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2022年7月5日火曜日

名もなき歌('19)    メリーナ・レオン

 



1  海外に売られた赤ちゃんを想い、海に向かって静かに歌い出す                 

 

 

 

1988年 ペルー 実話に基づく物語

 

ハイパーインフレとテロが蔓延(はびこ)る政情不安な時代に、アンデス山脈の山間部に住むアヤクチョ先住民族のヘオルヒナは、肉体労働をする夫のレオと共に、ジャガイモを売って生計を立てている。 


ヘオルヒナ


ある日、市場でジャガイモを売っているヘオルヒナの耳に、ラジオの宣伝が聞こえてきた。

 

「サンベニート財団が、妊婦に無償医療を提供。リマのモケグア通り301 アルマス広場から3ブロック…」

 

妊娠中のヘオルヒナは、その住所をメモに取った。 

メモを取るヘオルヒナ


「最高の専門医療を無料で提供します…」

 

ヘオルヒナはバスで首都リマへ向かい、住所のある建物に入り、医師の検診を受けた。 

産院があるビルのホール


「問題ない。出産時に来て。金は心配ないから」 

ロサ夫人(右)

その後、市場で産気づいたヘオルヒナは、身重の体を引き摺って、リマの産院に辿り着き、そこで女児を出産する。 



元気な赤ちゃんの泣き声と、朦朧(もうろう)とした意識で赤ちゃんの姿をぼんやりとイメージするヘオルヒナだったが、産んだ女児には会わせてもらえず、翌朝、検診で他の病院へ行ったと言われたばかりか、病院名も告げられず、そのまま産院を追い出されてしまった。 

                  「どこにいます?」「病院です。さあ」



「娘はどこ!娘に会いたい!」

 

泣き叫び、ドアを叩き続けるヘオルヒナ。

 

翌日、レオと二人で産院を訪れるが、応答はなく、仕方なく警察に訴えることにした。 

「娘に会いたい!ロサ夫人。ドアを開けろ!」


「姓名は?」

「ヘオルヒナ・コンドリ」


「年齢は?」

「20歳」

「有権者番号」

「持ってません」

「どういうことだ?君たちが誰だか分からないだろ」

「出征証明書は実家に」

 

レオも同じ質問を受けるが、答えは一緒。 



警察で取り上げてもらえず、次に二人が向かったのは裁判所。

 

「娘が盗まれたから訴えたい」 



それでも埒が明かず、家に戻るが、ヘオルヒナは諦め切れない。

 

再びリマの産院へ行き、ドアを叩いて回り、夜には会えない娘への思いを募らせ、先住民の歌を口ずさむのである。

 

「〈お休み 赤ちゃん お眠り 母さんも眠るから…〉」 



遂にヘオルヒナは、リマの新聞社に向かった。

 

「入館許可書は?」


「ありません」

「ないと入れないの」

「記者と話したい」

「でも規則だから」

「どうしても話さなきゃ…」

 

ここで、ヘオルヒナは大声で泣叫んだ。

 

「娘を盗まれた!生後3日の娘が!」 



この叫びを耳にして、記者のペドロがやって来た。 

ペドロ

ペドロは、ヘオルヒナの話を聞き取っていく。

 

「どこで?」


「産院で」

「なぜ、そこに?」

「ラジオで宣伝してたから」 


呆気なかった。

 

この件を担当することになったペドロが、自動車で帰宅する際、外出禁止違反で逮捕されようとするヘオルヒナに遭遇する。

 

ペドロは警察官に抗議するが、ヘオルヒナと共に収監されてしまった。 



二人は程なく解放され、ペドロはヘオルヒナをアパートに連れて帰り、彼女に食事と寝床を提供する。 



翌日、ヘオルヒナと共にラジオ局を訪ね、問題のサンベニート産院の宣伝主を尋ねるが、上司から口止めされ、十分な情報を得られない。 



次に向かったのは、問題のサンベニート産院。

 

お産に立ち合ったロサの居場所を探しに行くが、既に建物から引き払った後だった。


 

ヘオルヒナは、同じような境遇の女性たちを集め、ペドロに話を聞いてもらうのである。 



そして今、ペドロはペルー司法省を訪ね、養子の出国リストを請求する。 



「アヤクチョ共同体」の「チウイレ記念祭」での歌と踊りの風景。 


先住民の文化である。

 

ゲイのペドロは、恋慕していた同じアパートに住む舞台俳優と結ばれる。 



新聞社では、スタッフが、先週、無償医療をする財団の宣伝があったことを突き止めた。

 

今度はサンペドロ産院で、ペドロはカメラマンを連れ、産院のあるイキトス(ペルー北東部にあるロレート県の県都)へ行き、捜し歩く。 



一方、仕事がないレオは、同じ村の男たちから、ゲリラの仕事を請け負うことになる。 

ゲリラの仕事を請け負うレオ(右から二人目)、その様子を見るヘオルヒナ


ペドロは飲み屋の女性に桟橋に呼ばれ、船上で、その女から産院は危険だと警告される。

 

「なぜ、知ってる?」

「自分の息子を売ったことがあるの」 



その情報が、「イキトスで乳児売買」との見出しの新聞記事となる。 



それを目にしたヘオルヒナは新聞を買い、ペドロに電話をかけ、娘の情報を訊ねた。 



ペドロはヘオルヒナに会い、娘を探すことを約束する。 



そんな折だった。

 

ペドロが会社でタイプを打っていると、ラジオからテロ事件の情報が流れてきた。

 

「自動車爆弾で15人が重傷。センデロ・ルミノソが、アヤクチョのテロの犯行声明を出しました…家裁のバルデス判事が、海外に乳児を売る違法養子縁組に関与した疑い。容疑者リストには、サルガド判事と、移民局職員2人の名も地元新聞の調査報道で、主犯格はロドリゲス医師夫妻だと判明。2人は乳児を誘拐し、海外に売っていましたが、国境で偽の旅券を提示し、逮捕されました」 



ペドロは、海外へ渡った子供たちの行方について国会議員に質そうとするが、この件は慎重にした方がいいと、突っぱねられる。

 

「別の視点から考えろ。母親と一緒にいて、子供に未来があるか?何も与えられない母親と…」 


恫喝である。

 

ヘオルヒナが村の祭りに参加していると、突然、爆発音が鳴りテロが起こる。 



そのテロリストの渦中に、事件を起こして逃走するレオがいた。 


衝撃を受けるヘオルヒナ


一方、ペドロ宛の手紙が届いた。 


「“くそったれのゲイ野郎。お前と恋人を殺すぞ”」 



ペドロは稽古中のゲイパートナーに、仕事で旅に出ると別れを告げ、去って行く。

 

ヘオルヒナはレオが追われて家に帰れないと、姉の家に泊めてもらうことになる。 



朝、目を覚ましたヘオルヒナは、戸外に出て、海外に売られた赤ちゃんを想い、海に向かって静かに歌い出すのだ。 


〈お休み 赤ちゃん お眠り 母さんも 眠るから なぜ眠くないの? なぜ眠くないの? 私の赤ちゃん お前の眠りが 私の赤ちゃん お前の眠りが 愛に満ち 穏やかでありますように 愛に満ち 穏やかでありますように 母さんも眠るから 母さんも眠るから 天使がやってくる お前に歌うために…〉 


ラストシーンである。

 

 

 

2  「人がどこまで闘うことができるか」という映像総体のメッセージが、物語を支配する

 

 

 

この映画の根柢にあるのは、有権者番号を与えられない先住民に象徴されるように、貧困層の妊婦が無償医療(注)を行う財団に頼る他にない状況に捕捉された人々と、都市社会で呼吸を繋ぐ者との圧倒的な格差である。 

ヘオルヒナとレオが住む山間部の荒家(あばらや)のような小さな家


これは、自らが分娩た女児の顔すら知らないヒロインのヘオルヒナが、首都リマの新聞社に押しかけるや、号泣しながら苦境に陥った様態を訴える際に、「入館許可書」を求められる分かりやすいシーンで諒解可能である。

 

理不尽にも、分娩するや赤子を奪われてしまうヘオルヒナにとって、行政は何も為し得ない。

 

警察・裁判所でも取り合ってもらえないのだ。 

                         警察で

裁判所で


寄る辺なき状況下にあって、もう、新聞社に駆け込む以外になかった。 

入館許可書を求められるヘオルヒナ


かくて、良心的な記者ペドロがヘオルヒナをサポートし、事件の闇に肉薄するが、彼らを待ち受ける巨大な権力機構のバリア。 

サンペドロ産院を捜すペドロ




このバリアをブレークスルーせんとして、事件を解決に導かんと努めたペドロ。

 

それでも、なお残された難題。

 

ヘオルヒナの赤子の行方である。

 

そのヘオルヒナは今、解決困難な負荷を抱えてしまった。

 

夫のレオが、アヤクチョ県の先住民が立ち上げた「センデロ・ルミノソ」に勧誘され、テロリストの組織に吸収されてしまうのだ。

 

「仕事をくれた」 


これが、妻のヘオルヒナに吐露したレオの〈現在性〉だった。

 

貧困がテロリストを生み、肥大膨張していくとことで治安を乱し、社会を混乱に陥れるいうメッセージが読み取れる。

 

ヘオルヒナのみが置き去りにされ、海の向こうにいるだろう赤子に向かって、先住民に継承された静謐(せいひつ)だが、残酷なまでに哀しく響く歌を口ずさむのだ。 


天使がやってくる お前に歌うために…」

 

 ひたすら天使を待ち続けるヘオルヒナを救済し、その赤子を捜すための旅に打って出るペドロ。


恐喝されても、乾坤一擲(けんこんいってき)の勝負に自己投入するのだ。



敢えて、現代の「スーパーマン擬(もど)き」を仮構する物語の収斂点が、理念として提示されていく。

 

それは、「人がどこまで闘うことができるか」という映像総体の基幹メッセージだった。

 

「非常に暗いテーマの物語のなかで、人がどれだけできることがあるのか、何かを成し遂げる能力があるのか。そして、人がどこまで闘うことができるかを表すことによって、少しでも人間とはどういうものかに近づいていけると思いました」(メリーナ・レオン監督インタビューより) 

メリーナ・レオン監督


作り手の言葉である。

 

そういう映画だった。

 

―― 批評を括るにあたって、気になったことを簡単に加筆しておきたい。

 

「世界各国の映画祭32部門で受賞」という本篇に対する印象は、良かれ悪しかれ、逆光描写、俯瞰ショットの多用、モノクロの「美学」(監督によると、80年代のTVニュースがモノクロだったからということ)、スタンダードサイズ(横縦比が1.375:1。或いは、1.33:1の画面サイズ)への拘泥、映像的シンプリズム、説明描写の拒絶(テロリズムの非言語表現の提示)、ドラマ性の排除、等々、紛れもなく、カイエ・デュ・シネマのように、「映画監督」という名の「作家」の、その個人の表現主体が構築する「作家主義」の世界が広がっているというもの。

画面サイズの比較。緑色の四角形がスタンダードサイズ。赤がビスタサイズ、青がスコープサイズ(ウィキ)

テロリズムの非言語表現の提示/センデロ・ルミノソの取材をするペドロ


だから、徹底的に寡黙な映画になった。 




「権力の背後に見え隠れする国際的な乳児売買組織の闇へと足を踏み入れるが……」

 

公式ホームページの一文だが、そのストーリー展開が御座成(おざな)りの印象を拭えなかったのも事実。

 

何より、唐突に、事件の解決がラジオ放送で処理されるシーンの提示には驚かされた。

 

「乳児売買組織の闇」を垣間見せるだけで、中途半端な社会派系映画ではなかったのか。


フラット過ぎないか。


抑制を効かせ過ぎる「作家主義」の世界が全面展開されているのだ。

 

ゲイのインサートに見られるように、ヒロインを一貫してサポートする記者の心理的推進力が、マイノリティ同士の共感性だったということなのだろうが、少なくとも、私との相性が良くなかったと言う外にない。 



(注)我が国では、出産が疾病とされていないので公的な医療保険が適用されず、医療機関が自由に金額を決められる制度になっている。但し、子供1人につき42万円が健康保険組合(企業が設立する)などから支給されている。現時点で、子育て世代の支援という目的で、岸田首相は出産育児一時金の増額を表明したことが報道されている。 

                  正常分娩は医療保険の適用にはならない



 

 

3  センデロ・ルミノソの救いがたいテロリズム

 

 

 

本稿の最後に、センデロ・ルミノソの救いがたいテロリズムについて言及したい。

 

「ペルー大使公邸占拠事件」 ―― 今なお鮮明に記憶される人質事件である。 

ペルー大使公邸占拠事件/作戦時のペルー軍兵士と救出される人質(ウィキ)


日系二世のアルベルト・フジモリ政権下、この日本国大使公邸襲撃事件の犯人は、左翼ゲリラの「トゥパク・アマル革命運動」(MRTA/因みに、トゥパク・アマルとはインカ帝国最後の皇帝のこと)。 

アルベルト・フジモリ/軍特殊部隊による民間人殺害事件の関与で有罪判決を受け、服役後、恩赦の復活が決定され、再び釈放されるが、米州人権裁判所は釈放差し止めを命じた/ウィキ)

トゥパク・アマル革命運動の党旗(ウィキ)


犯人14名を含む17名の死者を出したことで、連日のように報道されていたが、現在、組織の弱体化が進み、武闘路線の放棄を表明したことで、MRTAはアメリカのテロ組織指定から解除されている。

 

この人質事件以前に、ペルーの極左組織の中心は、文革路線を標榜する毛沢東主義武装組織の「センデロ・ルミノソ」(ペルー共産党から分離)。  

センデロ・ルミノソのポスター(ウィキ)


先住民が多く住む、南部の山岳地アヤクチョ県を拠点にして、アビマエル・グスマンを最高指導者にする毛沢東主義武装組織であるが、1980年代に武装闘争を開始し、フジモリ政権登場以降の政府軍による取締りが奏功したことで、1990年代初めまでには、麻薬マフィアと連(つる)んで資金を確保したり、民衆組織・治安部隊・地方官吏・警察官・MRTAに対する襲撃・殺害を繰り返したりして、各地で猛威を振るったテロ行為は、政権を支援したCIAの存在を際立たせて沈静化するに至る。 

アヤクチョ県(ウィキ)

アビマエル・グスマン

ジャングルで戦闘訓練するセンデロ・ルミノソの戦闘部隊


そして今、国家反逆罪で終身刑に服し、特別刑務所に収監されていたアビマエル・グスマンが獄死(2021年9月)したことで、組織は弱体化していく。

 

過度の物価高騰に起因する財政悪化を露呈したハイパー・インフレと、センデロ・ルミノソのテロの横行による治安悪化が極点に達したのが、映画の背景にある1980年代のペルーの実態だった。

 

1980年に民政移行したにも拘らず、民軍対立の深刻化も手伝って、債務危機を脱却できず、ポピュリズム政党のアラン・ガルシア(「ペルーのケネディ」)が1985年に大統領となり、債務返済額を輸出総額の10分の1に削減(「対外債務の返済凍結)するや、IMFから貸付不適格国に指定され、外国からの投資の途絶によって超インフレに陥った時代でもあった。 

アラン・ガルシア(ウィキ)


メリーナ・レオン監督によると、「88年はペルーにとって、とても重要な時でした。アラン・ガルシア大統領の時代で、就任当時は非常に若く、カリスマ性を感じるリーダーだったのですが、実は精神的にはクレージーな人物であったことが、しばらく経ってからわかってくるのです。彼は一度退いたものの、再び大統領に返り咲いたので、余計に彼の最初の政権の時代に起きた様々なこと、政治的にもどんどんひどい状況に陥っていく状況」だったのである。

 

【因みにアラン・ガルシアは、南米で惹起した大規模な汚職事件への関与が疑われ、自死する。2019年のこと】 


センデロ・ルミノソの取材をするペドロ/映画より

センデロ・ルミノソに与えられた「仕事」(テロ)を実行するレオ/映画より


(2022年7月)

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