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2019年10月7日月曜日

わたしは、ダニエル・ブレイク ('16)  ケン・ローチ


<「強者VS弱者」という類型的な「ラインの攻防」 ―― その際立つシンプリズム>



1  「俺には屈辱でしかない。ほぼ拷問だ。求職者手当はやめる」





「病気による“支援手当”の審査です。まず、誰の介助もなしに、50メートル歩けますか?」
「ああ」
「どちらかの腕を上げられますか?」
「ああ」
「帽子をかぶるぐらい、腕は上げられますか?」
「手足は悪くない。カルテを読めよ。悪いのは心臓だ」
「帽子はかぶれるということ?」
「ああ」
「電話のボタンなどは押せますか?」
「悪いのは指じゃない、心臓だって言ってるだろ?」
「簡単な事柄を人に伝えられないことは?」
「ある。心臓が悪いのに伝わらない」
「そういう態度を続けると、審査に影響しますよ。急に我慢できなくなって、大便をもらしたことは?」
「ないけど、こんな質問が続くと漏らすかもな。一つ聞くが、あんた、医療の視覚は?」
「私は労働年金省によって任命された医療専門家で、給付の審査を。弊社は政府の委託事業者です」
「看護師か?医者か?」
「医療専門家です」
「いいか、俺は心臓発作で足場から落ちかけた。早く仕事に戻りたい。心臓の話をしてくれ」

この冒頭の会話で、本作の主人公ダニエル・ブレイクが置かれた状況が透けて見えるだろう。

政府の委託で“支援手当”の給付の審査を担当した、件(くだん)の労働年金省から、「あなたは受給の資格なしと決定しました」と記載された通知を読むダニエル。

この決定に不満を持つダニエルは、2時間近く待たされた挙句、電話で抗議するが、「義務的再審査を申請して下さい。再審査で同じ結果が出たら、不服申し立てができます」という反応。

それを受容したダニエルは、認定人からの電話を待つことになる。

要するに、再度、審査を受けるということなのだ。

そのダニエルについて。

イギリス北東部の町ニューカッスル。

この街で、情緒障害の妻を介護しながら、大工として働いてきた一人暮らしのダニエル・ブレイクが、心臓発作で足場から落ちかけたことで、主治医から仕事を止めるように忠告されたことで、疾病による支援手当を受給するために役所を訪れた時の会話が、冒頭のシーン。

ダニエル・ブレイク

「支援手当の受給の資格なし」

翌日、役所から届いた書類には、空疎(くうそ)な文字が踊っていた。

その後、支援手当を受給するために孤軍奮闘するダニエルを、主人公の内面に入り込んだカメラが追っていく。

支援手当の申請書に不可欠なパソコンを役所の職員から習ったり、「履歴書の書き方講座」に参加したりするが、全て強制的な指示で動かされるから、手馴れないダニエルがストレスフルな状態になっていくのは必至だった。

パソコンを習うダニエル

システムが完全にデジタル化されているので、ダニエルには手に負えない代物なのである。

とうとう、ダニエルのストレスが炸裂する。

ロンドンから引っ越してきたばかりのシングルマザーが、バスの乗り間違いで、審査の時間に遅れてしまったことが原因で審査を受けられず、役所の職員と言い争っている現場に遭遇した時だった。

役所の職員と言い争っているケイティ
役所に行って、ケイティと出会った時のダニエル

「彼女の話を聞け。税金分の仕事をしろ。恥を知れ!」

職員を怒鳴り飛ばしたダニエルは、そのシングルマザーと共に、役所から追い出されてしまう。

この出会いが契機となって、件のシングルマザーと知り合い、電気も引けない自宅アパートに誘われ、料理を御馳走になったり、大工仕事を請け負ったりする。

難なく修理を熟(こな)すプロのダニエル。

件のシングルマザーの名はケイティ。

父親が異なる2人の子供を育てている。

2年間、ホームレスの施設で暮らしていたが、ロンドンでのこの生活環境に限界を感じ、役所の紹介を介して、老朽化したアパートに引っ越して来たという訳だ。

ケイティの心の支えになるダニエル
ケイティとデイジー

一方、ダニエルは、週に35時間以上の求職活動をすることが手当受給の条件と言われ、その気のない求職活動をしても、証拠がないと役所に突っぱねられる始末。

「履歴書の書き方講座」に参加したのは、この時だった。

次第に逼迫(ひっぱく)する生活。

フードバンクの長い列に並んだり、大工道具以外の「資産」を売ったりして、糊口(ここう)を凌(しの)ぐのだ。

ケイティも同様だった。

スーパーで万引きに及び、「犯罪」を免除してもらう代わりに、売春婦になっていく。

スーパーで万引きして「犯罪」を免除してもらうケイティ
フードバンクでのケイティと二人の子供(デイジー、ディラン)
ケイティ

どうやら、この手口はスーパーの常套手段だった。

ケイティも察しがついていた。

この事実を知ったダニエルは、既に、売春婦で稼いでいるケイティを訪ねる。

「こんなことはするな」とダニエル。
「あなたには関係ないわ。帰って」とケイティ。

激しく動揺し、走って外に出たケイティを追うダニエル。

「こんな所であなたと会えない。帰って」

号泣してしまうケイティを胸に抱き、体全体で優しく包み込むダニエル。

「300ポンド稼いだわ。子供たちに果物を買える。止めるなら会わないわ。あなたとは、これきりよ。やさしくしないで。心が折れるから」

そう言って、売春宿に戻るケイティ。

一貫して悲痛な表情を崩せないダニエルは、置き去りにされる。

ダニエルは追い詰められていた。

「とんだ茶番だな。体を壊した俺は、架空の仕事探し。どうせ働けない。俺も雇い主も時間のムダ。俺には屈辱でしかない。ほぼ拷問だ。求職者手当はやめる。もう、沢山だ」

唯一、理解のあるアンという職員に向かって放たれる男の言辞は、胸中に、自己の尊厳を守らんとする思いで埋められていた。

「求職活動だけは続けて。収入が閉ざされてしまう。義務的再審査には限界がないの」
「俺は限界だ」
「恐らく却下される。お願い。給付のための面談を続けて。そうしないと、何もかも失うわ。私は何人も見てきた。根が良くて、正直な人たちがホームレスに」
「ありがとう。だが、尊厳を失ったら終わりだ」

ダニエルとアンとの短い会話は閉じていった。

その直後のダニエルの行動は、通行人の喝采(かっさい)を浴びる一大パフォーマンスだった。

「俺はダニエル・ブレイクだ。飢える前に申し立て日を決めろ。電話のクソなBGMも変えろ」

スプレー塗料で、役所の外壁に書きなぐるダニエル。





器物破損で逮捕されるダニエルの行動に誘発され、一人の中年男が応援する。

「罰則を考えた連中を逮捕しろ。あの偉そうな労働年金大臣。寝室税を考えたバカな金持ち議員も。お前らも生業(なりわい)するぜ。保守党の特異な民営化でな。高級クラブの会員め。イートン校出のブタ!」

【ここで言う「寝室税」とは、英国で、2012年の「福祉改革」で導入された税金のこと。即ち、公営住宅に住んでいながら、使用されていない寝室があれば、それに税金がかかるという制度であり、その本質は、低所得者向けの住宅手当の削減にあったと言われる。また、「イートン校出のブタ」と嘲罵(ちょうば)されたのは、当時、デイヴィッド・キャメロン首相が寮生活を送った、階級社会・英国の頂点に君臨する「パブリック・スクール」のこと。ここに及んで、この映画が殆ど、「反緊縮・正義」という左翼プロパガンダ的な様相を露わにしていく】

かくて、器物破損で逮捕されたダニエルは、初犯だったので、口頭注意(「公共秩序法」第5条)のみで釈放されるに至る。

一大パフォーマンスだけで自己完結できないダニエルの表情に、沈痛で、悄悄(しょうしょう)たる翳(かげ)りが剥(む)き出しになってきた。

そんなダニエルを心配するケイティは、娘を呼びに行かせて、ダニエルと会う。

一時(いっとき)、元気を取り戻すダニエル。

ケイティの積極的なアウトリーチによって、支援手当回復のための弁護士を紹介され、手当の回復が可能になるという力強い言葉を受け、ダニエルは人生にポジティブに向かう姿勢を見せる。

ケイティのアウトリーチによって、人生にポジティブに向かう姿勢を見せるダニエル

しかし、この復元も一時(いっとき)だった。

心臓発作で倒れてしまうのだ。

回復することなく、逝去するダニエル。

葬儀の日。

悲しむデイジー(右)とディラン

ダニエルが、支援手当の申し立てのために用意した言葉が、ケイティによって代読される。

「国の制度が、彼を早い死へと追いやったのです」

静かに怒る、ケイティの情動炸裂である。

【キャメロン政権の「緊縮財政政策」への明瞭な弾劾によって、映画は括られていく】

以下、自己の尊厳を失うことなく人生を全うした、ダニエルの実質的な遺言書。

「私は依頼人でも顧客でもユーザーでもない。怠け者でもタカリ屋でも、物乞いでも泥棒でもない。国民健康番号でもなく、エラー音でもない。きちんと税金を払ってきた。それを誇りに思っている。地位の高い者には媚びないが、隣人には手を貸す。施しは要らない。私は、ダニエル・ブレイク。人間だ。犬ではない。当たり前の権利を要求する。敬意ある態度というものを。私は、ダニエル・ブレイク。1人の市民だ。それ以上でも以下でもない」

ラストシーンである。





2  「強者VS弱者」という類型的な「ラインの攻防」 ―― その際立つシンプリズム











冒頭のシーンの映像提示。

これが全てだった。

典型的な「お役所仕事」のエピソードだが、これは、障害による支援金の申請に対して、心臓病で罹患(りかん)し、既に、支援金(正確には「雇用支援手当」)を受けていたダニエルの反応のコアを受容せず、身体の動きに関する質問に特化され、苛立つダニエルの態度を評価し、単純に点数化された経緯が描かれていたが、このような応対は、多かれ少なかれ、いずれの国でも常態化されている。

支援金認定に関わる、英国自治体の対応の不味(まず)さは、支援金の受給資格基準において、面談による身体状況の総合的な判断が加味されず、質問項目の点数化という機械的な審査のみだったことに尽きる。

更に、審査結果の通知書に、不服申立制度の説明が記載されていないこと。

その結果、電話での問い合わせで手間を要するなどの、システム的な不備に問題がある。

明らかに、支援金請求者にとって、受給基準のハードルが高い制度と化している。

就労に関してドクターストップがかかっているダニエルにとって、それ以前は同じ理由で支給されていた事実を考えれば、このシステムは極めて理不尽な認定であり、納得し得る話ではないだろう。

一方、行政が一定の審査基準をシステマティックに判定する一連の対応それ自身には、支援金請求者の人格・態度で恣意的な判断が媒介していない限り、ある程度、是非もない面があるのも認知せざるを得ない。

但し、支援金請求の認定において、このような煩雑(はんざつ)なシステムを作り、それを合理的に業務遂行する、英国の社会保障機能の理非の問題が問われるのは必定(ひつじょう)であるだろう。

且つ、「認定の精密さ・厳格さ」という名分によって、自治体の担当者が、支援金請求を篩(ふる)い落す「水際(みずぎわ)作戦」が実行されていると思えるのは、ダニエルのように、疾病や障害によって、失業中の人々を対象とした英国の給付金制度は「雇用支援手当」(ESA)と呼ばれ、その削減が、キャメロン政権の緊縮財政政策による、不可避な行政的行程の結果であるのは事実。

この辺りについての言及を避けてしまえば、映画の背景に横臥(おうが)する、この国の社会保障制度の現状に目を瞑(つむ)ることになってしまうので、3章で詳述したい。



いずれにせよ、政治色の強度において、本作の基幹メッセージが、デイヴィッド・キャメロン首相とジョージ・オズボーンによる緊縮財政政策への弾劾(だんがい)に存することが自明であり、「保守党政権批判」のプロパガンダ色濃厚な映画と言っていいが、「人間ドラマ」としての構築力が確保されていたのは評価に値する。

辞意表明するキャメロン首相
ジョージ・オズボーンhttps://blog.goo.ne.jp/aya-fs710/e/ac4d4a64e3d27f6bfbc20909a4a93edb

個人的に言えば、カタルシスの供給で撮り逃げする、情緒満載のラストシークエンスは頂けない。

あのような「情緒の沸点化」は、観る者にカタルシスを保証すれば、嗚咽させて自己完結するだけで、問題意識の内化には届かないだろう。

壁に大きく書きなぐって閉じるべきだった。

私は、そう思う。

いずれにせよ、本作を通底する冒頭のシーンには、この映画におけるケン・ローチ監督の基幹メッセージが凝縮されていると言っていい。

「強者VS弱者」という類型的な「ラインの攻防」を、あまりに分りやすく貫流させた映画のシンプリズム(極度の単純化)。

この顕著な相貌性は、冒頭のシーンに詰め込まれた、微(び)に入り細(さい)にわたるほどに空疎な会話の中で読み取れる。

何より、この映画の要諦(ようてい)は、心臓病のため、「就労不可」の状態にある主人公・ダニエルが、失業中の無収入を解決するために、国から移管された自治体の「支援金給付」を得ようと努めるが、健康状態が勘案されず、「就労可」と決めつけられたことで求職活動を余儀なくされ、ただ単に、形式的な「就労努力」を繋ぐ無意味さを描き、「役所は助ける気なんかない」と言い放った隣人のチャイナの言葉に代弁されるように、そのことによって、「支援金給付」における当該政府の「受給阻止」という「水際作戦」の悪弊(あくへい)を、執拗に映像提示したことにある。

して本篇は、二人の子を扶養するシングルマザーと、同様に無収入のリスクを抱える初老の主人公という、社会的弱者同士の扶助をコアにした人物描写のうちに物語を絞り込み、どこまでも人間ドラマのスキームを仮構させつつ、弱者を切り捨てていく行政(緊縮政策)の陰惨な様相を、「俺には屈辱しかない。拷問だ」と言い放った、主人公・ダニエルの「正義の炸裂」によって糾弾(きゅうだん)する、「ラインの攻防」(強者VS弱者)を映像提示した典型的な、「為にする」社会派映画でもあった。

「死に物狂いで助けを求めている人々に、国家がどれほどの関心を持って援助をしているか、いかに官僚的な手続きを利用しているか。そこには、明らかな残忍性が見て取れます」(公式ホームページ)

「為にする」社会派映画の様態は、「反緊縮・正義」のケン・ローチ監督の、この確信犯的言辞によって確認できるだろう。

その手法のシンプリズムは、ナイーブな観客・視聴者のミラーニューロン(感情の共有を可能にする神経細胞)を喚起させ、情緒満載のラストシークエンスに収斂させるオールド・ファッションにおいて際立っていた。

「シンプリズムの至福」 ―― 思考処理の通常的モード・「システム1」(ファストシンキング)の快楽は、「ファクトフルネス」(データや事実にもとづき、状況を読み解く習慣)なしに突き抜けられるから、数多(あまた)のバイアス(特に「確証バイアス」)、ヒューリスティックス(特に「代表性ヒューリスティック」)を抱え込んで、存分に「分ったつもり」になる。

現代最高の認知心理学者ダニエル・カーネマン
確証バイアス
代表性ヒューリスティックhttps://slidesplayer.net/slide/11400702/

無尽蔵(むじんぞう)に侵入してくる情報処理の簡便さこそ、「シンプリズムの至福」の極北なのだ。

ここに、ケン・ローチ監督のインタビューでの発言がある。

「いま労働者は力を失っています。そのしわ寄せで、家庭の貧困化や家族の崩壊が起きているのです。(略)映画監督として心がけているのは、『搾取や貧困を始めとする弱者が置かれた現実をどう伝えるか』です。全ての人たちが尊厳ある人生を送るために、私は映画を通して社会の構造的な問題を明らかにし、解決に導くべきだと考えています。なぜなら、社会的に弱い立場にいる人たちは、不当に扱われていることを世の中に告発する術をもっていないからです」(「クローズアップ現代」・「是枝裕和×ケン・ローチ  “家族”と“社会”を語る」より)

これは、ダニエルの「正義の炸裂」を、監督自身がトレースするイノセントな説明であり、解説不要である。

「では、英国の貧困を救済するには、どうしたらいいのか」と、「クロ現」のキャスター・武田真一に聞いて欲しかったが、良かれ悪しかれ、問題提起するだけで済んでしまう映画監督に対し、さすがに、それは「非礼」ということなのだろう。

しかし、私は敢えて問いたい。

「ケン・ローチ監督、英国の貧困を救済するには、どうしたらいいのか」

逆進税に振れることなく、大企業の法人税を大幅に上げ、富裕層に累進税率を課することか。

或いは、完璧なナショナル・ミニマムを復活させることか。

労働党政権下で断行された産業国有化政策や、「クローズドショップ制」(特定の労組に加入している労働者のみを採用し、組合員資格を失ったときは解雇する制度)、そして「大きな政府」を作り、「大福祉国家」を復元させることなのか。

クローズドショップ制

キャメロン政権下で集中的に断行された緊縮政策の息の根を止めれば、「社会的弱者」の全てが「尊厳」を奪回できるということなのか。

「反緊縮・正義」のケン・ローチ監督の「改革プラン」の内実が不分明なので、ここでは、単に、手掛かりとなる法人税についてのデータのみを提示しておきたい。

確かに、ジェトロ(日本貿易振興機構)によると、英国の法人税は一律19%という低さで、2020年4月以降は17%とする予定となっていて、「世界的な法人税率の低下」の流れが止まらず、将来的な財政赤字が危惧されている。

(因みに、我が国の場合、2013年度の法人実効税率は37%という途轍もない税率だったが、「アベノミクス」の政策の一環として、2016年度に29.97%まで引き下げられ、2019年8月現在、23.20%。また、米国は2017年12月に、本来の共和党の政策と切れた金融緩和論者であるドナルド・トランプの政権下において、21%の減税を含む税制改革法案が上院にて可決された)

その意味で、「世界的な法人税率の低下」の流れに吸収された事態にあって、英国の貧困が看過しがたいと言える。

世界的な法人税率の低下

しかし、“英国の良心”ケン・ローチ監督が、「格差」と「貧困」の問題を混同する愚を犯しているとは思えないが、「映画を通して社会の構造的な問題を明らかにし、解決に導く」と言うなら、その「構造的な問題」を、「わたしは、ダニエル・ブレイク」で映像提示したということになる。

それが、際立つシンプリズムにおいて表現された、「強者VS弱者」という類型的な「ラインの攻防」のシーンの連射なのか。

「複雑系」を切り捨てた、左翼イデオロギーの情感的倫理観で武装する故にか、シンプリズムの怖さに対しても鈍感で、イノセントな監督という印象を拭(ぬぐ)えないが、「基本・プロパガンダ映画」に堕ちることがなかった、「ケス」という傑作を構築した初期の作品を評価する私には、とうてい、そこまで昇り切れない。

人生論的映画評論「ケス」より
ケン・ローチ監督の最高傑作「ケス」

イデオロギーフリーであるが故に、昇っていく気も更々ない。

デジタルネイティブの若者たちのそれよりも、遥かに上回るほどの凄い馬力で信念を貫き、世界的右傾化が異様に突沸(とっぷつ)する時代の渦中で、引退撤回後も、ヒューマンな映画を作り続けるローチ監督の作品を観る気がないが、せめて、英国独立党などに代表される、欧州右傾化の流れを蹴散(けち)らすアクティビティを期待するのみ。

「映画にできることは、社会に良い変化をもたらすことができる人々を応援することくらいではないでしょうか」(ケン・ローチ監督インタビュー)

これがどこまで本音か分りにくいが、「映画」という文化装置を駆使して、製作時点でのケン・ローチ監督が保守党政権の緊縮財政政策に切り込み、それを政治運動に変換させるメッセージを送波している熱意を滾(たぎ)らしているのは否定し難いだろう。

ケン・ローチ監督

【「地位の高い者には媚(こ)びないが、隣人には手を貸す」。抑制系が効かなくなったのか、筋金入りのオールド・レフトのケン・ローチ監督の怒りが炸裂するのだ。それにしても、主人公ダニエルに言わせた、顔から火が出るような、この台詞だけは何とかならなかったのか。映画作家を自負するなら、提示した映像のみで勝負できないのか。ダニエルの内面に入り込んだカメラが切り取った、後半での一連のカットの連射のうちに、その思いが容易に読み取れるではないか】
ケン・ローチ監督





3  「反緊縮・正義」という破壊力 ―― 極端なバラマキ政策は自滅する





「英国病」という言葉がある。

サッチャー改革によってその言葉が死語になったという者もいるし、国民全員が無料で医療を受けられる、NHS(国民保健サービス)制度改革の問題に集約される、「低医療費政策による医療の質の低下」によって、今も、その「病気」が治っていないと言う者もいる。

NHS予算の99%(2011年度)が公費で賄(まかな)われるという、この「低医療費政策による医療の質の低下」の現象は、歯科医が見つからないため、「自宅歯科」と呼ばれて、自らペンチを使って自分の歯を抜く人が出現する事態に象徴されるだろう。

NHS(国民保健サービス)/ノーフォーク国民保健サービスとノリッチ大学病院(ウィキ)
国民保健サービスNHS、育児や高齢者介護サービスを大幅拡充。5年間で2.8兆円予算 (2019年1月10日)

少なくとも、保守党のサッチャーとジョン・メージャー政権下での「自立自助路線」を継承しつつも、労働党のブレア政権下において、社会的公正の観点も重視した「第三の道」(脱労働的な市場原理を導入した政策)の路線によって、安定した経済成長を具現した実績は否定し難いであろう。

トニー・ブレア(ウィキ)
英国労働党の変容http://mojix.org/2009/07/27/uk_labour_old_new

しかし、この国に、「英国病」という言葉によってしか説明できない時代が存在したことは歴史的事実である。

「英国病」というものが多くの人の視野に入ってきたのが、第二次世界大戦後の、この国の経済社会史的事情と関係するらしいことだけは、誰しも了解可能であろう。

「英国病」が、この国の経済政策の不安定に起因するという指摘の多くは、この国の政治が、保守党と労働党という二大政党間の、その産業国有化政策の基本的矛盾に求めている。

電力、ガス、鉄道、自動車、道路輸送、鉄鋼(利益を上げていたので激しい対立を惹起)など、戦後の労働党政権の産業国有化政策の結果、国際競争力を失って、貿易収支は大幅赤字になり、ポンドは切り下がり、国民一人当りの所得は、主要先進国の中で加速的に順位を下げていく。

品質が悪くても、国有化産業は赤字になれば、国が税金で補填(ほてん)するので、当然、経営改善努力が怠惰になる。

一切は、チャーチルの命を受け、1942年に発表されたベヴァリッジ報告書に淵源(えんげん)する。

戦後の英国の福祉政策の土台になったからである。

ウィンストン・チャーチル(ウィキ)

ウィリアム・ベヴァリッジ(ウィキ)


ベヴァリッジ報告書

全ての国民に、万全なセーフティネットとしての最低限の生活水準(ナショナル・ミニマム)を保障すること。

その財源を、労働者と使用者の負担する保険料によって賄うこと。

英国国民が、この報告を大歓迎したのは言うまでもない。

1945年の総選挙で政権を握った労働党のクレメント・アトリーが、ベヴァリッジ・プランを矢継ぎ早に実施していく。

クレメント・アトリー
「揺りかごから墓場まで」福祉国家イギリスの変容/イングランド北東部のボストンにあるピルグリム病院を訪問したジョンソン首相=2019年8月5日、APhttps://webronza.asahi.com/politics/articles/2019081900009.html

所謂(いわゆる)、「リベラル福祉国家」と呼称される、「揺りかごから墓場まで」という、大胆な経済史的展開の未知のゾーンが開かれたのだ。

未知のゾーンを開いた英国の社会保障制度のコアにあるのが、受益者の掛け金で運営される「国民保険」(NIS)。

この社会保険制度の基本的構造は二階建て(我が国と同じ)になっていて、「基礎年金」としての一階部分は、NISを財源とする公的年金・「退職年金」で構成され、全ての就業者に加入義務がある。

二階建て(我が国と同じ)になっている英国の社会保険制度/「ステークホルダー年金」とは、中低所得者に対する確定拠.出型年金のことhttps://www.jil.go.jp/foreign/basic_information/2006/england.html

また、職域年金(職場提供の私的年金)や個人年金などが二階部分に相当するが、そのコアにあるのが、所得比例で年金を給付する「国家第二年金」。

現在、公的年金の「民営化」が進められていて、一定の要件を満たす企業年金、個人年金の加入者は、「国家第二年金」に加入しなくてもいいということ。

―― ここで、「揺りかごから墓場まで」の推移を確認していく。

1970年代から80年代にかけて、英国は大きな社会変動を迎えていた。

「生産年齢人口」の中の高齢者の「従属率」(65歳以上)の上昇によって、高齢者給付の支給が増大しいていった。

労働市場に入ってくる既婚女性の増加。

この段階において、ベヴァリッジの社会保障制度の基礎は崩れつつあった。

「女性は専業主婦」というベヴァリッジの思考が、この一点において瓦解(がかい)したのだ。

10代における離婚・別居の増加によって、二人の子供を扶養するシングルマザーのケイティのようなシングルマザーが急増したのである。

ケイティの場合、殆ど「自己責任」の問題とも言えるが、そんな女性も、政府はアウトリーチしていかねばならない。

ケイティとダニエル

「主権」・「領域」・「国民」の三要素によって成る国民国家は、「統一国家」であると同時に、「国民共同体」でもあるからだ。

従って、彼女らが社会保障給付を受けるのは自明のこと。

且つ、若年失業者の増加もまた、社会保障給付の対象になる。

貧困者が労働能力を有するか否か、これが、英国では明確に区分されている。

労働能力を有する者は、労働機会を国が提供する。

そのために、職業訓練などの就労支援を積極的に行う。

労働能力を持ち得ない者には援助する。

いずれも、映画の中で、苛烈(かれつ)に、且つ、集中的に拾われているエピソードである。

また英国では、貧困の要因が、個人の責任で惹起したか否か、これが重視されるのだ。

なぜなら、社会環境によって惹起したと判断されたら個人の責任を越えるとされ、国が責任を持って保障する。

そういう制度を、英国は制度設計したのである。

形式的には、「万全」の社会保障政策であるが、では、その実態はどうか。

2010年5月、保守党と、中産階級を基盤に形成された、「ホイッグ党」の流れを汲(く)む中道派の自民党が連立を組み、キャメロン政権が誕生した。

デイヴィッド・キャメロン(ウィキ)

ここから、「揺りかごから墓場まで」という、耳心地がいい巨額のバラマキ政策によって累積した膨大な財政赤字を、確信犯的に削り取っていく諸政策が発動される。

2010年6月、保守党・自民党連立政権は緊急予算を発表し、財政健全化に向けた様々な改革の具体案が提示された。

この連立政権が実施した諸政策 ―― それは、福祉関連予算の110億ポンドの削減であり、福祉給付への依存を排斥(はいせき)しつつ、支援が必要な者に対する給付の実施と共に、複雑な福祉関連給付の簡素化の視座から、勤労税額控除・児童税額控除・住宅給付・所得補助、更に、「普遍的給付制度」(Universal Credit)を創設し、映画でも紹介されていたように、同給付の請求者が「ジョブ・センター・プラス」(公共職業紹介機関)の求める活動を拒否した場合に、3か月間、給付を受けられないようにする「福祉改革法」(Welfare Reform Act 2012)の成立などである。

映画では、この「福祉改革法」が貧困層の攻撃の餌食になった。

公的支出が縮小され、企業の人員削減や給与カット、インフラ投資への予算削減などが断行される「改革の痛み」に関わる反発の中で、調整しながら成立・実施した連立政権の緊縮財政政策に対して、国連(UN)から痛烈な批判を浴びることになる。

国連のレポートでは、社会保障費削減によって、若年層、女性、障害者、民族的マイノリティー(社会的少数者)が大きく影響を受けていること ―― これが、高所得者よりも、低所得者の税負担率が大きくなる「逆進性」的な政策(国際法違反=「障害者権利条約」違反)と共に、批判のターゲットになった。

更に、そのレポートの内実は、最低賃金・時給7.20ポンド(7ポンドは930.84円)でも充分ではなく、パートタイムワーク(非常勤)の改善や、そして、雇用主の都合のいい場合のみに働くという、英国で物議を醸し、大きな社会問題となっている「ゼロ時間契約」を、英国政府は直ちに減らすように努めるべきであるという厳しい勧告だった。

「ゼロ時間契約」

現在、英国の場合、国による再分配の規模は抑制され、生活保護給付の際に実施される「ミーンズテスト」(所得調査)に基づき、限られた低所得者への必要最低限の社会手当が給付され、それを担当する公的扶助プログラムである「インカムサポート」が存在するが、この所得支援政策によって、貧困層は「恥辱」を味わわされることになる。

日本でも、生活保護の受給に際し、世帯単位でミーンズテストが行われる(生活保護法第10条)
「生活保護」は何のため?

―― 以上、「リベラル福祉国家」を具現したはずの英国の福祉政策は、保守党・自民党連立政権の緊縮財政によって切り崩され、骨抜きにされたと言われる。

「片手に指が1本でもあれば就労可能──イギリスにおける障害の認定基準はそう皮肉られるぐらい厳しくなった。財政赤字削減を公約に掲げて2010年に首相になった英保守党デイヴィッド・キャメロン首相の「改革」の結果だ。イギリスが初めて福祉国家の体制を作った1945年以来、これほど弱者に苛酷だったことはない」(「財政赤字を本気で削減するとこうなる、弱者切り捨ての凄まじさ」/「ニューズウィーク日本版」)。

財政赤字を本気で削減するとこうなる、弱者切り捨ての凄まじさ

ジョン・マカードル(ブラックトライアングル共同設立者)によると、最低限の生活水準(ナショナル・ミニマム)を保障する「揺りかごから墓場まで」という英国の社会保障制度は、福祉制度が存在しなかった1930年代に急速に戻りつつあると指摘し、「社会ダーウィン主義」の如く、競争についていけない者は沈んでゆくしかないと断じる。

具体的に言えば、英デイリーミラー紙は、「頭蓋骨の半分を失って、重度の記憶障害と半身麻痺を抱える男性に対し、英労働年金省(DWP)が『就労可能』と裁定した」(「ニューズウィーク日本版」)という凄惨な現実を報じている。

また、高齢者や重度の障害を抱える人々に対する公的ケアのサービスが、2015年までに33パーセント削減されたと言う。

その結果、2016年5月段階で、43万3000人の成人が公的ケアのサービスを受けられていないそうだ。

NHS(国民保険サービス)病院に、患者が殺到して危機に陥っているのも同じ理由。

例を挙げれば切りがないので、「ニューズウィーク日本版」(「『鉄の男』キャメロンの超緊縮改革」など)を参照されたい。

それでも、私は思う。

ケン・ローチ監督のメッセージを反映するような以上の酷評に一定の理解を示しても、43歳で首相に就任したキャメロンとオズボーンによる緊縮政策を全否定する気にはなれない。

ジョージ・オズボーン財務大臣(ウィキ)

「国営企業を民営化し、労働組合をたたきつぶした」(「「鉄の男」キャメロンの超緊縮改革」)「鉄の女」と呼ばれたサッチャーを悪(あ)し様に扱(こ)き下ろし、「容赦のない戦いを突き進んでいる」(同上)と決めつけ、キャメロン政権を徹底的に誹議(ひぎ)する極端な物言いに対して共感できないのだ。

まして、「社会ダーウィン主義」などというラベリングは、明らかに「ファクトチェック」(情報妥当性の検証)の視座から言えばアウトである。

ブレグジットの是非を問う国民投票の問題はさて置き、「サブプライム住宅ローン危機」に代表される、世界的規模の金融危機が発生させた「リーマン・ショック」(2008年9月)後のデプレッション(不況)からの回復が早かったのは事実。

リーマン・ブラザーズ(大手投資銀行グループ)・本社があったタイムズスクエアビル(破綻後、バークレイズが入居)(ウィキ)

リーマン破綻

また、一般政府歳出(2014年)の中で、「社会保護制度」(社会保障)が35%住居・地域環境が4%、教育が10%、一般公共サービスが14%と配分され、キャメロン政権時には、国民年金の歳出が最も多かったのも事実。

何よりも、キャメロン政権による「超緊縮改革」のルーツが、どこにあるかという歴史の重みを無視できないのである。

クレメント・アトリー政権から開かれた、英国の重要産業国有化と社会保障制度に淵源する、「大福祉国家」の実現の経緯に理解可能であるにも拘らず、「英国病」という痼疾(こしつ)を慢性化した歴史的現実を否定しがたいだろう。

極端なバラマキ政策は自滅する。

これを否定できるか。

私が真っ先に想起するのは、アルゼンチンの惨めな破綻の現実である。

クリスティナ・フェルナンデス。

弁護士出身で、アルゼンチンの第56代大統領である。

クリスティナ・フェルナンデス(ウィキ)

過去、繰り返しデフォルト(債務不履行)を惹起させながら、フェルナンデス政権の顕著なバラマキ体質によって、経済の停滞が止まらず、政府債務が、2010年からの5年間で、5倍近くまで拡大させてしまった。

AFP通信によると、2013年段階でインフレ率も28%に達したと言う。

財政規律が守られなかった結果、レイオフ(一時解雇)が起こり、金利上昇に直面し、資金調達が難しくなり、経済が一段と減速するに至った。

結局、左派色濃厚な反グローバリズム的なバラマキ体質が否定され、同国民が最も嫌う構造改革を重視し、市場重視を掲げるマクリ大統領が選出されたという経緯を持つ。

最悪の事態になる前に正しい選択をしたマクリ大統領だが、国民は抗議デモで反発/フェルナンデス政権の顕著なバラマキ体質に馴致(じゅんち)したことが背景にあるhttps://www.newsweekjapan.jp/kaya/2018/05/post-49.php

また、軌を一にするかのように惹起したギリシャ経済危機も、アルゼンチンの経済危機と同質の構造を有する。

2009年10月の政権交代を機に、社会主義インターナショナル加盟する左派政党、「全ギリシャ社会主義運動」(PASOK=パソック)を率いたマルクス経済学者・パパンドレウは、約束されたように「反緊縮・正義」の「大きな政府」を作り、国民の5人に1人が公務員という異様な「福祉国家」=「社会主義的バラマキ政策」を具現化したことで、ギリシャ国債が暴落し、僅か3年間で、GDP(国内総生産)を17%も減少させてしまった。

ゲオルギオス・パパンドレウ/全ギリシャ社会主義運動(PASOK)党首(2004年から2012年まで)(ウィキ)

ギリシャ経済危機/2011年3月29日にアテネで行われた、緊縮財政の反対デモ。主催者発表では、10万人が参加したとされる(ウィキ)
2015年7月13日朝、EUのトゥスク大統領がギリシャのユーロ圏離脱危機に終止符を打つ合意の成立を発表した。これにより、チプラス首相率いるギリシャは、EUの指示通りに財政を健全化し、借金を返すことになる
白井さゆりhttps://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/221036

日本のマクロ経済学者で、慶應義塾大学教授・白井さゆりによると、王政崩壊後、政権交代の度に拡大を続けた「大きな政府」を作った結果、「身の丈に合わない年金制度」、即ち、「社会保障給付費」と「人件費」が利払い後歳出の7割を占め、年金受給開始年齢が、早くて55歳前後であるという極端なバラマキ体質が、ギリシャ経済危機の主因であるとするが、これは、今では普通に情報共有されている。

公務員への手厚い保護と、年金支給開始年齢の早さ。

これが全てであると言っていい。

観光業を主要産業にして、国を発展させる基幹産業が存在しない国民国家の経済破綻は、大盤振る舞いの公約提示の時点で約束済みだったのだ、

かくて、地政学上のリスク(東西を繋ぐ地中海に位置)とも相俟(あいま)って「反緊縮・正義」のチプラス政権の誕生によって、危機が再発したのは必至だった。

アレクシス・チプラス/右派ポピュリズム政党の独立ギリシャ人と連立を組み、同年1月26日に40歳でギリシャの首相に就任し、過去150年間で、最年少のギリシャ首相になった。これは欧州初の反緊縮政権となった(ウィキ)

ついでに書けば、世界最大の石油埋蔵国であるベネズエラ経済危機もまた、政権によるバラマキ政策の約束済みの結果だった。

石油依存の構造的な体質は製造業が育たないという「資源の呪い」をトレースし、国内製造業が衰え、米国による経済制裁もあり、食料や医薬品など物資の不足が進み、物価が急激に上昇(インフレ率2616%という異様な状況)を招来した。

反米・反市場原理主義・反新自由主義という、「反緊縮・正義」のチャベス政権⇒マドゥロ政権による、貧困層重視の過剰な大判振る舞いの社会主義路線が破綻する。

そこに加える言葉の何ものもない。

ウゴ・チャベス/「貧困層に優しいチャベス」という仮説は、事実からかけ離れている。石油高騰からの経済ブームの恩恵を貧困層に再分配するという点で、チャベス政権が過去のベネズエラの政権と異なる措置をとってきたことを示す証拠は、驚くほど少ない
ニコラス・マドゥロ(ウィキ)

先のクリスティナ・フェルナンデスによる、アルゼンチンのバラマキ政策の自滅の構造は、あまりに分りやすかった。

要するに、バラマキ政策が財政悪化を招来させることで、「名目金利」(預金金利などの表面的な金利)から予想物価上昇率(期待インフレ率)を引いた「実質金利」の上昇に繋がるということ。

当然、これは最終的に、「実質的な個人所得」の低下を不可避とし、最も重要な国民の購買力を削り取ってしまうのだ。

この財政構造の悪循環が、アルゼンチンで惹起したのである。

実質金利

―― 本稿の最後に、英国の現状に言及したい。

ブレグジットで揺れる英国で、今、ジェレミー・コービン労働党党首の勢いが目を引く。

ジェレミー・コービン(ウィキ)

「反緊縮・正義」の下、貧困層の救済を叫び、若者からの圧倒的支持を得て、2017年総選挙で議席増を果たし、保守党を単独過半数割れに追い込むほどのウエーブを演出したのだ。

所得格差の拡大への反発によって、緊縮財政政策に強く反対する世論の後押しを受けたのである。

「英国を再建する。多くの人々のために、少数者のためではなく‘for the many, not the few’」(「いま、イギリス労働党がすごい」より)

「いま、イギリス労働党がすごい」/岸本聡子・アムステルダムを拠点とする「 トランスナショナル研究所」(TNI)研究員。経済的公正プログラム、オルタナティブ公共政策プロジェクトのコーディネーター

更に、「モメンタム」について紹介する。

「党の民主化を求め、社会的政策を引っ張る草の根政治運動『モメンタム』である。事実、モメンタムは労働党内で社会正義や社会主義的な勢力を広げるために尽力し、モメンタムの貢献はコービン党首の誕生と切っても切り離せない」(同上)

この「モメンタム」については、日経が詳細に報道しているが、その一部を引用する。

「メイ首相の保守党が予想外の過半数割れに沈んだ8日の英総選挙。最大野党労働党の躍進を支えたのが、若年層の投票率の上昇だ。格差拡大や既存政治への不満を背景に、同党のコービン党首が訴える反緊縮や欧州連合(EU)との関係維持への共鳴が広がった。ネットメディアなどを駆使し、草の根で増殖する『新左派世代』ともいえる若者の反乱が英政治に地殻変動を起こしている。

(略)沸き立つ若年層の政治活動を支えるのがソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)だ。例えば、コービン氏を支える若者による代表的な草の根組織『モメンタム』は、SNS上の反応から、誰が支援者になりやすいかの情報を共有できるスマートフォン用の専用アプリを開発。支持の拡大につなげた。

(略)若年層で左派志向が強まる背景には、強い政治不信がある。英国では冷戦後、市場経済と福祉政策のバランスをとる中道政治が主役だった。だが、金融危機後も、格差は拡大し、年金など将来不安は高まる。

(略)既存政治の失敗を肌身で感じてきた若者たちは『再分配』や『公正な社会』をより重視する傾向にある。ちょうどブレア政権が誕生した1997年の前後に生まれた世代が今、政治に強く関わり始めた。党内でははみ出し者だったコービン氏がその思いをうまくすくい上げた形だ。『私には若者がついている』

コービン氏は英テレビに、次回の総選挙では勝利すると自信を示した。

(略)若者の目覚めが英国の政治の風景をどう変えるのか、胎動は始まったばかりだ」

先の「いま、イギリス労働党がすごい」のサイトと共に、「モメンタム」の活動が生き生きと紹介されている日経の記事に、正直、強い共感を覚える。

英国保守党の混迷の渦中で出来(しゅったい)した、現在の最大野党・英国労働党の復活は決して悪いことではない。

「口を閉ざすな」として、若者に投票を呼びかけるポスターがロンドンの随所に出現した」
ジェレミー・コービンhttps://news.yahoo.co.jp/byline/bradymikako/20160304-00055047/

「極左」的な印象を与えるジェレミー・コービンだが、望むべきは、「組合・絶対正義」のイデオロギーを推進力にして、ストを連射させていた「大福祉国家」への先祖返りの愚だけは犯して欲しくない。

だから、ジェレミー・コービン労働党党首は、「ばらまき財政と独裁主義的な政策を求め、『決死の覚悟で』EUのくびきからの解放を求める勢力が、今や党内で権力を握」り、「過激集団に変質した」(日経)とも揶揄(やゆ)される、世界最古の政党・英国保守党との政策論争を重ねて、単独政権を目指して欲しいと心から望むところである。

過激集団に変質した英保守党(The Economist) ジョンソン英首相は、EU離脱延期法案を支持した保守党の重鎮3人を除名した(右からハモンド前財務相、クラーク議員、ソームズ議員)=いずれもロイター

―― 今更ながら、政治の本質についても考えてみた。

確か、中曾根康弘元首相も、同様のことを言っていたと記憶するが、政治とは、国民が望む理想と、国民が嫌う現実の只中で決断し、実行していく行為の総称であると、私は考えている。

この「決断」⇒「実行」こそ、政治のフィールドで至要(しよう)たるものである。

だから、丸ごと情感系に委ねた物言いのみで、政治を語ってはならないのだ。

まず、現実を見ること。

データや事実に基づき、〈状況〉を読み解く習慣・「ファクトフルネス」を鍛え、常に、「ファクトチェック」していく。

「ファクトフルネス」の大切さ

難しく言えば、政治こそ、人間集団における様々な現象が惹起する、理想と現実とのコンフリクト(矛盾)を、限りなく「メタアナリス」(多くの研究成果を統合し、高い視座から状況分析すること)の手法で複合的に分析し、秩序の構築過程を介して、「決断」⇒「実行」に導いていく高度な技術の発現様態である。

これが、「政治」についての私の定義である。

【参照資料】「イギリスの社会保障制度の歴史」(大阪社労士事務所)  [欧州地域にみる厚生労働施策の概要と最近の動向(英国)]「英国(United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland)社会保障施策」  

(2019年10月)

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