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2026年10月22日木曜日

ドラマ特例  リラの花咲くけものみち  いのちのまもりかた

 


【近年のNHKのドラマは秀作揃いで、見逃せない。「ひらやすみ」を筆頭に、「シミュレーション」、「8月の声を運ぶ男」、「お別れホスピタル2」、「3000万」、「ミッドナイトタクシー」、「しあわせは食べて寝て待て」、「団地のふたり」。皆、いい。

その中で深く感動し、考えさせられたのは、本作の「リラの花咲くけものみち」である】 

「ひらやすみ」より

「シミュレーション」より

「お別れホスピタル2」より

「3000万」より

「ミッドナイトタクシー」より

「団地のふたり」より


1  「もし検査結果が陽性だったら、感染していない全頭、殺処分になる」

 

 

 

ここまでの展開を、ウィキを参考に簡単に説明しておく。

 

【前編/東京に住む少女・岸本聡里(さとり))は小学4年生の時に母・有紀子を亡くしており、小学6年の時に父・孝之が再婚した。中学進学時に継母・友梨との間に娘が産まれたのと時期を同じくして孝之は福岡に単身赴任し、友梨は前妻に関係するものは家具やインテリア雑貨、調理器具など何もかも処分していく。聡里のことも疎(うと)ましく思っており、聡里が愛犬パールを手放すことを拒んで以来、あからさまに聡里を無視している。孝之からも気に懸けてもらえず、聡里は中学の3年間を引きこもってしまっていた。そんな日々の中、聡里の15歳の誕生日に祖母の牛久チドリが訪ねてきて、聡里の姿を見るなり悲鳴を上げて泣き出してしまう。そして、孝之の帰りを待って、怒りをたぎらせて聡里を引き取ると言い放ち、彼女とパールを自宅に連れ帰った。チドリと暮らし始めた聡里は都立のチャレンジスクールに進学する。チドリの家にはパール以外にも老犬のハッサクと猫のモモ、兎のアンズがおり、好きな動物たちの世話をするだけでも幸せだったが、パールの病気に早く気づけていたらという思いや、担任の先生や通い始めていた塾の三元先生、そしてチドリの勧めもあって、聡里は大学の獣医学部に入学し、獣医師になることが目標となった。そして北海道の北農大学に合格し、チドリの援助もあり無事に獣医学群に入学すると、人付き合いの苦手な聡里にとっては、慣れない女子寮生活が始まる。面倒見のよい寮長の静原夏菜や先輩たち、初めは気難しかったが後に親友となる梶田綾(あや)華(か)たちルームメイト、同級生らに囲まれ、授業や臨床実習、動物病院でのバイトに奮闘していく。  そんなある日、臨床実習の途中で夏菜の叔父の牧場で馬のお産を見学した時に、獣医師の仕事は命を救うだけでなく、時には命を絶つ辛い選択をしなければならないことがあると思い知る。そして、自分には獣医師は無理だと思い、実習を途中で投げ出して東京に逃げ帰り、一時は大学を続けることができないとまで思い詰める。だが、チドリから母・有紀子の思いを聞かされたことや綾華からの親身な連絡を受けて、大学の実習に戻っている。その後も次々に試練が訪れるが、聡里は仲間たちとともに少しずつ成長し、牛・馬などの大動物の獣医師となることを決心して前向きに生きるたくましさを身に付けていく。「いのち」と向き合い「生きること」を見つめる物語。

聡里と祖母チドリ

獣医師を目指す3人の同期生/左から聡里(さとり)、残雪(ざんせつ)、綾(あや)華(か


続編/北海道の大自然を舞台に、“いのち”と向き合い動物と人間の共存を目指す若者たちの姿を描く。大動物(牛や馬などの家畜)の獣医師の道へ進む主人公・聡里を山田が演じ、共に獣医学を学び、「バックヤードから獣医師たちを支えたい」と食品衛生学の道へ進む綾華役で當真あみが、聡里に一目ぼれし、友人として常に見守っていた久保残雪ざんせつ役で萩原利久が前作に引き続き出演する。そして聡里を導く家畜保健衛生所職員・犬飼いぬかい健太郎役を上川隆也が演じる。本作は続編の2である/リラとはライラックの花のこと】 

皆と情報を共有し合う/残雪

家畜保健衛生所職員・犬飼

聡里


以下、本作のあらすじ。

 

【残雪(萩原利久)はタンチョウの世話に懸命に取り組み、製薬会社で働く綾華(當真あみ)は、牧場主の郷田(渡辺哲)に相手にされない。一方、折原牧場の牛に口(こう)蹄(てい)疫(えき)が発生。聡里(山田杏奈)は、家畜保健衛生所の犬飼(上川隆也)の指揮の下、能見(甲本雅裕)と共に折原牧場の牛たちを全頭殺処する】 


「皆(みんな)、元気にしてますか?僕はタンチョウたちの診察や世話で、ほぼほぼ休みなしの毎日です。この子はタケル」 

残雪

タケル

そのタケルに語りかける残雪(ざんせつ)。

 

「タケル、君はもう飛べるはずなんだよ。いい。今から僕がやるから見てて。いくよ」

 

そう言って、タケルに飛び方を教える残雪。


「もう空を飛べなくてはいけない時期なのに…まだ一度も飛んでくれません」

 

飛ばないタケルに落胆する残雪。

 

「ハァ…ダメか」

 

一方、綾(あや)華(か)は、「こっちは最悪だよ」と愚痴っている。

綾華


「日々の仕事といったら、“この抗生物質は、実に広範囲の農場で使用されてます。獣医師さんも、自信をもって処方したはずなんですけど”(森本)」と言って、牧場主の郷田ごうだへの売り込みに必死だが、「うちの牛にはちっとも効かねえんだよな、お宅の薬はよ」とすげなく拒まれるのみ。

郷田


「薬以外に、何か原因があるのかもしれません。症状を確認させていただきますね」と綾華が言うなり、「入るんじゃねえ!ド素人が!」と一喝され、怯(ひる)まない綾華。


「私、これでも一応、獣医師免許持ってますし…」

 

それでも、「帰れ!」と怒鳴られ、今や打つ手なし。

 

「クレーム処理と雑用ばかりです。こんなはずじゃなかったと落ち込む日々です。聡里、頑張ってるか?」(綺華のメール)

 

聡里(さとり)は今、苛酷な現実に震えていた。


ベテラン獣医師の能見(のうみ)が、一頭の牛の症状に異変(多量のよだれ)を感じ取っていたのだ。

能見

「先生…まさか」

「口(こう)蹄(てい)疫(えき)の疑いがある」

「口蹄疫…」

 

ここで、家畜保健衛生所の犬飼(いぬかい)の講義を想起する聡里。

 

「口蹄疫とは、牛や豚などの偶(ぐう)蹄類(ているい)がかかる感染症で、特定家畜伝染病に指定された中でも、特に伝染力の強い疾病の一つです。日本では、この疾病に感染した家畜、並びに同一農場内で飼育されていた家畜は、法律に従い、全頭、殺処分しなければなりません」

犬飼



【偶蹄類の動物とは、蹄(ひづめ)が2本または4本など偶数に分かれ、第3・第4指が発達した偶蹄目(ウシ目)の哺乳類で、ウシ・ヒツジ・ヤギ・シカ・イノシシ・カバ・ラクダなどが代表的な動物である】 




「口蹄疫って、まさかウチの牛に限って、そったらことねえべ?」と折原。

後方が折原夫婦

「僕も、そう思いたいです」と能見。

 

再び、犬飼の講義を想起する聡里。

 

「口蹄疫は、我が国では15年以上、発生事例がありません。厳重な検疫を実施してきたおかげです」

 

聡里は思いを巡らす。

 

「15年以上、発生例がなかった。それなのに、どうして、よりによって」


能見は、折原の孫の七海(ななみ)の猛烈な反対を押し切って、管轄の家畜保健衛生所に連絡し、「病性鑑定」を求めた。


まもなく、折原と見知りの犬飼がやって来た。

 

「ウチの牛、大丈夫だべ?大丈夫だべ?頼むわ。助けてくれや」

 

そう言って、犬飼に縋りつく折原。


家保(家畜保健衛生所)の職員もやって来て、「聞き取り」を求めてきた。

家保の職員(左)

「家畜の飼養状況、導入状況、訪問者」について調べるのである。

 

「国から採材(さいざい)の指示が出た。これより水疱(すいほう)液(えき)の採取を行います」

 

【採材とは検査や分析のためにサンプルを採る作業。水疱液とは皮膚表面の損傷部にたまった体液のこと/AI回答】

 

国の指示を得た犬飼は、折原家の見ている前で水疱(すいほう)液(えき)の採取を行う。

七海(中央)

水疱(すいほう)液(えき)を受け取り、所定の入れ物に収めていくのは聡里で、それを家保の職員に渡す。

 

「採取した検体は、飼養衛生管理区域外で待機していた道庁職員が空港まで運びます。その後、空港貨物として羽田空港に運ばれ、動物衛生研究部門に搬入されます。そこで遺伝子検査が行われるんです。判定結果は動物衛生研究部門から農水省へ。その後、道庁へと報告されます」

採取した検体

犬飼の説明を受けた能見と聡里。


「結果が出るのは?」と能見。

「明日(あした)の10時頃ですね。私たちはこのまま農場に残って、有事の際の段取りを折原さんと進めます。先生方は徹底的に消毒すれば家に帰れますが…」と犬飼。

「私はここに残ります」と能見。

「私も残ります」と聡里。



一方、製薬メーカーに勤務する綾華。

 

「薬剤の開発って、気が遠くなるほどロングスパンですよね」


「まあね。どんな研究でも10年単位の時間が必要で、特に新薬の開発なんか2,30年研究して、1つ完成すればいい方だと言われてる」

「それでもいいです。私も先輩のように研究に専念して、結果を出して、世の中の役に立つ獣医師になりたいです」

「何かあったの?」

「実は農場主さんと揉(も)めてしまいまして、筋金入りの頑固者なんですけど…」

「まあ、今はどこも大変だからね。余裕がないんじゃないかな」

「余裕がないのは私の方かもしれません。仕事が遅いからクレーム処理と雑用ばかりに時間取られて…本来やりたかったことが何もできてなくて…」



農場に残った聡里は今、七海が牛を可愛がっている姿を見て、悶々としている。

 

「もし検査結果が陽性だったら、感染していない全頭、殺処分になる」(聡里のナレーション)

 

かつて、ミドリ(母牛(ははうし))が頑張って子牛を産んだ時のことを想起する聡里。

サトの誕生

聡里から名前をとって、サトと名づけられたのである。

 

「聡里さん、サトは元気だよ。したから、大丈夫だべさね?ちゃんと子供産めるよね?」

七海

七海のメッセージを受ける聡里の表情は最後まで硬い。
 


「ねえ、答えてよ!ねえ!お願いだから、大丈夫だって言って!」と叫ぶ七海。

 

嗚咽する七海を抱く聡里。

 

折原勝喜(かつよし)は犬飼健太郎と再会の笑みを交わすが、「せっかく会えたと思ったら、まさかこったらことで…」とぼやくのだ。


そして、思いをストレートに語る折原。

 

「ウチの牛、陽性っつうことはねえべな?俺よう、家じゃだらしねえけど、牧場の清掃は徹底してんだ。牛ってやつは清潔な環境好むからよ。水槽だって毎日、洗ってるし。おがくずだって、床ずれしねえように毎日交換してる」


「分かってるよ。でもな、かっちゃん。どんなに気を付けていても、かかる時はかかってしまう。それが口蹄疫なんだ」

「もし…もしもよ。ウチの牛、一頭でも陽性だったら、ホントに全頭、殺処分になるんか?なあ?」

「それは…さっき説明した通りだ」

「そんなことになったら、ウチはおしまいだ…なあ。多めに見てくれんべか?子供の時みたいに、俺を助けてくれや。なあ?…悪かった。おめいにも立場っつうもんがあるもんな。今、言ったことは忘れてくれ」

 

辛い会話を残して、夜が明けた。

 

犬飼の携帯が鳴った。


「陽性だった」

 

折原への犬飼の一言は苛酷だった。


「昨日の段階で、計3頭が口蹄疫陽性。所謂(いわゆる)、患畜(かんちく)だった。この判定が出た時点で、残る牛全てが疑似患畜となる」

「ホントに、あいつら全部殺処分なんのか?」

「陽性反応が出ていなくても、既に感染している可能性がある。感染が著しく速いのが口蹄疫なんだ」

 

「イヤー!」と言って、泣き崩れる七海。

 

「まさか」と呟く能見。


「と殺指示書」を折原に手渡す犬飼。

 

「この後、職員から説明があります。有事の際の段取りについては、夕べ詳細、お話しましたよね?」と犬飼。


「聞いてた。聞いてたけど、俺は!」と折原。

「かっちゃん…言いたいことは、あとでいっくらでも聞く。でも今は耐えるしかない。牧場主として、今は何をすべきなのか、一緒に考えよう」

 

【患畜とは、家畜伝染病に実際にかかっている家畜を指す法律上の用語である。主に家畜伝染病予防法で使われる/AI回答】

 

 

 

2  「あの子たちも、私のことを覚えてるんです。診察した時の音とか、臭いとか。近づくと安心したみたいになって、残りの牛たちの殺処分…私にもやらせてください」

 

 

 

「これより、殺処分前のウイルス拡散防止措置を始めます」

 

犬飼の、この一言から全頭の牛に対する殺処分が遂行されていく。

 

犬飼が先頭に立って、畜舎に入って行く。


次いで処理班Bの到着と共に、能見と聡里が合流する。

 

この時もまた、七海が執拗に抵抗する。

 

聡里は、過去に同じ行動を取った自分を思い出し、七海を抱き締めるだけだった。


「岸本さん(聡里)行くよ」という呼びかけに応じ、聡里は畜舎に入って行く。

 

「口蹄疫が発生した場合、近隣の畜産農家への感染を防ぎ、感染拡大を防止するため、家畜伝染予防法により、対策本部の仕切りで迅速に事が進められていきます。周辺の通行の制限、及び遮断、緊急消毒、家畜・物品の評価。そして、同一農場内で飼育されていた家畜の全頭殺処分が義務づけられてます」(犬飼の講義)

 

犬飼の声が今、畜舎内に響く。

 

「これより、各班に分かれて作業を進めます。患畜を含むエリア1は、処分AB班でとりかかります」


ここで折原が走り込んで来て、激しく抗議するのだ。

 

「やっぱ納得できねえべ!口蹄疫は人間にはうつんねえんだべ!?したら、なんで、他の牛も全部、殺されなきゃならんのよ!?何とか言えや!」


それを受けた犬飼は沈黙の後、振り返って、作業員に言い切った。

 

「安楽殺の準備を始めてください。全頭殺処分まで24時間。迷っている暇はありません!」

 

「牛は牧場主にとって、家族にも等しい存在なのに、犬飼先生、家保の獣医師の他、能見先生と私は、既に家畜防疫員に任命されている。今回の殺処分は獣医師3名、補助員7名を1チームとして実施される。全頭殺処分まで24時間」(聡里のナレーション)


聡里は能見の補助に回った。

 

注射液を入れる聡里の手に震えが走る。

 

その注射を取り上げた能見は、牛を安楽殺するのだ。


「注射された牛は薬が効いてくると、スーと眠るように息を引き取る」(聡里のナレーション)

 

畜舎の外では、折原が牛の名を呼び、「ごめんな、ごめんな」と言って、育て上げた牛たちに対する謝罪を繰り返していた。

 

「一頭の安楽殺を終えると、隣の牛に移り、同じことが繰り返される。悪夢としか思えない光景。でも、どこか現実でない光景にも見える」(聡里のナレーション)



この頃、残雪は飛ばないタケルに繰り返し声をかける。

 

「君も自由に大空を羽ばたいてみたくないか?」


ここで、バードストライクが起きたという報が入り、残雪は慌てて出ていく。



また、牧場主の郷田に相手にされない綾華は、相変わらず、説得できずに孤立している。

 

「先ほど、牛舎の中の衛生面を拝見させていただきました」


怒った郷田は、「なに勝手に入ってんだ!?」と怒鳴り散らす。


「はっきり申し上げて、おたくの飼育環境は劣悪そのものです。あれじゃ、どんな薬を使ったって治るものも治りません」

「黙れ!お前に何が分かる!とっとっと帰れ!二度とおまえんとこの薬なんかにゃ頼らねえからな。ほらどけ。ほら!どけ!」


今度も全く相手にされなかった。

 

聡里もまた、精神的に孤立している。

 

「今は、まだ口蹄疫の特効薬がないといわれている。よって、感染を防ぐためには牛たちを全頭処分するしかない。元気な…感染の兆候の見られない元気な牛であっても、殺処分しなければならない。正解は、今現在、それしかないのだという」(聡里のナレーション)


ミドリとサトを間近に見て、サトを産んだ時のことを繰り返し思い出す聡里。 

ミドリ

サト


そのサトが今、殺処分される番がきた。

 

思わず、「サト!」と叫ぶ聡里に対して、能見から「見たくなければ外に出ていなさい。ムリして立ち会わなくていい」と言われた聡里は、謝罪した後、「私は獣医師です。最後まで見届けます」と言い切った。


サトは殺処分されるに至る。

 

一方、バードストライクの一件で、残雪は同期生の二人(綾華と聡里)に画像を送信する。

 

「一羽のタンチョウが重傷を負いました。幸い、一命を取り留めたのですが…最近、電線や風力発電の風車など、人工物などに野鳥が衝突する事故が増えています。タケルが心配です。飛べるようになったとしても、こんな危険だらけの世界で生き抜いていけるんだろうか」 

バードストライクの検証



綾華は「飼育環境に問題がある」と執拗に訴えるが、郷田にバケツの水をかけられる始末だった。


「自分が本来やりたかったことって、一体、何だったろう。分からなくなってきました」


3人の若者の苦闘には、思うようにならない若き獣医師の〈現在性〉が曝されていた。

 

そんな折、能見の疲労が目立ってきた。

 

そこに犬飼がやって来て、「外の空気、吸いませんか」と促す。

 

能見の疲労を目の当たりにした聡里が、「休んできてください。私もやります」と言ったのは、この時だった。

 

驚く犬飼。

 

「残りの牛、私も殺処分します」


こう言ったのだ。

 

殺処分に向かう聡里に、犬飼が語りかける。

 

「29万7808頭。前回、口蹄疫が発生したとき、殺処分された家畜の総数です。あの時は、250戸の畜産農家に感染が拡大して、動員要請を受けて、来る日も、来る日も殺処分に追われました。1頭…2頭…最初の内は数を数えていたんですが…恥ずかしいことに…注射器を持つ手の震えを抑えるのに必死で…牛は賢いでしょう…きっと僕のこと、お医者さんだって分かっていたと思うんです。僕が注射器を手に近づくと…皆(みんな)…おとなしく待ってる。つぶらな瞳をこっちに向けて、注射されるのを待ってるんです。“ああ、この人は病気を治してくれる先生だ。元気にしてくれる先生だ”って、注射されるのを待ってる牛たちを…“ごめん。ごめん”ってつぶやきながら、この手で僕は…岸本先生は、まだ若い。先生に僕は…僕と同じような目に…遭わせてもいいもんか…」


「大丈夫です」


「一生、背負うことになるんですよ」

「私は生産動物を守るために獣医師になりました。防疫の遅れは、雪だるま式に感染を拡大させるんですよね。防疫処置は早ければ早いほど、殺処分される牛を一頭でも減らすことができる。違いますか?感染を食い止めるためにはやらなければならないことです。北海道の酪農を…日本の酪農を守るために。そうですよね?誰かがやらなればならないことです」


聡里の厳しい表情を見つめる犬飼。

 

「あの子たちも、私のことを覚えてるんです。診察した時の音とか、臭いとか。近づくと安心したみたいになって、残りの牛たちの殺処分…私にもやらせてください」

 

「ごめんね。ありがとね」

 

そう呟きながら、殺処分してゆく聡里。 


一生背負う行為に振れた若き獣医師が、今、そこにいる。

 

犬飼の話は、平成22年4月に、宮崎県で起きた口蹄疫の感染爆発のことを指す。

 

以下、「口蹄疫発生・終息から10年」というタイトルで紹介された県の文書の一部を引用する。

 


【平成22年4月に児湯地域を中心に口蹄疫が発生し、29万7808頭の牛、豚などの命が失われました。あの苦難から今年で10年が経ち、発生により落ち込んでいた畜産業も「復興」の道を力強く歩んできました。

「忘れない そして前へ」を合い言葉に、畜産の新生へと歩みを進め、牛、豚の飼養頭数も発生前の90%を維持するまでに回復を遂げています。

県では、「宮崎県畜産新生推進プラン」に基づき畜産の新生を力強く推進しています。

これまでのさまざまな取り組みを振り返りながら、これからの未来につなげていきます】

 

 

 

3  ワンヘルスという観念で動くヒューマンドラマ

 

 

 

牛や豚、鶏などの家畜を育てて、肉、牛乳、卵などを生産する農家。

 

これが長期的に減少傾向が顕著な畜産農家である。

 

ドラマの農家は肉牛農家である。

 

農林水産省によると、その仕事は、家畜に餌を与えること、畜舎の衛生管理を実践すること、常に清潔を保持して清掃すること、そして市場に出荷するまで育てること。 

畜産農家

                      

同上

この4点である。

 

畜産農家の課題には、飼料価格の上昇によって、餌代が経営を圧迫していること。

 

資材と光熱費の高騰によって、燃料や設備費が大きな負担になる。

 

人手不足と高齢化によって、担い手の確保が難しいこと。

 

畜産農家は毎日の給餌や清掃、健康管理が必要で休みにくく、人手不足が起きやすい現実がある。

 

かくて毎日の作業を減らすために、省力化機械の導入も考えられている。

 

担い手を広げるために求められているのは、外国人材の活用案もある。

 

また家畜疾病への備えによって、防疫負担が大きいこと。

 

悪臭や排泄物対応での環境対策の実施が、常に求められていること。

 

水質汚染への対応も同義である。

 

繁忙期を助け合うための地域連携の強化も求められている。

 

分かりやすい成功事例は、酪農ヘルパーとキャトルステーション(地域の核となる施設)があり、どちらも、1戸で抱え切れない仕事を地域で分担する仕組みとして定着している。

 

キャトルステーション


一言で言えば、畜産農家の主な課題は、コスト増、人手不足、病気対策、環境対応、そして利益を確保しにくいことに尽きると言っていい。

 

農林水産省は、飼料価格の高騰が畜産農家の負担を増やしていると示していて、更に、肥料や飼料などの資材価格は令和3年以降に上昇し、2025年2月時点でも高い水準が続いていると報告している。

 

―― 以下、ドラマを総括的に書いていく。

 

このドラマの根柢にあるのは、人間と自然の関係である。

 

もっと言えば、人間中心主義の「保全」(良い状態を守ること)と、自然中心主義の「保存」(そのまま残しておくこと)との対立と、その在りようである。

 

シリーズのドラマの中心となる3人の若き獣医師の拠って立つ立場には、自然中心主義の「保存」の思想が垣間見える。

 

具体的に書いていく。

 

母牛(ははうし)ミドリからサトを取り出した聡里がサトの安楽殺の際に、思わず「サト!」と口走ってしまったことで分かるように、理屈では理解できるが、安楽殺の行為について煩悶し続けていた。

 

それでも自ら殺処分を名乗り出たのは、「防疫処置(殺処分)は早ければ早いほど、殺処分される牛を一頭でも減らすことができる」からである。

 

また、バケツの水を容赦なくかけられた綾華は、「飼育環境の不備」と言い続け、牧場主を批判した。

 

そして、極めつけは「飛べないタケル」を案じる残雪。

 

彼はバードストライクの問題について、以下のように記していた。

 

「一羽のタンチョウが重傷を負いました。幸い、一命を取り留めたのですが…最近、電線や風力発電の風車など、人工物などに野鳥が衝突する事故が増えています。タケルが心配です。飛べるようになったとしても、こんな危険だらけの世界で生き抜いていけるんだろうか」

 

「危険だらけの世界」を作った人間社会の在りようを批判しているのだ。

 

この自然中心主義の「保存」という根源的テーマは、残念ながら、現在、「航空機と鳥が空港周辺や飛行中に衝突し、機体損傷や運航への支障を生じる事象」(AI回答)と説明されていて、どこまでも人間(航空機など)が被害者で、自然(鳥)を加害者であると断じているのである。

 

だから、自然(鳥)の加害性から身を守る対処のみが語られていて、「バードストライクは空港周辺で起きやすく、離着陸のように高度が低い場面では、回避や立て直しの余裕が小さいことが問題です。国土交通省も安全上重大な結果につながる危険があるとしている」、「衝突後は点検や清掃、滑走路確認が必要になり、出発や到着の遅延につながります。定時運航を妨げる点も大きな課題」などの提言が出されていて、その発想は、どこまでも人間中心主義の「保全」という観念である。

 

思えば、「飛べないタケル」=「飛ばないタケル」の問題など、一般の人々にとってはどうでもいいことなのだ。

 

北海道東部の湿原で繁殖する大型のツルで、頭頂部が赤いタンチョウにとって、留鳥と渡り鳥の両方の性質を持ちつつ、「飛べないタケル」にとって生存の危惧に関わっていくから、由々しき事態となるのである。

 

バードストライクの問題が、自然中心主義のスタンスで描かれたドラマの根源的テーマを無視できない所以である。

 

この議論で重要な概念がある。

 

「ワンへルス」という概念である。

 

公式的に書けば、人や動物の健康と、それを取り巻く環境を包括的に捉え、関連する人(じん)獣(じゅう)共通感染症などの分野横断的な課題に対し、関係者が連携して取り組む概念。

 

これが「ワンへルス」の基本思想である。 

ワンへルス

この「ワンへルス」には、6つの柱がある。

 

①   人と動物の共通感染症対策

②   薬剤耐性菌対策

③   環境保護

④   人と動物との共生社会づくり

⑤   健康づくり

⑥   環境と人と動物のより良き関係づくり

 

この6つの柱を踏まえて、私たちができること。

 

それには、以下の点が求められる。

 

① 手洗い・咳エチケット 日常で今すぐできる、最も基本的な感染症対策です。

② ペットの予防接種と適正な飼育管理 人と動物が安心して共に暮らすための基本です。

③ 野生動物に近づかず、餌付けをしない 野生動物との適切な距離が大切です。

④ ごみ削減や身近な自然環境の保全

⑤ 薬剤耐性菌(AMR)対策

 

この「ワンへルス」の基本思想と、その実践方法を重視したい。

 

それが、ドラマから読み取った私の感懐であり、批評の結論でもある。

 

 

 

4  最終話の概要

 

 

 

ここでは「最終話」についての梗概(こうがい)を、簡単に紹介していく。

 

【聡里(山田杏奈)は、殺処分で煩悶する七海(大石愛陽)を励ますために、彼女を連れて釧路に向かう。タンチョウに命を賭ける残雪(萩原利久)がいるからだ。彼の案内で絶滅の危機から復活したタンチョウが力強く生きる姿を見て、大きく心動かされる七海。折原牧場を再開したいと強く願う七海。一方、父の折原勝喜(温水洋一)は迷っていた。犬飼(上川隆也)の励ましと、七海の願いが、勝喜に牧場再開への決断を促す。あらためて動物の命と向き合う厳しさに苦しむ聡里の前に、亡き祖母・チドリ(風吹ジュン)が現れる。/NHK参照】

「1日だけお休みをいただけますか?」と言って、七海を伴い残雪の所を訪ねる


残雪/飛ばないタケルを飛ばそうと頑張る

死んでいるようなタンチョウが動いて飛ぶ姿を見て、「生きてる」と言って、感動する七海


「おじいちゃん、牧場を再開しよう」

「聡里さんから、(牛の)最後の様子を聞いたの」

「やってやろうじゃねえか!この牧場を」

郷田の牧場で黙々として働く綾華

綾華の誠実な行為に感動して、「お宅の抗生物質、もう一回試してみるか」(郷田)

「ありがとうございました」

「とうとうこの日を迎えました」

「“はらみ牛”つまり既にお腹に赤ちゃんがいる牛を一頭、折原さんが購入したのです」(聡里のナレーション)

聡里の携帯に入った残雪の声「タケルが飛んだよ。タケル!よく頑張ったな!タケル!」

子牛を取り出す折原一家

産まれた子牛

【牛の出産は、妊娠期間約285日前後を目安に、分娩兆候を毎日観察し、清潔な分娩房で見守りつつ、破水後30〜60分以上進行しない場合は獣医師を含めた早めの介助を行うことが基本である/AI回答】

亡き祖母・チドリと聡里


聡里に対する残雪の愛の告白

告白を受け止める聡里


【 専門家と相談の上、動物にストレスを与えない形で撮影を行い、動物を傷つける行為は一切行っていません】

作品の最後に紹介されるNHKの一文です。

以下、その画像です。



(2026年10月)