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2026年9月22日火曜日

TOKYOタクシー('25)   善き出会いが人生を駆動させていく  山田洋次

 



1  「年を取ると、色々なことを忘れていくけど、あの晩のことは、まるで昨日のことのように覚えている。決して忘れない」

 

 

 

日々、休みなく働く個人タクシー運転手の宇佐美浩二(以下、浩二)は、妻のと受験を控える()()3人暮らし

 

そんな折、奈菜が明星音大の付属に推薦してもらえるという話を薫から聞き、喜ぶ浩二だが、奈菜自身から「でもね、私立だから高いのよ。入学金や授業料」と言われ、「何とかするって、パパが」と即答するものの、薫から「入学金と授業料合わせて100万以上。しかも推薦が決まったら年内に払わなければいけないんだって」と説明を受け、「何とかするしかないだろう」と答える浩二。

浩二と薫

浩二と奈菜

しかし、車検代、家賃のほかに2年ごとの契約更新料があり、「コロナの時に貯金は使い果たしちゃったでしょう。結局、長野のおばあちゃんの家、売るしかないのよ」と薫から覚悟を求められる浩二。


「金の話、あとにしろよ。折角、喜んでたのに」

 

浩二は、そう反応するしかなかった。

 

疲れて寝ている浩二のもとに、仕事で出かける薫から、「お姉さんにまたお金借りられないかしら、少しでも」と言われ、不機嫌な反応をする浩二。

 

直後、友人のタクシー運転手・佐田から電話が入り、長距離の仕事を依頼されることになった。

 

その客は高野すみれで、「東京・柴又にまで行ってくれへんか」と言われただけである。

 

ぎっくり腰だから動けなくなったということ。

 

柴又に向かう車内で、浩二は地方公務員の姉・圭子に借金を頼み、断られる。

 

そして、柴又帝釈天で待つ高野すみれ(以下、すみれ)。

 

神奈川・葉山までと言われ、「かなり遠いですよ」と答える浩二に、「すぐそこならタクシーなんか呼ばないわよ」と釘を刺され、「はあい」と返事する浩二。

 

「ねえ、運転手さん。あなた客商売なんだから、もうちょっと愛想良くしたらどうなの」とすみれ。

「どうもすみません。あの、葉山まではかなり時間がかかるんで、おやすみになっていただいても…あ、よかったら横になって…」

「あのね、私は確かに年寄かもしれないけど、そんなに弱っちゃいないの。それでもあなた、こんなお婆さんがお客でがっかりしてるんじゃないの」

「いえいえ、とんでもない」

「本当?」

「そんなことありませんよ」

「そりゃね、辛いわよ、年をとるって。朝、ゴミを出すのも重たいし、近頃は包丁も重たくなってきて。もう一人暮らしは無理だと思ってね。葉山にいいとこがみつかったから、そこでお世話になろうかと思ったの」

すみれ

「じゃあ、引っ越しですね」

「そうなのよ。東京の見納めに、あちこち寄ってみたいところがあるのよ」

「分かりました。じゃあ、行きたいところ、どこでもおっしゃってください」

「じゃあ、まず(こと)(とい)(ばし)分かる隅田川にかかってる大きな

「それぐらい知ってます。じゃあ、まず言問橋に向かいます」


言問橋。

言問橋

「私のお父ちゃんはね。この橋の上で死んだのよ」

「交通事故ですか?」

「何言ってんの、戦争よ。昭和20年3月10日、東京大空襲。私はまだ5歳だったわ。ああ、思い出す。下町は、もう火の海。私はお父ちゃんにおんぶされて、みんなと一緒に浅草のほうに逃げるんだから。浅草のほうも火の海でね。みんなが、この言問橋を渡ろうとするでしょ。橋の上で何千人もの人たちが衝突して、もう大混乱。火の粉が飛んできて熱いのよ。髪の毛がチリチリ焼けて『アチイアチイ』って泣いてる私を、お父ちゃんが誰かに預けたのね。お父ちゃんは苦しくなったんでしょうね。『すみれ、早く逃げろ逃げろ』って。その声だけは、今でもよく覚えてる。あなたどこにいたの、あの時?」

10万人の犠牲者を出した東京大空襲(下町空襲)


「いや、俺まだ生まれてませんよ」

「そりゃそうね」

 

今度は、すみれが育った場所。

 

「まだ二十歳前、私、恋をしてたの。その人の名はカネシロヒデキ。向こうの言葉で言うとキム・ヨンギ君。うちの近くで働く在日朝鮮人の二世。きれいな顔してた。色白で足が長くて格好いいの。私の初恋。夢中だったわ」

 

ここで、当時のすみれがロックンロールで踊るキム・ヨンギが映し出される。

若き日のすみれとキム・ヨンギ



「運転手さんの初恋はどんなだったの?お相手はどんな人?」

「覚えてませんよ。そんなの」


「あら、つまんない。照れてるのね」

「いやいやいや。それで結婚したんですか、彼と?」

「できなかった」

「失恋したんだ。残念でした」

「何言ってんの。そうじゃないのよ…朝鮮戦争が終わって、再建された祖国を支援するために働くんだって、胸を張るキム君を、私は本当に好きだったけど、あなた知ってる?祖国再建のために北朝鮮への帰還運動が始まってね。彼はその運動に参加して、新潟から船に乗って行ってしまったの。私、見送りに行ったのよ。泣いたわ。本当に悲しい別れだった。でもキム君は、私に贈り物を残してくれたの。とっても素敵なもの」

万景(マンギョン)峰号(ボンゴウ



「へえ、贈り物ですか。どんな?」

「そう。3500グラム、50センチぐらい」

「え」

「何だと思う?私たちの息子よ…キム君は、それを知らずに行ってしまたの。そして二度と会うことはなかっわ」

 

【朝鮮帰還事業は、1959年から1984年ごろまで、日本に住んでいた在日朝鮮人らが北朝鮮へ渡った事業のことで、当時は、在日朝鮮人の生活が厳しい一方で、北朝鮮が豊かな社会であるかのように宣伝されていたため、帰還を希望する人が出たが、渡航後の生活は宣伝と大きく違い、監視や差別、移動の自由の制限などに苦しんだ人がいたことが広く知られるようになる。表向きは帰還事業でしたが、実際には北朝鮮への大規模移住政策だった】 

               「帰国事業で祖国へ戻った在日コリアンの“悪夢”」



時間がないから高速に入ることを告げた浩二に、高速の景色が嫌うすみれは、東京をもっとゆっくり見たいと言って、了解する浩二。

 

「大変なお仕事ねえ、個人タクシーの運転手さん」と言われた浩二は、「辛いこともありますけど、いい面もあるんですよ」と答えた後、「個人タクシーなら、スケジュールは全部自分で決められますし、上司がいないから命令されないし、嫌な客とは話さなくていいから」と言い添えた。


「あら、それじゃ私は運がいいのね。話し相手になっていただいて。それとも、お喋りなお婆さんでうんざりしてる?」と反応するすみれ。

 

思わず、哄笑(こうしょう)する浩二


「あなた。笑うととってもいい男ね。もっと笑いなさいよ」

「いや、今の世の中、笑うことなんてありませんよ。腹の立つことばっかりで」

「そりゃそうね。私もいっぱいあったわ、腹の立つこと。子供が生まれたでしょ。私、母の経営している喫茶店で働きながら子育てしてたんだけど…また恋をしてしまったの」

 

ここで、母の反対を押し切って、小川という男と映画を観に行く若き日のすみれが映し出される。

小川とすみれ

二人の交際に反対するすみれの母


上野界隈で休憩するすみれと浩二。

 

浩二は尋ねられ、娘が推薦入学することを話すが、昔のことを思い出したすみれは、思い出がある千住に行って欲しいと頼み、引き受ける。


千住の変貌に愕然とするすみれは、小川との結婚生活が頓挫した話を語っていく。

 

過去。

 

私生児と呼んで、(しつけ)なっていないキムとの勇を嫌う小川との結婚生活の破綻は、「給食費くらい自分でやりくりしなさい。君の子だろ」という小川の言辞の中に凝縮されていた。


頬を打たれるすみれ。

 

帰宅した小川は暴力に及んだ件を謝罪した後、絡みついてきて、「僕たちの本当の子を産んでくれよ」とまで迫るのだ。

 

一緒に寝ようと言っても「今日は無理よ」と言われた小川は、そこでもすみれの頬を打つのだ。


「二人だけで旅行に行って、二人の子供を作ろう」と言い張る小川。

 

現代。

 

そのことを思い出すすみれは、浩二に、「仕方なく、息子を母に預けて旅行に行ったの。安っぽい旅館に泊まってね、楽しくもなんともない。寂しいだけだったわ。あの子がいないから」と話す。


過去。

 

旅行から帰って来て、母親から、息子の勇の背中に幾つもの(あざ)があることを知らされ衝撃を受けすみれ


小川に物差しで叩かれたことが原因だった。

 

「何で私に言わないの!言ったら、私が悲しむと思ったから?そう思って黙ってたの?」

勇とすみれ

すみれが勇に問いかけた。

 

頷く勇。

 

「ごめんね」と言って、勇を抱くすみれ。


現代。

 

「こんな景色のいいところで、嫌な話してしまって、聞きたくないでしょ、こんな話」

「大丈夫です。すみれさんの気が済むなら、どんな辛い話でも俺はちゃんと聞きますから」

「ありがとう。じゃあ、話すわね。最後まで」

 

過去。

 

直後、帰宅した小川に酒を飲ませたすみれは、日曜日にお婆ちゃんの所に勇を預けるという話をして小川を喜ばす。




現代。

 

「年を取ると、色々なことを忘れていくけど、あの晩のことは、まるで昨日のことのように覚えている。決して忘れない」

 

過去。

 

すみれは小川に睡眠薬入りの酒を飲ませた後、寝ている小川の下半身に熱湯をかけたのである。

 

現代。

 

ここまで話を聞いていた浩二は、平静ではいられず、すみれに尋ねた。 


「で、どうなったんですか?」


「死んでもかまわないと思っていた、あの時は。あの頃、日本じゃ、夫が妻や子供を殴るのは当たり前だったの。女や子供は我慢するしかなかったし、DVなんて言葉はなくて、家庭内暴力は離婚の理由にはならなかったのよ。私だけなら耐えられたかも知れない。でも、あいつは、私の息子を、大事な勇を痛い目に…血が出るほど叩いたって知った時、もう許さないって…頭に血が上ってしまって、まともじゃなかったのよ…それにしたってなんてことしてしまったんだろう」


ここで、あの時のすみれの手が、現在のすみれの手に乗せられる幻想のカットが挿入される。


過去を悔いる自らの人生に、過去の自己からのサポートの柔和な視線の投入だった。

 

 

 

2  「今、生きてるから、この景色を見ることができるんです。死ななくてよかったんだ、すみれさんは」

 

 

 

黄色に映えるイチョウ並木を通過して、休憩時に浩二はスーパーで働く妻・薫に電話する。

 

「今朝は疲れてたからさ。イライラして八つ当たりして悪かった。いや俺が言いたいのは、君は長野の家を売ろうとしてるけど、あれに手を出すのは、もう少し待てないかなっていうことなんだ。だって、あの家は奈菜にとっても、奈菜のいとこたちにとっても、おじいちゃん、おばあちゃんの思い出がいっぱい詰まってる家だろ。あの子たちが悲しがるよ」


「その話はうちに帰ってから、きちんとしよう…今、運転中じゃないの」と薫。

「いや、お客さんがトイレ行きたいって言うから、トイレ借りてる、教会(カトリック碑文谷教会)の」

「お客さんて、女の人?」

「そうだよ」

「きれいな人?」

「ああ、美人だよ」

「へえ。若いの?」

「85歳」

 

ここで通話が一方的に切られる。

 

ニヤリと笑う浩二は、教会に入って、「行きましょう」と言って、すみれを促す。

 

「ねえ、浩二さん。あなた、奥さんとは恋愛結婚?」

「まあ、一応」

「どんな出会い?」

「いや、もう忘れましたよ」

「んなこと言って。ねえ、話してよ。私だって話したんだから。大昔の恥ずかしい思い出」

「目がきれいだったんです。カメラで撮影させてくれって言って」

「それ、幾つの時?」

「高校生でしたね。お互い」

「まず、そこから話してくれなきゃ分かんないわよ。そう。高校時代の初恋だったのね。素敵。で、どうしたの?」

「親父のお下がりのニコンF2というカメラが自慢だったんでね。それで君の目を撮影して文化祭の展覧会に出品したい。そう言って、申し込んだんです。まあ、(てい)のいいプロポーズですよねられるかなと思ったらいいわよって言ってくれたくさん撮りましたね。照明とかにも凝ってモノクロカラーも出来上がった写真をみせたら彼女とっても気に入ってくれてま、そんなところから


「じゃあ、目のきれいな美人なのね」

「あ、今は普通のおばさんですよ」

「そんな言い方、するもんじゃないわよ。愛してるんでしょ、今でも」

「まあ感謝はしてます。俺みたいな男で我慢してくれて。高校時代は、すごく人気あったんで。もっとマシな奴と結婚できたのに」

「マシな奴ってどういう意味?あなたより収入が多いってこと?」

「ええ、まあ」

「もし、そんなこと奥さんに言ったら、奥さんどんなに悲しむか。きっと泣くわよ。大声で泣くわよ。だってそうでしょ。あなたのことが好きで好きでたまらなくて結婚したのよ。あなただってそうでしょ。感謝してますなんて、何よそれ。愛してるんでしょ」

「まあ、一応

「何が一応よ。ちゃんと言いなさい。愛してるって」

 

ここで一転して過去の話題。

 

飴を出して、浩二にもお裾分け。

 

「これが食べたかったなあ、あの頃

「あの頃?戦争中のことですか?」

「違いますよ。刑務所に入ってた時。殺人未遂の被告だも。私、結構有名だったのよ。新聞や雑誌で騒がれて。だって、火傷(やけど)させた場所が場所だから


戸籍を小川と呼ばれたすみれは、「小川とは呼ばれたくありません裁判官に言い放つ

 

「私は全く反省してなかったから、マスコミにはさんざん叩かれたの。でも裁判所の外には、婦人団体の人たちが大勢集まって応援してくれたの。ウーマンデモの運動がアメリカから世界中に広がり始めた頃でね。もう60年ぐらい前の話よ」

 

過去。

 

証言台に小川が立ち、検察官に「後遺症」について聞かれると口ごもってしまう。

 

その時だった。

 

すみれが代わって証言したのだ。

 

「この人は男性としての機能を失い、子供が作れません。これは世の中に喜ばしいことです」


裁判所の職員に発言を控えるように命じられ、退席させられるすみれ。

 

現代。

 

「それで判決は?」と浩二。

「有罪よ。殺すつもりはなかったって訴えたけど認められなかった。殺人未遂で刑期9年」

「それ、長すぎませんか」

「今から60年前、日本はそうだったのよ」

「60年前か…」

「イヤなことばかりじゃなかったのよ、あの時代は。駅前の商店街には小さい店がいっぱい並んで、街頭スピーカーからはいつも楽しい音楽が流れていたし、町を歩いている人たちも、何だか、こう生き生きしてて、元気だったわね。あの頃、私たちの国は」


この時、一時停止の違反で神奈川県警のパトカーに駐車を命じられるが、すみれが心臓の緊急手術を予定している旨を話して事なきを得る。

 

しかし、この心臓のステント手術の話は事実だった。

 

【心臓のステント手術とは、体に入れても害のない金属を、冠動脈の狭くなった部分を押し広げるために、カテーテルという医療用の細いチューブを使って心臓に嵌め込む手術で、心筋梗塞の手術などに利用されていて、私の心臓にもステントが入っている】 

【手首や脚の付け根の動脈から、冠動脈の狭窄部までカテーテルを挿入し、閉じた状態のステントをバルーンにかぶせ、狭窄部に送り込む】


運転中に娘の奈菜から電話が入ったことで、すみれの子供である勇のことを浩二が尋ねる。

 

「死んでしまったの。私が刑務所にいる間に」

「あ、ごめんなさい。余計なこと聞いちゃって」

「いいの。初めの頃は、おばあちゃんに連れられて面会に来てくれたんだけど、段々来なくなってね。中学生になって、たまに来てくれても、私とこう目を合わせないのよ。なんだか暗い目をして、明らかに私を憎んでんの。無理もないわ。男のあそこを焼いて、新聞や雑誌で有名になった母親だもの。いいのよ。私のこと幾ら憎んでも、あの子さえちゃんと育ってくれれば。祈るような思いで、毎日過ごしていたんだけど、その勇が仲間とバイクで走っている途中、事故を起こして死んでしまったの。お葬式に患者さんの付き添いで行っていいって言われたんだけど、行けるわけないでしょう?何度も死のうと思ったけど、刑務所という所は簡単に死なせてくれないのよ。便所に入って、ひとりで…泣いたわ…悲しくて、悲しくて…」 


途中から泣き声になり、号泣してしまった。

 

すみれの話を聞く浩二も話の内容に衝撃を受け、話題を()らそうとする。

 

すみれさん。ベイブリッジです」

「何、それ?」

横浜港にかかる大きな橋ですよ。今、生きてるから、この景色を見ることができるんです。死ななくてよかったんだ、すみれさんは」


「そうね。あなたにも会えたんだもね」

「そうですよ。ほら、横浜です」


ここですみれが入所する高齢者施設から電話が入り、すみれの了解を得て浩二が8時までに施設に向かうという返答をする。

 

「よかったら、ご一緒しません、晩飯?」

「あら、誘ってくださるの?」と喜ぶすみれ。

 

食事中に話を止めないすみれ。

 

「私、刑務所を出たあと、知り合いの美容院で働いていたんだけど、そのテレビでジョイナーの爪を見てね、いつかもう、きっと日本の女性も、こういうネイルをするだろうと思ったの。そうしたらアメリカに勉強しに行きたくなって、もう居ても立ってもいられなくなってしまって、飛行機の切符を片道分だけ買って、アメリカに行って働きながら勉強したの」


「アメリカでネイルの勉強したんですか?」


「そう。でもね、今思うと、よくあんな無茶なことしたわよね。そりゃ、辛いこといっぱいあったけど、でも刑務所に比べたら全然。そして日本に帰ってきて、この商売始めたの。ネイルアーティストの先駆けなんて言われてね」

 

【ジョイナーとは、アメリカの女子陸上競技選手で、女子100m(10秒49)、200m(21秒34)の世界記録保持者のフローレンス・ジョイナーのこと】 

フローレンス・ジョイナー


ここから浩二の娘・奈菜の話になって、浩二は話し出す。

 

「音大の付属なんですよ。娘はクラリネットっていう楽器が得意で、大学のオケに入るのが夢なんですけど、でゆくゆくはヨーロッパの一流オーケストラのクラリネット奏者になるって、夢みたいなこと言ってるんですけどね」

「おお、いいじゃない」

いやいやいや。うちの家族は誰もヨーロッパなんて行ったことありませんし、ヨーロッパどころか国内ですら行ったことがない」

「それで何とかなるの。そのお嬢ちゃんの入学金とか授業料だか」

「何とかするしかないですよね。今のところ当てはないですけど」

 

シュークリームを買って、夜の横浜の町を歩く二人。 


「素敵な一日だったわ。あなたの車で」

「個人タクシーで」

 

その後、すみれの頼みで浩二と腕を組み、「赤い靴」を歌うすみれ。

 

施設に着いたすみれは、「ここで終わりにしたくない。今日という一日を」と言って、「今夜、ホテルに泊まらない?」と誘ってくるので、浩二は「ダメです。泊まれません。そんな子供みたいなこと言わないでください」と拒絶する。

 

「はい」と返事した後、施設から提供された車椅子を拒み、歩いて施設に入って行くすみれ。

 

すみれは後ろを振り返り、浩二に「おやすみ」と言って、手を振る。

 

タクシー代を払うのを忘れていたすみれはカードで払おうとしたが、浩二がシュークリームのお礼を兼ねて、後日、家族で会いに来ると約束をしたことで、すみれは喜び、その場で別れることになった。


いつまでも、すみれを見送る浩二。


帰宅したら、信州の家を売り払うことを決めたばかりか、料金ももらわず帰って来たことで妻・薫を不機嫌にさせたが、何とか説得してすみれが入所する施設を訪問する家族。

 

丁度、一週間後だった。

 

「高野すみれさんは、一昨日の夜、お亡くなりになりました」

 

施設の責任者の一言で、凍り付いてしまう浩二。


「でも…一週間前に、僕が連れて来たんですよ。タクシーでここに。その時は全然、元気でした」

「記録によると、かなり重い心臓病を患っていました。急に心臓発作を起こしたみたいで…」

 

すみれが住んでいた部屋を強引に聞き出し、薫を連れ、もう、誰もいない部屋に急ぐ浩二。

 

「あんなに元気だったのに…」

 

暗い部屋で落胆する浩二。

 

思えば、一時停車しないで警察に問われた際に、すみれが「心臓の緊急手術」をした旨を話した一件があり、あとで心臓の病気が事実であることを浩二に伝えていたのだった。

 

浩二は、すみれがあまりに元気なので、それを忘れていたのだろう。

 

弔問を終え、帰路に就く際に、すみれの財産を管理している弁護士の阿部が、浩二当ての遺書を預かっていると言って、彼の事務所へ赴くことになる。


間違ってたなあ、俺…」と浩二。

「何が?」と薫。

「あの晩、すみれさんていうお婆さん、横浜のホテルに泊まりたいって言ったんだよ。でも俺、一日付き合って、いい加減疲れてたからさ、そんなことできませんってキツい言い方してやめさせたんだ…間違ってたよ、俺。思いどうりにさせてやるべきだった」


阿部の事務所で、本人の署名・押印がある自筆遺言書を渡され、それを読む浩二と薫。 

阿部

「私の大好きな優しい運転手の浩二さんへ。あなたがこれを読む時は、私はもう、この世にはいないと思うと変な気がするけど、でもそうなの。いつ心臓が止まっておかしくない身体(からだ)だから、できたら、あなたの愛する奥さんとかわいいさんに会いたいけれどもう時間がないかもしれないから万一のためにこの手紙書いておきます。あなたに伝えておきたいこと。あなたと過ごしたタクシーの旅はの人生の最後の幸せ一日ったということよ殺人未遂の過去のあるで、性格がきつくてもあまり寄り付かないようなを、あなたはやさしく受け止めくれたわ。ありがとう浩二さん。が経営していたネイルサロン家を処分したらちょっとしたお金になったけど今の、お金はもう必要ないのでも、あなたとあなたのご家族のためには必要よ銀行の小切手しておきましたから、どうぞ、このお金を使ってくださいご家族ヨーロッパ旅行して、音楽お嬢ちゃんにすてきな音楽を聞かせてあげてください


封筒に入っていた小切手の金額は1億円。

 

それを見て、卒倒しそうになる薫。

 

最後まで手紙を読む夫婦。

 

「言い忘れていたけど、あの一日のタクシー料金も、ここからとってちょうだいね。もう一度お会いしたいと心から思いながら、このお便りを書いています。さようなら。浩二さん。さようなら。私の大好きな運転手さん。月の美しい夜に。高野すみれ」

 

ラスト。

 

すみれと話しながら笑っている自分の表情を、涙を浮かべながら思い出す浩二。 


エンディングは、若きすみれが初恋の男性キム・ヨンギとダンスを踊るシーン。

 

 

 

3  善き出会いが人生を駆動させていく

 

 

 

良くも悪くも、ヒューマニズム全開の典型的な山田洋二ワールド。

 

笑いあり、涙ありの物語の内容には厳しい描写が垣間見えるが、85歳のすみれの回顧譚、男尊女子が極まった昭和の臭気を漂わせていた。

 

東京大空襲から始まり、朝鮮戦争後の帰国事業で恋人を失い、その恋人との間に我が子を儲けたすみれが結婚した相手が、男性中心社会を何食わぬ顔で生きる狭隘(きょうあい)昭和人間

 

そして、高度成長という急速な経済拡大と生活水準の向上。

 

「我が子でない息子に対する折檻」を常態化する昭和人間を、殺意含みで大怪我を負わせて刑務所暮らしを余儀なくされたすみれの、その波瀾万丈の人生は、我が国の戦後史を生き抜く熱量を横溢(おういつ)させていた。

 

蒼井優の起用は正解だったと思わせる若き日のすみれの馬力が、85歳になって高齢者施設に世話になるという設定は似合わないが、入所5日後に遺書を残して逝くのだからすみれらしいとも言える。

 

「基本・戦後史」という社会派系の切り口こそ、山田洋二ワールドそのものだった。

 

その個性的な女性の回顧譚に、個人タクシーの真面目なドライバーの一日が濃密に絡むことで、「善き出会いが人生を駆動させていく」という、これも山田洋二ワールドの所産でもあった。

 

日々の仕事を休むことなく繋いでいく浩二だが、一人娘の入試に要する費用など、自らの能力を超えるコストの捻出(ねんしゅつ)によって、子供たちが満喫する信州の売りに出さねばならない状況に捕捉されこの国の中間層の弱みが露呈されていた。

 

それでも「何とかする」という覚悟が浩二にあり、状況逃避に身を預けないから、家族は壊れない。

 

愛する家族の様態の一端をすみれと共有する浩二と、その浩二自らの過去を正直に話し、ありのままの共有を求めるすみれの時間が一致した時、二人の出会いは「善き出会い」となり、その時間は二人の「人生を駆動させていく」のだ。

 

明らかに、二人の時間には「損得」の原理を超えた「美しきもの」が介在していた。

 

ここで生まれたリアリティが、すみれをして、「今夜、ホテルに泊まらない?」という常軌を逸した言辞に結ばれていく。

 

すみれという女性には、表面的な誘導によるダークパターンという負の記号が拾えないのだ。

 

だから、ストレートに響く。

 

但し、あの状況、即ち、午後8時前に入所を求められた高齢者施設を目の当たりにして、真摯な浩二がホテルに泊まるという選択肢などあるわけがない。

 

浩二自身、ホテルに泊まるという選択肢があったかのように、「間違ってたよ、俺」と、繰り返し薫に吐露したのは、そこに感傷が多分に含まれていただけであって、「ダメです。泊まれません。そんな子供みたいなこと言わないでください」と拒絶した浩二の物言いは、間違ってなどいなかったのである。

 

その辺りの心の機微が精緻に描かれていた点が、この映画の生命線だった。

 

総括的に言えば、このドラマは一級のテレビドラマの枠内に留まっていると言うのが、私の結論。

 

観る者の感動を集中的に狙った予定調和の作品であることが初めから分かり、大いに気になるところだが、決して(けな)している訳ではない。

 

近年、NHKが放送している「8月の声を運ぶ男」や、「しあわせは食べて寝て待て」というような秀作のレベルに近いと言いたいだけである。 

「8月の声を運ぶ男」より

「しあわせは食べて寝て待て」より

NHK作品の場合、登場人物(後者は主人公の心理描写が完璧すぎて脱帽する)の漂動する心理を的確に、且つ丁寧に描いていて圧巻だった。

 

最後に、「TOKYOタクシー」の主人公を演じた倍賞千恵子が素晴らしかった。

 

まさに、「生きてきた道と生きていく道を、ふたりで走る」という表現は、物語の本質を衝いてとてもよかった。 


―― ここで、映画を総括する。

 

作り手のインタビューがなかったから、憶測で推量する。

 

作品全体を通して明言できるのは、すみれという女性の壮絶な人生である。

 

なぜ、その壮絶な人生を(たま)さか乗り合わせただけの一介の運転手にしたのか。

 

一言で書けば、二人の呼吸がフィットしたからである。

 

正確に言えば、それを、どこかで言い尽くしたい女性と、その女性の話に本気で耳を傾けるドライバーがいたこと。

 

これが大きかった。

 

それには、全く赤の他人であることが望ましかった。

 

世代も違う。

 

親身になる身内の不在も大きい。

 

だから、却って好都合だった。

 

最も辛い話をすることで、彼女の話に本気で耳を傾けるドライバーの心を揺さぶり、ドライバーの好奇心を弥増(いやま)ことになった。

 

彼女の語った話の内容が真実であると言い切れるのは、ラストシーンに至る過程で明らかになる。

 

具体的には、彼女の遺言書となる浩二宛ての手紙である。

 

そこで強調されているのは、「あなたの愛する奥さんと、かわいい娘さんに会いたい」という文面と、「殺人未遂の過去のある女で、性格がきつくて、男もあまり寄り付かないような私を、あなたはやさしく受け止めてくれたわ」、「あなたと過ごしたタクシーの旅は、私の人生の最後の幸せな一日だった」という文面である。

 

「性格がきつくて、男もあまり寄り付かないような」女性でなければ、壮絶だが、ジョイナーの爪を見ただけで渡米し、一代でネイルアーティストとして活躍し、成功するに及ばなかっただろう。

 

それを言ったら、刑罰が重くなるような言辞を法廷で主張する女性なのだ。

 

この強さが、すみれには確としてある。

 

その代わり、彼女は大切なものを失ってしまった。

 

「家族の絆」である。

 

「あの子(勇)さえちゃんと育ってくれれば」という唯一の絆を喪ったことの哀しみが、自殺未遂を志向するが叶わず、浩二の前で号泣させたシーンは、あまりに重い。

 

しかも思春期に入った勇は母を嫌悪し、暴走族のような集団に流れていったのだ。

 

全て自分の責任であると考えるすみれの過去の修復は、もう復元できず、再生不能なのだ。

 

「家族の絆」の喪失は、すみれにとって人生最大の悔いとなる。

 

かくて、浩二が構築した平凡だが、地道に生活する家族への憧憬の念を(いだ)ことになる。

 

「あなたの愛する奥さんと、かわいい娘さんに会いたい」という文面は手紙からの引用だが、タクシーの車内でも、繰り返し言及されていた。

 

自分が味わえなかった「家族の(ぬく)もり浩二の家庭のうちに見ていたのである。

 

そして、「あなたと過ごしたタクシーの旅は、私の人生の最後の幸せな一日だった」という文面。

 

これこそ、すみれという女性の自己総括なのだ。

 

彼女は、浩二への語りによって自己総括し、気持ちを新たにして施設に向かうのだ。

 

本当はホテルに泊まって、「耳を傾ける者」である浩二に対して、総括の仕上げをしたかったが、叶わない。

 

それでも、この貴重な一日を満喫できたから、法外の遺産を浩二の家族に残したのである。

 

では、遺産を受け取った浩二の家庭はどうなるのか。

 

この遺産は毒でもあるが、ラストで浩二が流した涙が、この毒を希薄にするだろう。

 

感傷含みだが、浩二はホテルに泊まらなかった行為のみを悔い、泣いている。

 

膨大な遺産額で贅沢な生活をしようなどという展開にはならないだろう。

 

ヨーロッパに行くか否か分からないが、少なくとも、信州の家を売ることがなくなったことは事実である。


何より、「生活のサイズ」を変えることなどないだろう。

 

そう思わせるラストだった。

 

 (2026年10月)

 

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