

<理不尽な差別を受けている弱者を救う男のカウボーイ魂>
1 「もう少し、時間がほしい。心の準備をさせてくれないか。まだ死ぬことに向き合えないんだよ…」
ロデオのカウボーイであり、電気技師のロン・ウッドルーフ(以下、ロン)は、ロデオ仲間で賭博をして金を稼いでいる。
ロデオの賭けをするロン |
薬と女遊びに明け暮れる自堕落なロンは、最近咳が止まらず、警官の弟タッカーから体調を案じられているが、一向に気にしない。
タッカー(右) |
工事現場の電気がショートし、目にダメージを受けたロンは病院に搬送され、担当医のセバード医師から血液検査の結果、エイズに感染していると告げられた。
この直後、電気がショートし、病院に搬送されるロン
ロンは自分がホモでないと言い張り、検査が間違いだと捲し立てる。
「事態の深刻さを理解して頂きたい。身体所見や、検査結果などから見るに、あなたの余命は30日です」
セバード医師(左) |
それでも、ロンはバカバカしいと言うや、検査結果の用紙を投げつけ、病院を後にした。
そんなロンの生活は変わらない。
1日目。
コカインを吸引し、女性たちを自宅に呼んで、友人と共にセックス・パーティをする。
しかしロンは、身体がふらつき、思うように動けない。
そこで、友人に自分が医者にエイズと診断されたと話すが、ホモではないし、医者は適当だと言い放ち、気にする素振りを見せない。
「正しかったら、どうする?」
「何が?」
「診断さ」
ロンは友人に酒を賭け、お互いに笑い合う。
「無類の女好きだもんな」
そんな男だったが、翌日、ロンは図書館へ行き、エイズの本を探して調べ捲るのだ。
一方、病院では拡大するエイズの治療薬について議論していた。
FDA(食品医薬局)から臨床試験の承認を得ていると製薬会社の担当者が、癌の治療薬であるAZTの治験を勧める。
治験医師のセバード(左)とイブ |
ロンは資料から、ホモだけではなく、異性の避妊をしない性行為でエイズに罹患することや、17%が静脈注射のドラッグ使用者である事実を知り、愕然とする。
7日目。
ロンは病院へ行き、セバード医師を指名するが不在だったので、最初の診察時にロンを診たイブという女性医師が対応する。
ロンはイブに対して、AZTを要求する。
出し抜けだった。
「アボネックス社が、臨床試験を始めただろ。売ってくれ」
二重盲検(医師・患者の双方を不明にして行う臨床試験)とプラセボ効果(偽薬効果)の結果に1年を要するので無理だと断られると、更に、ロンは調べたエイズ薬の入手を要求する。
イブ |
「FDAが承認してない」
「俺は死ぬんだぞ。薬のために病院を訴えようか?」
「残された時間をムダにするだけよ。支援団体の集会が毎日開かれてる。心配事の相談に乗ってくれるはずよ」
酒場に行くと、ロデオ仲間たちの態度が変わり、ロンとの接触を避けようとする。
ホモ野郎と罵倒されたロンは殴りかかるが、友人のT.Jに阻止され、唾を吐いて出て行ってしまう。
紹介された集会場に行き、パンフレットだけ取って出て行ったロンは今、ショーパブで神に祈っていた。
ふと見ると、病院で見た清掃員がいることに気づき、近づくロン。
8日目。
ロンは清掃員に頼み、病院裏でAZTを受け取り、服用する。
9日目。
以降も、AZTを手に入れては服用し、同じような生活を送るロン。
28日目。
薬の管理が厳しくなったと、清掃員からメキシコの医師を紹介される。
怒ったロンは殴りかかるが、その場で倒れて気を失ってしまう。
イブに声をかけられ、ロンが目を開けると、そこは病院のベッドだった。
セバードに、血中からAZTが検出されたと指摘される。
「医薬品の違法取引は罰せられます」
「分かってる」
その直後、同室のトランすジェンダーのレイヨンから声をかけられ、レイヨンがAZTの被験者として入院していることを知る。
レイヨン |
ロンは病院を勝手に出て、自宅に戻り、有り金を掻(か)き集めて、メキシコへ向かう。
その途中、虚しさを覚え、涙に咽(むせ)ぶロン。
30日目。
紹介されたメキシコのバスの病院へ辿り着く。
「クスリのやりすぎで、免疫系が随分やられてる。コカインもAZTも免疫を弱める。製薬会社が儲かるだけで、飲んだ患者の細胞は死んでいく。免疫系の回復のためにビタミン剤と亜鉛を飲め」
AZTの無効性を指摘されるのである。
3か月後。
「T細胞が増えてる」
【T細胞は免疫の司令塔の役割を果たす】
バスにそう言われ、AZTより毒性が低い、アメリカで未承認のddⅭを渡され、「これこそがペプチドTだ。タンパク質で毒性はない」と言われるのだ。
バス |
【現在、ddⅭ(ジデオキシシチジン)とペプチドTは、エイズ治療における抗ウイルス剤として有効】
ロンは大量のddⅭを車に載せ、国境を越えようとするが、検問で見つかってしまう。
![]() |
神父に装うロン |
バークレー |
FDAの担当官のバークレーから、持ち込みできるのは90日分だと指摘される。
ロンは神父の癌患者を装い、一日33錠必要で、他にビタミン剤など30日分だと反論する。
何とか自分用だと言い逃れ、解放されたロンは、テキサスに戻ると、早速、薬を売り始めた。
そこにレイヨンが現れ、25%の分け前を与えるという取引が成功し、以降、二人は相棒となっていく。

遂にロンは、“ダラス・バイヤーズクラブ”を設立し、ゲイに会員権を売り、薬を提供するという商売を立ち上げるのだ。
2 相変わらずドラッグを止められず、身体が蝕まれていく
病院に来なくなったレイヨンを探しに、イブがロンの事務所を訪ねて来た。
すると、イブは自分が担当する患者の名簿があることに気づく。
「彼らの治療を?」
「自己責任さ」
「方法は?」
「ビタミン剤、ペプチドT、ddⅭなど無害な薬だ」
ロンは更に、インターフェロン(抗ウイルス性のタンパク質)を求めて、日本までやって来たが、アメリカには輸出できないと、医師に断られたが、別のルートでインターフェロンαを手に入れたロンは、アメリカに帰国する。
日本でインターフェロンを手に入れる |
しかし、空港のトイレで自ら打った薬によって心臓発作を起こし、病院へ運ばれるに至る。
セバードの手当てで一命を取り留めたが、点滴の中身がAZTと分かると、勝手に管を外して、レイヨンと共に病院を出て行ってしまうロン。
セバード |
不法に薬を大量に所持するロンは、FDAに没収すると警告される。
セバードはイブに、ロンがインターフェロンαが2000本所持していることを問い詰めた。
「エイズ患者に売る気だ」
「彼のクラブは有名です。新薬で症状緩和にも成功してる」
しかし、患者が病院に来なくなり、AZTの治験ができなくなるので、ロンに頼らぬよう患者に忠告することを、イブに指示するセバード。
薬の入手は困難を極め、電話で交渉するが埒が明かない。
「じゃあ、アムステルダムと中国とイスラエルへ飛ぶ」
実際に、ロンは国外の薬を求めて世界中を飛び回るのだ。
再び、ロンを訪ねて来たイブに、AZTへの疑問をぶつける。
「ウィルスに感染したら、一生付つき合うしかない。俺は学者じゃないが、症状緩和こそ…エイズ患者を、延命させる方法はあるのに、98%の患者が半年以内に死んでる」
「知ってる」
「なら、免疫異常のある患者に、AZTを与えるな」
「あなただって、知らない薬を乱用した」
「乱用は認めるが、今の俺を見ろ。こうして元気に生きてるだろ」
ロンがコカインを止め、食品の添加物にも気を使うのに対し、レイヨンはいつまでもクスリを手放せない。
だから、常に注意を怠らない。
そこに、IRS(内国歳入庁)の査察が入った。
テレビのニュース。
「昨日、FDA本部前では、大規模なデモがあり、参加者のうち、175人が逮捕されました。重症患者を含む参加者たちは、FDAに対し、新薬の早期承認を求めていました」
裁判所命令が下り、複数の警官がクラブに踏み込み、FDA未承認の薬を全て押収していく。
「1973年3月11日 FDAは規則の変更を提案しています…医師の処方箋を出した場合のみ薬の購入が可能となります…」(テレビのニュース)
FDAの規約の変更で、処方箋なしではロンのビジネスは違法となり、薬が入手しずらくなる。
それでもロンは、クラブの拠点を移し、会員たちを集めて、活動を続けていく。
「うちが抱える患者の数は、エイズ専門病院の45。これを飲んで死ぬのは、わずか10人に1人…興味があるなら来てくれ」
クラブの経営難を知り、レイヨンは男装して、実父に会い、自分がエイズに罹っていることを告白し、世話になっている友人への援助を依頼する。
男装するレイヨン |
レイヨンの父 |
レイヨンは、誰も処方箋を書いてくれないと嘆くロンに、生命保険を解約したと嘘を言い、大金を渡す。
ロンに心から感謝されるレイヨンだが、相変わらずドラッグを止められない身体は、蝕まれていくばかりだった。
3 「お前たちが使う薬で、人が死んでるんだ。国民が選択肢を見つけるのが怖いんだろう」
薬を手に入れられなくなったロンは、処方箋の用紙を盗み、再びメキシコのバスに会いに行く。
「イモ虫が抱卵期間に、体を守る分泌物は、人体に無害で抗ウイルス性だ。実に有効だぞ…AZTは毒性が強すぎる上に、永続的な効果はないそうだ。製薬会社やNIH(国立衛生研究所)は隠しているがな。これはフルコナゾールの試験結果だ」
「抗真菌薬か?」
「そうだ」
「持っていくか?」
「持てる限りな」
イモ虫が羽化し、蛾になっているハブの研究室に入り、全身に抗真菌薬の効果を浴びるロン。
それは、新しい薬を手に入れた男の決定的な構図だった。
その頃、レイヨンは症状が悪化して、病院に運ばれ入院する。
ロンが戻り、病院へ向かうと、レイヨンは既に死んでいた。
怒りが爆発し、セバードの胸倉を掴んで叫ぶ。
「この人殺しめ。お前は医者じゃなく、立派な殺人鬼だ!」
ロンのクラブには、次々と患者が集まり、中には、会費を払えないAZTを飲んでいた緊急の患者もいた。
ロンは車を売って対応するが、資金難で追い詰められていく。
イブが訪ねて来た。
「貧血、ガン、骨髄機能不全、けいれん、発熱、難聴、勃起不全、神経障害。エイズの症状か?いいや、違う。すべて、AZTによる副作用だよな。レイヨンは、その犠牲者だ」
「彼は薬物中毒だった。AZTだけが、彼の死因じゃないわ。処方箋の用紙を盗んでおいて、私を責めるつもり?レイヨンは自分で病院へ」
「引きずり出された」
「彼は私の友人でもあったわ!」
イブは、やり場のない怒りの中、独断で看護師に指示する。
「症状の出てないHIV患者の、AZT投薬量を最小限に」
ロンは、クラブのスタッフに言い放つ。
「ぺプチドTが必要な患者が3000人いる」
「でも、研究所は閉鎖された」
「訴訟を起こしてやる」
ロンはFDAの講演会に乗り込み、捲し立てる。
「ぺプチドTを承認しろよ!無害で、効き目もこのとおりだ。国立精神保健研究所も安全性を認めてる」
「あなたは、ドラッグの売人と大差ありません」
「お前たちが使う薬で、人が死んでるんだ。国民が選択肢を見つけるのが怖いんだろう。製薬会社から、賄賂を受けとり、AZTを推進した。俺がカネを払わないから、実績を聞こうともしない。こうなったら、死ぬまで邪魔してやる」
一方、病院の理事会で、イブは辞職勧告を受ける。
「邪魔なら、解雇して」
そう言って席を立ち、部屋を出ていく。
イブはロンの家に行き、語り合う。
「普通の生活に憧れた?」
「普通って何かしら。そんなのある?」
「多分な。ただ、俺が欲しいのは、冷えたビールとロデオかな。女をダンスに誘ったり…子供も欲しい。人生は一度きりだけど、他人のも生きてみたい。死なないのに、必死で生きている心地がしない。意味ないよな」
「あるわよ」
6か月後。
ロンは、連邦裁判所に出向く。
しかし、裁判所はFDAの問題を指摘しながらも、訴えの法的根拠が欠けていると棄却されてしまう。
クラブに戻ると、イブを始め、スタッフや会員たち全員が、ロンを拍手で温かく迎えた。
照れるロンに笑みが浮かぶ。
「裁判後、FDAはロンに、ぺプチドTの個人使用を許可」(キャプション)
ロンは今、ロデオ会場にいる。
「最高のショーが始まる…最高のカウボーイの登場だ。ロン・ウッドルーフ!これより、勇敢なカウボーイの挑戦が始まるぞ。さあ、彼は8秒間、耐えきれるか」
ロンは念願のロデオショーで、雄姿を見せつけた。
「2557日目。ロンはHIV感染の発覚から、7年後となる1992年9月12日に死去。その後、AZTの使用減と、薬の多様化で多くが救われた」
映像を括るキャプションである。
4 理不尽な差別を受けている弱者を救う男のカウボーイ魂
物語のメッセージは殆ど映像提示されているので、以下、シンプルな映画批評。
この映画を観て真っ先に思い起こしたのは、本作でアカデミー主演賞を受賞したマシュー・マコノヒー同様、ジュリア・ロバーツが受賞した社会派映画「エリン・ブロコビッチ」。
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「エリン・ブロコビッチ」より |
3人の子持ちの無職のシングルマザーで、法的知識がないのに拘らず、自ら孤軍奮闘して調査し、必死に奔走した挙句、カリフォルニア州の電力大手のPG&Eから史上最高額の和解金を勝ち取った実在人物の物語である。
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エリン・ブロコビッチ(ウィキ) |
巨大な権威・権力を恐れず、弱者が強者に敢然と立ち向かうというハリウッド好みの映画だが、その歴史を通して、しばしば、こういう人物を輩出させるところがアメリカの凄みとしか思えない。
本作もまた、そうだった。
余命1ヶ月の死の宣告を受けた自堕落で生粋のカウボーイが、手ずから必死に学習し、国内で認知されていないAZTを手に入れ、躊躇なく服用し、それが手に入れられなくなるや、メキシコに飛び、常習のコカインやAZTが免疫を弱めることを知らされ、アメリカで未承認の毒性がないddⅭを手に入れ、会員制の“ダラス・バイヤーズクラブ”を立ち上げ、ビジネスに奔走するのだ。
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薬を売るロン |
思えば、AZTを手に入れられないばかりか、T.Jからホモ野郎と罵倒されて孤絶するロンが、ショーパブで神に祈るシーンが印象に残る。
「もう少し、時間がほしい。心の準備をさせてくれないか。まだ死ぬことに向き合えないんだよ…」
ここから、男が変わっていくのだ。
メキシコ行きから、クラブの設立とビジネスへの奔走。
しかし、世界中から治療薬を集め、奮闘する男の生きざまには、エイズに悩む者たちを救済するという使命感が相応に張り付いているから、ストップがかからなかった。
中国にまで足を延ばすロン |
日本で抗ウイルス作用のあるインターフェロンを手に入れる |
ストップがかからないから、巨大な権威・権力との闘いを不可避にする。
訴訟で負けるが、男の壮絶な努力が報われるという実話の物語には目を見張るものがある。
一転してヘルシーな生活を求める男が、まだドラッグに依存するレイヨンの身を案じるシーンが随所に拾われていたが、ゲイを愚弄していた男の狭隘な思考性の変容を示していて、観る者の視線を釘付けにするのに充分過ぎた。
「俺がいなかったら、どうする気だ?自分を大事にしないところが気に食わねえ」
「私のことなんか、興味ないくせに」
こんな短い遣り取りが挿入されていたが、何より鮮烈だったのは、スーパーでのシーン。
「こんな加工食品はやめろ。ヘルシーな食事にするんだ」
こんなことを言いながらショッピングをするロンに対して、「タンパク質は必要よ。私に命令しないで」などと応えるレイヨンの前に、ロンをホモ野郎と罵倒したT.Jが現れ、レイヨンを見て、「最近はホモ野郎だらけだぜ」と言った時、ロンは決定的に動いたのである。
乱暴にT.Jの手を差し出させ、尻込みするレイヨンの手と強引に握手させるのだ。
まさに、テキサスの生粋のカウボーイたる片鱗だが、そこまでしてゲイ(実際はトランスジェンダー)を愚弄する行動を全否定するロンの、決定的な行動変容を示すシーンだった。
コメディラインで映像提示されていたが、弱者が強者に敢然と立ち向かうという物語であるという以上に、映画で極めて重要なシーンと言ってもいい。
なぜなら、LGBTの人たちは、多くの国で理不尽な差別を受けている弱者であるからだ。
そんなロンを理解できているから、レイヨンもまた決定的に動く。
FDA未承認の薬を全て押収され、苦境に陥っているロンを救うのである。
生命保険を解約したと嘘を言い、男装してまで実父に会い、大金を渡すのだ。
ロンという男こそ、この世で唯一、自分を本気でサポートする「相棒」だからである。
私は、そういう物語としてこの映画を読み取っている。
個人的には、トム・ハンクスの演技が抜きん出ていて、エイズとゲイ差別と闘う男を描いた典型的な社会派映画「フィラデルフィア」の方が好きだが、最初から共感できない主人公の、共感できにくいエピソードを繋ぐ物語は、感動を予約しない映画の構成にあって、AZTとドラッグ漬けで斃れるレイヨンの存在なしに成立しない作品になっていた。
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「フィラデルフィア」より |
その受容力によって、観る者の評価が分かれるだろう。
だからこそ、スーパーでのシーンが説得力を有するのである。
理不尽な差別を受けている弱者を救う男のカウボーイ魂。
そういう映画だった。
(2022年7月)
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