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2024年3月28日木曜日

ゲット・アウト('17)   社会派スリラーの傑作  ジョーダン・ピール

 


1  「妙な連中ばかりさ。俺以外の黒人もだ」
 

 

 

夜道に迷った黒人男性が、ゆっくりと歩調に合わせて走る不審な車に気づき、最初は知らん顔して歩き続けようとしたが、「襲われたら最後だ。逃げるぞ」と呟き、来た道を戻るが、何者かに襲われ車で連れ去られた。 



カメラマンのクリス・ワシントン(以下、クリス)は、恋人ローズ・アーミテージ(以下、ローズ)の両親に紹介されるために、出かける支度をしながら、自分が黒人であることを話したかとローズに問う。

 

「両親に反対され、銃で追い返されるかも」

「オバマに3期目があればパパは投票してる。熱心な支持者よ…パパ、ただ社交的じゃないだけ。差別主義者じゃない」 

ローズ

ローズの運転で実家に向かう森の中の道を走っていると、横切ってきた鹿と衝突して衝撃を受け、ローズは車を停止した。 

この直後、事故を起こす


クリスは森の中で鹿が横たわるのを見て、かつて交通事故で喪った母親のことを思い出し、物思いに耽っている。 

母の死を思い起こすクリス(左)

警察官が運転していなかったクリスにまで免許証の提示を求めてきたので、ローズは言われた通り出そうとするクリスを止めさせ、その必要ないと抗議してクリスを守る。 

ローズ

再び運転して実家に着くと、ローズの脳神経外科医の父・ディーンと、精神科医の母・ミッシーはクリスをハグして歓待し、ディーンは家の中をクリスに案内して回る。 

父ディーンと母ミッシー


そこで、壁に飾ってある家族写真を指で差しながら、祖父がアスリートで、最終選考で敗北したJ・オーエンスがベルリン五輪大会で優勝し、その会場にはヒトラーがいたと話す。 


「ヒトラーは白人の優越性を証明したかったが、この黒人男性は奴が間違いだと世界に証明」

 

そして、母親が愛したというキッチンを案内したディーンは、そこに立っている使用人のジョージナにクリスを紹介する。 

ジョージナ

庭に出ると、庭の管理人の黒人男性・ウォルターがクリスの方を見たところで、ディーンは、クリスが「“白人家庭に黒人の使用人たち。典型的だ”」と思っただろうと弁明する。 

ウォルター

「彼らを雇ったのは親の介護のためだが、親が死んでも解雇する気になれなくてね。それでもやはり、人目は気になる」

「分かります」

「オバマに3期目があれば投票してるよ。素晴らしい大統領だ」


「同感です」

 

庭でテーブルを囲んでお茶をしながら、ディーンがクリスに両親のことを訊ねた。

 

「父とは疎遠で、母は僕が11歳の時に死んだ」

「残念ね。死因は?」とミッシー。


「ひき逃げ」

「可哀そうに…」

「当時のことは、あまり記憶になくて…」

 

禁煙中のクリスが我慢している様子がディーンに伝わり、ミッシーに治してもらえと勧める。

 

「方法は?」

「独自の催眠療法。魔法のように効く」とディーン。

 

クリスは「遠慮しておきます」と断った。

 

「それより、君を親睦会に呼べてうれしいよ」とディーン。

「何の親睦会?」とクリス。

「ローズの祖父のパーティーよ」とミッシー。

「聞いてないわ」とローズ。

 

ジョージナがジュースを注いで回り、クリスのグラスに入れながら、ふと気を逸(そ)らして零しそうになり、それを見たミッシーがジョージナに休むようにと促す。 

この直後、不自然な行動を見せるジョージナ


そこに、ローズの弟の医学生のジェレミーが帰って来た。

 

団欒の場で酔っ払ったジェレミーが、子供の頃、柔道をやっていたと言うクリスに絡む。

 

「柔道?その体格と遺伝子構造だ。本気で鍛えれば、訓練次第だがな、とんでもない野獣になる…」 

ジェレミー


2階の部屋でローズは家族への不満をクリスにぶつける。

 

「パパは黒人を気取るし、何よ、あの口調。使い慣れてないのに、今じゃ口ぐせ。ママはジョージナにキツいし、ありえない。うちの家族もあの警官と同類。余計ガッカリよ」

 

ベッドに入ったクリスは、森の中で見た撥ねられ横たわる鹿にハエがたかっているのを想像する。

 

眠れずに起きたクリスは外へ出て煙草を吸おうとすると、全速力でウォルターがクリスの横を走り抜けて行った。 


窓辺にジョージナが立っているのを見て、一驚(いっきょう)を喫するクリス。



部屋に戻ろうとすると、ミッシーに呼び止められ、改めて禁煙を勧められた。

 

ミッシーは母親のことを聞き、紅茶の砂糖をスプーンで掻き回して、クリスに催眠術をかけていく。 


母親が戻らなかった雨の日、何もせずテレビを観て動こうとしなかった時のことを思い浮かべ、涙を流すクリス。 


体が動かなくなり、底に沈んでいくクリス。 


ミッシーに目を閉じられるや否や、クリスは夢から覚め、ベッドから跳ね起きた。

 

翌日、クリスはカメラを持って家の周りで写真を撮っていると、上階の窓にジョージナが鏡の前でひたすら髪を整えているのが見えた。

 

カメラを向けズームアップしたら、突然こちらを向いたので、すぐカメラの方向を変えた。

 

次にクリスは薪を割っているウォルターに声をかけ、挨拶をすると、昨夜のことを驚かせたと詫びられ、「成功した?」と尋ねてきた。 


ウォルターはミッシーから催眠術をかけられたことを知っていたのだ。

 

続々と白人たちが集合し、車から降りた招待客を、ウォルターはハグして歓待する。 


ローズは親睦会にウンザリと言いながら、クリスには笑顔を通すように求め、次々に招待客を紹介する。

 

誰もがクリスと笑顔で接するが、明らかに黒人を意識した言動や振る舞いが見られた。

 

「それにしても、ハンサムね」と言って筋肉を触り、「強いの?」とローズに聞く中年女性。 


「白い肌が好まれたのはこの200年ほどか、だが流行は繰り返す。時代は黒だよ」と初老の男。

 

リベラルぶってみせるが、クリスはカメラを撮って来ると言って、その場を離れた。

 

クリスはファインダー越しにパーティーの参加者を覗いて、その中に一人の黒人を見つけた。

 

「黒人がいて心強い」と声をかけると、振り返った男は「ええ、確かに」と答えたが、その仕草に違和感を覚えるクリス。 

ローガン・キング

ローガン・キングと名乗るその黒人の元に、パートナーの中年婦人が近づき、その黒人を連れて別の招待客のところへ連れて行く。

 

少し離れた場所で椅子に座る杖を持った盲目の男。

 

「無知だ」

「誰が?」

「全員。口先だけで人の苦しみを分かってない。(私は)ジム・ハドソンだ」

「クリス」

「知ってる。君のファンだよ。いい目をしてる」

「まさか。ハドソン画廊のオーナー?」


「盲目の美術商への皮肉はよしてくれよ」

 

家の中に戻り、2階へ階段を上って行くと、招待客全員が、その足音に耳を傾け、耳を澄ませ、クリスの挙動に注目する。 



部屋に戻ると、携帯の充電器の線が抜かれ、それをジョージナのせいだとローズに話すクリス。

 

「嫌がらせさ」

 

ローズは呆れて部屋を出て行く。

 

クリスは親友でローズとも顔見知りのTSA(運輸保安庁)に勤務するロッドに電話をかけ、様子を話す。

 

「まるで見せ物だな」

「妙な連中ばかりさ。俺以外の黒人もだ」

 

そして、精神科医のローズの母親から催眠術を受け、禁煙が成功したことを報告する。

 

「それ、ヤバくないか。奴らに操られるぞ…」

ロッド

「ノーマルな家族だ」

 

電話を切ると、突然、後ろからジョージナが声をかけ、「無断で所有物に触った」と謝ってきた。

 

「いや、とまどっただけだ」

「でも保証します。変なことはしていない」

 

掃除中に充電器から線が抜けたと説明したジョージナに、クリスは「チクらない」と答えた。

 

「誰の下でもない」とジョージナ。

「へえ。(俺は)時々なるんだ。白人だらけで神経質に」 


その言葉を聞いて、ずっと笑顔だったジョージナの顔が急に曇って、泣き出しそうになるのを押し殺し、無理に笑顔を作りながらも、目から涙が零れ落ちる。 


続けて、声を上げて笑い、「ノーノーノー…」と繰り返す。

 

「変わった人。私は経験ないわ。一度もね。アーミテージ家はよくしてくれる。家族のようにね」

 

そう言い残してジョージナは部屋を出て行った。

 

「ブキミな女だ…イカれてる」

 

庭に出ると、ディーンがクリスに招待客を紹介していく。 


「みなさん、どうも」とクリスは笑顔で挨拶する。

 

タナカという男が訊ねた。

 

「アフリカ系アメリカ人は、有利かな?それとも、現代社会では不利かな?」

「どうだろ」

 

そこにローガンが通りかかり、クリスは声をかける。

 

「アフリカ系の経験を語れよ」

「おやおや。アフリカ系に生まれて私はほぼ満足だ。ただ詳しくは語れないよ。家から出たいとは思わなくてね…」

 

クリスは携帯を取り出し、話をしているローガンの写真を撮る。

 

フラッシュが光り、驚いたローガンの顔から鼻血が流れ出る。 

ローガン

「出ていけ」

 

震えながらクリスに言い放つローガン。

 

「ごめん」

 

更に「出ていけ!」とローガンが叫びながらクリスに向かって胸倉を掴むが、ローガンはジェレミーに抑えられ引き離された。 


「発作で不安になり攻撃的に」とディーンがクリスに説明する。

「それで無差別に襲う?」とローズ。

「無差別じゃない。君のフラッシュが刺激した」

 

年上の妻に支えられたローガンが来て、落ち着いたと言ってクリスに謝罪した。

 

 

 

2  「君が全てだ。君を置いて行ったりしない」

 

 

 

ディーンが「パーティーをやり直そう。では花火とビンゴだ」と言うと、ローズはクリスの手を引いて出て行った。

 

「変な感覚がした。襲われた時、知ってる気が」

「ローガンを?」

「いや、俺を襲った男…君の母親に入り込まれた。頭の中にだ」

「禁煙は成功よ」

「成功なんかじゃない。考えたくないことまで思い出す…俺は帰るぞ」

 

一方、屋敷の庭ではディーンによる儀式のようなビンゴゲームが行われ、そこで賭けの対象になっていたのは、あろうことか、黒人青年のクリス自身だった。



そして、この賭けのゲームで勝ったのは盲目の画商ジム・ハドソンだった。 



湖畔に出て、クリスは母親が死んだ夜のことをローズに話す。

 

「通報も捜査も探しもしなかった…俺は座ったままテレビを見てた。あとで知った。即死じゃないとね。血を流し、路肩に横たわってた…寒さの中、孤独に死んだ」

「子供だったのよ」

「救えたのに…捜せば助かったのに。誰も捜さなかった」 



クリスの肩を抱くローズ。

 

「君が全てだ。君を置いて行ったりしない」

「本当?」

「置き去りにしない」

「よかった。安心したわ。帰ろう。ここは最悪よ」

 

日が暮れて屋敷に戻ると、招待客たちが帰って行くところだった。

 

部屋に戻ったクリスは、ロッドにローガンの画像を送った。

 

即刻、ロッドから電話がかかってきた。

 

「アンドレだ。ヴェロニカの元カレさ。テレサの妹だよ」

「思い出した!でも待てよ。どうもおかしいぞ。ありゃ別人だ」

「なんであんな服を?」


「何もかも違う。30も年上の白人女といた」

「性の奴隷!これってあれか…ズラかれ!」

 

クリスはすぐにこの家から出ることをローズに告げ、急いでバッグに荷物を詰め込む。

 

ふと目に付いたドアが半開きとなっているクローゼットを覗き、赤い箱の蓋(ふた)を開け、複数枚重ねられた写真を捲(めく)ると、次々に何人もの黒人と写るローズの写真が出てきた。 


最後はジョージナと一緒に写るローズの写真。 


ローズが絡む犯罪に驚いたクリスは、何事もなかったようにまとめた荷物を車に持っていくため、車のキーをローズに求めると、バッグの中を探すがなかなか見つからない。

 

階下に下りたクリスは、ミッシーにお茶に誘われるが帰ると断り、ローズは飼い犬が病気で朝イチで病院へ行くと嘘の言い訳をする。

 

なおもローズに車のキーを求めるが、いつまでもバッグを探している。

 

「目的は何だね。クリス。人生での目的だよ」と唐突にディーンが訊ねる。

「今は鍵を探すこと」

「炎…それは運命の反射。誕生し、呼吸し、そして死んでいく」 


不穏な空気が流れ、クリスは「早く鍵をよこせ!鍵だと言ってんだろ“」とローズに声を荒げ、喚くと、ジェレミーが突然、クリスに向かってモップの棒を振り下ろした。

 

「何すんのよ!どうなってんの…」と散々バッグを探していたローズが、鍵を見せ、「鍵は渡せない」と冷たい表情でクリスに言い放つ。 


クリスはジェレミーに襲いかかるが、ミッシーが紅茶のスプーンの音を立てると、クリスは催眠にかかり、後ろに頭から倒れ、水底に深く沈んでいく感覚の中、アンダーソン家の4人に別室に運ばれた。 



予定の日に帰らないクリスを心配するロッドが、ローガンこと、アンドレ・ヘイワーズについて検索すると、行方不明になっていることが判明した。

 

目が覚めたクリスは、椅子にベルトで拘束されていることに気づき、もがいていると、正面のテレビからビデオが流されれてきた。

 

画面では、ディーンの父ローマン・アーミテージが語りかけてくる。

 

「…選ばれたのは、優れた肉体のせいだ。人生を謳歌している。君の天性と我々の決断力で、お互いを高められる。完璧となれるのだ。“凝固法”とは、人生の奇跡だ。我々の結社は、これを進化させてきた…家族と私は喜んで提供する。結社の一員だからだ。無駄にあがくな。必然は避けられない。“見よ。凝固法”を」 

ローマン・アーミテージ

ローズが子供の頃の家族全員が手を振る場面が終わと、紅茶をスプーンでかき回す画面に切り替わり、クリスは催眠にかかって意識を失ってしまう。 



一方、ロッドは警察署へ行き、クリスが行方不明になっていると相談する。

 

アンドレの画像を見せ、「奴らは黒人を誘拐し、洗脳で性の奴隷にしてやがる」と訴えたが、笑い飛ばされて相手にされなかった。 


ロッドはローズに電話をかけてみると、2日前に帰ったと言うのだ。

 

「全てを疑い始め、変になったの。電話も持たず、タクシーで消えた。まさか、会ってないの?」


「戻ってないぞ…何度も彼に電話して、警察にも行ってきた」

「警察にはなんて?」

「“行方不明”と…教えろ。どこのタクシーに乗ってった?」

 

はっきり答えられないローズを怪しいと疑うロッド。

 

「ウソつきめ。とんでもねえ女だ。TSAの本能で分かる。デタラメ言ってんな」

 

保留にしてあった電話を再開し、ローズの言葉を録音しようとするが、逆に話題を変えられ、煙に巻かれてしまう。

 

クリスが催眠から目が覚めると、今度はテレビ電話でジム・ハドソンが現れ、これから行われる処置について説明する。

 

「フェーズ1は催眠術。君を落ち着かせ、フェーズ2へと進む。これは心の準備であり、“術前”と呼ばれる。フェーズ3、移植手術だ。行うのは一部分だ。神経系につながる部分の君の脳は、そのまま無傷で残しておく。だから完全な死ではない。わずかな意思は残るよ。意識狭窄だ。見えるし、聞こえる。この体を通してね。でも君は、ただの“乗客”だ。観客となる君の居場所は…」 


「“沈んだ地”」

「…君の体を動かす私が…」

「俺になる。俺を乗っ取る…なぜ俺たちを?なぜ黒人なんだ」


「意外かね。憧れだ。ある者はもっと強く、速く、クールになりたい。だが私を一緒にするな。君の色は関係ない。私の望みは、もっと深い。欲しいのは目だよ。兄弟。君の目で世界が見たい」

「異常だ」

 

画面が変わり、再び紅茶をかき回す音で、クリスは催眠にかかり気を失った。

 

移植手術が始まり、ディーンはジムの頭皮を切り取る。


クリスを運ぶために車椅子を転がして部屋に入ってきたジェレミーを、拘束帯を外されたところで、クリスはジェレミーの頭部を鈍器で思い切り殴打し、倒れ込んだジェレミーの頭から流れ出る血が絨毯に広がる。 


クリスは椅子の綿を集め、催眠にかからぬように耳栓をして、紅茶の音を聞かないようにしていたのだ。 

耳栓にした綿を取り出す


ジェレミーがクリスを連れて戻らないので、ディーンが廊下へ様子を見に出たところで、クリスは鹿の剥製の角でディーンを刺し、殺害する。

 

キッチンへ行くと、ジョージナがいたが無視し、テーブルの携帯を手にすると、今度はミッシーがテーブルの上のティーカップで催眠にかけようと手を伸ばすが、その前にクリスが払い落す。

 

ナイフで襲いかかるミッシーからナイフを奪い取って殺し、ドアを開けて外へ出ようとしたところで、まだ生きていたジェレミーが襲いかかってきたが、何とか反撃して殺し、車の鍵を奪う。 

ミッシーを殺害する


一方、ローズは自分の部屋で音楽を聴きながら、パソコンで、“全米大学体育協会 トップ選手”と検索し、屈強な黒人選手を物色していた。 


強靭なアスリートを誘導し、ターゲットにしてきた女ローズ


二人の愛は幻想だったのだ。



車を発進させたクリスは、突然出て来たジョージナを撥ね飛ばしてしまう。

 

その衝突音で異変に気付いたローズ。

 

クリスは子供の頃、母を助けに行かなかった記憶と、ジョージナの涙を流す顔が浮かんできて、車から降りてジョージナの体を持ち上げ、助手席に乗せて発進する。

 

煙が蔓延する屋敷から、ローズが車を目がけてライフル銃を構えるが、先へ行ってしまったので銃を下ろす。

 

「おばあちゃん」と呟くローズ。

 

突然、助手席のジョージナが「私の家を壊したわね!」と叫び、クリスに襲いかかり、車は木に衝突して大破する。

 

ジョージナは死に、クリスは朦朧として車から降りるが、すぐ後ろに迫って来ているローズがクリスに向け銃を撃ってくる。

 

足を引き摺って逃げるクリスに向かって、ウォルターが凄まじい勢いで走って来て、ローズが「おじいちゃん」と声をかける。 


ウォルターに捕らえたクリスは、必死で携帯を取り出し、ウォルターにフラッシュを浴びせた。

 

ウォルターは後ろを振り返り、「私がやる」と言って、ローズからライフル銃を渡されるや、何とウォルターはローズを撃ち抜き、更に、自らに向けて銃を放ち自殺する。 


左からクリス、ウォルター(遺体)、ローズ

まだ息のあるローズは、ウォルターの銃に手をかけるが、クリスはそれを取り上げる。

 

「クリス、ごめんなさい。私よ。愛してる。心から…」 


クリスは頷き、ローズの首を絞めるが殺せなかった。

 

そこにパトカーのサイレンが聞こえ、二人は照らし出された。

 

ローズは警察に助けを求め、クリスは両手を上げる。 



車から降りて来たのはロッドだった。


 

負傷しているクリスはゆっくり歩いて車に乗り込み、沈痛な面持ちで助手席に乗った。

 

「行くなって言ったろ」

「よく見つけたな」

「この俺はTSA野郎だぞ。困難に立ち向かう。それが任務だ。この状況からして、任務完了だな」 


ローズはパトカーが去って行くのを見ながら息を引き取った。 


 

 

3  社会派スリラーの傑作

 

 

 

「オバマが大統領になって人種をめぐる議論が喚起され、人種差別を克服する意味で『よくやった』という感覚が漂い、人種問題は過去のものと思われるようになった。だがそうして多くの人たちがしばらく誤解していたが、黒人の大統領が誕生したところで何ら前進しなかった。人種差別主義という怪物をやっつけることなどできず、問題を正すことにはならなかった。人種問題について議論しなくなる言い訳になった」

 

本作を“社会派スリラー”というジャンルに分けて構築したというジョーダン・ピール監督のインタビューでの言葉である。 

ジョーダン・ピール監督

初のアフリカ系系アメリカ人(実父がケニア)で、リベラルな政治姿勢(新自由主義への異議、同性婚の支持など)を標榜したバラク・オバマが登場したにも拘らず、「人種差別主義という怪物」を退治できなかったが、自明の理であるだろう。 

バラク・オバマ前米大統領

一人の有能な政治家が出現し、「Yes We Can」・「Change」と高唱(こうしょう)したとしても、ジム・クロウ法(人種隔離法)に見られる厳格な人種隔離社会を作ってきたこの国を覆う歴史的な難題が容易に打開できるわけがないのだ。 

Yes We Can

ジム・クロウ法/有色人種専用の水飲み場(1950年頃/ウィキ)

それほど根の深い問題であるということに尽きる。

 

然るに、オバマ政権下で進んだリベラルな政策が白人至上主義者の活動に火をつけたとの見方もあり、根拠なきディープステートを垂れ流す右派ポピュリストによるQアノンの暴走に拍車がかかるというリアルな分断化の構造。 

QAnon(キュー・アノン)」と呼ばれる極端な陰謀論者

【日本でも急拡大している現状にリテラシーの加速的な劣化を認知せざるを得ない】 

国会議員のこの政治家もディープステートを唱えているから始末に悪い


2020年のジョージ・フロイド事件(白人警察官による黒人男性射殺事件)が契機となってBLM運動(人種差別抗議運動)が全米的な規模で起こり、バイデン勝利に結びついたとも言われるが、黒人票を取り込むことができず、その分、トランプ票に流れた現実が示唆する厄介なディープステートの蔓延に歯止めが効かないようである。 

ジョージ・フロイド事件/米ミネソタ州ミネアポリスでデモ行進する人々(AP)

Black Lives Matter(ブラック・ライブズ・マター)

ディープステート(闇の政府)とは何か」(日経)も参照されたし


「潜在的な人種差別をかえって見落とすことになり、トランプが『よそ者』への恐怖をあおるのを許し、トランプ支持者が力を持つ余地を与えた。その意味では怠慢な結果となったよね」 

ジョーダン・ピール監督

これもピール監督の言葉。

 

1980年代以降続く、米国社会における富裕層と低・中所得者層の所得シェアの拡大は他国と比較しても抜きん出ていて、雇用問題などを背景とした、白人中間層に代表される怒りや不満、分断の存在、米国内部の社会の変容を顕在化している。 

トランプ前米大統領は34件の罪状をすべて否認した/日経社説より


この状況下で治安の悪化が噴き出してきて、黒人中間層に侵蝕する危機感もリアリティを増している。

 

そんな黒人が呼吸を繋ぐ問題作がピール監督のデビュー作として登場した。

 

含みのある原題そのものの「ゲット・アウト」だった。 



―― 以下、映画批評。

 

「襲われたら最後だ。逃げるぞ」

 

ファーストシーンで、得体の知れない車に横付けにされた時の黒人の言葉である。 


この誘拐事件の被害者の名はアンドレ。

 

物語で、主人公に「ゲット・アウト」と叫ぶ青年として描かれるローガン・キングである。 


そのアンドレを乱暴なやり方で誘拐した犯人はローズの兄ジェレミー。 


これは、「ジェレミーの誘拐は荒っぽくてね」と言い放ったジム・ハドソンの言葉や、クリスにヘッドロックをかけた行動で判然とする。

 

このシーンから開かれる映像の禍々(まがまが)しさは、丁寧に練られた脚本によって観る者を圧倒し、そのテーマの凄みに身震いさせるに十分過ぎた。

 

「襲われたら最後だ」という観念を有するほど、夜道を歩いていても、この国の黒人にとって、白人に囲繞されているという意識を拭えないということなのだろう。

 

これは、ラストでローズに馬乗りになっているクリスが両手を上げるシーンでも明らかである。 


ロッドが同乗していることを知らないので、両手を上げなければ、警察車両に「助けて」と呼ぶローズの訴えに反応して、警官が自分を射殺すると思ったからである。 


仮に立場が逆だったら、警官がローズを射殺することなどあり得ない。

 

それほどまでにクリスの被害者意識の強さが読み取れるシーンだった。

 

因みに、この時点で「クリス、ごめんなさい。私よ。愛してる」というローズの謝罪が嘘言(おそごと)であることが了解できるだろう。

 

クリスにとって、自らを囲繞するのは単に白人右派のみではなく、白人リベラルもまた脅威になっているのである。

 

白人それ自身が脅威の対象なのだ。

 

この一点をテーマに描いたことで、本篇は価値があり、重要な問題提起になっている。

 

かくて、この映画には、あからさまな白人至上主義者(白人右派)を嫌い、「オバマに3期目があれば、投票してるよ」と言うディーンのように、自分のことを「レイシストではない」(「差別の否認」)と信じ切っている白人リベラル(エスタブリッシュメントと称される既得権益層)が、アフリカ系アメリカ人たちの身体能力を崇拝する一念で禍々しい犯罪に振れても、特段に犯罪意識を持ち得ない怖さが全編を覆い尽くしている。 


寧ろ「差別の否認」の感情が強化されている分、自己防衛的になっているように見えるから厄介だった。

 

「その体格と遺伝子構造だ。本気で鍛えれば、とんでもない野獣になる」 


ジェレミーの差別的な物言いだが、この家族に共通する観念だが、本人は無自覚だから、こんな物言いになってしまうのだ。

 

親睦会で、「時代は黒だよ」と言い切った初老の男の吐露や、「それにしても、ハンサムね」と言ってクリスに触れる中年女性のシーンに象徴されているように、黒人の身体能力の高さに対する劣等感が彼らに拭い難くあることが分かる。 


この劣等感を払拭するために、黒人の脳を白人の脳に移植する“凝固法”と呼ぶ手荒い手術を断行するのである。

 

移植者の選定は、ビンゴによって勝者を決めるという儀式によって遂行される。


 

この儀式に現れているように、まるでトランプが仮構する敵である「秘密結社」を結成することで、彼らの犯罪意識が払拭され、信じ難いほど希薄になっているのだ。

 

ここで、練られた脚本によって提示された理解しにくい複数のシーンを考えてみたい。

 

その中心は、ローズの実家に登場する二人の黒人。

 

ウォルターとジョージナである。

 

クリスが首を傾(かし)げる二人の行動。

 

まずウォルターの全力疾走。 


これはウォルターが、アスリート(陸上選手の写真あり)だったローズの祖父の脳が移植されていたから。

 

ついでに書けば、ラストで携帯のフラッシュを浴びたウォルターが自分自身に戻って、クリスではなくローズを銃撃する重要なシーンで伏線が回収されている。

 

その直後のウォルターの自殺の意味は、“凝固法”の記憶の断片を留めていた混乱への自棄的行為なのか、或いは、人を殺(あや)めたことへの罪悪感かのいずれかであろう。

 

ウォルターの場合、フラッシュ反応以外での混乱が見られず、ローズの祖父を生きていたのである。

 

その典型例は、自ら(ローズの祖父)の親睦会に参加して来る人々、即ち、結社の同志たちをウォルターがハグして歓待するシーン。 


この画(え)は、ウォルターが何者であるかを示す重要な伏線だったが、観る者は簡単にスルーしてしまうかも知れない。

 

アーミテージ家の雇用者が、先んじて接待客とハグすることなどあり得ないのである。

 

そして、難しいのはジョージナの複数の行為の謎解き。

 

彼女がローズの祖母であったことも明かされるが、フラッシュ反応以外での行為が提示されていて、その解釈に迷いを生む。

 

クリスが2階を望む時のジョージナがローズの祖母であるか否か分からないが、長髪姿でローズと写っている若い写真を見る限り、常に入念な整髪に神経を尖らせていたジョージナ本人であると言っていい。 

右の写真も、ローズによって実家に誘導されたアスリート(?)系の黒人

クリスに紅茶を注いでいる時の、平常心を保てないようなジョージナの態度も同様であり、何より携帯の件でクリスに謝罪する際に涙を流すジョージナもまた、ローズによって実家に誘導された彼女の本来の姿の発現であると考えるのが正解だろう。 


その時、彼女は「時々なるんだ。白人だらけで神経質に」というクリスの言葉に直截に反応しているのである。 


いずれの場合も、フラッシュの反応とは無縁だった。

 

そして、その携帯の充電を停止させたジョージナはローズの祖母であったと考えていい。

 

携帯を使えないようにするためである。

 

更に興味深いのは、ローズが黒人と写っている写真がドアが半開きとなっているクローゼットの赤い箱の中に収められていたこと。

 

これも先の行為と同様に、クリスに発見されやすいように催眠が解けた時のジョージナ本人であったと考えられる。

 

このように、ウォルターと一線を画す、フラッシュ反応以外で見られるジョージナの行為が際立つのは、彼女が催眠が解ける状態になりやすいことを意味している。

 

これは、「ママはジョージナにキツい」というローズの言葉によって検証されるだろう。

 

要するに、彼女は二つの顔の出入りが多く、人格の混在が垣間見えてしまうのだ。 



或いは、こうも考えられないか。


写真で分かるように、ローズの勧誘を受けアーミテージ家を訪れたジョージナは、クリスの写真を見ていたはずなので、クリスに好感情を抱いていたとも考えられるのだ。

 

それがクリスと近接した時の意想外の反応になったのではないか。

 

俯瞰シーンや整髪シーンも、クリスに対する彼女の率直な表現だったとも考えられるが、その実相は作り手に聞いてみなければ分からない。



但し、映画を克明にフォローしていく中で重要な事実が判明した。

 

下の画像を見ても分かるように、クリスが救済したジョージナが「私の家を壊したわね!」と叫んでクリスに襲いかかるシーンで明らかになる前額部(ぜんがくぶ)の手術痕(しゅじゅつこん)。 


頭部移植の傷跡であることは間違いないだろう。

 

従って、彼女の整髪シーンがこの手術痕を見えないようにする行為であると考えられる。

 

そうなると、常に帽子を離さないウォルターの日常の様態もまた、ジョージナと同じ理由と言えるだろう。

 

この映画は、提示されたシーンの細部にまで拘るアプローチが観る者に求められていて、圧巻だったと言う外にない。

 

アカデミー作品賞にノミネートされ、脚本賞を勝ち取った意味が了解できた所以である。

 

【ホラー性の高い映画に生物学的解釈しても意味ないが、結社を背景に持つ脳移植において、ジョージナの場合、理性の中枢である前頭葉(大脳新皮質)ではなく、大脳辺縁系にある感情の中枢である扁桃体が刺激を受けやすい状態になっていたとも考えられるのである。因みに、脳は脳幹(生命維持機能)、大脳辺縁系、大脳新皮質という三層構造になっている】 

脳の三層構造



ここで、接客の一人であるローガン・キングが、冒頭でジェレミーによって誘拐されたアンドレであることは提示された映像で明白だが、その彼が「ゲット・アウト」とクリスに叫んだ意味は説明不要だろう。

 

フラッシュ反応でアンドレに戻り、「ここは危険だから早く逃げろ!」というメッセージであったことに疑う余地がないからである。

 

その後の彼の謝罪は、ローズの母ミッシーによって催眠術でローガンに戻されたからであって、それ以外に考えられないのだ。


最後に、鹿について書いておきたい。

 

鹿の轢断(れきだん)によって開かれたローズの実家訪問の行程で苦渋するクリスにとって、鹿の存在は、自らが救えなかったと悔いる母の死のトラウマだった。 



このトラウマの伏線は、映画的には自らが轢いてしまったジョージナを救済することで回収されるが、ここでは、もっと大きな問題として捉えていく。

 

あろうことか、クリスはローズの実家の正面に飾ってある鹿の剥製を見せつけられる。 



それを飾るローズ家の主ディーンこそ、脳移植を手掛けて移植される者の全人格を破壊する犯罪者。 


この犯罪者を鹿の剥製を使って殺害する。 


それは移植されていく黒人の命を守るのだ。

 

母の死に象徴される黒人の命を守ることで、クリスに根付く深刻なトラウマを克服していく。

 

鹿の轢断で侵入的想起した黒人青年のトラウマは、鹿を轢断したローズと、その家族の死、更に、その家族が拵(こしら)え上げた忌まわしき秘密結社の解体によって昇華されていくのである。 

催眠術の女・ミッシーの殺害

特化して狙われる黒人たちを獲物にするビンゴゲームは終焉するのだ。 


鹿の轢断という悪魔の世界の入り口が封鎖され、もう、夜道を怖れることもないのだ。 

ファーストシーン

白人右派によって攻撃される白人リベラルの秘密結社など、どこにも居住地を持ち得ない虚構の遊戯でしかなかったのである。 


【この画像は、当初、頭部移植手術を受ける予定だったバレリー・スピリドノフさん/2017年、中国ハルビン医科大学教授・任暁平は二体の脳死した遺体を用いて世界初の頭部移植を行ったと発表して、世界に衝撃を与えた/ウィキ】


(2024年3月)

 

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