

1 「このダイヤモンド・プリンセス号災害は、感染症災害ですから、本来我々DMATの出動案件ではありません。でも、私は出動することに決めました。なぜか分かりますか?それが人道的に正しいと思ったからです」
2020年2月 深夜3時45分 日本/横浜
横浜港に入港した豪華客船ダイヤモンド・プリンセス号から、2019年に中国・武漢で発生した新型コロナウイルスに感染した患者の一人が運び出された。
| 海上保安庁の船を見守る羽鳥(はとり/ダイヤモンド・プリンセス号のクルー) |
船内では既に集団感染が起きており、夜勤で眠りに就いていた神奈川DMAT(神奈川県で組織された災害派遣医療チーム)を統括する医師・結城(ゆうき)の元に、神奈川県庁の対策本部から電話が入り、出動を要請された。
| 結城 |
現場を指揮するDMATの事務局長の仙道(せんどう)は、旧知の結城とのやりとりで、任務は搬送業務だけであり、船には乗らないと約束させたことを確認するが、結城は搬入先の病院が見つからないとぼやく。
| 仙道 |
県庁の対策本部会議に、厚労省の新型コロナウィルス対策センターから派遣された立松(たてまつ)が到着し、県庁の危機管理対策部長の平沢が対応する。
| 立松(左)と平沢(手前) |
「国内に持ち込まれるなんてことがないようにお願いしますね」と立松。
会議で、既に41人の感染者がいるが、結城はどこの病院も受け入れないだろうと断言するが、立松は用紙を渡して、既に首都圏の中核病院と交渉して48床を確保し、搬送車も自衛隊と民間救急に話をつけたと言う。
「結城先生、一つお願いしてもよろしいでしょうか。DMATの方たちに船に乗り込んでいただけませんか。クルーズ船内に船医は3名しかいないそうです。41名感染となれば、誰かが船に入って治療するしかありません」
「約束が違いますよ。未知のウィルスが蔓延している船の中に、隊員を行かせることはできません」
「勿論、DMATが専門外であることは知っています。ただ、そもそもウィルス対応の専門機関なんて日本にありますか?誰かにお願いするしかないんですよ」
結城と立松は、クルーズ船が停泊する横浜港へ赴き、防護服を着用する隊員たちに声をかける。
結城は、着替中の旧知の岐阜DMATの真田(さなだ)に、奥さんが船に乗ることを嫌がってなかったかと訊ねた。
「どうせ止めても、乗るしかないんでしょと言われました」
| 真田(右) |
「まずは、自分の身を守ること」
「はい」
【以下、映画で唯一、家庭のシーンが描かれる真田の家族】
| 出動の依頼を受ける真田 |
| 勤務明けだから引き受ける真田と、夫を案じる妻と一人娘(手前) |
早速、防護服に身を固めた医師らが次々に船に乗り込み、患者の診療に当たっていく。
仙道もまた、船内での指揮を立松から依頼され、船内にある食堂を借りて指揮をすることになった。
「ヤバいよ。38度以上の熱発(ねっぱつ)、100人超えてる」と仙道。
「なんでだ。新型ウィルスの情報が船に入ってから隔離してたなら、増えすぎだろ」と結城。
「部屋から外出禁止にしたのは、検疫が乗り込んでから2日後だって。それまで乗客はレストランやビュッフェで飯食って、酒飲んで、夜遅くまでパーティーを楽しんでた。隔離するのが遅かったね。感染が広がっちゃって」
「それで、どうすんだ」
「陽性者でも症状の軽い乗客は後回しにしたい」
【最初に熱症状が出た際は「発熱」で、それが継続している状態の時は「熱発」と言う】
味覚障害が起きているフランス人の妻には、深刻な状態ではないので搬送を待つようにとDMATの医師が伝えると、夫が怒り出す。
「お前は医者か?お前たちに任せて、大丈夫なのか?なら早く妻を治療しろ」
「奥様は大丈夫です。ここで待って…」
「フランス語を話せる奴はいないのか!」
苛立ちをDMATの医師らに叩きつける乗客たち。
仙道と結城の会話が本作を貫流している。
「言葉も通じない人が多くて、一人降ろすのに、1時間以上かかってんだわ。41人全部降ろせんのは、明日の朝だね。その間に、体調の悪い年寄りは死ぬかもしれない。陽性っつったってさ、大した症状もなくて、ピンピンしてる人もいるんだよ。そんなのより、陰性でもヤバそうなの先に降ろしちゃ、ダメなの?」
「厚労省が48床も病床確保してんのは、ウィルス持ってる人間、隔離したいからだぞ。感染者後回しにして、陽性か陰性か分からない乗客、入院させられるか」
「俺たちは、厚労省に満足してもらうために船に乗ったわけじゃないでしょ」
溜息交じりに項垂れる結城の背後から、「とにかく、国内に感染を持ち込まないことが第一にお願いしますね」と立松が声を掛けた。
クルーズ船を背後に、中央テレビの記者・上野がカメラに向かって、実況レポートをする。
「国内での感染拡大を避けるため、“一刻も早い乗客の遺伝子検査を”という声が上がる中、クルーズ船に医師たちが乗り込んでから3時間が経ちました。こうしている間にも、感染が広がっているということも考えられます。船内では一体何が起こっているのでしょうか…」
| 上野 |
結城は、再び仙道に電話する。
「さっきの件だけど、お前のプランが正しい」
「厚労省は?」
「怒らせとく」
「さすが結城ちゃんだ」
「お前の言いたいことは分かってたんだよ。みんな感染のことしか考えてない。だけど、それが普通だ。俺たちは昔一回失敗しているから分かるってだけだ。なかなか理解されないぞ、このやり方は」
「理解される必要ある?」
「とにかく頼んだ」
仙道は早速スタッフ全員を集め、乗客対応の指針を示す。
「ポイントはここ、カテゴリー1。即ち、最優先されるのは、新型コロナウィルスの陽性者ではありません。最優先は、今現在、命の危機にある人、もしくは、リスクの高い基礎疾患を持っている人です。そして優先順位第2位、カテゴリー2は、高齢者、妊婦、子供などです。勿論、新型コロナ陽性で重症なら、カテゴリー1に入りますが、陽性でも発熱だけとか、軽症の人はカテゴリー3で、優先順位は最下位。客室で搬送を待ってもらいます。以上です。よろしくお願いします」
ここで、「軽症って言ったって、陽性に違いないんだから、降ろすのがセオリーでしょ!」と、検疫官の田島が声を上げるが、仙道はそれを無視して、把握している情報から、乗客への対応を一つ一つスタッフに指示していく。
重症者全員を病院に搬送し終えたが、まだ船内には熱発者がいて、陽性率は50%を超えていると、真田から報告を受けた仙道。
「じゃあ、もう検査の必要ないね。疑わしい人の半数以上は、陽性ってことでしょ」
ここで、英語でのアナウンスが船内放送される。
「“本線は明日、横浜港を離岸し、外洋へと出ます。外洋にて給排水の作業終了後、横浜港へと再び接岸します…”」
ここで、真田がクルー(乗組員)の羽鳥(はとり)に訊ねると、3日に一回、排水と水の補給が必要で外洋まで出ないとその作業ができない、との説明を受ける。
「港に戻るのは、24時間後です」
その報告を受けた結城は危機感を露わにするが、立松は24時間のことなのでそんなに深刻にならなくてもいいと言う。
それに対して、結城は3.11の福島原発事故の放射能圏内半径20キロの避難指示の際の、ひばり病院での出来事について話し始めた。
避難指示に従い、多くの高齢者を乗せたバスが200キロの道を夜通し走ったところ、翌朝、やっと着いたバスに乗った仙道が見たのは、座席で死んでる年寄りの姿だったと言う。
「他のバスも含めると、45人が亡くなった。死因は放射線じゃありません。寒さと持病。それに疲労です。感染症医や検疫官は、新型ウィルスが国内に広がらないことを再優先に考えてる。乗客の命は2番目だ。厚労省も同じでしょ…俺たちは、命を最優先に考えてる。この状況で24時間港を離れれば、死人が出るでしょう」
【結城と仙道は3.11の際に活動を共にした同志である】
当日、12時出港を前に、入院勧告のための書類を作り、保健所の職員が横浜までやって来てクルーズ船に乗って直接本人に勧告するという、数日から一週間かかる65人分の作業を法律通りに対応しようとする立松に、結城はルールを変え、「発生届けも勧告もいらない」とすることを強く求めた。
| 「この新型コロナに関しては、『発生届けも勧告もいらない』、そう変えてやってくれよ」(結城) |
船内では、重症化する患者が出始め、クルーの羽鳥が仙道の元に、薬の依頼書2000枚を持って来た。
仙道は、一度に揃えるのは無理で、インスリンなど命に関わる者以外は後回し、そのクレーム対応を指示する。
早速、アメリカ人の重症化している夫レナードを案じて混乱する妻・バーバラへの対応で呼び出された羽鳥は、病院への搬送を説得し、落ち着かせる。
| バーバラ |
| 妻バーバラの健康を案じて搬送される、夫レナードを勇気づける真田 |
一方、立松は搬入予定の病院に発生届けも出ており、勧告も終えたと報告して受け入れを求めた。
素早い保健所の対応を訝(いぶか)る結城に、「全部ウソです」と立松。
そして、厚労省内で事後申請でいいように調整中だと説明する。
「結城先生のプランは、いいアイディアだと思いました…根回しにもう少し時間がかかるので、とりあえずはウソで乗り切ることにしました。緊急事態です。許されるでしょ」
続けて、「結城先生。僕だって、人の役に立ちたくて役人になったんですよ、これでも」と言って出かける立松を、呆気にとられていた結城はうっすら笑みを零(こぼ)して見送る。
予定時間を大幅に遅らせ、何とか陽性者全員を下船させた後、クルーズ船は出港する。

対策本部では、ホワイトボードには“搬送完了”、“緊急度の高い薬剤の配布完了”と赤ペンで記された。
しかし、船内に残された軽症の3000人の乗客からは、薬の不足や食事内容などの対応への不満の声が出始め、メディアはそれをニュースソースとして、待ってましたばかりに批判的に取り上げる。
重症化した夫レナードが搬送されたバーバラの元に、意識を失くしたとの連絡が入り、絶望したバーバラが船から飛び降りようとするところを、羽鳥が必死で止め、携帯番号を手渡して詳しい状況を知らせると約束したが、他の重症患者で手いっぱいの医師たちから、病院への問い合わせを断られてしまう。
バーバラには、夫を旅行に誘ったという自責の念がある。
テレビで、今度は検疫官が感染したとのニュースで知った結城は、仙道に連絡を取ると、船に乗ったのは、乗客を隔離する前の検疫作業で感染したのではないかと疑う。
「DMATから一人でも感染者が出たら、素人集団みたいに言われるぞ、マスコミに。軽く言うなよ」
「軽くなんて言ってないけど。結城ちゃんは何を心配してるの?俺たちの命?それとも、世間の評判?」
「とにかく、気を付けろ」
検疫でバーバラの下船を断られた羽鳥が仙道に相談に行き、仕事の第一は命を守ることだと言われてしまうが、真田からも相談を受けていた仙道は、隊員たちが降ろす方法を探させているところだった。
対策本部に、関東感染学会(劇中の名称。実在の学会とは名前を変えている)がダイヤモンド・プリンセス号からの撤退の報告にやって来て、結城が仙道に連絡すると、既に説明を受けていた。
「撤退しちゃうんでしょ?危ないってんで。すごいねぇ」
「うちの隊員たちの感染防御は適切にやれてんだよな」
「適切ねぇ。まだ分からないことだらけの新型ウィルス相手に、“適切”って言われてもね」
「揚げ足取るようなこと言って、面白いか?」
ここで、仙道は思い切り机を叩き、声を荒げて言い放つ。
「じゃぁ、DMATも撤退しちゃうか!」
「何言ってんだ」
「船の外から大丈夫かって聞かれたって、こっちだって分からないんだよ。揚げ足でも何でもないだろ。正直、感染は怖いよ。どれだけ防御したって、すぐ患者が咳き込んだ飛沫を浴びてんだから、そこは行ってこいって。指示出してんのは、俺たちだろ」
何も応えられない結城。
「俺からも一ついいかな。患者の家族を病院に行かせてくれって、現場から来てんだけど」
「どうすることにしたんだ?」
「連れてってやればって、言っといた。まずかった?」
「いや、そんなことない」
「やれることは、全部やる。でしょ?DMATは。結城ちゃんがいつも言ってるやつだ。俺、好きなんだよ」
頭を抱え込んで、考え込む結城。
検疫官が許可していない乗客を降ろそうとしていると、担当の田島が抗議に仙道を訪れた。
「これは専門外だからとか、これは責任取れないからとか言ってたら、災害下では何もできませんよ」
そこに結城から検疫官と話がしたいと連絡が入り、リモートで田島がそれに応じる。
「検疫が許可をしていない乗客を降ろすことなんてできないのは、当たり前でしょ。何考えてるんですか!」
「当たり前ですか?…連れ添った夫の最期かも知れないって時に、傍にいられないってのは、当たり前なんでしょうか?」
「それは、検疫が考える仕事ではありません」
「じゃ、誰が考える仕事なんですか?!このダイヤモンド・プリンセス号災害は、感染症災害ですから、本来我々DMATの出動案件ではありません。でも、私は出動することに決めました。なぜか分かりますか?それが人道的に正しいと思ったからです。今回の件も同じです。何を考えてるんだと訊ねられれば、私は、人道的に正しい選択肢はどちらかと考えていました。バーバラ・ブラウンさんの下船許可をお願いします…田島さん、ブラウン夫妻はアメリカ国籍です。それなりの扱いをしなかったってことになれば、国際問題にもなり兼ねない。そんなの、嫌でしょ。DMATが強引に降ろしたってことで結構ですから」
結城の説得により、田島はDMATで感染防御の責任を取ってもらえるならと、特別に許可するとし、看護士の高野をバーバラに同行させることになった。
この件に関し、対策本部の立松は、感染者と同室の為、陰性であっても偽陰性(ぎいんせい)と判断して入院させたと厚労省に報告したと言われ、安堵する結城。
「今後、患者の家族には全て、この対応がいいかも知れません」と立松。
結城と立松の方向性が人道的な指針において一致し、その協力的体制が揺るぎなくなっていく。
2 「私は完璧ではなくても、船内で怯える3700人に逸早く医療を提供したいと、そう思いました。限られた選択肢の中では、最善の対応だったと思っています」
ガラス越しに夫を見守ったバーバラから、羽鳥の携帯に感謝のメールが届く。
| バーバラ |
そして、客室のドアには、それぞれの乗客が書いたクルーへの感謝のメッセージが貼られていた。
インスリンを届けてもらった子連れの女性は、SNSに「“私はダイヤモンド・プリンセス号に乗船しているものです。テレビはなぜ本当の姿を取り上げてくれないのでしょうか。”」と投稿する。
| 親切なクルーにインスリンを届けてもらって、命を繋ぐ女性。子供も元気 |
その投稿に同調し、数多くのマスコミ批判のコメントを目にした上野は、戸惑いを隠せない。
| 上野 |
そこに嬉々として上司の轟が上野に、ダイヤモンド・プリンセス号に乗船していた感染症専門医・六合(ろくごう)が暴露動画をアップしたことを知らせる。
動画では、プロの感染対策の専門家が一人もおらず、船内のゾーニングが全くできていない恐ろしい状況であり、厚労省のトップに話しても相手にされず、逆に一日で船から降ろされたと話す。
| 感染症専門医・六合 |
そして、感染のプロではないDMATを責める気はないが、彼らが船から帰ると自分の病院で仕事をし、感染が広がりかねないという危険性に言及する。
「やはりこれ、心配なわけですけど、それを隠すと、もっと心配なわけです。是非、この悲惨な現実を皆さんにも知っていただきたいということと、彼らが安全に仕事ができるようにということで、動画を公開しました。彼ら、本当にお気の毒でした」
この六合の動画を紹介するテレビを観て、轟はDMATの責任者へのインタビューを上野に指示する。
動画の反響は大きく、DMATの隊員それぞれの所属病院に感染拡大を恐れてクレームが殺到し、20人以上の隊員が離脱してしまい、真田と共に任務に就いていた女性隊員も、保育園で他の子の親が嫌がり、子供を預かってもらえず、仕事に就けないと電話が入る。
実際に、DMATの看護士が陽性者となり、メディアはますます船内の感染対策への疑問を報じる。
そんな中、立松はDMATの隊員への補償を上司に求めるが、けんもほろろに断られてしまう。
「自分から手を挙げて船に乗ったのだから、それで感染したからって、なんで厚労省が補償してやらなきゃならないんだ」
「DMATには、私たちが頼んで船内活動をしてもらってるんですよ」
「それが間違いだったって意見も結構出てんだ。ボランティアみたいな組織にやらせたのが失敗だったって。まぁ、志願した連中なら何があっても責任取らなくていいからってのは、官僚が考えそうなことだけどね。お前もあまり熱くなるな」
隊員の7チーム中5チームがキャンセルし、今日の陽性者が70人との報告を受けた結城は頭を抱えるが、立松は「それでもだいぶ受け入れルートもできてきました」を声をかけてくる。
船のほうが大変なはずだと立松に言われた結城は、横浜港へと向かった。
人手が足りず、治療を待つ患者の元に走って対応する隊員たち。
船に着いた結城が、中央テレビからの取材依頼について聞くと、仙道も動画の件についての責任者に話を聞きたいと申し入れがあったが、断ったと言う。
結城も断ると言うのを聞いた真田は、動画が事実と異なり反論すべきだと訴えるが、仙道は事実の検証をやっている場合でないと応えた。
「あの動画のお陰で、今日こうして、救助活動に支障が出ているってことは世の中に知らせるべきです。船に乗るDMATが減ったせいで、亡くなる人も出てくるかも知れません」
| 左から真田、結城、仙道 |
「反論はしない」
仙道は真田の肩を叩き、その場を去る。
結城は真田に、自分も同じ考えで治療に専念すべきと伝える。
「隊員の家族のことは誰が考えてくれるんですか?…自分がコロナに罹るのは確かに怖いです。だけど、そんなのは大したことありません。それよりも、自分の家族が差別に合うことが何より怖いです。自分の子供が学校で、バイ菌みたいに扱われてるかもしれない。そう思うと、耐え難いです」
その後、結城は船内に入り、体調を崩して隔離されているフィリピン人の3人のクルーの部屋を訪れ診療し、早速、立松に電話をして、厚労省が支払いを担保するなどして、受け入れ病院の手配を依頼すると、「分かりました」と立松。
船から降りてきた結城に、待ち構えていた中央テレビの上野がマイクを向け突撃取材する。
結城は取材は受けないと応じると、上野は答えに困る事態が発生しているのではないかと切り返すが、結城はそれを否定する。
「都合のいい所だけを切り取られる可能性が高いからです。すると今度は、それを訂正しなくてはならなくなります。私たちには、そんなことに使う時間がありません」
「そうですよね。お忙しいですよね。船内で感染が拡大してますから」
「どっかで面白がっていませんか、あなたがたは?本当にあの船に乗ってる人たちの無事を願って報道してるんですか?」
搬送先の病院で感染患者が死亡し、海外からの日本政府の感染症対策を批判するニュースも伝えられ、結城の所属する病院の会議では、理事が、これ以上新型コロナ患者を受け入れるなら、病院を辞めるというナースが1人2人じゃないと、スタッフの間で不安と混乱が広がっていると、感染病床を増やして受け入れている結城の責任を追及する。
| 搬送先の病院で感染患者の死亡した事実を知らされる |
| 結城の所属する病院の会議 |
「コロナ患者が送られてくるから不安って、そんな奴は辞めりゃぁいいんですよ!この病院を、という意味じゃありません。医療に関わる全ての仕事から離れるべきですね」
対立する二人に節度求める院長に、結城は「すみません」と頭を下げるが、引き続きの協力を切々と訴えた。
「新型コロナの患者を診ることは、医療に関わる人間にとって、本来業務なはずです。医療の根源と言ってもいい。マスコミに色々と言われていることは申し訳なく思います。ですが、今我々が見放せば、ダイヤモンド・プリンセス号の乗客は助かりません」
結城は再び、深々と頭を下げるのだった。
対策本部では、感染確認から2週間の隔離を経て下船が始まるが、陰性の乗客は市中で感染源になる可能性は極めて低いが、同室の家族が陽性だった乗客を、更に14日間隔離する必要があり、その受け入れ先を巡って話し合われていた。
一方、中央テレビの上野は、轟に路線変更を訴えるが却下され、明日港へ行って、下船が始まる年寄りを追い駆けろと指示される。
「帰り道、どっか寄ったりしてくれれば、また騒げる」
「今度は何で隔離しないんだってやるんですか。隔離してた時は、なんで下船させないんだってやったのに」
| 轟 |
「勿論やる。それがマスコミだからな。今日も政府がしっかり働いてます。世の中、そこそこ平和ですってやったら、誰もニュースなんて見やしないよ」
他のスタッフに行かせると言われた上野は、そのまま現場へ向かった。
愛知の病床数400床の開業前の病院が、丸ごと施設を提供してくれる話が進行し、それを仙道に伝える結城は、マスコミにボロカス言われていることなど隊員たちを気遣うが、「そんなことは知らんよ」と一喝する仙道。
「俺たちは、こんな時のために医者になったんじゃないの?看護士も。今働かなくて、いつ働くの?」
逆に結城が発破(はっぱ)を掛けけられるいつものパターンだった。
| 「結城ちゃんはそんなことより、自分の仕事早くやる」「そうだな。仕事に戻る」 |
結城の元に上野が取材を申し込んできたが、一旦は断ったものの、会って、取材ではなく、明日の下船で濃厚接触者を船外の施設に運ぶ際に、追い駆け回さないように依頼する。
船に乗っていたと知られれば、何をされるか分からない、隔離期間を置いて家に帰り、何の問題もなく普通の生活に戻れるのを壊さないで欲しいと伝え、帰ろうとする結城を引き留めた上野は、放送には使わないとして、個人的な質問を投げかけた。
「もう一度、この災害があったとして、同じ対応をしますか?」
「…日本には、アメリカのCDCのような感染対応を専門とした組織はありません。災害時に、完璧な感染防御をしようとすれば、治療開始までは数日かかるでしょう。その間に、何人かの乗客は亡くなることになります。私は完璧ではなくても、船内で怯える3700人に逸早(いちはや)く医療を提供したいと、そう思いました。限られた選択肢の中では、最善の対応だったと思っています」
「そうですか」
「答えになってますか?」
「十分すぎます…ありがとうございました」
一方的にメディアを悪と決めつけることしないシーンであると同時に、未知のウイルスと格闘する結城の真摯な姿勢がストレートに伝わってくる重要なシーンでもある。
3 「俺はぶん殴りたいけどね。できることなら」「医者がそんなこと言っていいのか?」「結城ちゃんだって、そう思ってるでしょ」
スタッフの理解が得られた愛知県の藤田医科大学病院の受け入れが決定し、自衛隊車両も動員した5時間を要する大掛かりな移送が始まった。
| 車両の発車を目にして、「どうします?ワンボックスとバイク用意してますが」「いい。追い駆けなくていい」 |
| 真田 |
途中、嘔吐をするなど、体調を崩す外国人客が一度に3人出てしまい、真田らが対応に追われるが、ダイヤモンド・プリンセス号の羽鳥の携帯から通訳するなどして切り抜け、何とか藤田医科病院に到着した。
3人の体調が急変したと結城から連絡を受けた藤田医科病院の宮田医師は、軽症者の受け入れとの約束だったと反発するが、バスの到着を待って、更に7人に増えた体調を崩した乗客たちや、軽症者たちの受け入れに対応していく。
| 宮田 |
その頃、横浜港に残った車の中で、上野は、六合医師の動画に関する誤解や勘違いを正す、六合医師を船に招き入れたという人物の書き込みを見つけた。
そこには、以下のように書かれていた。
上野が社に戻ると、轟がこの件で苛立っていた。
六合医師の動画は削除されており、轟は「このタイミングで動画取り下げたんじゃ、間違ってたって認めるようなもんだろう」
| 轟(左) |
藤田医科病院では、陽性者と陰性者のゾーニングと隔離が徹底されていたが、そこで、陽性の6歳の弟と陰性の12歳の兄が別々のフロアの部屋に隔離入院させられることになり、立松が心配して対応に乗り出した。
| 藤田医科病院 |
兄弟の両親は1週間前に陽性になって静岡の病院に入院中で、弟の面倒をみてきた兄は、弟と一緒にいてやりたいと訴えるが、感染するかもしれないと立松が話す。
| 陰性の12歳の兄と立松(左) |
「感染したら死ぬの?」
「わからない」
「いいよ、死んでも。弟と一緒の部屋にして」
立松は両親の確認を取り、二人を陽性者のフロアにと看護士に伝え、了承された。
兄は走って来た弟をしっかりと抱き締めた。
任務を終えた宮田が、真田に不満をぶつける。
「うちはまだ開業前なんだよ。ひと晩に7人って…これで何かあったら、うちが殺したって言われるじゃない、マスコミに」
真田は「すみません」と、深々と頭を下げる。
「まあ、良かった。全員なんとかなって。まだ安心できないけど…真田先生、何日くらい船に乗ってんの?」
「8日とか、9日くらいになります」
「9日も、よくやるね。これから日本中はコロナで大変なことになるよ。きっと。あんたが船で知ったことが、必ず役に立つ。だから、俺にも教えてね、色々」
二人は缶コーヒーを飲みながら笑顔を交わす。
立松は兄弟を一緒にするために陽性者のフロアに移したことに対し、自分が判断を逃げ、少年が自分から結論を出すように仕向けたと、結城に胸の内を明かした。
| 「お前はそう反応した。それでいいじゃないか」 |
「僕は責任を回避してるんです。結城先生や他にも、関わった人たちの善意や良心に付け込んでるんですよ」
「偉くなれよ、立松。お前みたいな役人が増えたら、現場の俺たちはもっと頑張れるよ」
立松は結城の言葉を噛み締める。
仙道から電話が入り、藤田が落ち着いたことを確認し合った後、六合の動画削除の件が話題となる。
「…これで、隊員とか他の関係者たちも、少しは救われるか。あの動画のおかげで、感染広げた素人集団みたいに言われたんだ。隊員たちの気持ちが、少しでも救われたらいい」
「俺はぶん殴りたいけどね。できることなら」
「医者がそんなこと言っていいのか?」
「結城ちゃんだって、そう思ってるでしょ」
2週間の隔離期間が終了し、ダイヤモンド・プリンセス号の残りの乗客たちの下船が始まった。
羽鳥の携帯に、バーバラから夫が少しずつ元気になっていることを知らせるメールが届いた。
「“大変な経験をしたけど、この旅に来てよかった。日々の小さなことに感謝する大切さを学んだ。あなたのお陰よ。ありがとう”」
幼い息子と共に、インスリン注射を打ちながらの隔離生活だった女性は、上野のインタビューを受け、とにかく不安だったが、クルーの皆が明るく、笑わせてくれたりして、必ず日常に戻れると思わせてくれたと答えた。
自宅に戻った真田は、安堵する妻の顔を見て、「なんか、つらいことなかった?」と訊ねた。
「…あった。でも、大丈夫」と、涙を流して夫を抱き締める。
ラストは仙道から結城への電話。
「仙道、どうした?」
「あ、結城ちゃん。ちょっとお願いがあってさ」
「なんだ。今、どこ?」
「北海道の老人施設。クラスター出てんだけど、よく分からん専門家が濃厚接触者の職員、みんな休めだとか非現実的なこと言っててさ、そんなこと言ってたら元気な年寄りまで死んじゃうから…」
「俺にできることなんかあんのか」
「あの、何っだけ厚労省の結構無茶する…立松さんか。彼に頼んでもらえないかな。上にひとこと言ってもらえると助かるんだけど」
「そういうことか。今、隣にちょうどいるよ」
結城は立松に携帯を渡す。
「なんですか。面倒なことなら止めてくださいよ」と立松。
「面倒なことじゃないと、お前に頼まないだろ」と結城。
立松は携帯を受け取って仙道の要請に対応するのだった。
【2020年3月1日、隔離開始から25日後、3700人すべての乗客乗員が下船した。最後の一人は船長だった。
2022年2月8日、DMATの活動要綱に、「新興感染症のまん延時に、傷病者の生命を守るため、厚生労働省が認めた災害派遣医療チームが日本DMATである」という一文が加えられた】
4 未知なる敵と戦う者たちの、人道という名の静かな正義
とても感動した。
以下、「かくしごと」などで知られる関根光才監督のインタビューの一部を抜粋する。
| 「かくしごと」より |
![]() |
| 関根光才/映像作家・映画監督 |
【増本さんの脚本には「みんなはなぜマスコミが報じたようにしか理解しないのか。こういう立場の人たちもいたことを分かってほしい」という静かなる怒りのような強い思いが込められていました。それは映画を作る原動力になります。しかし、そのままぶつけてしまうと過剰に反応する人が出てくるかもしれません。対話ができる状態にするためにも複数の視点を入れ、フラットで客観的な視点を意識しながら、登場人物がどういう風に感じて、どういう行動をしていたのかを描いていくことが大事だし、「開かれた映画になるのでは」とお伝えしました。
![]() |
| 医療チームの指揮官を演じた小栗旬 |
![]() |
| 増本淳・プロデューサー、脚本家 |
(略)また、外国人の幼い兄弟のエピソードはかなり後の方で盛り込まれた話でしたが、そのエピソードがあまりにも素晴らしいので、この作品のステージが一段階上がったのではないかと思っています。改稿を重ねることで、バランスのいいものができあがりました。/「SCREEN ONLINE」より】
「複数の視点を入れ、フラットで客観的な視点を意識」することで、「開かれた映画」を目指す。
この問題意識はストレートに届いた。
メインのキャラクターの表現力は圧巻で、社会派系のエンタメとして充分すぎる秀作として高く評価できる。
この映画を一言で言えば、「未知なる敵と戦う者たちの、『人道』という名の静かな正義」であると考えている。
決して、大上段に構えて「正義」を叫ばない。
「優しさ」という「人道」をコアにして、船内にいる全ての人々に切々と訴え、実践躬行(じっせんきゅうこう)するのだ。
だから、個々の名を持つ船内の乗客に支持されたのである。
そこが胸を打つ。
次に、相当の長文だが、「映画『フロントライン』モデルとなった医師やクルーが語る真実の物語「医療従事者の思いも詰まっている」より抜粋する。
今回の批評は、我が国が未知の恐怖に襲われた時、危機との対応に対峙し、最前線で戦う者たちが如何に振る舞い、煩悶し、極限状態を突き抜けていったかについて、リアルに再現することで、国民の一人として考察するという問題意識をもって投稿した一文である。
| モデルとなった人々 |
【映画となって多くの人に“真実”の物語が届くことについて、結城英晴のモデルで神奈川県DMAT調整本部長(当時)の阿南英明は「映像のインパクトはすごいものだから、非常にありがたいと思いました」としみじみ。「当時は僕らもやっぱり苦しかった。でも、その苦しかったことをエンタテインメントという側面を持ちながら上手に表現していただいていることを心からうれしく思いました」と感謝の言葉を並べる。
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| 阿南英明医師 |
仙道行義のモデルでDMAT事務局次長の近藤久禎も「最前線で守っている人たちを守るためにもマスコミ対応もしっかりやらなければいけないという教訓にもなりました。でも本当の意味で守るためには世の中全体に対して訴えることが必要。それはなかなか実現するのは難しいから、映画という形で広められることを本当にありがたいと感じています」と笑顔を見せる。
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| 近藤久禎教授・医師 |
真田春人のモデル、浜松医科大学医学部附属病院 救急部助教・高橋善明は「この4、5年、医療従事者は耐える時間が続いていました」と話し、コロナの話は表に出してはいけない感じがあったと指摘。「映画化と聞いた時は『私たちが表に出てしまっていいの?』というのが正直な気持ちでした」と隠さずに語る。映画化については、船内での活動の真実を伝える機会はずっとないままだったので、内心はやっと伝える場所ができるという思いと同時に、DMATは被災地に駆けつけ、「あくまでバックアップする存在」だと説明し、だからこそ映画で目立つところに出てしまっていいのか悩んだと告白。しかし、本作の企画・プロデューサー・脚本を務める増本淳の「コロナ禍でずっと頑張ってきた医療従事者にスポットライトを当てる意味でこの映画を撮りたい!」という思いに突き動かされ、協力することを決心したと経緯の詳細を丁寧に明かした。
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| 高橋善明・浜松医科大学医学部附属病院 救急部 助教 |
立松信貴のモデルで厚生労働省医政局・保健医療技術調整官(当時)堀岡伸彦は「官僚はあまりいい描き方をされないもの」と苦笑い。しかし、プロデューサーの増本の熱意に押され「ありのままを描いてくれるなら」という思いで快諾。厚労省をはじめ、当時の対応に対し批判の声があることもわかっているが「少なくともダイヤモンド・プリンセス号では誰にも後ろ指をさされるような行動はとっていない」とキッパリ。そういった自負も映画化を受け入れる要素となったと明かした。
| 立松元貴のモデルになった 厚生労働省 医政局・保健医療技術調整官(当時)堀岡伸彦氏・救急・周産期医療等対策室長(当時)永田翔氏 |
羽鳥寛子のモデル、元ダイヤモンド・プリンセス号フロントデスク・クルーの和田祥子は「私があの場所で経験したことがそのまんま映画になっていてびっくりしました」と事実に基づいた物語であることを印象付ける。「改めて本当に映画みたいなことが起きていたと思ったのですが、本当に現実ではないみたいな感じでした」と振り返りながら、「いろいろな意見はあると思いますが、わからないなかで最善を尽くせたのかなと思えました」と映画で当時の出来事を再確認し、自分がやったことは“ベスト”であったと再認識することができたことにもよろこびを感じたとも語った。
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| 和田祥子氏と森七菜 |
仙道行義(窪塚洋介)のモデル・近藤久禎DMAT事務局次長「我々は命さえ救えばいいのか。感染を広げないためには面会なんてさせるべきじゃないことはわかっている。だけど、命だけが一番重いのか、という話になります。命だけを守ればいいのか人道的に考え、悲劇を防ぎ、人生・幸せを守るという点にスポットを当てていたのが面会シーン。そこをしっかり取り上げていただけたのは本当によかったと思います」と最前線で自身の命を危険にさらしながらも、命を救うと同時に大切にしたいもの、大切にすべきものがあるとも話した。
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| 仙道行義(窪塚洋介)のモデルとなった近藤久禎医師 |
劇中で唯一、家族との物語が描かれる真田。「帰宅した真田が妻にハグされるシーンは、恥ずかしながら僕の話で(笑)」と照れる高橋。
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| 真田春人(池松)のモデルとなった浜松医科大学医学部付属病院救急部助教の高橋善明医師 |
当時、コロナは未知のウイルスで、船内で活動した自分がウイルスを持ち帰っているかもしれないという不安があり、妻が自分のほうに近づいてきた時に一歩引いていると話す。このシーンはダイヤモンド・プリンセス号だけの話ではなく、4年近くコロナに対応してきた医療従事者の思いとしても描かれていると解説。高橋の実話ではあるが「家族に申し訳ないような思いや大きな不安を抱えて帰宅した自分が、(家族から)大切に思ってもらえたことがありがたかったという気持ちを話したら、そのまま映画になっていました」と吹き出し笑いも。「こんな恥ずかしいエピソード話してもいいのかな」と迷いもあったそうだが、「事実をそのまま話したら、そのまま採用されてしまっていました」と戯ける場面もあった。
立松のモデルとなった堀岡は、いまでも心から当時の対応に感謝してもしたりないほどだという藤田医科大学のエピソードがしっかりと描かれていたことに喜びを隠せないと満面の笑みを浮かべる。和田は70代のアメリカ人夫婦のエピソードを挙げ、「普段なら自分のプライベートの携帯電話番号をお客様にお渡しするなんてことはありません。でもあの時は不安を一つでも取り除いて差し上げたいという思いでいっぱいでした」とイレギュラーな状況下で乗客の心のケアも最大限にできたとを打ち明けた。
立ち向かうのは未知のウイルス。自身も命の危険にさらされる状況にありながら、目の前の命、目の前の人の心のケアを優先できた理由は一体なんなのだろうか。上野記者からまた同じような状況になったら「次もやりますか?」と訊かれていたシーンにも通じることだと前置きし、「あのシーンでははっきりとした回答をしていません。でも、やるやらないじゃなくて、私たちがどういう思いでやっているのかということを語っているシーンだと思うんです」と阿南は持論を展開。「暗に『次だって必要だったらやるでしょう』という答え方をしてくれていて。それは我々が常々思っていること。困っている人がいるならやるしかない。そういう思いでやっているんですよね」と強い意志を言葉にする。目の前に困っている人がいるなら助ける、医師としてDMATとして…という点において、阿南、近藤、高橋が普段から思っていることは共通しているようだ。
(略)危機的状況のなかでこそ、プロの仕事の熱意、プロの仕事の本当のパワーを見ることができたとも話す。それが表現されていたのが藤田医科大学への移送シーンだった。「最短距離、時間で大ごとにならずに移送できるよう、細かな配慮がされています。例えば感染者がサービスエリアでトイレ休憩をしたら…。当時の状況なら大騒ぎになることは目に見えています。でもそうならない。あんな状況でいちいち止まってETCで…みたいなことにならないよう、移送ルートを共有し、警察が先導してくれたり、自衛隊が運んでくれたり、国交省がサービスエリアを開けてくれたりするわけです。これぞプロの仕事だと思いました」と称賛。続けて「他人事感や、実行不可能な解決案をしたり顔で言われたりするのはとても不愉快でした。映画にも描かれていますが、報道を観ながらくやしい思いをしたこともたくさんありました」とモヤモヤしていたと話す場面もあった】
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| ダイヤモンド・プリンセス号 |
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| 新型コロナウイルスの変異株 |
―― 以上の記事を読んで、極限状態下で動いた人たちの思いが伝わってきて、「困っている人がいるならやるしかない。そういう思いでやっているんですよね」と話す阿南氏の言葉が刺さってくる。
ここに、モデルとなった実在人物の同様の思いが凝縮されているのだろう。
私が感懐を抱くのは、この一点である。
まさに、「そういう思い」が藤田医科大学への移送シーンに見られるように、「危機的状況のなかでこそ、プロの仕事の熱意、プロの仕事の本当のパワーを見ることができた」という括りになったということである。
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| 藤田医科大学病院 |
何が起こるか分からないこの移送シーンの凄さが、本作のピークであった所以である。
だから宮田と真田の会話が深く心を打つ。
任務を終えた宮田が、真田に不満をぶつける。
「うちはまだ開業前なんだよ。ひと晩に7人って…これで何かあったら、うちが殺したって言われるじゃない、マスコミに」という宮田のクレームに対して、「すみません」と、真田は深々頭を下げるのみ。
「まあ、良かった。全員なんとかなって。まだ安心できないけど…真田先生、何日くらい船に乗ってんの?」
「8日とか、9日くらいになります」
「9日も、よくやるね。これから日本中はコロナで大変なことになるよ。きっと。あんたが船で知ったことが、必ず役に立つ。だから、俺にも教えてね、色々」
二人は缶コーヒーを飲みながら笑顔を交わすというシーンだった。
| 渡された缶コーヒーを一気飲みする真田と、それを見て思わず笑い合う二人 |
【かくて、2020年7月14日、感染者全員が退院した】
この映画の良さについて、脚本を書いた増本淳プロデューサーがこう解説する。
「映画全体を3つに分けるとすれば、1幕目は長回しで、極力演出の痕跡を出さない撮り方をしています。カメラは人間の目線の高さで、神の目線を入れない形で船の中を動いていきます。2幕目は登場人物の感情を伝えるアップが多く、3幕目はアクションを見せています」(公式)
「カメラは人間の目線の高さで、神の目線を入れない形で船の中を動いてい」くという説明は、相当の説得力がある。
これが先の、何が起こるか分からない移送シーンの凄さがリアリティを持つからだ。
―― ここで本作のモデルになった「ダイヤモンド・プリンセス船内における集団感染事故」の最大の問題点について言及する。
映画で繰り返されていたが、ウィルス対応の専門機関が日本に存在しないという由々しき事態である。
だから誰かにお願いするしかなかった。
それが専門外のDMATに防護服を着て船内に入ってもらう。
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| クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」が停泊する大黒ふ頭を出る救急車=2月18日、横浜市 |
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| 同上 |
陽性者の治療に当たるのだ。
かなり無理強い(むりじい)の行為だった。
船内に船医は3名しかいないからである。
だから、他の選択肢がなかったということ。
これに尽きる。
以下、【余稿】として、我が国における感染症対策における司令塔について言及したい。
【余稿】 我が国における感染症対策における司令塔
要するに、我が国には、アメリカのようなCDC(米疾病対策センター)が存在しないのである。
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| 米疾病対策センター(CDC) |
CDCの活動内容には疾病の予防と管理、環境衛生の向上の外に、感染症発生時の対応という重要な任務がある。
感染症対策における司令塔。
これがCDCである。
特に感染症対策においては、国境に到達する前に疾病と戦うことを使命の一つとして標榜しているのだ。
何より、世界的な感染症の権威であり、「感染症に関する米国の第一人者」と称されるアンソニー・ファウチ(アメリカ合衆国の医師、免疫学者。アメリカ国立アレルギー・感染症研究所所長)の存在の大きさを無視できない。
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| アンソニー・ファウチ博士 |
1984年から2022年まで7代の大統領に仕え、マスクの着用の義務化が浸透しなかった側面がありながらも、アメリカ合衆国における新型コロナウイルス・パンデミックに対処するホワイトハウス・コロナウイルス対策を指揮した実績は高く評価されている。
【余談だが、現在、コロナ対策を巡りトランプ大統領と対立したファウチ氏は、殺害予告などの脅迫を受けている。恥ずかしい限りである。「はっきり申し上げるが、私は何の犯罪も犯していないし、私に対する犯罪捜査や訴追の申し立てや脅迫には、何の根拠もない」ファウチ氏の言葉である/「トランプ氏、コロナ対策指揮したファウチ博士の警護打ち切り」より】
ともあれ、CDCという感染症対策で大きな役割を果たしている司令塔が日本には存在しない。
ようやく現在に至って議論が進み、その立ち上げが期待されるのは必至だった。
ここで、日経新聞の「日本版CDC」25年春設立決定 理事長選びが信頼性左右」(2024年4月19日)という記事を参考にして、この問題に言及していく。
政府は2024年4月19日の閣議で、次の感染症危機に備える新たな専門家組織「国立健康危機管理研究機構」を2025年4月1日に設立する政令を決定した。
感染症の調査・分析から臨床対応までを一貫して担い、ワクチンや治療薬の開発も支援する。
トップとなる理事長選びは、機構が中立性を保って国民の信頼を得るうえでカギになる。
「国立健康危機管理研究機構」こそ感染症対策における司令塔であり、「日本版CDC」であると言っていい。
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| 国立感染症研究所は隣接する国立国際医療研究センターと統合し「日本版CDC」が発足する予定 |
その概要は次の通り。
「国立健康危機管理研究機構」は病原体の分析を担う「国立感染症研究所」(戸山庁舎)と、感染症患者を受け入れる病院を運営する「国立国際医療研究センター」(NCGM)が統合して発足する。
「JIHS」(ジース)と呼称される。
新型コロナウイルスの流行初期に、患者データの収集・分析に時間を要したという反省が背景があるのは言うまでもない。
以下、20年から新型コロナウイルス感染症対策分科会長を務めてきた尾身茂氏の提言である。
【政府は新型コロナの反省を生かし、日本版CDC(疾病対策センター)などを創設することになった。うまく機能することを期待している。今までの縦割りを打破して国がリーダーシップをとってやっていくというのは賛成だが、それが機能するためには、いくつか条件がある。
平時と危機はつながっているという意識が重要だ。新しい看板を掲げて安心するのではなく、必要な人材を平時から確保しネットワークを構築しておく必要がある。
今回の課題の一つに、研究や調査で国が音頭をあまり取らなかったという点がある。たまたま自治体や研究者が有効なデータを持っていたので利用するという形になったことが多い。「こういうデータが欲しいから誰か調べてくれ」と国が音頭をとることも必要だったのではないか。
有事には平時と同じような調査・研究に手間をかける時間的余裕がないことも多いので、調査してくれる人を国が機動的に募るべきだ。
平時から有事に切り替えられる環境を整えておき、有事になったら政治がリーダーシップをとる。そういう環境整備が必要だ。薬やワクチンの開発なども同様だ。
3年余りに及ぶ新型コロナ対策の総括は政府が責任をもって行うべきだと考える】(「尾身茂氏『政府が責任持って検証を』 準備不足から教訓」)
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| 尾身茂氏 |
だから、個々の患者情報を迅速に分析し、症状や重症度、感染経路などの早期把握を目指す。
諸外国に後れを取ったワクチンや治療薬の開発も後押しする。
開発のために必要な臨床試験の国内協力者のネットワークを運営する。
国内に限らず国際的な治験を主導することも想定する。
先端薬を出せない企業の弱さを克服するために製薬会社を側面から支援する。
感染症の専門家の育成も含め、国際的な治験の主導にも関与してゆく。
果たして我が国で、マスク着用を厳格に義務づけたアンソニー・ファウチのような人物が出現するのだろうか。
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時の大統領と対立しながら、自らが負った仕事を黙々と遂行するアンソニー・ファウチの出現が待たれる所以である。
【新型コロナウイルスが中国・武漢で初めて検出されてから3年以上がたった。しかし、このウイルスがどのように出現したのかは、依然として謎のままだ。米連邦捜査局(FBI)のクリストファー・レイ長官は2月28日、新型ウイルスが「中国政府が管理する研究所」から発生した可能性が「最も高い」と発言。起源をめぐる論争が再燃した。
研究所流出説はかつて、根拠薄弱な陰謀説とも言われていたが、ここへきて初めてFBIが機密情報をもとに、流出説を公に認めた。
対する中国は、アメリカが「政治的操作」をしていると非難している】(「新型コロナの中国研究所流出説、なぜ論争が続くのか」BBCニュース2023年3月3日)
ーー ここまで読んで頂いて感謝します。
(2025年12月)










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