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2024年3月12日火曜日

キサラギ('07)   エンタメ純度満点の密室劇  佐藤祐市

 


台詞を正確に起こしてみて、ほぼ納得尽くのワンシチュエーション映画の秀作。

 

伏線の全てが回収され、驚かされた。

 

以下、かなり長くなるが、5人の男たちの艱難(かんなん)なジグソーパズルの醍醐味をシリアス含みで描き切った本篇の要旨をまとめた拙稿です。

 

 

1  「そもそも、この会を提案したのも、この男を誘(おび)き出すためでした」

 

 

 

2007年2月4日、『如月ミキ一周忌追悼会』に集まった、アイドル・如月ミキのファンサイトに参加する5人の男たち。 

ビルの一室に向かう家元


サイトの管理人であり、この追悼会の主催者である家元(いえもと)は、借りたビルの空き部屋に、自身の“如月ミキパーフェクトコレクション”を展示し、初めて会う参加者が訪れるのを待っていた。 

家元



最初に、福島で農業を営む安男という、本名をハンドルネームとする男がやって来た。 

安男


お菓子作りが趣味の安男は、作ってきたアップルパイをコンビニに忘れたと言って部屋を出て行った。

 

次にスネークという雑貨屋に勤める軽いノリの男が入って来て、続いて来たのは、一周忌企画者のオダ・ユージ(以下、オダ)。


オダは家元に深々とお辞儀をし、差し入れの日本酒を手渡す。 

スネーク


オダ


ハンドルネームを突っ込まれたオダは、たまたまテレビで目について付けたもので、同姓同名でも憧れの人でもないと弁明する。

 

そのオダは、「ラフな感じで楽しくやりましょう」と言う普段着姿の家元に対して、追悼会に相応しくない、礼節がないと批判する。 

批判される家元


慌てた家元は、派手な飾りつけを片付け、喪服に着替えに出て行った。

 

そこに、部屋の陰から怪しげな中年男が現れ、最初は大家さんと間違われたが、その男が5人目の参加者であるいちご娘だった。 

いちご娘


いちご娘と知って驚嘆する4人



安男と喪服に着替えた家元が戻り、同じく喪服に着替えたいちご娘も加わって、追悼会がスタートした。

 

まずは家元が挨拶する。

 

「本日は、若くして残念ながらこの世を去った、我らがアイドル如月ミキの一周忌追悼会にお越し頂き、ありがとうございます。今まで文字のやり取りしかしていなかった皆さんに、お会いできて本当に嬉しいです。わたくし、如月ミキ愛好家、家元でございます。普段はしがない公務員ですが、如月ミキに関することなら、誰よりも詳しいと自負しております…」 


続いて自己紹介が始まり、そこでオダは本名を名乗ろうとするが、皆ハンドルネームを使っているからと制止される。

 

カチューシャをしておどおどとしているいちご娘は、「無職」と一言。

 

自分一人が喪服でないことを気にし、黙々とアップルパイを食べていた安男は、このままでは盛り上がれないと言うや、喪服を買いにまた出て行った。 


その間、家元の如月ミキに関するレアなグラビアや記事のコレクションを見て、参加者たちは大いに興奮する。 


更に極めつけと称して、家元は如月ミキ直筆の手紙を見せた。

 

「僕は3年間、毎週必ず一通は送っています。計200通近く書いたことになります」

 

本物かどうかを疑ういちご娘に対し、家元は漢字が異常に少なく、誤字脱字が異常に多いのは、事務所がチェックしていない証拠だと反論する。

 

「“家元さんのお手紙にいつも励まされています。落ちこんで辛いことがあっても、家元さんのお手紙を見ると、お仕事ガンバロー~!と思う(る)んです。ミキの命より大事は宝物です…”」 


オダがその手紙を読み上げる。

 

コピーを欲しいというスネークは、難色する家元に生写真とのトレードを持ちかけた。

 

更に大磯ロングビーチのイベントの写真に写っている如月ミキのマネージャーをスネークが嫌な奴で許せないと指差し、「デブッチャー」と罵ると、いちご娘も握手会で突き飛ばされたと言う。

 

「まあ、本人も仕事でしょう」と口を挟んだオダが、続いて皆に問いかける。

 

「皆さんは、見てみたかったですか?ヘアヌード写真集ですよ。出るって噂、流れたでしょう」

「見たくないに決まってんだろ。ヘアヌードなんて。遅れてきた清純派だ」とスネーク。

「脱いだらダメだよ、絶対に」といちご娘。

 

家元もミキの最大の魅力は目であり、脱ぐ必要はないと答える。

 

歌も下手でおっちょこちょいで、走って倒れても笑っていたミキを、「いつだって笑ってるところがいいんだ…」とスネークがしみじみ言うと、いちご娘が泣き出した。

 

すると、オダがまた冷静な口調で皆に訊ねた。

 

「去年の今日なんですね。なぜ、自殺なんかしたんでしょう。皆さん、どう思います?如月ミキは、なぜ自殺を…」

「知るかよ」とスネーク。

「仕事が思うように行かず、悩んでいたと」と家元。

「新聞には書いていてありました。そんな理由で納得できますか?これが自殺をするような子の笑顔ですか」とオダ。

「そりゃ、納得なんかできねえけどさ!」とスネーク。

 

なおも、死に方もおかしいと話を続けるオダに対し、いちご娘は「やめてくれ!」と耳を塞ぐ。

 

「この話、止めませんか?」と家元。

「なぜです?」

「一周忌です。楽しくやりたいんです」

「一周忌だからこそ、話すべきです…この話題に触れずにいくんですか?皆さんだって、気になってるはずでしょう。彼女がなぜ死んだのか…自殺じゃないとしたら…」

 

そして、オダはこの一年間、現場に何度も足を運び、関係者に話を聞き、事件について調べてきた結論を単刀直入に語る。

 

「如月ミキは自殺なんかしてない。殺されたんです」


「誰に?誰にだよ」とスネーク。

「警察の見解は誤りだということですか?」と家元。

 

オダは警察への怒りを禁じ得ないと言い、手帳を取り出して持論を展開し始める。

 

そこへ、喪服を買って着替えた安男が嬉々として帰って来たが、雰囲気が一変していることに戸惑う。 


「まず、死に方が不可解です」とオダ。


「丸焼けだもんな」とスネーク。

 

家元は新聞記事を取り出し、死ぬ直前にマネージャーの留守録に入っていた言葉を読み上げる。

 

「“やっぱりダメみたい。私も疲れた。いろいろありがとう。じゃあね”と遺言を残した後、部屋中に油を撒き、ライターにて着火。一酸化中毒および全身やけどにて死亡…」 


オダは部屋は全焼し、上の階も燃え、他に死傷者が出なかったものの大惨事になりかねない、そんな人様に迷惑をかけるような死に方をミキがするとは思えないと主張する。

 

「何者かが彼女を殺し、油をまいて放火した…」

 

それに対し、家元は「精神的に錯乱状態にあり、冷静な判断を欠いた」という警察の見解を支持し、マネージャーへの遺言の声紋鑑定も一致すると反論したが、オダは犯人がミキにしゃべらせたのではないかと推量する。

 

「皆さんはご存じないでしょう。如月ミキが、悪質なストーカーにあっていたことを」 

「え?」と反応する家元


「ストーカー?」と反応するスネーク


緊張が走る中、腐った匂いのするアップルパイを食べ続けていた安男が吐き出しそうになり、部屋を出てトイレに駆け込んでいく。 



オダは話を続け、自宅付近で怪しい男が何度も目撃されており、事件一週間前には寝室の窓から何者かが侵入した形跡があるが、金品は盗まれず、溜まっていた食器が洗われ、ベッドの掛布団が畳まれていたと言い放つのだ。 

いちご娘は耳を塞いでいる



事件当夜も寝室の窓は開いていたとの消防隊員の証言もあった。

 

「異常者が手の届かない相手を殺害することによって、自分のものにしようとする例はいくらでもあります…或いは、ヘアヌード写真集の噂が犯行の引き金かも知れない」

 

オダは何度も警察に再捜査を依頼したが取り合ってくれなかったと怒りを滲ませると、家元はその情報をどこから得たかを問い、それがマネージャーからだと分かると、「タレントに自殺されたマネージャーの責任逃れでしょう」とマネージャーの捏造(ねつぞう)の可能性を指摘する。 


「警察には通報していないのはなぜです?」と家元。

「しています」

「していません…警察にはそんな記録、一切ありません」と家元。

「何であなたがそんなこと言い切れるんですか?」

 

家元は内ポケットから出した金色のバッチを翳(かざ)して見せる。

 

「警視庁総務部 情報資料管理課勤務です…しがない公務員ですよ。父は警視総監ですけど…」 


家元もまた初めは自殺を疑い、ミキに関するあらゆる調書・資料に目を通したが、他殺の可能性を示す要素は一切見つからなかったと答えた。

 

しかしオダは、マネージャーが何度も警察に相談していたが、何一つ対策を講じなかった、その責任回避のために、ストーカ―被害に関する情報を全て処分したと主張するのだ。

 

「いわば如月ミキを殺したのは、あなた方警察なんだ!」


「…根拠のない憶測にすぎない」

 

二人の平行線の議論の中、それまで耳を塞いでいたいちご娘が、突然、「やめてくれ!」と叫ぶ。

 

「とても聞いてられない。警察だのストーカーだの、もう、うんざりだ!」と言って帰ろうとするいちご娘を阻むオダ。

 

「もう少し、いてくれませんか?」 


それでも帰ろうとするいちご娘を、オダは「逃がさねえよ」と言うや押し倒した。 


「自供させます。犯人。つまり、ストーカー自身に」

「オダさん。滅多なこと言うもんじゃありませんよ」と家元。

 

しかし、オダに影響されたスネークまでもが、見た目の判断でいちご娘をストーカーと決めつけ、押さえつける。

 

「冷静になりましょうよ!」と家元がスネークを引き剥がしたところで、安男がトイレから戻って来た。

 

「なんか、状況が激変してる…」 


いちご娘がストーカーで、家元が警察で隠蔽してたと説明された安男は、再びお腹が痛くなり、トイレに出て行った。

 

「そもそも、この会を提案したのも、この男を誘(おび)き出すためでした。以前から疑っていたものですから…」 


オダは、いちご娘の書き込みで、ミキの影響でアロマキャンドルに嵌っているとあるが、2日前にストーカーが侵入しており、マネージャー以外知らないことをいちご娘が知っている、つまり、ミキの部屋でアロマキャンドルを見たはずだと確信的に言い切った。 


他にも、きたきつねラッキーチャッピーのグッズを集めていると書き込みをし、それも誰も知り得ない情報だった。

 

どこかのインタビューを読んだと弁明するいちご娘の言い分は、全ての記事に目を通している家元によって否定されるが、家宅侵入したことを問われたいちご娘は、物的証拠がないと開き直る。

 

そこでオダは物的証拠として、マネージャーが聞いた家宅侵入された際の如月ミキの証言で、いくら探しても見つからなかった愛用のカチューシャを示した。

 

そこに指紋の幾つかが残っているかも知れないと言うと、慌てて頭のカチューシャを外してワイシャツで拭き取ろうとする。

 

嘘が露見したいちご娘は、ドアに向かって逃げようとするが、またもオダが阻止し、殴って倒してしまうのだ。

 

オダは警察には渡さず、ここで裁くと言って、隠し持っていたナイフを取り出した。 



何とかオダからナイフを取り上げた家元は、いちご娘に正直に話すよう促す。

 

「僕はストーカーなんかじゃないよ!僕は、前の道から2階のミキちゃんの部屋を毎日見守っていただけだ!」

 

事件の一週間前、窓を開けっぱなしで出かけたのを見たいちご娘は、閉めてあげなければと思い、鉄柱をよじ登りベランダから部屋を覗くと、ベッドが乱れていたので、部屋に入り布団を畳み、食器を洗ってクローゼットの下着を畳んだと弁明する。 


部屋にはアロマキャンドルとラッキーチャッピーの食器があり、記念に何か欲しくてカチューシャを持って帰ったと言い、スネークと家元から部屋の中の様子を聞かれたが、いちご娘はそれだけだと答えた。 


事件当日も外からミキの部屋を見守っていたが、そのまま帰ったといういちご娘の言い分を信じないオダが、激しく突き飛ばして倒す。

 

しかし、ミキが死んだ時刻には無銭飲食で捕まり留置所にいたといういちご娘の証言は、身分証をもとに、家元が警察に問い合わせて裏付けられた。

「確かに留置されていました。無銭飲食です」

 

報告を耳にしても「嘘だ」と否定するオダ



いちご娘が犯人ではないことが証明され、オダに謝罪を求めるが、オダは応じようとしなかった。

 

 

 

2  「この中で、僕がミキちゃんから一番遠い」

 

 

 

いちご娘は、その日、モヒカン頭の男が訪ね、ミキは出迎えるなり嬉しそうな笑顔で抱きついて部屋に連れ込んだのを目撃していた。 



「それってミキちゃんの彼氏ってことですか?」と家元。


「まさか…」とオダ。

 

「チャラチャラした軽薄そうな奴でさあ…あいつが殺したのか!」

 

今更ながら気づいたいちご娘は、別れ話を持ち出され、逆上して殺したと決めつける。 


モヒカン頭のその男と、ついさっき会ったような気がすると言い出した家元は、スネークに見せられた生写真だと思い出し、カバンから取り出した写真で、それがミキの背後にいる男だと確認する。

 

どこで手に入れたかを聞かれたスネークは、はっきり返事をしないでいると、それがスネーク自身だと特定されるに至る。 


その頃バンドをやっていたと言うスネークは、ミキの彼氏かと聞かれ、「うん」とVサインすると、いちご娘は「お前がやったのか!」と胸倉を掴んで倒し、馬乗りになった。

 

そこに2度目のトイレから帰って来た安男が、「また状況が変わってる」と驚き、簡単に説明を求めると、いちご娘を引き離した家元は、肩で息をしながら、「いちご娘は犯人じゃなくて、部屋にいたのは彼氏で、彼氏はモヒカンで、モヒカンはスネークさんよ」と答える。

 

ここで安男はまたもや下痢して、ジーンズを持って再びトイレに駆け込んだ。

 

オダが再びナイフを手にし、スネークに向けて自供を迫る。 


しかし、弾みで彼氏だと認めただけで、付き合ってもおらず、単なる客と店員の関係だと弁明する。

 

ミキは店の常連客で、事件当日抱きついていたのは、スネークが配達したラッキーチャッピーのボトルセットのボックスで、スネークは部屋に入って洗剤や油などをボトルに入れ替える作業を手伝っただけだった。

 

その後、台所に出たゴキブリを退治し、お茶をご馳走になってから家に帰ったが、その日に地震があり、犯行の時刻には店長に呼ばれ、店で片付けていたと説明する。

 

いちご娘が執拗に食い下がるが、オダはもはや疑う余地はないと判断し、話を切り替える。

 

「なぜ、黙ってた。如月ミキと面識があることを」

「言おうと思っていたんだよ。タイミング見計らって自慢してやろうと思ってたんだけどさあ…下手なこと言ったら疑われそうだからさ…あんた怖いんだよ、オダ・ユージ」 


家元は、これまでファンとして最も如月ミキのことに詳しいと自負していたが決してそうではないと分かり、拗(す)ねて羨望(せんぼう)するばかり。

 

「いいよなあ2人とも。ミキちゃんて普段どんな感じ?」

 

スネークは、とても気さくで軽くコクったが即フラれ、ミキには恋人がおり、クッキーを焼いていたと話す。

 

「いつも支えてくれてる大切な人に贈ってあげるんだって言って。そいつの誕生日なんだろうな。まあ、どんな奴か知らねえけどよ」

 

そこでオダが、「幼馴染で初恋の相手。ヤックンだ。結婚の約束もしてるって言ってた…」と答える。 


「ちょっと待った!オダ・ユージさあ。何であんた、そんなことまで知ってんだよ」とスネーク。

 

「確かにあなたの知識はファンのレベルを超えている…あんた何者なんだよ」と迫るいちご娘が、またしても払い倒されると、見上げたオダの顔を見て、家元のコレクションの写真に写る太ったマネージャーであることに気づき、照合すると、他ならぬ其(そ)の人だった。 


「デブッチャー!」と3人が口を揃えて叫ぶ。 


この一年で55キロ瘦せたというオダは、ミキが死んで食事も喉に通らなかったと吐露し、犯人と思い込んでいた「いちご娘説」が消滅し、「この一年は一体何だったんだ!」と嘆くものの、「絶対に真犯人を見つけ出し、この手で復讐する!」と息巻くのみ。

 

「何が如月ミキ愛好家・家元だ…何が、ミキちゃんに関することなら誰よりも詳しいですだ…僕よりミキちゃんに近い人物がどんどん現れる。いい気になって知識をひけらかしてた自分が滑稽だ」

「そう言うなって。家元さんのコレクション、マジすごかったもん」とスネーク。

「でも、あんたたちはミキちゃんと個人的な接点があるじゃないか!…僕なんか所詮、写真と記事を切り貼りしてる…虫けらさ」


「私より詳しい部分もありましたよ」とオダ。

 

但し、家元がミキの最大の魅力は目だと言っていたが、あれはプチ整形だと知らされ、家元は愈々(いよいよ)自虐的になる。

 

「この中で、僕がミキちゃんから一番遠い」

 

オダは「もう一人いますよ」と、いつの間にか部屋に戻っていた安男の存在を示唆する。

 

ここから安男は、落ち着き払って語り始めていく。

 

「オダさん、真犯人なんていないんです。警察の言う通り自殺だったんですから」

「なんか急に中心に入ってきたぞ」とスネーク。

「…あんたが何を知ってるって言うんだ」とオダ。

「毎日、電話で相談に乗ってましたから…プチ整形するときも、俺は反対したんですよね。一重の方が可愛いって。それなのに、ミキっぺの奴…」 


ここで皆は、安男というハンドルネームが本名で、出身地が同じ福島だということに気づく。

 

「よく一緒に、お菓子作ったっけ…ヤックンです」

「うそーおおおおお!」

 

安男はその証拠として、子供の頃一緒にお風呂に入った時の写真を見せる。

 

「ずっと黙ってるんだもんな」と家元。

「いや、言いたくても、話に参加してなかったもんですから」

 

密室劇の空気が一転していくのである。

 

 

 

3  「アイドルだったんだ。正真正銘の」

 

 

 

ここから、ミキが自殺したという視点から議論が白熱していく。

 

「オダさん、もし真犯人がいるとすれば…それは、あなたですよね…ミキっぺを死なせたのは、あなたじゃないですか」

「何を言ってる…分からんね」

「認めろよ!あんたが殺したんじゃないか!」


 

突然、安男はナイフを手に持ち、オダに向かって迫って行く。

 

皆がそれを防御しながら、安男の言い分を聞く。

 

「ミキっペは、毎晩俺に電話をかけてくる度に言ってたんだ!マネージャーが超怖い…マジ鬼みたい。もう死んでしまいたい!」

「マネージャーが厳しいのは当たり前だ。ミキはそんな事で自殺するような子じゃない」

「ヘアヌード写真集、勝手に発売を決定したでしょう」

「あいつも納得した上で決定したんだ」

「嘘だ!」

「本当だ!あいつは自分でやると…」

「そんなわけないだろ…遅れてきた清純派だぞ!」とスネーク。

「あいつ、泣いてた。何度も断ったのに、マネージャーが勝手に決めてしまったって。みんなに迷惑かかるから、もうやるしかない。どうしよう…ヤックン許して…」

「なんて男だ」といちご娘。


「あいつは強い子だ。そんなに悩んでたはず…」

「そう振る舞ってただけだ!明るい自分を必死に作ってたんだよ!本当は泣き虫で、落ち込みやすくて…死ぬほど苦しんでたんだよ!芸能界なんて、俺は初めから反対だったんだ!あいつがなぜ俺の反対を押し切って芸能界入りを決めたか知ってるか?4つの時に生き別れた父親に、成長した自分の姿を見せたかったからだ!ヘアヌードなんてやりたいわけないだろう」 


ここで一度は犯人にされた恨みで、オダに近づこうするスネークを制し、温和な家元がオダに言い立てる。


「あなた…自分のせいでミキちゃんが死んだことを認めたくないだけじゃないですか?警察のせいにして真犯人でっち上げて、自分のせいじゃなかったことにしたいだけじゃないですか」

 

しかし、オダは首を大きく横に振り、否定しつつ本音を吐露する。

 

「愛してたんだ…あの子をなんとしてもスターにしてやりたかった。ブレイクさせてやりたかったんだ。それがいけないことですか?…あんたらだってミキをスターにしたかったんだろ!このままじゃB級、いやC級、いや、D級タレントのまま終わっちまったら、そのお父さんにだって伝わらないだろ!そのまま消えちまって、よかったって言うのかよ!」 


皆、下を向いて家元の言い分を聞く。

 

「よかったですよ」と家元。

「死なれるよりマシだ」とスネーク。

「売れずに引退して、田舎の主婦になって…」といちご娘。

「そういうミキちゃんを、遠くで静かに応援していたかったです」と家元。

 

オダは崩れるように座り込む。

 

「殺してくれ」

 

安男はナイフを捨て、「ミキっペは、帰りません」と一言。

 

オダはナイフを拾い、自ら首を刺そうとするが、それをいちご娘が頬を叩き阻止する。 


「ミキちゃんに悪いと思うなら、その気持ち、一生背負ってください」と家元。

 

ここから、ミキと関わった者たちの自責の念が噴き上がる。

 

「俺も、同罪です。無理矢理にでも、福島に連れ戻すべきだったんだ。きっとあいつも、内心はそうして欲しかったんだ」

「僕たちも、同罪かも知れません。オダさんだって、僕たちファンのために無理してミキちゃんに頑張らせてたわけですし…全然ファンがいなかったら、ミキちゃん、すんなり引退できてたかも知れません。僕なんかファンレター200通も出しちゃって…彼女の気持ちも知らないで、頑張ってください、頑張ってくださいって…僕も彼女を追い込んだ一人だ」と家元。

 

いちご娘が安男に、毎日どんな話をしていたか、最後の日も話したのかと訊ねた。

 

「あの日は、笑っちゃうんだけど、ミキっペの部屋にゴキブリが出まして…」 


実はスネークはゴキブリを殺せなかったのだ。

 

安男は、殺虫剤も空だと言うので、台所洗剤をかけると死ぬと教え、ミキは洗剤を持ってゴキブリを追いかけ回したようだが、その後キャッチホンが入って、「“後でかけ直すね”」と電話が切れたと話す。

 

それを聞いた家元は疑問を提起した。

 

その電話はスケジュール確認のためにオダがかけたもので、時刻は10時35分だと答えると、家元は新聞記事のファイリングを取り出し、10時55分にマネージャーの留守電に遺書を残したことを確認する。

 

「10時35分の時点ではゴキブリを追いかけてて、10時55分には遺言を言う。たった20分でそんなに気持ちが変わるもんかな」 


自殺するときはそんなものじゃないか、マネージャーから電話がかかり現実に引き戻されたなどとの意見も出たが、ここでオダが自らが抱える疑問を口にした。

 

「ミキは、私に対していつも敬語を使っていました。言葉遣いはいつも厳しく言ってましたから。なのに遺言は…私に対して言ったような気がしなくて」

 

家元が急に閃いて声を上げる。

 

「安男さんに言ったんじゃないのかな?…安男さんに電話をかけたつもりだったんじゃないかな?…それで全部説明がつく!」

 

家元は、オダさんに言ったなら遺言となるが、安男さんに言ったなら意味が違うと指摘し、皆、「あっ!」と気づかされた。

 

つまり、ミキが「“やっぱりダメみたい。私もう疲れた。色々ありがとう。じゃあね”」と言ったのは、ゴキブリ退治がダメだったという信頼性が高い推論が成り立ったのである。 

「ゴキブリやっつけるのがダメってこと?」(スネーク)「そうですよ」(家元)


「自殺じゃない」といちご娘。

 

しかし、オダは部屋中に油を撒いて火を点けていると抗弁した。

 

そこで安男が、おっちょこちょいのミキが部屋中に撒いたのは台所洗剤ではなく、サラダ油ではなかったのかと疑問を呈すると、皆、スネークがラッキーチャッピーのボトルに入れ替えたことを思い出し、ボトルを取り違えてもおかしくないと納得する。

 

では、火はどうして着火したのか?

 

ミキが寝る前にアロマキャンドルをつけ、何かの拍子でその火が倒れた。

 

「地震?」とスネーク。 


これですべての辻褄が合い、ミキはオダに追い詰められての自殺ではなく、他殺でもなく、事故死だったと結論付けられた。

 

「オダさん、ミキちゃんは自殺じゃない。あなたのせいで死んだわけじゃありません!」と家元。

「なんか、無理やりな気がする」とオダ。

「でも、一応スジは通る」


「運が悪かっただけ…」といちご娘。

「それと、おっちょこちょいだっただけ」と安男。

「あまりに都合のいい仮説だ」とオダ。

「都合のいい仮説で、何が悪いんです?みんなが一番納得できる仮説です。あなたも罪の意識から解放される。実際、何が起きたかなんて、今となっては、誰にも分かんないんですから。如月ミキの死の真相は、とても不運なる偶然の積み重ねと、天性のおっちょこちょいによって起きた事故死。いかがですか?皆さん」

 

家元の言葉を受けて、ミキに関与した各自が、自責の念について発言する。

 

「だとすると、余計なことをした俺のせいじゃん…」とスネーク。

「それを言ったら、ママレモンで殺せなんて無責任なアドバイスをした俺のせいでもあります」と安男。

「それを言い出したら、ゴキブリが出るような部屋に住まわせていた私のせいとも言える」とオダ。

「いや、元を正せば…僕の責任なんだ」

 

直接責任がないはずのいちご娘だったが、ここでようやく自身の素性を明らかにする。

 

「あの子の人生を狂わせたのは、この僕なんだ。僕が甲斐性ないばっかりに、あの子の母親は愛想を尽かして、あの子を連れて福島の実家へ帰った。ミキが4つの時に…」 


いちご娘が、ミキの実の父親だった事実が判明したのである。

 

「ストーカーじゃなく、本当に見守っていたということか」とオダ。

「っていうか、ここにいるの僕以外、全員身内じゃん!」

 

家元は、またしても疎外感を口にする。

 

「ミキちゃんの純然たるファンって、この世界に僕だけしかいないんじゃないかな?」

 

如何に慮(おもんばか)っても、この件に家元は全く関わっていなかった。

 

「まあ結局あれだ。ここにいる全員の責任てわけだ!」とスネーク。

 

安男はオダに、ひどいことを言ってしまったと謝罪するが、オダはそれを受け付けない。

 

「やっぱり私だ。私がミキを死に追い込んだんだ」


「…皆であんたを救う説を考えたんだからさ。空気読めよぉ」とスネーク。

 

いちご娘がここで、オダが言う通り、ヘアヌード写真集をミキは納得していたのかも知れないと本音を漏らす。

 

「安男さんにはああ言っただけで、泣いていたのも、案外嘘泣きかも」

「嘘泣き…俺的には複雑だけど、そういう見方もできます」と安男。

「そういうことでいいじゃん!」とスネーク。

 

しかし、オダは皆の筋書きを受け付けない。

 

「自殺だよ。如月ミキは」

 

その根拠として、いちご娘に間取りを書かせ、ミキの死体が発見されたクローゼットの場所を示した。

 

これまでの説では、ミキの死体は寝室で見つからなければならず、仮に炎に気づいたとしたら、玄関か、ベランダの窓から逃げるはずだと指摘する。

 

「あえて自分が逃げられない状況に追い込んだ。そうとしか思えない」

 

いちご娘が言うのは、クローゼットには印鑑通帳などの貴重品はなく、脱ぎ散らかした服と靴下だけだった。

 

「自殺なのかなあ、やっぱり」といちご娘。

「気づかなかったことにしようよ。ねっ、さっきの説で収めよう」とスネーク。

 

議論が白熱しても、この男の粗雑さだけは変わらない。

 

そこで、いちご娘が「あっ」と口にすると、クローゼットには段ボールもあったことを思い出し、中には沢山の手紙が入っていたと言う。 


一斉に家元に視線が集まる。 


「200通の手紙…」とスネーク。

「家元さんのファンレターを取りに行った…」と安男。 


家元は「そんなバカな」と否定する。

 

「命の危険を冒してまで、取りにいくもんじゃないでしょう」

 

矢庭にオダが、ミキが家元に送った手紙を朗読する。

 

「“家元さんのお手紙に、いつも励まされています。お仕事で辛い事があっても、家元さんのお手紙を見ると、お仕事頑張ろう!と思えるんです。ミキの命より大事な宝物です”」 

回想シーン


再び、「そんなバカな」と言う家元に対し、オダは家元の手紙が、ミキの支えであり、本当に命より大切な宝物だったと言い切った。

 

「嘘ですよ。嘘に決まってますよ。だって僕は、ミキちゃんから一番遠いんですから…」

 

動揺する家元。

 

安男があの日、ミキがクッキーを焼いていたことを思い出し、スネークが「いつも支えてくれてる大切な人に贈るって」とミキが言っていたと裏付ける。

 

安男の誕生日はずっと先であり、他ならぬ家元の誕生日は、翌2月5日だったのだ。

 

「あいつを本当に支えていたのは、俺なんかじゃありません。家元さん、あなたです」


「友達でも、マネージャーでも、幼馴染でも父親でもない。単なる1ファンの僕だって言うんですか?」

「単なる1ファンだからこそですよ」と安男。

「アイドルだったんだ。正真正銘の」といちご娘。 


家元は溢れる感情を抑え切れず、嗚咽する。 


家元が救われた瞬間だった。

 

「仕事、頑張るつもりだったんだ」とオダ。

「オダさん、写真集のタイトルはご存じないんですか?…あの子は決めてたんですよ。自分で」といちご娘。

 

いちご娘は、16年ぶりにミキの母親から連絡があり、「今度、ミキの写真集が出たら見てやって欲しい、お父さんに見てもらいたがってるって」と言われ、その時、タイトルを聞いていたのである。

 

『SHOW ME こんなに立派に育ちました』 


これがタイトル名だった。

 

「私を見て」ではなく、「私に見せて」という意味を持つ英語の誤りを犯すアイドルだった。

 

「不思議な子だ。如月ミキ。捉えどころがない」

「本当に、我が子ながらまるで虚像のようだ」

「アイドルは虚像。まさにそのものですね」

「ここにいる5人だって、同じようなもんですよ」

「そうだよ。まだ何か、隠してるヤツいるんじゃねえのか?今まで言ったことだって、本当かどうかなあ」

「本当なんて分からんよ。真実は常に主観でしかありえない」とオダ。

「…僕はミキちゃんに、最高の夢、見せてもらいました」と家元。

 

家元がロフトの上に投げた座布団が当たり、プラネタリウムのスイッチが入る。 



皆、部屋の天井の星空を見上げ、如月ミキに思いを馳せる。

 

「幸せだったのかなあ…ミキちゃんは」と家元。

「幸せだったに決まってますよ。こんなに皆さんに愛されてたんですから」と安男。

「あの子は幸せだった…ああ、なんて日だ。今日は」といちご娘。

「不思議だな。我々が導き出した結論は推論かも知れないが、今日という日にこの5人が揃わなければ決して辿り着くことができなかった結論だ」とオダ。

「本当に、不思議な偶然っすね」とスネーク。

「物事に偶然はない。すべてに必然だよ。天体と同じでね」といちご娘。

「僕たちが、今ここにいることに意味があるんですね」と家元。

「見えない力に引き寄せられたってことですか」とう安男。

「天国の如月ミキがそうさせたのかも知れないな」とオダ。

 

それぞれに、しばし無言で、如月ミキに纏わるエピソードを思い出す5人。

 

「お開きにしませんか」とオダが言うと、皆、片づけ始めていく。

 

オダは、テーブルのカチューシャをいちご娘に渡して素直に無礼を謝罪した。 


最後に無断で家元が撮影した大磯ロングビーチのイベントを皆で観賞し、如月ミキが歌うステージに合わせて、5人は踊りながらミキに掛け声をかけていくのだ。 



リスクに満ち、訝(いぶか)しさ満載のエピソードが詰まった追悼会が、ここにきて収束したのである。

 

そして迎えた、エンドロール後のラストシーン。

 

2008年2月4日、再び如月ミキの追悼会に集まった喪服姿の5人の前に、大磯ロングビーチのミキのステージの司会をしていた男が立ちはだかり、言い放つ。

 

「バカバカしい。私は2年間徹底的に調べた。そして得た結論がある。如月ミキは殺されたんだよ。皆は知ってるか?彼女が死んだ2月の4日。一体、何があったのか」 


男は折れ曲がった針金を見せて、5人の視線を釘付けにするのだった。 


 

 

4  エンタメ純度満点の密室劇

 

 

 

本篇で描かれているのは、アイドルの自死の一周忌で集まった5人の男たちが、その死を巡り、証拠の提示と推理で議論を積み重ね、真相究明を目指しながら露わになる、その心理的葛藤の様態である。 


物語はミキの自死を疑い、独自に調査した結果、彼女の死が他殺であったと結論づける追悼会の企画者・オダの問題提起によって開かれる。 


この間、その衝撃で55キロも痩せた男がターゲットにしたのは、ストーカーの中年男・いちご娘。 


この一方的な決めつけを論理的に接明することで、不在の安男を除く二人(家元とスネーク)を説得する。

 

これでオダが〈状況〉を完全に支配し、彼の復讐劇が展開すると思いきや、呆気なく破綻する。 


いちご娘のアリバイが成立したからである。

 

他殺説の否定といちご娘のアリバイを立証したのは、「しがない公務員」と自己紹介した家元。

 

彼が警視総監の父を持つ警察官であったという、登場人物への役割付与の意味の一端が明かされるのである。 

「しがない公務員ですけど…」と言って、身分を明かす家元


「日本の警察も、結構ちゃんとしているみたいだぜ」(スネーク)
いちご娘のアリバイを裏付ける報告を認める



それでも、オダはいちご娘に対する謝罪を拒否する。

 

自らの非を認めても簡単に変わらないのは、自己否定を回避する人間の自我防衛戦略が大きく関与するからで、人間とはそういう難儀な存在であるということに尽きる。

 

但し、〈状況〉を支配していたはずのオダの困惑が広がっていく。

 

短くも長い時間が分娩したのは一種異様なカオス。

 

〈状況〉の只中で自壊したオダのナラティブが宙刷りにされても尚、オダの変容が〈状況〉を支配するという関係構造が生き残されていく。

 

だから、この映画批評では、オダの心理分析が有効になる。

 

一年をも要して犯人を探し出して頓挫したオダには、自らの認識の矛盾で溜めたストレスが生じる「認知的不協和」が読み取れるからである。 

認知的不協和



「認知的不協和」は多くの場合、簡便な方略で処理しやすいので、そのストレスを解消するには別の犯人を探し出すこと。

 

守勢に転じる立場に置かれたオダにとって、それ以外になかった。 

真犯人がモヒカン男(スネーク)と知らされるオダ



だから、スネークが怪しいと見れば攻勢をかけていく。

 

それが安男の登場で一転して犯人にさせられてしまうのである。 

「毎日、電話で相談に乗ってましたから…プチ整形するときも」



最も確信犯的に登場した男が今、ここまで追いつめられるのだ。 

「なんて男だ」



ここで安男の五度(ごたび/アップルパイ・喪服・下痢・下痢・下痢)の不在の問題が回収されていく。

 

「オダさん、もし真犯人がいるとすれば…それは、あなたですよね…ミキっペを死なせたのは、あなたじゃないですか。ミキっペは、毎晩俺に電話をかけてくる度に言ってたんだ!マネージャーが超怖い…マジ鬼みたい。もう死んでしまいたい!もう死んでしまいたい!」

 

満を持して登場する安男が密室劇のジョーカーであることが判然とした時、「マネージャーが厳しいのは当たり前だ。ミキはそんな事で自殺するような子じゃない」と言い放ち、バイアス満載の論理と激しい情動で動くオダの反駁(はんばく)を打ち砕いていく。 


「あいつ、泣いてた。何度も断ったのに、マネージャーが勝手に決めてしまったって。みんなに迷惑かかるから、もうやるしかない。どうしよう…ヤックン許して…」

 

ヘアヌ一ド写真集を受けざるを得なかった「遅れてきた清純派」(スネーク)の死を出来させた男への弾劾が開かれていくのだ。

 

〈状況〉をアウフヘーベンできずに踠(もが)く男は、「如月ミキを愛し、真正のアイドルにしようとした」と抗弁するが、男が抱懐する完璧主義・正解主義(正解は一つしかないというバイアス)の陥穽が炙り出されてしまうばかりだった。

 

不充分な正当化が「認知的不協和」を生み出し、それを身体化し男の矛盾が極まった時、もう動けなくなる。

 

一貫して論理的な男であるが故に、自らの非を認知すれば潔く謝罪したばかりか、「自分を殺してくれ」とまで言い放ち、自虐の極致に自らを追い込んでいくのである。 


オダには、極端から極端に振れる感情傾向と、その論理的構築性における「カレイドコンパス」(脳のクセ)が共存していることが思料できる。 

                カレイドコンパス(脳のクセ/イメージ)


「やっぱり私だ。私がミキを死に追い込んだんだ」



―― この間の経緯を整理してみる。

 

スネーク犯人説が一気に浮上し、被疑者とされた鬱憤を晴らすために動くいちご娘と共に、オダは攻勢に転じ、ナイフを拾って自供を迫っていく。 


しかし、スネークの説明が合理的であったことで納得したオダの態度がソフトランディング していくのも早かったが、真犯人への拘泥には変わりがない。

 

それが、幼馴染で初恋の相手であるヤックンの存在を知っていた事実を認めたことで、オダが如月ミキのマネージャーであった事実が判明し、その一貫した態度・行動の意味が彼の回収されていく。

 

「この一年は一体何だったんだ!絶対に真犯人を見つけ出し、この手で復讐する!」と怒号するオダ。

 

ここで悲哀を極めるのは、一番の「如月・命」の家元。


「如月ミキ愛好家」であるいう自慢が呆気なく自壊するのだ。 

「僕なんか所詮、写真と記事を切り貼りしてる…虫けらさ」



家元の悲哀の決定版 ―― それは、如月ミキから最も遠い存在だった安男の正体が明かされたこと。

 

かくて安男はナイフを手に持ち、オダに向かって迫って行くが、オダの覚悟を上回る情動を欠く安男は諦念する。 


ここから、ミキと関わった者たちの自責の念が噴き上がっていくのだ。

 

「僕なんかファンレター200通も出しちゃって…彼女の気持ちも知らないで、頑張ってください、頑張ってくださいって…僕も彼女を追い込んだ一人だ」

 

ここから、悲哀の極に置かれていた家元が〈状況〉のイニシアティブを握っていく。

 

「“やっぱりダメみたい。私もう疲れた。色々ありがとう。じゃあね”」

 

ミキの自死の決定弾になった吐露の意味を、「ゴキブリ退治がダメだった」ということを解明したことで密室劇が収斂されていくのだ。 


そして、ミキのゴキブリ退治失敗の原因がパッケージが酷似している台所洗剤とサラダ油を取り違えたこと。

 

そのサラダ油が地震によって倒れたアロマキャンドルに着火したこと。

 

これで他殺・自殺説が否定され、事故死だったと結論付けられ、一気にラストに向かっていく。

 

「…皆であんた(オダ)を救う説を考えたんだからさ。空気読めよお」というスネークの言辞に現れているように、「全員救済」の物語に向かって疾走していくのである。 

最後に家元が救われて、「全員救済」の物語が完結する



―― この映画の不満について言えば、些か御都合主義的な展開が気になったこと。

 

その典型がいちご娘が犯人にされ、ナイフで殺されそうになっても、自身の素性を明かさなかったこと。 

「あの子の人生を狂わせたのは、この僕なんだ」


これは不自然過ぎる。

 

エンタメ視点で包括するにも無理がある。

 

結局、結末の大団円から逆算するシナリオからパズルを埋めていく手法の限界ということか。

 

にも拘らず、総括で後述するように、一つの大きなテーマについて真剣に議論する映画として提示したナラティブを評価できると考える次第である。

 

―― 以下、映画の総括。 


自分だけの視点や解釈だけでは相手のことを理解できない。

 

知っているつもりでも、必ずしも相手は本音の吐露のみならず、相手を慮って胡麻化しているという実態が議論を通して明らかになっていく。

 

皆、多くの重要な情報を持っているけれど、全てを知らないのである。

 

だからこそ、議論が大切なのだ。

 

人は「因果関係」ではなく、単に「相関関係」があるだけで、死の因果(注1)を決めてしまうことの危うさが露呈されるのである。

 

この危うさこそ、スキームセオリー(陰謀論・根拠なき否定的言辞)を量産してしまうのである。

 

これが、オダの一連の行動の推進力になっていたこと。


誰にでも存在する行動様態なので、私たちは事実・データに基づいて正しく世界を読み解く「ファクトフルネス」を鍛える知的訓練の必要性が求められる所以である。 

ファクトフルネス



物語は当初の犯人探しから、自殺の真相究明、事故死との結論に至るようパズルのピースを嵌め込むように構築的、且つ合理的・心理的・論理的にも納得いくような妥当性を持たせていた。

 

この映画の価値は、その辺りにあると私は考えている。

 

観る者は、予想できそうで容易に読み切れない意外性に一定の緊張を強いられつつ、伏線回収していく展開に呑み込まれていく。

 

映画の説得力に加えて、キャラクター設定の要素や心理描写が内包されることで、エンタメ純度満点の密室劇の完成度の高さを愉悦し得るだろう。

 

基本的には、「藪の中」の設定で物的証拠ではなく推理、推論に基づく解釈であるというスタンスが作者の視点であることが推量できる。

 

プラネタリウムのエピソードに収斂される全員救済の映画、のはずだったが、ラストでスキームセオリー(根拠なき否定的言辞)の如き厄介な棒が割り込んできて反転される。 


「善意の第三者」(注2)に対抗できないが故に、単に相対思考が投入されたという解釈でいいが、或いは、スキームセオリーを超えた視点をインサートすることで、「君らが到達した結論は、どこまでも君らの主観の総意でしかない」という神視点(作り手の視点)の侵蝕とも考えられる。

            

だから、ここは予定調和の大団円というレアな「如月・命」の男たちの、その必死なるゲームを闘い切ったことを良しとする全員救済の映画と解釈しておくこう。 



【(注1)複数の要素同士に、原因と結果の関係がある状態が「因果関係」で、複数の要素が相互に関係し合っている状態が「相関関係」。言い換えれば、「原因(要素A)⇒結果(要素B)」という一方通行の形になるのが「因果関係」で、「要素A⇔要素B」というような相関性だけで関連し合っているのが「相関関係」ということになる】

 

【(注2)「善意の第三者に対抗できない」とは、当事者間で共有される特定の事情を知らない第三者に対しては、主張することができないということ】

 

(2024年3月)