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2026年2月15日日曜日

地の群れ('70)  差別という、重くて深いラインの炸裂  熊井啓

 


【良かれ悪(あ)しかれ、映画を観て、その衝撃で動けなくなった作品は、若き日に観た「地の群れ」のみである。何でもありの昭和映画でなかったら、これほどまでに暗晦(あんかい)なる作品は世に出ることはなかっただろう。奈良岡朋子が素晴らしかった】

 


1  「喉や鼻の中に赤いニキビのようなぶつぶつがぽつんとできると、もうそれで助からんとよ。鼻血が出て下痢すると、顔はまだ生きとるごとしてるのに体がすーっと冷たくなって、笑いながら死による」

 

 

 

昭和16年。45戸島海底炭鉱 


「話すよ。俺は」

「話す何を?妹に何を話す?俺はなんも知らんと言うとね。その子供は俺の子供ではないと言うとね。なんも俺に責任はない、何もかも自分で責任を取れと言うとね?」と責める宰子。 

宰子(右)

16歳の時、炭坑で朝鮮人の少女を妊娠させ、少女の姉・朱宰子(しゅさいこ)に誹議(ひぎ)された宇南(うなん)少年は金で解決しようとするが、「それでも今は、どうにもできんから」と答えるのみ。 


の体はそれまで持たんから」

「だから病院に行って…」

「病院へ行ってどうするか?炭坑の病院へ行って何をするとかね。妹を笑いものにするとかね!病院へ行っても、どうにもならんじゃないか」


「炭坑の病院へ行って訳を話して頼んでみたら」

「あーあ。帰んなさい。あんたの顔、見たくないよ」 


数十年の後、その少年は今、疾(と)うに炭坑を去り、開業医となって佐世保で診療所を開いている。

佐世保の街

宇南

アメリカ海軍太平洋艦隊第7艦隊の佐世保・米軍基地の巨大艦船の威容と、戦闘機の騒音。



市街を歩くシスターらのラインに並ばんとして、迷惑がられても、ぴったりくっついていく津山信夫(以下、信夫)。 

信夫

「しっしっ」、「しっしっ」と言って逃げ走っていくシスターを追い駆ける悪さを止めず、愉悦する男だった。 


「海塔新田」(架空)と呼ばれ、「ピカドン部落」と嘲弄(ちょうろう)される被曝者の集落に住む不良青年である。

 

浦上天主堂の廃墟が広がる渦中で、廃墟の破壊を唱える司教と、それを負の遺産として残すことを主張する対立が、その廃墟を背景に展開される。

 

「原爆の廃墟は平和な鐘というより、無残な過去の思い出に繋がり過ぎます。憎悪を掻き立てるだけの、こういう目障りな建物は、一日も早く取り壊した方がいい」(司教)


「司教目障りなのは原子爆弾を落としたアメリカの方で、落とされた方は決して目障りじゃない」(宇南)

「もしマリア像が人間なら、ケロイドになっているでしょう。ケロイドは確かに醜い。しかし生きた人間は、その残酷な姿を晒して、どこまでも生きていかなくてはなりません。その人が強く生きようとするほどケロイドは醜くなります。顔半分焼けたマリア様に、そういう風に生きてもらいたいのです。この廃墟を、どうして教会の人が言うように、憎しみを忘れさせないものになるのか。私は平和ということ以外に、この像を想像することができません」(被爆者) 


ここで、半壊したマリア像が大写しにされ、観る者に鮮烈な印象を与える。

 

【1958年(昭和33年)、長崎市議会で元浦上天主堂の原爆資料保存に関する決議案が可決され、浦上天主堂再建のため、廃墟の取り壊しが始まり、1959年に、浦上教会が旧天主堂の外観を模して完成された】 

【長崎市のキリシタンの聖地のひとつ浦上地区にあり、キリシタン弾圧の禁制をとかれ自由を得た信徒達によって建設が計画された浦上教会(浦上天主堂)。現在の建物は原爆投下から約14年後の1959年にコンクリートで再建されたのち、1980年にレンガタイルで改装し、当時の姿に似せて復元されました。周囲には被爆遺構の石像などが配され、今も原爆の爆風に耐えたもう一方のアンジェラスの鐘が時を告げています】


母に似たマリア像を盗んで眺めていた。 


その占有感情が頓挫し、いつしか醜悪なる何かに変わった時、咄嗟にマリア像を打ち砕く少年が、浦上地区の男らに、「お前は、この天主堂にどれだけの歴史と血と涙の祈りがこめられているか知っているのか」と罵倒され、殴られるに至った。 

遺棄されるマリア像


信夫少年である。

 

「そんならば、なぜ原子爆弾が落ちたのか。20年の8月9日、午前11時2分。浦上教会区1万2000名の信者のうち、8500名が滅びてしまったのか…そんならば、キリストの神様が選んだ長崎に、なぜ原子爆弾を落としたのか」 

信夫

宇南は原爆病と思われる少女・家弓安子(いえゆみやすこ/以下、安子)の家を訪ね、診療をする。 


母親の家弓光子(以下、光子)は、自分が海塔新田の集落民と思われることを怖れて、被爆者であることを頑強に否定した。
 

光子[(左)

安子

「でもウチの安子なんか、まだ8月9日には生まれてもおらんし、私も原爆には全く関係がないとですから」  


ここで、長崎の被爆の実写画像が映し出されていく。



光子は娘の安子に、「ずぅーと疎開しとった」と言って、自分が被爆した事実を伝えることがなかった。

 

安子に「原爆のことは、よう知ってる」と聞かれた際には、「見てごらん。母さんの体のどこにケロイドがあるね」と答えるのみ。 


「俺達が浦上を歩いた時、お前はなんと言うた。ここも火、あそこも火じゃった。ここはもうのっぺらぼうで、足に撒きついた電線を取ったら髪の毛のようにふわっとしとった。あん時言うたことは、みんな嘘だったのか」と勇次(光子の夫)


「覚えとらんよ。疎開から帰って来たら、父も母も生きとるのか、死んどるのかさえ分からんみたいになって死んどった。弟も叔父さんも、皆(みーんな)、影も形もなく吹き飛ばされて…生きとる友達もばたばた倒れてしまう。喉や鼻の中に赤いニキビのようなぶつぶつがぽつんとできると、もうそれで助からんとよ。鼻血が出て下痢すると、顔はまだ生きとるごとしてるのに体がすーっと冷たくなって、笑いながら死による。そんなもんばかり見たり聞いたりしとったら、自分がやられたのか、人のことか、もう見境がつかんようになるとだから」(光子)
 


それでも、夫・勇次の難詰(なんきつ)が終わらない。

 

更に、被爆者の村・海塔新田からお祓(はら)いのお祈りが来た話になった時、光子は強く反応した。 


光子は最後まで被爆を否定するのだった。

 

結局、夫と離婚し、安子を案じる宇南の診療を受けるのである。

 

その宇南から安子には精密検査を受ける必要があると指摘され、安子は怯えてしまうのだ。 



被差別部落の集落。 


徳子の強姦事件で、親戚一同が寄り合っている。

 

「お前が黙っとって、日(ひ)にちが経つほど相手方には特になる。どういう手を打って逃げようとするか分からん。こうして、こういう事情で、こうなりましたと、どうして言えんとね」と福地松子(以下、松子)。

松子(左から二人目)と徳子(左から三人目)

「黙っといて済む問題じゃなかぞ!人の口に戸は立てられん。立てられんからこそ、はっきり始末をつけておかんといかん。何も言えんように相手側から一札(いっさつ)を取って、はっきりケジメをつけておかねば、お前は一生笑いものになるぞ」と笠(りゅう)。

「そう。それは笠さんの言う通りだ。ワシのいる牛久といって今度のようなこととちょうど同じ事件があった。戦争が始まる前だが、今西というワシの家のすぐ裏に住んでた爺さんの孫娘が、庭野という山持ちの子倅(こせがれ)に手籠めにされたんじゃ。それでワシらは今日みたいに寄り合って、その家に掛け合いに行った。だが手打ちをしたが、一札を取っておかなかったばかりに、一週間も経たぬうちに変な噂が村中に流れ出した」と伯父の福地駒一(松子の兄)。

「噂が広がってる証拠は、徳子(とくこ/松子の娘)のこと、警察に誰かが告げ口をして、海塔新田の不良が引っ張られたことからかも知れとるよ」と松子。


「何、海塔新田の不良が」と笠(りゅう)。

「だが、今朝方、その不良が留置場から出されて」と松子。

「それは、どういうことかね?」と福地駒一。

「まだ兄さんには話してなかったけれども、海塔新田のその、津山とかいうその男、これは徳子と同じ中学の2年上の不良で、しょっちゅう徳子に付きまとっていたのが分かっとったから、私も初めはこの男に違いなかと、そう思うっとったんですが、金山さんから聞いたところにゃ、とうとう白状しなかったらしくて、それに、アリ…アリ…何とかいう、やっておらんという証拠があると、そういうことでした」

 

この話を外で聞いていた信夫は察知して、その場を離れる。 

海塔新田の不良・信夫


いつまでも強姦の話が続いて嫌気が差した徳子は、母の反対を押し切って外へ出て行ってしまう。

 

その徳子を追う信夫。

 

徳子を強姦した犯人として留置所に放り込まれた信夫は、濡れ衣と分かり釈放されるや、徳子を問い詰めていく。

 

ここで一転して、宇南夫妻の笑みのない会話を映し出す。 

宇南と、その妻・英子

「あたしたちは何を喋ってもダメね」

「ダメだな」 


別れ話が沸騰する宇南夫妻の会話の一部である。

 

妻・英子の過去の恋人・森次の一件すら絡み合って、最後は、「言葉だけの理屈は止めてよ」と捨て台詞を残して、部屋を出て行く英子。 


夫婦の現状に全く救いがないのだ。

 

 

 

2  「どうして娘さんの一生が滅茶苦茶になるんですか」「海塔新田のように思われたら嫁にもいけんごとなりますから」

 

 

 

以下、字南の回顧。

 

レッドパージの嵐が吹きまくっていた重く、暗い時代に日本共産党に入党し、「山村工作隊」に参加し、指示された村に派遣された同志森次字南の妻・英子の恋人)の死を受け、「民衆の旗赤旗は戦士の屍を包む」で知られる「赤旗の歌」を歌う字南ら。 

村民が親切に持ってきた山芋を飲み、死に至る森次

【酒で過去のトラウマを紛らす字南は、酔う度に森次の話に触れ、英子の反発を買う】

 

まもなく、字南は日本共産党から離党する。

 

【山村工作隊とは、コミンフォルム(コミンテルンの後継組織)の指導のもとに、1950年代前半、暴力革命を志向して、日本共産党が全国各地の農村・山村で行った反米武装闘争のこと。四全協(第4回全国協議会)で「軍事方針」が提起され、五全協で武装綱領を作り、「中核自衛隊」と共に武装闘争を実行していった。米軍基地を支える発電エネルギーと化すダム建設反対の小河内村の山村工作隊や、警察官射殺事件である「白鳥事件」が有名だが、後者は冤罪とも指摘される】 

警官隊により共産党員らが逮捕された、「山村工作隊」のアジトと見られる小屋(1952年)

コミンフォルム

白鳥事件

その
字南のもとに徳子が診療に来て、「私が暴行されたという証明書」を書いてもらいたいと言うのだ。
 


事情を訊いても話さない徳子の顔を見て、字南は自らが犯した朝鮮人の女子を強姦・妊娠させて、責められた時の姉の宰子の表情を想起する。 



一方、徳子に怒り捲(まく)る信夫。

 

「自分が警察で言うたことが分からんのか。俺はそのお陰で2日も警察の豚箱に叩き込まれたんだ。お前が俺から強姦されたと嘘言うたお陰で、刑事から散々、痛い目に遭わされて、お前それでも知らんと言うて済むと思うか」


「ウチは知らんよ、本当に。ウチはそんなこと。警察にも誰にも言うとらん」
 


徳子はきっぱりと言い返す。

 

その後の二人の会話で分かったことは、徳子は信夫が警察で言われた海軍墓地で強姦されたのではなく、刑務所の外れの埋め立て地に隠れていた男に襲われ、その男に「俺はな、お前の家のこと知っとるんだがな。今のこと言うてみろ。お前が部落(被差別部落出身者)だってことバラすぞ」と脅されたということ。 


ここで、徳子は母に言われたことを回想する。
 


「戦争の終わる少し前だったよ。徴用にかかったんで、お前の父ちゃんと母ちゃんは佐世保に来たけどね。父ちゃんは海軍廠(こうしょう)で働くことになったとけれど、ある時、その徴用仲間から父ちゃんはひどいこと言われたとよ。父ちゃんはもう我慢ができずに、母ちゃんが辛かろうが辛抱しておきなさいと言っても、我慢ができずに、その陰口を叩いた工員の宿舎に乗り込んでいって、徴用工員ら5,6人出て来て、父ちゃんに裏の空き地で話をしようじゃないかと言って連れてった。父ちゃんが陰口を言った徴用工員を詰問したら、謝るどころか、戦争中だから我慢しとるけど、そうでなかったら、こっちの方が一緒に働くのは願い下げだ。そう言ったんで、父ちゃんはカーとなって飛びかかっていった。知らせがあって母ちゃんが駆けつけると父ちゃんは…」 


ここから当時の状況が映し出される。

 

福地松子の夫は、喧嘩の相手を驚かそうとして腹に皮切り包丁を隠し持ち、言い合いしている中で弾(はず)みで転び、その時、皮切り包丁が腹に刺さって怪我したとのこと。 

大怪我を負った徳子の父

この徴用工の責任者の説明に不満な松子の異議に対して、皆は一種の自殺、災難だと話していると説明され、喧嘩の相手を呼び出すように求めたものの、問題が厄介になるということで拒絶されてしまう。


異議を無視され、涙する松子

 【福地松子の夫が怒った理由は被差別部落民と言われたこと。/また徴用とは、国家権力が国民を強制的に動員し、一定の業務に従事させること。/広島県呉市などにあった海軍工廠とは、艦船の建造や修理、兵器の製造工場の総称のこと】 

呉海軍工廠(ウィキ)


回想後の徳子は信夫に、海塔新田に、ケロイドを隠すために左手に手白い袋をして、耳にもケロイドがある男がいるかと尋ねる。

 

「何でそんなことを聞く」と信夫

「その男よ。ウチにつまらんことをしたと」と徳子。 


二人は帰路、字南と出会い、徳子から聞いていた診断書の一件で、信夫は字南に「バカ医者」呼ばわりをして、殴ってしまうのだ。 


路傍で倒れている字南を見つけた光子は、娘の安子の症状が原爆病の患者に似ていると字南に言われて否定するのみ。 


字南が一貫して拘泥するのは、光子が疎開から戻って来たのが8月9日以前か以後かということ。

 

8月9日以後ときっぱり答える光子の物言いは、夫・勇次と言い争いをした時の状況と重なっている。

 

字南は光子に、父が被爆で命を落とし、自分もまた被爆者であることを打ち明ける。

 

「あの晩、ぞっとするような月が上ったのを覚えていますか?」と光子に尋ねても、疎開していたので知らないと答えるのみ。 


光子の家に着き、安子の状態を診察する字南は、救急車を呼ぶように光子に指示するが、迷う光子。

 

原爆病と言われるのを避けてきて、それを隠し続けていたことが知れるのを怖れているのだ。

 

「隠すとかなんとか、娘さんの体さえ元気になれば、それでいいじゃないですか」

「そんな風に言われるけど、原爆にはなんの関係もなかとに、原爆病と言われたら、もう安子の一生、滅茶苦茶になってしまうとです」

「どうして娘さんの一生が滅茶苦茶になるんですか」

海塔新田のように思われたら嫁にもいけんごとなりますから」


海塔新田のように思われるってどういうことですか」

「どういうことって…あれは被爆者の部落になっとるから」

「被爆者の部落…」

「先生は知られなかっとですか?」

「海塔新田のことは知ってます。しかし、そんな別に隠し立てする所じゃないでしょう」

「海塔新田を変な風な部落というつもりで言うたんじゃないとです」

「何ですか、その変な風な部落ってのは、僕には分からんけど」

「別に私、他の人みたいに海塔新田のことを変な風に考えてるわけじゃなかとです。海塔新田の人が普通の人と違っているとも思っとらんし」

「海塔新田のことを誰が変な風に考えとるんですか。海塔新田の人が普通の人と違うと、誰がそう考えとるんですか」

「そんな風に問い詰められると、何とも言えんですけどね」

「海塔新田が変な部落なら、長崎も広島も、みんな変な部落になるでしょう。僕はそういう意味なら被爆者です。まだ死体がブスブス燃え続けていた時、僕は親父を探して丸二日、爆心地を駆け回ったんですから。海塔新田が変な部落なら、日本中そうじゃないですか」 


この「変な部落」という字南の反応は、字南が「隠亡」(おんぼう/埋葬に従事する人で被差別部落民)であるという認識に因っている。            

 

被爆した父親の死に際で、父に確認しようとした言動で判然とするのである。

 

 

3  「あんたはウチを押し倒し、それから言うたこと覚えてらんね。ウチはよう覚えとる。ウチがあんたのしたこと言うたら、ウチが部落であることバラすぞって、そう言うたとよ」

 

 

 

以下、字南の回想。

 

「あの時、お前は検定試験を受けて上級学校に入り、何としても炭鉱を抜け出したいと考えていた。そのチャンスが目先にぶら下がっていた時、朝鮮人の安全灯婦(坑内の安全灯を整備する婦人)に子供を生ませたんじゃ。いや、朱宝子(しゅほうこ)がお前の子供を妊娠したことが知れただけで、お前はもう永久に葬られてしまうのだからな。あの時、お前は必死だったのだ。それでも事は、お前が願っていた通り、そうなれば良いと一番願っていた通りに運んだ。『あん時、気づいておればねぇ。宝子は今になって泣いているけど、泣いても取り返しがつくことと、つかないこととあるから。泣くな。泣いても取り返しがつかないよ』強いことは言っていたが、朱宰子(さいこ)は妹の体をどう始末してよいか分からなかった。そして、妹と一緒に追い詰められていったんだ。しかし、それが却ってお前に幸いした。あれから毎晩のように責められ、嘆かれるに耐えかねて、朱宝子は自分で自分の体の始末をつけたからだ」

「あの時、お前は必死だったのだ」

「泣くな。泣いても取り返しがつかないよ」

胎児を抱えた朱宝子は、お前(字南)の名を一言も口に出すこともなく自殺した。


当時の状況に我が身を重ねながら、お前は胸に刻んだ時間の総体を冥闇(めいあん)なる闇に封じ込んでしまっているのだ。

 

封じ込んでしまっている由々しき事実。

 

それは字南の夫婦関係のうちに読み取れる。

 

「どうしても産みたいの」と妻・英子。


「それじゃ、産めばいい」

「そう、産ましてくれるのね」

「俺は産ませないなんて言ってないよ、初めから」

「産ましてくれるなら、今までのことは帳消しよ」

「帳消しとかなんとか、そんな風に考えていたのか、今までのことを。俺は堕ろせなんて一度も言ったことないぞ。くだらんよ!」 


最後の言葉が、英子の逆鱗に触れる。

 

「あたしたちの間で子供が作れない理由は、何よ、一体!…どうして返事をしないの」


「…好きなようにしろって言ってるんだよ、俺は」

「二度目の時もそう。三度目の時も、四度目の時も。皆、あなたの言うことは同じよ。俺は自分の道を子供に歩かせたくない。俺は今の世の中で子供に責任を負えない。聞いているうちは、何か分かるような理屈よ。でも少し時間が経つと、全部あやふやになって、皆どこか宙に浮いてしまう理屈よ。なぜ私に子供を産ませたくないのか、子供を産んではいけないのか、答えにも何もなっていやしない。風船みたいに浮き上がってしまう…なぜ、子供を産んではいけないの」


「雄弁じゃないか」

「そうよ。雄弁よ。あなたは今、好きなようにしろって言ったけど、好きなようにするために、私の理屈を言ってるのよ…あなたは知らないって思ってるかも知れないけど、私は知っていた。あなたは私に子供を産ませまいとして、私を流産させようとして、3年前の夏、長い時間をかけて、私にカルピスに混ぜて、あの薬を飲ませたこと。妙な味がするって言ったら、あなた、君の口のせいだ別に何ともないよ。そう言ったわね!…それから2日経って、私は流産した。あなたは病室に駆けつけて、私に顔を背けもせず、気を落とすな、またチャンスはあるよ。そう力を込めて!…あれからずーと、私はあなたの裏側ばかり見てしまうようになったの」

「私を流産させようとして、3年前の夏、長い時間をかけて、私にカルピスに混ぜて、あの薬を飲ませたこと」

「お前は俺の裸の顔を知ってるのか。俺がどんな生き方をしてきたか、本当のことを知ってるのか…」

 

夫を凝視する妻が、そこにいる。

 

夫婦の不毛の諍(いさか)いに終わりが見えないのである。

 

救急車で搬送された安子の病室に足を運ぶ字南。

 

診察の結果を知るためだった。

 

「出血を止めてもろたです。長崎のことなんか何も関係なかとです。もうウチらには構わんといてください!」 


そう言い放って、光子は病室に入ってしまった。

 

安子の病室で、自分の顔を洗い、その顔を凝視する光子。 


病室を離れ、踵(きびす)を返す字南。

 

70年安保闘争、ケロイドに歪む被爆者、佐世保米軍基地の艦船、そして米軍基地の傍らの川に投石する字南が映されて、信夫と徳子の重苦しい会話に繋がっていく。

佐世保米軍基地第7艦隊の空母

 

「さっきから考えてるんだけど、何か裏切っとるような気がして…」


「誰をね。あの宮地とかいう男を裏切っとるような気がするとね

「…そうじゃないけど。宮地のことはどうでもいいけど、海塔新田の人や何かとか…」

「海塔新田の人をどうして?」 


要するに、徳子を強姦した男が宮地であると信夫が打ち明けた行為に対して、宮地が住む海塔新田への気まずさを信夫が感じているのだ。

 

二人が見下ろす海塔新田の集落。 


「俺がお前を連れて来たことは誰にも言うなよ」 


そう言って、宮地の家を教える信夫。

 

それに応えず、集落に向かう徳子。

 

「大変だよ、先生、奥さん。昨日の夜中、海塔新田に部落の連中が殴り込みをかけて、怪我人や死人が出たとばい。もう、警察やら消防やらが海塔新田にいっぱい集まってると言ってるよ」 


村民の報告に激しく動揺する字南。

 

「海塔新田で大喧嘩があったと人は言っとるが、それは間違い。部落のもんは殺人事件が済んでしまってから集まって来たとよ」

 

治療中に患者から、直接、伝え聞く字南。

 

ここで、再現映像が流される。

 

集落への坂を下りて行って、宮地真(みやじまこと)の家を訪ねると、真の父が出て来たので真に取り次いでもらう。

 

「ウチ覚えてるでしょ」と徳子。

「知らん。知らんよ俺は。何もあんたなんか」と

左から真、真の父・宮地、徳子


「ウチを知らんと言うとね!」

「知らねぇ!」

「手袋をなんで嵌(は)めんとね!」

 

真を座らせ、「この人は何か誤解してなさるようだ」と真の父。

 

「その手袋を出して見てくれ」と徳子。

「手袋とか何とか、あんた一体、真が何をしたと言うとね」と真の父

「暴行されたとです。この人から強姦されたとです」


「俺は何も知らんよ、そんなこと」

「知らんとは言わせんよ!ウチ、あんたの声ちゃんと覚えとるけん」

「バカなこと言うな!俺はあんたが誰かも知らんとに」

「あんたは自分が言うたこと覚えてらんのね!」

「それは何の話ね?」と真の父。

「あんたはウチを押し倒し、それから言うたこと覚えてらんね。ウチはよう覚えとる。ウチがあんたのしたこと言うたら、ウチが部落であることバラすぞって、そう言うたとよ」 


「部落?あんたどこの人か知らんが、ウチの息子に因縁つけに来たとね。息子が何にも知らんと言ってるものを、何の証拠があってそんなこと言うとね。真、これはっきりさせんといかんぞ。部落って言ったとか何とか、そんな取り返しがつかんこと言われて黙っとたら、それこそ取り返しがつかんことなる。さっきから聞いとりゃあ、あんたとんでもないこと言いよらすぞ」


「俺は何も言うとらんよ。第一聞いた話じゃ、その事件の真犯人はもう警察に挙げられるとかいうことじゃないか」

「あんたは誰のこと言うとるんじゃ。あんたは自分のしたことを他人(ひと)にかぶせるとね。あんた、ここの海塔新田に住んどる津山さんが警察に引っ張られたこと知っといて、そういうこと言うとね」

 

【「言いよらす」とは、九州地方の方言で、「〜と言っていらっしゃる」「〜している」という意味】

 

相互に嚙み合わない堂々巡りの言い争いは、「ウチが(自分で)来ないと、皆がここに押しかけて来るかも知れんから一人で来たとよ」(徳子)、「あんたの一統(いっとう/一同)に巻き込まれてたまるか」と真の父との確執にまで突き進んでいくのだ。


被爆者と被差別部落民という、虐げられている者たちの対立の構図である。

 

これが真の父と徳子の母(松子)という、分かりやすい対立の構図として炙り出された時、信じ難い事件にまで驀進(ばくしん)してしまうのだ。

 

 

 

4  「あのおばさんが、あんなこと言わなければよかったんだ。血の止まらない腐れとかなんとか、あんなこと言わなければよかったんだ」

 

 

 

「娘も娘なら親も親じゃ。やっぱり部落のもんは違うね」


「部落のもん?あんたは、このが世間から何と言われているか知っとるとね。私たちが部落なら、あんたたちは血の止まらん腐れたいね。私たちの血はどこも変わっとらんけど、あんたたちの血は中身から腐って、何代も何代も続いていくとよ。ピカドン部落のもんといわれて嫁にも行けん、嫁もとれん、しまいには…」
 


そこまで言った途端に、闇の向こうから途轍もない量の石が飛んできて、徳子の母・松子は息絶えてしまう。        


血だらけになっても、容赦のない投石によって絶命する壮絶なシーンだった。
 


信夫も大きい石を握って、思い切り投げるのだ。 

投石直前の信夫

致命傷は瓦の欠片だった。

 

この間、流れるのは、「四月長崎花の町。八月長崎灰の町。十月カラスが死にまする。正月障子が破れ果て、三月淋しい母の墓」という手鞠歌である。


かつて信夫が、母に似たマリア像を盗んで眺めていた時などに流れた歌である。

 

異様な映像と調和しない手鞠歌が内包する悲哀が、観る者の中枢を抉(えぐ)ってくるのだ。

 

【これは、誰もが知っている有名な手毬唄です】


部落では、松子の遺体を囲む者たちが沈黙を守りながら、男たちが一人ひとり席を立っていく。


そこに、遺体と化して戻された松子の復讐への憎悪が滾(たぎ)っている。

 

一方、海塔新田では、信夫がケロイドの男に吊し上げられていた。

 

「おい、自分が何をやったか分かってるだろうな。お前は自分の仲間を売り渡したんだ。そのままで済むと思ってるのか」 


無言のプレッシャーを破ったのは信夫だった。

 

瞬時に逃げ出したのである。

 

信夫の祖母は動転するだけ。

 

他方、警察の聴取を受けている徳子は、「自分から殺しを白状しやがった」(刑事)という信夫の逃亡を耳にして、凛として言い切った。

 

「違います。ウチの母ちゃんを殺したのは津山さんじゃありません」


「じゃ、誰が殺したと言うとかね?」

「それは…母ちゃんは(みんな)から殺されたんだ。直接手を下したのは、海塔新田のもんかも知れんけど、本当は皆から殺されたんだ」


「やめんか、バカたれ!」

 

伯父の福地駒一が怒声を浴びせた。

 

「勝手なことを言うと、死んだ母ちゃんまでが行くところに行けんごとなるぞ」

松子の兄・駒一(右)

「伯父さんたちが、母ちゃんをあそこにやったとよ。伯父さんたちが、母ちゃんを海塔新田に押しやったとよ」

「何を言うとか。海塔新田のもんがお前に悪さしたことが分かったから、それで松子は…」

「母ちゃんは皆(みんな)から殺されたんだ!」

 

そう言い放って、号泣する徳子。

 

被差別部落の男たちが海塔新田に向かっているという情報を聞き、逃亡する信夫の身を案じ、刑事を振り切って所轄署を後にする。

 

海塔新田の男たちからも追われた信夫の前に立ちはだかったのは、被差別部落の男たち。 


俺じゃない。俺じゃない」と言って、弁解して逃げる信夫と、彼を取り囲む被差別部落の男たち。

 

「あのおばさんが、あんなこと言わなければよかったんだ。血の止まらない腐れとかなんとか、あんなこと言わなければよかったんだ」 


信夫は必死に、事件の真実を伝えようとするのだ。

 

この光景を遠方から捉えた宇南は、彼らのもとに走り寄っていくが、信夫が川を渡って逃げている姿を見て、深く考え込んでしまう。 

宇南(右)


鉄条網で張り巡らされた米軍基地の脇を、被爆者の集落に住む若者がひたすら走り続けるのだ。
 


そして、「米海軍基地区域 立入る事を禁ず 違反者は日本の法律によって罰せられます」という警告板の傍らで拘束される信夫。 


最大のアイロニーと化したシーンである。


信夫はなお、走ることを止めない。


ニュータウンの前を走り切り、それでも止めない。



止めないことだけが、彼の〈生〉の全てであるかのように走り続けるのである。

 

 

 

5  差別という、重くて深いラインの炸裂

 

 

 

男女差別・障害者差別・民族差別・学歴差別等々、現代の日本社会でも多くの差別が残っているが、本作で取り上げた差別は、「朝鮮人差別」・「被爆者差別」・「部落差別」の3つである。

 

中でも「部落差別」は、「障害者差別」・「ヘイトスピーチ解消法」と共に、人権三法として人口に膾炙(かいしゃ)している重要且つ、看過し難い差別である。 

部落差別解消推進法

とりわけ映画では、少女の強姦事件によって寄合いの場まで設ける被差別部落の者が、海塔新田と呼ばれる被爆者の集落の者たちに、イスラム圏で行われている「石打ちの刑」の如き凄惨な死に様が描かれていて直視できないほどだった。 

石打ち刑

ここでは、拙稿(「時代の風景 人の世に熱あれ、人間に光あれ」)を引用し、部落差別の問題が如何に根深い課題であるかということについて言及したい。

 

何より、明治維新という名の我が国の近代化が欧州の植民地獲得戦争に遅れた分だけ資本の蓄積が脆弱になったことで、朝鮮・中国への侵略によって補填してもなお脆弱性を解消されず、この難点を埋めるには封建社会からの身分差別制度を利用してきたという歴史的行程の総体で把握すること。

 

部落差別の深い闇。

 

これを考える時、以上の視座が求められる所以である。

 

「下方比較」(かほうひかく)という言葉がある。

 

平たく言えば、「自分より劣っている人間を見て安心せよ」という心理である。 

下方比較

重い年貢で反抗する農民に対して、「お前たちは人間扱いされ、田畑を割り与えられているではないか。人間扱いされない穢多・非人のことを思えば、遥かにお前たちの方が有難いではないか」。

 

この巧妙な分裂支配こそが、封建社会の差別構造の芯になっていたということ。 

封建社会の差別構造

支配の最低層に「身分外の身分」、即ち穢多・非人を据えることで、民衆相互に反目させるという差別構造を固定化する。

 

だから穢多・非人は、食肉の処理など、人の嫌がる仕事をする以外の選択肢がなかったのである。 

食肉処理場に届いた嫌がらせの手紙

東京・芝浦の食肉市場の従業員


日本社会の歴史的過程で人為的に形成された身分差別によって、経済的・社会的・文化的に劣悪な状態を強いられ、「同和地区」と呼ばれる被差別部落の出身者であることを理由に結婚を反対されたり、就職上での差別を受けたりしたばかりか、インターネット上では、今もなお誹謗中傷・ヘイトスピーチが横行している現状が示すように、「部落差別解消推進法」(2016年12月に成立・施行)制定の契機となった部落差別の問題は、我が国の後期封建社会(近世)の中で、人為的に作られた重大な人権問題であるということ。 

【同和問題(部落差別)は、ただその地区の出身という理由だけで、偏見や差別を受け、自由と平等が侵害される不合理な人権課題である】

この問題意識が求められる所以である。

 

「娘も娘なら親も親じゃ。やっぱり部落のもんは違うね」


「私たちが部落なら、あんたたちは血の止まらん腐れたいね」
 


この二つの表現こそ、「下方比較」の典型例である。

 

「部落のもん」と「血の止まらん腐れたい」という、残酷なる表現が内包する深刻なテーマの情態の在りよう。

 

まさに、差別という言辞に収斂される、重くて深いラインの炸裂がここにある。

 

共に越えてはならないティッピングポイント(臨界点)を越えてしまった時の最悪の不始末が、そこに垣間見えるのだ。

 

閾値(いきち)を超えた瞬間に、急激且つ、劇的な変化が起こってしまったのである。

 

単に両者が「下方比較」する範疇を越え、常に心のどこかで意識する思いが噴き上げてしまった時、差別されてきた自己史のうちに累加された負の感情が、「逆差別」という形で言語化・身体化してしまったのだ。

 

差別とは何か。

 

それは、特定の個人・集団に対する拒絶反応・拒絶行為である。

 

但し、「差別」の証明の難しさがあるので、その意識を身体化する行為の総称と言っていい。

 

これが差別なのだ。

 

残念ながら差別意識は誰もが持ち得る。

 

しかし、それを言語化しない。

 

まして身体化しない。

 

それでいいのだ。 

神戸市のスラムの一つである長田区の番町地区(現在は、同和地区には指定されていない/ウィキ)

金沢市内の被差別部落の様子(1980年代)


「下方比較」を身体化したことで起こった悲劇の酷薄さ。

 

差別という、重くて深いラインの炸裂

 

せめてアンガーマネジメント(怒りのコントロール)の心理トレーニングを心がけたいと思うのみ。

 

【被爆者差別について言い添えれば、被爆の現実を正確に知ることに尽きるので、「被爆再現人形」の文化的価値に注目したいと考えている。原爆が人間を壊してしまうという現実を正確に知れば悲哀が生まれ、反核運動の正しさに昇華され、罷(まか)り間違っても、本作のような被差別者同士の軋轢(あつれき)など出来(しゅったい)しないだろう。差別には必ず加害者が存在するのである】 

被爆再現人形

映画について、簡単に書いていく。

 

総括的に書けば、差別の問題を基軸にして物語を押し通す社会派リアリズムの印象が強いものの、映像総体の臭気はリアリズムというより、観念系の粘力の強さを視覚化した映画だったということ。

 

結局、何が出来しても何も為すことなく、過去の呪縛に魂を奪われ、それに取り憑かれているだけのように見える主人公・宇南の〈現在性〉は、単に過去との繋がりの中で生きているように見える。 


リアリティがなく、観念の束に引き摺(ず)られているのである。

 

思うに、朝鮮人の炭坑婦を妊娠させて逃げ、長崎で被爆したばかりか、父に離縁された母親が被差別部落出身である過去に煩悶する。 

母が部落出身者である事実を、死に際の父に確認する宇南

それでも尚、努力して医師になり、佐世保で診療所を開いて、多くの患者に慕われている宇南だが、自らの成功譚の欺瞞を見透かす妻・英子が妊娠しても、流産させてしまう男。

 

ここにも差別が胚胎している。

 

まるで差別のオンパレードだった。

 

この人物のどこにリアリティを読み取れるのか、

 

宇南の人物造形は、観念のフィールドを広げて構築した物語の作り手の象徴的記号であって、それ以外ではないのだろう。

 

だから、その映像もまた、観念系の粘力の強さを視覚化した映画だったということ。

 

これに尽きないか。

 

因みに、鶏を食い殺した鼠の群れが、最後はガソリンで焼き殺されるという本作の象徴的映像は、「アニマルウェルヘア」(動物福祉)の視座で言わなくとも、正直、見るに堪(た)えなかった。  

鶏を襲う鼠の集団

鶏を食い殺した鼠の集団

鼠の集団がガソリンで焼き殺される

焼き殺された鼠の集団


最後は原爆で焼き殺されるという意味を内包し、食肉目的なら問題ないが、単に映画というエンタメ目的の残酷な撮影は、観る者に鮮烈な衝撃を与えるという意図が見えても動じない無双の昭和映画だったということか。 


(2026年2月)

 

【参考・引用資料】

井上光晴「地の群れ」  「時代の風景 人の世に熱あれ、人間に光あれ」

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