<深刻な仮定への考察を奪い取った物語の「約束された収束点」>
1 団欒が崩されていく
12月17日(火)
埼玉県戸沢市。
建築デザインの仕事をしている石川一登(かずと)は、商談中の顧客を、事務所に隣接する自宅の見学に連れて行く。
出版社の校正の仕事に専心する妻・喜代美(きよみ)が顧客を出迎え、一登は2階の長男・規士(ただし・高一)、長女・雅(みやび・中3)の子供部屋を案内した。
喜代美 |
顧客を2階に案内する一登 |
規士 |
雅 |
夕食時、客に愛想よく接する雅と切れ、不愛想な態度だった規士に対して、一登はオブラートに包むように注意した後、怪我でサッカーを止めて以来、目標を失い、反抗的になっている規士に説教する。
「何もしなかったら、何もできない大人になるだけだ。考え方次第で、未来は変えられるんだ…」
「時期が来れば、真面目にやるわよ。ね」と喜代美。
黙って聞いていた規士は、突然、箸を置いて、2階に上がって行ってしまった。
「お父さんからも、ちゃんと聞いてよ。顔のアザのこと」と喜代美。
「話したくないこともあるんじゃないか」と一登。
「この前、友達と怖い話してたよ。なんか、やらなきゃ、こっちがやられるとか」と雅。
12月19日(木)
喜代美は、規士の部屋の掃除中、切出しナイフのパッケージが捨てられいるのを見つけた。
一登がその切出しを見つけ、規士に問い質(ただ)す。
「何に使うんだ」
「何って、色々だよ」
「なんか、揉(も)め事に関わってないか。顔のアザのことと関係あるのか?」
「ない」
「…使う目的な言えないなら、預かっとく…どこで、誰と遊んでる?」
「名前出したって、分かんないでしょ」
1月5日(日)
朝食時に規士が帰っていないことで、一登は夜遊びを止めるように言わなかったのかと喜代美に質すが、何度も言っていると反論する妻。
夕方、喜代美は、帰宅の遅い規士にLINEをすると、「心配しなくていいから」というメッセージが届き、電話をかけてみるが応答がなかった。
夜、戸沢市の車道の側溝に乗り捨てられている車のトランクから、ビニールで包まれた若い男性の死体が発見されたというテレビニュースを夫婦で観る。
高校生くらいの2人の男の子が逃げて行ったとの目撃情報と、殺害された男性が激しい暴行を受けた可能性が高く、被害者が10代半ばから後半などという情報を耳にして、喜代美は極度の不安に駆られる。
かくて、一登は戸沢署に電話を入れる。
団欒が根柢から崩されていくのだ。
1月6日(月)
翌朝、朝刊で昨日発見された被害者の顔写真入りで、「倉橋与志彦」という高校一年生であると確認し、安堵する一登と喜代美。
新聞を見た雅が、規士の友達かも知れないと話すや、戸沢警察署の刑事2人が訪問して来た。
「実は、倉橋君の友人関係を調べていくと、複数の遊び仲間と日頃から行動を共にしていたことが分かってきています。そこに規士君も加わっていたようです。今、分かっていることは、その遊び仲間のうち、一昨日から所在が掴めなくなっている子が複数いることです。そして、規士君も、その一人であるということです」
「規士が、事件に関わっているということですか?」
「規士君と事件の関連性については、まだ、何の事実も判明しておりません。ただ、事件の事実関係を知っている可能性は高いと考えています」
規士の携帯番号と機種名を聞かれ、パトロール中の警察官が見つけやすくなるので、「行方不明者届」を出すように促される。
「それじゃあ、まるで…私たちは、今、このようになっていると聞かされて、気持ちの整理もつかないんですよ。警察は疑うのが仕事でしょうけど、まるで規士が事件を起こして、逃げ回っているみたいな言い方をされて、家族の気持ちも考えてください」
しかし、一登は行方不明者届を出すことを申し出る。
警察が帰り、一登と雅が家を出た後、週刊誌の記者が自宅に訪ねて来た。
「事件があってから、行方が掴めない少年は何人かいます。規士君で3人目です」
喜代美は玄関口で、被害者と同じサッカーチームで遊び仲間だった規士について、執拗に聞き出そうとする記者を追い返そうとするが、警察が教えてくれない情報を知っていると話すのだ。
雅が通う進学塾では、事件関係の生徒の画像が出回り、噂になっていた。
一方、一登は建築中の家の様子を見に行った先で、担当する高山第一建設の社長から、被害者の高校生が、会社の取引業者である花塚塗装店の社長の孫であると聞かされる。
高山第一建設の社長(右) |
居ても立ってもいられない喜代美は、近所のファミレスで、規士と同じ高校の生徒たちに規士の所在を聞き回るが、成果なし。
一登が帰宅するや、メディアスクラム(集団的過熱取材)の攻勢を受け、振り切って自宅に戻ると、喜代美から、取材を受けた雑誌記者から、逃げている2人以外に、もう一人が事件に関わっているという重大な情報を知らされる。
隣の家から電話で苦情が入り、一登は家を出てメディアの取材を受けざるを得なかった。
そこに、規士のクラスメートの女生徒が心配して訪ねて来た。
一登はその女生徒から、規士が被害者の他に遊んでいたのが、中学時代のサッカークラブの生徒らのグループであると教えられた後、スルーできない事実を知るに至る。
彼女は、サッカーで規士が怪我をした時の試合を見ており、その様子をスマホの動画で撮っていた。
そこで明らかになったのは、先輩が故意に、エースナンバーを付けた規士に怪我を負わせたという事実。
規士/この直後、怪我をする |
更に、その先輩は部活帰りに襲われ、足を折られたと言うので、一登は規士を疑ったが、彼女は「そんなことをする人ではない」と言い切った。
一方、例の雑誌記者は規士について、生徒たちに取材を進め、その中で、病院送りになった先輩の話を知る。
「事件のこと、色々、ネットに書かれている。逃げてるのは誰だとか色々。もう一人死んでいるかも知れないって」
夕食時、雅は、そう言って、ネット情報を両親に見せたことから、一登も喜代美もSNSの情報を漁るのである。
1月7日(火)
家に卵が投げつけられたり、悪戯書きされたりする石川家。
担当刑事に相談しても新たな情報も得られず、埒が明かない。
愈々(いよいよ)メディアスクラムが膨張し、家族3人は追い詰められていく。
受験生の雅もまた、塾に行くことに迷いが生じている。
言い争いになる中年夫婦。
憔悴し切っているのだ。
そんな折、喜代美の母が手料理を持って訪ねて来た。
号泣する娘を、母が励ます。
「何がどうなっても、たっちゃんを守る覚悟をしなさい。覚悟さえあれば、怖いことはないから」
その後、死んだ与志彦を連れ回していたのが規士であると決めつけ、高山が一登に詰め寄り、今後、仕事を引き受けられないと匂わされた挙句、自社のホームページには脅迫まがいの書き込みで溢れ返るのだ。
追い詰められた家族の風景が、今、大きく変容していくようだった。
逃走しているのは兄であり、家族が犯罪者だと志望校に受からないとまで塾の生徒に言われ、不安に苛(さいな)まれる雅の様子を見て、母もまた決定的な言辞を放つ。
「どうなってもいいように、心の準備はしておきなさい…今まで通りにいかないこともあるんだから、雅は雅で、考えておきなさい」
ここで、父に吐露した本音を吐き出した雅は、「昔から、お母さんは私よりお兄ちゃんの方が大事だから!」と叫び、泣きながら自分の部屋に戻っていくのだ。
喜代美は、規士が「加害者か被害者か」という事実が明らかになった時点で、インタビューを受けるという交換条件を提示し、雑誌記者から情報を得るが、そこで、規士は被害者というより、寧ろ加害者であるだろうと聞かされる。
「加害者なんですね?」 |
「取り調べが始まれば、捕まるのは時間の問題だと思います」
規士が加害者である場合、刑期は5年から10年、億単位の損害賠償が請求されるが、それでも生きていて欲しいかと問われた喜代美は、「生きていて欲しいです」と毅然と言い切った。
1月8日(水)
冒頭で、住宅デザインを注文した顧客からキャンセルの電話が入る。
予想の範疇だったから、特段の反応はない。
一登が、規士から取り上げた切り出しが工具箱からなくなっているのを発見したのは、その直後だった。
社員に電話で確認すると、規士が4日に持って行ったと聞かされる。
そんな折、逃走中の主犯格の17歳の少年が捕捉された。
動揺を隠せない家族3人。
そんな渦中にあって、女は強かった。
反転していくのだ。
程なくして規士も捕捉されると確信する喜代美は、スーパーへ買い物に行き、差し入れする弁当を料理する。
スーパーの帰路、女生徒らから「規士君は、絶対にそんなことする人じゃないです」と言われ、励まされる喜代美 |
喜代美は、規士が外出する時の最後の顔を思い起こし、涙に暮れる |
「どこ、逃げてるんだろうな」と一登。
「望みはあるわよ」と喜代美。
どんな状況でも動じなくなった喜代美の強さが、際立っていた。
2 団欒への復元を果たしていく
1月9日(木)
捕まった少年が与志彦の殺害を供述し、もう一人の少年の殺害を仄(ほの)めかしていると伝える動画ニュースを見る一登。
業者との取引を絶たれ、学校を早退して部屋に籠る雅に拒絶された一登は、ふと、規士の部屋に入り、リュックの中にあった分厚いリハビリテーションのマニュアル本を手に取った。
ページを捲(めく)ると、かつて一登が説教をした、「何もしなかったら、何もできない大人になる」と書かれたメモが挟まれていた。
規士の顔を想起する |
それを読んだ一登は、思うところがあって、机の上の引き出しを開けると、規士が持ち出したはずの切出しが見つかったのだ。
規士が犯人ではないと確信した一登は、喜代美に対して、「切り出し、規士の机の中にあった。あいつはやってない。加害者じゃない」と言い残し、与志彦の葬儀会場へと向かった。
その直後、担当刑事の2人がやって来た。
葬儀会場に着いた一登は、力づくで押し留められるが、「規士に代わり、手を合わさせて下さい」と懇願する。
それに気づいた高山が、一登を外に追い出すが、一登は、確信的に言い切った。
「規士は何も。与志彦君と同じなんです。規士は犯人じゃない。規士はやってない!やってない!」
「警察が、そう言ったのか」
「言わなくたって分かる。規士は…」
ここで、高山が一登を思い切り殴りつけるのだ。
それでも、蹲(うずくま)ったまま、「やってない…やってない…」と言い続ける一登を、取り囲むメディアの関係者も押し黙ってしまった。
その直後、電話で呼ばれた一登は、急いで警察署へと駆け走る。
規士の死が知らされたのである。
規士の遺体と対面した喜代美は泣き崩れ、一登は激しく嗚咽するのだった。
別室で、二人は刑事から事件の経緯の詳細を説明された。
「事の発端は、規士君に故意に怪我をさせた上級生に、少年たちが仕返しをしようとしたことです」
「規士も仲間に加わってたんですか?」
「いえ、加わったのは倉橋君と、少年AとBにしましょう。倉橋君は、単純な義憤から計画に乗ったのですが、AとBは脅して金を取ることが目的でした。ところが…反省の色のない上級生に、怒りを感じた倉橋君が大怪我を負わせてしまった。その上級生が、地元の不良グループに泣きついたことで、事態がこじれた。Aたちは、慰謝料として50万を出すよう逆に脅された。困った彼らは、責任を倉橋君に負わせようとした。倉橋君はそれを規士君に相談した」
更に、複雑な事件の核心についての長い説明が続く。
「そこで初めて、規士君は事態を知ったようです。介入して来た規士君を、AとBは力づくで従わせようとしましたが、逆効果だったようです…規士君が顔にアザを作ったのは、その時のことだと思います。不良グループに追い込まれ、後がなくなったAは、倉橋君一人を呼び出した。しかし、規士君がその場に現れた。話し合いに決着はつかず、そのうち、倉橋君とBが小競り合いを始めました。倉橋君が隠し持っていたナイフを抜いたことで、場の空気が一変したようです。Aが規士君を襲ったのは、規士君も武器を持っているのではと疑いを抱いたからです。やらなければ、やられる、そう思ったそうです。死亡時期は、日曜の明け方と見られています。その日の夕方、お母さんに『心配しないで』とメッセージを送ったのはAです。捜査を攪乱しようとしたようです」
「そこで初めて、規士君は事態を知ったようです」 |
「介入して来た規士君を、AとBは力づくで従わせようとしましたが、逆効果だったようです」 |
「その日の夕方、お母さんに『心配しないで』とメッセージを送ったのはAです。捜査を攪乱しようとしたようです」 |
「日曜日の明け方…その時はもう…」
「心の優しいお子さんほど、ご両親に心配をかけまいとする。しっかりしたお子さんほど、問題を自分で解決しようとします。少年事件の捜査の中で、最も胸が痛むのは、お子さんの思いを知った時です」
規士の葬儀が執り行われた。
兄にもらった合格祈願のお守りを握り締め、号泣する雅。
葬儀後、一登を殴った高山がやって来て、土下座までして謝罪するのだ。
「先生、この通りだ。許してくれ」
![]() |
高山と倉橋与志彦の祖父(左) |
規士のいない日常に戻った喜代美の元に雑誌記者が訪れ、約束したインタビューの必要はなくなったと告げる。
「加害者であれば、僕も何でも遠慮なく聞くことができたと思うんです。でも、そうはならなかった。お悔み申し上げます」
「ずっと、苦しかったんです。規士を加害者だと思い込もうとすることが。あの子は自分を曲げずに友達の力になろうとしました。私の知ってる規士そのものです。あの子が、もし、加害者だったとしたら、生きていると分かった瞬間は、ほっとしたかも知れません。でも、それからまた、苦しい日々がやって来て、それに圧し潰されただろうと思います。私は、私たち家族は規士に救われました」
4月9日(木)
志望校に入った雅は、クラスメートと歓談する。
一登は、規士が埼玉戸沢病院から借りていたリハビリの本を返しに行った。
そこで、担当していた理学療法士に会い、規士が自分と同じような辛さを経験した選手の力になれたらと、リハビリの専門家を目指していたことを知る。
![]() |
父から言われた言葉(「何もしなかったら、何もできない大人になるだけだ」)を理学療法士に話す規士 |
「何を見ても規士を思い出すんです」 |
一登は今、自宅に戻って家の前に立ち、規士がいた部屋を見つめる。
そして、喜代美と雅が待つ家族3人の団欒へと帰って行った。
3 深刻な仮定への考察を奪い取った物語の「約束された収束点」
既に序盤の展開で、長男・規士の「加害者性」の有無という一点において、ほぼ結末が予想可能な構成を成しているので、この映画が「基本・サスペンス」ではなく、「家族の在り方」に収斂される「両親を中心に、残された家族の煩悶・葛藤」を描いた物語として構成されていることが分かる。
しかし、感動することがなかった。
落とし所が見え見えで、「約束された収束点」に分かりやすく誘導していく物語の内に、引きも切らず流され続ける情緒的なBGMを随伴させて、あからさまに、観る者の感動を狙う老獪(ろうかい)さが透けて見えてしまったからである。
且つ、何もかも映像で説明し過ぎてしまっていて、商業映画と分かっていても、私にはダメだった。
残念ながら、俳優の出色の演技力だけが印象づけられただけの、民放より随分マシなNHKドラマのレベル。
―― 以下、些か辛辣な批評。
あまりに風通しが良い、「吹き抜けのリビングを中枢にする暮らし」をコアに設計され、自分の思い通りのデザインで建築されたデザイナーズハウスは、まさに、その優越的な物理的記号として「幸福家族」の象徴だった。
![]() |
「幸福家族」の象徴としてのデザイナーズハウス |
しかし、その物理的記号は、どこまでも、「幸福家族の継続性」を前提とするが故に、この前提にダークな気分を増幅させる視界不良の罅(ひび)が入ったら、その物理的記号が本来的に内包する「幸福家族の継続性」のハードルの高さが露わになってしまうのだ。
なぜなら、「外から帰ってきた子どもが、必ず親と顔を合わせてから自室へ向かうよう設計されている」(堤幸彦監督)デザイナーズハウスの存在は、現代社会の中間層の家庭で呼吸を繋ぐ思春期自我にとって、プライバシーの絶対的確保が条件づけられるから、煩わしいスポットでしかないだろう。
「自然にコミュニケーションできるようにと作られた空間が『顔色を伺うためのシステム』になってしまうと、かえって居心地が悪くなるでしょう。本来なら子どもを「おかえり」と迎え入れて一言二言交わすはずが、親の顔も見ないまま仏頂面で自室へ向かう子どもの姿を見ることになる。このことが、『望み』においてはとても重要な、必要な要素でした」
![]() |
堤幸彦監督 |
作り手の言葉である。
作り手が言うように、風通しが良すぎる空間は、「顔色を伺うためのシステム」という負の記号性を纏(まと)っているので、無意識的に「幸福家族の継続性」を強迫され、それが帰室するまで絡まりついてきて、違和感が累加されていくばかりとなる。
これが、序盤のシークエンスで映像提示された、顧客を自宅に案内し、件(くだん)の顧客に対する愛想笑いを拒絶する長男・規士の論を俟(ま)たない反応に結ばれる。
まして、この時、規士には、克服すべきテーマを抱えていた。
サッカーを断念した空洞を、如何に埋めていくかという克服課題である。
![]() |
エースナンバーを背負う規士 |
自分と同じ思いで悩む選手の一助にならんとする少年の「望み」は、患者のリハビリテーションをサポートする理学療法士(PT )。
しかし、誠実な少年の「望み」は砕かれる。
あってはならない事件が出来(しゅったい)したからだ。
ここから、「幸福家族の継続性」を願っていた父母の、ごく普通サイズの「望み」も砕かれ、変色していく。
無実であって欲しいという父の「望み」と、加害性の有無を問わず、生きていて欲しいという母の「望み」。
「俺は、あいつが人に手を掛けるような人間だと思ってない。俺は、あいつを信じたいんだ。それだけなんだ」
一方、喜代美は号泣しながら、実母に思いの丈(たけ)を打ち明ける。
「もう、どうしたらいいか、分からないの。規士は犯人かも知れなくて、そうじゃなかったら…殺されてるかも知れなくて…気持ちがぐちゃぐちゃなの…規士は、被害者かも知れないって、一登さんは言うの。私は、生きてて欲しいの。ただ、生きててほしいのよ」
そんな両親の煩悶を視界に収めてきて、自らもプレッシャーをかけられている雅は、父に向かって本音を吐露するのだ。
「お母さんの前では言えないけど、お兄ちゃん、犯人じゃない方がいい。犯人だと…困る」
この妹の「望み」には、兄の愚行によって人生の時間を奪われる事態を恐れる、全身リアルな感情の束が集合するが、責められる何ものもない。
![]() |
両親の言い争いを聞く雅もまた、自己主張する |
三者三様だが、「パン」を手に入れた家族が、ただそれだけを拠り所となる「情緒」に罅(ひび)が入ったら、「幸福家族の継続性」という、絵に描いたような景色はくすんでしまうのか。
遂に、夫婦の確執がピークに達してしまった。
「あなたは、自分の息子が人殺しだと思いたくないだけでしょ…あたしは、規士が帰ってくれさえすれば、それでいい。この先、どうなったって。家も仕事もなくしたって…」
「簡単に言うな。それがどういうことか分かってんのか!」
「もう、前の生活には戻れないっていうことでしょ。今までとは違う人生を生きていくっていうことでしょ」
ここまで言われ、反応すべき言辞を持ち得ない男がいる。
雅もまた、封印してきた本音を、母の面前で言い放つ。
「何で、あたしがお兄ちゃんの犠牲にならなきゃ、いけないの…お兄ちゃん、犯人じゃないかも知れないじゃん。殺されてるかも…」
その物言いを耳にして、母も声を荒げてしまうのだ。
「やめなさい!そんなこと、望むのは!」
もう、収拾がつかなくなった。
しかし、この長くて重い時間は、決定的なところで反転していく。
粗筋で書いた通りだから言及しない。
ここで思うに、畳み込むようにして、「約束された収束点」に回収されていく物語は、予(あらかじ)め、もう一つの仮定を封印してしまっていた。
もし、規士が加害者であったら、どうなったのかという仮定である。
穿(うが)って言えば、この最も深刻な仮定を許さないほどの「圧」が埋め込まれていたからだ。
この深刻な仮定への考察こそ重要なのに、物語は観る者に、この「間」を与えないような構成を成していた。
この仮定の行き着く先に、家族の崩壊という事態が待つかも知れない。
「少年は残酷な弓を射る」の母親のように、差別視線を執拗に被弾しても、どこまでも息子をサポートし続ける母。
![]() |
人生論的映画評論・続「少年は残酷な弓を射る」より
そして、「明日の時間」を根柢的に奪われてしまった娘。
彼らに突きつけられた負荷の大きさは尋常ではない。
もう、「パンと情緒の共同体」というフレームによって成る、「幸福家族」の幻想など木端微塵と化し、時間を繋げなくなっていく。
人は、これにどこまで堪(た)え得るのか。
そのような全身リアルな物語を拒絶する含意が、この映画には、端(はな)から予約されていたように思われるのだ。
殺人事件が絡む映画での「全員・救済」ドラマの欺瞞性。
深刻な仮定への考察を奪い取った物語の「約束された収束点」。
この違和感。
それが、本作に対する私の率直な感懐である。
(2022年4月)
0 件のコメント:
コメントを投稿