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2025年7月2日水曜日

ミッシング('24)  困難な状況を乗り越えていく「保護因子」の大きさ  𠮷田恵輔

 


1  「なんかまた滅茶苦茶ひどいこと書かれてんだけど。“ライブ狂いで育児放棄の母親、自業自得”とか…マジ絶対許さない、こいつ」

 

 

 

幼い少女の天真爛漫な笑顔。

 

3カ月前に失踪した美羽(みう)である。

美羽
 

その両親である沙織里(さおり)と豊は、街頭で情報提供を求めるビラを通行人に配り、その様子を地元局の静岡テレビ放送がカメラを撮っている。 

沙織里と豊

左から砂田、不破、三谷

録画が終わり、沙織里は事件を担当する記者の砂田に頭を下げて、礼を言う。

 

「前は全国で報道してくれてたんですけど、今じゃ、どこも扱ってくれなくて…」


「…絶対、美羽ちゃん帰ってきますよ」

 

カメラマンの不破と新人記者の三谷(みや)と共にテレビ局へ帰った砂田は、番組デスクの目黒から取材内容が代わり映えしないと指摘され、怪しいウワサがあるという沙織里の弟・圭吾への取材を求められる。

 

「それ、SNSのやつですよね?何の根拠もないじゃないですか」


「まあ、渦中の人物っていうのもあるし、一応」

 

結局、砂田は目黒の指示に従うことになる。

 

生コン工場の作業員をしている土居圭吾(どいけいご)が自宅アパートに戻ると、姉の沙織里が待っていて、取材に協力するように迫るが、苦手だからと断る。

 

「俺が出たって変わらないでしょ」

圭吾

「…ねえ、分かってんの?あんたが最後に美羽といたんだよ」

 

取材に圭吾のアパートを訪れた3人は、早速取材を始めるが、砂田に今の心情を訊ねられた圭吾は即答せず、再度聞かれて、「心配です」と返すのみ。 


美羽の別れ際の様子を訊かれると、「普通でした」と答え、警察で話した目撃証言の撤回についても、「見たような気がしただけ」と要領を得ない返答に終始した。

 

外に出た3人はアパートにカメラを向けると、部屋の中から圭吾が見ていた。

 

「怪しすぎますよね?絶対、事件に関わってると思いません?」

 

三谷の率直な感想に対して、砂田が注意を促す。

 

「そうやって印象で決めつけない方がいいよ。報道は、あくまで事実を伝えるのが仕事だって教わらなかった?変な思い込みが、偏向報道に繋がるんだから」


「すいません。気をつけます」

 

砂田が離れると、「俺も正直、あいつが犯人だと思うよ」と不破が三谷に話しかける。

 

取材を受けた番組のテレビ放送を見る沙織里と豊。

 

「あの日から3カ月。6歳の森下美羽さんの行方が分からなくなってから、両親の辛く悲しい日々は続いています。森下夫妻は毎日、捜索のチラシを配り、美羽さんの行方の探し続けていますが、いまだ手掛かりは見つかっていません。行方が分からなくなったのは、10月23日午後5時30分頃。美羽さんは、沙織里さんの弟、圭吾さんと公園で遊んだあと、一人で自宅まで帰る途中で行方が分からなくなりました。公園と家までの距離はわずか300メートル。子供の足にして約5分。この間に一体何があったのか。豊さんが異変に気づいたのは夜7時。帰宅しているはずの美羽さんがいないと沙織里さんや圭吾さんに連絡しましたがつながらず、警察に捜索願を提出したのは、沙織里さんが帰宅した午後10時でした…」


 

沙織里が、美羽と共にお揃いのBlank(ブランク)のライブTシャツを着た写真が映し出され、一瞬はっとした表情を見せる。 


続いて、砂田記者の圭吾へのインタビュー。

 

「いつもは家まで送られていたのに、その日に限って一人で帰宅したというのは、普段と違う言動ですとか、そういった原因があったんでしょうか?」

「いや、別にないです」

「いつもは送られていたんですよね?」

「まあ…家、近いし」

「美羽さんと別れたあとは、何をしていたんですか?」

「ここに」


「ずっと自宅にいらしゃった?」

「はい」

 

テレビに映る自分と一緒に呟き、頭をかく圭吾。

 

番組終了後、沙織里が「森下美羽捜索ホームページ」を開くと、ボーイズグループ・Blankのライブに行き、夜10時まで帰らなかったことを非難する書き込みが複数あり、苛立つ沙織里。 



「なんかまた滅茶苦茶ひどいこと書かれてんだけど。“ライブ狂いで育児放棄の母親、自業自得”とか…マジ絶対許さない、こいつ」 


反論のコメントを書こうとする沙織里を制止する豊。

 

「そんなの反論したって、炎上するだけだって、もう…」

 

翌朝、圭吾が出勤しようとすると、車のヘッドライトが何者かによって割られており、会社では、社長が気を回して、圭吾の担当を小さな現場に変更させることになる。 

現場の変更を告げられる圭吾

一方、沙織里は豊と共に砂田に会いに行き、BlankのTシャツ姿の写真を使ったことへの不満をぶつけた。

 

「ライブに行ってたの非難されてるの、知ってますよね?」

「それは、本当に申し訳ありませんでした。あの写真のお二人の笑顔が素敵だったので…」

 

更に、番組に寄せられた情報を求めたが、砂田はこれといった情報は今のところないと言われ、沙織里は食って掛かる。

 

「こっち、時間ないんですよ!分かってます?」 


豊が見兼ねて沙織里を制止する。

 

「まあ、砂田さんも一生懸命頑張って…」

「頑張って、当たり前でしょ!…結局、ネタとしか思ってないんですね」

 

放送局には、圭吾がその日、夜遅く車で帰宅するのを見たというメールが届いたり、それ以前にも圭吾が穴を掘っていたという目撃証言などが寄せられていたが、砂田はそれらを相手にしていなかった。

 

コンビニから出て来た圭吾は、番組を見たという若い女から犯人扱いされ、仲間から甚振られ、人違いだと言って慌てて逃げるしかなかった。 


一方、市長のスキャンダルネタを掴んで、それを聞いたら爆笑だと言う後輩の駒井記者に対して、砂田が一言。 

駒井

「権力の不正を暴くのは、いいよ。でも、間違いを犯した人間をさ、袋叩きにしてもいいってことじゃないんじゃ…」 



沙織里は実家へ行っても、母親が心配してアドバイスしようとすると、声を荒げて反発してしまう。

 

一方、ヘッドライトの修理に来た圭吾は、先に車の修理に来ていた豊に気づき、豊に促されベンチに座った。

 

「ちょっと放送、よくなかったよね。あんなの見たら、圭吾君、疑われちゃうよ。俺もちょっと不信感抱いちゃったもんね」 


無言のままの二人。

 

家に帰ると、沙織里が美羽の目撃情報を知らせるDMが届いたと言って、豊かに携帯を見せる。


 

「“怪しい男と一緒に女の子がいました”って、これ、“怪しい男”って、何をもって怪しいって決めつけてるわけ?」

 

冷静に反応する豊に冷ややかな視線を向ける沙織里。

 

「遠いから面倒?」

「面倒なんて、一言も言ってねーじゃん。信憑性の話」

「だって今、これくらいしかないんだもん」

 

泣き顔で訴える沙織里に、豊はそれに応えるしかなかった。

 

情報提供者が都合がつくという2日後に、蒲郡(がまごおり)へまで車で向かうが、メールからの返事はなく、待ち合わせ場所の駅前で1時間以上待ったが、姿を見せない。

 

警察署を訪ね、目撃情報があったと協力を求めるが、肝心の情報提供者との連絡が取れていないと言われ断られる。 


帰り際に、ようやく、相手から今日は急用で厳しいかも知れないとのメールが入り、沙織はすぐさま、用事の後に会えないかと返信し、その返事を待つためホテルで待機することにした。

 

夕食を摂りながら対応を考える沙織里は、豊に「一緒に考えてよ、ちゃんと!」と怒りをぶつけるや、突然、席から立ち上がり、「美羽!美羽!」と小さな女の子に走り寄るが、当然ながら人違いであった。

 

席に戻った沙織里はナプキンを手に当て、大声で叫んでしまうのだ。


 

周囲の客を気にしながら、豊は「落ち着けよ」と宥(なだ)めるが、沙織は豊を鋭い目で睨み返す。

 

「やっぱり温度が違うんだよ」

「はあ?」

 

ここでもまた、いつもの言い争いとなるが、豊はそれ以上、沙織里を責める言辞を抑えた。

 

その時、豊が美羽のビラをホテルに置いてもらうよう頼み、支配人から許可が下りたと知らされた。

 

豊は駐車場でタバコを吸っていると、幼い女の子と両親が楽しそうに歩く姿が目に入り、つい涙ぐむのだった。

 

翌日、2人は蒲郡でビラを配り始めると、情報提供者のアカウントが消えていることに沙織里が気づき、パニックになる。


 

悪意の束の襲来に翻弄された挙句、自我が消耗し、沙織里の〈現在性〉は、愈々(いよいよ)、時間を繋げなっていくようだった。

 

 

 

2  「もう見るなって。便所の落書き見たって、意味ねーじゃん」「便所の落書きが、人を攻撃してこないでしょ!これで傷つくし、死ぬ場合だってあるんだよ!」

 

 

 

地元の漁協に勤めている豊は、組合長に美羽の新たなビラを渡し、僅かな寄付金を受け取って帰宅すると、沙織里はベッドで横たわっていた。

組合長から寄付金を受け取る豊

 

心配する豊に、沙織里は心情を吐露する。

 

「書き込み見てると、きっと、豊も同じこと考えてんだろうなぁって思う…あの日、ライブ行ったこと、本当は誰よりも責めてる」


「責めてないって」

「あの日からずっと、責めてないって言いながら、責め続けてるんだよ。いいよ、正直に言って。もう一生、許さないって」

「何でそんなこと言うの?俺は沙織里の一番の味方でしょ?」

「それも分かってる。だから、どっちかに決めてよ。責めるのか、味方でいてくれるのか」

 

豊は無言で沙織里を見つめる。

 

そんな折、砂田から再度、番組を制作するとの連絡を受け、沙織里は縋(すが)る気持ちで砂田と会った。

 

「今回は、絶対に誤解が生じないように、全力で美羽さん捜索の足掛かりとなる内容をお約束しますので、ご協力、お願いします」

「もう、ほんとに、何でもやりますんで…なんかもう、自分ができる事なんか、たかが知れてて、なんかもう、どうしたらいいか…」 



しかし、局に帰った砂田は、番組デスクの目黒から事件当日の夜、防犯カメラに帰宅する圭吾の車が撮られていたことで、「これはクロだろ」と決めつけられ、再び圭吾の取材を指示される。

 

ビラ配りの映像を撮っていた砂田は、沙織里に再び圭吾の取材を申し込むが、「また弟を晒し物にしたいってことですか?」と返され、言葉に詰まってしまう。

 

「結局、美羽のことなんか、どうでもいいんですね!視聴率さえ取れれば、それでいいんですね!」 


苛立つ沙織里は荷物をまとめてその場を去って行き、砂田は呆然として車に乗り帰途に就くが、一転して沙織里がその車を追い、「待って、ウソです!取り消します!…取材いつでも受けます!弟も、いつでも何時間でも受けさせますんで!美羽をお願いします」と、ガラスを叩いて、涙ながらに必死に訴えるのだった。 


圭吾は三谷の取材によると、学生時代に激しい虐めに合い、精神的にやられて通院していたと言う。

 

翌日、砂田らはアパートの前で圭吾を待ち、取材を申し込むが、頑なに拒否される。

 

一方、沙織里の自宅での取材で、美羽の誕生日当日は来れないので、沙織里の提案で、前倒して7歳の誕生日祝いを演出することになった。

 

沙織里は砂田の手を握って、いつでも取材を受けると頭を下げて送り出すが、豊はそうした演出に疑問を呈す。

 

「あまり信用しない方がいいんじゃないかな。色々、変だよ、あの人ら」

「いいよ。嫌なら私一人でやるから…砂田さんの言うことさえ聞いてれば、美羽、絶対見つかるから。うん、美羽、絶対見つかる」

 

沙織里は取材を拒否する圭吾のアパートのドアを叩き、足で蹴飛ばし、中にいる圭吾を早く出て来いと大声で叫ぶが、圭吾も強硬に拒否し、互いにドアを叩いて激しい言い争いとなる。 


結局、沙織里に服を掴まれ連れて行かれる圭吾。

 

「こんなん、絶対意味ないでしょ。あいつら、まともじゃないんだから」

「まともじゃないのは、あんたでしょ」


「そんなん言うんだったら、姉ちゃんもとっくにまともじゃなくなってるよ」

 

砂田の当日の行動について訊かれ、最初はまともに応えようとしなかった圭吾だが、沙織里に席を外させ、真剣に切り込んでくるので、遂に圭吾は事実を打ち明けるに至る。

 

「正直に話さないと、どんどん、どんどん、状況は悪化していくんですよ。本当は、どこで何をされていたんですか?」

「スロット…いや、あの、普通のじゃなくて、その…」 


砂田は局に帰り、取材内容を上司に報告する。

 

「違法カジノを隠すために、変なウソで誤魔化してたって…どうしようもないな、この弟は」と目黒。

「まあ、気が小さいんだろうな。マズいことになってるって分かれば分かるほど、いらんウソついたり、連絡無視したり。弱い奴ほど、余計なことすんだよ」と局長。 


局長は、無責任な大人の行動で子供が危ないというテーマも入れて構成するのはどうかと言うのに対し、砂田はそれを流したら更なるバッシングが起きると反駁(はんばく)する。

 

考えすぎだと言う目黒に対し、「考えすぎるくらい、考えましょうよ」と砂田は食い下がる。 



砂田は、節目の半年のロングインタビューを撮った後、「沙織里さんたちの思いを聞いた後に、本当に視聴者に伝えるべきことは何なのか、判断をお願いします」と、頭を下げるのだった。

 

そのロングインタビューを自宅で受ける沙織里。

 

そこで沙織里は、色んな人に協力してもらっているのに全く情報がないことの苦しさ、焦りからイライラし、周りにきつく当たっている自分がいて、ギスギスしていて情けないと、正直に胸の内を吐露するのだった。

 

「元はと言えば、私が子供を預けてライブに行ったことが原因ですし。一生懸命、愛情をもって子育てしていたつもりです。自分のほとんどの時間を美羽のために使ってた。でも、たまには息抜きしてもいいかなぁって、ほんとに軽い気持ちでライブに行って…大音量の中、バカみたいに飛んだり跳ねたりしている時に、美羽はきっと、すごい怖い思いをしてて…ネットで批判されてるのとか、もう図星だから、なんかもう、余計に腹が立つって言うか…」


 

涙ながらに語る沙織里を、砂田はじっと見守る。

 

美羽のことを聞かれ、話しながら沙織里は壁に美羽が書いた絵を見せ、最後は号泣してしまう。

 

そこに携帯に警察から電話がかかり、何と、美羽が保護されたとの知らせを受ける。 


「見つかった!」と歓喜し、泣きじゃくる沙織里は豊と共に急ぎ警察へ向かい、砂田らも追っていく。

 

笑い泣きの沙織里は、豊と手を携えて警察署の階段を駆け上がっていった。

 

しかし、担当の村岡刑事は、電話はしていないと言う。

 

「残念ですが、いたずらだと思います」 


唇が震え、呼吸を荒く叫び、豊に抱え込まれた沙織里は慟哭し、失禁してしまう。 


その様子を携帯カメラで撮っていた砂田は、録画を途中で止めにした。

 

結局、圭吾の裏カジノの件は、沙織里がその事実を知らないにも拘らず、砂田の反対を押し切ってそのまま放送されることになった。

 

頭を抱え込む砂田。

 

案の定、美羽の捜索ホームページでは、「姉弟揃ってクズ」などと書かれて炎上し、それを逐一読んでいる沙織里を、豊が戒める。 


「もう見るなって。便所の落書き見たって、意味ねーじゃん」

「便所の落書きが、人を攻撃してこないでしょ!一緒にしないでよ。これは、私たちに対する攻撃なんだよ!これで傷つくし、死ぬ場合だってあるんだよ!」

「だから、見なけりゃいいって話!」

「分かってるよ!でも見ちゃうんだよ!どうしても見ないでいられないの!」

 

その後、沙織里は物凄い勢いでスマホのキーを叩き、圭吾に執拗にメールを送り続ける。

 

「絶対許さない」「お前マジでなんなんだよ」「全部お前のせいだからな」「二度と顔見せるな」「死ね死ね死ね死ね」「失せろ」等々。 


それをじっと動かず読んでいる圭吾。 

 

圭吾は社長に挨拶をして会社を去るが、何かにつけて味方になってくれていた同僚の木村が圭吾を居酒屋に誘う。

 

木村は社長の車に傷でもつけてやろうかと思ったが、圭吾が疑われると思って止めたと言い、そして、次の仕事が見つかるまで金が厳しかったら、幾らでも貸すとも言う。 

木村

この会話で分かるように、圭吾を違法カジノに誘ったのは、木村だったのだ。

 

「マジで俺のせいなのに、お前ばっかり…」

 

木村の言葉を受け、首を横に振る圭吾。

 

商店街を生気なく歩く沙織里は、掲示板に張られた美羽のビラの顔写真の両目に、画鋲が刺されているのが目に留まり、画鋲を外してチラシを手に持ってきた道を戻りながら、叫び声をあげて嗚咽する。 



放送局では、視聴率が書かれた紙が貼られ、芸能から報道まで相変わらずの番組が続いていく。

 

砂田は新たな事件現場に立って、子供を喪った家族の悲嘆を見つめている。

 

部屋の窓に投石を受け、ガラスが割れ、驚く圭吾。 


「死ね死ね死ね死ね」とまで実姉から誹議(ひぎ)された男もまた、もう逃げ場所がなく追い詰められていくのだ。

 

 

 

3  「でも、よかった…この子が無事でよかった…ほんとによかった」「お前、すごいよ」

 

 

 

2年後。

 

自宅で洗濯物を片付ける沙織里は、沼津市で起きた行方不明事件のニュースが耳に入り、テレビを観ると、それが小学2年生の8歳の女児と知り、直ちに美羽の事件と関連付ける。 


「この子が監禁されている所に、美羽、いるかも知れないじゃん」


 

テレビ局では目黒が、元交際相手が犯人の線で警察が動いており、復縁を断られた腹いせかなにかだろうと、砂田にその元交際相手を撮って来てほしいと言われるが、砂田は、「もうこういうの、やめにしませんか?」と言って、引き受けなかった。

 

沙織里は警察署へ行くが、村岡に美羽の事件との関係が薄いと言われ、自宅に帰って、パソコンで沼津市の少女の捜索願のビラに、美羽の写真も付け加えたビラを作成し、一刻も早く印刷するよう豊に求める。 


それを、地元住民で構成されるボランティアの人々が組織的に担当エリアを決め、一生懸命に配布していく。 



「ねえ、怒らない?」と沙織。

「何?怒らないよ」と豊。

「またネット見ちゃってさ」

 

美羽の誕生日ケーキを新しくできた店で買うのを盗撮され、高級スィーツを買って、子供がいなくなって贅沢三昧と書かれ、“イイね”が沢山ついていたという。

 

沙織里の頭を優しく撫でる豊。

 

「世の中って、いつからこんなに狂ってんだろう」と沙織里。 


印刷会社の社長が、印刷した追加のビラを無償で届けてくれた直後、テレビでは沼津の行方不明の少女が保護され、警察がマークしていた母親の元交際相手が犯人として逮捕されたというニュースが流れる。 


テレビを観ながら、沙織里は泣き笑いをしながら、「やっぱ、私間違えてた…バカだね」と口にする。

 

「でも、よかった…この子が無事でよかった…ほんとによかった」 


沙織里は映像を見て、泣きながら言葉を振り絞る。

 

豊はそんな沙織里を見て、涙を滲ませて言う。

 

「沙織里。お前、すごいよ」

  


沙織里は、農園で枝葉を切ったミカンを光に翳して「キレイ」と呟く。

 

少しずつ、周囲に目をやり、心地良さを感じる余裕が出てきたようだった。

 

豊は弁護士事務所に行き、相談をする。

 

「あの、あまりお金ないんですけど、うちの家族、誹謗中傷した奴らを訴えたいんです」 


沙織里は、小学生たちの登下校を見守る交通安全のボランティアを始めた。 


アパートで塵芥回収の仕事中の圭吾は、脚立を積んだ白い車から女の子を連れた男が降りてきたのを不審に思い、二人が歩いて行くのを目で追う。


圭吾はこのアパートを訪れ、白い車の男が出かけたのを見計らって、女の子のいる部屋を庭から覗いたら、変人扱いされ、隣人の若い男に捕まり、蹴り飛ばされ、警察に通報されてしまう。 



沙織里が病院へ迎えに行き、廊下のベンチで村岡から事情を聞く。

 

「先方も、事情説明したら泣いてましたよ。美羽ちゃんが一日でも早く見つかって欲しいって」

「…マジ、あいつ何がしたいのか」

「それが、目撃証言に類似した車を見て、もしかしたらって思ったらしいんですよ」

「でも、目撃証言ってウソだったんですよね?」

「ええ、思い付きで言ったウソの証言です」

「いや、マジほんと、あいつ頭おかしいんです。ほんと、すいません」

「私も初めはずいぶん変なこと言ってるなと思ったんですけど、どうやら、土居さん、子供の頃に変な男に車に乗せられて、怖い思いをしたことがあったらしいんです。性的ないたずらがあったわけではないようなんですが、手を握られたり、頭をなでられたり、子供心に、その異様さが恐怖だったらしく、で、その時の車が脚立を積んだ白い車だったらしいんです…切羽詰まると、自分が付いたウソにでも縋りたくなっちゃうもんなんでしょうかね。何かに縋るって難しいですね」 

村岡

病室で手当てを受けて出て来た圭吾は、沙織里を車に乗せて家に向かうが、途中車を止め、突然、沙織里に謝罪する。

 

「ごめんなさい。俺のせいで美羽が…ごめんなさい。すみませんでした」 


呆れ顔の沙織里は、「ふざけんなよ!ほんとに」と込み上げてくる怒りを抑え切れずに、「今さら、何なんだよ!」と謝罪し続ける圭吾の頭を拳で叩く。

 

尚も泣きながら謝る圭吾を叩きながら沙織里も声を詰まらせ泣く。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい…美羽に…美羽に会いたい。姉ちゃん、俺も美羽に会いたいよ」 


そこにカーラジオからBlankの曲が流れる。

 

このタイミングでのBlankに、沙織里は「もう、笑うしかないわ」と泣きながら笑い、また嗚咽する。 


自宅に戻った圭吾は、蹴られた背中に薬を塗ろうとして手が届かない。

 

沙織里から美羽が圭吾の背中を叩いて遊んでいる動画が送られてきた。 


それを見ながら再び泣く圭吾。 


この一連のシーンで、コミュニケーション能力という対人スキルを持ち得ない、弱くて脆い男の心情が明かされるのである。

 

沙織里と豊は、今日も街頭でビラ配りを続ける。

 

そのビラを受け取った小さな女の子を連れた女性が、沙織里に声をかけてきた。

 

沼津で行方不明になって見つかった女児の母親である。

 

母親がその節はお世話になったと礼を言う。

 

「私たちにできることあったら、何か協力させていただけませんか?美羽さんのために、何かしたいんです」


「ありがとうございます」

 

それを横で聞いていたが声を詰まらせて泣く。 


その豊に柔和な笑みを送る沙織里。 


一方、テレビのモニターを見る砂田。 


「一昨年、行方不明になった森下美羽さんの両親が、SNS上で根拠のない誹謗中傷を受けたとして、名誉棄損の罪で丸岡真司被告を刑事告訴しました」 


ラスト。

 

朝の小学生たちの登校を見守る沙織里

 

ランドセルを背負ったロングヘアの女の子の後ろ姿を見て、リップロールする美羽を思い出す。 


同様に、朝の光を浴びながらリップロールする沙織里の顔に笑みが零れるのだ。 


 

 

4  困難な状況を乗り越えていく「保護因子」の大きさ

 

 

 


この映画を、私は二つの視点で捉えている。

 

一つは、SNSの一部の悪意を生むメディア批判である。

 

そこから書く。

 

「空白」で表面的に提示したこのテーマが、本作ではメディアの内部に入って、その実態を剔抉(てっけつ)している。 

「空白」より

人の認知における心的作用や背景事情を理解しなければ、行動の意味を正しく捉えることはできないが、断片としてしか伝わらない情報においては、誤解と偏見が蔓延する。

 

現代社会においては、テレビメディアが印象を操作するだけでなく、SNSが勝手な解釈を拡散し、デマを生み、それを娯楽のように楽しむ人々を生じさせている。

 

特定他者を攻撃することで、視聴者の正義感を満たしたり、ストレスを発散させたりして、アドホックな快楽を担保している。

 

映画では、デマを生みやすい報道の最前線で立ち竦む地元テレビ局の砂田の存在を通して描かれていた。 


「怪しすぎますよね?絶対、事件に関わってると思いません?」

 

圭吾を疑う三谷の率直な感想に対して、砂田が注意を促す。

 

「そうやって印象で決めつけない方がいいよ。報道は、あくまで事実を伝えるのが仕事だって教わらなかった?変な思い込みが、偏向報道に繋がるんだから」


その砂田に対して、村岡刑事が苦言を呈するシーンがある。

 

「何でもかんでも、スクープすりゃいいってもんじゃないだろ…」

「それより、イタ電掛けてきた犯人捕まえて下さいよ」


「それはやるよ。やるけど、そもそもの原因作ったの、お前らだろ?」

「は?何ですか原因って」

「お前らが面白がって変な放送するから、こうやって頭おかしい奴が出てくるんだよ」

「別に面白がってないですよ。ただ、事実を報道してるだけ…」

 

この砂田の指摘を受け、村岡は言い切った。

 

「その事実が面白いんだよ」



この村岡の批判的言辞こそ、メディア批判の極点と言っていい。

 

この「事実」の切り取り方によって、一部の視聴者に対して、「偏見や思い込みで間違いを起こす」現象を生み出してしまうということ。

 

このことを経験的に知悉(ちしつ)している誠実な砂田だからこそ、局内で煩悶するのだった。 


かくて、沙織里と圭吾は誤解を生む行動が切り取られたことで、被害者にも拘らず、猛烈な誹謗中傷と不利益を被ることになった。 



彼らの行動を理解するには、被害者それ自身に襲い掛かる悪意の集合という「当事者性」の問題や、例えば圭吾の過去のトラウマまで正確に知り得る必要があるが、仮に情報を入手していても、報道はそこまでアウトリーチすることなく、事件性やスキャンダル、スクープを重視し、局長賞をゲットしてキー局への栄転が決まる駒井記者のように、スクープの餌だけを求めて、いの一番に追究していく。 

スキャンダルプを暴いて局長賞を受ける駒井


その矛盾に立ち向かう砂田はあまりに無力で、「テレビメディアの論理」の枠内でしか行動できなかった。

 

砂田が負う辛さは、時として、私たち一般市民が負う辛さを代弁しているので、彼の人物造形は観る者の立場を投影していると言えるだろう。 



もう一つは、自分の子供に何かが起こったら、子供の親よりも、親以外の大人の存在が重要になるというリアルを描いたこと。

 

これを心理学で「保護因子」と言う。 

保護因子

例を挙げていく。

 

地元の漁協に勤めているに、寄付金を送り続けていた漁協。 


これは大きかった。

 

残念ながら、組合長から「美羽ちゃんの問題とは関係ないからね」として、「組織的に寄付が難しくなってきてね」と言われ、寄付の打ち切りを知らされることになった。 


このことで、豊はビラの印刷を減らすことにしたが、「かみさんには内緒でね」と言って、ボランティアが配るビラの枚数を増やしてくれる印刷所の社長の存在。 


観ていて涙が出そうになった。

 

更に、地域住民が集う自治会館(集会所)で担当エリアを決め、組織的に捜索活動を続けていくボランティアの人々 


これが決定的に大きかった。

 

その中にミカン農園で知り合ったマキもいた。 


終わりが見えにくい冥闇(めいあん)なる渦中にあって、地元の人々の善意が集合する人間の姿が描かれているのである。 

スーパーの店長も協力してくれる

テーマをずらして言えば、粗筋で触れなかったが、圭吾もまた寄付を続けていたのだ。

 

小さい頃のトラウマを抱えていたことが遠因して、社会性が育たなかった彼もまた、「ごめんなさい」を繰り返すだけだったが、彼なりに自責の念を表現する手立てを具現化するのである。 


そして極めつけは、ラストに待っていた。

 

沼津で行方不明になって見つかった女児の母親が、「美羽さんのために何かしたいんです」と言って、協力を惜しまないと言うのである。 


その情景を見て、涙が止まらない 


そのを見て、微笑む沙織里。 


夫の心情を目の当たりにして感動しているのだ。

 

夫婦の関係が完全に復元したことを示す重要なシーンである。

 

この女児の母親の声掛けに象徴されるように、事態に関与する彼ら第三者の存在は、悪意が集合する一部のSNSと対峙し、その闇を超えていくのだ。

 

思えば、その女児が無事に保護されたニュースをテレビで観て、「よかったね。よかったね」と繰り返す沙織里 


その沙織里に「お前、すごいよ」と反応する豊。


 

相手の苦衷を想像できる沙織里の吐露は、自らが「保護因子」となっていたことが明らかにされる画(え)として、物語総体を貫流するのである。

 

困難な状況を乗り越えていく「保護因子」という他者の存在の大きさ。

 

改めて、映画のメッセージの重さを実感する次第である。

 

―― 本稿の最後に一言。

 

日本人は大衆の面前で叫ぶことを嫌うから、ヒロインを演じた石原さとみの演技が過剰に思えてしまうのだろう。 

突然、泣き叫ぶ沙織里

いたずらと分かって失禁する沙織


それを彼女の演技力の是非の問題に帰着させてしまう。

 

それでいいのか。

 

沙織里が置かれた苛酷な状況で、叫ぶことによってしか、心に溜まったストレスを吐き出す術(すべ)がない人間の脆さを認めない限り、私たちの人間観は単純化され、人間の複雑性を見落とすことにならないか。

 

そう思った。

 

(2025年7月)