知られざる名作と言っていいのか、この映画の存在を知らなかった。
正直、忸怩(じくじ)たる思いを隠せない。
21世紀の「ネオレアリズモ」と称される「ナポリの隣人」に先行する「家の鍵」。
観る者に深い感銘を与え、心の底から障害児の問題を考えさせ、かけがえのない逸品として映画史に残るだろう。
説明セリフ・BGM・綺麗ごと・ドイツ語字幕なしで、最後まで抑制的な演出が効いていて、「ナポリの隣人」と共に私にとって宝物のような作品となった。
「ナポリの隣人」より |
1 「家に帰りたい。パパが一人なんだ…あの子も一人だし」「部屋に戻ろう」
ジャンニが15年前に付き合っていたジュリアとの間にできた息子・パオロを引き取って欲しいと、ジュリアの兄・アルベルトが訪ねて来た。
ジュリアは事故で亡くなり、パオロはその時に取り上げられた子で、ジャンニはジュリアの死のショックのあまり、現実から逃避してパオロを顧みることはなかった。
そのパオロは左手が麻痺し、杖なしには歩くことができない障害児だった。
「何歳の時の?」
「6歳。歩けなくてね。妻が家の中をボールだらけにしたら、彼は這って追いかけまわしてた」
アルベルト |
「今は僕に似てる?」
「いや、母親似だと妻も言ってる」
「奥さんは僕を?」
「恨んでない。妹と一緒に君も死んだものと」
「今になって、なぜ僕に?」
「医者に言われてね。父親に会えば、奇跡が起こるかもと。よくあるそうだ」
「遠くまですまない。仕事が忙しくて」
「たまには旅行もいいものさ。この街には友達もいるしな」
「パオロは僕を?」
「知ってるさ」
「どう思ってる?」
「どう思えと?彼がどんな子か、君には…家では俺をアルベルトと呼ぶが、外や他人の前では、“伯父さん”と呼んだりな。たいした奴なんだ。君は失格だ…奥さんや子供との暮らしは順調か?」
小さく肯くジャンニ。
ジャンニ |
アルベルトと別れ、ベルリンのリハビリ施設に向かう列車に乗り込んだジャンニは、渡された座席番号を探し、パオロが寝台で眠っているので、向かいの座席で眠りに就いた。
朝起きると、寝台にパウロの姿はなく、ジャンニは食堂車でゲームをしているパウロを見つけた。
斜め前の席に座ったジャンニが声をかけた。
「パオロ?」
「ほらきた。なんだい?何か用?」
パオロ |
ゲームと音楽を楽しみながら、パオロはジャンニの質問に答え、パオロは自分の家の電話番号をメモするように言い、ジャンニもミラノの家の電話番号を教えるが、初めて接するパオロにジャンニは戸惑う。
トイレでパオロを支えようとすると、「気が散るから、あっちへ」と言われ、後ろを向くジャンニ。
「電車から荷物を下ろした?」
「そうだな。荷物を下ろそう。手伝うよ」
「黙れ。偉そうに言うな…見るなよ」
「心配するな。見たりしないから」
駅を降りてホテルに向かう車で、運転手に盛んに話しかけるパウロだが、イタリア語は通じず、ジャンニもドイツ語で話されても理解できない。
ホテルから病院に向かい、リハビリ施設の受付で、父親であるのに苗字が違うと指摘され、ジャンニは結婚していなかったからと答える。
ジャンニが受付している間、パオロは廊下を歩き、入院している患者の部屋へ入って話しかけていく。
重度の言語障害の娘・ナディンとその母・ニコールが付き添う部屋に入って、ナディンが言葉のレッスンをしているのを見つめ、ニコールの顔も凝視し、黙って出ていった。
右からニコール、パオロ、ナディン(ニコールの娘) |
パオロの血液検査で気分が悪くなって廊下に出たジャンニが、窓を開けられないでいるのを見て、ニコールはドイツ語が通じないと分かるとイタリア語で声を掛けてきた。
「この病院は初めて?最初はショックよね…男の人なんて珍しい。母親にあてがわれた汚れ仕事だもの。父親にはできない。何かと口実をつけては、逃げてしまう…夫は怖がって娘に近づかなかったし、触れなかった。傷つけるのが怖いと」
ニコール |
そこにパオロが検査室から出て来たので、「失礼」と言うや、ジャンニがその場を離れた。
「あの子のお父さんね?」と聞かれ、振り返って、「違います」と答えるジャンニ。
外で食事をしながら、パオロは、「想像もできないほど、いろんなことを言われた」と話す。
「ジャンニは僕のお父さんだとか…きっと僕はからかわれたんだ」
「そうじゃないよ」
「なら、いいけど」
「食べ終わったら、ホテルに戻って休もう」
アイスクリームを食べ終わり、ジャンニにもたれかかるパオロ。
眠ってしまったパオロを抱え、ホテルに戻ったジャンニは妻にパオロが直ぐに懐いたと電話で報告する。
翌朝、先に目を覚ましたパオロは、下着姿のままホテルの部屋から出て廊下に歩き出し、それに気づいたジャンニが制止した。
「家に帰りたい。パパが一人なんだ…あの子も一人だし」
「部屋に戻ろう」
抵抗してジャンニを叩くパオロを抱いて、無理やり部屋に戻した。
「昨日の夜、薬を飲ませてくれなかった。忘れただろ。アルベルトは忘れない」
テレビを大音量にして聴いているパオロに、「音を小さくしてくれ」」と言っても聞かないので、ジャンニはテレビのスイッチを切ってしまう。
服を着せてあげると、「こっちの腕からだと痛いんだ」と障害のある左腕から通すようにパオロが指示する。【下の画像/衣服の着脱は、衣服を脱ぐときは健康な方の腕や足から、着るときは病気や麻痺、痛みのある方からというのが、介護技術の基本である】
「家まで送ってくれる?たくさん用事がある」
「どんなこと?」
「お皿を洗って、買い物をして、床を拭いて、家の片づけをしないと追い出されるんだ」
衣服の着脱を注意され着衣をやり直すジャンニ |
「大丈夫。追い出されない」
「これ見てよ。家の鍵だ。門の鍵に、玄関に、車庫の鍵。警報装置のもある」
「しまわないと」
机の上のパオロのノートに貼られた写真の女の子を、パオロは「僕の彼女」だと言う。
「美人だな」
「すごい美人だ」
「何て名前?」
「クリスティン」
実際に会ったことも話したこともなく、ノルウェーの学校から送られ、写真を交換したと言うが、年を聞かれると4歳半と答えるなど、パオロの話は取り留めがない。
検査をする技師に人懐っこく話しかけるパオロは、傍にいたいと言うジャンニには、「ダメだよ。外へ」と出て行くよう強く促す。
ジャンニは言われるがまま病室を出て、病院の外を歩いていると、ベンチで読書しているニコールが座っていた。
ニコールは、イタリア人が書いた『明日、生まれ変わる』という本をジャンニに勧める。
「これは読むべきよ。私たちに直接かかわる話だわ」
ジャンニは検査室からパオロに「追い出された」と言うと、ニコールも「私も娘に」と返す。
二人はレストランで食事をし、お互いのことを話し合う
イタリアに留学したことがあるというニコールはリヨンに家があり、半年ごとにナディンの治療のためにベルリンへ来ていると言う。
「今は何の仕事を?」
「その質問には、“何も”と答えることに…娘が生まれた日から」
「娘さんを愛おしいと?…僕もパオロがとても愛おしい」
「お子さんは?」
「8カ月の息子で、名前はフランチェスコ」
「パオロの面倒まで見るなんて、心が広いのね。何か償うべきことでも?」
「たぶん」
「冗談ですよ。さぞ大変だろうと思って。ご親戚のお子さん?」
「友人です。家族同然の」
ここでも自らが抱える特殊な事情を話すべくもなく、ジャンニが病棟に戻るとニコールの足元がふらつく。
「家族同然というより、本物の父親にように見えたわ。娘と出掛ける時の夫と、まったく同じ目だった。不安げで、おどおどした目つき。まるで、他人への迷惑を詫びるかのように」
「不慣れだから、失敗するのが怖くて」
「伝わってくる」
「どこから?」
「分からないけど、昨日見ていて思った。“彼は恥じている”と」
リハビリ室での歩行訓練を真剣に見守るジャンニ。
センサーを付けた歩行の激しい訓練に、パオロは「息をつかせて」と訴えるが、イタリア語が通じず、訓練士のドイツ語の拍子取りが続く。
耐え切れなくなったジャンニが、思わずパオロを抱き締めてしまうのだ。
テラスで飲み物を買いに行ったジャンニを待つパオロは、通りがかったニコールに声をかけ、「チーズサンドを買ってきてとジャンニに伝えて」と頼んだ。
ニコールは順番待ちをしているジャンニに話しかける。
「先生がひどく怒ってた。子供たちにとって問題なのは、病気じゃなくて親だと。息子さんなのでしょ?」
「ええ。彼に必要なのは歩行ではないと、先生に伝えてください…パオロの年を?15だ。時に動物のように考えもなく、誰でも好きになる」「きっと生まれた時に独りぼっちで、そばに誰もいなかったのね。何があったの?」
「これ以上、嘘はつきたくない」
電車でホテルに帰った二人は、はしゃぎながら風呂に入り、食事ではパオロがジャンニにスプーンで食べさせたり、学校での話をするなどして、距離を縮めていくのである。
2 「パパが泣いたとアルベルトに?泣くなよ。涙がこぼれてるじゃないか。泣かないで」「分かったよ。心配ない」
パオロが「僕に字を見せてあげる」と、紙にペンでジャンニの名を書く。
「僕の名前を?ありがとう」
「“ジャンニとパオロ”」
パオロの替わりに、ジャンニはクリスティンにラブレターのメールを書いていく。
「“お元気ですか?…君は本当にきれい…君が好きだ。結婚しよう…アルベルトが君の写真を見て紹介してほしいと言ったんだ。絶対にイヤだと僕は答えた。おしまい。バイバイ…」
ジャンニはパオロを連れ、車椅子バスケットを観に行き、パオロが観戦中にニコールが忘れていった本を届けに行った。
ニコールは娘のナディンを連れ、絵を展示しているナディンから、ジャンニは絵をプレゼントされた。
「ありがとう。とてもきれいだ」
一方、パオロはバスケットの試合を観ずに、会場から外へ出て道路を渡り、乗客に助けられ路面電車に乗る。
立って車窓風景を眺め、車内で話しかけられた女性に、イタリア語でサッカーの話を続けるが通じず、怪訝な表情をされるが、結局、車庫に入り込んでしまうパオロ。
パオロがいなくなったことに気づいたジャンニは焦燥感に駆られ、場内を探し回るが見つからず、ニコールの力を借りて警察に届けた。
以下、ニコールに自らの過去を告白するジャンニ。
「閉まる扉の音が頭から離れなかった。医者が次々に来て、慌ただしく出入りする。医者も看護師も、ジュリアの母親と姉が僕を見ていた。遠くから。僕を責めるようにね。やがて司祭が来て、ジュリアがいる分娩室に入ろうとした。僕はわめきながら、司祭を押しのけ、持っていた聖油を奪い取ったんだ。僕はどこかに閉じ込められた。人が消えたような、奇妙な静けさだった。しばらくすると、医者が入ってきて、僕に言った。“母親はダメでした”。本当にそう言ったんだ。“ダメでした…赤ちゃんは無事です。ただ、少し問題が”。帝王切開も間に合わなくなり、鉗子(かんし)で引き出したんだ。ジュリアは19歳だった」
「パオロの世話は誰が?」
「僕はずっと会いもせず、3日目に初めて会った…」
【鉗子とは処置等のときに物を挟む医療器具のこと。棺内分娩(かんないぶんべん/死後分娩)は法医学の用語で、妊婦の死後遺体が腐敗して体内にガスがたまると、その圧力によって子宮から胎児の遺体が体外に押し出され、あたかも死女が死児を生んだように見える現象を指す。また鉗子分娩による障害児の調査例は多く、本作でも検査された癲癇、 脳性麻痺、精神薄弱児などの原因として鉗子の占める頻度はかなり高いとされる】
鉗子 |
【死後分娩/ガザ地区ハンユニスのナセル病院で、イスラエルの攻撃で死亡した母親から帝王切開で取り出され、保育器で育てられる生後2日のシャイマ・シーク・イードちゃん/AFPBB News】 |
警察に出向くと、パオロは保護され、再会すると笑顔で「何してたの?まったく…」とジャンニに声をかけた。
ホテルの部屋でニコールがパオロを寝かしつける。
「熟睡できないのね。娘も同じ。一晩中寝返りを打ち、震えてる」
「うまくいってたのに、なぜ逃げた?」
「彼も分からないの」
「二度とさせない。気をつけるよ」
「また迷うわ。彼らが内なる闇に迷った時、私たちは、帰るのを待つしかない」
「成長したらどうなる?」
「彼は恵まれてる」
「病院の子たちや、ナディンを見た?」
「子供のうちはいい」
「誰もが子供には心を動かされ、微笑み、頭を撫でてくれる。ましてや病気だ」
「かもしれない。不合理のようだけど、彼は病気に守られているわ。そばにいたいなら、苦しむ覚悟が必要ね」
ニコールを駅に送るジャンニ。
「質問しても?」
「どうぞ」
「なぜ、そう穏やかで?」
「時と共に学んだの。いつも日常の些細なことばかりを考えるようにしたわ。娘にパジャマを買おうとか、歯磨き粉がなくなるとか、娘の好きなクッキーを牛乳に浸そうかとか…少し表面的なぐらいのほうが、何とか生きてゆける。娘が苦しんでいるのに、他の子たちが元気なのを見て、妬ましいと思う自分を恥じはしない…パオロが待ってるわ。おやすみなさい」
「ありがとう」
挨拶をして去り、列車を待つベンチに座わるニコールの顔が曇り、涙が滲んでくる。
そこに、ジャンニが戻って来て傍らに座る。
「もう20年以上もずっと、娘のことばかりを考えてる。体を洗ってやる時、撫でてやる時、娘が絶望の眼差しで私を見ることがある。私は心の中で思うの。“死んでくれれば…”」
ニコールはそれだけ言い残して、列車に乗り込んだ。
ホテルに戻り、眠っているパオロに布団をかけるジャンニ。
翌朝、目を覚ましたジャンニは、既に目覚めているパオロに「調子は?」と聞くと、「いいよ」と笑顔で答える。
二人はベッドでじゃれ合うのだ。
「病院に行くの?終わり?」
「ああ、もう行かない」
船に乗り込んで、ジャンニはパオロに「行ったことがない場所」へ行くと説明する。
そこはクリスティンの住むノルウェーだと分かると、パオロは「すごく嬉しい」と何度も言って喜ぶ。
パオロはクリスティンに会うために髪や服を気にし、杖はゴムがすり減っているのでいらないと言う。
そこでジャンニは、杖を海に落として捨てた。
「頭がおかしい」と言って、パオロは興奮して大笑いする。
プレゼントを持って車で学校へ行き、クリスティンの下校時刻に合わせて、待つことにした。
校庭では子供たちがローラースケートを走らせ、射撃練習をしている。
今日は日曜日なので、明日また来ると言うパオロに従い、プレゼントに持ってきたケーキを食べ、ホテルに泊まる。
「話があるんだ…一緒に暮らさないか?」
「考えておく…いいよ」
「部屋を用意するように電話で言っておいた」
「大きな部屋だよ…」
ジャンニはフランチェスコの写真を見せる。
「まだ歩けないんだよ」
「僕が手を貸してあげる…ジャンニの家。僕の鍵で開けられる?」
「ああ」
ジャンニはパオロを抱き締める。
「大好きだよ」とパオロ。
家路に就く車で、パオロは音楽に合わせ体を動かし楽しんでいるが、そのうち「運転させて」とハンドルを掴み、クラクションを鳴らして、ジャンニの運転を危険に晒す。
何度制止しても繰り返すので、怒ったジャンニは車を停止した。
罰が悪そうに下を向き、上目遣いでジャンニを見る。
「遅くなったから、家に帰らなくちゃ。僕は忙しいんだ。家の片づけに皿洗い。床拭きにアイロンかけ。買い物にも行くし、サッカーもしないと。やることがたくさんあるんだよ。道は知ってる?僕の家の住所は?ペルシオ通り10番地。電話番号は718-2402。書いてよ。紙とペンを出して」
黙って聞いていたジャンニは返す言葉もなく、車から降りた。
ひとり残されたパオロは、シートベルトを外して車を降り、伝え歩きをして車に持たれるジャンニのところへ行き、腕を掴んで顔を見上げる。
ジャンニはパオロの体を支え、少し歩いて岩に座り嗚咽する。
パオロがジャンニの肩を抱き、「泣いたらダメだ」と声をかける。
「パパが泣いたとアルベルトに?泣くなよ。涙がこぼれてるじゃないか。プレステで遊ばせてあげるから。泣かないで」
「分かったよ。心配ない」
「泣いたらダメだ。そんなのナシだよ」
それでも嗚咽するジャンニに、パオロは「泣かないで。僕がいるから」と必死で語りかける。
「僕がこうして一緒にいるのに。泣くなんて…ダメじゃないか」
「そうだな」
「おかしいぞ」
「お前の言うとおりだ」
「言っとくけど、そんなのナシだ」
ジャンニはパオロを抱き締め、今、二人はしっかりと見つめ合っていた。
3 涕泣と受容、その時間の旅の重さ
義兄の重い言葉を受けた主人公ジャンニの払拭しきれない煩慮から開かれ、ジャンニの抑えがたい涕泣(ていきゅう)と受容で閉じる物語。
「(6歳の時)妻が家の中をボールだらけにしたら、彼は這って追いかけまわしてた…たいした奴なんだ」
冒頭でのアルベルトの言葉である。
「奇跡」に頼らなければならないほど、一筋縄ではいかない養育のリアルを知らされたジャンニも相応の覚悟を括っていたはずである。
まだ見ぬ「我が子」に対するアプローチで戸惑うジャンニと、それを見透かすように振る舞うパオロの構図を提示することで、映画は手足に障害を持つ児童に翻弄されていく「我が父」の相貌性を手加減せずに切り取っていく。
「我が子」という現実を受け入れていく心の葛藤を抱えつつ、思い迷い、恥じ入ったり、愛しさと裏腹に疚(やま)しさを感受したりして、自らが置かれた〈状況性〉で湧き出る感情のコントロールの難しさが、寡黙な映像を支配するジャンニの表情の遷移から溢れ出ていくのだ。
トイレや衣服の着脱・服薬という初歩的な清拭(せいしき)に関わるシーンは、経験なしに理解できないので、「我が子」からの言伝(ことづ)てがリピートされ、「我が父」の清拭の学習能力が問われて立ち止まることになる。
衣服の着脱 |
何より、「我が子」に対するアプローチにおいて、怖気付(おじけづ)くことのない認知的・感情的・行動的成分による態度形成が「我が父」ジャンニに要請されるのだ。
これが途轍もない巨壁と化し、随所で発生する〈状況性〉に立ち往生してしまうジャンニの表情からナチュラルな笑みを拾うのは難題過ぎた。
それでも後戻りできないのは、この15年間、心に刺さった棘を抜かねば、もう何もかも埒が明かないからである。
自らが犯した行為をなかったことにできないのだ。
この罪悪感の深さが瘢痕(はんこん)になり、僅か4日間にわたる時間の旅が漂動していくのである。
頑なまでに自力歩行に拘泥し施設内を彷徨することで、入居者との言語の壁を穿(うが)っていくパオロに対して、言語不通のジャンニは只見守ることのみ。
パオロの採血では脱出してしまう。
この後、部屋を出ていくジャンニ |
重度の言語障害の娘に付き添う母親ニコールに、「あの子のお父さんね?」と不躾(ぶしつけ)な問いを受けるや、「違います」と否定して、特殊な事情があるにせよ、ここでも脱出する脆さを曝す。
随所で発生する〈状況性〉において、コミニュケーションを図ることの難しさが執拗に描かれていくのだ。
そんなジャンニに対して、パオロの方が気を遣っているようだった。
と言うよりも、常にジャンニの反応の濃度の高低を試しているようなのだ。
心に深く灼きついているのは、「きっと生まれた時に独りぼっちで、そばに誰もいなかったのね。何があったの?」とジャンニに言い添えたニコールの言葉。
「独りぼっちで」で産まれても、「そばに誰もいなかった」分娩の負荷が、誰が自分を暖かく包摂してくれるのかというプロブレムに拘泥するパオロの性向を育てることになった。
養育が不十分でなかったにも拘らず、他者に対してアルベルトを「叔父」と呼ぶ愛情欠損の感覚が、本人の自覚なしに生得的に反応してしまうようだった。
これが、ジャンニに対して身体接触を求めるパオロの行為の根柢に垣間見える。
「時に動物のように考えもなく、誰でも好きになる」と吐露したジャンニの言葉だが、これがニコールの先の発問に対する返答だった。
思えば、パオロが自力歩行への固執する行為には、絶対依存なしに〈生〉を繋ぐ営為を特定他者に見せることが、自らが人の役に立っていることの身体的表現(厳しいリハビリを見せる/但し、これを中断したジャンニの抱擁を拒絶しなかった)の、それ以外にない「主張的自己呈示」(自己宣伝)だったのである。
主張的自己呈示 |
「僕は忙しいんだ。家の片づけに皿洗い。床拭きにアイロンかけ。買い物にも行くし、サッカーもしないと。やることがたくさんあるんだよ」
繰り返されるこの物言いこそ、自らが常に人の役に立っていることの言語的表現の象徴的な自己呈示だった。
更に言えば、ラストでジャンニを怒らせてしまった時に、「遅くなったから家に帰らなくちゃ」などと言って、自分に対するジャンニの思いを引き留(とど)めるための言語的表現に振れていくパオロ。
これは、責任を逃れ、傷つくのを回避する「弁解」や、「正当化」・「謝罪」といった自己防衛的な情報開示、即ち「防衛的自己呈示」と呼ばれる心理学の概念として知られている。
防衛的自己呈示 |
同様に、彷徨によって警察に保護されたパオロの身を案じるジャンニの殆ど生きた心地がしないエピソードが含意するのは、ジャンニの気を引くためのパオロの痛々しい身体的表現であると言っていい。
警察に保護されたパオロが心配していたジャンニに言い放つ |
そればかりではない。
「これ見てよ。家の鍵だ。門の鍵に、玄関に、車庫の鍵。警報装置のもある」
これも、自らの存在価値を高めることで、信頼感の誇示を視野に入れた自己呈示である。
以上、縷々(るる)言及したが、「そばに誰もいなかった」状態で産まれたパオロの生得的反応の痛みがひしと伝わってくるので、観ていて辛かった。
それでも捨てられない全人格的な愛情への希求が可能だったのは、血が繋がらなくとも正しく養育してくれたアルベルトの力添えがあったからだろう。
しかし、恐らくアルベルトが実父でない事実を知っていたであろうパオロが、実父であるジャンニと対面し、愛を乞う思いが生き残されていた。
この思いが映画の生命線と化し、時には大きく弾け、悪口雑言を撒き散らすが、只々、地の底より深く包摂され、存分に愛されたいパオロがその場に竦んでいる。
そんなパオロが至る所に作り出す四面楚歌(しめんそか)の〈状況性〉に立ち竦むジャンニには、倫理的に退行するという選択肢がなかった。
「苦しむ覚悟が必要ね」とニコールは言い切った。
覚悟を括ったつもりだが、それがどこまで「苦しむ覚悟」であったのか。未知の領域の未知なるものとの「苦しむ覚悟」のイメージが掴めなかった。
そんな折、パオロの彷徨で心が騒ぐジャンニは、助力してくれたニコールに自らが犯した過去の過ちを告白した後、警察に保護されたパオロと再会し、寝かしつけて安堵するジャンニに、ニコールは意想外の思いを打ち明けて別れていく。
「娘が絶望の眼差しで私を見ることがある。私は心の中で思うの。“死んでくれれば…”」
心胆寒からしめるニコールの涙ながらの吐露を受け、動揺を隠せなかった。
「他の子たちが元気なのを見て、妬ましいと思う自分を恥じはしない」と話し、常に穏やかに娘に接するニコールの内面の葛藤を知らされて、言葉を繋げず、強直してしまうのだ。
「苦しむ覚悟」という意味を理解するジャンニが、自らもニコールの追い詰められた思いに届いた時、涕泣するに至った。
これがラストでのジャンニの涙の意味である。
はしゃぎ過ぎて危険な行為に振れたパオロを怒鳴りつけるジャンニ。
障害児と共生することの難儀を思い知り、ニコールの苦悩に届いたのである。
「誰もが子供には心を動かされ、微笑み、頭を撫でてくれる。ましてや病気だ」
子供・障害児利得と言ってもいい自らの言葉の意味を反芻(はんすう)し、涕泣するのだ。
「パパが泣いた」とパオロは漏らす。
ジャンニを初めてパパと呼んだのである。
「我が子」という意識で受容するジャンニ。
見つめ合う二人。
今、父と子の心が一つになり、溶け合ったのである。
涕泣と受容、その時間の旅の重さ。
映画で描かれていたものの全てが、この一点に収斂されていくのだ。
(2024年7月)
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