している。

戦後、最も著名な緊急事態状況 ―― 言うまでもなく、「東日本大震災」である。
「東日本大震災」・宮城県東松島市の指定避難所を襲った津波の犠牲者(ウィキ)

「海上自衛隊でも東日本大震災の発生直後に持っていた情報は一般的なマスメディアを通した情報だけだったが、そんな状況下でも、素早く出港し災害派遣に備えられたのは、全ての指揮官が目的と任務をはっきりと認識し、その中で自分ができること、やらなければならないことを適切に判断したためだ。
「東日本大震災」に対し捜索・救助活動、生活支援、救援物資の輸送等を全力で行った海上自衛隊

(略)状況判断は、事前にある程度時間をかけて情報を集め検討可能な分析的意思決定と、短時間で方針を決定しなければならない直感的意思決定の2種類に分類できる。分析的意思決定として事前に計画を準備し、ある程度の方針を決めておき、非常時にその計画と実際に得られた情報をもとに、直観的意思決定として瞬時に判断をくだせるよう普段から訓練を重ねておくことも重要だ」(海上自衛隊での某指揮官/セミナー・イベント「危機対応能力を高める状況判断と訓練手法」より)

そして、3.11東日本大震災における、福島第一原子力発電所事故における初動対応の問題が、ここでは重要な議論になる。
福島第一原子力発電所事故/左から4号機、3号機、2号機、1号機(ウィキ) 

「東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会」(政府事故調)の聴取に応じた際の記録=「吉田調書」(「聴取結果書」)の問題である。
吉田調書 - 特集・連載:朝日新聞デジタル

「福島第1原発にいた所員の9割に当たる約650人が吉田昌郎所長の待機命令に違反し、第2原発へ撤退した」という朝日新聞の誤報(のちに謝罪会見)を契機に、吉田昌郎元所長本人の遺志に反して、正式公開された「吉田調書」で明らかにされたのは、菅直人首相(当時)による「東電全面撤退」説(所員の9割が吉田昌郎所長の待機命令に違反し、第2原発へ撤退した)が否定されたこと。
吉田昌郎所長

「吉田昌郎氏との間に一定の信頼関係があり、官邸からの指示・命令を受けた吉田所長との連携により事故対応を官邸主導で行っていた」(Wikipedia)と発言していた菅直人首相とは裏腹に、現場作業者への激励がないばかりか、「おまえらは何をしているんだ〉と怒りを爆発させていた様子に、現場作業者は不快感を露わにし、「来て、座って帰られました」と語っている。

時の総理大臣に対して、強い不信感を持っていた吉田昌郎所長が、「馬鹿野郎」と呼んでいたとも記述されている。

何より看過しがたいのは、2011年3月12日での、菅首相と吉田所長とのやり取りの様子である。

「『吉田調書』で完全暴露された菅元首相のイライラ 怒鳴り声ばかりに『何だ馬鹿野郎』と批判」(2014年9月12日)によると、「かなり厳しい口調で、どういう状況になっているんだということを聞かれた」吉田所長は、殆どの電源を喪失し、制御が効かない状態だと説明したと言う。
「何で俺が来たと思っているのだ」原発作業員に向けた激高 政府の原発事故調・検証委の調書で浮かぶ「イラ菅」と政府の混迷ぶり

「質問者が吉田氏に、『現場が厳しい状況になっているかということは、説明されているんですか』と問うと、『そこは、なかなかその雰囲気からしゃべれる状況ではなくて、現場は大変ですよということは言いましたけれども、何で大変かということですね、十分に説明できたとは思っていません』と返答し、『要するに自由発言できる雰囲気じゃないじゃないですか』と付け加えた」

また、以下のような事実も分かっている。

「吉田氏の聴取後となる2012年2月に刊行された、福島原発事故独立検証委員会(民間事故調)の調査・検証報告書にも、菅氏の現場訪問時の様子が書かれていた。池田元久経産副大臣(当時)の手記の中で、『怒鳴り声ばかり聞こえ、話の内容はそばにいてもよく分からなかった』と記述されていたという」
池田元久経産副大臣(池田元久公式ウェブサイトより)

―― 以上のコンテキストで判然とするのは、情報が錯綜し、官邸と現場の意思疎通が欠落していたこと。

この一点に尽きる。

それにも拘らず、現場の職員たちは個々の判断で自己の生命を守り、現場放棄することもなく、放射能汚染による死を覚悟しながら懸命に働いていたと言う。

当時、官房長官だった枝野幸男(2012年3月25日聴取)は、「政治的には絶対にたたかれます」と考えて菅氏本人に確認したが、それでも行くとのことだったと明かした。
会見する枝野幸男官房長官

パフォーマンスだと言われるに決まっている、「こんなところで東京を離れること自体、どんなに結果がよくてもたたかれるのはよくわかっていました」と述懐するが、官邸に情報が入ってこないため、「誰かが行くしかない」となれば、その通りだろうとも思ったと言う。

情報が錯綜し、官邸と現場の意思疎通が欠落していれば、緊急事態状況の顕著な悪化を加速させるだけである。

緊急事態に陥った時の指導者の資質の重要性 ―― これに止めを刺す。

―― 映画では、「会議に拘泥し、不決断の首相」(大河内)と、「決断し、全責任を負って行動する代理首相」(里見)が対極的に描かれていたが、緊急事態状況の顕著な悪化を防ぐには、後者の指導者の出現が待望されるだろう。
「決断し、全責任を負って行動する里見代理首相」





4  普く叡智を結集せよ ―― 人類共通の「敵」と、如何に戦い、共存していくか






以下、日本経済新聞電子版社説からの部分的引用である。

阪神大震災・倒壊した家屋(ウィキ)

「政府全体としての危機管理はかなり進歩した。原点は1995年に起きた阪神大震災である。村山富市首相のもとに省庁や自治体から情報が届かず、テレビを見て事態の深刻さを知ったそうだ。政府は翌96年、首相官邸に危機管理センターを設置。98年には情報を集約・分析する内閣危機管理監というポストをつくった。首都直下型地震が起き、首相官邸の機能が損なわれた場合、防衛省中央指揮所や立川広域防災基地に移動するとの手順も定められた。日本の体制は、国際標準に近づきつつあるといってよい。
阪神大震災・村山富市首相
防衛省中央指揮所・中央指揮所がある防衛省市ヶ谷庁舎A棟(一番左)(ウィキ)
立川広域防災基地(ウィキ)

(略)気がかりなのは、国家のあらゆる非常事態に際して、司令塔機能を担うとされていた国家安全保障会議(NSC)の存在感が希薄なことだ。政府が新型コロナウイルス感染症対策本部の新設を閣議決定したのは1月30日のことだ。常設のNSCは翌日、後追いのようにコロナ対応をテーマにした緊急事態会合を開いた。NSCはもともと外交・安保を所管してきた。4月に経済班を設置し、より広範囲な分野で国のかじ取りを担う組織に衣替え中だ。その手前で新型コロナ問題が起きたのは不運だったが、官邸主導によって有事対応が一段と向上するとの触れ込みだっただけに、期待外れの感は否めない。
国家安全保障会議(四大臣会合)特別会合 | 平成29年
新型コロナウイルス感染症対策本部の第1回会議(2020年1月30日、国会議事堂にて)(ウィキ)

(略)危機管理は本来、時や場所を問わず、誰が対処しても同じ結果が出るように備えるものである。マニュアルを明示し、現場での初動に迷いがないようにすることが、危機を小さく抑え込む決め手だ。省庁の縦割り行政の弊害を除去し、政府の総合調整機能を高めるはずだった政治主導が、政権に不利な事柄にふたをする道具になっていないか。

(略)失敗は率直に認めよ。危機管理でもうひとつ大事なのが、有権者へのわかりやすい説明だ。
(略)日本経済新聞とテレビ東京の最新の世論調査によると、政府の新型コロナ対策を『評価する』との回答は46%にとどまった。失敗もあったと認めた方が好感されたのではないか。国会も有事に備えた運営方法を考えるべきだ。

(略)リモートの前提となる押しボタン採決すら導入されていない衆院は周回遅れどころではない。オーストラリア連邦議会は、特定の政党に感染者が集中した場合に不公平が生じないように、病欠者の比率に応じて他の政党の議員が採決を自主的に棄権する制度をつくった。ITの高度化などもあり、危機管理も日々、見直しが求められている。民間の知恵にも耳を貸し、次なる危機に備えるべきだ」(日本経済新聞 電子版 [社説]「幅広いリスクに備えた危機管理を」2020年6月7日)
オーストラリア連邦議会・メルボルン議事堂(ウィキ)

以上の指摘に対して、基本的に同意する。

米国の国家安全保障会議をモデルにして立ち上げた、日本版NSCの存在価値を評価しつつも、秘密主義の弊害と政策決定プロセスの透明性に関しては、依然として課題となっている。

失敗を率直に認めず、長期にわたる安倍政権は、嘘の上塗りで糊塗(こと)してきたという印象を拭えない。

「責任」という言辞を聞かされ続けても、殆ど口先答弁の羅列に終始してきた。

だから、新型コロナの爆裂的急襲に遭っても、政府の対策を「評価する」との回答は46%という峻厳な現実を見せつけられたのだろう。

今や、時代が変わったのだ。

イデオロギーの机上の空論でやり過ごせた時代は過去のものとなった。

危機に際し、現実にどう対処できるかだけが政治家の価値となる。

「シン・ゴジラ」という飛び切りの傑作は、監督も含め、政治イデオロギーの既存の観念に囚われない新しい世代、政治家、科学者の存在がすでに現在の日本を支え、これからの未来を担っていくことを示唆する作品なっていた。
「会議は踊る、されど進まず」

一人勝ちのような、この映画の成功を収めた要因。

それは、以下の点に収斂されるのではないか。

その一つ。

個性が強いために、各省内等で埋もれていた有能な人材が人類共通の「敵」と運命的に出会い、人智を超える難題と対峙し、持てる全ての能力をフル稼働させ、その「敵」如何に戦い、共存していくかという基本ラインを物語のベースに据えたこと。

人類共通の「敵」との出会い

それを、「反核」という定番の理念系を確保しつつ、「会議は踊る、されど進まず」と言った政治的メッセージを、より鮮明に押し出し、堰を切ったような「霞ヶ関文学」を連射させながら、国家を揺るがす緊急事態の〈状況性〉をリアルに描き切ったこと。

これが2点目。


難解な用語が飛び交う、一身に負った「巨災対」の使命感が、「個」の範疇を突き抜け、「高度な組織性」に昇華させることで、分散しやすい群像劇に人間ドラマの求心力を保持し得たこと。
左から尾頭、矢口、間(はざま)、安田、森


これが3点目。

そして、何より秀逸だったのは、国家を揺るがす緊急事態の〈状況性〉の只中に、国際的な外交問題をインサートしたこと。

凡庸な風貌だが、大仕事を遂行した里見臨時代理

これによって、「日本人でも、これだけの外交ができる」というセリフに表現されているように、グローバルな〈状況性〉の緊迫した広がりの中に、国家の〈危機的状況性〉を押し込むことに成就した。

これが4点目。

最後に言い添えたいのは、3.11東日本大震災にシンボライズされるように、映画それ自身が負った〈現在性〉である。(これは、「新型コロナウイルス」のグローバルな負の広がりに通底する)

以上の5点である。

かくて、「普く叡智を結集せよ ―― 人類共通の『敵』と、如何に戦い、共存していくか」という最強の難題に集約されるだろう。

(2020・6)




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