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2022年10月18日火曜日

チョコレート・ドーナツ('12)  魂を打ち抜く反差別映画  トラヴィス・ファイン

 



1  「世界を変えたくて、法律を学んだんでしょ。今こそカミングアウトして、世界を変えるチャンスよ」

 


 

カリフォルニア州 ウエスト・ハリウッド 1979年

 

ショーパブで歌うゲイのルディを見つめる一人の男。

ルディ

ポール

地方検事局に勤務するポールである。 



ルディもポールが気に入り、ステージの後、二人はすぐに車内で行為に及ぶ。


見回りの警官に同性愛の関係を疑われ、銃で脅されるが、ポールが身分を明かしたことで難を逃れた。 



帰宅したルディは、アパートの廊下に落ちている人形を拾い、大音量を流す隣人のドアを叩いて母親のマリアンナを呼び出す。

 

「大音量は子供の耳に悪い」と告げて人形を渡すや、「オカマ野郎」と言い返される始末。 

マリアンナ


母親が男と出て行き、翌朝、大音量が止まないので、部屋に入りスイッチを消すと、ダウン症の少年・マルコがベッドの片隅に座っていた。 

マルコ


母親の居所が分からないので、ルディはマルコを連れ、ポールから渡された名刺に電話をかけるが、取り次いでもらえず、事務所に乗り込んでいく。



慌てたポールは二人を部屋に入れ、職場に訪ねて来たことを正し、言い合いになる。

 

「この子の母親が、ゆうべから帰らないの」

「僕に何を?」


「検察官でしょ。何か助言をちょうだい」


「家庭局に連絡を」

「施設に放り込めと?ひどい場所よ」

「これが助言だ」

 

ルディはマルコの手を引き、部屋から出ると、ポールが呼び止める。

 

「金でも必要なのか?」

「つまり、金をやるから、もう来るなって?恥を知ることね」 


小気味よいルディの反駁(はんばく)だった。

 

アパートに戻ると、マルコの母親が薬物所持で逮捕され、家庭局のマルチネス保護官がマルコの帰宅を待っていた。

 

有無を言わさず連れて行こうとする保護官らに、立ちはだかって抵抗するルディだが、マルコは施設に連れて行かれる。 



しかし、夜になり、マルコは施設を抜け出し、人形を持って夜道を歩いていく。 

施設で


ルディがパブで歌っていると、ポールが待っていた。

 

ポールは楽屋を訪ね、「悪かった」とルディに謝る。 



二人は、パブの片隅で酒を飲みながら、身の上話をする。

 

「恋人と結婚し、何もかも完璧だったが…」とポール。

「保険のセールが死ぬほど退屈で、ドラァグクイーンに憧れ続けた」とルディ。

「ともあれ僕は離婚し、法律を学び世界を買えようと、この街へ来た」

「世界は変えられた?」

「最初は、世界を変えてやると意気込んでた。燃えてたんだ。罪のない人々を守り、悪を裁くために闘うんだとね」

 

ポールはルディの話を聞きたいと言うと、歌で応えていくルディ。 


あたしは東の端っこ 

クィーンズの生まれ 

でも二十歳になる前 家を出た

バーで家賃を稼ぎ 家主を黙らせる 

お金がすべてじゃないけど もう少しお金が欲しい

 

車内で歌声が素晴らしいとポールが言い、ルディはベット・ミドラーに憧れていると話す。

 

すると、歩道を歩くマルコを見つけ、声をかけると家に帰ると言うので、ルディは自宅に連れて行く。

 

「君はすごいよ。君は何も恐れない」とポール。

「やめてよ。お世辞なんか」 



翌朝、目が覚めると、マルコは既に起きていた。 


遅刻すると慌てて、ポールが出て行くと、マルコが「すみません」とルディに声をかける。 


「お腹すいた」と一言。 



ルディはクラッカーとチーズを用意するが、ドーナツが好きなマルコは手を出さないので、面白おかしく勧めると、そこでマルコは笑い出す。 



そこに管理人がやって来て、二人でいるところを見つかったルディは、ポールに電話で相談すると、家には戻らないほうがいいと、自宅での夕食に招待される。

 

ポールが食事を振舞うと、マルコはここでも食べようとしない。

 

そこで家にあったチョコレートドーナツを出されると、満面の笑みを湛え、「ありがとう」と言って、美味しそうに食べるのだ。 



マルコを寝かしつけるルディ。

 

「ママは戻ってくる?」

「いいえ」

「一緒にいてもいい?」

「分からない」

「お話を聞かせてくれる?…ハッピーエンドね」


「もちろんよ」

 

ルディは、魔法が使えるマルコ少年について、情感たっぷりに話していく。 



マルコへの愛しみを深めるルディに、「引き取りたいんだろう?」と訊ねるポール。 


「そうよ」

「簡単じゃないぞ」

 

あっさりとした合理的な現役検事の反応だが、知恵では負けない。

 

ポールは合法的に引き取る方法が一つあると言い、早速、収監されているマルコの母親・マリアンナを訪ねていく。

 

服役期間中のみ、ルディがマルコを保護する「暫定的監護権」を認める書面にサインを求めるポール。 

二人の監護権に同意するマリアンナ


審査では、安全な環境とマルコの寝室が求められるので、同居していることにすると提案する。

 

ルディは当然ながら同意し、マイヤーソン判事に教育環境や、同居のルディとの関係を聞かれたポールは、従弟と偽り許可が下りた。 

マイヤーソン判事

「暫定的監護権」を手に入れたのである。

 

ポールの家に自分の部屋を用意されたマルコは、二人に訊ねる。

 

「ぼくのうち?」

「そうよ。ここがおうちよ」 


すると、マルコは顔をくしゃくしゃにして、泣き始める。 


ルディが「大丈夫?」と肩を抱くと、「うれしくて」と答えるマルコ。 



二人はマルコを病院に連れて、体全般の検査を受けさせると、様々な異常が見つかった。

 

「よくありませんね。ケア不足でしょう。視力に問題がありますし、あらゆる病気にかかりやすい。甲状腺疾患、腸管異常、それから特に白血病です…忘れないで下さい。ダウン症の子供を、育てるのは大変ですよ」


「それは承知の上です」

「大学進学も、独り暮らしも、就職も望めません。あの子はずっと、あのままです」

 

そのアドバイスを受容し、マルコは動く。

 

学校の特別プログラムのフレミング先生の教室に入り、家では、宿題を二人が教え、それに懸命に答えるマルコ。 



ポールは、ルディの歌のデモテープを作るためのレコーダーをプレゼントする。

 

ルディーは、早速マルコとポールの前で歌って録音し、そのデモテープを郵送した。 

デモテープを録音する


3人がハロウィンやクリスマスのイベントや、海で遊ぶ幸せな様子を映すビデオ映像が流される。 



マルコも学校の発表会で、ルディとポールの前で歌ってみせる。 


至福の時間だった。

 

担任のフレミングから、マルコが描いた「“2人のパパの絵”」を渡され、二人の状況の厳しさを親切にアドバイスされる。 



それが、日を置くことなく可視化されていく。

 

上司のウィルソンから、重大事件の担当に抜擢されたポールは、ホームパーティーに誘われ、ルディとマルコを伴って、週末にウィルソン宅を訪れた。 

ウィルソン


ウィルソンの妻の挨拶に反応できないマルコだったが、音楽に合わせて、巧みなダンスを披露し、周囲を沸かせる。 



しかし、ルディは庭に出て行き、自分たちの関係を公表できないことの不満をポールに漏らすのだ。

 

「それで、どうするの?老けたオカマ2人。まだ、いとこ同士だと言い張る?」


「いいのか?マルコを失うぞ」

「これは差別なのよ」


「差別じゃない。それが現実だ」

 

その言い合いの様子を家の中から見ていたウィルソンは、二人の関係が同性愛だと確信し、家庭局と警察に通報するに至る。 


ポールに対するウィルソンの謀(はか)りごとであった事実が明かされるエピソードだった。

 

かくて、監護権が取り消されたルディが警官に抵抗し収監される一方、マルコは保護官に連れて行かれ、ポールは、ウィルソンに解雇を言い渡されるという最悪の事態が惹起する。 

解雇されたポール

収監されたルディを迎えに来たポールは、クビになったことを告げた。

 

「偽りの人生を捨てて、本当の自分になるチャンスよ」

「10年間、この仕事のため、必死に勉強し、夢中で働いた。くだらない理想論は結構だ」

「世界を変えたくて、法律を学んだんでしょ。くだらない理想論を忘れた?今しかない。今こそカミングアウトして、世界を変えるチャンスよ」 



ルディとポールは、再びマルコの監護権を求めて、裁判所に訴えた。

 

二人の長くて重い法廷闘争が開かれていくのだ。

 

【ヒトの場合、遺伝子を含むDNAを保管している染色体は1つの細胞に46本あり、父親から受け継いだものと、母親から受け継いだものがペアとなって23組に分かれているが、ダウン症は、21番目の染色体が3本(普通は2本)になっている染色体異常(トリソミー)で、正式には「ダウン症候群」と呼ばれ、合併症を起こしやすい生まれつきの特性の一つである。特徴のある顔立ちをしていて、筋力や言語発達の遅れが見られる】 

染色体

 

 

2  「この世に、背が低く、太った知的障害児を養子にする者はいないからです。私たちは、あの子を愛しています。面倒を見て、教育をし、大切に守り、良き大人に育てます。彼に機会を。過ぎた望みですか?」

 

 

 

「却下します」 



永久監護権を求める裁判で、呆気なく言い渡されるルディとポール。

 

ポールは引き下がらず、永久監護権を求め、「審理なしの決定は違法」と主張して、何とか審査の許可を得た。 



調査官により、二人と一緒に暮らしたいというマルコの意思が確かめられ、裁判では、マリアンナ側の弁護士・ランバートによる証人尋問が行われる。

 

まず、マルコの担当教師のフレミングへの尋問。

 

「ゲイのカップルではと、誰かに話したことは?」

「もちろんありません」

「なぜです?」

「私たち人間は性的な生き物です。児童の両親が性をどう謳歌しようと、各家庭の家計ほどにも興味はありません」


「生き方の話です。世間が異常と呼ぶ類いのね」
 

ランバート


そこでポールが「異議あり」と述べ、判事が認める。 



「2人がマルコに与える影響を懸念したことは?」


「ありません」

「面白い。以上です」

 

続いて、ポールが尋問する。

 

「マルコの学校での成長をお話しください」

「学力について言うと、めざましい成長ぶりです。でも、それ以上に、周囲との関わり方が著しく上達しました」


「つまり、その進歩は両氏によるところが大きいと?」と裁判長。

「そのとおりです。お人ほど温かく、愛情深いご両親は他にいません」 



次に、調査官も証人席に座り、ポールの尋問に答える。

 

「親としての印象は?」

「最初は懐疑的でしたが、大変、好感を抱きました」

「マルコのための環境は?」

「安全で居心地がよく、愛を感じました」


「マルコと話を。私たちと暮らしたがっていましたか?」」

「はい、とても」

「私たちの元で暮らすことが最善だと?」

「恐らく」 



更に、ルディのパブの同僚が、ランバートの尋問を受ける。

 

「2人がマルコの前で、キスするのを見たことはありますか?」


「恋人同士だ」

「つまり、質問への答えは」

「イエス」

「子供の前でキスをしたと」

 

翌日、ルディが証言台に座り、ランバートの尋問を受ける。

 

まず、監護期間を聞かれ、約1年と答える。

 

「親として何を?」

「マルコを大切に育てました。私たちの実の子供のように。毎朝、起こして、朝食を食べさせ、学校に送り、一緒に遊び、お話を聞かせ寝かしつけました。私たちは親でした。しかも最高の。ずっと親でいたい」 



ランバートは、マルコをゲイバーに連れて行ったことを攻めていく。

 

「同性愛者が出入りする店に連れていったと」

「はい」

「また、あなたは店のショーで、女装していたそうですね。事実ですか?マルコを監護する身で、女装して働いていましたか?」

「はい」

「マルコの前で女装しましたか?」


「いいえ」

「ない?本当に?」

 

苦痛に顔を歪める表情を見せるルディは、ハロウィーンの際に女装したことを認めた。

 

「マルコに及ぼす影響を、一度でも危惧したことが?」

「いいえ、ありません」

「マルコの好きな玩具は?」

 

そこで、ルディは下を向き、言い淀んだあと、「人形です」と答えた。 


「少女の人形ですね。ドレスにブロンドの」

「真実をねじ曲げるのは勝手だが、マルコから家族を奪っていいはずがない」


「どうやら問題は、愛に飢えた子供ではなく、愛に飢えた2人の男性のようだな。子供にとっての最善策を考えない」


「何が最善か分かるのか?マルコの歳も知らずに…マルコは先月、独りきりで誕生日を迎えたんだ!」
 



それまで冷静に答えていたルディだが、遂に抑え切れずに立ち上がり、声を荒げてしまった。

 

ポールは休廷を求めるが、判事は認めず、ランバートの執拗な尋問が終わらない。

 

「マルコの前で性行為を?」

「無関係です!」とポール。

「幼児愛好家だと?寝室でしかやってない。普通と違うから親失格なのか!」とルディ。


「ふざけるな!」とポール。

「規則違反です!」とマイヤーソン判事。 



ここで、ポールは激昂し、長広舌(ちょうこうぜつ)を振るう。

 

「何の審理です?ゲイだの人形だの、そんな話ばかりだ!本題をお忘れですか?これはマルコの審理です。今もどこかの施設に入れられ、永遠に出られないマルコです。誰も欲しがらないから。この世に、背が低く、太った知的障害児を養子にする者はいないからです。私たちしか。私たちは、あの子を愛しています。面倒を見て、教育をし、大切に守り、良き大人に育てます。彼に機会を。過ぎた望みですか?」 



涙ぐみながら、溢れ出る思いを、ポールはマイヤーソン判事に突き付けた。

 

「あなたの発言は考慮します」

 

ルディはマルコに電話で、もうすぐ迎えに行くと約束する。 


マルコはその言葉を信じ、家に帰る荷造りをするのである。 



裁判の判決が下った。

 

マイヤーソン判事は、二人のマルコへの深い愛情を認めつつ、時折、不適切な状況に置いたとして、監護権の獲得を却下する。 


「同性愛を隠さない生き方を、子供が普通だと考え、混乱を来す恐れもあり…」(判決文) 



マルコは玄関に立って迎えを待つが、ルディとポールはやって来ない。

 

ベッドで泣きじゃくるマルコ。

 

ルディは、マルコとの楽しかった日々を映し出すビデオを観ながら涙する。

 

そんな時、ルディの元に、ハリウッドのクラブオーナーから電話が入る。

 

デモテープに感動したと言い、週2晩、歌ってみないかと誘われ、ステージで歌うことが決まったのだ。 



そして、ルディとポールは控訴を決断し、黒人の辣腕弁護士・ロニーの元を訪ねた。

 

「なぜ、自分で控訴しない?」

「判事と、マルコの公選弁護人が、僕たちに偏見を」

「ゲイの場合、勝ちは、ほぼ不可能だ。連中は徹底的に嗅ぎ回るぞ…はっきり言っておく。控訴することになれば、あんたらの過去はすべて不利に利用されるし、偉大なマイヤーソン判事を真っ向否定することになる」 



それでも、ロニーが控訴審での弁護を引き受け、リチャード判事と掛け合い、マルコとの施設での面会が30分間だけ許可されることになった。 



二人のもとに戻れず失望したマルコは少し痩せて、元気がない。 



マルコは「お話を聞かせて」と頼み、ルディは、いつもの「魔法の少年マルコ」の話を始めた。 



法廷が開かれる前に、ロニーが法廷闘争でのポイントについて話す。

 

「合衆国憲法修正第14条の違反に当たるんだよ」 



ポールは、「“市民の特権を制限してはならない”」と、ルディに説明する。 



「“個人に対し法の平等保護を否定してはならない”。不当に扱われる筋合いはない」とロニー。

 

【合衆国憲法修正第14条第1節/アメリカ合衆国で生まれ、あるいは帰化した者、およびその司法権に属することになった者全ては、アメリカ合衆国の市民であり、その住む州の市民である。如何なる州もアメリカ合衆国の市民の特権あるいは免除権を制限する法を作り、あるいは強制してはならない。また、如何なる州も法の適正手続き無しに個人の生命、自由あるいは財産を奪ってはならない。さらに、その司法権の範囲で個人に対する法の平等保護を否定してはならない】

 

ところが、なぜかウィルソンが傍聴席にやって来て、リチャード判事が入廷すると、ルディたちの控訴は呆気なく棄却されてしまった。 



マリアンナが出所して法廷に立ち、監護権回復の申し立てをしたからである。

 

「母親の責任を果たす覚悟がありますか?」

「…ええ」とマリアンナ。 



これで全て終わった。

 

一方、マルコは職員に連れられ車に乗り、「うちに帰れる」と言われるが、着いたのはポールの家ではなかった。

 

「うちじゃない」 



マルコの哀しみが止まらない。

 

ランバートは、二人に対しマルコへの接近禁止令を求め、認められるに至った。 



あまりに理不尽な展開に、二人は激しく判事に抗議するが、空しく門前払いとなる。

 

「麻薬依存者です」 



マルコもまた、「ぼくのうちじゃない」と繰り返すが、職員はマルコの訴えを無視して家に連れ込むのだ。 



「地方検事局が仲立ちして、早期仮釈放させた。監護権回復を求めるのを条件にな」とロニー。

「それで次の手は?」とルディ。

「お手上げだ。母親には勝てない。世界中、どの裁判所でもな。だが前を向くんだ。苦しみは時が癒してくれる。成人になれば、会いに来るかもしれん」


「正義などないんだな」とポール。


「法律学校で、まず、そう教わらなかったか?それでも闘うんだ」
 



マリアンナの生活は変わらず、男を部屋に入れ、ドラッグ漬けで、マルコの居場所はない。 



廊下に出されたマルコは、しばらくすると外に出て、ルディとポールと過ごした家を探しに、夜の街を彷徨い歩く。 




ルディは、マルコへの思いを込めて、ステージで歌い続ける。

 

ランバートとマイヤーソン、更にリチャード判事、ウイルソンの元にも、ポールからの手紙が届く。 



「新聞記事を同封します。ご覧になってはいないでしょう。ガソリン高騰、大統領選など、一面を飾る報道の陰に、小さく埋もれた記事です。知的障害のあるマルコという少年が、3日間、家を捜し歩いた末、橋の下で独り、死んだそうです。皆さんはマルコと面識がなく、ご存じないでしょうから、少しだけお伝えします。マルコは心の優しい、賢く楽しい子供でした。笑顔は周りを明るくしました。チョコレートドーナツに目がなく、ディスコダンスの達人でした。寝る前の物語が好きで、せがむのはハッピーエンド。ハッピーエンドが好きでした」 



最後は愛するポールを見つめながら、ルディは力強く歌い上げている。

 

人は誰でも 守られるべきだといい 

その一方で 打ちのめされろという 

はっきり見える もう1人の私が 

この壁を超えた 遥か向こうに 

私の光が やって来るのが見える 

西から東へ輝きながら 

だから もうすぐ 今日にでも 私は解き放たれる 

約束する 信じてほしい 

愛する人よ 

私たちは必ず 解き放たれる” 



ラストシーンである。

 

 

 

3  魂を打ち抜く反差別映画

 

 

 

この訴求力の高い映画を批評するには、時代背景を知ることなしに理解できないので、4で後述する。

 

それにしても、障害者やセクシュアル・マイノリティ(性的少数者)への差別と闘う映画を堂々と作るアメリカ映画には、返す返すも恐れ入る。 



ヒューマンドラマのうちに社会派系のテーマが盛り込まれ、多くの場合、法廷シーンで勝負を懸けるから、観ていて緊張感が走る。 



この映画には、ダウン症児マルコに対する慈愛に満ちていて、主人公の想いが画面から迸(ほとばし)っていた。 



「麻薬依存の母親も、他の子と違うことも、あの子が望んだわけじゃない。なぜ、これ以上、苦しまなきゃならないの?何も悪くないのに」 



ルディにとって、慈愛の相手が、養育の対象にならず、ネグレクトの危うさと最近接するダウン症であるか否かなど、どうでもよかった。

 

だから、本篇の肝とも言えるこの言葉が観る者の魂を打ち抜くのだ。

 

物語の根柢をルディの想いの強さが支え切っていて、身震いする。 


ポールがルディの心情が正確に理解できているから受容し、それを具現化する行為に打って出る。

 

その振れ方を、ゲイ同士の共通言語の文脈であると決めつけるのは誤読であるばかりか、曲解ですらある。 



正義の実現を志向し、検察官になった男の封印された思いが、内側からうねりを上げて蘇生してきたのである。 


然るに、現実は厳しい。

 

そんなことは疾(と)うに分かっている二人だが、マルコの担任のフレミングが、二人にアドバイスした言葉が本音を衝いていた。

 

「お2人の関係に興味はありません…でも世間は違う。教師も親御さんも、たった一人、誤った相手の耳に入れば、お2人は窮地に」 



そんな時代の、そんな状況を描く物語が抱える、あまりにネガティブな風景は、それを越えていくには苛酷過ぎていた。

 

ポールの上司・ウィルソンの奸計(かんけい)によってマルコを奪われ地団駄(じだんだ)を踏むルディとポールには、マルコを奪い返す法廷闘争以外になかった。 



そのためには、ポールのカムアウトが不可避となる。

 

「世界を変えたくて、法律を学んだんでしょ。くだらない理想論を忘れた?今しかない。今こそカミングアウトして、世界を変えるチャンスよ」 



ゲイを隠し込んで解雇されたポールに対するルディの辛辣だが、根源的な問題提起である。

 

この言辞を受け、葛藤を経て、変容していくポールの行動は、唯一の武器の法知識を駆使する法廷闘争に振れていく。

 

この映画は甘くない。

 

法廷でのリアルな描写は、この時代のアメリカが抱えるネガティブなテーマを浮き彫りにさせるのだ。

 

同性愛に関わるランバートの執拗な質問責めが続き、ポールの憤怒が炸裂するエピソードは、観る者の心を打つ。

 

「何の審理です?ゲイだの人形だの、そんな話ばかりだ!本題をお忘れですか?これはマルコの審理です。今もどこかの施設に入れられ、永遠に出られないマルコです。誰も欲しがらないから。この世に、背が低く、太った知的障害児を養子にする者はいないからです。私たちしか。私たちは、あの子を愛しています。面倒を見て、教育をし、大切に守り、良き大人に育てます。彼に機会を。過ぎた望みですか?」 


ここに加える言辞の何ものもない。

 

魂を打ち抜く反差別映画の輪郭が明示されるのだ。

 

控訴を決断した二人が、黒人弁護士を訪ねた際の、ロニーからの反応は鮮烈だった。

 

「控訴することになれば、あんたらの過去はすべて不利に利用される」 



それでも闘う二人を目の当たりにして、「正義などないんだな」と漏らすポールに対して、ロニー言い切った。

 

「法律学校で、まず、そう教わらなかったか?それでも闘うんだ」 


この映画の重要なメッセージである。

 

狡猾な警察・司法当局に踏みにじられても闘い、闘い切っても終わらない二人の生き方が問われているのである。

 

マルコの死を無駄死にしないために、動くのだ。 


一人は、怒りの閾値を超えて、その思いを手紙に込める。


全てはこの男の奸計から始まった


もう一人は、ハッピーエンドの話で笑みを浮かべる少年への愛を込め、クラブで思い切り歌い切るのだ。 



そこから開かれる二人の人生は、決定的に変容していくだろう。

 

ほんの少しでも、潤いを保持しつつ、力動的な時間を切り拓いていくに違いないからである。

 

理不尽な時代の、理不尽な権力に対する二人の闘いには、意味があったのだ。

 

 

 

4  「ソドミー法」を乗り越えていく

 

 

 

旧約聖書に語源を持ち(悪徳の都市ソドムに起因)、キリスト教の世界観として同性間の性行為を犯罪とする「ソドミー法」(1533年)を、イングランドのコモン・ロー(判例法)にしたのは、エリザベス1世の父であり、トマス・モアを斬首刑に処したヘンリー8世である。 

              「ソドムとゴモラの破壊」(ジョン・マーティン画/ウイキ)

               処刑を繰り返す典型的暴君・ヘンリー8世(ウイキ)

映画「わが命つきるとも」で有名なトマス・モア



この「ソドミー法」が、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドらの英連邦圏で実施されていく。

 

アメリカ合衆国でも、その成立初期の時代からソドミー行為は禁止されていて、刑罰の対象になっていた。

 

1950年代にはソドミー行為を有罪とする法が全ての州に存在していたので、新フロイト派の精神分析や行動療法による、同性愛者を異性愛者に変えるための心理療法が実施されていた重い歴史がある。

 

中でも、「嫌悪療法」は、同性の裸体の写真を見せた後、クライエントに電気ショックや、嘔気を催す薬物を与える療法として、ごく普通に実施されていたのである。

 

しかし、歴史は動く。

 

LGBTQの権利獲得運動の転換点となった「ストーンウォールの反乱」が惹起するのだ。 

ストーンウォールの反乱



ゲイバーの摘発が日常化していた事態に対するゲイの憤怒が炸裂し、警察との激しい衝突が惹起したのである。 

【ストーンウォールの反乱の現場であるマンハッタンのグリニッチ・ヴィレッジのゲイ・ダウンにある「ストーンウォール・イン」は、現代のLGBTの権利運動の発祥地/ウイキ】


ストーンウォール・イン(ウイキ)



最後には、ベトナム戦争反対運動鎮圧のための特殊警察部隊警察が出動する史上初のゲイの反乱だった。 

ストーンウォールの反乱において重要な役割を担ったゲイ解放運動家マーシャ・ジョンソン(ウイキ)



その後、各地でプライドパレード(セクシュアル・マイノリティのパレード)が誕生し、1977年には、既に同性愛をカムアウトしていた市会議員ハーヴェイ・ミルクがサンフランシスコ市長に当選し、耳目を集めるが、翌年、市会議員によって暗殺されるという由々しき事件が起こる。 

ゲイ市長、ハーヴェイ・ミルク


市議当時(1978年)のハーヴェイ・ミルク(ウイキ)


映画「ハーヴェイ・ミルク」より



映画「チョコレートドーナツ」で描かれた背景には、ゲイ・コミュニティ(LGBTの文化・社会運動を推進する共同体)の殉教者と評価され、僅か1年の市長職でしかなかったハーヴェイ・ミルクの事件直後のアメリカの、数多存在するホモフォビア(同性愛嫌悪)がなお荒れ狂うハードな状況が渦巻いていたのである。

 

日本で性同一性障害者特例法成立した2004年、マサチューセッツ州がアメリカで初めて同性結婚の法制化され、その後も各州での法制化が進んでいく。

 

だから、LGBTQを許さない者たちのバックラッシュも荒れ狂う。

 

15の統計で知る、アメリカのLGBTQの人々の今」というサイトによると、成人の5.6%がLGBTQを自認し、LGBTQの人々のうち、54.6%はバイセクシュアルを自認しているとされるが、LGBTQの若者がホームレスを経験する可能性は、異性愛者の若者に比べて120%も高く、トランスジェンダーの3人に1人は、トランスジェンダーであることがどういうことなのか、医師に教えなければならなかったと言われる。

 

LGBTQの若者の4分の3は、自身の性的指向のせいで差別を受けるこの国で、なお根強く残るLGBT差別の現状は認知すべきであるだろう。

 

ついでに、我が国についても触れておく。

 

「互いに想う相手は一生にただひとりだけ」

「相手を何度も取り替えるなどは言語道断」

「そのためには5年は付き合ってみて、よく相手の人間性を見極めるべき」

 

これは、「武士道と云ふは死ぬ事と見つけたり」という有名な一節で知られる「葉隠」の中で、武士道における「男色の心得」が説かれている言辞である。 

『葉隠(はがくれ)』江戸中期、山本常朝の武士としての心得を田代陣基が筆録



武士同士の同性愛関係が「衆道」(しゅどう)と呼ばれ、女人禁制の仏教寺院で発生したのがルーツとなった男色のこと。 

衆道(しゅどう) 



これを見ても分かるように、同性愛文化が存在する日本では、近代に入り、西洋文化の影響を受け、同性愛を異常視する考え方が徐々に広がっていき、更に現代に至っても、「同性愛は精神の障害か依存症」という差別言辞を吐く政権政党をみれば判然とするように、自民党の衆参議員が参加した会合で配布された文書を知る限り、我が国のホモフォビアとミソジニー (女性蔑視)の現状もまた極めて厄介な状況であることが分かる。 

      「東京レインボープライド2019」でパレードする人たち=2019年4月、東京・渋谷

柴山昌彦文部科学相(当時)/「家族制度ってやっぱり全国的に議論するものじゃないか。そうしないと、それこそ渋谷にそういう人(同性愛者)たちが集中するとか」と発言した政治家】



セクシュアル・マイノリティに関する会合で、城内実・元環境副大臣が「純粋まっすぐお花畑の人は、『差別されている人を助けなきゃ』みたいな話(となっている)」(朝日新聞デジタル)という発言が出ても、問題視されない政治風土。 

城内実・元環境副大臣



人間の〈性〉と〈生き方〉の多様性に理解が及ばない偏差値エリートの成れの果て、と揶揄したくなるほどである。

 

これが、少なくない自民党議員の支持を得ていると思うと慄然とするばかりだ。


2021年に超党派の国会議員連盟で構成される「LGBT理解増進法案」が合意されたにも拘らず、「行き過ぎた差別禁止運動につながる」、「差別の範囲が明確でなく、訴訟が増える」などと批判が続出し、頓挫したのは自民党に全責任がある。 

LGBT差別に反対し、自民党本部(後方)前で抗議活動をする人たち=2021年5月、東京都千代田区で



LGBT理解増進を妨害するのが自民党保守派の基本方針だからである。

 

かくて今(2022年10月12日)、参院議員会館において、法制度の見直しを訴える集会「トランスジェンダー国会」が開かれるに至った。 

トランスジェンダー国会



それでも変われない、自民党保守派の人権意識の欠如の現状に反吐が出る。

 

埼玉大学大学院の塚原伸治教授は、脳の「前視床下部間質核」(ぜんししょうかぶかんしつかく)の大きさが「性的指向」を決めるという仮説を提示しているが、なお同性愛嫌悪が人類の普遍の法則であるように物言いする保守政治家には、時代の変遷・科学の進歩にアップデートできず、「伝統的家族観」を死守することしか頭に浮かばないのだろう。 

原伸治教授(埼玉大学大学院)


(2022年10月)





































































































































































































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