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2026年3月7日土曜日

敵('25)   自ら在るべき〈死〉を呼び込み、春を待望する男  吉田大八

 


1  「残高に見合わない長生きは悲惨だから」

 

 

 

瓦屋根の日本家屋で一人暮らしをする70代半ばの儀助。 

渡辺儀助

フランス文学を専門とする元大学教授である。

 

シャケを焼き、朝食を摂る。

 

洗面所で歯を磨く。 


食後は手動のミルでコーヒー豆を()き、コーヒーと朝刊を手に書斎に入り、いつものルーティンを守っていく。 


講演の依頼の電話を受け、一律10万の講演料である旨を確認する。

 

自分の預貯金の額が尽きる=死ぬ日をXデーと決めている儀助は、グラフィックデザイナーの湯島に対して遺言書は殆ど書き終わったと話すのである。 

湯島(左)

そんな中、かつての教え子・椛島(かばしま)が訪ねて来て、物置の片づけを手伝いに来てくれた。

 

(から)井戸(いど)になっている古井戸を改修して、水が湧き出る井戸にすると言って帰って行く。 

椛島(右)

更にもう一人、訪ねて来た鷹司たかつかさ靖子(以下、靖子)から、「先生みたいに、素敵で成熟した人間にいつかはなれるのかと思ってたのに、難しいですね。全然、差が縮まらない」と言われてたじろぐ儀助。 

靖子


かつての美しい教え子・靖子に言われ、平静を失っているのだ。 



「余計なもの見つけて、わざわざ自分から病気になりに行くこともないだろ。健康診断は、人を健康にしないよ。まぁ、健康すぎるのも問題だけどね。残高に見合わない長生きは悲惨だから」


「いざとなったら、周りとか国とかに頼ればいいじゃないですか」


「どんな国の政府だって、収入がなくて税金を払えない人に長生きしてほしいとは思わないでしょ。頼りにしないと決めた方が逆に落ち着く」

「生きていれば、何かいいことがありますよ」

「そのいいことが続けられなくなった時に、どうするって話。君も一度、あと何年持つか、計算してみたらいい。不思議と生活にハリが出るから」 


人間ドックに入るという湯島との会話である。

 

キムチを食べて血便が出て、大腸の内視鏡検査を受けるが、注意を促されただけだった。 


「夜間飛行」というバーで、フランス文学を専攻する大学生・菅井歩美(すがいあゆみ/以下、歩美)と出会い、フランス文学の話になり、話が弾む。 

歩美

儀助がパソコンで「敵が来ると言って、皆が逃げ始めています。北の方から来るらしいけど、もう近くにいるという噂も。逃げる準備について知りたい方は」というスパムメール(迷惑メール)を目にするが、すぐ削除する儀助。 


この一件から、儀助の日常に異変が生じる。

 

 

 

2  「この雨が上がれば、春になる。春になればきっと、また皆に逢える」

 

 

 

大腸の内視鏡検査の際に、内視鏡が肛門に吸い込まれるという悪夢や、自宅で食事を共にした靖子から誘惑され、情事に耽る妄想に快楽を味わったりする。 


空井戸の改修に取り組む椛島。



「敵の件。 ついに敵が上陸し始めました。それに伴って、難民が青森県から四号線沿いに逃げています」 


再び、パソコンに入ってきた「敵の件」の情報。

 

そんな中、実家の父が失業して学費が払えないという歩美の相談に乗った儀助が、300万を貸すが、戻ってこなかった。 


入院している湯島のお見舞いに行き、そこで歩美の一件を話し、歩美がバイトしていた「夜間飛行」のオーナーの連絡先を聞いている矢先、人工呼吸器をしている湯島が苦しみ出し、急いで看護師を呼ぼうとするが、病院には誰もいないのだ。 


生前の妻・信子と書かれた部屋で眠る信子にかけられた布を剥(は)がすと、そこで横になっていたのは儀助自身。 


夢だった。

 

呆然と天井を見つめる儀助。 


この辺りから儀助の食生活は崩れていく。

 

パソコンから「遺言書」のファイルを開き、最初の行(ぎょう)を打ち直す。

 

「遺言者 渡辺儀助は次のとおり遺言する。このたび、いささか人騒がせな死に方を選んだことで、多大なご迷惑をかけた皆さんに、あらためて、お詫びいたします。大変、申し訳ありませんでした。このような死に方をすることに決めておりましたので、生命保険には入っておりません。残った預貯金は、葬式および家財道具の処分費用として使ってください…」

 

儀助が眠りから覚めると、20年前に死去し妻・信子が買い物姿で台所にやって来て立ち働き、コートを脱いでお茶を飲む。

 

会ったことがない自分の祖父の写真を信子に見せ、語りかけていく。

 

「この人が昨日、庭に立っててさ。僕は、この家に一人で住んでたわけじゃないんだよね。だから君も帰ってきてくれた」 


食堂を出て行く信子を追い駆け、最も重要な言葉を言い放つ儀助。

 

「世の中、変わっちゃって、元大学教授の誇りとかプライドとか、そんなの、生きるには邪魔なんだ。でも、ただ生き延びるために生きるってことを、どうしても受け入れられないんだよ」 

信子を追い駆けながら言い放つ

2階のベッドで横になっている信子に、なお言い放つ儀助。

 

「あの頃、普通だったはずの生活が、もう贅沢って言われるんだ。だから、君が早めに逝ってくれてよかった。二人で貧乏に耐えるなんて、そんなの、一番嫌いだっただろ?」


「ごめんね。疲れてるの。あなたも明日、朝早いでしょう?」と信子。
 


翌日。

 

遺言書を清書する儀助。 


メールが届き、「敵について」という文字が出て、その下のURLをクリックすると、パソコンの画面が消えて、何度クリックしても戻らない。

 

その間、コーヒーを挽きながら、食べかけのパンを食べる。


食生活の規律の崩れが顕在化しているのだ。 

カップ麺を手に持つ儀介

突然、パソコンの画面が現れ、文字列で埋まり、流れていく。 


「怖い、怖い、怖い」などの日本語がラインの中で踊っている。 


コーヒーを飲んだ後、儀助は紐で首を巻き、自殺を図ろうとするが、一階で物音がして頓挫する。 


階下から難民が、勢い込んで押しかけて来たのだ。

 

ここで目を覚ます儀助。 


パソコンの文字列に気づき、「難民、みんな埃まみれで真っ黒だった。放水車でキレイにしてあげれば」という言葉に反応する。

 

無数の石鹸を束ねて、それを自宅前に置き、「どうぞ、ご自由に好きなだけお持ちください 当主」と書いた箱の蓋(ふた)を添えるのだ。 


自分は門の影に隠れ、双眼鏡で通りを見張るのである。 


朝になり、ベッドで目を覚ます儀助。

 

外に出てみたら、一個の石鹸を残して、石鹸はすっかりなくなっていた。 


その石鹸で体を洗い、信子が浸かる風呂に入り、会話を愉悦する。

 

「あなた、私が死んだら他の人と結婚する?」

「しないよ。…いないよ、結婚してくれる人なんか」


「そうよ」

「“そうよ”ってことはないだろ」

「絶対、他の人と結婚なんかしないでね」

 

靖子と二人で鍋料理を支度している所に若い編集者・犬丸が訪ねてきて、連載を依頼される。

 

部屋に戻ると、信子が鍋料理を振る舞うために待っていた。

 

かくて、空腹状態の犬丸を交えて会食する。 

犬丸

突然、儀助がフランス語を喋る。

 

それを靖子が、“敵は、ゆっくり近づいてこない。突然、襲ってくる”と素早く直訳する。

 

ここで信子が、自らの感情を炸裂させるのだ。

 

「私の前で、私の夫と、私の知らない言葉で、よくも抜け抜けと、嫌らしい」


「訳してくれたんじゃないか」と儀助。

「出過ぎた真似をしてすみませんでした」と靖子。

 

ここから、夫婦の確執が炙り出されていく。

 

「あなた。この人を想像して、勃起して、一人で何度もしたでしょう」と信子。

「何、言ってる…」と儀助。

「私に嘘ついても意味ないから。一人でしたでしょう?一人でしたわよね?」

「想像だけだろ」

「想像だけの方が悪いの。私以外に絶対に誰も愛さないと言ったでしょう?人間は添い遂げることが大事なんだと。ずっと信じて努力してきた私はどうなるのよ。この女は、あなたが独身で格好のいい大学教授だから近づいてきたのよ」

「そんなことはない。鷹司(たかつかさ)君はまじめな学生だった」

「やっぱり大学教授って世間知らずねぇ。あなたが思いがけなく早く大学をクビになったとたん、さっさと他の人と結婚したじゃない」


「いいかげんにしなさい」

「そんな人に我慢なんかできっこない。だから、すぐ離婚したのよ。夫婦なんて我慢なんだから、あなた、遊ばれてるだけよ」

「やめろと言ってるだろ

 

信子は立ち上がり、その場を去っていく。

 

その信子が家を出ていこうとするのを、儀助は「ここは君の家じゃないか。君と俺の」と言って止めるのだ。

 

「もう私とはパリに行かないんでしょ?」


「行こうよ!パリ。行こう!」
 


家の奥から大きな音が聞こえる。

 

儀助が振り返った隙に、信子は消えていた。

 

部屋に戻ったら、犬丸が死んで倒れていた。 


先生が出て行ってすぐ、この人が私に襲いかかってきたんです」 


この靖子の言葉に反応して、二人は井戸に死体を投げ込もうとする。

 

儀助の元教え子の椛島(かばしま)が、「先生、喜んでください。井戸から水が出ました」と言って待っていた。 


儀助の意を()んで、椛島は死体を井戸に投げ入れるのである。

 

「心配しなくていい。今日のことは全部、僕が見ている夢なんだから」


「本当にそうだったらいいのに」と靖子。

「だって、現実のわけないだろう。死んだ僕の妻が君を責めたり、よく知らない若い男が死んだり」

「先生。私のこと想像して、一人で、してるんですか

「申し訳ない」

「こんなこと、いきなり教え子が聞くのも、先生の想像ですか?」

「そういうこと…」

「私、学生の頃、休みに、よく研究室に呼び出されて、お手伝いしましたね。一日中、二人きりで。お芝居にも、よく誘われました。そのあと、必ず、お食事、お酒というコース。二人きりで。夜遅くまで。今思えば、あれって立場を利用したハラスメントですよね」


「そんなこと言わないでくれよ。いい思い出なのに。君だって勉強になるって。喜んで付き合ってくれたじゃない」


「本気で言ってます?…かわいそうに…」


「え?」

「想像の私に言わせて安心してる…先生って本当に…」

 

ここで目が覚める。

 

遺言書を完成させる儀助。

 

外に出たら、「糞を放置したら犯罪」の張り紙の下に糞が放置してあった。

 

儀助にそれを見せて、憤慨する隣居の老人。

 

そこに犬の散歩をする女性が通り、隣居の老人が糞を捨てた飼い主と決めつけられ、口論になるが、矢庭に、見えない「敵」からの銃弾が老人の命を奪い、儀助と共に逃げようとする女性も銃殺されるに至る。 


自宅に戻っても外からの銃弾が絶えまなく発射され、家の中は溢れかえる難民たちも逃げ惑い、「陰翳(いんえい)礼讃(らいさん)」の瓦屋根の日本家屋がカオスと化していく。 

目に閃光が走り、銃弾が飛んでくる

物置に隠れた儀助は顔を上げ、棍棒を手に持ち、力強い眼差しで我が家を凝視する。 


「敵」に向かっていくのだ。

 

胸を撃ち抜かれ、前のめりになって倒れていく儀助。

 

辺りを照らす閃光が溶融し、柔らかな光となって世界を満たしていくのだ。

 

(あん)(かい)の中で(まぶた)が開き、その視線の先に雨に濡れ、木々が生い茂る庭が広がり、縁側の障子(しょうじ)(もた)れた儀助の表情はとても穏やかだった。 


「この雨が上がれば、春になる。春になればきっと、また皆に逢える。皆、どうしてるかな。早く、逢いたいな」

 

春 儀助の家。

 

遺言書が読み上げられていく。

 

“遺言者である渡辺儀助には親もなく、子供もなく、また配偶者も生存しておりません。なおかつ、兄弟姉妹等の相続人もおりませんので、この遺言によって、私の主なる財産、即ち、担保抵当とは無縁な不動産である自宅および土地を…私のいとこ…” 


ラスト。

 

相続者であるいとこの長子・渡辺槙男(まきお)が家内を回り、物置に入って、アルバム、ナイフ、双眼鏡などを見つけるが、その双眼鏡で2階を覗いた瞬間、窓に儀助が映っていた。

渡辺槙男



そして、渡辺槙男も消えてしまったのである。

 

 

 

3  自ら在るべき〈死〉を呼び込み、春を待望する男

 

 

 

「原作を何度か読み返すうちに、それまで普通にできていたことができなくなる老人性の症状というよりは、人生の最後のステージで、もう一度会いたい人とか、もう一度経験したいことを半ば無意識に求めて、そのために夢や妄想の世界へ積極的に身を投じずにはいられない主人公像が浮かび上がり、それを描きたいと思いました」(「夢や妄想の世界へ、積極的に身を投じずにはいられない主人公像を描きました 『敵』吉田大八監督公式インタビュー」

 

吉田大八監督

吉田大八監督の、このインタビューは本作の要点を的確に言い当てている。

 

人生の終幕の場で、迫りくる死の恐怖に怯え、戦慄する男。

 

それまで死の準備を万全に済ませ、「残高に見合わない長生きは悲惨だから」・「君も一度、あと何年持つか、計算してみたらいい。不思議と生活にハリが出るから」と言い放っていた男が今、迫りくる死の恐怖に怯えているのだ。 


本作の主人公・儀助にとって、それまで死は観念でしかなかった。

 

観念としての死には切迫感がない。

 

切迫感がない死とディール(取引)する男の持ち札もまた、「不思議と生活にハリが出るから」という主観的な観念でしかない。

 

だから、男が立ち上げた「終幕のルール」は観念系の遊弋(ゆうよく)でしかなかったのだ。

 

そんな男がいつものキムチを、いつもの量を、いつものように食べて血便が出て、狼狽する。

 

かくて大腸の内視鏡検査を受けるが、「年取ったら、もっとセーブしないと。いつもと同じペースじゃ、もう通用しませんよ」と担当医に注意を促されただけだった。 


規律正しい生活を繋いでいたにも拘らず、内視鏡検査を受ける事態になり、「いつもと同じペースじゃ、もう通用しませんよ」と言われたことに困惑したのは、第三者である医師から自らの「老化」を明瞭に指摘されたからである。 


言われなくても分かっているのだ。

 

だから、「残高に見合わない長生き」を否定するのである。

 

このエピソードから規律正しい生活に少しづつ変化が生じていく。 



「夜間飛行」に通って現役女子大生・歩美との近接距離での会話「敵」の出現⇒内視鏡の肛門への挿入の悪夢⇒そして、靖子との情事の夢と続くのである。 

ズボンのチャックを締める夢

この変化に共通するものがある。

 

身体性である。

 

ここからの変化の大きな特徴は、対人関係に垣間見える身体性である。

 

思うに、瓦屋根の日本家屋が深々と抱え込む庭・古井戸・照明・紙・食べ物を内包ことで、「陰翳礼讃」の美学という観念の小宇宙から脱皮して、夢や妄想の只中で能動的に動く身体性が物語を支配し、最後まで駆け走っていくメタ構造的な構成は絶品だった。

 

何より、身体性を有することで観念としての死が自壊して、儀助の死には劇甚(げきじん)切迫感漂動するのだ。

 

切迫感が漂動する、「敵」という名の「孤高死」は、紛れもなく渡辺儀助という男の死である。

 

闘い切って恐怖を越え、春を待望する男の「孤高死」が、それ以外にない軌道に乗って揺蕩(たゆた)っている。


死とは生の延長にあることを自覚せよ、と言っているようである。


去死きょし十分じゅうぶん」である。

 

過去に生きる儀助が抱え込んだ情報の束が、彼自身の中で加工され、それが記憶の再構成的想起によって蘇生していく。

 

再構成された記憶が想起・発現され、大きく〈生〉に振れることで、迫りくる死の恐怖と対峙し、自ら在るべき〈死〉を呼び込み、その恒久の世界に入っていくのである。

 

そうであれば、儀助の「孤高死」は自殺ではなく、縁側の障子に(もた)れた儀助の穏やかな表情で、「春になればきっ、また皆に逢える」という言葉を残して逝ったのではないか。

 

その直後の暗転するカットが、それを伝えているのではないか。

 

自ら在るべき〈死〉を呼び込み、春を待望する男

 

これではないかと思う。

 

どのようにでも解釈されるラストシーンは、曰く言い難し。 


ヒントがある。

 

椛島が見た物置の前に立っていた若い男が、相続者の槙男である可能性が高い。

 

或いは、儀助が庭で見たという、槙男に酷似した若き日の儀助の祖父かも知れない。

 

だからと言って、ラストで映される儀助の画との時系列との関係の答えがあるとも思えない。

 

あれほど瓦屋根の日本家屋に住むことに拘泥したことを思えば、「自分はまだ、この家の主人である」と言っているのかも知れない。 


なぜなら、夢と妄想で生き抜いた儀助の最晩年の表情は、物語のラストのそれと同じように思えるからである。

 

そんな儀助を捉えた双眼鏡だが、捉えた瞬間、双眼鏡が落ち、槙男も消えていく。 


どうも映画では、双眼鏡を媒介すると人間の恥ずべき実態が分かるらしい。

 

「双眼鏡を使って近所を観察していると、人間っていうのが如何に恥ずかしくて、面白いか、よーく分かる 


椛島に言い放った儀助の言辞である。

 

双眼鏡によって捉えられた儀助の相続人への一撃が、このカットというわけである。

 

ここで、双眼鏡によって捉えられた儀助について包括的に考えてみたい。

 

2階の部屋で儀助は何をやっていたのか。

 

「自分はまだ、この家の主人である」と言っているのかも知れないが、それ以上に意味のある画ではなかったのか。

 

妻・信子との関係をコアにしながら進む、夏から冬にかけて可視化された自己の物語を総括していたのではないか、と私は推量している 


「敵」の出現以降のエピソードは、大半が儀助の夢と妄想で埋め尽くされているので、その一例として、靖子との最後の会話を想起してみる。

 

世俗の欲望を隠し込んで生きてきても、靖子にはお見通しだった。

 

「心配しなくていい。今日のことは全部、僕が見ている夢なんだから」と敢えて吐露し、儀助の夢の中で、彼女が犯した殺人を相対化して見せた。

 

「私、学生の頃、休みに、よく研究室に呼び出されて、お手伝いしましたね。一日中、二人きりで。お芝居にも、よく誘われました。そのあと、必ず、お食事、お酒というコース。二人きりで。夜遅くまで。今思えば、あれって立場を利用したハラスメントですよね」 


これは強烈だった。

 

だから、「そんなこと言わないでくれよ。いい思い出なのに」という反応の切なさに絶句する。 


そのあとの靖子の言辞は「本気で言ってます?…かわいそうに…」だった。 


ここまで同情されたら殆どKOである。

 

茫然自失と言う外にない。

 

靖子への欲情を吐露した後、「申し訳ない」というほど、この老学者はバカ正直なのだ。

 

この愚直さ、儀助という男の生真面目さを体現しているだろう。

 

しかし、このエピソードは自らの妄想を加工した再構成的想起の所産である。

 

恐らく、第三者から嫉妬含みで表出された「ハラスメント」発言なのだろうが、儀助はこんな風に過去と向き合って、内罰的行為に振れていくのである。

 

中でも、妻・信子をパリに連れていかなかった一件は、振り返って最も悔いの残る出来事だったに違いない。 

「行こうよ!パリ。行こう!」

過去の不始末を自省する強い思いが儀助の中に張り付いていて、それらを総括する必要が、現役を退いた老学者にはあった。

 

そう考えれば、この映画は、「内なる敵」をテーマにしたものと推察できる。

 

本作が「内なる敵」を剔抉(てっけつ)する物語と考えれば、納得も行く。 


迫りくる死の恐怖に怯え、戦慄する男が立ち上げた「終幕のルール」が壊れゆく先に、「内なる敵」を剔抉する総括が待っていた。

 

そういう映画ではなかったのか。 


(2026年3月)

 

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