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2022年2月13日日曜日

エンタメ性を丸ごと捨てた、直球勝負の社会派の秀作 映画「17歳の瞳に映る世界」('20)  ―― その精緻な構成力  エリザ・ヒットマン

 



1  NYへの中絶の旅に打って出た二人の少女

 

 

 

高校の文化祭で、ギターの弾き語りの舞台に立つ17歳のオータム。 

                        オータム


会場から、「メス犬!」とヤジが飛び、オータムの弾き語りが、一瞬、切れてしまうが、最後まで歌い切った。 



オータムは、密かにウイメンズ・クリニックでセルフチェックを受け、妊娠検査の結果が陽性だった事実を知らされ、動揺を隠せない。 

クリニックに行くオータム





既に、妊娠10週目に入っていると言われたのだ。 



「あなたの人生で一番神秘的な音よ」とも言われる17歳の少女。



「中絶とは胎児を殺す暴力行為」 


「プロライフ」(妊娠中絶禁止)のクリニックで見せられた動画である。

 

家に帰り、「“未成年の中絶 ペンシルベニア州”」で検索すると、「“中絶が行われるには、親の同意が必要である”」と書かれている。 



オータムは、「“自分で行う堕胎”」と調べ、自ら中絶しようとビタミンCを大量に飲み、嗚咽を漏らしながら、繰り返しお腹を叩くのだ。 




スーパーのレジのバイト中に、体調を崩してトイレで嘔吐するオータムを、同じレジのバイトをする従姉妹のスカイラ―が心配し、そこでオータムが妊娠している事実を聞かされる。 


スカイラ―


ここから、二人の少女の「中絶の旅」が開かれていく。

 

スカイラーはスーパーの売上金をくすね、それをオータムに渡す。 



バスの時刻表を調べ、翌朝、長距離バスで、未成年でも堕胎が認められるニューヨークへ向かうオータムとスカイラー。 



長距離バスに乗る二人の少女

スカイラ―に話しかけてくる若者


ニューヨークへ到着し、ネットで調べた「全米家族計画連盟」へ行き、改めて超音波検査をすると、妊娠18週目に入っていることが判明する。 


「うちでは最後の生理から、12週目を過ぎたら、中絶できないのよ」


「どうすればいい?」

「別の施設を紹介するわ。明日の朝イチで診てくれる」

「今すぐはダメなの?」

「着く前に閉まる」

「待てない」

「無理を言わないで。明日なら必要な処置をしてくれる。分かった?」 


了解せざるを得ないオータム。 



【ここで言う「全米家族計画連盟」とは、Wikipediaによると、「プランド・ペアレントフッド」と呼称され、アメリカで女性の性と出産に関する健康と権利に関するサービスや啓蒙活動を行っている医療サービス非営利組織である。個人の権利に基づいた人工妊娠中絶手術、避妊薬処方、性病治療といったサービスを提供しながら、学術調査、性教育などを実施している。要するに、プロチョイス(妊娠中絶権利擁護)の推進団体である】 

トランプの選挙活動に抗議するプランド・ペアレントフッドのメンバー


「“ママへ スカイラーの家に泊まる”」とメールするオータム。 



駅のベンチから追い出された二人は、地下鉄に乗るが酔っぱらいの男に絡まれそうになり、途中下車してゲームセンターで遊び、地下鉄に行く。 



翌朝、「全米家族計画連盟」から紹介された施設へ行くと、その周囲には中絶反対デモの人たちが溢れていた。 



医療費の相談係から説明を受けるオータムは、保険証は使えるが、親元に請求書が届くため、自費で払うことにした。 


足りない分は民間基金から出ると言われる。 



次に、カウンセラーのケリーと面談することになった。

 

一日で済ませたいオータムだったが、「拡張器で子宮頸管(けいかん・子宮の下部/下は拡張器の画像)を一晩かけて広げる」ため、2日かかると言われ、改めて中絶の決意を確認される。 

ケリー

                        拡張器


「前処置だけして、明日の手術をやめたら、重大な問題が生じる場合が」


 

宿泊場所と所持金の心配をするケリーは、ボランティアを紹介すると言うが、オータムは「自分で何とかする」と断る。 



このケリーとの丁寧なカウンセリングは、本作の肝なので後述する。

 

まもなく、医療スタッフの前処置(ぜんしょち)が行われた。 


【中絶手術の前処置とは、子宮頸管内にラミナリア等の棒状の子宮頸管拡張材を挿入すること】

 

予約金を払い、所持金が足りなくなった二人だが、スカイラーが母親に無心しようとすると、オータムはそれを制止する。 


困ったスカイラーは、行きのバスで知り合った若者をメールで呼び出し、ファーストフード店に3人で入ったあと、ボウリング場で遊ぶ。 



スカイラーは体調の悪いオータムを心配し、若者の相手をしながら、お金を借りるタイミングを見計らっている。 



オータムは苦しくなり、トイレに行くと、不正出血していた。 



そこで母親に電話をかけ、声を聞くが、何も話せない。

 

話しようがないのだ。

 

帰り際、スカイラーは若者にお金を貸して欲しいと頼み、オータムを残し、若者はスカイラーを伴いATMに行く。 

常にオータムを案じるスカイラ―


待っていたオータムはスカイラーが心配になり、重いトランクを転がして、NYの町を探して歩くのである。 



手術前なのに、彼女の疲労がピークに達しつつあった。 



元の場所に戻ると、スカイラーは柱の陰で、件(くだん)の若者にキスされていた。 



裏側から手を伸ばし、スカイラーの手を握るオータム。 


しっかりと、小指を繋ぐ二人。 


二人の少女の繋がりの深さを象徴するカットだった。

 

若者から金を借りることはできたが、地下鉄のベンチで野宿するしかなかった。 


「金欠の旅」に打って出た少女たちの定めである。

 

翌日、ケリーの立会いの下、麻酔をして、中絶手術を受けるオータム。 



無事終了し、スカイラーと食事をするオータム。

 

「どうだった?」


「どうって?」

「どんな感じだった?」

「うまく言えない」

「親切だった?」

「すごく」

「痛かった?」


「不快なだけ」


「今の気分は?」

「疲れた」 



安堵したオータムとスカイラーの表情に、笑みが戻っていた。



そして、地下鉄を寝床にして、2泊3日に及ぶ、NYへの中絶の旅を終えた二人は、長距離バスに乗り込んだ。

 

故郷で待つだろう事態が決して安寧に満ちたものではないことを印象づけて、今、困難な旅を終え、オータムは穏やかな眠りに就く。 


 

 

2  エンタメ性を丸ごと捨てた、直球勝負の社会派映画

 

 

 

エンタメ性を丸ごと捨てた、直球勝負の社会派映画。

 

MeToo運動に連動する作品の基調は、酷似したテーマを描いたルーマニア映画の秀作、「4カ月、3州と2日」のようなヨーロッパ映画の相貌性を印象づけ、不要な描写を削り切ったその完成度の高さに驚きを禁じ得なかった。 

4カ月、3州と2日」より

クリスティアン・ムンジウ監督の「エリザのために」も大傑作


―― 本作の登場人物の中で固有名詞が使われたのは、3人の女性のみ。

 

オータム、スカイラーと、カウンセラーのケリーの3人である。

 

固有名詞を剥(は)がされた男たちは「性欲丸出し人間」として記号化されているから、その加害性(但し、若者の場合は「弱毒化」されている)を浮き立たせていた。 




二人の少女以外に固有名詞を与えられたケリーは、オータムのカウンセラーとして、プロチョイスを咎(とが)めることなく、穏やかだが、少女の明瞭な意思を引き出す精緻なカウンセリングを進めていく。

 

その手法は、映画の原題となった、「Never(一度もない)、 Rarely(めったにない)、 Sometimes(時々)、 Always(いつも)」という4択。

 

それを再現していく。

 

「どういう理由で、中絶を決意したの?」


「母親になる自信がない」


「いいことよ。自分で決めたなら、何の問題もない。中絶は、誰にも強要されてない?」

 

幾つかの病歴の質問を受けたあと、性行為に関する質問が続く。

 

「“最初の性行為は何歳?”」


「14歳」


「“どんな性行為を?膣性交 肛門性交 オーラル”」

「全部」

「“最近 何人と性行為した?”」

「1人」

「“その人は、ほかの人とも性行為を?”」

「たぶん」

「“この1年間で、何人と性行為した?”」

「2人」

「“今までは?”」

「6人」

「“HIVや性病の予防に、コンドーム等を使ってる?”」

「はい」

「相手との関係も聞かせて。とても大事なことなの…答えは4択、“一度もない めったにない 時々 いつも”…“この1年間で相手が、コンドーム装着を拒否した?”」


「時々」


 

以下、すべての質問の最後には、4択の問いが繰り返されていく。

 

「“相手が避妊の邪魔をして、妊娠させようとした?”」

「一度もない」

「“相手に脅された?”」


「なぜ聞くの?」

「安全を確かめるの」

「…めったにない」

「“相手に殴られたり、暴力を振るわれた?”」 



この質問に答えることに躊躇(ためら)うオータム。

 

「大丈夫よ。“相手に、性行為を強要された?”」

 

やはり答えられずに、涙を滲ませるオータム。 



「大丈夫。あなたを危険から守り、助けたいの…もう一つだけ聞かせてね。“今までに誰かに、性行為を強要されたことは?”」


「ある」


「その話をする?」

「いいえ」

「分かった。私の連絡先を渡すから、電話して。今日は話さなくていい。助けが必要な時にかけて。聞きたいことある?」


「中絶するのって痛い?」

「不快感はあるわよ。婦人科検診の経験は?」

「ない」

「手術室でやるの。そこには医者に看護師、医療スタッフがいるの。あなたが望めば私も。いてほしい?」


「ええ」

「今日は簡単な前処置をするわ。膣鏡(ちつきょう・クスコのこと/下の画像)を使って、頸管にラミナリアを挿入。ひと晩で子宮口が広がるの。だから不快感とか、尿意を催すけど、そう痛くはない」

「分かった」

「万一、激痛になったら連絡して。明日は中絶手術だけど、あなたは麻酔で眠ってる。私も立ち会うから」


「意識がないの?」

「10分で終わるわ。早いでしょ?回復室で目が覚めたら、すべて終了。家へ帰れる。もう大丈夫?」


「たぶん」 



以上、ケリーのカウンセリングは、相手から暴力を振るわれたり、性行為を強要されたことを認めながら、その話を拒むオータムの意を汲み取っているから、決して詰問(きつもん)にはならなかった。

 

だからオータムは、封じ込んでいた感情を吐き出してしまうのである。

 

「大丈夫。あなたを危険から守り、助けたいの」

 

このケリーの穏やかな言葉にオータムは頷き、同様の問いに涙を浮かべて、「イエス」と反応するのだ。

 

ケリーを信じ切ったオータムが、手術室に「いてほしい」と望むのである。

 

このカウンセリングをコアにして、中絶の過程をここまで描いた映画は少ないと思われるが、それにしても、このカウンセリングの描写は秀逸だった。

 

中絶の是非論はともあれ、このような厳しい精神状態に追い込まれた少女の心を癒し、その背中を前に向かって押していくプロのカウンセラーの、正真正銘のアウトリーチの凄みに圧倒される。

 

だから、ケリーの立ち合いのもとで行われた中絶手術は無事に終えられた。 

ケリーが立ち合い、手を握り合って「前処置」が終わる

「前処置」が終わって、フォローする

手術に立ち合うケリー(左)

ケリーの手がオータムを支えている


「大丈夫。あなたを危険から守り、助けたいの」というケリーの言葉が、オータムの中枢に届いたことが、3日間に及ぶ、二人の少女の険しい「中絶の旅」を温かく包摂(ほうせつ)する。 



それが、笑みが溢れる彼女たちの最後の会話に結ばれたのである。 



当ブログの前作の「プロミシング・ヤング・ウーマン」と共に、二人の若い英米の女性監督の、直球勝負の社会派映画の圧倒的力量を見せつけられ、アメリカ社会を初発点にするMeToo運動の広がりが、溜込まれた底力をじわじわと、しかし確実に、洋の東西を問わぬ文化フィールドで表現されている現場に、私たちは今、立ち会っているように思われる。 

エリザ・ヒットマン監督

エメラルド・フェネル監督

「プロミシング・ヤング・ウーマン」より

                   「17歳の瞳に映る世界」




―― それにしても、一部の例外を除いて、直球勝負の社会派映画を構築できない邦画の惨状に滅入ってしまう。

 

直近の映画を例に挙げれば、主演女優が圧巻の演技力を表現しながらも、その作品の幼稚さに愕然としたのは、作品のファンには申し訳ないが、「MOTHER マザー」と、基本ヒューマンドラマの「茜色に焼かれる」。 

MOTHER マザー」より

茜色に焼かれる」より


構成力・主題提起力が脆弱で、独り善がりの印象を拭えなかったからである。



【以下、参考までに、東京の産科婦人科のサイトをもとに、妊娠中絶手術の過程を書いておきます】 

    【麻酔・麻酔がかかってから専用の器具でゆっくり、少しずつ子宮口を広げていきます

      【施術・専門の器具で、子宮内の胎児とその付属物を取り除いていきます】

【確認 ・子宮内に残留物がないかどうかを確認します】

【施術終了・子宮内がきれいな状態になれば、手術は終了です】

 

 

(2022年2月)


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