1 「見られたくないことをやってる奴らだ…死体の山だぞ。今さらやめるものか…本能で分かる。死が待つだけだぞ!」
「今日、ここに発表する。テキサスとカリフォルニアの自称“西部勢力”は、甚大なる損失、大いなる敗北を被った。米合衆国正規軍の兵士たちによって。テキサス及びカリフォルニアの人々よ。違法な“分離独立政府”が退陣するなら、直ちにあなた方を、再び合衆国に迎えよう。また、フロリダ同盟がカロライナの勇敢な人々を反乱に引き入れようとしたが、その試みは失敗した。我々は、歴史的勝利に近づいている。最後の抵抗勢力の排除は近い。皆さんとアメリカに神のご加護を」
この“ホワイトハウスから大統領演説”のテレビ放送を、ホテルの一室で見ている戦場カメラマンのリー・スミスが、大統領にカメラのファインダーを向け、シャッターを切る。
リー |
【近未来のアメリカ合衆国。憲法修正22条違反の3期目に入るや、FBIの解散などを断行した現大統領に反発し、19の州が分離独立を表明したことで内戦が勃発した。共和党の地盤・テキサス州と民主党の地盤・カリフォルニア州が連合する「西部勢力(WF)」と、フロリダ州からオクラホマ州にかけて広がる「フロリダ同盟」は政府軍を次々と撃退して首都ワシントンD.C.に迫り、首都陥落は時間の問題となっていた】
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3選は憲法修正22条違反 |
その後、リーは相棒のロイター通信のジョエルと共に街に出て、水を求める人々と警察官が揉み合いになっている現場の写真を撮り始めた。
エスカレートした市民に対し、警察官が棍棒で殴り始め、熱心にカメラを向けていた若い女性カメラマンのジェシーが殴打されてしまう。
それ見ていたリーは、ジェシーを車の陰へ連れて行き、自分が身につけていたプレス用ベストを渡す。
ジェシーを救うリー |
プレス用ベストを渡すリー |
「リー・スミスね。ウソみたい」とジェシーはすぐ彼女に気づいて、「悪いから」と断るが、リーに促され受け取ると、「逃げろ」との声で身を屈めた瞬間に、大きな爆発が起きて警察官が吹き飛ばされた。
起き上がったジェシーは立ち去ろうとして後ろを振り向くと、リーは路上に散乱する犠牲者たちの惨状をカメラで捉え、シャッターを切っている。
その様子を見たジェシーは、危険な現場で果敢にカメラを向けるリーの姿をカメラに収めた。
リーの姿を撮る |
ホテルに戻ったリーとジョエルは、NYタイムズのベテラン記者のサミーと現状について話し合う。
「独立だよ、サミー。まず間違いない。西部勢力はD.C.から200キロ地点。フロリダ同盟がその南」
「西部勢力は補給線を失い、進軍できずにいる。D.C.陥落を前に、分離派同士の連携がない。見てろよ。陥落後は互いに戦うぞ」
サミー |
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アメリカ合衆国の首都/コロンビア特別区ワシントン(ワシントンD.C.) |
サミーにNYに残るか、出発かを問われ、リーはD.C.へ向かい、大統領の写真を撮り、ジョエルがインタビューすると答えた。
「本気なのか。記者は見つけ次第、敵側の戦闘員として射殺だぞ」
「14か月、一度も取材を受けてない」とジョエル。
「だが、方法は?」
「ホワイトハウスに行く。誰よりも早く」とリー。
「射殺されに急ぐ記者が他にいるか?」
「…西海岸の軍勢、オレゴンのクソ毛沢東主義者…D.C.は陥落。大統領は1カ月以内に死ぬ。インタビューだけが残る」
「記事にならなければ無意味だ。リー、思い留まれ」
「どのルートがいい?」
「州間道路は寸断され、フィラデルフィアへもムリだ。ピッツバーグまで西へ行き、ウェストバージニアから回れ」
「もうルートを考えてあるのね」
「そうだ。俺も行こうと思ってた」
「やっぱり」
「D.C.じゃない。自殺協定は願い下げだ。前線のシャーロッツビルへ。聞けよ。俺はライバル社だが…」
「俺がNYタイムズなんか気にするか?」
ジョエル |
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ピッツバーグ・ウェストバージニア・ワシントンD.C. |
サミーは自分が老体で身軽に動けないことを気に留めていたのである。
「もし、サミーが乗りたいなら、私は構わない」
リーが部屋に戻ろうとすると、ジェシーが近づいてきて、渡されたベストを返そうとするが、リーはそれを断り、続けるなら、ヘルメットと防弾ベストを買うようにアドバイスする。
「そのつもり。写真家なんです。夢は戦場カメラマン」とジェシーは答え、リーがヒーローの一人であることを告白する。
ジェシー |
翌朝、出発する車の中に、ジェシーもいることを知ったリーは、まだ子供だと反対するがジョエルは彼女とロビーで話し、連れて行くことを決めていた。
「23歳だ。写真の仕事をしたいって。君と同じ仕事だ。誰でも第一歩がある。君はもっと大人だった?」
「…何があろうと、彼女はシャーロッツビルまでよ」
結局、4人が乗り込んだ車はD.C.を目指して出発した。
爆発で道路に散乱する大量の焼け焦げた車を避けながら、検問を通って走り抜けていく。
車の中で、サミーが大統領への質問をシミュレーションし、ジョエルがそれを寸評する。
「“大統領、3期目の任期中、何か後悔したことは?”」
「ヌルすぎる質問だ」
「“FBIを解散させたのは、賢明な判断でしたか?”」
「まだ弱いな」
「“米国民への空爆をどのように考えていますか?”」
「よし、いいぞ」
「絞め殺される前に、記事にしろよ」
ガソリンスタンドが見えて来たので立ち寄り、銃を抱えた男らと交渉し給油するが、何かを見つけたジェシーが店の裏側へ行くと、男がついてきて、それを心配するリーも後をつけた。
ジェシーが見つけたのは激しい拷問の末、吊るされている二人の男の姿だった。
怯えるジェシーをよそに、二人の同級生だというその男を真ん中に立たせ、写真を撮るリー。
車に戻ったジェシーは写真を一枚も撮れずに動揺している自分を責めるが、リーは「自問自答を始めたらきりがない」と切り捨てる。
「質問はせず、記録に徹する。それが報道の仕事」
「覚悟しなさい」と後ろを振り向くと、ジェシーは泣いている。
「後部座席は幼稚園と老人ホームってわけか。あきれた」
ジョエルが「やめろよ」とリーを窘(たしな)めるが、ジェシーはきっぱりと言った。
「リーの言う通り。同じミスはしない」
破壊された町を車は走る。
途中、リーが車を止めさせ、「いい画になる」と、ジョエルに破壊されたヘリコプターの写真を撮らせた。
D.C.まで817キロの地点で、リーはサミーに語りかける。
「戦地で生き延びて、写真を撮るたびに、祖国に警告してるつもりだった。“こんなこと、やめて”。でも、こうなった」
「意味を見失ったか」
「何が?」
「君の葛藤だよ」
「私の心配はしないで」
「彼女の年齢の時の君を覚えてるよ」「ほとんど同じ」
「そうだったな。君は彼女ではなく、自分自身に厳しい…俺は、あの子のことが心配だ。君のことも心配だ」
そこへジョエルが口を挟む。
「なぜ、リーが心配?」
「報道の力への信頼を失ったから。そして、国家は崩壊した」
「よく分からないが、これだけは言える。あの銃声が猛烈に俺を勃起させる。空の閃光を見ろよ」とジョエル。
「報道的価値は別」
「だけど、戦ってる」
「闇の中では近づかない」
「じき、日が昇る」
「まだ戦闘中なら、見に行く」
ジョエルはジェシーに話しかける。
「明日は戦場だ」
「行くの?」
「そうとも。だが、君は違う。君は後方にいること」
「イヤよ。後方なんか、いない」
翌日、戦闘状態の現場でカメラを撮り続けるリーとジェシー。
銃に撃たれ、出血しながら死んでいく兵士や、捕らえられた敵兵を銃殺する写真を撮るジェシーの表情は、落ち着きを戻し始めていた。
D.C.まで465キロのところで、難民キャンプに一泊することになった一行は、一夜を明かした後、次に通りかかった町は、何事もないような平和な光景だった。
「タイムトンネルを抜けたか?」とジョエル。
「“トワイライト・ゾーン”よ」とジェシー。
【トワイライトゾーンとは、「昼」でも「夜」でもない薄明の曖昧な時間帯のことで、ミステリアスな現象が起こる時間帯を暗示している】
ブティックに入り、ジョエルが店員に尋ねた。
「ちょっと聞くけど、街の人は知ってる?国中が大変な内戦状態だって」
「まあね。関わらないようにしてる」
ジェシーは服を試着したリーの写真を撮る。
しかし、外に出るとビルの屋上には武装した2人の男が見張りをしているのだ。
まさに、何事もないような平和な光景の暗部が映し出した点景の訝(いぶか)しいトワイライトゾーンだった。
D.C.まで283キロ。
この辺りから、トワイライトゾーンが闇の世界に変色していく。
クリスマス・ソングが流れる街の道路の真ん中に遺体が転がっている。
突然、銃撃を受け、ジョエルは車を停車中のトラックの陰に移動させる。
そこに迷彩服を着た二人の兵士が建物に向け銃を構えているが、相手が誰だか分からず、指揮官もいないと言う。
「向こうもこっちも身動き取れない」
「敵は何者だ?」
「分からん…奴らに命を狙われ、俺たちも奴らを狙う」
再び、車を走らせていると、猛スピードで追撃してくる車を先に走らせようと減速するが、横付けして来た車から顔を出したのは、記者仲間でアジア系のトニーとポパイだった。
車を接近させ、トニーがリーが運転する車に乗り込んで来る。
それを真似して、ジェシーがポパイの運転する車に乗り込んだ。
ポパイの運転する車は猛スピードで飛ばし、リーはその車を見失うが、しばらく行くと、ジェシーとポパイの車が放置されていた。
幹線道路から外れて、2人を探しに行くと、銃を持った男たちに歩かされているジェシーとポパイの姿が、リーのファインダー越しに確認された。
トラックの荷台から遺体が落とされ、そこに跪(ひざまづ)かされるジェシーとポパイ。
「行ってやらないと」とリー。
「行けばみんな殺される」とサミー。
「政府軍じゃない。この辺にはいない。記者証もある。平気だ」とジョエル。
「見られたくないことをやってる奴らだ…死体の山だぞ。今さらやめるものか…本能で分かる。死が待つだけだぞ!」
サミーの制止にも拘らず、リーら3人は、ジェシーとポパイを助けに歩いて向かった。
多くの遺体が落とされた穴の前で跪(ひざまず)かされている2人を見張る赤いサングラスの男に、ジョエルは、2人が記者の同僚だと声をかけた。
遺体の山 |
そして、行き先や目的を話すが、男は聞く耳を持たず、ポパイを指して同僚かどうかを聞かれたジョエルが、「そうだ」と答えるや否や、いきなりポパイを射殺する。
ジョエルは、しどろもどろに自分たちがロイターの記者で、我々は米国人だと説明するが、「どういう米国人か?中米か?南米か?」と詰問される。
ジョエルはフロリダ、ジェシーはミズーリ、更にリーはコロラドと答える。
男は「そうとも。それが米国人だ」と言う。
しかし、トニーが香港出身と分かるや、「中国か」と言って、即座に銃殺されてしまうのだ。
3人はパニックに陥り、「頼む、止めてくれ」と手を挙げるジョエルに、「てめえ、何様だ?」と銃を向けるレイシストたちを、車で接近してきたサミーが猛スピードで跳ね飛ばし、残った3人を救出して逃走する。
しばらく運転していたサミーだったが、実は被弾しており、運転を交代した後部座席で、やがて静かに息を引き取った。
サミーが見る最後の景色 |
サミーの死 |
西部勢力の軍事基地シャーロッツビルに到着し、サミーの遺体が引き渡された。
サミーの死に怒り叫ぶジョエル |
ジョエルはサミーを知る従軍記者から得ていた情報を、苛立ちながらリーに説明する。
「西部勢力はD.C.へ進軍する。今日早く。政府軍は降伏した…俺たちは遅すぎてスクープを逃し、サミーの死は何の意味もなかった」
その現実を胸に受け止めるリー。
尊敬するサミーの死を無駄にした悔いのみが残ってしまうのである。
2 「何か、ひと言」「私を殺させるな」「それで十分だ」
湖の畔の水屋に座るジェシーの隣にリーが座る。
「ジョエルは?」
「心の処理中」
「私も…サミーをよく知らなかったけど…」
「一緒にいたでしょ。そばにいてくれる人。それがサミーよ。最悪に思えるけど、彼にとっては、もっと多くの終幕があった。より悲惨な終わりも。でも、彼はやめなかった」
「この数日間ほど、恐ろしかったことはない。でも、命の躍動を感じた」
ジェシーを見つめるリー。
基地から飛び立つ無数の軍用ヘリが、ワシントンD.C.の上空に到達し、リンカーン記念館前に着陸する。
車で現地入りした3人だったが、ジェシーは、WF軍(テキサス・カリフォルニアが連合する「西部勢力」の軍隊)が激しく銃撃を加える様子を躍動的に動き回ってカメラに収めるが、リーはサミーの死から心の整理ができていないから、車の陰に立ち尽くしたまま動けない。
リンカーン記念館 |
激しい市街戦でも、リーは壁に背をもたれて身動きが取れないままだが、一方のジェシーは果敢にカメラで戦闘の決定的瞬間を撮り続ける。
最前線で身を屈めるジェシー |
そんなジェシーにジョエルは笑いかけ、ジェシーもそれに応える。
リーの異変に気付いたジョエルは、恐怖心で体が動かなくなったリーの体を支え、戦場を走って移動する。
ホワイトハウスに近づくWF軍の兵士 |
遂にバリケードを突破したWF軍は、ホワイトハウスに到達し、大統領を包囲した。
ホワイトハウスから猛スピードで逃げる大統領を乗せた車を一斉に銃撃し、中から出て来て人物が銃殺された。
「大統領専用車が突破に失敗。WFによって攻撃され…」
この実況中継で平静さを取り戻したリーが、ジョエルと夢中になってシャッターを切るジェシーに、「大統領じゃない。本人じゃない」と声をかけた。
何を意味するか分からないジェシーを連れ戻し、3人はホワイトハウスに入って行く。
中には誰も居ないようだったが、3人を付けて来た数名の兵士が奥の部屋へと進む。
大統領の報道官が両手を挙げ、大統領の投降の交渉を求めたが、聞き入れられず銃殺され、そこからシークレットサービスとの銃撃戦が始まった。
決定的瞬間を撮り逃すまいと、夢中になってシャッターを切るジェシーは報道官の殺害の場面を撮る。
リーもカメラを撮り続けるが、兵士たちの突入を前にして、ジェシーが通路の真ん中に立ちカメラを構えた。
その彼女に警護が銃口を向けるのを見て、リーは咄嗟にジェシーを倒し、立ち塞がったが、それでもカメラを離さず、背中を銃で撃たれたリーが斃れてしまう。
そのリーを撮り続けるジェシー。
リーの死で茫然自失となったジェシーの肩をジョエルが叩くと、静かに立ち上がり、任務を続行する。
発見された大統領に兵士たちは銃口を向けるが、ジョエルはそれを阻止し、当初の目的である大統領へのインタビューをする。
「何か、ひと言」
「私を殺させるな」
「それで十分だ」
ジェシーは大統領が射殺される瞬間を、しっかりカメラに収めたのだった。
複雑な表情のラストカット |
この映画の主題は、2点に集約できる。
その一つは、SNSの加速的普及によるジャーナリズムの信頼性の危機にあって、それを怖れず戦場カメラマンとして屹立する戦場ジャーナリストの剛毅果断(ごうきかだん)なる行動様態。
もう一つは、権威主義化しつつあるアメリカの現政権(MAGAをスローガンにして誕生したトランプ政権)による「法の支配への挑戦」とも言える独善的な行動の結果、惹起したファシズム的政権が被弾するアナーキーで収束困難な状況を炙り出した世界のリアル。
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トランプ政権内では5派が競い合い |
前者から書いていく。
「本作は中道派的な立場から、過激主義とポピュリズムの政治家に注意しろという警告を鳴らす作品ですから」
共和党vs.民主党という党派性を超えた問題意識によって、中道派的な立場に立って創作されたことが理解できるアレックス・ガーランド監督の言葉である。
ジャーナリズムの信頼性の危機の只中にあっても、物語の登場人物たちの職業意識の高さは挫けることがない。
ジョエルに至っては、「あの銃声が猛烈に俺を勃起させる」とまで言ってのけるのだ。
未だどこにも帰属していないジェシーの、被写体に向かう一心不乱な突貫性は若き日のリーそのものだった。
若き日のリー |
リーもそのことを理解しているから、サミーからの助言を受け入れるのである。
以下、二人の短い会話。
「彼女の年齢の時の君を覚えてるよ」
「ほとんど同じ」
「そうだったな。君は彼女ではなく、自分自身に厳しい…俺は、あの子のことが心配だ。君のことも心配だ」
物語を通して、サミーの言辞は全て的を射ている。
長年にわたる記者魂によって培われた人間洞察力・状況把握力は錆び付いていないのだ。
「見られたくないことをやってる奴らだ…死体の山だぞ」 |
赤いサングラスを着用した白人至上主義の男によって拉致された恐怖を体験しても尚、ジェシーはこう言い放つ。
「この数日間ほど、恐ろしかったことはない。でも、命の躍動を感じた」
この「命の躍動」を推進力にして、後部座席にべったり付着したサミーが流した生々しい血液を拭き取るリーが、身近に感じた〈死〉の衝撃で動けなくなっている間にも、内戦の渦中に飛び込んでシャッターを切り捲(まく)るジェシーは戦場カメラマンとして屹立するのである。
戦場ジャーナリストとして自らを立ち上げていくことで、ジャーナリズムの信頼性の危機を粉砕し、「ここにジャーナリズムあり」という旗を掲揚(けいよう)していくのだ。
ここで物語の芯を形成しているリーとジェシーの関係の構造について書いておきたい。
リーを憧憬するジェシーは、常にリーからの「取り込み」(他人の価値観などを自分のものにする心理学概念)と「同化」(相手の態度・思想などに感化されて同一のものになること)に振れていく。
そして、そのジェシーに若き日の自己の相貌を「投影」するリー。
この「取り込み」・「同化」と「投影」という心理の交叉が、二人の関係の濃度の高さを決定づけている。
だから、ほぼ無意識にジェシーの命を救うリーの行為に振れるのだ。
あまりに眩く見える二人の関係の構造が、この物語の芯と化しているのである。
かくて、自己の代わりに斃れゆくリーを撮り続けるジェシーの行為は、リーに「同化」し続けた彼女の自立への自己証明であり、リーに対する最大の恩返しだった。
「質問はせず、記録に徹する。それが報道の仕事」
このリーの言葉が ジェシーの中枢を支え切っていたのである。
リーもまた、ジェシーへの救済によって戦場カメラマンとして屹立してきた自己のナラティブを完結させたのである。
少なくとも、映画的には、そういうことなのだと私は思う。
―― ここから後者のテーマについて言及していく。
まず、5人の死者を出した「連邦議会襲撃事件」(2021年1月)で訴追された被告ら約1500人に恩赦を与えたこと。
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トランプによる恩赦、議会襲撃の暴徒らをほぼ完全解放 |
600人あまりが警備にあたっていた警察官に暴行した罪などに問われていた現実を無視したばかりか、この事件などを捜査していたジャック・スミス特別検察官を辞任に追い込み、更に彼のもとで捜査に従事してい検察官10人以上を解雇したこと。
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辞任に追い込まれた米司法省のジャック・スミス特別検察官 |
その原因は、2020年大統領選の結果を認めず、転覆を図ったと決めつけたことに起因する。
「司法省と政府を悪意に満ち暴力的で不公正な形で武器化することを終わらせる」
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トランプ就任演説全文 |
就任演説でのトランプのこの宣言が全てである。
トランプが民主党などのエリート層が「ディープステート(闇の政府)」を形成し、米政府を操ってきたと主張し、FBIの人事を刷新したのは周知のこと。
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トランプの公約 |
かくて、不法移民を「人間ではない獣」と呼び、政敵(民主党バイデン政権)への報復に言及し、自らに忠誠を誓わない政府職員を大量解雇する意向を示してきた。
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「史上最悪」醜態のテレビ討論会 |
要するに、自らへの忠誠度の高さによって固めた右派政権の脆弱性は、ほぼ必然的にファッショ的な濃度を高めていくということだ。
だから、人権への配慮など毛頭ない。
イーロン・マスク率いる「政府効率化省」が国際開発局(USAID)など政府機関の解体を進めていることは、その典型例である。
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米政府効率化省(DOGE)が掲げる主な目標 |
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国際開発局(USAID) |
多様性(ダイバーシティー)、公平性(エクイティー)、包摂性(インクルージョン)を示すDEIへの逆風が吹き荒れるの自明だった。
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DEI |
何より由々しき事態は、留学生受け入れ資格を停止に象徴されるハーバード大学に対する強圧的態度。
「留学生の名前と(出身)国名を教えろ」と要求したトランプ政権に対して、大学側が訴訟を起こしたのも当然なこと。
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【さよならトランプ、米研究者が海外脱出 揺らぐ「知の大国」】 |
表現の自由に関わる要諦だからだ。
更に書けば、トランプには根拠のない発言で溢れ返っていること。
近例を挙げれば、トランプ氏はホワイトハウスで報道陣を前に「白人へのジェノサイド(大量虐殺)が進行している」とまで愚弄して、南アフリカ共和国のラマポーザ大統領を糾弾した。
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南アフリカのラマポーザ大統領 |
あろうことか、「証拠」として見せた画像は、ロイター通信がコンゴ民主共和国で撮影したものだと同社が報じても、それを認めない権力者がそこにいる。
そして、この権力者は憲法(修正22条)で禁じられた3選への意欲を表明したのだ。
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3期は憲法修正22条違反 |
もう、何でもありなのである。
FBIの解体と3選を断行した映画の世界こそ、アメリカの現政権が近未来のイメージを喚起するのに充分だったと言える。
これはアレックス・ガーランド監督インタビューでも明らかである。
「いまやジャーナリズムには昔のような力はなく、ジャーナリストたちも必要な存在として尊重されなくなりました。その結果として、性的暴行で有罪判決を受け、邪悪で嘘つきであることが何度も証明されている男がアメリカの大統領選に出馬しているのです」(アレックス・ガーランド監督インタビュー)
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アレックス・ガーランド監督 |
MAGAの誕生と、その崩壊後に起こり得るアナーキーな状況性。
赤いサングラスを着用した男のエピソードの怖さを想起すれば容易に理解できるだろう。
権力が空洞化すれば、訳が分からないアナーキーな集団が跋扈(ばっこ)し、レイシストなどの台頭を必至にする。
黒人やアジア系をターゲットにした白人至上主義の暴力が好き放題に猛り狂うのだ。
civil war(内戦)を極める争いの渦中であるからこそ、過激な主張が血肉化され居場所を手に入れることができるのである。
沸騰した暴力だけが勢いを増し、最早、それを中和する手立てなどどこにもない。
これが歴史的にアメリカ社会に巣食っているのだ。
これは政権を倒しても、倒した勢力の間で再び衝突が生まれて、より困難な状況が起こることを示唆している。
具体的には、西部勢力vs.フロリダ同盟。
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西部勢力vs.フロリダ同盟 |
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映画本篇で主役たちが旅するルート |
前者が勝てばテキサス州vs.カリフォルニア州との抗争になる。
この抗争の末路の風景が暴力依存の力学に拠って立つのは自明である。
取りも直さず、アメリカ分断社会の末路が、そこに垣間見えるのだ。
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(2025年6月)
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