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2025年12月26日金曜日

ふつうの子ども('25)  そこだけは逃げてはならない負のスポットで言葉を絞り出す  呉美保



他の追随を許さないワンランクアップの域を超えてきた。

 

ぼくが生きてる、ふたつの世界」で9年ぶりに復活した呉美保監督の映画構築と演出力の凄みに圧倒された。 

「ぼくが生きてる、ふたつの世界」


呉美保監督


前半は子供たちの奔放な行動を手持ちカメラが長回しで追い、大人が出てきて事態が緊迫する後半はカメラを固定し、彼らの表情に迫っていく。



1  「陽斗の言う通りかもしれないの。大人の意識を変えるには、何か行動を起こさなきゃいけないんだよ」

 

 

 

小学校4年生の上田唯士(ゆいし)は、朝、登校する前に友だちと合流して、雑木林で虫探しをする。

 

生き物係にも拘らず、探しているワラジムシとの違いが分からず、ダンゴムシを虫かごに入れて、親友の颯真(そうま)に注意される唯士。

 

「ダメダメ!ダンゴムシ入れないでくれる?言ったじゃん。ダンゴムシ、ダメだって」と颯真。

「なんで?」と唯士。

「だから、今探してるのはワラジムシカナヘビのエサを探してんの」と颯真。

「なぜダンゴムシじゃダメなの?」

唯士

「カナヘビのエサだからワラジムシは!」

颯真

「ダンゴムシじゃダメなんですか?」

「はい」

「なんでですか?」

「ダンゴムシは殻が固いんで!」

 

登校時間が近づき、慌てて走って学校へ向かう唯士たちは元気いっぱいである。

 

【画像はワラジムシを食べるカナヘビ。カナヘビとトカゲは似ているが、カナヘビはトカゲに比べて尻尾が長い。ワラジムシ以外では、ハエ・クモ・コオロギ・バッタなどを食べる】 

ワラジムシを食べるカナヘビ

授業では、担任の浅井が、宿題に出した“私の毎日”というテーマの作文を一人ひとり発表させていく。 

担任の浅井

皆、自分の日常生活で気づいたことや、感じていることを読み上げ、唯士は「ぼくの毎日で気づいたこと」を発表した。

 

「…ウンチをしたら流す、紙で拭くのも忘れずに!」 


教室中の爆笑を誘うが、浅井からは「ふざけるのと自由は違うかな」と言われてしまい、唯士はがっかりして席に座り、俯(うつむ)く。 


続いて発表したのは三宅心愛(ここあ)。

 

「私は大人の言うことを聞きたくない」という題で、突然、地球温暖化について刺激的に語り始めた。

 

「地球が温暖化して、そのせいで災害が起きていると、ニュースで見ました。二酸化炭素の排出が主な原因だと言っていました。排出された二酸化炭素は空にたまったままで、地上の熱を閉じ込めるんです。それは、誰が出したものですか?私たち子どもが生まれる前から、二酸化炭素を出し続けているのは、大人たちです」 

心愛

ここで心愛は、浅井を垣間見て睨み、唯士は、堂々と読み上げる心愛を凝視し、釘付けになる。 


「それなのに大人たちは、今日も車で走り回るし、夜遅くまで遊んでいて街は明るいし、誰も悪いと思っていません。私たちは、家でも学校でも怒られて、いろいろなルールを守るように言われているのに、大人は地球をめちゃくちゃにしたくせに、反省もしていない。もう、やめて!二酸化炭素を出さないで!空にたまった二酸化炭素をなくして!」

 

激しい口調で読み終えた心愛に対し、浅井は、「先生まで怒られちゃいそうだなぁ」と茶化して、皆の笑いを誘う。 


「なんで笑うんですか?大人が私たちの未来をめちゃくちゃにしてるのに!…IPCC(気候変動に関する政府間パネル)は、人間活動が“温暖化を加速させたことは、疑う余地がない”って言ってるんですよ」


「環境問題の話は、SDGsの授業の時にまたやるね」

「世界中の数千人の科学者の意見を集めた報告書に、“疑う余地がない”って、結論を出したんですよ!」

「大人が悪いとか、誰が悪いとか、言わない方が…」

「じゃぁ、子どもが悪いんですか?」

「極端だなぁ…」

 

唯士は、まだ心愛を見つめ続けている。

 

【現在、小学校5、6年生の「総合的な学習の時間」(課題解決能力を主体的に育む時間)に、SDGs教育を取り入れる学校が増えている。またSDGs(エスディージーズ)とは、国連サミットで採択された「持続可能な開発目標」のこと】 

総合的な学習の時間

淡い恋に目覚めた唯士は、鼻歌混じりに帰宅すると、恵子に地球温暖化について知ってるかと訊き、自分でも調べ始める。 

恵子

恵子に選んでもらった「こども環境総合局」というサイトを開き、温室効果ガスについて学んだ表面的知識で、教室で環境問題の本を読んでいる心愛に話しかけていく。

 

「三宅さん、あの…牛から出るメタンガスっていうのが、なんか問題らしいよね」


「そうだよ。牛肉1キロのために出る温室効果ガスは23キロ。お店に並ぶまでに、さらに3キロも出してるから。私は野菜と魚しか食べない」

「そうだよね、まあ、うん。お魚もおいしいよね」

「何言ってんの?」

 

唯士は、心愛が図書館で借りて本を読んでいるのを知り、早速、市立図書館へ行って心愛を探し、偶然を装って隣の席で本を読むが、相手にされない。 


家では恵子にゴミの分別の間違いを指摘し、借りてきた「こども環境学」の本を読んだりテレビを観たりして、懸命に知識を得ようと努力する唯士を、恵子は息子の成長として肯定的に受け止めている。

 

一方、心愛はベッドで、グレタ・トゥーンベリと思しきスウェーデンの環境活動家の英語のスピーチの動画を観ている。(後述) 



心愛が唯士の机に、読みやすいと言って数冊の本を置いた。 


早速、家で恵子と一緒に読んで、すぐに心愛に返却して、「おもしろかった」と知ったかぶりをし、心愛は本当に読んだのかと訝(いぶか)る。 


「いいよね。カーボンニュートラル…温室効果ガス、ゼロにしたいよね」 


二人が話していると、突然、橋本陽斗(はると)が机の上の本を払って落とした。

 

そのまま他のゲームをしている子たちの邪魔をして抗議される陽斗に、唯士は「拾えよ!」と強い口調で呼びかけるが、陽斗は「やだね」と言って反応する。 

左から心愛、陽斗、唯士

唯士は思わず、「拾えよ!」と本を思い切り隼人にぶつけた。

 

怒った陽斗が逃げる唯士を追い駆けて騒然となるが、二人は浅井に引き離された。

 

噴水公園で同じ生き物係のメイと話していると、陽斗が走って来て、「唯士!唯士!唯士!」と、背後から唯士に纏(まと)わりつき、心愛と“何かやってるのか”と聞いてくる。 

メイ(右)

「“何か”って?」

「なんかさ…滅茶苦茶になってるんだろ?大人のせいでさ」

「うん、まあね」

「じゃあ、“何か”やれよ」

「“何か”って?」

「いや、わかんねぇけど…お前は?わかんねぇの?」

「えっと…まず、誰もいない部屋の電気を消して、無駄な電力を使わないようにしたりさ…」 


唯士はキックボードに、陽斗はスケートボードにそれぞれ乗りながら、話の続きをする。

 

「もう一回言って」

「“カーボンニュートラル”っていうのは、二酸化炭素の排出量をゼロにするってこと」


「そんなの無理だろ。息吐いたらさ、二酸化炭素出るじゃん」

「そういうのは植物が吸ってくれるから…」

 

二人は図書館へ行き、陽斗は窓を叩いて、本を読んでいる心愛を呼び出す。

 

「何?」

「これから、どうすんの?なんか、二酸化炭素でやべぇんだろ?」

 

唯士は心愛が、無駄な電力を使わないことを言っていたと説明するが、陽斗は、そんな細かいことやって意味あるのかと問い、唯士は意味があると言う。

 

心愛は嬉しそうな表情で、「もっと強く言わないと、誰も変わらないっていうか…」と、陽斗の言うことに同調する。

 

「なんか全然、意味わかんないんだけど、何?結局、三宅(心愛)はどうしたいの?全部、大人が悪いんだろ?」

「うん、そうだよ。でも、全然しっかり考えてくれてない…」

「いや、でもほら、いいんじゃない?少しずつでもさ」と唯士。

「何だよ、そんな感じ?お前ら、何かやるつもりなのかと思って来たのに…」 


「何かって?」と心愛が陽斗に訊くと、「分かんねぇけど…あっ」と、何か閃いた様子だったが、「うん、ないわ!」と言って、去って行く。

 

心愛は、唯士に本の見張りを頼んで、「何々?教えて!」と走って陽斗を追い駆けて行った。

 

明らかに陽斗を気に入っている心愛が楽しそうに話しているのを図書館から見ていた唯士は、堪らず二人の元へ走っていくと、ちょうど陽斗は帰ったところで、心愛に二人が何を話していたかを訊ねた。

 

「陽斗の言う通りかもしれないの。大人の意識を変えるには、何か行動を起こさなきゃいけないんだよ」


「そうそうそう!俺が言ったの、あいつに…ホントだよ!」

「じゃあ、話し合う?3人で」

「ああ3人?うんうん、いいね」

 

こうして、3人による温室効果ガス排出に無頓着な大人たちを啓発する活動が始まっていく。

 

 

 

2  「お前がやったんだろ?」「えっ、何が?」「牛、逃がしたの、お前やったでしょ。絶対、お前やってんでしょ」「やってない」「いや、やってる、やってる」

 

 

 

 

唯士は、「環境に悪いから」と、家で肉を食べないと言い出し、恵子は夫に相談する。

 

「何でも、褒めちゃうからじゃない?」

「じゃぁさ、自信とか好奇心とかない大人になってもいいってこと?親から否定され続けて育った子どもっていうのはね、自己肯定感とか…」


「もういい、もういい。何回も聞いてるから」

「はい、否定した」

「じゃあ、肉食わないのも肯定すれば?」

「育ち盛りなのに?」

「はい、否定した~」

 

まもなく陽斗が“アジト”を見つけ、2人は介護の痕跡を残したままの、誰も住んでいない一軒家に連れて行かれた。 


土足で上がり込んだ3人は、陽斗の提案で、チラシから字を切り取って、“車を使うな”と書いた貼り紙を何枚も作り始める。 


学校から帰ると、すぐに3人は「秘密基地」に集まって作業を続け、いよいよ実行に移す時がきた。

 

スーパーの駐車場にやって来た3人は変装して、次々に“車に乗るな”と書いた貼り紙をするが、車の持ち主が戻って来て気づかれると慌てて逃げていく。 


洋品店に服のCO2排出量を示し、“着ない、買うな”と書かれた貼り紙をマネキンの首にぶら下げたり、電気屋に“電気を消せ”、酒店に“酒はいらない”など、貼り紙を貼っては逃げるという“活動”を次々に繰り返していった。 



ガソリンスタンドの看板に大きな段ボールを被(かぶ)せたことで、店員に追い駆けられる3人は全力疾走で逃げ切り、美しく輝く緑の木々の下を狂喜乱舞で走り抜けるのだ。 


その挙句、SDGsの授業の動画を心愛は気を抜くことなく見ているにも拘らず、唯士は、欠伸(あくび)をして集中できず、陽斗は熟睡する体たらく。 


心愛の抜きん出た意識の高さとは無縁に、男児の場合、普通の子どもの普通の風景だった。

 

ある日、自分たち以外の何者かが書いた“プラスチックを捨てるな”、“バスをツカエ”の貼り紙を見つけ、陽斗と心愛はライバル心を燃やす。 


心愛と申し合わせて陽斗が持ってきたロケット花火を使うことに、唯士は、「二酸化炭素が出ちゃう」と懸念するが、「他の人と同じことやってるだけでいいの?」と心愛に突っぱねられ、陽斗にも「やんの、やんないの」と迫られ、「やります、やります、やります」と答え、押し切られてしまう。 


遂に、3人は肉屋に向けてロケット花火を撃ち込み、心愛は“肉を食ベルナ”と書いた飛行機を飛ばすという、危険な行為へとエスカレートさせていく。 


騒ぎ立てる女性客らを見て哄笑(こうしょう)し、一目散に逃げる3人。 


一線を越えた瞬間である。

 

「みんな、すごい顔してたね…あ、唯士、家ではちゃんとしててよ」と心愛。

 

「お前、大丈夫か?」と陽斗が唯士の顔を掴み、唯士は「大丈夫だよ」と答える。

 

学校では、浅井が最近、貼り紙を使ったイタズラがあちこちで起きていると、黒板にビラや写真を掲示していく。

 

「何日か前には、お肉屋さんにロケット花火を撃ったりしてるみたい」 


クラスの皆は「えー」とざわめき、浅井は目撃情報があったら知らせるよう求めると、唯士と陽斗は目を合わせた。 


 “秘密基地”に3人が集まり、心愛は「自分たちのやっていることが広まって、すごいと思わない?」と興奮気味に話すが、陽斗と唯士は浮かない表情。

 

ここにきて不安感に襲われる男児と、確信犯の女児との懸隔(けんかく)が鮮明になってきた。

 

「しばらく大人しくしていた方がいいんじゃない」という唯士に、「本気?…今やめたら、笑われるよ?そうだよね」と心愛。

 

「ああ…まあ」と気のない返事の陽斗。

 

「唯士、やる気あんの?…本気で環境問題のことについて考えてる?」


「考えてるよ」

「じゃあ、今、自分に何ができるの?何ができるか、考えてる?」

 

唯士を責め立てる心愛に、「何でお前に、そんなこと言われなきゃなんねぇんだよ!」と、陽斗が思い切りテーブルを蹴り、怒りをぶつける。

 

心愛は黙り、外へ出て行ってしまった。

 

「何だよ、あいつ。自分勝手すぎねぇ?」と同意を求められた唯士は心配して、心愛を追い駆けた。

 

庭にいる心愛に、唐突に蛾の話をする唯士。

 

「蛾って可哀そうだよね…チョウチョはみんから好かれているのにさ、蛾は色が違うだけでさ、皆から嫌われてるからさ。それにさ、名前もあるよね。蛾ってさ、ひどくない?蛾がチョウチョって名前だったらさ、蛾の人生も違ってたんじゃないかなって」

 

最初は唯士を見下したような心愛だったが、最後は柔和な表情に変わっていた。 


そこに陽斗も出て来て、「じゃ、何やんの?」と態度を変え、心愛に歩み寄って来る。

 

心愛に何をやるかを考えていると思われた唯士は、聞かれて戸惑う。 


ところが、次に映し出された映像は、3人が牧場から牛を逃がすという度を越す行動だった。 


この時点では、この行為の発案者が誰であるか不明である。

 

工具を用意した3人は、固いのネジを何とか開けたところで歓喜するが、柵を倒し、牛が出て来ないので、陽斗はさっさと帰宅し、心愛もまた、柵に貼り紙をして笑みを浮かべながら自転車で帰って行った。

 

残された唯士は複雑な表情を浮かべてバスに乗ると、バス停で待っていた母・恵子と家に帰るが、元気がない。 


自ら犯した行為が気になってならないようだった。

 

翌日、学校給食を食べていると、クラスの皆が校庭にいる牛がいると、バルコニーに見に行った。

 

生徒たちは皆大喜びしているが、浅井は驚き、深刻な顔をしている。 


後ろの方で、唯士と陽斗が不安そうに顔を見合わせるが、心愛は他の生徒たちと一緒に楽しそうに牛を見て、笑顔で振り返る。 


夕方、テレビでは、片倉牧場から逃げ出した4頭の牛のニュースを伝えている。

 

「ねぇ、これ、唯士の学校じゃない?」と恵子。 


「…昨夜、何者かによって柵が破壊され、牛が脱走したと思われます…よけようとした乗用車が住宅の外壁に衝突。運転していた50代の男性が重傷を負ったということです…付近では、環境問題の運動と思われるビラが貼られるなどの被害が相次いでいたということです」

 

不安を抱く唯士は画面を見つめる。 


これまで唯士たちの活動で被害に遭った店や客たちが次々に映し出され、牧場関係者もインタビューに答えていた。

 

「環境問題に配慮してやってるんだよなぁ」

「牛の糞尿からメタンガスが発生するんで、それを抑えるために、アマニ油脂肪酸カルシウムっていうものを与えながら、牛からガスが出ないようなことも考えながらやってるんですけど…」

 

【アマニ油脂肪酸カルシウムとは、地球温暖化ガスの一つであるメタンの発生を抑制させるために、肥育牛の配合飼料に投与している】 


アマニ油脂肪酸カルシウムによる肥育牛からのメタン発生抑制


テレビを観て、「アハハ、牛が…」と言って笑う恵子。

 

続いて、学校の体育館に集められた生徒たちの笑い声。

 

「笑い事じゃありません!」と校長が一喝すると、一斉に静まり返る。 


「みんなは、道路に牛がいて楽しい気持ちになったかもしれないけど、事故が起きてるんです。牛を元の場所に戻すことが、どれぐらい大変なことか分かりますか?もし牛が、みんなよりももっと小さい子供を踏みつけてたら、どうなると思いますか?…死んでました」

 

笑い事じゃないと訴えた校長は、生徒たちに対し、この件で知っていることがあれば担任への情報提供を呼び掛けた。


不安に怯える唯士と陽斗。 


教室に戻る階段で、唯士は男子生徒に牛の事件で疑われることになる。

 

「お前がやったんだろ?」

「えっ、何が?」

「牛、逃がしたの、お前やったでしょ。絶対、お前やってんでしょ」


「やってない」

「いや、やってる、やってる」

 

更に、颯真にワラジムシを取りに行くと唯士が声をかけるが、「大丈夫」と断られてしまう。 


下校する心愛が、3人の女子生徒に呼び止められ、自分たちと同じ消しゴムを学校では使わないで欲しいと意地悪を言われるが、心愛は薄ら笑いを浮かべる。 


「なに笑ってんの?」

「あなたたちと同じ消しゴムを…私は使わない」 


心愛は毅然と言い放って帰っていき、置き去りにされる3人。

 

何事においても強い女子である。

 

颯真は絶対に唯士がやったと母親に話すが、それで唯士が捕まったら恨まれる、そういうの怖くないかと問われ、何も言えなくなってしまった。

 

休み時間中に机に突っ伏している陽斗に耳打ちする唯士。

 

「いつも通りしないの?人のジャマとかしないの?やったほうが…」

 

突然、陽斗が立ち上がり、唯士を掴み、「おい!これでいいんだろ!」と壁に追い詰める。 


その手を振りほどいて逃げた唯士のところへ、メイがやって来て隣に座る。

 

「今日も心愛たちと遊ぶ?」

メイ

「んー、今日はちょっとわからない」

 

メイは唯士をお菓子屋に誘い、心愛が来たところで「どーぞー!」と言って去って行った。

 

「陽斗って、ほんとダメだよね。昨日、テレビでまたあの事件のことやってたよ。すごいよね。私たちのやったことが、もっと広がったら、大人も変わると思わない?だからさ、もっとちゃんとやった方がいいと思うんだよね。文章にして、どっか送るとか」


「うん、まあ…ちょっと声が大きいよ」

「今日、いつもの家(空き家=秘密基地)、行こうよ。次、何やるかも考えたいし…私たちが始めたことだから、休んでちゃダメだよ。じゃあ、また後でね、陽斗にも言っとく」

 

結局、唯士はメイと駄菓子屋へ行き、店の前の椅子に座ってお菓子を食べていた。 


そこに、心愛が自転車に乗って目の前を通り、唯士をチラッと見て睨む。

 

唯士は気まずい表情で心愛が通り過ぎるのを見送るが、メイに話しかけられて、また菓子を一緒に食べる。

 

朝、教室に入ろうとすると、心愛が浅井に話しかけられているのが目に入った。

 

一時間目は自習となり、逃げ出した牛の一件で、心愛と唯士は会議室に連れられて行くことになった。 


陽斗が母親に告白したことによって学校に伝わったのである。

 

 

 

3  「ぼくは…地球温暖化とか、そういうのじゃないんです…んーえっと…三宅さんが好きで…三宅さんに好かれたくて…ごめんなさい…」

 

 

 

会議室を開かれると、陽斗の2人の弟を連れた父母が既に待機しており、陽斗は母親の房子にもたれ抱きかかえられていた。

 

椅子に座らされた心愛は平静だが、唯士は落ち着きがない。

 

浅井と校長も席で待機している中、恵子が会議室に入って来て、唯士の隣に座る。 


更に遅れて心愛の母・冬が来て席に着き、全員が揃ったところで、校長が話し始めた。

 

「…保護者の皆様に来ていただいたのは、お子さんたちが牧場の柵を壊して牛を逃がしてしまった件を一緒に確認させてもらいたいからです」 


浅井が、「では、順を追って事実を確認したいと思います。いいですか?」と本題に入っていくところで、心愛だけが「はい」ときっぱり返事をする。 


「改めて、3人がやったっていうことで、いいですか?」

「はい」と心愛。

「2人はどうですか?それでいいですか?」

 

恵子に促された唯士は小さく肯き、房子に抱えられたままの陽斗もまた、肯く。

 

「最初に言い出したのは誰なのかな?」

 

ここで房子が、「陽斗は言われてやったんだよね?正直に言って、ねえ、言って」と答えを迫ると、陽斗は泣き出す。

 

浅井が、改めて陽斗に誰に言われたかを問うと、唯士を指差す。 


「本当なの、唯士?」と恵子に訊かれた唯士は、気まずそうに肯く。 


「なんで?」と困惑する恵子。

 

「誰が最初に言ったのかって、関係ありますか?3人でやるって決めてやったんです」と心愛。 


「いや…陽斗は言われてやったって…断れなかったんだよね?…先生、陽斗は自分の言いたいことが言えないところがありまして…」 


房子は陽斗の背中を撫でながら庇うのみ。

 

「はぁ?陽斗が断れないとかあり得ません。先生、そうですよね?」

 

心愛の反論に、浅井は「ああ…まあ、陽斗さんはどちらかというと、普段は元気がいいって言うか…」と当たり障りない応答でお茶を濁す。 


「確かに、牛を逃がそうって言い出したのは唯士ですけど、陽斗も“やろう、やろう”ってノリノリでした。このあいだも唯士のこと、殴りかかってたし…」と心愛。 


房子が「陽斗、そうなの?陽斗!陽斗!」と、と問い詰めると、陽斗はただ泣き続けるのみ。 


「大人の前だからって、そんなのズルいよ。一番最初に何かやろうって言い出したの、陽斗じゃん!一番最初は陽斗が、環境問題のために何かやったほうがいいって言ってくれたんです。それで車に貼紙したり、排気ガスが出ないように布を詰めたり、お肉屋さんにロケット花火を撃ち込んだり…陽斗の考えでやったことのほうが多いよね?唯士」 


目が泳ぐ唯士に恵子が「そうなの?」と訊くと、頷く唯士。

 

「ねえ、陽斗、本当なの?お母さんに話してみて?ん?いろいろ言われてるけど、違うなら違うって言わないと」 


房子が長男に反論させようとするが、号泣するばかりの陽斗。

 

「すぐ人のこと叩くし、普通に遊んでいる人の邪魔ばっかりするくせに。そういうのも、お母さんにちゃんと言ったら?」と心愛。 


「ねえ、陽斗、違うよね?ねぇ、お兄ちゃん!」と房子が声を荒げると、恵子が「うちの子もやったと認めてますし、だからね。陽斗君も一緒になってやったんだよね?正直に言おう。やらされたわけじゃないんだよね?」と諭すように口を挟むが、房子は激昂して反論する。 


「うちの子が正直に言ったんです!2人は黙ってましたけど…いつも弟の面倒見てくれてるんだもんね、ね?お兄ちゃん、そうだよね?」


「ちょっと、もう本題に入りませんか?」
 


それまで静観していた冬が口を開き、まずは心愛に確認する。

 

「3人でやったんでしょ?…それでいいじゃないですか」


「じゃぁ、なんでこんなことしたのか、理由をきかせてください」と浅井。
 


唯士は下を向いてしまうと、恵子が助け舟を出す。

 

「環境問題と関係があるの?牛が環境に悪いんだよね?」

 

それを受けて、心愛が答えていく。

 

「そうです。畜産関係で排出される温室効果ガスは、世界の温室効果ガスの14%を占めてるんです。それが牛が出すメタンガスのメタンガスは温室効果CO2の25倍なんです」


「環境問題について、ご家庭でよくお話しされるんですか?」

「えっ、うちですか?あー全然…先生、もう先に進めません?」と冬。 


ここから冬は、心愛に対して厳しく詰め寄っていく。

 

「心愛が言い始めたんでしょ?大人が環境を破壊してるとか。毎日、そういうのばっか見てますから…ママさ、そういうの止めなって言ってない?いつもね」 


ここで校長が「もう少し理由を聞いてみませんか?」と制止し、冬も「そうですね」と同意する。

 

「あれですかね。3人は何か、いいことをやろうとして、間違えたんじゃないですかね」と恵子。

「陽斗は、イタズラしたかっただけ…」と心愛。.

「人のことはいいから!」と冬。

 

泣き出す陽斗に、「ごめんね」と冬が謝る。

 

「環境に悪いとかさ、子どもが何言っても聞くわけないでしょ、大人が。そんなの昔から言われてるんだから。もう、みんな知ってるの。ねっ、あなたが言わなくても、分かってんのみんな。自分だけ知ってるみたいな顔して、偉そうに言ってんじゃないよ」

 

「話を進めましょうか。時間もありますから」と校長が制止すると、「そうですよね」と応じる冬だが、そのまま小声で心愛を問い詰め続ける。

 

「娘が牛逃がしましたって?“ふざけんじゃねぇよ”ってなるよね?なんない?」 


再び浅井と校長に制止され、「はい」と返事したものの、「ごめんなさい、ちょっといいですか」と言うや、心愛への難詰(なんきつ)が止まらない。

 

「ねえ!自分がしたこと、分かってんの?ねぇ、分かってんのかって聞いてんだけど。返事は?返事は?ねぇ、分かってんの?分かってないの、どっち?」

「お母さん」と校長。

「はい、大丈夫です…あのさ、自分が巻き込んだんじゃないのかって、聞いてんの。違う?あんな頭腐るような動画、見るなって言ってるよね?」

 

冬を睨む心愛。 


「何?その目。謝んな、立って謝んな、謝んな!」

 

冬は強引に心愛の腕を掴んで、立って謝らせようとする。

 

「お母さん、進めましょうか」と校長。

「昔は、可愛かったんですよ…もう、無茶苦茶、可愛かったんだけどなあ!」 


冬は、自分に懐いていた頃のエピソードを語り、現在の心愛の在りようを否認するかのように追い詰めるのだ。

 

How dare you(ハウデアユー)!」 


そう言うや、涙を零しながら、早口で英語のスピーチを始める心愛。

 

制止する冬を無視して、心愛は泣きながら日本語で訴えると、皆いつしか、真剣に耳を傾けていく。 


泣きじゃくっていた陽斗も、心愛に視線を向けるのだ。 


【「How dare youハウデアユー)!」/2019年9月、グレタ・トゥーンベリがニューヨークで開かれた国連気候行動サミットに参加し、強い怒りを表現したスピーチをしたが、その時、繰り返されたのが「How dare you」、即ち「よくもそんなことが平気で言えるね!」という表現に結ばれた。心愛は、この著名なスピーチの動画を繰り返し再生し、覚え込んだと思われる】 

グレタ・トゥーンベリ


「あなたたち大人は、すぐに子どもは黙ってろと言います。でも、私たち子どもが生きる場所を汚したのはあなたたち大人じゃないですか!あなたたちは、私たちやこれから生まれてくる子どもたちのために、最大限の努力をすると、約束してください。そして、それを示してください。そして、それを示してください。示してください。示してください。そして、それを示してください。示してください…」 


ここで突然、唯士が叫んだ。

 

しかし、そのあとの言葉がなかなか出てこないで、溜息をついたり、頭を捻(ひね)ったりする唯士だったが、苦渋の表情でなんとか言葉を絞り出した。

 

「ごめんなさい!…ぼくは…地球温暖化とか、そういうのじゃないんです…んーえっと…三宅さんが好きで…三宅さんに好かれたくて…ごめんなさい…温室効果ガスで、なんか大変なことになってるのに…ごめんなさい」 

「ごめんなさい!」

「…」

「ぼくは…」

「うーん…」

「地球温暖化とか、そういうのじゃないんです」

「三宅さんが好きで…三宅さんに好かれたくて…」


そこまで言って泣き出す唯士に、恵子がハンカチを差し出すと、唯士は手で跳ね返した。 


「えーいいよねぇ。好きな女の子のためにさ、男の子が頑張ることって、すごっく、いいことだと思うよ。ちょっと感動しちゃった。ねぇ、先生」と冬。

「あ…男の子だけじゃなくて、女の子もですけど」と浅井。

「事故が起きてるんですから、いいわけないでしょ。真面目に考えてください」と校長。

「でも、男の子って、そういうもんですよ。ねえ?」と冬。

「もう、黙って」と恵子。 


会議から出た一行は、警察へと向かう。 


牛を戻すのにかかった費用や、事故の費用、事故に遭った人が入院したのかなど、浅川は質問されるが、何一つ答えられない。

 

陽斗がまた泣き出して座り込む。 


一方、恵子は唯士を励ます。

 

「絶対に大丈夫だからね。心配しなくていいよ。普通に学校にも通えるし、今まで通り、やっていけばいいから…」

 

恵子は浅井にお見舞いをどうするかと聞きに行き、唯士は皆が歩いて行くのを立ち止まって見ている。

 

振り返って、プランターのところにいたダンゴムシを手に取り、眺めていると、心愛が話しかけてきた。 


「いつも取りに行ってるやつ?」


「それはワラジムシ」

「…虫、好きなの?」

「生き物は大体ね。魚とかさ…色んな種類があってさ。面白いよ」

「そうなんだ」

「今度さ、本貸してあげよっか?」

「うん」

 

戻って来た恵子に呼ばれた唯士は、また俯(うつむ)き加減にトボトボ歩き始め、ついて来ない心愛を振り返る。

 

立ち上がった心愛は、唯士を見つめ、How dare you!」と口パクして、にっこり笑う。 


「ん?」と首をかしげる唯士は後ろを見回し、前を向くと、背後から「ハウデアユー!」という声が聞こえてくる。

 

「ん?」と唯士の怪訝そうな顔。 


ラストカットである。

 

 

 

4  そこだけは逃げてはならない負のスポットで言葉を絞り出す

 

 

 

出演する子供たち全員の活き活きとした演技の自然さ ―― そのリアリティに言葉を失う。 


流れゆく映画のリアリズムがここにある。

 

特に主演の唯士と心愛のキャラクターが際立っていて、体全体から溢れる表現力は大人の俳優のそれを、しばしば足場にしてしまう。 


場面ごとの表情や仕草、会話の掛け合いのタイミングなどの的確さが、作品全体のクオリティを支えている。

 

子供たちの資質の高さを引き出した呉美保監督の演出力の高さ。 

呉美保監督

作品総体の構築力の卓越さ。

 

これが如何なく発揮されているのだ。

 

一貫して子供たちの視線で展開する「ふつうの子ども」は、環境問題に熱意を持つ心愛に好意を抱く唯士が、最初は心愛と一緒の本を読み、日常生活の身近な行動を正す程度の取り組みだったのが、粗暴でイタズラ好きの陽斗が加わることで化学反応が起き、実力行使に走る「環境テロリスト」へとエスカレーションしていく物語の内的必然性をドキュメント風の巧みな筆致で再現されている。 


言わずもがな、「環境問題・ファースト」の心愛は確信犯だからブレーキが効かない。

 

且つ、経験値が決定的に足りない分を、動画から得た「気候正義」のイデオロギーで埋めていく。 


この「気候正義」のイデオロギーは、家庭空間にあっては「頭腐るような動画」としてあしらわれてしまうので、全く勝負にならない。

 

勝負にならないが、敗者にもならない。

 

母・冬を勝者にさせないのだ。

 

「昔は可愛かった」とまで言ってのけた冬の真情が、「今は可愛くない」という含みを明かしてしまうのだ。


 

無神経に娘を傷つける物言いに、心愛は母を睨んで毅然と反発した。 


そこに垣間見えるのは、心愛の「児童期反抗期」(中間反抗期=プレ思春期反抗期)の様態であるが、母に対する少女の炸裂が、母をターゲットにしたラストシークエンスでの物言いに結ばれる。

 

言いたいことを積み上げてきた一切を、胸を張って異議申し立てに及ぶのである。

 

「あなたたち大人は、すぐに子どもは黙ってろと言います。でも、私たち子どもが生きる場所を汚したのはあなたたち大人じゃないですか!」 


殆ど「思春期反抗期」の発現だったが、こんな言辞が会議室を支配し、占有してしまった。

 

驚かされたのは、この異議申し立てを含む、会議室で心愛が放った全ての表現には嘘がないのだ。

 

自分にあまりに正直で、嘘をつけない心愛のキャラは、VS大人との関係において全開するのである。

 

この物語を根柢から動かす児童が誰であるかが明瞭だった。

 

その問題意識の高さにおいて、2人の男児との決定的落差が読み取れる。

 

思うに、「すべて大人の責任」という現実を難詰(なんきつ)するには、小さな解放系の学校空間では、せいぜい“私の毎日”という作文によってしか表現できなかった。 


その頑(かたく)なな思いを実践するには、「随伴者」が必要だった。

 

物語の主人公の典型的な「ふつうの子ども」の唯士と、しばしば暴れ捲る陽斗である。

 

今度は、2人の男児について言及する。

 

既に自明のことだが、唯士は心愛への想いの延長上に心を合わせ、行為に及んでいったのであり、それ以外の何ものでもなかった。

 

牛を逃がすという事態の言い出しっぺにされたが、その場の空気に呑まれただけで行為の自覚も見えないのだ。

 

物分かりがいい母・恵子の優しさに包まれて、「ふつうの子ども」を活き活きと繋いでいて、特段に不満もなく、「児童期反抗期」とも無縁だった。 


そんな「ふつうの子ども」が、心が締め付けられるような負のスポットで、拙劣だが、しかし、そこだけは逃げてはならない負のスポットで、たどたどしく言葉を絞り出すのだ。

 

「…三宅さんが好きで…三宅さんに好かれたくて…ごめんなさい…温室効果ガスで、なんか大変なことになってるのに…ごめんなさい」

 

思わず、啜(すす)り泣きしてしまった。

 

終始うつむき、恵子に答えを聞かれて首肯するだけで、自分の思いを伝えられないでいた児童が心愛の懸命の訴えに心を動かし、自分の言葉で謝罪したのである。

 

思えば、10歳の子供の想像力では、一度走り出してしまったら、深刻な結果に対する見通しを持ち得ることなど無理だった。

 

事件後も活動を継続しようとする心愛に、唯士はついていけなくなるのは必至だったのである。

 

次に陽斗について言えば、無責任にフラストレーションを発散したいだけだった。

 

このことは、ラストシークエンスの陽斗の行動と、長男を庇う母・房子の態度のうちに暗示されている。

 

母親の房子にもたれ抱きかかえられて、牛を逃がそうと初めに言ったのが唯士であると指差し、それを認めてもなお、「陽斗は、イタズラしたかっただけ…」・「すぐ人のこと叩くし、普通に遊んでいる人の邪魔ばっかりするくせに。そういうのも、お母さんにちゃんと言ったら?」と心愛から非難されたことで、房子は激しく反論する。

 

「うちの子が正直に言ったんです!2人は黙ってましたけど…いつも弟の面倒見てくれてるんだもんね、ね?お兄ちゃん、そうだよね?」 


泣くだけの陽斗が、ここでも無言で通したのは、心愛の誹議に抗う何ものもないからである。

 

陽斗は、恐らく長男として甘やかされて育ち、弟が生まれたことによって母親の愛情を独占できなくなり、常に母親の気を引き、親の期待を裏切ることなく、「いい子」として振る舞い続けていたのだろう。

 

この状態を延長させていくほど、少年の自我の抑制機構に限界が生じる。

 

これは大きなストレスになる。

 

このストレスを解消するために学校で暴走を繰り返す。

 

この暴走の果てに心愛や唯士に近づき、エコテロリストとなって存分にストレスを発散をするのだ。 


母親も家の外での陽斗の行動に気が付くことができなかった。

 

いざ事件が起きると、母親が知る「いい子」として誤魔化し、母親の庇護に逃げ込むことしかできなった。

 

房子が陽斗の本当の姿を知り、理解を示せるかが今後の鍵となる。

 

そういうことではないか。

 

 

【映画の総括】  自立する児童の輝き ―― 不完全な「ふつうの子ども」への限りなく優しい眼差し

 

一時(いっとき)ワクワクしながら夢中になって取り組んだ「遊び」が破綻し、子供たちの物語が終焉してドラマの幕が閉じられるのなら、単なる「子供映画」で終わるが、この作品の凄さは、「遊び」の後の顛末を巡る母親たちを交えた会議室での遣り取りにある。

 

ここで、それぞれの家庭の母子の関係を垣間見ることになり、子供はあくまでも大人たちが作り出す環境の中で育まれる存在であり、子供たちの問題というより、寧ろ、観る者を含めて大人たちの責任を痛切に感じさせられてしまうという、思いも寄らぬエモーションを惹き起こす展開となっていく。

 

心愛たちに“秘密基地”を案内し、最も実行力を発揮していた陽斗は最後は泣き、一言も言葉を発することもできなかった。

 

イエス・ノーを示すことからも逃げ続けたのだ。

 

そんな陽斗を母・房子は庇い続け、他の2人に断れずに引き摺り込まれたと主張するのだった。

 

唯士の場合、最後は心愛の懸命の訴えに心を動かし、何とか自分の言葉で謝罪する。

 

恵子はどこまでも唯士を受容し、子供たちが善意で行動したと考えている。

 

心愛は、終始、会議で積極的に発言し、陽斗の欺瞞を指摘して反論する様子は痛快ですらあった。

 

しかし、そんな心愛に否定的な母・冬は、全て心愛に責任があると皆に謝るよう強要し、言うことを聞かない心愛を高圧的に叱責する。

 

更に「昔は可愛かった」、詰まるところ、「今は可愛くない」という含みで無神経に心愛を傷つける。

 

それに対し、心愛は冬を睨みつけ、謝罪を強いる母の指示に屈することなく抵抗を続けた。

 

そして遂に、環境問題に関する英語と日本語のスピーチによって、大人への批判と欺瞞を追求して反撃するのである。

 

勿論、支配的な冬への反発が心愛を環境問題にのめり込ませ、グレタ・トゥーンベリの大人への批判と、本気の行動を求めるスピーチを援用して冬を批判しているとは言え、心愛の行動は多分に家庭環境や母子関係に依拠するものであることが伺われる。

 

しかし、それだけで心愛が環境問題に真剣に取り組んでいたとは言えないだろう。

 

一旦知識を得てどんどん吸収していく心愛にとって、実際に大人の社会がSDGsの実践を推奨しているにも拘らず、冬への反発と重なって、担任も含め、いい加減で無自覚な大人一般への反発心は強く、これが行動をエスカレートしていく必然性を持ってしまったと言える。

 

環境問題は映画のテーマではないが、単なる親への反発心だけで暴走してしまったというオチではなく、大人社会の欺瞞を示す格好の題材として、そこは卒なく描くことによって、本気で訴える心愛のスピーチは心を打つものになった。

 

熱のこもった心愛のスピーチは、そこに居合わせた大人たちや陽斗、唯士の心に響いていく。

 

自ら事件に対する関与について発言できなかった唯士が初めて謝罪した。

 

正直に環境問題への関心からではなかったこと、それ自体をも謝罪したのだ。

 

それは、自分の考えを堂々と主張する心愛に惹かれた唯士だったが、ここまで追い詰められても、泣きながら孤軍奮闘する心愛の強さに触発され、何も発信できない自身の不甲斐なさを何とか克服した瞬間だった。

 

だからこそ、環境問題への理解で受容するだけの恵子の手を払って自己主張したのである。 


自立する児童の輝きがそこにあった。 


母親の圧力に負けない心愛の必死の訴えと、母親の受容を振り払った唯士の正面突破。

 

大人に完全支配されない児童期自我の領域を守り抜き、自分なりに状況を切り開こうとする必死の姿。

 

この大団円へ向かう3者3様の子供たちと、母親たちのキャラクター設定から紡がれる遣り取り。

 

非常に構築的だった。

 

特に冬の強烈な個性のスパイスが効いていて、ユーモラスで予測がつかない展開から、まさか緊張と胸を打つシーンに繋がるとは思いも寄らず、「ふつうの子ども」が、ただならぬ作品であることを実感することになった。

 

ラストは円環的で、唯士がダンゴムシを手にし、元の生き物好きな唯士に立ち返っていくだろうと示唆されているが、元の日常生活には簡単に戻れないかも知れない。

 

心愛は唯士の正直な気持ちを知って好感を持ち、唯士と交流する中で関心領域の変化があるかも知れない。

 

陽斗はやや深刻で、家庭でも学校でも適応が難しくなることも考えられる。

 

いずれにしても、映画は皆で警察へ向かうところで終わり、その後の顛末については描かず、特段に考えさせる風でもない。

 

ラストカットは心愛の「How dare you!」の口パクの意味が分からず戸惑う唯士のアップ。

 

唯士は、何ごとも不完全な中で適応し、成長していく「ふつうの子ども」である。

 

そんな不完全な「ふつうの子ども」への、限りなく優しい眼差しが感じられる作品だった。 

41組のクラスメイトたち

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(2025年12月)

 

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