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2026年4月25日土曜日

台北暮色('17)   非日常を紡ぎ出した関係の到達点  ホァン・シー

 


1  
「修理は初めて?」「ああ」「シャイなのね」「いや、そうでもない」

 

 

 

台湾の首都・台北(たいぺい)に暮らす3人を中心にした群像劇。

 

冒頭、中年男のフォンが車がエンストしてしまって、地下鉄に乗る。 

フォン

別の地下鉄の中で、同じ集合住宅に暮らしているリー少年が、鳥が入っている箱を持つシューという女性に声をかける。

 

リーは「箱に入ってるのは鳥だよね?」と聞くが、「違うわ」と否定される。

リー(左)とシュー

なお執拗に「そうかな。鳥だよ」と言うリーに「後で教える」と答えるシュー。

 

「見てもいい?」と聞いても「後でね」


「絶対、鳥だよ。僕も前に飼ってた」

 

地下鉄から降りたシューは先に行き、その後を追うリー。 


帰路が同じだからだ。

 

そんなシューの携帯に「ジョニーはいる?」という電話がかかってくるが、見覚えがないシューは取り合わない。 


リーが気になって近づき、先に帰宅する。

 

自閉症スペクトラムと思しきリーは、常に母から行動指示のメモをもらっているが、これが気にくわず文句を言うが、「書かないと忘れるでしょ」と返されるのみ。

 

またシューの鳥についても話すが、「シューさんは鳥好きみたいね」と一言。 


帰宅途中のシューは、フォンから道を聞かれたので教える。 

フォンとシュー

そのシューも帰宅する。

 

箱からインコを出して、「新しいお友達」と言って早速、ペットにする。 


そこに彼氏から電話が入ってくる。

 

「月末に台北(たいぺい)へ行く。ホテル君の部屋で。台中(たいちょん)にも行くが、君も来るか?それと君の部屋へ会うなら頼みが。鳥は箱に閉じ込めてくれ。放し飼いは耐えられない」

 

インコのケージを準備しながら電話するシューは、「最近、変なことが」と言って、“ジョニーを出せ”という間違い電話が何度もかかってくる一件について話していく。


インコの水浴びさせているシューの所に、リーが母から頼まれたパパイアを送り届けに来て、掃除をすると言うリー。

 

甲斐甲斐しく鳥を世話をする中、空いた窓からインコが逃げてしまい、鳥のエサ入れを振って、口笛を吹きながら近所を探し回るシューが、ようやく見つけたインコを捕獲するためにリーの家に行く。


梯子を借りて現場に行くのである。 

梯子を借りに来たシュー

梯子を持つのは、リー一家を訪ねて来たフォンだった。

 

鳳凰(ほうおう)の頭の上?」とフォン。

 

鳳凰は、中国神話に登場する伝説の霊鳥で、中国文化において最も縁起の良い鳥とされる】

 

シューが行っていたように、鳥のエサ入れを振ってリーが静かに上っていくが、捕獲できなかった。 

リー

その後、シューは彼氏と重い話を繋いでいる。

 

「昔の部屋、空けてある。もしダメなら戻ってこい」


「何なの、それ」

「“もしも”の話だ」

「子供扱いしないで」

「そんなふうに思ってない。心配なんだ」

「私は元気にやってる」


「意地を張るなよ。また昔のように君を援助する。君は一体、何がしたい?」

 

何も答えられないシュー。

 

一方、車中生活を送るフォンは薄暗く静かな朝、ペットボトルの水を手に歯磨きした後、ベンチで物思いに耽っている。


何でも屋(便利屋)らしく、集合住宅の窓の修理に苦労しているフォン。 


そこにシューが通りかかって、「動けないの?」と声をかける。

 

「重いから、ケガする」

「どうすれば?」

「誰か呼んできて」

 

そう言われたシューは人を呼び、手伝ってもらった。

 

「修理は初めて?」

「ああ」

「シャイなのね」

「いや、そうでもない」

 

その後も窓の修理を続けるが上手くいかず、シューは人を呼びに行く始末だった。

 

 

 

2  「心配ないさ。人との距離が近すぎると、愛し方も忘れる。だから大丈夫」

 

 

 

リーは池で数を数えて遊んでいた。 


自転車で帰る時も、数を数えている。

 

雨が降ってきて慌てて走っているのだ。

 

そのあと、高架下の(みず)()まりの中を自転車で回ったり、歩いて遊ぶリー。 


その雨の中、今度は集合住宅の雨漏りの仕事に専念するフォン。 


それを見守るシュー。

 

ゲストハウス(簡易宿泊施設)の受付をしているシューは、手際よく顧客対応をする。 


そんなシューだが、彼氏が台中から訪ねて来ても部屋の掃除を止めないのだ。 


「何が忙しいんだ。台北で独りでいる君が心配なんだ。ずっと君を応援してきた。ヨガ教室や民宿の援助もしてきた。台北に戻りたいならそれでもいい。これからも援助は続けるつもりだ。君はどうしたい?」


「あなたは?何をさせたいの?」


「台北へ来る前に友人と食事した。君の話が…」

一体、何の話よ

「その友人が見たそうだ。君が男と手をつないで歩いてたのを!」

「あり得ないわ。それで?」

「ラブラブな様子だったと」

「あきれた」

「反論を」

何を言えって?何を聞きたい?」

「答えろ!」

「一体、何を信じるの?分かでしょ

「君が分からない。今回、妙に冷たい。何を考えてる?俺に不満があるのか?大事にしてるのに。全部、俺の金だろ?説明ぐらい…」

「何を説明するのよ!」

「分かるだろ?」

「何よ」

「新しい男か?君を理解してるのは俺だ。8年前…」

王志偉(ワン・ジーウエイ)。何様なの。私に何をしたか忘れた?愛よりお金を取って、パメラと結婚を。偉そうに」

 

引き()った彼氏の顔。

 

瞬時にシューを押さえようとするが、それを跳ね()けて、外に出て行くシュー。 


どうやら、ゲストハウスやヨガ教室の運営資金はシューの彼氏(王志偉(ワン・ジーウエイ))の出費のようである。

 

途中、フォンの車を見つけて、車内に入るシュー。

 

そこにフォンが戻って来た。

 

沈黙の中、車が動き出す。 


フォンはシューを随行し、知り合いの家でご馳走になるが、そこで下膳(さげぜん)を巡る父子喧嘩に巻き込まれる。


息子に下膳を命じながら動かない父を怒らせて始まった、他愛ない喧嘩を目の当たりにしたフォンはシューに語りかける。

 

「距離が近すぎると人は衝突する。あのお父さんは俺の高校時代の恩師だ。話が巧みで楽しい授業だった。高校で台北へ来てから実家に帰ってない」

「どうして

「子供の頃、両親が離婚したんだ。母が俺を抱きしめた。暑い夏の日で、俺を抱きしめる母の汗の臭いしかしない。母は俺に“そばにいて”って。たぶん心はボロボロだったと思う。それから1週間ほどして、母が“おいで”と。俺は呼ばれて部屋に入った。俺は10歳。“パパかママを選んで”。“ママがいい”としか言えなかった。本心では父だったけれど」



沈黙の間から、今度はシューが身の上話を切り出す。

 

「実は私には、娘がいるの。香港で小学校に通ってる」

「小学生?」

「7歳よ」

「恋しくなる?」

「時々はね。たまに電話する。当たり障りのない話だけ。“何してる“学校は楽しい?おばあちゃんやパパは元気?”形だけの会話」

「心配ないさ。人との距離が近すぎると、愛し方も忘れる。だから大丈夫」

「気が滅入るよね」

「ごめんよ」

 

そう言われ立ち上がったシューは、「一緒に来て」と言ってフォンを誘う。

 

二人は夜景が(まばゆ)い台北の橋を疾走する。


走り切った二人は欄干で哄笑(こうしょう)するのだ。 



一転して、リーの母は息子の未来を案じてか、憂鬱そうな表情でリーの帰宅を待っていた。

 

帰宅したリーに、「メモを見た」と聞く日常に変わりがない。 


「見てないでしょ」

「メモは見たくないと言ったろ」

「見ないと何日も帰って来ないでしょ。今日はどこへ?」

高架下のあの道」

 

それだけだった。

 

今やリーにとって、高架下はかけがえのない絶好のスポットだった。

 

その頃、シューは小学生の娘に電話していた。

 

「何してた…あなたは毎日、楽しい?大丈夫?パパに“電話して”と。話があるの。愛してる。またね」 


今、シューの肩には、鎖で繋がれたインコがいる。 


夕闇の台北。 


フォンの車内で、シューはいつもの間違い電話の相手をしている。 


「もう知り合い気分。彼の奥さんや同僚がかけてくるから」

「会ったことは

「全然、知らない人。ジョニーって誰?」

「昔、ジョニーを名乗ろうかと」

「あなたが?」

「変かな

「そうじゃないけど」

「じゃ、何がいい?」

「そうね…ダニー

「ダニー?カッコいいな」

「ピーター」

「それは却下だ」

「似合わないね」

「トミー」

「それも嫌だ」

 

ここで車がエンストしてしまう。

 

人の手を借りて、何とか車を脇に寄せようとする二人。

 

エンドクレジットの中にリー少年の後日談がインサートされていた。

 

「翌朝、父は私を急いで送り返した。私の家出が祖父を怒らせると心配し、飛ぶような速さで自転車を走らせた。後で知ったが、その道のりは8キロもあった。10歳の子供には、当然、遠い道のりだ」

 

そして、日常に戻ったリー少年の素顔がスケッチされていた。


リー少年の家族の実状が窺えるラストカットである。

  

 

 

3  非日常を紡ぎ出した関係の到達点

 

 

 

何かが起こり、何かが始まる。

 

日常の中に異変が侵入してきて、非日常が生まれる。

 

非日常とは、通常の生活の中に通常の生活とは違う特別な状況が発現することである。

 

そこに見知らぬ他者との遭遇があり、その遭遇が通常の生活では見られない観念や行動様態に変化をもたらす何かであれば、広義の意味で非日常と化すとも言える。

 

取り立てて言うほどの事件が起きず、劇的なことは何もない本作だが、シューを中心に据えた3人の物語の中に3人相応のジレンマや葛藤が拾われていたことだけは事実である。

 

だから、彼らの日常が淡々とスケッチされた印象が強いが、それは数多のドラマが過剰なほどに刺激的なストーリーで埋め尽くされているから、そう見えるだけなのである。

 

それをドラマ性の強さと呼ぶなら、確かに本作は、ドラマ性が強い映画とは言えないだろう。

 

しかし、単なる日常性をスケッチした物語ではない。

 

大体、「単なる日常性」という表現とは何か。

 

刺激的なストーリーでなければ映画ではないという発想そのものが実益性を考慮した偏頗(へんぱ)な観念ではないのか。

 

自閉スペクトラム症(ASD)と思われるリーの日々が単調で描くほどではないなどと、誰が言えるのか。

 

高架下での水溜まりとの出会いは、リーにとって何よりも大きかった。

 

水溜まりの中を自転車で回ったり、歩いて遊ぶリーの表情を描き出すことはなかったが、その嬉々とした表情は察してあまりある。

 

だから、日々、通っているのだろう。

 

少年にとって、高架下との遭遇は革命的な事象なのだ。

 

観る者は簡単にパスしてしまうシーンだが、観る者がそこにリー少年の至福の世界を見出せるか否か、この一点こそが、この映画が受け入れられるかの試金石になる。

 

映画の真価が問われるのだ。

 

そこに非日常と出会ったリー少年の輝きを見るのである。

 

そして高架下に日々通うことで、「非日常の日常化」になる。

 

これがリー少年の日常と化していく。

 

日常とはそういうものである。

 

だから、特段に刺激的なストーリーなど不要だった。

 

この映画の生命線は、そこにある。

 

まして、「実は私には、娘がいるの。香港で小学校に通ってる」という告白から開かれるシューのトラウマの深さは、尋常ではない。

 

この尋常ではない告白を引き出したのは、出会ってまもないフォンだった。

 

車中生活者のフォンもまた、シューとの偶発的な出会いがなければ、過去の心的外傷をシューに吐露することがなかったに違いない。

 

思えば、この二人はインコを逃がしてしまった一件で近接し、窓枠や屋根の修理の事象を通して最近接していった。

 

それは決して、男と女の関係に変容しなかったからこそ、ありのまま・思いのままの表現交叉が可能だったのだろう。

 

それ故に、難しい関係に発展することなく、自在な表現交叉を具現化し得たのである。

 

特にシューの誘いで開かれた疾走シーンこそ、二人の関係の非日常を紡ぎ出したのだ。

 

これがエンストした車で四苦八苦するラストにまで繋がっていったのである。

 

二人の偶発的な出会いは、日常生活の延長から始まって、非日常の表現交叉を生んでいく時間をも作り出し、育んでいく善き関係を胚胎させていく。

 

それだけの関係でありながら、自分の娘への電話に振れるシューの思いのこもった行動に繋がったのである。

 

それは、非日常を紡ぎ出した二人の関係の一つの到達点だったのだ。


―― 以下、ホアン監督のインタビュー。

 

「人間というのは日常の循環というのがとても大事で、どういう目にあったとしてもそこに戻ってくる。例えばこの映画のラストで男の子がエンドクレジットの後にまたワンシーン出てきますよね。あのシーンで彼がまた日常の生活に戻り床に横になっているというところ。あれも彼の日常に戻ったということを表現しています」

ホァン・シー監督


リー少年の、とっておきの非日常の断片だが、最後は日常に戻っていく少年の生活時間を想起する時、もう、そこに加える何もない。 


【台湾の首都・台北市はアジア太平洋における交通の要衝であり、また、高度成長している商業や経済貿易、そして、政治、文化、教育など様々な都市インフラが整備された、台湾の政治と経済の中心である。また台北は、歴史と現代が融合した魅力的な都市で、台湾の歴史を象徴する場所「中正紀念堂」や「龍山寺」といった歴史的建造物、高さ約509mを誇る台湾の街のシンボルタワー「台北101」に代表される近代的な高層ビル、美食がそろう活気あふれる「夜市」など、多彩な観光スポットが揃っている。他にも台北定番の観光スポットは世界四大博物館の1つ「国立故宮博物院」、レトロな街並みが残る「迪化街」台湾のベニスと呼ばれる港町「淡水」などが知られる】

「台北101」を臨む台北市

映画より


(2026年4月)

 

2026年4月15日水曜日

658km、陽子の旅('22)   掬い取られた命の、それ以外にない滾り  熊切和嘉

 



1  「お父さん、私のこと一回、諦めたよね。私のこと、どう見てたか全部分かってんだからね。あん時も、あん時も傷ついた。覚えてないだろうけど、私、まだ許してないから」      

 

 

心に沁み入る素晴らしい映画だった。

 

【42歳 独身 青森県弘前市出身。人生を諦めなんとなく過ごしてきた就職氷河期世代のフリーターの陽子(菊地凛子)は、かつて夢への挑戦を反対され20年以上断絶していた父が突然亡くなった知らせを受ける。従兄の茂(竹原ピストル)とその家族に連れられ、渋々ながら車で弘前へ向かうが、途中のサービスエリアでトラブルを起こした子供に気を取られた茂一家に置き去りにされてしまう。陽子は弘前に向かうことを逡巡しながらも、所持金がない故にヒッチハイクをすることに。しかし、出棺は明日正午。北上する一夜の旅で出会う人々毒舌のシングルマザー(黒沢あすか)、人懐こい女の子(見上愛)、怪しいライター(浜野謙太)、心暖かい夫婦(吉澤健、風吹ジュン)、そして立ちはだかるように現れる若き日の父の幻(オダギリジョー)により、陽子の止まっていた心は大きく揺れ動いてゆく。冷たい初冬の東北の風が吹きすさぶ中、はたして陽子は出棺までに実家にたどり着くのか…/公式ホームより。なお登場人物名は公式ホームから】

 

古いアパートの一室で、カップ麺を(すす)りながら、自宅のパソコンでカスタマーサービスのオペレーターとして在宅でメール対応の仕事をする主人公の陽子。 

陽子


仕事が終わったら、ベッドに横になり、好き勝手にパソコンでネット配信の洋画を観ながら笑い声をたてている。
 


これが陽子の日常である。

 

就職氷河期世代の年収が少ない現実と重なっているのか。

 

従兄の茂から陽子の父親が大動脈解離で急逝したことを知らされ、茂一家と共に弘前に行くことになる陽子だが、サービスエリアで子供に気を取られた茂一家に置き去りにされてしまう。 


サービスエリアで、知らない子供のボールを取って上げる人のいい茂。
 


置き去りにされて焦る陽子だが、ようやくヒッチハイクを受け入れる女性・立花久美子(以下、久美子)と出会い、「いいよ」と言われ安堵する。 

久美子

同じサービスエリアで茂の車と行き違いになる。

 

「いなかった」と茂。

「ああ、そうかぁ」と茂の妻。

「や、まいったなぁ」と茂。 

茂の妻

一方、陽子は久美子がサービスエリアで食事中、若き日の父の幻影を前に、独言する。


「別に行ったって行かなくてもいいんでしょ。どうせ、何も分かんないでしょ…お父さん、私のこと一回、諦めたよね。私のこと、どう見てたか全部分かってんだからね。あん時も、あん時も傷ついた。覚えてないだろうけど、私、まだ許してないから」 

 若き日の父の幻影(陽子には18歳の時、家出した頃の父の記憶しかない)

後部座席の陽子を隣に座らせ、饒舌な久美子は私事を語っていく。

 

「私、地元のデザイン会社で働いてたんだけどね、社長が会社のお金使って夜逃げしちゃってさ、急に無職。本当に使えない奴だけどさ、まさか夜逃げするとはねぇ。しょうがないから知り合いに紹介してもらって、東京の会社に面接に行ったの。今、その帰り」 


その間、ハンバーガーを食べながら、話に耳を傾ける陽子。 


久美子の話が続く。

 

「多分、採用されると思うんだけど、採用されたで、されたでまた問題で、子供と離れ離れになりそうなんでよね。絶対、引っ越したくないって聞かなくて。近くに母が住んでるんだけど、引っ越すならそっちから学校に行くって言い張っててさ。もう中学生だしさ、そろそろ親の事情とか理解してくれるかなぁって思ってたんだけど、全然…あなた子供は?」

「…ないです」

「結婚は?」

 

首を振る陽子。

 

「何で?…黙り込んじゃった。あんまり、自分のこと話すの苦手な人?」と久美子 


るように頷く陽子。

 

「別に謝らなくていいよ。人それぞれなんだから。でも、私には無理だな。男も子供もいない人生なんて考えられない」

 

笑み含みで話す久美子は、サービスエリアで幸せそうに振る舞う人々を嫌悪する思いに振れたあと、「あなたもそう思ってるでしょ。思ってるよ。いいじゃん。どうせ一期一会(いちごいちえ)の関係なんだから、(たま)ってること全部吐いちゃいなさいよ」

 

結局、何も反応できず、久美子の話を聞くだけだった。

 

「聞いてもらって、すっきりした。ありがとうね」

 

別れ際の久美子の笑みに、陽子は唐突に切り出した。

 

「あの…お金貸してもらえませんか…今、私、2432円で電車も乗れなくて困ってるんです…絶対、返しますんで」


「別れ際に、急に語り出したね。まいったなぁ。今、持ち合わせないんだよね」

 

最後の一言を残して、久美子の車は去っていく。

 

乗車させてもらった陽子には感謝の挨拶もできず、パーキングエリアの狭いスペースをうろつくだけだった。

 

夜になり、寒さに震えている陽子の前に、ヒッチハイクで旅をする小野田リサ(以下、リサ)が現れ、二人でパーキングエリアで車を待っている。 

リサ

体を温めるために短距離走をしたり、陽子に抱きついたりして退(しりぞ)けられるリサ。 


そこに車がやって来て、「一人分なら乗せられる」と言われ、気乗りがしない陽子を見て、リサのみが乗ることになった。

 

自分のマフラーを陽子に巻き、「ありがとうございました」と言って別れていく。 


思い切って弘前の生家に連絡するが、「12時までに来れそだか?どこそいるの」と言われ、電話を切ってしまった。 


まもなく、陽子11の取材をするフリーランスの若宮修という男の車に乗っていた。 

若宮

若宮の目的は陽子の体だった。 


それを交渉の材料にさせられたのである。

 

今、モーテルに泊り、満足する男に選択肢を提示された時、陽子は若宮の思い通りの選択肢に振れてしまったのだ。 


寒さに耐え切れなかったのだろう。

 

そして今、その選択を強いられた怒りを胸に、若宮に襲いかかる陽子がいる。

 

「何で怒ってるの。僕、無理強いしたわけじゃないよね。あなた、自分で選択したんでしょ。それ忘れないでね。あなたは僕に青森まで送らせたかった。それで自分の体を使用した。そうだよね。予想外のアクシデントが起こっちゃたんだからしょうがないでしょ」



嗚咽を漏らす陽子が、そこにいる。 


一人になった陽子に若き日の父が現れ、「来ないでよー!」と叫ぶ陽子を平手打ちにする。

 

逃げ続ける陽子は浜辺(相馬市の大洲海岸)に身を晒し、「痛い、痛い」と言って泣き続け、最後は笑ってしまうのである。  


 

 

2  「こんな私がヒッチハイクでここまで来れたのは…本当に色んな人のお陰で、私一人じゃ、絶対に辿り着けませんでした」

 

 

 

それでも冬の旅を繋ぐ陽子。 


「あんた、お国は?どこで生まれたの?」


「青森です…」


「じゃぁ、里帰り

「はい…」

「急ぐの?」

 

小さく頷く陽子。

 

「おらんちも息子が一人いるんだけんど、全然、帰って来ねぇ。震災のあと、一緒に暮らすべぇと何度も話しに来たんだけんど、あー、断ってばっかりいて、気悪くしたんだべな」

 

陽子を車に乗せてくれたのは、仮設住宅で暮らす富岡町(とみおかまち)の木下夫婦。

 

中でも妻の静江は明るく、優しい婦人だった。

 

どうやら、11後に県外に移り住んだ息子が両親との同居を求めたが、地元を離れることができなくて、家族が別居状態になっているらしい。

 

「あんたぁ。気いつけないといけねぇからな。素人の人の車さ乗るなんて…危なくてしょうがねぇだろ」

木下登

「…はい」
 


木下静江の夫・登の静かなアドバイスに、素直に耳を傾け、返事する陽子。 

木下登

かくて静江の口利きで、便利屋として生計を立てている八尾麻衣子が引き継いで、陽子を乗せることになる。 


その際、ブーツと2人分のおにぎりの弁当を静江から受け取り、恐縮する陽子は「握手いいですか」と言って、自ら握手を求めるのだ。

 

「もちろん」と返し、その手を温めてくれる静江。 


次に、にも握手を求める陽子。 


「いやぁ、元気でな」と登。  


陽子は深々とお辞儀する。 


手を振って見送る木下夫婦に頭を下げ、「体に気を付けてください」と小さく呟き、手を振って夫婦を見つめる陽子。 


感謝の念が伝わってくる素晴らしいカットだった。

 

【2025年の東北6県の人口流出は、約2万6000人で、前年より約1120人下回っている。2012年から10年間で、福島県の人口流出は41300名で全国1位。津波の被害を受けた富岡町の一部は、現在においても帰還困難区域に指定され、立ち入りが制限されている】 

富岡町

麻衣子の軽トラックの中でおにぎりを食べながら、話し合う二人。

 

「出身はこっちの方ですか」と陽子。

「出身は姫路です。10年前に地元の記事見て、ボランティアやって。そん時、大学生やったんですけど、それから頻繁に東京から通うようになって、そしたら木下さん夫婦とか、富岡町の人と仲良うなって、いつのまにか、ここが地元なんじゃないかと思い始めて…地元って言うより生きる場所、そいで去年から移住して、何でも屋(便利屋)やってるんです」 

八尾麻衣子

麻衣子の話を聞いた後、陽子は軽トラの車内から、復興中の町を見ている。 



その後、麻衣子と別れた陽子は、マジックで「ヒッチハイク中、青森目指してます」というスケッチブックにメッセージを書き、()れ違う人々にアタックするが、冷たい反応に陽子も感情をぶつけ、執拗に迫ってしまうのだ。 


泣き叫ぶ陽子の醜悪さが晒されているのである。

 

「あんたぁ。気いつけないといけねぇからな」と言った、木下登の言葉をすっかり忘れているようだった。

 

あまりに非武装で、無知過ぎるのである。

 

個人アタックする自分の愚かさに気づいた陽子は、今度は紙を大きく掲げて、「青森まで乗せてくれる方、いませんか」と大声で呼びかけ、ようやく引き受けてくれる車と出会ったのだ。 


水野隆太(以下、隆太)の車である。 

隆太

「ちょっと個人的な話をいいですか?つまらない話なんですけど」

「はい」

「すみません。私の父が青森に住んでんですけど、その父が一昨日、亡くなったんです。父とは20年、会ってませんでした。私が…全部、私なんです。家族の反対を押し切って家を飛び出して…でも上手くいかなくて…自分にはやっぱり難しくて…すぐにどっか気づいてたんですけど…でもなんか形にしてからって…そうじゃなきゃ帰れないって…半分、諦めながら、ズルズル続けて…心配して、家族まで亡くしてきても反発したり、無視してばっかしで…でも、ある時、気づいたんです。周りの皆は苦しくても、歯食いしばって頑張って、色んなこと吸収して色んなもの築いたのに…私はそういう努力しないで、ずっと逃げてきたから…色々手遅れになってて…取り返しがつかなくなってて…だから自分には何もないんだって…そしたら、まともに人と話すこともできないようになってて…18で私が家を出た時、父が飲み過ぎで、私、今、その父と同じ年なんです。あまりに、あまりにあっという間過ぎて、父が死んだって聞いても、信じられないっていうか…実感湧かなくて…でも思い切って手握りたいって思ったら、悲しくて、自分が情けなくて…でも…でも自分なりに父の死を受け入れていこうと、今ようやく思うことができました。こんな私がヒッチハイクでここまで来れたのは…本当に色んな人のお陰で、私一人じゃ、絶対に辿り着けませんでした。本当に感謝しています…だからお二人にも心から言いたいのです。言わせてください。こんな私を乗せてくれて、ありがとうございました」  


心情を吐露して、頭を下げる陽子。

 

「兄ちゃんが途中まで行けるって言ってます…車じゃないんですけど」 


寡黙な水野隆太の思いを代弁をする弟。

 

隆太が陽子をオートバイに乗せて疾走していくのだ。 


停車したオートバイから降りるや、陽子は隆太に「ありがとうございました」と深々と頭を下げ、「(なん)も何も」と答える隆太。 


陽子は徒歩を繋いでいく。 


わずかに冠雪している「津軽富士」・岩木山を視野に入れ、どこまでも繋いでいく。 


雪降り頻る初冬の旅が、実家への陽子の帰還のうちに閉じていくのだ。 


「出棺、待ってもらってるから。お父さん、待ってるぞ」 


従兄の茂がそう言って、陽子を迎えるのだ。

 

思わず、泣き崩れる陽子。 


陽子は立ち上がり、ゆっくりと実家に入っていく。

 

ラストである。

 

 

 

3  掬い取られた命の、それ以外にない滾り

 

 

 

感動した。

 

菊地凛子が群を抜いて素晴らしい。

 

バブル崩壊後の不況期に就職活動を行った就職氷河期世代にあって、フリーターの陽子は低収入の中で、相応に自己満足しているように見える。 


長い間引きこもっていたせいか、コミュニケーションが苦手で、仕事もカスタマーサービスのオペレーターとして在宅でメール対応の仕事を繋いでいるものの、「時間の無駄だった。むかつく」などと書かれ、いつまで続けられるか、内心、不安が募っているようにも見える。 


そうなれば、動かねばならない。

 

変化を怖れる彼女だが、状況が求めてきたら動かねばならない。

 

社会との接触を必至とするだろう。

 

必至とする分だけ、最低限のコミュニケーションが求められる。

 

でも今は、「何とか、このペースで生きていく」と考えているのだろうか。

 

【就職氷河期世代とは、2024年時点で30代後半から50代前半にあたる世代で、この世代は、他の世代と比較して年収が低い傾向にあり、正社員と非正規社員の間で年収差が大きく、非正規雇用の割合が高いことが特徴で、卒業15年後の平均年収は415万円と言われる】 

低収入の就職氷河期世代

そんな陽子が、唐突に孤独な冬の旅を強いられる。

 

従兄との連絡が取れず、ヒッチハイクを余儀なくされたのだ。

 

非日常の襲来である。

 

電車や高速バスに乗るだけの金を持たない(2432円)から、他人から借りなければならない。

 

しかし、最初に車に乗せてもらった久美子にあっさり断られたことで万事休す。 


久美子が金を持っていないと思えないのに、「今、持ち合わせないんだよね」と言われて、もう何もできない。

 

初めて見知らぬ他者と口を開いた言葉が金の無心というのが、如何にもコミュニケーション能力の低さを露呈する陽子らしい。

 

一方、見知らぬ他者を乗車させた久美子の目的が、自分のストレスを解消するために愚痴を(こぼ)すことにあったように思えるので、「金銭貸借」を発生させる事態を回避するのは自明の理だった。

 

なぜなら、「金銭貸借」を発生させることは関係を開くことだからだ。

 

一期一会(いちごいちえ)」という言葉を久美子は使っていたので、関係を開くことはない。

 

貸しても戻って来ることはないだろうし、同乗させても礼を言わない陽子の人柄も信頼できないし、関係を開いてもいいことがないと考えたのかも知れない。

 

「ヒッチハイクの倫理学」というのがある。

 

ドライバーを無視して、ヒッチハイカーは平気で寝てしまわないこと。

 

飲酒・喫煙・大声・余計な話しかけなど、ドライバーの迷惑になる行為をすることは厳禁である。

 

また、ドライバーから話しかけられたら、特段の問題がなければ誠実に反応する。

 

これらは、ヒッチハイクの最低限のマナーだろう。

 

陽子が「普通の常識を有するヒッチハイカー」でないことも自明だった。

 

かくて、非日常の襲来に直面した陽子は、直後に出会うリサと異なって、「ヒッチハイクの倫理学」を持ち得ないヒッチハイカーになっていく。

 

その結果、「ヒッチハイカーを同乗させるドライバーの倫理学」にも(そむ)くフリーランスのライターの餌食になって、セックスを無理強いされる最悪の事態に(はま)ってしまうのである。 


「何で怒ってるの。僕、無理強いしたわけじゃないよね。あなた、自分で選択したんでしょ」 


男の論理は完璧だった。

 

だから何も言えず、嗚咽を漏らすだけだった。

 

この思いが相馬市の大洲海岸(監督のインタビューで特定)で身を晒すシーンに露わになるのだ。 


若き日の父の亡霊を振り切って、死を覚悟するほどに追い込まれた陽子の心の痛みが炸裂するのである。 


ここで力強く振り切った父の亡霊は、もう出現することがない。

 

父という存在の在りようが、この辺りから、陽子の自我のうちに取り込まれていくからである。

 

そして出会った木下夫婦。

 

この出会いは大きかった。

 

「おらんちも息子が一人いるんだけんど、全然、帰って来ねぇ。震災のあと、一緒に暮らすべぇと何度も話しに来たんだけんど、あー、断ってばっかりいて、気悪くしたんだべな」 


息子を思う夫婦と、父母を思う息子の心が折り合えず、別居を余儀なくされる現実を知ることで、家族の継続力の難しさが露呈される。

 

仮設住宅に住む両親を引き取りたい息子の思いと、同居を望んでも生まれ育った土地を離れたくない父母の思い。

 

木下夫婦に象徴される厚い人情と、心の(こも)った木下登のもの柔らかなアドバイス。

 

地元で暮らす人々の人情に胸を熱くする陽子。 

おにぎりを渡された上に手を温めてくれる木下静江

木下登に自ら握手を求める陽子


若き日に無銭旅行を体験した私の中で、地元で暮らす人々の親切ほど感激したことはない。

 

食事のお世話になったり、泊めていただいたり、おまけにお弁当を作ってもらったり等々、信じ難い日本人の優しさに触れ、何度も泣いた記憶は永久に忘れない。

 

同様に、陽子が木下夫婦から受けた親切三昧(ざんまい)は、逃げ捲ってきた彼女の孤独を大いに癒し、この限定的な旅に潤いを与え、旅の完結を約束する決定的な時間の推進力になっていくのだ。

 

リサに(なら)って「ヒッチハイク中、青森目指してます」というメッセージを書いて、そこだけは堂々と自己開示するのである。 


未知の世界に踏み込んだが故に、その手法は乱暴過ぎて呆れるばかりだが、それでも陽子の自己開示が可視化され、彼女を根柢から変えてゆく。

 

この経験が、そのあとの心情吐露に結ばれるのだ。

 

「…18で私が家を出た時、父が飲み過ぎで、私、今、その父と同じ年なんです。あまりに、あまりにあっという間過ぎて、父が死んだって聞いても、信じられないっていうか…実感湧かなくて…でも思い切って手握りたいって思ったら、悲しくて、自分が情けなくて…でも…でも自分なりに父の死を受け入れていこうと、今ようやく思うことができました。こんな私がヒッチハイクでここまで来れたのは…本当に色んな人のお陰で、私一人じゃ、絶対に辿り着けませんでした。本当に感謝しています…だからお二人にも心から言いたいのです。言わせてください。こんな私を乗せてくれて、ありがとうございました」 


寡黙だが、心優しき兄弟に心情を吐露して、頭を下げる陽子。

 

初めて他者に対して自らの思いを開く、本作の中で最も重要なシーンである。

 

この長回しこそ、不器用な主人公が精一杯の自己開示を示した短い旅の、その総括を結ぶ決定的なシーンと化していた。

 

それは本作で掬い取られた命の、それ以外にない(たぎ)だったのだ。

 

(2026年3月)