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2023年12月16日土曜日

帰らざる日々('78)   〈あの夏〉が蘇り、不透明な自己の〈現在性〉を穿ち、鮮度を加えて立ち上げていく  藤田敏八

 


1  「何であんなことしたって聞きたいんだろうけど、人の誠意をあまり疑うなよな。律儀過ぎるんだよ、お前」


 

キャバレーのボーイをしている作家志望の野崎辰雄(以下、辰雄)は、父・文雄の急死の電報を受け、6年ぶりに信州・飯田に帰郷することになった。

 

帰郷の理由を明かさない辰雄に不審に思った同棲中の同僚のホステス・螢(けい)子が、列車の見送りに来た。 

辰雄と螢子

1978年・夏

 

甲府駅で婚約者を連れ乗り込んで来た高校時代の級友・田岡が、辰雄に声をかけた。

 

田岡は勤務する防衛庁の上司の娘である件(くだん)の婚約者を辰雄に紹介する。

 

この田岡との再会から、辰雄は高校3年生だった6年前の夏の出来事を回想していく。 

田岡


1972年7月8日・飯田市

 

その頃、辰雄は友人たちと屯(たむろ)する喫茶店のウェイトレス・真紀子に思いを寄せていた。 

真紀子

その真紀子に同級生の黒岩隆三(以下、隆三)が金を無心しているのを目撃した辰雄は、隆三に対抗意識を燃やすのだ。

 

辰雄は、高校のマラソン大会で隆三を見つけて追い越すが、先回りした隆三に負けて悔しがる。 

隆三(右)


辰雄の母・加代は、女を作った父・文雄と別居し、女手一つでバーのマダムをして育てているが、離婚届に判を押すつもりはない。 


辰雄のクラスは建築科で、授業を真面目に受けている生徒は殆どおらず、弁当を食べたり、大概はエロ本を読んだりしている。

 

教師にエロ本を取り上げられ破られた辰雄の友人・相沢が教師に殴りかかると、級長の田岡が相沢を殴って乱闘になってしまった。

 

その二人にバケツの水をかける辰雄。 



現在。

 

そんな昔のエピソードを列車の中で話す辰雄と田岡。

 

結局、相沢が3日間の停学となり、田岡にはお咎めなしだったと辰雄が振り返る。 

田岡

その相沢のテキヤ姿を目撃したと田岡は話す。

 

「しかしまあ、あの夏はいろんなことがあったよな…あの、首吊り事件…」

 

1972年7月11日

 

辰雄が高校の近くの神社にいると、隆三が近づいて来て、見透かすように真紀子の写真を渡し、金を出せば口を聞いてやると言うのだ。 

隆三(右)

バカにされたと思い腹を立てた辰雄は隆三に殴りかかり、取っ組み合いの喧嘩が始まるが、よろけた辰雄が掴んだのは男の首吊り死体だった。

 

悲鳴を上げて腰を抜かす辰雄に対し、隆三は平然と男のバッグから現金を奪い、一部を辰雄のポケットに突っ込んで去って行った。 


翌日、公金横領事件に関与する自殺と新聞記事になった首吊り死体が神社で発見され大騒ぎとなり、学生たちは窓から捜査の様子を覗いている。

 

そこに隆三が辰雄に近づいて来て、「これからも宜しく」と、土木科の黒岩隆三だと自己紹介するのだった。

 

父・文雄が学校帰りの辰雄に声をかけ車に乗せ、加代に離婚のサインを催促するように頼む。 

父・文雄

その夜、辰雄は加代の店に行き、その旨を話すが加代は相手にしない。 

左から母・加代、戸川、辰雄

そこで、店の常連客のヤクザの戸川佐吉(以下、戸川)に酒を飲まされた辰雄は、次の店へ連れて行かれると、中学生時代の同級生だった平井由美(以下、由美)の母親が経営する店だった。 

由美

その店が担保に取られそうになっているのを戸川が掛け合ってくれてると由美に聞き、戸川が電話口でドスを利かせて怒鳴っているのが恐ろしくなった辰雄は、そそくさと店を後にする。 



その帰り道に、隆三が坂道を自転車でトレーニングしているのを見た辰雄は心を打たれた。

 

1978年7月13日

 

試験勉強をしている隆三は集中できず、机の引き出しから競輪学校のパンフを取り出す。

 

そこに、真紀子がおはぎを持って来た。

 

二人は従姉弟同士で、隆三は離れに住み、伯母から疎(うと)まれていると思い込んでいる。

 

「僻(ひが)み屋ね。だから友達もできないのよ」

「友達か…いないこともないな…うん、奴はいい。親友さ」 


それが真紀子に気がある辰雄であると話す隆三。

 

期末試験の帰り、待っていた隆三に誘われ、辰雄は真紀子のいる喫茶店へ行った。

 

チンピラに絡まれた真紀子を助けようとして、辰雄がどやされている場に戸川が入って来るや、チンピラは退散していった。

 

その日、誕生日の由美から電話が入り、戸川と母親が旅行に行って留守の店に行った辰雄は、初めて由美と結ばれる。 



7月24日。

 

隆三に真紀子からの伝言を知らされた辰三が待ち合わせの公園へ行くと、真紀子もまた隆三の伝言で呼び出されただけだった。

 

二人はキスを交わすが、真紀子は辰雄をあくまでも高校生として扱い、隆三の家に連れて行く。 



「何だって、あんな小細工したんだ」と辰雄。


「迷惑だったって言うのか?満更でもなかったくせに。バカたれが」と隆三。

「お前の魂胆が分からんよ」

「俺はな、二人とも好きなんよ。真紀も、お前も」

 

隆三は辰雄を真紀子とセックスさせようと強いるが、辰雄はきっぱりと断る。

 

隆三は真紀子が涙を流すのを見て、それ以上無理強いはせず、夏休みに天竜下りの船運びのバイトに誘うが、辰雄はそれも断った。 


真紀子は部屋を出て行き、隆三は辰雄に酒を振舞う。

 

「何であんなことしたって聞きたいんだろうけど、人の誠意をあまり疑うなよな。律儀過ぎるんだよ、お前」

 

現在。

 

駒ヶ根で田岡と婚約者が下車するところで、辰雄は螢子が乗車していることに気づく。

 

「こうでもしなくちゃ。絶対秘密主義なんだもん」

 

ここで辰雄は帰郷の目的が、実父の葬儀であることを明かすのである。 


 

 

2  「俺に出会ったのがそもそもの間違いのもとだったんだよな…」

 

 

 

1972年7月29日

 

文雄が加代の店に入って来た。

 

文雄は公園で女と一緒の辰雄と会ったことを案じて、加代に小言を言いに来たのである。 


加代も心配して辰雄に話しかけたところ、真紀子と一緒の所を見た由美から電話がかかり、由美に特別の感情がない辰雄は、彼女との関係を終わらせるに至る。

 

辰雄は船運びのバイトをしている隆三を訪ね、結局、共にバイトをすることになった。

 

帰路、隆三は12月に学校を辞め、競輪選手の試験を受けるつもりだと打ち明ける。 


そして、隆三と共にバイトを始めた辰雄は、激しい肉体労働で汗を流すのである。 


二人が弁当を食べていると、辰雄の友人たちが遊びに誘い断ると、ホモじゃないかと囃(はや)すのを聞いた隆三は、辰雄が止めるのを振り切り、相沢に強いパンチを一発食らわし、そのままバイトに向かう車に乗った。 



祭りで賑わう街を歩いていた辰雄と隆三は、車から男と降りて来た真紀子と視線が合う。

 

真紀子は男を店の専務の中林(なかばやし)だと紹介し、二人も中林に紹介すると、4人は食事をすることになった。 

中林(左から二人目)

中林が電話を掛けに行った際、隆三は「ひどい裏切りだ」と真紀子を非難する。

 

「こいつの気持ち、考えてやれよ…好きなんだぜ、お前のこと」

「止めろ!卑怯だぞ。俺にかこつけるのはよせよ」

「ごめんなさい。あの人とは、1年も前からなの。他人に話せる関係じゃなかったのよ。奥さんもいるし。あたしね。お腹に子供もいるの。それをどうするかで揉めてるところ。多分、どうしようもなかったのよ。あたしが悪いんだもの」 


そこで戻って来た中林に、隆三は「ゲロ吐いてくらぁ」と面と向かって言い放ち、階段を降りて行った。

 

辰雄は、父親の酒の強さを吐露し、「親子そろってアル中です。こんなもん、いくらでも飲めますよ」と酒を煽るように飲み干していく。

 

「親父と言えば、女の方にもだらしなくて、もっか別居中です。でも責任は取って、その女と結婚するんじゃないかな。女の方には、まだ子供はできてないようですけどね」と皮肉る。

 

隆三を探しに店を出た辰雄は、路地で嘔吐していると、由美に声をかけられた。

 

店を畳んで大阪へ行くので、本当にサヨナラだと話す。

 

辰雄は握手の手を差し出し、そのまま由美を引き寄せて別れのキスをする。 



一方、その頃、隆三は辰雄の友人たちに捕捉され、相沢から激しい暴行を受けていた。

 

翌日、額に絆創膏を張った隆三と二日酔いの辰雄は、いつものようにバイトで汗を流すのである。

 

1972年8月12日のこと。

 

突然、クレーンで持ち上げた船が落ちて来て、咄嗟に隆三は辰雄を庇って押し出し助けるが、自分は足に船が直撃して大怪我を負ってしまった。 


「俺の足…足…」 

人を呼ぶ辰雄


現在。

 

終点の飯田に着くと、加代が待っていた。

 

螢子は「妻です」と自己紹介し、二人は加代の運転で葬儀場へ向かった。

 

文雄は飲酒運転の車に正面衝突して死亡し、その相手も意識不明の重体だと加代は、辰雄に新聞を見せた。

 

新聞に目を通した辰雄は、衝撃を受ける。 


飲酒運転の男が黒岩隆三であると知ったからだ。

 

急遽、辰雄は入院先の市立病院へ行くように加代に頼み、病院に直行した。

 

病室には昨年結婚したという妻が付き添い、隆三は意識が戻らないままベッドに横たわっている。 

隆三の妻



「お前、どこまでドジなんだ。大体が、あの時、あの事故で、俺を助けようとしたのがドジの始まりで…いや、そうじゃない。俺に出会ったのがそもそもの間違いのもとだったんだよな…そうだ。俺が、お前の従姉に惚れなければ…何だって、酔っぱらい運転なんてするんだよ、バカ…死ぬなよ!お前」 



弔問の日。


高校時代の友人が弔問に来て、真紀子について聞くと、付き合っていた男が妻の方へ戻り、苦労しているらしいと聞かされた。

 

そこに隆三の妻が焼香に訪れ、隆三が亡くなってしまったことを知った辰雄は凍りついてしまう。 



翌日のこと。

 

辰雄はかつて隆三とマラソンを競った坂道を、ひたすら走るのだった。 


 

 

3  〈あの夏〉が蘇り、不透明な自己の〈現在性〉を穿ち、鮮度を加えて立ち上げていく

 

 

 

ジェンダーレス化が加速的に進む時代にあって、健全なる心のアップデートという適応戦略が求められながらも、情報氾濫の速度がマルチスピード化する現代世界で呼吸を繋ぐことで、却って個々の人間の僅かな差異をも取り込み、煩慮してしまう極めて人間的現象がパラレルに移ろっていく。 

ジェンダーレス化


情報氾濫社会



サイバーカスケード(ネットの異端狩り)・エコーチェンバー現象(SNSでの共有幻想)などというトラップの危うさ。 

現代人の行為において、多くのことが明らかにされた心理学の重要な概念



この人間的現象を、いつの時代でもそうであった〈生きづらさ〉というトレンド言辞で読むのは自由だが、〈居場所不在〉の状況を生む時代を嘆いても何も変わらない。

 

何も動かない。

 

〈居場所不在〉の状況に対して、セルフコンパッション(あるがままの自己受容)のメンタルで粘り強く立ち向かえないのなら、せめて緩やかに〈退屈な死〉を希求し、そこに丸ごと自己投入する適応戦略を手に入れるというのはどうだろうか。 

セルフコンパッション



止め処(とめど)なく続く人間の歴史の遷移の、そのほんの片隅で、汎用人工知能(AGI)の実現が語られる〈分かりにくい時代〉の〈分かりにくい状況性〉の渦に、おめおめと呑み込まれるのも癪である。

イメージ


つらつらそんなことを考え、この映画を観直したら、堂々巡りの神学論争の罠に嵌ったことがバカバカしくなった。

 

女性を「女」(性の対象)としか見ない時代のオーソドックスな青春グラフィティ。

 

紛れもなく、考察不要な昭和映画だった。 


雨が降ろうと槍が降ろうと、怖いもの知らずの昭和末期のセンチメンタル100%の青春ノスタルジア。

 

これが面白いようにフル稼働し、一本調子のセリフ回し、「偶然の出会い・出来事」連発のご都合主義の映画に文句をつけ、真面目に突っ込むことを一笑に付すのだ。

 

そんな突っ込みを歯牙にもかけない第二撃能力(報復的攻撃力)という破壊力。

 

この世にあり得ないことが起こるのだ。

 

これを堂々と描いて見せる図太さ・逞しさ。

 

野暮を笑い飛ばし、気取りを蹴飛ばして、青春の甘苦(かんく)と刹那をフランクに受け止めよ。

 

真っ正直であれ。

 

そう言われているようだった。

 

アリスの「帰らざる日々」の抒情に包まれ、友情のマラソンを復元させ、収斂される青春グラフィティがラストで自己完結する。

 

「何で、こんなとこ走るのよ!」 


そう言って、螢子が必死に追い駆けていくが、追いつけない。

 

息が切れる度に止まっても、走ることを止めない青春が眩(まぶ)しすぎる。 



死してなおも輝く、〈友情〉という掛け替えのない変換不能な秘宝。

 

その喪失感を埋める何ものもない痛苦に遭った時、人はどうするのか。

 

映画の主人公は、存分な思い入れを抱懐して、脇目も振らずに走り続ける。

 

疲弊して倒れそうになっても走り続ける。

 

走り続けることで、自己を苛め抜く。 


徹底して苛め抜く。

 

そうしなければならなかった。

 

それだけが、自分を救ったことで未来を奪われた友に対する細やかな贖罪だったのか。

 

6年間、なぜ、彼を訪ねなかったのか。

 

なぜ、事故後の彼の成り行きについて思い至らなかったのか。

 

そう考えた否か分からないが、青春は、この悲嘆(グリーフ)と向き合うことになるだろう。 



〈生〉と〈性〉と〈死〉をコアにして、絡み合いながら築かれた友情の熱気が高まり、奮い立たせていた〈あの夏〉が蘇り、不透明な自己の〈現在性〉を穿(うが)ち、鮮度を加えて立ち上げていく。 


そういう映画だった。                    

 


昔の映画を観直すことが多くなる年齢になり、今やすっかり映画観が変わってしまった者の率直な感懐である。

 

(2023年12月)

 

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