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2024年11月4日月曜日

ニューオーダー('20)  猟奇的好奇心の卑俗性を削ぎ落とす物語  ミシェル・フランコ

 


1  “デモ隊が環状道路を埋めつくしています。軍隊はいません。なぜ政府は対処しないのでしょうか?大混乱が生じています”

 

 

 

白人富裕層に属するマリアンは、実家の邸宅に政財界や同じ階層の白人たちを招待し、アランとの盛大な結婚披露パーティーを開き、幸福の絶頂の只中にあった。 

マリアン(左)とアラン

しかし、外では先住民族の暴動が発生し、多くの死傷者が出て、病院の入院患者が追い出され、暴動参加者に占領されるなど混乱が起こっていた。

 

【メキシコの民族構成は、スペイン系白人と先住民族の混血であるメスチゾ(メスチーソ、メスティーソとも)が60%を占め、先住民族が30%、スペイン系白人が9%という比率で成っている】 

メキシコの民族構成

招待客が続々と訪れる中、マリアンの母親・レベッカが蛇口から緑色の水が出るのを見て、使用人のトップであるマルタを呼んだ。 

レベッカ


「誰かが緑の塗料でいたずらを」とレベッカ。

「私が調べてみます」とマルタ。

 

華やかなパーティーは続いていたが、招待客の女性や車に緑色のペンキがかけられ、警察のパトカーも出動して来た。

 

そんな中、8年前に働いていた使用人エリサの夫ロランドが訪ねて来たと、マルタがレベッカに伝えた。

 

「エリサは手術が必要らしく、相談したいと」 

マルタ(左)

マリアンの母は外で待っているロランドに会いに行った。

 

「エリサに緊急手術が必要なんです。負傷したデモ隊が公立病院に押しかけ、患者は放り出されました。私立の病院を探しましたが、カードがないので前払いができなくて」

ロランド

「いくらなの?」

「医師の報酬は必要ありませんが、病院や助手の費用で20万ペソほどです」

「高いのね。どんな手術なの?」

「心臓弁の置換です。病院の準備はできています」

 

長く勤めていたというエリサだが、レベッカは冷たくあしらう。

 

「今日はタイミングが悪いの」

「なるべく早く返済します」

 

レベッカはパーティー参加者に声をかけ、取り合えずかき集めた3万5000ペソをロランドに渡し、明日出直すように行って戻って行ったが、到底足りないロランドは、その場に立ち竦む。

 

【メキシコペソの為替レートでは1ペソ = .63円】

 

直後、ロランドはマリアンに声をかけ祝福すると、マリアンは喜んでロランドの元へ行き、懐かしんでエリサの様子を訊ねた。 


事情を聞いてエリサを心配するマリアンは兄のダニエルに相談するが、ダニエルはロランドに僅かな金を渡して返そうとする。 

ダニエル

マリアンがそれを見て同情し、「待ってて」とロランドに言い、金庫の祝儀を渡そうと暗証番号を入力するが、母レベッカに変えられていた。

 

父親に暗証番号を訊ねたが分からず、アランに「ご祝儀を使うね」と暗証番号を聞き出そうとするが、アランは「ウソかも」と答え、ダニエルも「もう忘れろ。結婚式を楽しめ」と言われてしまう。 

マリアンの父

「兄さんて、本当に最低ね。大嫌い!」 

左からアラン、ダニエル、マリアン


マリアンに罵倒されたダニエルが去ると、アランは「君に任せるよ。怒らないで」とマリアンを宥(なだ)める。

 

「暗証番号を聞こう」

「父さんに相談しなきゃ」

 

このアランの反応にも苛立つマリアンは、財布を持って家を出るが、ロランドは帰宅した後だった。

 

「お父様に殺されます」と嫌がるマルタの息子クリスチャンを、同じアパートに住むロランドの家に案内させるために同乗させ、マリアンは高級車で屋敷を出て行った。 

クリスチャン(右)

結婚の承認をするための判事が遅れて到着し、レベッカに頼まれマリアンを探すマルタは、ガードマンのフェリペから二人が出て行ったことを聞くと、クリスチャンに電話をかけ、エリサの家へ向かっていることを知る。 

フェリペ

電話を替わったマリアンは、「エリサを入院させる。誰にも言わないで」と言い、判事を待たせておくようにマルタに頼む。

 

市内は警察だらけで、検問で環状道路への道は封鎖され、別の道を行くことになった。

 

ラジオから流れるニュース。

 

「“デモ隊が環状道路を埋めつくしています。軍隊はいません。なぜ政府は対処しないのでしょうか?大混乱が生じています。車によじ登り…”」 



一方、パーティー会場でマリアンの父親が判事と話をしていると、デモ隊の数人が勝手に敷地内に入り込んで来たのに気づき、フェリペに追い出すように指示するが、別の入り口から入り込んだ先住民の暴徒が銃口を向け、ダニエルが時計を渡して懐柔しようとするや、発砲音がして、父親が撃たれ倒れ込んでしまった。 

重傷を負うノベロ家の当主(マリアンの父)

フェリペに命じた男をフェリペが銃で撃ち、豹変したフェリペは全員に「中に入れ」と命じる。


ここで、フェリペが白人富裕層の敵対者であることが判然とする。

 

ダニエルが父親が死ぬので救急車を呼ぶように頼むと、フェリペは壁に頭を叩きつけ、銃で脅してレベッカに金庫を開けさせた後、その場で射殺するのだ。 

この直後、射殺されるレベッカ

その脇では、使用人の女が金目の物を嬉々としてバッグに詰め込んでいた。

 

屋敷の中に暴徒が雪崩込(なだれこ)み、人質となった招待客らは暴行を受け、殺害され、略奪の限りが尽くされ、一瞬にして阿鼻叫喚の地獄絵図と化していった。 


身を隠したマルタは、携帯でクリスチャンに「戻ってこないで。絶対にダメよ。そのまま家に帰りなさい」と伝えるが、すぐに暴徒に見つかり、抵抗して腹を棒で突かれてしまうのだ。

 

クリスチャンがマルタの電話を受けていると、突然、車のフロントガラスに緑色のペンキを浴びせられ、暴徒に行方を阻まれたマリアンは引き返し、運転をクリスチャンと交替する。 


マリアンは座席の下に身を隠し、クリスチャンは暴徒を掻(か)き分け、何とかロランドの家に辿り着いた。

 

マリアンは病気のエリサに優しく語りかける。

 

「病院へ連れて行くから。もう大丈夫よ」 


ノベロ家(マリアンの家族)の不熱心な対応を嘆くマリアンの誠実で優しい性格が体現されていた。

 

【メキシコの国旗の由来について書くと、スペインからの独立戦争を経て 1824 年に建国されたメキシコの3色の国旗は、緑(諸州の独立)・白(カトリックへの信仰心)・赤(民族の統一)を象徴していて、ここでは緑=独立を求める先住民族の叛乱、赤=貧困に喘ぐ先住民と特権的な白人富裕層の融和を希求するマリアンの誠実な人格という風に記号化されている】 

メキシコの国旗(ウィキ)

 

 

2  “新体制がどのようなものか、まだ何も分かっていません。ご覧のとおり、街は破壊されました。新体制でこの状況を打開できるのでしょうか?”

 

 

 

マリアンの実家では、夜になって暴徒たちが去り、「“金持ちはクソだ”」と壁に書かれ、招待客らの遺体が転がる庭を通り、マルタは屋敷から騒乱の街へ去って行った。 



翌朝、家に帰りたいとマリアンに言われたクリスチャンが外へ様子を見に行くと、軍の兵士に不審者として捕まり、家に連行されると、そこにいたマリアンだけ、家へ送ると言って車に乗せられた。 

一時的に捕捉

しかし、軍の末端組織の女性兵士もまた、マリアンの身に着けたピアスや指輪、時計を差し出すように強要し、略奪するのだった。 



一夜明け、戒厳令が敷かれた首都は、軍隊によって其処彼処(そこかしこ)に転がる遺体の回収作業が行われている。 


マルタが命からがら自宅のクリスチャンの元に帰って来たが、マリアンは自宅に送られることなく、後ろ手を捕捉されて軍の収容施設に連行されてしまった。 

マルタとクリスチャンの親子



収容所内では、多くの富裕層の男女が押し込められ、兵士たちから手荒な尋問を受けている。

 

身代金要求のために、一人ひとり、名前や住所、父親や夫の電話番号を聞き出され、額に16と書かれた番号を曝すマリアンもまた、同様に尋問された。 



一方、生き残ったダニエルは、アランと共にレベッカと妻の葬儀を行う。 

左からアラン、アランの母、ダニエル

葬儀場でのテレビのニュース映像。

 

「“新体制がどのようなものか、まだ何も分かっていません。ご覧のとおり、街は破壊されました。新体制でこの状況を打開できるのでしょうか?軍は夜間外出禁止令を発して、通行を厳しく制限しています”」    

 

葬儀に訪れた父親の友人で、結婚式にも列席していた警察官僚のトップのビクトルが、自らが引き立てたであろうオリベ将軍を紹介し、マリアンを探し出すことを、ダニエルとアランに誓った。 

オリベ将軍(右)をアランとダニエルに紹介するビクトル(左から3人目)


性的虐待と電気ショックの拷問を受け、極度に怯える人質らは、順番に家族への身代金要求のビデオを強要され、マリアンもビデオに撮られるのだった。 



その頃、ロランドは外出許可の出た日中、兵士に拒まれ病院に行けず、外出禁止の夜になって悪化したエリサのために、医者を呼びに行こうとして、呆気なく兵士に撃ち殺されてしまう。 

直後に射殺されるロランド

ロランドはエリサと共に教会で弔われた。

 

ダニエルの携帯に、身代金要求の電話がかかり、一瞬、マリアンの声を聞かせ、1000万ペソを要求してきた誘拐犯に、ダニエルはすぐに「分かった。金は用意する」と答えた。 

父を見舞い、電話に出るダニエル


収容所で裸の人質らが1人の兵士にシャワーを浴びせられるのを見ながら、マリアンを誘拐した女性兵士は取り分に不満を漏らし、マリアンに「ここから逃がしてあげる」と嘘をつき、同じく不満を持つ兵士とマルタの家へ行って、80万ペソを用意しないと、マリアンを殺すと直接取引を突きつける。 



その金の工面の為、軍から就業許可証を受け取り、マルタとクリスチャンはダニエルの家へ行き、事情を話した。

 

80万ペソを受け取ったクリスチャンは、軍の検問をかいくぐって持ち帰り、兵士らに渡すが、マリアンは解放されず、更に翌日100万ペソを用意するよう要求し、できなければ殺すと脅すのだった。 


その話をダニエルにすると、直ちに「誘拐犯は使用人でした…妹は彼の家にいるはず」とビクトルに通報する。 

ダニエルに要求額を伝えるマルタ親子

このダニエルの説明を耳にして驚くマルタとクリスチャン。 


誘拐犯の片割れにされてしまったのだ。

 

マルタの家で待機していたオリベ将軍は、やって来た兵士を捕らえ、マルタもまた連行されていった。

 

軍の収容施設では、誘拐に関わった兵士らが処刑され、遺体は燃やされた。 


その後、解放されたかに見えたマリアンはマルタの家に連れられ、即座に射殺されてしまうのだ。 


身代金の支払いに応じた人質は殺されるのである。

 

マリアン殺しの犯人として濡れ衣を着せられたクリスチャンも、呆気なく射殺されてしまう。 

この直後、射殺されるクリスチャン


かくてオリベ将軍は、兵士たちが得た身代金を横領したのである。

 

ラストカット。

 

ビクトルと軍の上層部と被害家族(ダニエルと父)が見守る中、誘拐犯と見做されたマルタらの公開処刑が執行されるのだった。 

「新体制」の中心人物、ビクトルとオリベ将軍

マルタ(右)

【ここに居並ぶ者たちの中心にビクトルとオリベ将軍がいることで明らかになったのは、以下の点。即ち、ノベロ家(マリアンの家族)から賄賂を受け取っていたビクトルが、警察官僚のトップであること。これは、警察関係者から「ボス」と言われていたことで推量できる。また、一連の軍の行動を指揮していたオリベ将軍が、ビクトルの支配下に置かれていると推量できるのは複数のカットで確認できる。即ち、この映画が、警察と国軍が癒着して「新体制」を作るために、殺戮を繰り返すメキシコの権力機構の腐敗に対する糾弾を描いた作品であることが明白である】 

左からビクトル、オリベ将軍、ダニエル、アラン

 

 

3  猟奇的好奇心の卑俗性を削ぎ落とす物語

 

 

 


「正義・人道・弱者利得」という、音楽なしに成立しないハリウッド文法を根柢から破壊するシャープなヒューマンドラマを創作し続けたミシェル・フランコ監督が、ここでは打って変わったように政治的メッセージを前面に押し出してきた。

 

「格差社会」の澱みの読み込みを含意にして、限りなく客観的リアリズムの手法で突き放すように描いてきた前3作(「父の秘密」、「或る終焉」、「母という名の女」)と切れ、登場人物の感情表現をギリギリに削り取った分だけ、却ってフランコ監督の主観的・個人的リアリズムの手法を隠し込むことなく際立たせる効果を生んでいるようだった。 

父の秘密」より

或る終焉」より

「善き者だけ」(マリアン、マルタとクリスチャン、ロランド)が被弾する物語を殆ど約束させ、残虐な描写を直截に可視化させたとしても、スプラッタームービーと異にして、観る者の好奇心を掻き立てる卑俗性を削ぎ落とし、映像が記録したカットの束の集合的重低音の圧は殆ど爆轟(ばくごう)と言っていい何かだった。

 

「メキシコだけでなく、世界は極限状態に追い込まれている。まるで日々ディストピア(暗黒世界)に近づいているように」 

ミシェル・フランコ監督

ミシェル・フランコ監督のコメントである。

 

この問題意識の抑えられない昂(たかぶ)りが炸裂し、集合的重低音と化して、本作に叩き込まれたであろうと容易に読み取れるが、警察と国軍との癒着の構造を複層化して、最終的に「新体制」の構築への負の行程を表現する映画としては手応えのなさを感受してしまうのだ。

 

大体、「新体制」とは何か。

 

権威に対する国民の服従を基軸にする権威主義国家の意向が強い体制になぞっているのか。

 

要するに、権力に忠誠さえ誓えば、何を盗んでも許されるロシアの如き「クレプトクラシー」(泥棒政治)をトレースしているのか。 

「ロシアにおける個人支配体制成立の国際的起源」より


公開処刑を前に居並ぶ権力者の構図を浮き彫りにするラストシーンが、あまりに通俗的過ぎて、私には馴染めなかった。

 

自国の権力機構の腐敗を抉(えぐ)る危機意識が膨張し過ぎて、作り手の主観的・個人的リアリズムが荒ぶってしまっているのではないか。

 

格差の問題を大仰に描く手法をディストピアのイメージで刺激的に描いたつもりだろうが、私には肝心な「メキシコの〈現在性〉」が描かれていないと感じられた。 

汚されるこの絵画はメキシコの画家ロドリゲス・グラハムの抽象画(下の絵画)と思われる

ロドリゲス・グラハムの抽象画


「メキシコの〈現在性〉」を描くには相当の勇気が求められると思いつつも、「日々ディストピア(暗黒世界)に近づいている」と語るなら、その地獄のリアルを果敢に映像化して欲しかった。 


猟奇的好奇心の卑俗性を削ぎ落とす物語。

 

率直に言えば、この感懐が本作に対する私の実感である。 


 

 

4  「メキシコ麻薬戦争」という地獄

 

 

 

メキシコ麻薬戦争(ウィキ)

同上

以下、時代の風景「『メキシコ麻薬戦争』という地獄」から全文を引用する。

 

メキシコの政治腐敗の極みは、「メキシコ麻薬戦争」に象徴される暴力の負の連鎖と、行政機能を低下させた麻薬密輸組織と癒着する地方警察幹部の汚職の現状に尽きる。

 

2006年、麻薬カルテルと癒着した警察幹部らも逮捕するという強硬姿勢で臨み、絶えず暗殺の危機に直面しながら、麻薬密輸組織の壊滅を目指す目的で始めたフェリペ・カルデロン大統領による「メキシコ麻薬戦争」が、組織の大物らの逮捕を機に、分裂した組織同士の抗争を激化させ、暴力の負の連鎖を惹起しながらも、この壊滅作戦で高い評価を得た6年間に及ぶカルデロン政権。 

フェリペ・カルデロン大統領(ウィキ)


そして2019年1月、アンドレス・マヌエル・ロペスオブラドール大統領は軍を動員して麻薬組織を取り締まる「麻薬戦争」の終結を宣言する。 

ロペスオブラドール大統領(ウィキ)

「戦争などない。公式に、もはや戦争はない。われわれは平和を望んでおり、平和を実現しようとしている」

 

ロペスオブラドール大統領はこう言い切ったが、しかし、この発言は現状と乖離している。

 

2016年頃から麻薬密輸組織の抗争が再び激化し、2018年には抗争での殺人事件の死者数は過去最多となって、治安の悪化を止める術がない。

 

ここで書き添えたいのは、麻薬の製造・売買に関する活動を行う麻薬カルテルという厄介な犯罪組織の存在。 

世界最凶の麻薬カルテルの叛乱|メキシコ麻薬戦争」より


周辺国の治安にまで影響を与え、支配することで無政府状態を惹起させるから救いようがない現状。

 

メキシコ国内最大の犯罪組織「シナロア・カルテル」。

 

「エル・チャポ」の通称で知られ、「世界最大の麻薬組織のボス」と称される麻薬王ホアキン・グスマンは、メキシコ社会の行政腐敗の歴史に精通している者で、その名を知らぬ者がいない。 

メキシコの「麻薬王」グスマン容疑者、米国に移送

逮捕されても繰り返される脱獄において数十人の看守に数十億円もの賄賂を配り、平然と脱獄したばかりか、数多の殺人事件に関与しつつも、貧困層への援助活動などによって彼を支持する熱烈なサポーターも存在するほどだ。

 

そんな男も遂に拘束される。

 

2017年、男がアメリカに飛行機で移送され、翌年には異例の厳戒態勢が敷かれる中で公判が始まり、2019年、ニューヨークの連邦地裁によって終身刑が言い渡され、現在、刑務所に収監されている。 

収監中のホアキン・グスマン(ウィキ)

麻薬の密輸とマネーロンダリング(資金洗浄)の罪で収監されてから2年近くの刑期を終えたホアキン・グスマン受刑者の妻、エマ・コロネル・アイスプロが釈放される


にも拘らず、終焉の兆しが見えないメキシコ社会の行政腐敗。

 

米国に運ばれる麻薬の中継地としてメキシコが位置することで凶悪事件が絶えず、現在、そのメキシコからオピオイド鎮痛薬でモルヒネの約100倍の鎮痛効果を持つ史上最悪の麻薬「フェンタニル」の猛威が止まらない。 

フェンタニルは、主に中国で生産され、メキシコのカルテルが米国内に違法に流入させているとみられている

米国で死者多数の合成麻薬『フェンタニル』、取り締まり強化で中国・メキシコと一致」より

米税関・国境警備局がアリゾナ州で押収したフェンタニル(2019年1月)


米国の死者は2021年に7万人を超えたと報じられていて、想像が及びもつかない。 

フェンタニル中毒患者
フェンタニルの致死量はたった2ミリグラム。尖った鉛筆の芯の先に乗る程度である


当然ながら、メキシコの麻薬カルテルが絡んでいる。

 

麻薬カルテルは、フェンタニルの製造に必要な原材料購入に、ビットコインなど複数のよく知られた暗号資産(仮想通貨)を使用していると、米財務省の金融犯罪取締ネットワークが勧告で指摘したというニュースも飛び込んできている。 

米財務省の金融犯罪取締ネットワーク(FinCEN)は2020年12月、米国外で保有されている暗号資産(仮想通貨)について、報告義務の規則を変更する提案を行った


また、史上最悪の麻薬と呼ばれるフェンタニルは、米国市民の生活の脅威であり、大統領選でも争点の一つとなっている渦中で、「密売人を死刑に」という過激な主張も出てきているのだ。 

ペンシルベニア州フィラデルフィア市のケンジントン地区で路上生活を送る男性=米東部フィラデルフィア市で(2024年6月25日)


そんなメキシコに今、左派政党である「国家再生運動」を立ち上げたロペスオブラドール大統領に代わって、同党出身で、同国初の女性大統領が誕生した。

 

「百年の孤独」で著名な作家ガルシア・マルケスを義父に持ち、科学者を本業とするクラウディア・シェインバウムである。 

クラウディア・シェインバウム大統領

歴代大統領の新自由主義的な経済政策が国内の貧富の格差を拡大させてきたと主張し、旧宗主国であるスペインが遂行してきた先住民の人権侵害を批判する彼女の政治的立場が「女性が恐怖を感じることのない、暴力のない生活を実現する」という表明に凝縮されている。

 

この表明は、彼女がプライドパレードに参加したことでも分かるように、ジェンダーの平等を確立することを目指すフェミニズムの思想性に起因するだろう。

 

では、人権重視のシェインバウム大統領は、フェンタニルで稼ぐ諸悪の根源・麻薬カルテルの勢力を抑えることができるのか。

 

シェインバウム大統領が当選を決めた選挙期間中に、メキシコ麻薬戦争最大の大量殺人とされる「メキシコ・イグアラ市学生集団失踪事件」(2014年)を起こした、メキシコ南西部ゲレロ州(「殺人の都」と呼ばれる国内で最も有名な観光地アカプルコがある)で、就任したばかりの市長が惨殺され、少なくとも6人の候補者が殺害された現実に向き合う時、その疑問が晴れないのである。

【「メキシコ・イグアラ市学生集団失踪事件」メキシコ南部ゲレロ州イグアラ市付近で昨年9月、メキシコ人の学生43人が行方不明となった事件で、カラム検察庁長官は27日、学生たちが殺害され、遺体は焼かれて川に遺棄されたと、正式に断定したことを明らかにした。その後、メキシコ犯罪捜査当局の責任者は学生らが殺害された理由について、人違いだったと結論付けた。犯罪組織が学生たちを敵対組織のメンバーだと思い込み、犯行に及んだという。遺族らは当局の見解を受け入れず、学生の失踪に軍が関与していた可能性を主張した。学生たちは教員養成学校に通う左翼の反政府活動家で、ほとんどが20歳前後。イグアラで予定されていた行事に抗議するために同市へ向かっていたとされる】
 
メキシコ・イグアラ市学生集団失踪事件(ウィキ)

ゲレロ州の州都チルパンシンゴ市のアルコス市長は就任早々に殺害され、遺体の一部とみられる

就任直後に殺害されたゲレロ州のアルコス市長


【日本の外務省は、ゲレロ州に対してメキシコ内で唯一渡航中止勧告を出している地域である】 

犯罪蔓延で観光業壊滅、人気リゾート地アカプルコ

ゲレロ州アカプルコで、銃弾を受けてひび割れた窓ガラス


【何より驚かされたのは、シェインバウム大統領が就任前(2024年8月7日)に、大統領就任式にプーチンを招待したと明らかにしたこと。 

メキシコのシェインバウム次期大統領とプーチン


戦争犯罪の疑いで国際刑事裁判所(ICC)から逮捕状が出ているプーチンをICC加盟国のメキシコが招待した理由は、本人によれば「以前もロシアを招待しており、特別なことではない」ということらしいが、人権重視の当大統領と戦争犯罪を止めないプーチンとの関係は、「歴史的に友好関係にある中南米のパートナー」と考える両国の歴史的経緯のみで説明するには無理がある。

 

首脳会談でメキシコへの投資を呼びかける意図が透けて見えるが、それにしても、左派政権同士の連携の継続性の担保だろうが、ロシアは既にナチズムの国家へと変貌している事実を見逃すことはできない。

 

大体、自らを守るガードが異様に高いプーチンが、「米国の裏庭」と呼ばれるメキシコに出向くなどというイメージは持ちようがないので、せいぜい代理人を送ることで済ますと思われる】

 

――― いずれにせよ、「メキシコ麻薬戦争」という地獄のリアルに慄然とするばからだ。 

【「クリアカンへようこそ」と書かれたバンには複数の遺体が残されていた(2024年9月下旬、メキシコ北部シナロア州)】

メキシコ政府は軍隊を派遣して沈静化を図るが、収拾への道は見えていない(2024年9月、シナロア州クリアカン)


―― 以上、「メキシコ麻薬戦争」について縷々(るる)言及したが、メキシコの〈現在性〉の一端が読み取れるだろう。


【「麻薬戦争」の底なしの闇の深さを描いたスティーブン・ソダーバーグ監督の「トラフィック」は、麻薬組織と命を賭けて闘う麻薬捜査官を演じたベニチオ・デル・トロの強烈な個性が光っていて、私にとって忘れられない傑作だった】 

トラフィック」より

ベニチオ・デル・トロ(「トラフィック」より)


(2024年11月)

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