
1 「私が暗殺された時に、これを公開してほしい。私のように目立つゲイの活動家は、臆病な人間にとって、格好のターゲットだという事はよく承知している」
「市政執行委員の長として発表します。マスコーニ市長とハーヴェイ・ミルク委員が殺害されました。容疑者はダン・ホワイト委員です」
ダイアン・ファインスタイン市長代行の発表でドキュメンタリー映画は、騒然たる雰囲気を漂わせていた。
「1978年11月27日。サンフランシスコ市長とミルク委員が市庁舎内で暗殺された。ミルクの在職はわずか11ヵ月だったが、すでに職を越えた存在だった。暗殺の1年前、彼は遺言を録音している」(ナレーション)
| ハーヴェイ・ミルク(左)とマスコーニ市長 |
「私が暗殺された時に、これを公開してほしい。私のように目立つゲイの活動家は、臆病な人間にとって、格好のターゲットだという事はよく承知している。いつか殺されるかもしれないから、考えを誰かに伝えておきたい。今まで自分の事を、ただの候補者であると思った事はない。運動の一部であると常に思ってきた。今までの活動は、ゲイ運動の見地から行ってきた」(ミルク)
サンフランシスコ 1970代。
「私も彼のカメラ店で初めて会いました。ここに移って来て、1年半ほど経った時、あの店は現像が上手いと聞いて行ってみたんです。彼は荒れていました。理由はわからなかったけど、誰かを怒鳴っていました。少し怖かったし、変な男だと思いました」(ミルクの補佐官 アン・クローネンバーグ)
「本当に知り合いになったのは75年…流産した時です。私はショックを受けてました。心身ともに参ってました。退院して間もなくの事で彼は噂を聞いたんでしょう。ノックの音がするので、フラフラしながらドアを開けると、彼がバラを抱えて立ってました。それから『“欲しい物はない?買い物行ってこようか』って”。名前は知ってても、それほど親しくはなかったんですよ」(政治顧問 トリー・ハートマン)
「いろいろな面を持った人で、特にユーモアが好きでした。深刻な時も気分を楽にしてくれました。一緒にいると違和感を抱かず、気持ちが救われました。私が女っぽくて喋り方が変わってても、下品な事を言っても『ゲイの評判を落とす』なんて言わず、温かかった」(教師 トム・アミアーノ)
「子供の頃は、後の経歴を物語る兆候はなかった。1930年5月22日、ユダヤ人の中流家庭に生まれ、ロングアイランドのウッドメアで育った。耳の大きな子は平凡な高校生になり、いたずら好きな普通の青年になった。友人たちには、そう見えた。大学卒業後、海軍入隊。ウォール街の証券アナリストになった。同性愛の事は黙っていたが、14歳の頃から自覚していた。60年代になると、彼は別の生き方を始めた。前衛劇団を世話し、ブロードウェイで芝居製作の仕事に就いた。70年代初頭、反戦デモに参加し、クレジットカードを焼き、サンフランシスコに移住。恋人スコットとカストロ通りにカメラ店を構える。静かな地区は“カストロ”として有名になった。ミルクは住民運動に専念し、カストロ通り(注)の市長だと自認していた。73年、ミルクはサンフランシスコ市政執行委員選に出馬した。多くの人々はお遊びだと思っていた」(ナレーション)
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| ロングアイランド/ニューヨーク市の目と鼻の先にある島(ウィキ) |
| 恋人スコット |
| 恋人スコット |
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| サンフランシスコ カストロ地区の見どころ 虹の道 レインボー溢れる街 |
「彼の事を知ったのは労働者協議会の時です。どの候補者を支持するか決めるために、他の組合の代表者たちろ話し合っていました。決まったのがハーヴェイです。話し合いの最中、誰かが“彼はゲイ”だと言いました。組合や仕事場に戻り、『ホモを支持する』と報告するなんて労働者も落ちたものだと思いました。でも、すぐに彼がゲイバーからクアーズ(注)を締め出したと知りました。全米中でボイコットを呼びかけていたけど、シスコの労働者街ではできなかったんです」(自動車工 ジム・エリオット)
【(注)アメリカのビールのブランドで知られるクアーズは、4代目社長(ピーター・クアーズ)の時、同性婚禁止のための憲法改正を支持したことに起因する。共和党から立候補したことでシカゴのゲイ・コミュニティを中心にボイコット運動が起こり、ハーヴェイ・ミルクがこの活動を担った結果、会社に数百万ドルの損失を与えた。それ以来、クアーズは、同性愛者のコミュニティとうまくやっていく努力を続けてきたと言われる】
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| クアーズのビール |
「彼については、よく聞いてましたが、初めて会った時、変わった人だと思いました。だって彼は人類の調和だとか、非現実的な事を喋り、それを実現すべきだと考えてました。シスコのみならず、全米です。私は『不可能だ』ってつぶやきました」(中国人雇用平等促進会理事長 ヘンリー・ダー)
「73年から76年にかけて選挙に出馬し、3回とも落選した。しかし、回ごとに票数を増やし、地区やゲイ・コミュニティの相談役となった。75年、ミルクは強い味方を得た。マスコーニ新市長である。彼は市の総合的発展という信念を掲げていた」(ナレーション)
「サンクエンティン刑務所(シスコの最古の刑務所)の看守だった父を訪ねた時、電気イスの使用目的を聞かされました。この国は最も効率的だと教えられてきたのに、暴力を行使する唯一の方法が人殺しであり、政府も認めてるなんて」(マスコーニ市長)
| マスコーニ市長 |
「ミルクを含む協力者と共に、彼(マスコーニ新市長)は住民の手による市の運営計画に着手した。市全体の規模ではなく、各地区で市政委員を選ぶ地区別選挙である」(ナレーション)
「政治制度の改革というクレイジーな案でした。(略)みすぼらしいカメラ店の裏部屋はお世辞にも奇麗とは言えなかった。そこに彼はいました。立派な身なりなどしてなくて、労働者のようでした。人の扱い方が上手く、感情的になっている人をなだめ、1つにまとめていました。感心しました。カストロ地区で新しい政治が始まった。ゲイライフを送るため、多くの男女が集まった。毎夏、ミルクはカストロ祭を後援した。それは住民の祭である。(略)77年、彼は4回目の出馬を決めた」(自動車工 ジム・エリオット)
「彼はカストロから委員を出せると確信した。77年。彼は4回目の出馬を決めた。今度は新しくできた第5地区からです」(ナレーション)
「候補者が多すぎて人々が混乱してしまいます。過去5年間、私は常にあらゆる問題に対して意見を述べてきました」(ミルク)
「出馬を決めた時、彼が電話してきて会いに行き、すぐに気が合いました。そして選挙運動を頼まれたんです。23歳です。選挙運動に無知なパンク・キッドですよ。でも機会を与えてくれました」(ミルクの補佐官 アン・クローネンバーグ)
「47歳の時、4度目の出馬でサンフランシスコ市政執行委員に当選した」(ナレーション)
「皆、歓喜そのものでした。単に当選したというだけでなく、今まで意見を言えなかったレズビアンやゲイが代弁者を得たのです。(略)彼は、あの勝利を4年間も待ったのです」(ミルクの補佐官 アン・クローネンバーグ)
「それまで関わった選挙運動と比べて、本当に変わってました。事務所にはとにかくいろいろな人々がいて、面白かったけど…(略)雑多な人々がボランティアに来ました。(略)彼はほとんど自分から動きました」(政治顧問 トリー・ハートマン)
「ミルクのためのお祭り騒ぎです。おめでとう。すごい騒ぎですね」
「町中、こうですよ」
「委員になった目的は?ゲイが市を乗っ取ると人々は心配してます」
「私の使命は、市のあらゆる問題を解決する事です。全市民のために働く事です」(インタビュー)
「カストロのカメラ店の男が注目の的だと聞き、『カメラ屋のオヤジに政治がわかるのかしら』って、全く期待してませんでした。でも会ってみると、とても雄弁な人で、深く感動し、良い取材ができました。(略)委員会に、これほど新顔が揃ったのはかなり久しぶりです。これは初めて地区別に委員を選出したためでしょう。同性愛者ミルク、初の女性擁護者シルバー、初の中国系米国人ラウ、初の黒人女性ハッチ、選挙のため、消防署を退職したホワイト、宣誓式の後、委員長にファインスタインを選出。6対5でラウは負けました。そこで提案されたのは、満場一致で彼女を選出する事でしたが、ミルクとシルバーはラウに固執。拍手が湧きました」(TVレポーター ジーニン・ヨーマーズの吐露とレポート)
「彼がダイアンを推(お)さなかったのは、『このゲイの委員は余計な事をしている。政治的自殺行為』だと思いましたから。でも彼は信念を曲げませんでした。ハーヴェイ・ミルクは改革を断言したんです。他の保守多数派委員とは違いました」(中国人雇用平等促進会理事長 ヘンリー・ダー)
【ダイアンとは、ダイアン・ファンスタインの事で、後にサンフランシスコ市長を経て民主党上院議員に選出された】
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| ダイアン・ファインスタイン(ウィキ) |
「ゲイの当選騒ぎの中で、別のタイプであるダン・ホワイトは見落とされていた」(ナレーション)
「ミルクの地区とソフトボールの試合をします。彼らが優勝チームです。古い価値観がこの社会を作ったのです。困ってる人を助ける世の中にしなくては」(ダン・ホワイト委員)
「ホワイトとミルクは新制度の象徴になった。片や土地っ子の消防士。片やよそ者のゲイ。ミルクの勝利は支持者を満足させ、市庁舎に吹き込む新風を意味した」(ナレーション)
米国で一気に知られるようになったミルクは、カーター大統領と握手までするが、妹のルス・カーターは宣教シスター(女性修道士)でゲイを認めず、ユダヤ人のミルクに「クリスチャンになれば同性愛が消える」と言われた際に、「あなたが私の手を握って下さるなんて!何を触っていたかご存じないのに」と言い放ち、ルスを唖然とさせたエピソードが、政治顧問のトリー・ハートマンによって明かされるのである。
| カーター大統領(右) |
まさに怖いものなしのゲイの王道を征く男の、面目躍如たる活動に脱帽する。
2 「社会通念を打ち壊さなければならない。声を上げなければ。そして最も大切なのはカムアウトする事だ」
「信じられない。…特権階級、白人や権力者、ノン・ゲイ。大金持ちも、私を無視できない。すごい立場ですよ。…シスコ中で黒人や黄色人種が対立し、ゲイは憎まれてます。長い間、この問題と斗(たたか)ってきました。でも当選のおかげで調和がとれつつあるけれど、完全ではありません。市全体のレベルで少数派や少数民族、ゲイやフェミニストたちが結束しなければ。それから一般組合員の結束です。強固な連帯を作れば、市政に影響を与える事ができます」(ミルク)
「彼の事が好きで偉大な男だと思いました。彼は立場をはっきりさせていました。住民の立場で、公園・学校問題・警察の権力行使やすべての問題に対処していました。少数者としてのゲイのために、そして他の少数派、障害者・老人のために斗ったのです」(自動車工 ジム・エリオット)
「ミルク委員がここで新条例を発表しました。フンを処分しないと罰金です」(ニュース)。
「ニューヨークと同じです。ここでも条例です。パイ皿や新聞、シャベルを使って工夫しましょう」(ミルク)
「彼は市が条例を施行する事を強調し、『無駄な論争をやめよう』と述べました」(ニュース)。
「彼が最も心を砕いたのは、市のゲイ条例だった」(ナレーション)
「シスコにおける条例の最大の目的は、自分はゲイだと公表した人々が職を奪われるのを防ぐ事です。例えば、ゲイ・デイ・パレードには医者30人が参加します。これは氷山の一角で、多くのゲイの医者はクビを恐れて隠れています。ここでは安心してゲイだと公言できる。それが焦点です」(ミルク)
「ホワイト委員は、これでは人々の反発を招くと言っています」(ニュース)。
「服装倒錯者がいるとします。“服装倒錯者”とは女装するのが大好きな男の事ですが、教師の資格さえあれば学校側は拒否できません」(ダン・ホワイト委員)
「10人の委員がゲイ権利条例に賛成し、ホワイトだけが反対した。市長は法の施行に喜んで署名した」(ナレーション)
「嫌がらせの手紙が届き、心の準備ができていなかったので動揺しました。ひどい事を言われて不愉快だったし、うんざりしまったね。ゲイ・デイ・パレードで車を運転した時、私は彼の暗殺を恐れました。彼は『考えないようにしてる』って答えたけれども…」(ミルクの補佐官 アン・クローネンバーグ)
「パレードでの主張は、もう隠れる事はないという事です。全米中から40万人のゲイとその友人たちが集まり、我々の市で行進している。彼らはアイオワやミネソタに帰って言うだろう。『すごかった。息子を見たような気がした』と」(ナレーション)
「“ホワイト委員 ゲイの日に反対”」(新聞記事)
「何が醜悪でした?」
「裸の男女が歩き回っていました。個人的には気になりませんが、多くの人々は裸を好ましく思わないでしょう。異性愛者でも許されません。ゲイもこれには反論できません。市はすべてのパレードに裸を許可してない」(ホワイト委員のインタビュー)
「彼らは自らの罪を公表する事で市民権を得たがっています。しかし彼らは下品で不自然です。あなた方の子供たちは同性愛者に狙われています」(ベイタマ牧師)
「77年から78年 ゲイ権利法は全米で撤回された。カリフォルニアではブリッグス議員が提案6号を州民投票にかけた。それは同性愛教師を締め出す内容だった。(略)違法である売春婦を教師にさせないのに同性愛者は許されているのです。提案6号が同性愛問題を家庭に持ち込んだため、ミルクは全州の注目を集めた」(ナレーション)
「子供たちを守る法律はすでにあります。学校の管理人・州知事・学校の編集者。皆、その法律を知っています。私は異性愛者に囲まれて育ちました。テレビでも新聞でも異性愛の洪水です。同性愛をさげすむ社会です。それなのになぜ私は、異性愛者ではなく同性愛者になったのか。もし、教師が手本になるなら、街には尼さんがあふれているはずだ」(ミルク)
「彼にはブリッグス提案反対斗争のために、ある程度の資金が必要とする事を知っていました。彼とは斗争基金の共同議長になったのがつきあいの始まりで、問題が激化するにつれて、予想以上に理解し合えるようになりました」(言語理論教授 サリー・ギアハート)
以来、サリー・ギアハートとミルクのコンビはブリッグス議員と激しい議論を展開する。
サリー・ギアハートによれば、この対立は、「価値観の衝突というより、2つの恐怖」ということ。
「ゲイは道徳的多数に潰される恐怖を感じました。(略)でも視点を変えると、原理主義者も同じだったのです。そこに突然、“変質者”(ミルクのこと)が現れ、別の生き方が素晴らしいと言うのは恐怖です。原理主義にねざして作られたこの国の仕組みが、ゲイから攻撃されていたのです」(言語理論教授 サリー・ギアハート)
「人々は決定を迫られています。コソコソ生きるか、同性愛を公言して斗うか。歴史を見れば、私たちがいつか勝つ事がわかります」(ミルク)
「投票4ヵ月前の調査では、大多数の州民が提案6号に賛成。ゲイ教師に反対するだろうと予想が出た。(略)提案反対の“草の根運動は”効果を上げた。投票1ヵ月前の世論調査では接戦と出た。人々は提案が人権侵害になると考え始めた。意外にも提案反対にはレーガン前知事、ホワイト委員までが名を連ねた。(略)78年11月7日、提案6号は59対41の割合で否決された。その夜、市長とミルクはカストロの祝賀会に出席した。ミルクは政治力の絶頂期にあった」(ナレーション)
「彼は私たちのシンボルでした」
「全ゲイ・コミュニティにメッセージを送ります。多くの人々の力で提案6号を否決できた。でも、安心はできない。教育キャンペーンは続けなければならない。社会通念を打ち壊さなければならない。声を上げなければ。そして最も大切なのはカムアウトする事だ。難しいが、家族や親戚に『ゲイだ』と公言すべきだ。本当の友達と思うなら、友達に、近所の人に、職場の同僚に、行きつけの店の人に。そうすれば、仲間がどこにでもいる事がわかる。デタラメな社会通念やウソは一掃される。カムアウトすれば気持ちが楽になるだろう」(ミルク)
「投票の4日後、ホワイトは執行委員を辞職した。誰から見ても意外な事だった。安定した消防士から安月給の委員になり、新事業に着手し、子供もできた。理想主義を標榜して市庁舎入りし、ミルクと異なり、仕事に不満を感じていた。庁内のゴマスリや妥協の雰囲気になじめなかった。市長は公認を探さねばならなかった」(ナレーション)
「選挙や委員で費やした時間を無駄にしたくなかったのですが、今は家族の事だけを考えられます」(ダン・ホワイト)
「公約を何一つ実行せず辞めてしまい、投資を捨てたと支持者たちは納得していません」(ニュース)
「また振り出しに戻りました。ホワイトが委員への復帰を希望しています」(ニュース)
「10ヵ月で辞めてしまっては、お力添え下さった人々に申し訳ありません。金曜日に辞職した事は重大な決意でしたが、あの後、見知らぬ人や家族や友人が来て、委員を続けるように言ってくれました。」(ダン・ホワイト)
「辞職は撤回不可能だと、市の法務官は述べた。新委員の任命は市長の肩に掛かっていた。ミルクはホワイトの再任に猛反対した」(ナレーション)
「彼はダンが再使用されると思い、市長に『彼は曖昧だから当てにならない』と言いました。勇気ある行為です。というのは、同意見の委員たちは、恨みを恐れて口出ししなかったのです」(ミルクの補佐官 アン・クローネンバーグ)
| ミルク(左)とホワイト(右から二人目) |
「市長は支持者の意見を聞いています」(ニュース)
「問題は彼が人々に相談せず、配慮のかけらすら見せなかった事です。ナイーブな行為だと思いますが最善策ではありません。でも彼の体裁よりも大きな問題は、何が8区の人々のためになるかです。彼を支持する消防士、不動産会社の代表者と市庁舎に来ました」(マスコーニ市長)
「ご声援に言葉もありません。お忙しい中、ここに集まり、私の身の処し方にご配慮いただいた事を深く感謝します」(ダン・ホワイト)
| ホワイト夫婦 |
「しかし、彼の問題はある事件のため、舞台の奥へと追いやられた。ガイアナで900人が集団自殺し、その多くがシスコ市民だった(注)。11月27日に市長が発表するはずだった新委員はホワイトではなかった」(ナレーション)
【(注)「人民寺院集団自殺事件」のことで、南米の国ガイアナで、ジム・ジョーンズというたった1人の牧師によって、900人以上の米国人とガイアナ人が死ぬという事件が起きた。「ジョーンズタウン」でのこの悲劇は、米国史上最大の犠牲者を出した事件の一つ】
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| ジム・ジョーンズ(ウィキ) |
| 「900人超が犠牲に、『人民寺院』集団自殺事件とは何だったのか」より |
「今日のシスコは町中が狂ってしまったようです。集団心中事件の全容が判明し始めている中で、別の悲劇が起こりました」(ニュース)
パトカーの出動、多くの警官の動き、委員らの動揺など、その悲劇で混乱する様子が伝えられる。
「マスコーニ市長とミルク委員が殺害されました。容疑者はダン・ホワイト委員です」(ニュース)
ここで冒頭に戻る。
「容疑者ダン・ホワイト。白人男性 32歳。183センチ 83キロ 茶色のスーツ着用 拳銃所持」(警察内部情報)
「全部隊へ。ダン・ホワイトを逮捕した。繰り返す。ホワイトを逮捕した」(警察内部情報)
「10時45分。再任されないと知ったホワイトは、直接、市長室へ行った。短い口論の後、マスコーニを撃ち、倒れた彼の頭にさらに2発。弾を詰め直し、市長舎の反対側にあるミルクの部屋で5発発砲。検視官によると、ミルクは一発目で両手を前に出して倒れ、そこに3発。かがみ込み、ミルクの頭めがけて最後の1発を撃った」(ナレーション)
「叫び、街に戻って思いました。『なぜ皆、普通に仕事ができるんだろう。歴史が変わってしまったのに』と」(言語理論教授 サリー・ギアハート)
「白黒テレビをつけました。ショックでしたね。2人が無残に暗殺されたなんて耐えられず、私はオフィスを出ました」(中国人雇用平等促進会理事長 ヘンリー・ダー)
「事件の事を人から聞き、ラジオをつけました。デマかもしれないけど、きっと事実だと直感しました。いつか起こると思ってたんです。そしてラジオで、ハーヴェイと市長はダンに殺されたと聞き、人目もはばからず『ノー!』って叫びました。いたたまれず車を飛ばし、市長舎からかなり離れて駐車しました。歩いて裏口まで来たら遺体が運び出されていた。それが彼だとわかりました。背が高かったから足がはみ出てて、現実の事とは思えず、『大きな足だ』と思いました。それから…表に回ると、報道関係者でごった返していました。故郷のイタリアでは声を上げて嘆くのに、人々が静かだった事に胸を打たれました。沈黙していました」(教師 トム・アミアーノ)
沈黙する市民の顔が大きく映し出される。
夜間になっても、ろうそくを手に、深い深い喪失感を抱えて、どこまでも続く人の波。
アメリカの一角で、キャンドルライトが放つ光が一人のゲイの政治家の喪失感を埋めているのだ。
カリフォルニアの政治を変えつつあった重要な人物を喪ってしまったのである。
「彼が殺され、人々と一緒に行進した事を、悲しみの表現と呼ぶかはわかりません。他人の中なのに家にいるような安らぎでした」(自動車工 ジム・エリオット)
「どこかの街角にいた黒人が叫び続けていました。『なぜ怒らないのか』と。私にもわからなかった。誰もが放心状態でしたからね。残忍で衝撃的事件に対して、確かに怒っていましたが、あの時は穏やかでいるのがふさわしかったと思います」(教師 トム・アミアーノ)
「暴力に対する最も雄弁な表現でした。レズビアンもゲイも異性愛者も一緒に行進し、暴力以外の方法で国中に訴えたのです。ハーヴェイへの尊敬と、惨事に対する深い後悔と悲しみでした。マスコーニも友人でした」(言語理論教授 サリー・ギアハート)
「市庁舎に行くと、ものすごい人の広がりでした。彼がいたら大喜びしたでしょう。誰にも会いたくない気分でした。私も皆も泣き出してしまい、ただただ“感動”でしたね。また泣いてしまうわ。銅像の所でローソクを捧げました。…翌週、何人かがカムアウトしました。マーチに参加して、偽りの生活に気づいたからです。ごめんなさいね(涙止らず)…本当に感動したからこそ、ウソの生活を捨てて『ゲイだ』と言ったのです。それこそ彼が言ってきた事であり、死をもって証明した事です。クビにもなりませんし、自分流に暮せます。社会の閉ざされた一部分が開かれたのです」(政治顧問 トリー・ハートマン)
【キャンドルライトによる追悼の通夜に、自然発生的に何千人もが人々が参加したと言われる】
“街が泣いてる”という新聞記事が大きく映し出されたあと、“マスコーニの遺族”の哀しみの写真と、涙のラインが痛切に訴えてくる。
棺(ひつぎ)を運ぶ遺族と、それを囲繞する人々の、静謐(せいひつ)に包まれた時間が流れている。
「11月30日 木曜日 マスコーニの葬儀が行われた。12月2日 土曜日 ミルクの遺灰が友人たちによって太平洋にまかれた」(ナレーション)
「自分を再任しない市長と、対立する委員を殺した理由は不明です。ホワイトの家は市の南東ロンドン街にあり、ここから執行委員に選ばれました」(ニュース)
以下、ダン・ホワイトを知る人たちの聞き取り。
「わからない。いい奴だったんですよ」
「おかしな兆候は?」
「模範的青年でしたよ」
「口論もした事もなく、とても家庭的で、いつも教会へ行き、仕事熱心でした。恨むとか恨まれるとか考えられません」
「暗殺から5ヵ月後、裁判が始まった」(ナレーション)
「すぐ終わる決まり切った裁判だと思いました。新聞にも大した事は出なかったし…自動的に有罪になり、余生を刑務所で送ると、皆、思ってました」(自動車工 ジム・エリオット)
「裁判が始まり、陪審員が選ばれた時、公正でない裁判になりそうなイヤな予感がしました。なぜなら陪審員にはゲイや少数派が選ばれず、ダンと違う政治的見解を持った人がいなかったのです。陪審制度を非難しませんし、信じていますが、そういう人々を排除したらどうなりますか?」(中国人雇用平等促進会理事長 ヘンリー・ダー)
「暗殺を生んだ制度に事件がゆだねられたため、一抹の不安が残りました。私たちが何をしようと、彼は警察の保護下です」(教師 トム・アミアーノ)
「検察側は動機は復讐にあると主張。詳細を明らかにし、殺人を立証するのに3日間を要した。弁護人はその事実を冒頭陳述で認めた。検察側が立証のためにかけた自白テープは裏目に出た。何人かの陪審員は同情して泣いた」(ナレーション)
「プレッシャーを感じていた。仕事に関連した金銭問題や、家族とすごす時間がなくて苦しかった。市長は結論を出す前に電話すると言ったのに、かけてこないので話しに行った。悩みました。息子はベビーシッターまかせだし、妻も働き過ぎてました。市長に、私を再任するかだけを聞きたかった。でも、私が良い委員でなく、皆も望んでないと発表する予定だと聞き、ただ彼を撃ちました。ハーヴェイの事を思い出し、彼は私に対して正直だから話そうと思いました。彼は私が再任されないと知ってました。残念だと言いたげにニヤニヤしていたんです。頭に血が上り、カッとして撃ちました」(ダン・ホワイト)
「死刑を免れるためには、殺人意図の不在を証明する事です。検察側は計画的と見ています。彼は銃と予備の弾を持っていて、窓から市庁舎内に侵入しました。入り口の探知機を知っていたのです。以上が、殺人意図の証明だと述べました。対して弁護人はよくある入り方だし、銃は護身用として、委員長はじめ他の委員も携行していると主張。しかし、身を護ために、なぜ予備の弾が必要なのか?弁護人の説明が注目されます」(TVレポーター ジーニン・ヨーマーズ)
以下、弁護人へのインタビュー。
「『彼は誰も撃つつもりがなかった』と陪審に述べましたね?」
「そうです」
「許可証には触れませんが、他の委員や職員が所持していると言いました」
「その人たちのポケットにも10個の予備弾が?」
「元警官や現職の警官は持っていると思います」
「それが市長射殺後、弾を込めた理由ですね?」
「そう述べました」
「つまり、彼が元警官だから?」
「本能的にでしょうね」
「彼(ダン・ホワイト)は政治の腐敗にうんざりした理想主義者で、市が荒廃し、住みにくいと考えていたと説明された。更に弁護人は『良い環境にいる善良な人は冷酷に人を殺さない』と陪審に語った。弁護の重要な証人は妻のメアリー・アンだった」(ナレーション)
以下、メアリー・アンの弁護人の証人尋問での証言。
1978年12月
「ダンを潰したプレッシャーを知っていました。私も感じていましたから。事件が起きて、心から他の誰よりも同情し、何かしてやりたいと思いました」
「あなたの人生が元に戻る見通しはありますか?」と弁護人。
「何か良い事が生じると固く信じてます」
「ジャンクフードの摂り過ぎで極度の落ち込み状態だったと、弁護側の精神分析医は証言した。一時(いっとき)の激情にかられて殺人を犯したとし、“故殺”とされるべきだと弁護人は主張した。裁判は11日間で終了した」(ナレーション)
【故殺(こさつ)とは、故意に人を殺すことを指す】
「意外な結果に対して心の準備をしますね。彼が殺人を犯したという衝撃。情状酌量や無罪になった時の衝撃を覚悟はしましたが、死刑だと思いました。評決の生放送で、自分に言い聞かせました。『衝撃を悟られないように』」(TVレポーター ジーニン・ヨーマーズ)
「故殺を理由とし、ホワイトは有罪であると、陪審は評決しました」(同上)
「弁護人が陪審に要求した通りの評決…4年から12年の懲役で、仮釈放の可能性も…今夜8時に評決に反対する抗議デモが、市庁舎前であるという情報です」(ニュース)
【評決とは、陪審員が事実や証拠に基づいて刑罰を決定するプロセスのこと】
この評決が、これまで沈黙を守ってきた街の光景を、一気に変えていく。
4 「新たな選択は、『カリフォルニアへ行く』か『残って斗うか』だ」
判決の後、ゲイコミュニティーは後に「ホワイト・ナイトの暴動」として知られるようになる暴動に突入した。
「憤りを感じ、参加しようとしましたがダメでした。(略)『誰かが何か言うべきだ』と強く感じました」(中国人雇用平等促進会理事長 ヘンリー・ダー)
「これが“公平な法”ですよ」(市民)
「年寄で、そう長生きはしませんが、出所した彼の姿は見たくありません」(市民)
「自分の価値観への挑戦です。理想から言えば死刑反対ですが、“血生臭い復讐”しかない。コミュニティの何人かは『落ち着け!』と言ってたけど、『冗談じゃない!市庁舎へ!』って叫び、マーケット通りの交通を混乱させました」(教師 トム・アミノ)
「正義が欲しい!」
「彼は罪を免れた!」「ハーヴェイを忘れるな!」
「ダンはブタだ!」
「連帯は揺るがないぞ!」
遂に、シスコの市民の怒りが頂点に達し、穏やかな風景を見せたキャンドルライトによって抑えられていた市民の憤怒が炸裂し、暴動の様相を可視化させるのだ。
「情況は変化し続け、今や最悪です。ここ市庁舎前では、警官が囲いを作っています。殻らの背後にデモ隊がいます。時折、抗議者が現れ、パトカーに燃える物を投げます」(TVレポーター)
「今夜の群衆は抑制がききません。悲劇です。人権斗争を大幅に後退させてしまう。今夜、逮捕される者があれば、検察は法の許す限り訴追します」(ジョー・フリータス地方検事)
「すべてはホワイトの暴力に始まりました。今日の評決を出した陪審員も暴力的でした。ホワイトが黒人やゲイなら違ったでしょうから。卑劣で暴力的な彼の人間性を認め、市長とミルクの思い出を攻撃したのです。私たちは怒りをもって反撃します」(ハリー・ブリット委員/ミルクの後任)
静かな景色の中で、赤々と燃える炎の広がりが、アナーキーな空間の凄惨さを炙り出している。
「私たちが激怒したのは、彼が自由社会の財産だったからです。ガラスや車みたいに彼は取り換えられません」(教師 トム・アミノ)
“ハーヴェイの復讐を”というメッセージボードを掲げる男性。
「人々の間から激しい怒りと感情が噴き出しました。もちろん、私もその中の1人でした。『正義なんてない。好きにやろう』と。でも、ふと『違う』って。私は冷静になりました。皮肉にも、暴力に反対していた彼の死の原因も暴力です」(言語理論教授 サリー・ギアハート)
「評決が私たちに感じさせた事は、『社会の礼儀や他人の権利を無視しても、白人で中流階級以上でありさえすれば、殺人を犯しても罪にならない』。そういう事なのです」(中国人雇用平等促進会理事長 ヘンリー・ダー)
「もし彼がマスコーニだけを殺したなら、生涯を刑務所で暮らす事になったでしょう。しかし悲しい事に人々の多くは、ゲイを殺す事は、社会のためになっています。彼らと関わらなかったら、私も同じように考えていたでしょうね。ゲイは自分と違うと、それまでは思っていました。警官がゲイバーで、彼らをいじめる話を聞き、『どこが悪い?いいじゃないか』と思ったものです。多くがまだそう考えているのは恥ずかしい事です」(自動車工 ジム・エリオット)
「84年1月7日。ダン・ホワイトは出所した。5年半の刑期中、精神科の治療はなかった」(ナレーション)
【1985年、ダン・ホワイトは自動車の排気ガス吸引により自殺した】
ここでミルクが、「(自分が)暗殺によって死んだの場合にのみ再生すべし」として、予(あらかじ)め記録されたミルクの遺言を紹介する。
本作のラストシーンである。
「この国のどこかで、若者が自分がゲイだと気づくとする。両親にバレたら勘当されるし、級友にはあざ笑われる。道徳主義者はテレビから説教をたれる。許される選択は『隠し続ける』か『自殺』だ。ある日、新聞に『同性愛者』と出る。新たな選択は、『カリフォルニアへ行く』か『残って斗うか』だ。当選の2日後、若い声の電話を受けた。ペンシルベニアからの『ありがとう』だった。ゲイを当選させるべきだ。そうすれば、たくさんの彼のような子供も良い世界と明日への希望が持てる。希望がなければ、ゲイだけでなく黒人も、アジア人も、障害者も、老人も。あなたが彼に希望を与えなければならない」
4 4つの険しい関門を経由して〈私の性〉が形成されている
良くも悪くも、「タイム100: 今世紀最も重要な人物」(1999年)。
犯罪者を入れたり、米国に集中したりなど、多くの批判があるが、チャーチル、ガンジー、ホー・チ・ミン、キング牧師、レーニン、ビートルズ、チャップリン、ピカソ、ストラヴィンスキー、ディズニー、ビル・ゲイツ、アインシュタイン、フロイト、ウィトゲンシュタイン、ライト兄弟、ゲバラ、ヘレン・ケラー、ローザ・パークス、マザー・テレサ等々、納得し得る人物の名が並ぶが、その中にアメリカで初めてカムアウトしたゲイの政治家となり、ゲイの権利活動家として暗殺覚悟で獅子奮迅の活躍をしたハーヴェイ・ミルクの名が入っている事実は文句なく納得できる。
尊敬に値するミルクの生涯を、ドキュメンタリーとして描き切った本作は秀逸だった。
【因みに、日本からただ一人、盛田昭夫が選ばれたことも得心する】
ここでまず、明言しておきたい。
レズビアン・ゲイ・バイセクシュアル(両性愛者)・トランスジェンダー(体と心の性が一致しない人=性同一性障害)という、LGBT=「セクシャル・ マイノリティ」(性的少数派)への差別が、相変わらず、現代的課題であるという事実を反照していると言えるだろう。
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| LGBTのシンボルとなっているレインボーフラッグ(ウィキ) |
但し、ここで留意しておきたい点は、国際機関において、「性的指向」(性欲や恋愛に関わる根本的な性的傾向)や「性自認」(自分は男性、或いは、女性であるという自己認識)という人権問題を扱う公文書でも、LGBTという用語は使用されていて、今日、日本のメディアでも一般的な概念とになっているが、T=トランスジェンダーの一部からは、Tの場合、「性自認」が身体的性別と対応しない状態を意味するので、「性的指向」であるLGBと区別すべきという主張があることだ。(因みに、デンマークは精神疾患から外している)
要するに、「男性化・女性化」という、性分化の機序は極めて複雑であり、幾多の険しい関門を突破していくということである。
そして、その突破すべき険しい関門は、たった一つの段階においてさえ十全に機能しなければ、異常を起こし得るリスクを抱えているが故に、ヒトの〈性〉は、常に想定される状態に性分化し、発達するとは限らないということだ。
ヒトの性分化への道程は、幾多の険しい関門の突破なしに済まないのである。
多くの胎児は正常に性分化して発達するが、私たちの〈性〉には、性分化疾患のトラップに嵌る危うさと同居しているのである。
〈生命〉の厳密な定義が確立されていない現実を踏まえて書くが、その関門を突破して、私たちの世界にデビューし、固有名詞を有する自我にまで辿り着いた全ての人間の〈生命〉には、存在するだけの何某(なにがし)かの理由があったのだ。
「性的指向」に関連するLGBも、「性自認」に関連するTも、性分化のプロセス(脳の性分化段階)における影響による発現が考えられる。
以下、性分化の突破すべき険しい4つの関門に言及したい。
生殖器決定の第1のプロセスは、「遺伝的な性」としての、性染色体による〈性〉の決定である。
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| 性染色体 |
受精における卵を有するX染色体に対して、XまたはY染色体を有し、精子の持つ性染色体によって〈性〉が規定されるのである。
要するに、Y染色体を有する個体は男性に分化し、男性生殖器を持つべく運命づけられるのだ。
これを「精巣決定遺伝子」と言うが、通常、脊椎動物で初めて発見された性決定遺伝子・「SRY遺伝子」と呼ばれている。
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| SRY遺伝子 |
男性の場合、「性腺原基」(せいせんげんき・両性に共通な器官)が、Y染色体上にある「SRY遺伝子」が働くことによって精巣に発育するということである。
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| SRY遺伝子=Y染色体の性決定領域 |
ヒトの性分化の4つの険しい関門の第2のプロセスは、雄では精巣・雌では卵巣になる「生殖腺の性」である。
更に第3のプロセスは、身体の生理学的な〈性〉に分化する「身体的な性」であり、そして最後(第4のプロセス)は、細胞・シナプス(刺激を他の細胞に伝達する神経細胞)の数・領域の形や大きさなど、「アンドロゲン」(性欲の発達に関与し、精巣から分泌される雄性ホルモン)が作用しない雌と異なり、「アンドロゲン」が作用し、構造や機能に性差が生じる「脳の性」の分化が続くということ。
当然ながら、胎生5~6週位までは、卵巣と精巣は分化していないので、性染色体の組み合わせがXYでも、或いは、XXでも構造な差異が認められず、二つの選択肢を平等に持っている。
「生殖腺の性」について言えば、性決定遺伝子である「SRY遺伝子」(染色体上にある)が作用すると「性腺原基」が精巣に分化し、作用しないと卵巣になるということである。
即ち、ヒトの性分化が、「遺伝的な性」⇒「生殖腺の性」⇒「身体的な性」⇒「脳の性」というプロセスを通っていくということ。
何某かのトラブルが生じない限り、この4つの険しい関門を経由して〈私の性〉が形成されていること。
この理解が肝心要(かんじんかなめ)であると言っていい。
―― さて、ゲイの問題。
| ゲイ |
無論、ゲイは「性的指向」である。
その「性的指向」の遺伝子の研究が存在し、確証を得られていないながらも、私が最も関心を持つのが「前視床下部間質核」(ぜんししょうかぶかんしつかく)。
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| 前視床下部間質核 |
塚原伸治(埼玉大学大学院理工学研究科生命科学部門准教授)氏によると、性的指向を左右しているのは、脳の「前視床下部間質核」という場所だと指摘している。
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| 塚原伸治さん |
「前視床下部間質核」こそが「性的指向」の遺伝子であるということではないか。
「性的指向」の遺伝子であれば、本人の意思で自由に替えられる問題ではないのだ。
本人の意思とは、「脳の性」という最終プロセスの所産であり、ヒトの性分化が「遺伝的な性」⇒「生殖腺の性」⇒「身体的な性」という様態を発現するしている限り、私たちが「普通の性」と考えるヘテロセクシャル(異性愛)から見れば、レズビアン・ゲイ・バイセクシュアルを異常者としか把握できないだろう。
ヘテロセクシャルもまた一つの〈性〉でしかないのだ。
―― テーマ関連で言えば、全米に1万ヶ所を超えるゲイ矯正施設が存在する事実を知っているだろうか。
| 「僕は真夜中に拉致されゲイ矯正施設に送られた」...床を引きずられ監禁状態に、全米に1万か所を超える施設が |
「ストップ制度的児童虐待」という団体によれば、こうした施設に入れられている未成年者は全米で12万~20万人もいるという。(ニューズウィーク日本版)
更に同誌は書き添えている。
「こうした施設に入所させられた人々の間では、鬱や薬物依存になったり、虐待したりされたりする人間関係に陥ったり、果ては自殺するといった事例が非常に多いといわれる。全米に1万カ所以上あるといわれるこうした施設への規制強化を求めて、僕たちは力を合わせなければならない」
思えば、アメリカでは、かつて新フロイト派と呼ばれる米国の精神分析家には、同性愛の「治療」を提唱する人たちがいて、実行されていた時代があった。
「赤狩り」の時代、行動療法家たちによって、同性愛(ここではゲイ)の「患者」に男性の裸の写真を見せたあと、吐き気を催す薬を飲ませたり、電気ショックを与えたりする「嫌悪療法」という「治療」が実施されていたのである。
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| 同性愛の“治療”で電気ショックを受けさせるとは/映画『蟻の王』より |
その結果、「治療」が成功しなかったので、挫折したという歴史がある。
自明である。
思えば、この「治療」が、第一次トランプ政権時に「コンバージョンセラピー」(転向療法)という名で、今まで共和党が打ち出してきた中で最も反LGBT的な、2016年の政策綱領で推奨されていた事実の重さを、私たちは受け止めねばならない。
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| 「同性愛の"矯正"治療「コンバージョン・セラピー」経験者が語る トランプ政権で起こりうるクィア迫害とは」より |
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| 中国・上海で行われたLGBTの権利擁護を訴えるイベントで、レインボーフラッグを掲げる男性(2017年6月) |
だからアメリカに、今なお1万ヶ所を超えるゲイ矯正施設が存在するリアルを軽視できるわけがないのだ。
ハーヴェイ・ミルクの死の重さは現在進行形なのである。
5 防壁を穿ち、銃弾に斃れた男の魂の斗い
ここで映画に入る。
ミルクを殺害したホワイトが犯した由々しき事件の裁判は、後半のポイントだが、その裁判の評決に度肝を抜かれるに違いない。
「死刑を免れるためには、殺人意図の不在を証明する事です。彼は銃と予備の弾を持っていて、窓から市庁舎内に侵入しました。入り口の探知機を知っていたのです」(TVレポーター ジーニン・ヨーマーズ)
TVレポーターのこの指摘に、本裁判の要諦が凝縮されている。
まさに、「殺人意図の不在の証明」こそが本裁判の全てであり、弁護人が陪審員の感情を揺さぶった結果、その証明に成就したという一点において、理不尽な評決へのシスコの人々の憤怒の炸裂を生み、暴動を惹起するに至った。
この負の行程を、どこまでもニュートラルな視線で描き切った作品の秀逸さは、実在の人間への英雄譚のうちに収斂させない強度を生み出す効果を有したのだろう。
「もし彼がマスコーニだけを殺したなら、生涯を刑務所で暮らす事になったでしょう。しかし悲しい事に人々の多くは、ゲイを殺す事は、社会のためになっています」
自動車工であり、ミルクと出会ったことで世界観が変わったことを自認するジム・エリオットのこの指摘が、ホワイトに同情を寄せた陪審員の評決の根柢にあったこと。
バイアス絡みで言えば、中国人雇用平等促進会理事長のヘンリー・ダーが言い切った「『白人で中流階級以上でありさえすれば、殺人を犯しても罪にならない』」ということに結ばれるのだろう。
些かポジショントークの印象を拭えないと思われるだろうが、これがアメリカの現実なのである。
「希望がなければ、ゲイだけでなく黒人も、アジア人も、障害者も、老人も。あなたが彼に希望を与えなければならない」
ラストで語ったミルクのこの遺言が、アメリカの現実の典型的な例証である。
この事件に出席した陪審員の判断の基準になった心理的背景が、この辺りにある。
私は言語理論教授のサリー・ギアハートが一言で括った、「暴力に反対していた彼(ミルク)の死の原因も暴力(ゲイ攻撃)です」という分析的言辞が、本作の基幹メッセージであり、それ以外ではないと考えている。
「プレッシャーを感じていた。仕事に関連した金銭問題や、家族とすごす時間がなくて苦しかった。市長は結論を出す前に電話すると言ったのに、かけてこないので話しに行った。悩みました。息子はベビーシッターまかせだし、妻も働き過ぎてました」
それ故にこそ、ホワイトの証言が弁護人主導の法廷を支配し、「ジャンクフードの摂り過ぎで極度の落ち込み状態だったと、弁護側の精神分析医は証言した」という看過し難き情報が、法廷という視界不良のスポットで共有された挙句、「良い環境にいる善良な人は冷酷に人を殺さない」という、強引な弁護人の欺瞞的な弁論に誘導されてしまうのである。
興味深いのは弁護人へのインタビューに、アーロン・ベックの言う「認知の歪み」というバイアス全開の手法が内包されていたこと。
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| アーロン・ベック |
「一般化」というバイアスである。
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| 「一般化バイアス」 |
「他の委員も許可証と共に、銃を持っていると?」
「許可証には触れませんが、他の委員や職員が所持していると言いました」
「その人たちのポケットにも10個の予備弾が?」
「元警官や現職の警官は持っていると思います」
委員の中には元警官もいたかも知れないが、そこに「現職の警官」を入れるのは過度な「一般化」論法の例証である。
だから「市庁舎の委員も所持している」という論法には無理があるからだ。
即ち、「市庁舎の委員なら予備弾を所持する」という「一般化」論法である。
【因みに、自分が稿えていることは、誰でも考えているという論法も、ほぼ同様の認知バイアスで、これを「フォールスコンセンサス効果」と言う】
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| フォールスコンセンサス効果 |
この程度の弁護が受容される法廷が、アメリカに存在する。
「暴力に反対していた彼の死の原因も暴力です」
先に、こう言い切ったサリー・ギアハート教授の指摘が内包するリアルな情報の虚しさに、二の句が継げない。
だからこそ、一時(いっとき)のパッションの爆裂をこの国を騒がしたが、ミルクの斗いが、僅か11ヵ月の期間限定の斗いに終始したと言わざるを得なかったのである。
それでも、自分の死に備え、遺言テープを残した。
一切は、一縷(いちる)の希望に懸けた男の不屈な魂の斗いだったのだ。
防壁を穿ち、銃弾に斃れた男の魂の斗い。
これ以外ではない。
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米国の同性愛者運動家ハーベイ・ミルク氏の肖像をあしらった切手の発表式典
(2026年1月)
【参考】
「同性愛者は存在するだけの理由がある」 「僕は真夜中に拉致されゲイ矯正施設に送られた」...床を引きずられ監禁状態に、全米に1万か所を超える施設が」(ニューズウィーク日本版) 「虹色百話~性的マイノリティーへの招待」第11話 同性愛を「治療」していた時代 「『異性愛』か『同性愛』かは何で決まる?」(日経ビジネス) 「人はどのように男になり、女になっていくのか」





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