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2021年11月19日金曜日

父と娘がタイアップし、破天荒な局面を突破する 映画「カメラを止めるな!」 ('17)  上田慎一郎

 



1  約束されたように開かれた不気味な物語が、俯瞰ショットで閉じていく

 

 

 

東京から2時間以上も離れた、とある地方の廃墟。

 

この廃墟で、ゾンビドラマの撮影が行われていた。

 

顔面蒼白で、目を見開いたゾンビが、斧を持った若い女性に近づいて来る。 


「お願い、やめて!」 



女性がゾンビに首を噛まれるところで、「はい、カット」の声。 



「何テイク目?」とメイク担当の中年女性。

「今ので、42です」と助監督の男。

 

監督はゾンビ役の男優を押しのけ、若い女優に詰め寄る。

 

「君に死が迫っている。本物の恐怖、あった?」

「はい、自分では、出そうと思って…」

「だから、出したら、嘘になるでしょ。出すんじゃないの。出るの…だから、本物をくれよ!恐怖に染まった、本物の顔、顔、顔、顔!何で嘘になるか、教えてやろうか!お前の人生が、嘘ばっかりだから…嘘まみれのそのツラ、剥(は)がせよ!」 



壁を叩きながら怒号で迫る監督を、ゾンビ役の男優が止める。

 

「ちょっと、やりすぎだよ」

 

振り返るや、その男優の頬を叩き、胸倉を掴む監督。 


「これは、俺の作品だ!てめぇは、リハの時から、グダグダ口答えばっかりしやがって!」 



そこにメイク担当が割って入り、休憩を宣言する。

 

「今日は、一段と荒ぶってる」 

メイク担当役(左)とカメラマン役


監督に続き、スタッフ、出演者たちがその場を離れると、残った男優が女優に声をかける。

 

「あいつ、マジやべぇって。気、狂ってるよ」


「あたしが、監督の求めるところまで、いってないのよ…頑張るから、最後さ、もっと、ガッて、強く来て」
 



「監督って、いつもあんな感じすか?」と男優。


「まあ、今回は特にね。この映画に賭けてるみたいでさ」とメイク担当。

 

続いてメイク担当が、この場所を選んだ理由を説明する。

 

「表向きは浄水場として作られたんだけど、裏では日本軍が、ある実験に使ってたんだって…人体実験。一説によると、死人を生き返らせていたとか…」 



その瞬間、ドアが叩かれる音がし、その場が恐怖に包まれる。

 

気を和らげるために、男優がメイク担当に趣味を聞き、メイク担当は、護身術の実践を男優相手に披露するのである。 



そこに録音担当の男が通り過ぎ、ドアの外に出ると、助監督役がやって来てタバコに火をつける。

 

その時だった。

 

背後から、ゾンビと化したカメラマン役の男が襲いかかって来るのだ。 

助監督役(右)


ゲロを顔にかけられ、食い千切られた腕は、室内に飛び込んでいった。

 

右腕を失くした助監督役がふらふらやって来て、男優にのしかかり、そのまま倒れこんでしまう。 

ゾンビとなった助監督役(中央)


これが本物の死体と気づくや、カメラマン役のゾンビもやって来て、室内はパニック状態となる。 

外に放り出されるゾンビとなったカメラマン役


「そんなわけないわよ、あり得ないわよ、こんなこと!」

 

メイク担当が絶叫し、女優は泣き叫び、助監督役のゾンビに追い駆けられる。

 

そこに監督がやって来て、パニック状態の只中をハンディカメラがフォローし続ける。

 

「これが、映画なんだよ!嘘が一つもない!本物だよ、本物!撮影は続けるぞ。カメラは止めない!」 



このゾンビを呼び覚ましたのが監督自身だと話し、事(こと)の次第を説明し始めると、録音マン役が、唐突に外に出ようとする。

 

必死に皆で止めるが、「ちょっと…」と言って、制止を振り切り、出て行ってしまった。 

録音マン役(左)


呆気にとられる4人の顔。 


突然、カメラ目線になった監督が、拳を握って叫ぶのだ。

 

「撮影は続ける!カメラは止めない!」 



残された3人が、ケガの有無を確認し、監督が話していた噂について、女優が改めてメイク担当に確認する。

 

「血の呪文を唱えると、それは甦る…」


「一体、ここで何が起きてるんですか!」

 

そこに、監督が録音マンのゾンビを建物内に放つと、メイク担当が斧で首を切り落とすのだ。 



返り血を浴びたメイク担当の血が、カメラにもついてしまった。 



車に追い付いた助監督のゾンビから逃げる女優を捉える手持ちカメラが、横倒しになったままで、一時(いっとき)、二人が画面から消えても固定のまま動かない。 



再び、手持ち撮影に戻ったカメラは、ゾンビから逃げる二人をフォローしていく。 


助けに来た男優と共に、メイク担当のいる元の建物に逃げ込むことになる。 



ここで、女優の足にある傷を見つけたメイク担当が、斧を持って襲いかかってくるのだ。 

「落ち着いて」(男優)「落ち着いてるわよ、私」(メイク役)


屋上に逃げる女優。 



追い駆けるメイク担当は、襲って来るゾンビを次々に蹴散らし、監督まで跳ね飛ばしてしまう。

 

その勢いで、女優を追い詰めたメイク担当は、男優と格闘する。 



絶叫する女優のアップが捕捉され、メイク担当が斧で殺される音声が聞こえてくる。 


観る者に違和感を与える絶叫する女優の表情が、執拗に映し出されている。 

いつまでも絶叫する女優


屋上の一角で、頭に斧が刺さったままのメイク担当が息絶えていた。 



二人は抱き合うが、女優は「私に近づかないで」と言うや、階段を下りて小屋入り、傷を確認する。 



左足の傷はゾンビに噛まれたものではなく、メイクされたものだった。

 

そこに、不審な者がやって来た。

 

驚愕する女優は、恐怖を必死で押し留め、口を塞ぐ。 



外に出て斧を見つけた女優は、再び、屋上の男優の元に戻ると、彼もまたゾンビになって襲って来るのだ。 


そこに唐突に、斧を頭に刺さったままのメイク担当が起き上がるが、叫びを上げるや、瞬時に倒れ込んでしまう。 


再び、男優が女優に近づいて来る


監督がやって来て、カメラを回し続ける。

 

「この顔だよ!できるじゃねぇか!クライマックスだ。これで決めようぜ!」 



迫ってくる男優のゾンビに追い詰められた女優は、「愛してる」と言って、首を斧で切り落とすに至る。

 

「台本通りやれ!」と怒鳴る監督を、狂乱する女優が斧を持って追い駆け、何度も振り下ろして屠(ほふ)ってしまうのだ。 



激しい返り血を浴びた女優が、五芒星(ごぼうせい/星型正多角形のマークで、魔術の記号とされる)の模様の中央に立ち、暫時(ざんじ)、視線を上げたところで、「ONE CUT OF THE DEAD」のタイトルとエンドロールが映し出される。 



「はい、カット!」

 

監督役の男の一言で、約束されたように開かれた不気味な物語が、俯瞰ショットで閉じていく。

 

 

 

2  ノーカット生中継のゾンビドラマが繰り出す圧倒的リアリズム

 

 

 

映画は、ここから後半に入っていく。

 

1カ月前。 



「速い、安い、質はそこそこ」のキャッチフレーズを持つ、バラエティの再現Vなどを撮っている映画監督の日暮(ひぐらし)が、ゾンビドラマの仕事の依頼を受ける。

 

ゾンビ専門チャンネルを立ち上げるので、開局記念のスペシャルドラマを制作すると言うのだ。

 

「カメラは一台、カット割りなしのワンカット。最初から最後まで一度もカメラを止めません」 

古沢

プロデューサーの古沢のオファーの言辞だが、荒唐無稽(こうとうむけい)とも思える条件付きだから厄介だった。

 

「そんな無茶な企画、あるわけないでしょ」 

日暮


そう反応する日暮が自宅に戻ると、妻の晴美が趣味の護身術の番組を見ながら、夫に言い放つ。 


「あんたに、そんな度胸ないもの」 

晴美


そこに娘の真央(まお)が横切り、急いで仕事に向かう。

 

何某(なにがし)かの映像制作のADを続けている真央(まお)は、現場で入れ込み過ぎて、子役の少女に本物の涙を要求して譲らないのだ。 

真央(右)


その執着心と熱血ぶりで、口出しする子役の母親を「婆さん」呼ばわりしてトラブルになり、妻の依頼で監視に来た父が監督から解雇を言い渡され、謝罪することになる。 

真央を監視に来た父



慰める父に目薬を投げつけ、一人帰っていく真央。 



その夜、日暮夫婦が見ていたテレビのチャンネルを真央が変えると、お気に入りの男優・神谷和明のインタビューが映し出されていた。 



その神谷(かみや)がゾンビドラマに出演するということもあり、帰する所、選択肢が限定的だった日暮のオファーの受託は自明だった。

 

そして、ドラマの顔合わせ会場。 



女優役・松本逢花、男優役・神谷和明、カメラマン役・細田学、助監督役・山ノ内洋、録音マン・山越(やまごえ)俊助、監督役・黒岡大吾、メイク役・相田舞などの配役で、読み合わせとリハーサルが行われる。 

女優役・松本逢花

男優役・神谷和明

カメラマン役・細田学

助監督役・山ノ内洋(左)

録音マン役・山越俊助

監督役・黒岡大吾

メイク役・相田舞(遅刻して来て謝罪する)


アルコール依存症の細田は、内緒で酒を飲み、お腹を下すので軟水(CaとMgを多く含まない水道水やミネラルウォーター)しか飲めないという山越は、スタッフに出された飲料水にクレームをつける。

 

相田(あいだ)が連れて来た赤ちゃんの泣き声がネックとなり、読み合わせは早々に休憩となる。

 

「これもNGかな。ゲロ浴びるの。個人的にはすごっくやってみたいんですけど、事務所的にちょっと…」と松本。


「ゾンビって、斧使いますか?意思を持たないんだからゾンビなんであって、斧を使ったら、意思を持ったことになりませんか?」と神谷。
 



この二人の若い主演俳優を含め、それぞれ一癖ありそうな役者が集まり、リハーサルがスタートする。

 

撮影担当の谷口は腰痛持ちだが、助手の松浦が撮影に意欲を示しても、能力不足で相手にしない。 

「お前にはこの撮影、まだ無理だ」(谷口)と一蹴される松浦(右)


晴美から父親が監督するドラマに、俳優の神谷が出ると知らされ、真央も熱心に台本を読み始める。 



リハーサルでは、相変わらずゾンビが斧を使うことに疑問を呈する神谷を宥(なだ)める日暮。

 

「ちょっと、考えすぎじゃないかな」 


今度は、松本が監督に申し入れる。

 

「頭の涙流すとこですけど、目薬でもいいですか?」


「実際に、泣くのは厳しそうですか?」

「多分、大丈夫ですけど、そっちのほうが安心かなって」

「分かりました」

「よろしくでーす」

 

今度は山越が、サブの監督助手に詰め寄る。

 

「現場の廃墟って、トイレどうなってます?分かり次第、個数と場所教えて下さい。メールもしたんですけど。したんですけど」 

山越とサブ助監督(右)


そんな様子を見る日暮は、暗澹(あんたん)たる表情を浮かべるばかりだった。 



更に、黒岡と相田が戯(じゃ)れ合う様子を見て、意欲が失せる日暮に声をかける細田。 


「なかなか、曲者(くせもの)ぞろいだね?」


「細田さんが言いますか?」

 

古い付き合いの細田は、監督に撮影が終わるまで禁酒すると、娘の写真を見せて誓い、泣き出すのだ。

 

本番当日。

 

廃墟に集結したスタッフ、キャストは直前のリハーサルに余念がない。 



その撮影現場に、見学に来た真央と晴美

 

真央は男優目当てであるが、晴美には廃業した女優への思い入れがあるように見える。 



最後の打ち合わせの場に、古沢からの日本酒の差し入れをスタッフが持って来た。

 

即座に反応する細田を見て、日暮は酒をスタッフに隠させる。 



間違えて硬水を飲んでしまった山越が、山ノ内の顔に水を吹きかけ、狼狽(ろうばい)する山ノ内。 



アクシデントが起きた。

 

不倫関係の黒岡と相田が車の事故に巻き込まれ、出演できなくなったのだ。

 

「中止はできません。代役立てましょう」と古沢。 



代役を立てることになり、日暮が強い意欲を示し、承認される。

 

「こう見えても、高校時代は演劇部だ」


 

凛として、言い放った。

 

「俺しかいないだろ!」

 

スタッフの反対を押し切った日暮の明言には、覚悟が括られていた。

 

問題はメイク役だが、真央が母・晴美の手を持ち上げ、アピールする。

 

「こう見えて、元女優です」 



100回も台本を読んだという晴美に、ここでも古沢は、一発OKを出すに至る。

 

放送事故という不名誉な事態を収拾するには、何でもいいのだろう。

 

役に入り込み過ぎるために引退を余儀なくされた、女優時代の頓挫を知る日暮は、猛烈に反対するが、本人は大いに乗り気になっている。 

「お前、母さんの女優時代見たことないだろ!俺がどんだけ人に頭下げてきたか!」

かくて決まった夫婦の代役

かくて決まった総出演者


「中止すべきです。作品のためにも」


そう言って、神谷だけは反対する。


この正論に対して、日暮は慰撫(いぶ)するようにして説得する。

 

括り切った日暮には、もう、後に引けないのだ。

 

「作品の前に、番組なんです…これは、君の作品なんだよ。君がいないと始まらない。必ず、いい作品にするから」 



譲歩の人生を繋いできた男は今、ルビコン川を渡る心積もりができているようだった。

 

そんな男を試すかのように、トラブルが連鎖して出来する。

 

神谷は何とか説得できたが、山越はお腹の調子がおかしくなり、細田はアルコールで手が震える始末。 



不安が拭えない只中で、本番中継が始まった。

 

スタート早々から、日暮の演技のボルテージが上がり、厳しい演技指導する監督役を自ら演じ切っていく。 

「君に死が迫っている…嘘まみれのそのツラ、剥(は)がせよ!」


「てめぇは、リハの時から、グダグダ口答えばっかりしやがって!」

日暮の名演に笑みを零(こぼ)す古沢に対して、「アドリブ入ってます」とチーフ助監督(左)


一方、カメラマン役の細田は差し入れの酒を飲み干し、すっかり出来上がってしまい、意識が飛んだ状態でゾンビのメイクを施される。 



日暮は仰向けに眠っている細田を起こし、抱えて演技させるが、万事休す。 



支え切れずに、細田の身体を廃墟の扉に打ち付けてしまうのだ。 

扉に頭を打ち付けて、囈言(うわごと)を口走る細田の口を塞ぐ日暮


シナリオにない音が侵入し、廃墟に押し込められている3人が、扉の方に視線が奪われた時だった。

 

「トラブル つないで!!」 


カンペの伝達である。

 

心得た晴美が、護身術の趣味をアドリブで繋いでいくという、伏線回収のオチだった。 

「びっくりした!」と言って、アドリブを放つ神谷(左)

ここから、護身術の趣味をアドリブで繋ぐ晴美


外では、タバコを吸っている助監督役の山ノ内に、日暮が支えてゾンビの細谷の顔を近づけ、本物のゲロを吐き出してしまうのだ。 



周章狼狽(しゅうしょうろうばい)する山ノ内に、千切られた腕仕様の着替えをさせ、日暮は横たわる細川を抱え、窓の外から中を覗かせるカットがインサートされて、伏線回収となる。 



スタッフにカメラを渡された日暮が室内に入ると、今度は入れ違いに、山越がお腹を押さえて出て来たので、スタッフが無理やり室内に押し込んでいく。 


「こんな場面、あった」(古沢)

「いや、ありませんよ」(チーフ助監督)


伏線回収のオチが止まらない。

 

日暮が、今回の撮影の経緯を話し始めるシーンに入るや、山越は我慢できずに、外へ出ようとする。


「出ちゃう、出ちゃう…ウンチ」 


胃腸の弱い山越は、もはや限界だった。

 

外では、ADが山越を止めようとするが、埒(らち)が明かない。

 

ここで、日暮が「カメラは止めない!」とカメラに向かって言い放ち、外にいる山越の説得に向かう。 



「山越抜きで、続けられない?」と古沢。

「話が繋がりません」


「一旦、止めましょ」

 

それを聞いていた真央が、シナリオを即興で替え、シーンを繋げる方法を提示する。

 

「山越さんをゾンビにして戻せば、14ページ7行目に戻せる…オバちゃん、時間ないよ!」 



年配女性(チーフ監督助手)に対しても、いつもの口の悪さが飛び出しても、切迫した状況下にあって、真央の提案に対する判断が早急に求められていたから、お咎(とが)めなし。 

「早く判断を、判断!」と古沢に詰め寄り、OKをもらう真央


OKが出ると、カンペを用意して、次の場面に繋ぐ指示を出す。 

「山越 ゾンビにして戻します!」(カンペ)


ここから一気に、真央がイニシアティブを握り、撮影は彼女の指示に従って、フル稼働していくのだ。

 

「さあ、後半戦、みんな、集中していこう!」

 

スタッフに檄を飛ばし、チーフ監督助手が座るモニターの前の席に陣取る真央。 



排便中の山越にゾンビメイクをして、室内に送り込むと、晴美が山越の首を切り落とし、異様なテンションの盛り上りを見せていく撮影現場。 



「化けもんも全部、あたしがぶっ殺す!」

 

晴美の絶叫言辞の火蓋が切られていく。

 

走って車に向かう3人を、カメラで追う谷口と松浦。 

車に逃げる3人を追って撮影スタッフが追い駆けるが、限界にきた谷口の腰を押さえる松浦


山ノ内のゾンビと松本の絡みの撮影中に、いよいよ谷口の腰痛が悪化して、カメラを持ったまま、転倒してしまう。 


それが、傾いた固定ショットで映し出されるというオチだった。 



モニターを見て、驚嘆するスタッフ。 



間髪を容れず(かんはつをいれず)、松浦がカメラを奪い取り、嬉々として、山ノ内と松本を追い駆けていく。 



神谷が日暮の腕を掴み、文句を垂れ捲る。

 

「何なんですか?親父にもぶたれたことないんだ!」 


その瞬間だった。

 

背後からやって来た晴美が、思い切り、神谷を張り倒してしまうのだ。

 

「出番だってんだろ!この、クソガキが!聞こえねぇのか、さっさと行け!ノロノロすんな!」 



晴美の暴走癖は、もう止まらない。

 

「大丈夫か?落ち着けよ」と日暮。

「大丈夫よ。落ち着いてるわよ、あたしは、落ち着いてる」 


この言辞を、ドラマの台詞で答える晴美。

 

「すごいね、お母さん」と古沢。

「私も見るの初めてで」 と真央。



台本を無視した晴美は、ゾンビばかりか、監督まで打ち負かしていく。 

助監督役のゾンビを蹴り飛ばす晴美


晴美に腕を捻(ひね)られている神谷が、「一回、止めて!」と叫ぶが、日暮はカメラを回し続けることを松浦に指示する。 

「痛い、痛い、痛い、一回止めて!」(男優役・神谷)


狼狽(うろた)える松浦だが、叫ぶ松本を撮り続ける。 

日暮の指示で、叫ぶ女優役・松本にカメラを向けさせる


ここで、最悪の事態が惹起した。

 

晴美に投げ飛ばされた神谷と衝突し、クレーンカメラが壊れてしまったのだ。 

この間(かん)、神谷にメイクをするサブ助監督

暴走する晴美を抑えつける日暮と真央

気絶させられた晴美の頭に斧をつけている


暴走する晴美を捩(ね)じ伏せ、神谷が血糊(ちのり)メイクをし、更に、気絶させられた晴美に斧をつけている間、ずっと叫ぶ演技を続ける女優役の松本。 



「ちょっと、長くないですか?」とスタジオの反応。 

テレビ局員(左)、右にいるのは、番組責任者のプロデューサー


言うまでもなく、時間稼ぎのアドリブである。

 

場面が進み、何とか、神谷がゾンビになるシーンに繋がった。

 

「助かった」と日暮。

「体が勝手に。何も考えられなくなってきました」と神谷。

「考え過ぎは、よくないよ」 



一言居士(いちげんこじ)の人気俳優は、ノーカット生中継のゾンビドラマが繰り出す、圧倒的リアリズムに吸収されていくのである。

 

小屋の中に逃げ込んだ松本に、「小屋の前で斧を拾って!」とカンペが示される。 


それを見上げて、不自然に口を塞ぐ松本。

 

この伏線も回収。

 

「クレーンが使えないんです」

 

日暮がスタッフたちに報告すると、カメラワークを使うように古沢が提案するが、それではオチが撮れないと反論する。

 

「血の呪文を唱えたから、ゾンビが甦ったんですよ。ちゃんと、読んどいて下さいよ!」


「捨てましょう、それ」

「待って下さい」


「待てませんよ」

「あとまだ、5分あります」

「5分しかない」

「この作品には、その絵が必要なんですよ!」

「そこまで、観てないですって」

「観てるでしょうが!」

 

台本を叩きつけて、爆裂する父を見て、真央は驚嘆する。 


「すいません。取り乱しました」

「日暮さん、作品の前に番組なんです。無事終わらせて下さい。そこそこでいいですから」

「分っかりました」

 

古沢の言葉を耳にして、「本物」に拘泥する真央の真剣な表情が大写しされる


真央は叩きつけられた台本を拾うと、そこに挟まれていた、自分を肩車する父の写真を発見した。 



「待った!今、ここで動けるのって、何人いる?」 


真央が叫んだ。

 

その意味は、すぐに判然とする。

 

一方、屋上では、ゾンビと化した神谷と松本の撮影が続いていた。 



突然、起き上がった晴美を、日暮が引っ張り下ろす。 



「さあ、クライマックスだ!これで決めようぜ!」 


日暮の決め台詞である。

 

ゾンビの神谷が松本に迫るシーンが、度々、中断する。

 

この間に、クレーンの代替として、出番が終わった俳優・スタッフが集合し、人間ピラミッドを作っていたのだ。 



ラストシーン。

 

松本が日暮を追い駆け、斧で殺害し、返り血を浴びる。 


「できるじゃないか、その涙だよ」

 

これも、日暮の決め台詞。

 

本物の涙を流す松本。

 

彼女もまた、圧倒的リアリズムの現場の空気に吸収されていた。

 

最後の叫びを上げた日暮は、急いで人間ピラミッドに走り、完成させるのだ。 



一番上には、父・日暮に肩車をして、カメラを回す真央がいる。 



屋上の五芒星のど真ん中に立ち、俯瞰する松本の完璧な画(え)が完結したのである。 



ラスト15秒間、人間ピラミッドに耐え切った出演者と、スタッフらの笑顔が弾ける。

 

写真の肩車の父子が今、笑顔で向き合い、一つの仕事を共に成就した喜びに包まれていた。 


父に写真を戻す娘

 

 

3  父と娘がタイアップし、破天荒な局面を突破する

 

 

 

撥(は)ねつけることができない弱さを抱えているが故に、「速い」・「安い」・「質はそこそこ」という映像センスを見込まれ、「30分ノーカット・生中継」のゾンビドラマの制作という、無理難題な仕事のオファーを引き受けた日暮にとって、「曲者」揃いの俳優が集合する一発勝負の仕事の遂行は、「速い」・「安い」のファクターをクリアしても、「質はそこそこ」という技量レベルでは、到底、太刀打ちできなかった。

 

それでも、日暮は一発勝負の仕事を請け負った。

 

妻に「あんたに、そんな度胸ないもの」と鼻で笑われ、愛娘(まなむすめ)から「あいつ」呼ばわりされる無念を晴らす含みもあり、若き日に、自らも求めていたに違いない、「本物の映画作家」の立ち上げというエモーションを隠し込み、「いつか」「どこかで」「その思い」を具現化したかった。 

娘から無視される父


だから、「質はそこそこ」という技量レベルを、どこかでブレークスルーする。

 

従来の殻を破りたかったのだ。

 

まして、そのプロの現場に、自分を嗤(わら)う妻子が踏み込んで来たから、尚更だった。

 

「お母さんさぁ、また始めたら?女優。私が家出ていくんだからさ。好きなことやったら?いつも、あいつの台本読んでんじゃん」

 

この娘の言葉が、女優廃業の妻の中枢を射抜き、この展開もまた、自明だったと言っていい。

 

特に、母を現場に連れ出した娘との関係がナイーブ過ぎる。

 

「ちょっと、妥協を知らないと。来月から一人暮らしだろ?食ってけないぞ。いいもん作りたいっていう気持ちは分かるけど…」 


映像制作のADを解雇された際の、オブラートに包んだような父親の物言いである。

 

そのナイーブさは、家を出る娘の子供の頃の肩車の写真を見て、嗚咽を漏らす始末。 



そんな隠し込まれたデザイア(熱)が、重要な役割を負う二人の俳優を失った時に、自らが監督役を買って出ることになった。 

「他に誰かいるか!俺しかいないだろ!」


監督役を演じ切ることで、「俳優」としての実力を見せることができるばかりか、苛立たせて止まない「曲者」の俳優連中をコントロールすることも可能になる。

 

就中(なかんずく)、自己基準で、芸能界を器用に遊いでいる、若い男女の俳優を叩き伏せることができるのだ。

 

これが、アドリブの炸裂として発現される。

 

「事務所的にはちょっと…」・「よろしくでーす」。 

「事務所的にはちょっと…」

「よろしくでーす」


「今風」の芸能人の欺瞞的言辞の発露に対する苛立ちが、アドリブに変換されていくのだ。

 

一方、自らの意見を有し、異論を唱える男優の振る舞いもまた、甘やかされて育ってきた産物であって、その演技は器用ではあるが「本物」ではないと、日暮は見切っている。 

「(ゾンビが)斧を使ったら、意思を持ったことになりませんか?」


「リハの時から、グダグダ口答えばっかりしやがって!」 



だから、こういうアドリブに結ばれる。

 

同様に、甘やかして育ててきた嫌いもあり、余す所なく自己基準であるが、妻から「撮影現場の監視」を求められるほど、「本物」の演技に拘泥するばかりに妥協を毛嫌いし、タイトロープの臭気を撒き散らす娘の不器用な青春を目の当たりにすると、どうしても、SQ(社会的適応力)の不備が気になってしまうのだ。

 

かくて、器用・不器用を問わず、「今風」の若者たちに「本物」の俳優の表現力を見せるために、監督役を演じ切る。

 

演じ切った内実は、「出す」のではなく、「出る」。

 

アドリブの中で、自(おの)ずから、「本物」という名でカモフラージュした「本音」が出てしまった所以である。

 

モメンタム(その場の勢い)でも良かった。

 

刮目(かつもく)に値すれば良かったのだ。

 

しかし、このモメンタムが、ラストシーンの決定的な伏線になっていく。

             

ラストシーンの俯瞰ショットのことである。

 

クレーンカメラが壊れても、この俯瞰ショットだけは、どうしても譲れなかった。

 

「血の呪文を唱えたから、ゾンビが甦ったんですよ。ちゃんと、読んどいて下さいよ!」



「この作品には、その画(え)が必要なんですよ!」 


だから、こんな絶叫言辞に結ばれる。

 

「本物」という名でカモフラージュした「本音」の表現力を見せつけられたことで、「今風」の若者たちの内的時間が動いていくようだった。

 

だが、そこにプロデューサー特権の横槍が入ったことで、為すすべなく、自己の内的時間を駆動させた男の弱気が漏れ出てしまうが、もう、動き出した時間は止まらない。

 

横溢(おういつ)する父親の妥協人生を毛嫌いしていた娘が、最適のタイミングで、人間ピラミッド案を提示し、それを瞬時に構築していくのだ。 

撮影で時間を繋ぎ、人間ピラミッドの完成度を確認する日暮


迷いがなかった。

 

思うに、アナーキーな集団が一丸となるに至ったのは、最後の最後に至って、「集団凝集性」(集団を団結させていく作用能力)が形成されたからである。 

「映画『カメラを止めるな!』監督・上田慎一郎公式Twitter」より


「集団凝集性」の形成に深く関与した父と娘とのタイアップが、破天荒な局面を突破したのだ。

 

構築される組体操の大技が眩(まばゆ)いまでに輝き、一発勝負のドラマを完結させたのである。

 

我慢を知らない「今風」の若者たちを動かしていく風景は、我慢を強いられても、それに耐えるメンタルヘルス(心の健康)の土壌になっていくだろう。

 

ドラマ制作で迷惑をかけた俳優も含め、そこに集合する者たちの手で、人間ピラミッドを支え切った物語が、そこだけは譲れない俯瞰ショットで閉じていったのである。

 

父と娘がタイアップし、破天荒な局面を突破する ―― そういう映画だった。 



(2021年11月)

2 件のコメント:

  1. 映画に解剖学があるのだとしたら、まさに映画解剖学の権威だと思います。さすがに一度の鑑賞でここまで読み取ってはいなく、毎回何度も見返されているのだろうとは思いますが、本当に勉強になります。
    私は特に映画評論家で誰が好きとかはありませんが、学生の頃は、飯島正という方の本が教材になっていたので、岩崎昶とか、背伸びして読んでいました。
    もし尊敬する映画評論家を訊ねられたら、田中純一郎さんかな、と思っています。日本映画発達史全5巻は、とてつもない資料でしたが、感想を排してひたすら事実を集めていく様は、きっといつか映画になるような事があるだろうと思います。日本映画界にとって重要な仕事をされたと本当に感動しました。
    人生論的映画評論も、きっといつか皆さんがこの貴重な文章達を大切にしてくれることだろうと思います。それほどに意義のある事に毎週挑戦されている事に脱帽です。毎回次に取り上げられる作品は何だろう、こっちに行ったかぁ、と楽しみにしています。体に気をつけて、できる限り継続してください。
    最後に、再来年になりそうですが、私の大大大好きなマービンゲイの伝記映画が公開されるようです。順調に行き、公開された時には、確実に涙を流して見るだろうと今からワクワクです。
    ルーリード、ニールヤング、ヴァンモリソンと、思い出の歌手はいますが、やっぱりマービンの愛を求めた生き様は心を打ちます。マルチェロヤン二

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  2. いつも読んで頂いて感謝します。

    映画に関する本を継続的・体系的に読んだことはなく、私の場合、若い頃からの、様々な読書や考察したものを表現する一つとして、自分なりの映画評論を試みています。

    ただ、この20年間以上、ペーパーの読書ができず、必要な時は配偶者に協力してもらっています。

    特に影響を受けた専門家がいないので、これからも自らの問題意識でテーマを決め、その時々に気が済むまで文章を練り上げ、表現していくつもりです。

    マルチェロヤン二さんが紹介してくれたマーヴィン・ゲイについては、よく知りませんが、伝記映画がDVDになったら観でみたいです。

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