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2024年1月6日土曜日

LOVE LIFE('22)   幻想崩壊から踏み出す一歩  深田晃司

 


1  「〈あなたに協力してほしいことがある。あなたにしか頼めない〉」

 

 

 

深田ワールド全開の秀作。 

深田晃司監督


だから、全編にわたって心理学の世界が広がり、いつものように手強い作品になっていた。 



―― 以下、梗概。

 

団地に住む大沢二郎は、妻・妙子、そして妙子の連れ子で、もうすぐ7歳になる敬太と3人暮らし。 

大沢二郎、敬太、妙子


二郎は市役所の福祉課の主任をしており、妙子は役所に隣接する市民生活センターに勤務している。

 

この日は、敬太のオセロ大会の優勝祝いで、向かいの棟に住む二郎の両親を招いてパーティーを開くことになっていた。

 

同時に、二郎は福祉課の部長だった父・誠の65歳の誕生日祝いを密かに計画し、同僚たちを集めてリハーサルを行なっている。 


そこに風船を持って遅れて来た山崎という女性を見て、二郎は困惑の表情を浮かべる。 

山崎(中央)

実は、山崎は二郎の元の恋人で、結婚直前に二郎が妙子と浮気をして破局したという経緯があり、それを知らずに後輩が呼んでしまったのだった。

 

しかし、山崎は途中で参加することが辛くなり、この計画から降りてしまう。

 

妙子はそんな事情を知らないが、両親は元々妙子との結婚に反対していて、特に義父の誠は未だに許しておらず、義母・明恵と訪ねて来ても、敬太のお祝いが済むや、すぐに帰ると言い出す始末。

 

妙子はコーヒーを淹(い)れているからと引き止め、明恵も誠を椅子に座るように促し、誠の好きな釣りを二郎も始めたという話題を振った。

 

明恵は誠が高い釣竿を買って来て困ると言い出し、妙子もそれに同調すると、二郎は高い釣竿を中古で買っていると弁明する。

 

ここで、誠が抑えていた不満をぶちまけるのだ。

 

「中古でも、いいものとダメなものがあるんじゃないかな」 

義父・誠


キッチンでコーヒーを用意していた手が止まり、「どういう意味ですか?」と妙子が問い質す。

 

「母さんは優しいから言わないけど、どれだけお前たちのために我慢してるか分かってんのか!」

「親父、やめろよ」

「中古って誰のことですか?」と妙子。


「ここの家だって、そういうつもりで譲ったんじゃない。ほんとはもっと田舎に引っ越したかったのに、我慢して近くに住んでたんじゃないか。子育てを手伝えるように。それなのに、なんだこのザマは。話が違うじゃないか!」


剣幕が止まらない。 

明恵が仲裁に入る。 


「お父さん、失礼でしょ!ほら、妙子さんに謝って」 


黙って帰ろうとする誠の前に、明恵が立ちはだかる。

 

「いえ、あの…でも、取り消して欲しいです。中古と言ったこと」

「すまん。言い過ぎた」


「いえ、ありがとうございます」

 

小声で感謝を口にした妙子に、明恵は一言。

 

「次は、ほんとの孫も抱かせてね」 


呆然とする妙子。

 

遅れていた同僚たちが眼下の広場に到着し、明恵がベランダへ誠を誘導する。

 

二郎が掛け声をかけると、誠の誕生日を祝うプラカードを掲げ、「大沢部長 誕生日おめでとうございまーす!」と声を揃えて祝福し、風船を空に放つ。 


妙子は花束を誠に贈り、お祝いの言葉を伝えた。

 

その後、二郎の同僚たちも部屋に来て、カラオケパーティーで敬太が歌い、誠も歌って盛り上がるが、妙子はシラケた様子。 


あってはならない事故が起こったのは、この直後だった。

 

はしゃぐ敬太は飛行機の模型を持って部屋を走り回り、浴室で浴槽に上がって足を滑らせ頭を打ち、そのまま落ちて溺死してしまうのだ。 


敬太がいないことに気づいた妙子が浴槽の中の敬太を見つけ、叫び声をあげる。

 

病院の一室で、刑事の事情聴取を受ける妙子。 


そこから、敬太が前夫との子供で、二郎は戸籍上の父ではないことが判然とする。

 

敬太の父は幼い頃に家出して、皆目、見当がつかないのだ。

 

今度は二郎の事情聴取。

 

「敬太は妙子の連れ子です」 


しかし、妙子とは入籍しているが、敬太は父の反対で養子にしていない。

 

取り調べが終わり、待っていた明恵は、敬太を家に連れて帰ることを拒絶する。

 

「それって斎場じゃダメなの?安置所もあるんでしょ?ご近所のこともあるし…」


「母さん、いいだろ」と誠。

「あそこは思い出の部屋なのよ。私たちの。そこに…」

「しょうがないだろ。あそこは敬太の家でもあるんだから、帰してあげよう」

 

取り乱す明恵を諭す誠。

 

敬太の小さな祭壇の前で横になって眠る妙子。 


その様子を見守る二郎は葬儀社から求められて、敬太の写真をパソコンで探している。

 

敬太が頭の横を走る回る夢で起きた妙子は、二郎に訴える。

 

「ねえ、やっぱり、どう考えても敬太を殺したのは私だと思う。私、二郎さんにもよく言われてたのに、あの日も、お風呂の水、抜き忘れてた。水さえ抜いてれば、あの子はたぶん助かった」


「妙子!君は悪くないよ」

 

妙子も自分のパソコンから敬太の写真を探し始めた。

 

二郎が風呂に入りたいと言い、両親が住む向かいの団地の家に行き、風呂を借りる二人。 


風呂から上がった妙子に、明恵がお茶を差し出す。

 

そこで、明恵が今朝のことを謝罪した後、「自分を責めないでね」と言って慰める。

 

ラジオから90年代の名曲『LOVE LIFE』が流れてくる。

 

“ ♪どんなに離れていても 愛することはできる 心の中広げる やわらかな日々 すべて良いものだけ 与えられるように LOVE LIFE ♪ 

 

葬儀の日、次々に敬太の学校の同級生と親たちが弔問する中、突然、ずぶ濡れの男が来て、棺の前で敬太を見つめる。 


パク

その男こそ敬太の父親のパクで、二郎が訊ねるが反応はなく、妙子を見つけて近づくと、思い切り頬を叩いた。 


床に崩れ落ちて放心する妙子。

 

二郎に止められた男は、今度は自分の頬を叩き続け、妙子は大声で泣き叫ぶ。

 

職員に事務所へ行くように言われるが、男は走り去って行った。

 

妙子は市民生活支援センターに出勤し、同僚の洋子が担当する地区のホームレスに食事を配る作業へついて行く。

 

敬太の父・パクを探すためである。

 

公園のベンチで座るパクを見つけた妙子は、聴覚障害者のパクと韓国手話で語り合う。

 

「〈ごめん〉」とパク。

「〈どっち?家出のこと?叩いたこと?〉」

「〈両方〉」

「〈痛かった…痛かった!全部!〉」

 

妙子はパクに近づき、昨年パクの家族から届いたパスポートと手紙を渡す。

 

「〈私、再婚した〉」

「〈おめでとう〉」

「〈なんで逃げたの?理由を教えて〉」

「〈うまく伝えられない〉」

「〈私はあなたを許さない〉」


「〈分かってる〉」

「〈とにかく、手紙は渡したから、本当にさようなら〉」

 

翌日、二郎と妙子は実家の風呂に入り行くと、明恵が引っ越すことになったと話す。 




妙子の生活相談センターに市役所の職員が手話の応援を求めて来た。

 

パクが生活保護の申請に来たのだ。 


妙子が通訳することになり、パクは父親が韓国人、母親が日本人であることを担当者に伝える。

 

その様子を二郎が目撃する。 



家に帰り、パクのことを妙子に聞くと、妙子は「知らない。私、担当しないし」と素っ気なく返答する。

 

布団に入ってからも、二郎はパクについて妙子に訊ねる。

 

「担当しないの?手話のこともあるし、本当は担当したいんじゃないの?」

「だって…」

「僕のこと、気遣ってんのかなと思って。でも、現実的に無理なんじゃないかな。他の人がやるのは。ほんとに助けたいなら、君が担当すべきだと思う。最善を尽くしてほしいしね。福祉課主任としては」


「夫としては?」

「知らない所で会われるよりいいよ」

 

結局、妙子はパクの担当者となり、仕事の斡旋について二人が手話で会話する姿を見ているだけの二郎。 



まもなく、古物市場での仕事を始めたパクを妙子が見守り、手話で援助する。 



妙子が帰って来ると、二郎が風呂に入る準備をしていた。

 

「なんで?」と訊く妙子に、二郎は「どこかで区切りつけないと」と答える。 


妙子は、引っ越しの段ボールが積まれた義父母の家で風呂を借りる。


トラウマの克服は容易ではないのだ。

 

二郎が子供の頃のアルバムを誠と見ながら、笑みを浮かべる妙子。

 

「売れるまでは水と電気は残しとくから、風呂はいつでも使っていいよ」

「ありがとうございます」

 

ベランダでタバコを吸っている明恵から、独身の頃に吸っていたという妙子がタバコを受け取り、並んで吸いながら会話する二人。 


敬太が死んで、最近入信した明恵は、妙子に「なにか変わりましたか」と訊かれ、「まだよく分からないの」と答える。

 

「でもね、自分が死ぬまでに間に合えばいいなって思ったの」

「“間に合う?”信じてれば、敬太も守ってもらえたんですか?」

「違うの。守るって死なないってことじゃないの。私はただね。一人で死ぬのが怖いの」

「お義父さんも二郎さんも居るじゃないですか」

「居たって一人よ。皆一緒に死ねるわけじゃないんだから」 



引っ越しの日、二郎が両親を乗せて運転する車を見送る妙子。

 

夕ご飯を食べている妙子は、怖々(こわごわ)と浴室に近づき、灯を付け、禁断の浴槽に入っていく。 


荒い息をする妙子は嘔吐してしまうのだ。

 

地震速報の警報が鳴ったのは、吐瀉物(としゃぶつ)をシャワーで流している時だった。

 

和室に置いてある敬太と対戦途中だったオセロ盤を持ち上げ、物が落ちてもそれだけは壊れないように守る妙子。 

オセロ盤を守り、対戦途中の位置に戻す



この地震が、妙子を変えていく大きな契機になっていく。

 

揺れが収まり、心配する二郎から電話がかかってきた。

 

その二郎は今、別れた山崎を車の助手席に乗せている。 


両親の引っ越し先が、体調を崩して休暇を取っている山崎の実家の近くなので、彼女を呼び出したのである。

 

帰ろうとする二郎を、山崎がもう一度会おうと誘った。

 

一方、妙子は公園のパクに会い、空き家になっている義父母の家に案内し、住居を提供するに至る。 



翌日、妙子はパクを迎えに行き、自宅に連れて行く。

 

パクはそこが妙子の家だと分かると、出て行こうとするが、妙子は引き止める。

 

パクは敬太の仏壇を見つけると、正座して合掌し、頭を畳みにつけ、立ち上がって合掌する。

 

その後ろ姿を見つめる妙子。 


パクがテーブルの上のオセロ盤を見て、妙子は、最後に敬太と自分がオセロを打っていたと説明する。

 

パクはオセロのおかげで敬太の訃報を知ったと、敬太の写真入りの新聞記事の切り抜きを見せた。

 

「〈あなたに協力してほしいことがある。あなたにしか頼めない〉」 


これが、パクを自宅に呼んだ理由だったのである。

 

 

 

2  「彼は弱いんだから、私が守ってあげなきゃダメなの!」

 

 

 

山崎と二郎が湖の畔を歩きながら、会話を繋いでいる。

 

「別れたいって言われたとき、この世の終わりのような気持ちでした」

 

山崎は高校時代に振った恋人のことを話し、別れる時はそんなものだと、憎んではいないと言う。

 

「でも、奥さんの顔見たら、もう憎くてしかたないんです。なんでこの人、平気な顔して笑ってるんだろうって」

「妙子には何も君のことは話してないから」

「ズルいですよね。二郎さんも。でも、一目で分かったはずですよ、奥さん。私が元カノだって。そのとき、奥さんが私に投げかけた、哀れむような見下す視線。忘れられません」

「考えすぎだよ」

「そうかもしれない。だけど私、あのとき願ったんです。奥さんの人生も、二郎さんの人生も、めちゃくちゃになってしまえばいいって…そしたら、そう願ったら、敬太君があんなことになって…だから私、謝らなきゃいけないんです。最低です。私…」 


そう言って泣き咽(むせ)ぶ山崎の肩を抱き、正面に回ってキスをする二郎。

 

しかし、唇が離れると二郎は遠くを見て、落ち着きなく山崎から目をそらす。

 

二郎を凝視する山崎は、ぷっと噴き出す。

 

「大沢さんて、こういうときでも、そうなんですね」

「何が?」

「本当に人の目、見れない人ですよね」


 

その頃、妙子はパクが見守る中、裸で浴槽に漬かっている。


これがパクへの依頼目的だった。

 

「〈私が水を抜き忘れて、敬太は死んだ〉」


「〈君のせいじゃない〉」

「〈嘘。私のせいだと思ったから、あのとき、私をぶったんでしょ〉」

「〈うん。でも、あの日は僕も興奮していたから。それに僕に、君を責める権利はない〉」

「〈ぶたれた時、理不尽だと思った。でも敬太が死んだことを誰かが怒るべきだった。こんなに悲惨なことが起きたのに、敬太のいない世界に、みんなが慣れようとしていた。でも、あなたは違った。まず怒ってくれた〉」 


程なくして、二郎が実家から戻って来て、A棟のベランダを見ると、洗濯物を干しながら、パクとじゃれ合っている妙子の笑い声が聞こえてきた。 

じゃれ合う二人

呆然とする二郎。 



一旦、部屋に戻った二郎は、すぐに速足でA棟に向かい、父母の部屋に入った。

 

パクが猫と戯れていて、入って来た二郎に妙子が猫のエサを買いに行ったことをノートに書いて知らせる。

 

「分かりました。私も待ちます」と二郎はノートに書いた。

 

二郎は聞こえないパクに、背中を向けたまま苦言を呈するのだ。

 

「パクさん、あなた勝手すぎるよ。勝手に出て行って、勝手に戻って来て。妙子がどれだけあなたを探したか知りもしないで。捜索願出して、今の仕事も始めて。自分はずっとその姿を見てきたんだよ。好きな人が好きな人を探すのを、ずっと手伝ってきたんだよ。妙子は、やっとあなたのこと忘れられたのに。なのに、なに戻って来てんだよ」 



妙子が買い物から帰って来て、二郎がいるので、「おかえり」と声をかける。

 

その瞬間、二郎はパクの前で妙子を抱きキスをする。 


「やめて」と押し戻したところで、猫が窓から逃げたことをパクが手話で知らせる。

 

「猫、逃げたって」と二郎に言い、妙子もベランダへ出た。

 

一階に下り、3人で猫を探す。

 

二郎が見つけてパクに渡すと、妙子がキャリーバッグに猫を入れ、今度はそれをパクが二郎に渡す。 


パクは猫を二郎に託し、「お世話になりました」と妙子に挨拶して去ろうとする。

 

パクの手を掴み、強引に引き止める妙子を二郎が引き離す。

 

「しかたないよ。住む所は彼の自由なんだから」

「ダメ。私が、そばにいなきゃダメなの」

「大丈夫だって。これまでだって、彼は一人で生きてきたんだから」

「二郎さんに何が分かるの?彼は弱いんだから、私が守ってあげなきゃダメなの!」


「彼は弱くないよ」

 

そこに、前の住所から転送された、パクの父の危篤を知らせる手紙を郵便配達夫から受け取る。

 

パクは父に会いにいく旅費を貸して欲しいと妙子に訴える。

 

それを二郎に伝えると、二郎は妙子と共に、パクを乗せた車でフェリー乗り場へ向かった。

 

助手席の妙子は、二郎からプロポーズされる前に、公園でパクを見つけていたと告白する。

 

「私、一度、彼を見捨ててるの」

「違うよ。先に、君や敬太を見捨てたのは彼だよ…いつからだろうね。僕らが目を見て話さなくなったのは」 



フェリー乗り場に着くと、パクは二郎にお辞儀をし、乗り場へ歩き始めると、途中で振り返り、妙子に向かって手話で話しかける。

 

「〈君は、敬太の死を乗り越える必要なんてない。みんな、敬太のことを忘れて、前に進めと言うかもしれない。でも、君は敬太を忘れてはダメだ。絶対。それが君の人生にとって必要なことだから〉」 


車に戻った妙子は、二郎が車をUターンさせたところで、「ごめんなさい。私、やっぱりあの人を一人にできない」と言って、降りてしまう。

 

溜息をつき、ハンドルを思いきり叩くと、二郎は車をバックさせながら、歩いている妙子に声をかける。

 

「妙子、乗って!…妙子、彼と行くということ?」


「ごめんなさい」

 

そのまま乗り場へ向かう妙子を、無念さを滲ませて目で追う二郎。 



出港したフェリーの座席に座るパクが妙子に気づく。

 

「〈なんで?〉」

「〈一人じゃ大変でしょ?ついてってあげる〉」 



釜山に着いた二人は、路上を歩いていると、運転する女性にクラクションを鳴らされ、慌ててよけて、荷物を散乱させてしまう。

 

見兼ねた女性に、二人は車に乗せてもらい、妙子が片言の韓国語で話をすると、バスを間違えていたことが分かり、女性が目にした手紙によって、パクが前妻との息子の結婚式に向かおうとしていることを知らされた。

 

車内で妙子がパクを問い詰めると、パクは父が危篤というのは嘘だと認めた。

 

「〈嘘ついて、ごめん。敬太が死んで、どうしても前の息子に会いたくなった〉」


「〈息子って何それ。だからお金が必要だったの?〉」

 

妙子は悔し涙を流しながら、パクを叩き続ける。

 

ガーデンウェディングの式場に着くと、パクは会場を見回し、バックを置いて新郎新婦のところへ向かって行った。 



その場に置き去りにされた妙子は、パクが元妻に叩かれるのを見ている。

 

息子のサンスが割って入り、妙子の元へ挨拶に来て、韓国語がうまく通じないと分かると、手話に切り替えた。

 

「〈父を連れてきてくれて、ありがとうございます。母も聴こえない人でひとりで私を育てました。父が参列することを母は認めてませんが、私は来てほしかった。おかげで20年ぶりに会えました〉」 


サンスはパクに対して、「〈帰ってきてくれて、ありがとう〉」と手話で伝えると、感激したパクは息子を抱き締めるが、妙子はその様子を冷めた視線で見ている。 



軽快な歌と音楽が流れ、サンスが踊り始めるとパクも一緒に踊り、会場は盛り上がる。 


妙子も気だるそうにゆっくりと体を揺らし、徐々に音楽に合わせて踊るが、突然、弾丸の雨が降り注ぎ、パーティーの参加者たちは徐々に建物へ避難し、パクもサンスと花嫁と共に会場を去って行った。

 

一人置き去りにされた妙子だけが、雨に打たれながら踊り続けるのだ。

 

踊りを止め、傘を差して建物に消えて行くパクを見つめ、立ち尽くす妙子。 


彼女の韓国行が終焉した瞬間だった。


妙子が自宅に戻ると、敬太と対戦途中だったオセロ盤がそのままテーブルに置かれていた。 


妙子は子猫にミルクをあげ、パソコンのモニターに通知された、オセロのネット対戦の招待に応答し、チャットする。

 

「“お久しぶりですね。承認ありがとう”」

「“すみません。息子は事故で亡くなりました。私は母親です。息子と仲良くしてくれてありがとうございました”」

「“それは知りませんでした。お悔やみ申し上げます。息子さんはとても強かった。僕はいつも負けていました”」

 

二郎が買い物をして帰って来た。

 

妙子がいるのを見て驚く。

 

「おかえり」と妙子。

「おかえり」と二郎。


「ただいま…ごめんなさい」
 



妙子はテーブルの椅子に座ると、二郎は視線が合わないように横向きに座る。

 

「どうする?これから、僕たち」

「分かんない…昼ご飯、食べた?」


「まだ」

「どうしよう」

「まだ、お腹空いてないかな」

「私も」

「じゃあ、ちょっと散歩しようか。そうすれば、腹も減るでしょ」

「うん」

 

立ち上がった二郎に妙子が声をかける。

 

「ねえ。こっち見て」

 

ここでタイトルが表示される。 


二人は目を合わせ、見つめ合うのだ。

 

LOVE LIFE』の文字が映し出される。


全てはここから始まるのである。

 

「行こうか」と妙子も立ち上がる。

 

「俺、ちょっと着替えるわ」

「うん」

 

“ ♪どんなに離れていても 愛することはできる 心の中広げる やわらかな日々 すべて良いものだけ 与えられるように LOVE LIFE

 ♪もうなにも欲しがりませんから そこに居てね ほほえみ くれなくてもいい でも 生きていてね ともに もうなにも欲しがりませんから そこに居てね ほほえみ くれなくてもいい でも 生きていてね ここに♪ 

♪どんなに離れていても 永遠を思う時に あなたの笑顔 抱きしめる かなしみさえ よろこびに変わる LOVE LIFE♪” 

二人が散歩するラストカット


 

 

3  幻想崩壊から踏み出す一歩

 

 

 

この映画は、基本的にヒロイン妙子の悲嘆(グリーフ)からの再生と、そこに重厚に関わる夫・二郎との関係の軌跡と復元を描く物語である。 



映像提示されている限定的な情報をベースに推量していきたい。

 

父が韓国人で韓国籍の聾唖者・パクと結婚し、オセロチャンピョンの息子・敬太を儲けたが、敬太が3歳の幼児の時に失踪される憂き目に遭う妙子が二郎と知り合い、義父母の反対を押し切って結婚する。 


前夫パクとの出会いと、その生活実態については分からないが、推測し得る限りで言えば、妙子が福祉関連等の仕事に従事していて、日本手話のスキルを有していただろうということ。

 

韓国手話しか話せないパクとの関係は、妙子が結婚後にマスターしたことで強化されていったとも思われるが、詳細は不明である。

 

そんな妙子が、自分を裏切った男を許せずにいたものの、それでも前夫への未練があったのか、夫捜しの時間を費やしていく。

 

このことは、再会したパクに背中を向けたまま言い放つ、現夫・二郎の怒り含みの物言いで明らかにされている。

 

その時、二郎はこう言い切った。

 

「パクさん、あなた勝手すぎるよ。勝手に出て行って、勝手に戻って来て。妙子がどれだけあなたを探したか知りもしないで。捜索願出して、今の仕事も始めて、自分はずっとその姿を見てきたんだよ。好きな人が好きな人を探すのを、ずっと手伝ってきたんだよ。妙子は、やっとあなたのこと忘れられたのに。なのに、なに戻ってきたんだよ。子供が死んだからって、4年も放っておいて父親面して、何、泣いてんだよ。泣きたいのは、こっちだよ。1年敬太と暮らして、ほんとは妙子と一緒に泣きたかったよ。でも涙が出ないんだよ。どうしても。敬太の遺体を見て何を思ったから分かるか?“早く、妙子と自分の子供を作らなきゃ”だよ。最低だよ。自己嫌悪で死にたいぐらいの気持ちになってたら、いきなり、あんたがやって来て、妙子と一緒にわんわん泣いて。まるで夫婦みたいでさ。あんたは勝手なんだよ」(全発言) 


普段は温厚なために、当人の目の前で感情を吐き出せない二郎の人間性と、妙子に対する愛の強さが分かる独言である。

 

特に重要なのは、前夫を捜し出すために、妙子がホームレス支援を行うNPO法人・市民生活相談センターに勤務している事実である。

 

韓国手話しか話せないパクを採用する職場が存在しないだろうと考え、前夫がホームレス生活を常態化していると判断したからだ。 

市民生活相談センターでの仕事

それにも拘らず、夫捜しを繋ぐ妙子の時間が虚しく過ぎ去っていった。

 

そして、現夫・二郎との出会いと、彼の援助行動を受けたことで、二郎に対する異性感情が生まれた挙句、義父母の反対を押し切ってまで結婚するに至るのだ。

 

ここに、妙子の自我の強さが窺える。

 

 「好きな人が好きな人を探すのを、ずっと手伝ってきたんだよ」

 

二郎のこの言葉から、未だ結婚して1年しか推移していないが、助け合って関係を紡いできた二人が占有する時間の重みが読み取れる。

 

その間、少なくとも3年近い時を重ねてきたのである。

 

二郎の援助行動を支え切ったのは、異性感情をも収斂する援助感情である。

 

【援助感情こそ愛の本質である、と私は考えている】

 

それでも尚、二人の関係には、どうしても折り合えない領域がある。

 

自分が敬太の継父であるという歴然たる事実の重み。

 

この消し難い現実を二郎の内側で昇華しにくいのは、物理的距離が最近接する向かい合う団地、しかも結婚以前に両親が住んでいたB棟の家で新婚生活を送る日常下で、二人の結婚を認めない両親(とりわけ実父・誠)のプレッシャーを受け続けるため、重荷を背負う窮屈さに押し潰されるような日々が延長されていくからである。

 

印象づけられるのは、自宅で妙子と敬太がオセロを愉悦するスポットで、それを見せられて孤立するような構図。 


だから、“早く、妙子と自分の子供を作らなきゃ”という本音が吐露されるのである。

 

「自己嫌悪で死にたいぐらいの気持ち」になるとまで言う辺りに、二郎の誠実さが読み取れるが、いつしか、夫婦の間に吹き込んでくる隙間風。

 

これが、「いつからだろうね。僕らが目を見て話さなくなったのは」という二郎の言葉に凝縮されている。 


あろうことか、そんな夫婦に理不尽な事態が出来する。

 

敬太の事故死である。

 

これによって何もかも一変する。

 

何より、一人で罪悪感を抱え込む妙子が足元から崩れ落ちていくのだ。

 

彼女の深刻な悲嘆(グリーフ)の初発点である。

 

二郎はもとより、彼女の義父母やセンターの仲間たちも気遣って、そこは日本人らしく柔和な声をかけて深い同情の念を寄せるが、彼女の心を癒す力になり得ない。

 

そればかりか、身内から思いも寄らない言辞を被弾してしまうのだ。

 

敬太を自宅に連れて帰ろうとする妙子に対して、義母の明恵が思わず自らの心情を口に出してしまった。

 

「斎場じゃダメなの?安置所もあるんでしょ?ご近所のこともあるし…あそこは思い出の部屋なのよ。私たちの」 


あってはならない不幸に急襲された時、往々にして人間の本音が漏れてしまうのである。

 

そして、迎えた葬儀の日。 



あまりに唐突だった。

 

妙子の元夫のパクが闖入(ちんにゅう)して来るや妙子の頬を叩き、その手で自らの頬を繰り返し叩きつけた後、葬儀場の職員のガードを振り切って姿を消してしまうのだ。 


新聞記事で息子の死を知った男は、暴力を置き土産にして、風のように現れて風のように去っていった。

 

残されたのは、死を悼む禁断のスポットを凍り付かせる妙子の号泣。

 

まるで、この時を待っていたかのような妙子の号泣は、それ以外にない格好の苦衷の表現の手立てだった。

 

またパクの行動は、災難に遭遇した韓国人が大袈裟に苦痛をアピールする「オムサル」そのもののように見えるが、何よりそれは、他の誰とも共有できなかった悲嘆を分かち合う行為と化していくのである。

 

ここから変容する物語を通して可視化されたのは、特定他者との「悲嘆の共有」の難しさを問う映像の連射。

 

それを、観る者にを嫌というほど見せつけていくのだ。

 

敬太の命を奪った浴槽に入れない妙子は、二郎に随伴し、向かいのA棟の義父母の家の浴槽に通う日々を繋ぎ、義父母と言葉を交わし合うが、決して「悲嘆の共有」には届かなかった。

 

二郎もまた、「どこかで区切りつけないと」と吐露して、自宅の浴槽を使用するようになり、義父母の引っ越しを手伝って自宅から消えていく。

 

二郎の吐露は、全く理不尽な言辞ではない。

 

彼にとって、そういう風に切り替えていかない限り収まらないからである。

 

欺瞞的行為が、いつか見透かされる日に耐えられないのだろう。

 

【心理学で、自分の心が見透かされているというこのバイアスを「透明性の錯覚」と言う】 

透明性の錯覚




ところで、なぜ、義父母は引っ越しせざるを得なかったのか。 

引っ越しの意思を二郎に伝える



思うに、浴槽通いの妙子との「悲嘆の共有」が困難な情景に耐えられなくなったからと考えるのが正解ではないのか。

 

今尚、「中古の嫁」という視線から解放されていないが故に、「一日でも早く息子の子を産んで欲しい」という本音を隠し込み続けることに限界を感じてしまったのだ。

 

先述したように、二郎もまた同様だった。

 

但し、二郎が元恋人の山崎に逢いに行ったのは彼女との復縁が目的ではなく、二郎と妙子との夫婦生活を見せつけられた山崎が体調を崩して実家に帰っていることに対して、彼なりの罪悪感を感じ取っているからであり、それ以外ではなかった。 


要するに、妙子に対する愛は、二郎の中で全く変わっていないのである。

 

山崎との関係を妙子に話していない二郎の狡猾さは、誰でもある普通のこと。

 

言うまでもなく、そんな身内内の関係の隙間に入り込んできたのがパクだった。

 

パクとだけは「悲嘆の共有」が可能だった。

 

妙子は、そう信じた。

 

「〈あなたは違った。まず怒ってくれた〉」 


妙子のこの言葉が幻想として膨張していくのだ。 



何より、「悲嘆の共有」こそ、「悲嘆」からの癒しの心的行程をソフトランディングさせる大きな武器になるので、人は皆、心を真に分かち合う行為に振れていく。

 

これは、繰り返し映像化されている。

 

「悲嘆の共有」それ自身を描いた作品として知られるナンニ・モレッティ監督の「息子の部屋」。 

「息子の部屋」より

近年の作品で言えば、喪失による「悲嘆」を共有する中年夫婦の愛の偏流の物語に結晶される濱口竜介監督の「ドライブ・マイ・カー」。 

「ドライブ・マイ・カー」より

そして直近の作品で言えば、ゲイパートナーの死の喪失感を、パートナーの母との「悲嘆の共有」によって埋めていく松永大司監督の「エゴイスト」。 

「エゴイスト」より


このように「悲嘆」を描く映画が多いのは、「悲嘆」そのものが人間の避けられない普遍的な問題であるからだ。

 

従って、人が「悲嘆の共有」を求めるのは、「個」としての人間が孤独に耐えられないからである。

 

人間は孤独地獄からの解放を希求する。

 

だから家族を作り、妙子の義母・明恵のように宗教にのめり込む。

 

「(人間は)一人よ。皆一緒に死ねるわけじゃないんだから」 


ベランダでの明恵の吐露である。

 

宗教から何を得ているのか分からないと言いながらも、明恵は離脱の意思はないようだった。

 

宗教それ自身を求めていないからだ。

 

ただ、そこにいれば安寧感を得られる ―― それだけで十分なのである。

 

一人で産まれ出て、一人で死んでいく人間の、その「絶対孤独」の世界から解き放つ何ものもないから、人は自らを安寧に導く何かを求めて〈生〉を繋いでいくのである。

 

この映画でも同じだった。

 

だから、妙子は元夫パクを自宅に呼び寄せる行為に振れていく。

 

浴槽への恐怖突入のエピソードがそれである。

 

「〈あなたにしか頼めない〉」と言って、パクとの間で儲けた我が子の命を奪った浴槽に恐怖突入していくのだ。 


「〈あなたにしか頼めない〉」というのは、パクとのみ、「悲嘆の共有」が可能であると信じる妙子の幻想だが、この幻想に縋り、彼女の〈生〉の〈現存在性〉を支え切っているということを意味する。

 

この言葉に一切が収斂されるのだ。

 

興味深いのは、義父母の引っ越しを機に、妙子と義父母の物理的・心理的距離が離れていくほど、妙子とパクの物理的・心理的距離が近接するという関係構造の反転的遷移である。 

A棟の義母・明恵と会話する妙子/近接した距離感の象徴的構図


義父母の住むA棟の義母・明恵(中央で声をかけている)



距離を反転させた関係構造のコアにあるのは「悲嘆の共有」の濃度の高さ。

 

これに尽きる。

 

ここから一気に、パクの生活全般に関わり、遂には、二郎の反対を押し切ってパクの母国にまで移動を果たす妙子の極端な変容の風景が提示される。 


二人の「悲嘆の共有」には、かつてのような異性感情ではなく、ひたすら「悲嘆」の「共有」の幻想だった。

 

幻想であるが故に、いとも簡単に崩壊するに至る。

 

裏切られるのだ。

 

「〈君は敬太を忘れてはダメだ〉」 


日本で別れた時に、パクが言い放った言葉である。

 

こう言い切った者が日本で産ませた息子の敬太を忘れ、韓国に残した息子の結婚式のために、嘘をついて金を借り、妙子を置き去りにして、その息子の懐(ふところ)に跳び込んでいくのだ。

 

雨が降って移動する韓国の仲間の中枢にパクがいて、今や、彼の視野から妙子の存在が消え去っている。

 

そんな男だから、韓国と日本で、二度に及び、妻子を捨てて逃亡してしまったのだろう。

 

「〈うまく伝えられない〉」 


捨て去った行為を妙子に問われた時、パクはこう反応するのみだった。

 

要するに、説明に値する言辞を持ち得ないのだ。


そういう男なのだ。

 

「彼は弱いんだから、私が守ってあげなきゃダメなの!」 



そう言って、「悲嘆の共有」を求めた妙子の旅が終焉した時、彼女の中で空洞感が広がっていく。 


もう、誰とも繋がれない者の悲哀が残されたのだ。

 

帰るべき家もない彼女が向かったのは、二郎と共有してきた団地。

 

そこにしか拠り所がないのだ。

 

ところが、フェリー港で逆に置き去りにされた二郎は、パクの猫を遺棄することがないばかりか、自分を裏切った妙子の帰宅を、オセロ盤を守り続けて暖かく迎え入れるのである。

 

妙子に対する愛が、二郎の内側で貫流されているのだ。

 

ここから開かれる風景が、これまでの延長ではないという印象を残して閉じていく映像は、妙子の幻想崩壊から踏み出す新たな一歩になるのか。 


いつものように、映像はそれ以上語らない。

 

商業映画のような分かりやすい言語交換が拾えないが、矢野顕子の「LOVE LIFE」のメロディが雄弁に語っていたのである。

 

(2024年1月)

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