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2018年1月27日土曜日

人は皆、自分自身をどこまで把握して生きているのか ―― 映画「嘆きの天使」の「予約された酷薄さ」


1  「私的自己意識」と「公的自己意識」の落差





作品の良し悪しとは無縁に、一度観たら、絶対に忘れられない映画が、稀にある。

80年前の映画が、なお、私の脳裏にこびりついて離れない。

嘆きの天使 ―― これが、その映画の名である。


1930年の古典的作品で、主演は、サイレント・ドラマ(「肉体の道」)で史上初のアカデミー賞受賞者を得たドイツの名優・エミール・ヤニングス。


その名優に、「100万ドルの保険をかけたと宣伝された脚線美」のセールスで、一躍脚光を浴びたマレーネ・ディートリッヒが絡んでいく。

ラート教授とローラ
その内容はあまりに陰鬱で、ペシミスティックである。

だから、心に残った。

およそ女性とは縁のない生活を送る、ハンブルグのギムナジウム(大学進学への9年制の中等教育機関)の一人の厳格な老教授が、キャバレーの踊り子に熱を上げ、通いつめた挙げ句、一座に入り、彼女と結婚する。

ここまでは至福の絶頂期にあったが、巡業の旅を続けていく中でハンブルグの町に戻り、滑稽な格好を見せる道化師の芸を演じさせられ、かつての同僚の教授・生徒たちの嘲笑を浴び、屈辱に耐えられず、一座から離れた男が、教鞭を執っていたギムナジウムの英語教室の教壇の上で自死するという、全く救いようのない物語だった。

この救いようのない物語は、少なからず、既に、最盛期を過ぎた「ドイツ表現主義」の暗然たる時代の風景の、最後の血の滴(しずく)でもあるかのようであった。

思うに、20世紀初頭のドイツで生まれ、前衛芸術運動として名高い「ドイツ表現主義」には、未曾有の惨劇を経由した第一次世界大戦の影響があり、当時のヨーロッパの不安定な状況が背景にあった。

自然主義の傑作・ルネ・クレマン監督の「居酒屋」より
伝統的な価値観に対する反発の推進力によって芸術の様式は破壊され、エミール・ゾラの「居酒屋」に象徴される、19世紀末のフランスを中心にして起こった自然主義や、古典主義的な写実を否定した印象主義に対するリバウンドとして、内面的な感情表現が重視され、ベルリンを中心に、絵画・映画・音楽・建築など各分野で、瞬く間に広がっていった。

ドイツ表現主義の代表作・「カリガリ博士」
その「ドイツ表現主義」の個人主義的で、脱規範的な幻想怪奇な映像(注1)と明らかに切れているが、ペシミスムに染め抜かれた物語の基調は、表現主義文化の感情傾向を代弁していたと言える。

映画の出来は特段に出色なものではなかったが、私は何より、その黒々としたペシミズムに慄然とする思いを抱いてしまった。

いつまでも、本作の遣り切れないペシミズムが私の記憶に張り付いて、容易にフェードアウトしてくれないのだ。

踊り子のローラを演じたマレーネ・ディートリッヒの印象は殆ど稀薄で、常に本作を想起するとき、記憶の残像から零れてくるのは、ラート教授を演じ切ったエミール・ヤニングスの鬼気迫る表情以外ではない。

それほど、彼の演技は圧倒的だった。

エミール・ヤニングスとジョセフ・フォン・スタンバーグ監督(左)
「嘆きの天使」は、エミール・ヤニングスのその壮絶な演技なしに成り立たないのだ。

これは、彼のための映像であって、そこで演じられた初老の独身教授の心情世界の表現こそが、「嘆きの天使」を映画史に刻む決定力になったものなのである。

「嘆きの天使」を繰り返し観るたびに、私の中で形成されるイメージ・ラインは二点に絞られる。

その一点は、「人は皆、自分自身をどこまで把握して生きているのか」という、常に古くて新しいテーマである。

「嘆きの天使」は、自分自身を客観的に把握できない男が招いた悲劇であると言っていい。

自分自身を把握するとは、単に、自分の能力・気質・感情傾向を把握することではない。

実は、そのレベルの自己像も、人間にとって簡単なことではないろう。

人間は常にどこかで、自分を甘めに見てしまうところがあるからだ。

自己奉仕バイアス

このような感情傾向を、心理学で「自己奉仕バイアス」と言う。

自らの失敗を外部要因に帰属させてしまう傾向のことである。

自我が傷つく事態を防ぐ防衛戦略の普通のスキルであり、それによって、自らの未知なる可能性を楽観的に担保するのである。

しかし、自己像把握の範疇には、もう一つ重要なテーマがある。

それは、自分に意識を向け、「自分とは何か」という自己像を持つ「私的自己意識」と、他者が自分をどのように見ているかという、日本人に強い感情傾向とも言える「公的自己意識」についての把握である。

言わずもがなのことだが、それぞれの経験則に照らしてみれば分るように、この把握もそれほど簡単ではない。

多くの場合、自分を少しずつ、どこかで甘めに見てしまう分だけ、自分に対する他者の評価をも甘めに見てしまうところがある。

自我の安定も確保し得るし、他者に対する不必要な攻撃性も削られていくからである。



大抵、人並みに育てられれば、人並みの愛情を被浴しているという柔和な記憶が、その後の自我に張り付いてしまっているので、そのような人並みの愛情経験が固有の「内的ワーキングモデル」(注2)を形成し、自己に対する他者の視線を、自分に都合のいいように考える傾向を生んでしまうと言える。

このことは、乳幼児時代の愛情欠損を経験した自我が思春期を迎える辺りで、その歪んだ様態を晒すに至るケースを想起すれば瞭然とする。

ヒトラーやスターリンが、独裁者として君臨している只中にあっても、ごく特定的な人物以外を決して信頼することなく、常に、疑心暗鬼の態度を崩さなかったのは、彼らが思春期以前に経験した愛情欠損の歪んだ自我形成と無縁ではなかったと言えるだろう。

だから、彼らの問題は、単に、「独裁者の心理学」というテーマに収斂されるものではないのである。

以上の事柄を考慮する限り、自己像把握という内的作業の想像以上の困難さが了解されるであろう。

自らを知るということは、まさに、その自己の存在を理解する他者の心情をも把握するということと同義なのである。

自己の能力や感情傾向を把握した上で、その自己を認識する他者のその認識の許容範囲を正確に把握すること。

それが正確に捕捉されれば、人は自らが冒す誤りの多くの部分を修復し得るであろう。

「嘆きの天使」の初老の独身男・ラート教授には、その能力が目立って欠如していた。

ラート教授の能力の及ぶ範囲は、彼が長い年月をかけて習得してきたであろう、その学問的教養の守備範囲に収斂されるものに限定されていたのである。

彼はその中で、いつしか、「謹厳で、有徳なる教授」という自己像を育んできて、その自己像に合わせて、限定的な身体表現をトレースしていくしかなかったということだ。

「強面(こわもて)の教授」と恐れられていたラート教授
生徒たちから、「強面(こわもて)の教授」と恐れられていること自体、ラート教授の自我が、その自己像のイメージラインに重ね合わせていたことと矛盾するものではなかったはずである。

ギムナジウムの生徒たちから恐れられている事実は、ラート教授にとって、自己像を些かも貶める何かではなかったのである。

ラート教授は町の名士であり、有能なるプロフェッサーであったのだ。

ローラとの出会い
現に、キャバレーに乗り込んだ際も、一座の団長はおろか、騒ぎで駆けつけて来た警官も、ラート教授に応分な敬意を払うことを忘れなかった。

そこにおいて、既に、彼の決定的な「抵抗虚弱点」(人にとって最も弱い部分)が胚胎してしいたのである。

キャバレーとの距離感を埋めていくラート教授の心理の振れ方を考える時、そう、把握することの方が、より説得的を持つのだろう

そして、その後の教授の心理の振れ方露わにしたのは、「私的自己意識」と「公的自己意識」の落差であったということである。

要するに、「強面だが、謹厳で有徳なる教授」という自己像を持ち(「私的自己意識」)、当然、他者も、こ自己像を認知・承認し、尊敬の念を抱いているという意識(「公的自己意識」)との乖離である。


ラート教授の悲哀・悲劇の本質は、この埋めがたい乖離を修復できない〈状況性〉のドツボに嵌(は)まって、人生に対する絶望の極みに捕捉されてしまったことだった。

この蟻地獄に堕ち切って、冥闇(めいあん)の地の底に泥濘(ぬかる)んで、一切の退路を塞がれ、寄る辺なき身を預ける何もない、孤絶の極限にまで自己遺棄するに至ってしまったのだ。

自業自得とは言え、悲哀なる者 ―― 汝の名はラート教授なり、である。


「巨人ゴーレム」
(注1)シュールな描写で、人間の狂気や不安をテーマに描いた怪奇色の強い映像。「カリガリ博士」(1919年)、「巨人ゴーレム」(1920年)、「ノスフェラトゥ」(1922年)が有名。

(注2)幼少期における母親等のアタッチメント(愛着関係)の内実が、その後における自我の社会的適応の様態や、愛情関係の性質に大きな影響を与えるという仮説。





2  「異文化摩擦」という名の魔境





ラート教授とローラ
ラート教授の人格像について考える時、「異文化摩擦」というテーマを反故にすることはできないだろう。

このテーマこそが、彼の晩年の人生を決定づける役割を担ってしまったのである。

「謹厳実直」で生き抜いてきた男の視界に、煌(きら)びやかな色彩を放つ異文化の光線が唐突に侵入してきて、全く免疫力を持たない男の非武装なる自我を泡立たせ、過剰なまでに刺激してしまった。

恰も、それが魔境への誘(いざな)いであるかのように、男の乾燥した感情世界に心地良い潤いを与えてしまったとき、男はもう、その未知なる文化ゾーンに殆ど搦(から)め捕られてしまったのである。

その男は、脚線美を誇る若い人気歌手の思いもかけない柔和なアプローチに、まるで落雷にでも遭ったかのようにして、その謹厳なだけの鎧の仮装を解き放たれてしまったのだ。

―― 以下、ラート教授が一座の踊り子・ローラにプロポーズし、唐突の事態に驚き、笑われながらも受諾され、満面の笑みを浮かべるシーンを再現する。

その日、花束を持って、ラート教授はローラを訪ねた。

「お別れに来てくれたの?」とローラ。

彼女の一座は、ハンブルグの町を引き上げる準備をしていたのであった。

「ミス・ローラ。私は・・・」
「きれいなお花、ありがとう」

ローラは、沈鬱な表情を崩さないラートに近づいて、言葉を添えた。

「そんな顔しないでよ。来年、また来るわよ」
「もう一つあげたい物がある。これを受け取ってくれないか」

ラートはローラにそう言って、指輪をプレゼントした後、明瞭に言葉を繋いだのだ。

「あなたに結婚を申し込みたい」
「私と結婚を?」と不思議がるローラ。

頷くラート。

ローラはここで思わず吹き出して、笑い転げてしまった。

「あなたって、いい人ね」
「お願いだ。どうか、まじめに考えて欲しい」

この真剣なラートの言葉に、ローラはそのプロポーズを受諾したのである。

まもなく、一座の中で二人の結婚式が執り行われた。

ラートは今、まさに至福の絶頂期にあって、存分に満ち足りていたのである。

男がなぜ、今日まで独身を貫いてきたかについて、映像は一切の説明をしない。

しかし、男にとって「異性」の存在は、特段に宗教的・倫理的タブーの対象となっていなかったであろうことは容易に推測し得る。

男は単に、「女の肌」と濃密な関係を継続するに足る縁がなかっただけである。

年輪を加えてきて、いつしか、そんな自己の存在性に空洞感を作ってしまったのであろう。

そう、思われる。


その空洞感を埋めるべく、脚線美を誇る女の柔和な視線が、まさに、危うい出会いの偶発的な流れのうちに、蠱惑的(こわくてき)な刺激をたっぷり含んだ空気感によって運ばれてきてしまったのである。

「強面だが、謹厳で有徳なる教授」という役割的存在を長く演じ続けてきて、既に、自分に向かって放たれる視線の棘を見抜けなくなるほどに、男は解毒化された自我を形成させてしまった。

男の自己像把握の内実は、非常に狭隘な文化世界の中で肯定的に捕捉されてしまっていたから、自己を見る他者の視線の迎合のポーズ(「公的自己意識」)すらも識別できないほど、表層的な了解性のうちに固まっていたのであろう。

ローラと生徒たち
それが、男の不幸の始まりだった。

男は自分に内在する能力が作り出した、現在の社会的ポジションについての自己認知を、いつしか、そこに余分な付加価値を加えていくことで、不必要なまでに肥大させてしまったのである。

前述したように、評価(「公的自己意識」)と把握(「私的自己意識」)の落差が、男をして、虚構の自己像を作り出させた陥穽(かんせい)だった。

そんな男の心情ラインが、単に、女からの営業用のハニートラップでしかないアプローチを、落雷にも似た快感情報として受容する、「異文化侵入」への免疫力の脆弱さを晒すに及んで、極めつけの陥穽に嵌ってしまったのである。

男は女に求婚した。 

女の好奇心も手伝って、男の想いは受容されることになった。

男は全てを捨て切ったのである。

町の名士であるプロフェッサーとしての地位を自ら放擲(ほうてき)することは、男に張り付いていた決定的な権威の全てを削り取ってしまった。

それは、男にとって、自ら踏み込んだ未知の領域への冒険が何を意味するものかについて見えなくなるほどに、男が経験した異文化クロスの衝撃の大きさを端的に物語るものである。

男が失ったもの
しかし、男だけが失ったものの大きさの意味を知らない。

男は自分に張り付いていた権威の威力が、既に、自分の人格の、その日常的な様態のうちに胚胎(はいたい)された絶対的価値であると錯覚してしまったのだ。

しかし、肩書きを持たない男を、一座の者が、これまでと同じ仰ぎ見る視線で捕捉する訳がない。

女もまた、同様だった。 

「真面目で一途な教授」というイメージから「教授」の肩書きが削られたら、そこには、単に一座のお荷物でしかない、「女狂いの老人」という人格像だけが露呈されてしまったという訳だ。 

男だけが、それを正確に認知できない。

だから、そこに、起こるべきして起った悲劇が出来してしまったのである。

一座の団長は、男が既に捨ててきた、「教授」という過去の肩書きを利用することで、彼を奇術の格好の出し物として売り出そうと企画し、それを拒絶する彼を説き伏せて、あろうことか、彼が教鞭を執っていた町の只中で、「ラート教授 来演!」というポスターを張り巡らせて、その酷薄なる公演に打って出たのである。


「喜べ。あんたが一座の花形になるんだ」
「純情な人をからかわないで」とローラ。
「お前の亭主にお呼びがかかった。見ろよ。電報で契約を申し込んできている。“嘆きの天使”の店だぞ」
「嘆きの天使?」とラート。
「あんたの故郷のさ。いい宣伝になるよ、ラート教授」
「嫌だ。あの町へは戻らん」
「そう言うな」
「絶対に戻らない!」
「呆れたもんだ。5年も女に養われた教授先生が、金の稼げる所へは行かんとおっしゃる」
「止めて」
「明日の朝、出発だ」
「私は絶対に行かない。それだけは許してくれ。あの町だけは絶対に行けない」

居丈高(いたけだか)な一座の団長の指示に、当然ながら、ラートは拒絶する。


しかし、ラートの強硬な反対にも拘らず、団長の企画は実現されていくのだ。





3  ステージの一角に恐怖のゾーンを作り出した男





1890 - 1900年のハンブルク(ウィキ)
まもなく、ハンブルグの町の隅々に、次のように書かれたポスターが貼られていく。

「ラート教授 来演!」

一座の巡業は、このポスターのお陰で、多くの観客を集めることに成功した。

ローラがいつものように歌い、踊る。


その間、ラートは団長によって、楽屋で、いつものピエロの格好の厚化粧をされている。

「今夜で、お前さんの運命は決まる。上手くいったら大スターだぞ。ベルリン、ロンドン、ニューヨークだ」

そこに「市長まで来た」という報告があり、更にラートにとって、最も屈辱的な報告を受けることになった。

「ご同僚の先生たちも、生徒たちも皆、来てますよ。どうぞ、しっかりやって下さい」

そこに団長からのプレッシャーが加えられた。

「いいか、しっかりやるんだ。俺のように落ち着いてやるんだ」

ここで、舞台の出番を知らせるベルが鳴った。

「始まるぞ」

団長はその一言を残して、舞台に上っていった。

一人残されたラートの楽屋に、ローラが新しい恋人らしき男を連れて入って来た。

再び、ベルが鳴った。

「何してんの?早く出なさいよ」とローラ。

その口調は冷淡である。

しかし、それでもラートは動かない。

じっと、一点を見据えて座っていた。

結局、一座の者に押されるように、ラートは舞台に出ることになった。

舞台では、団長が挨拶をしている。

「さて、これから充分にお楽しみ頂きます。国際的な奇術でありますが、その中で特別なアトラクションといたしまして、ある人物を登場させます。当地の高等学校で長年に渡り、教育に携わった有名な教授先生でございます」

「早く出せ!」と直截な野次。

「今さら説明にも及びますまい。これ以上お待たせもできません。イマヌエル・ラート大先生です」

奇術師である団長の紹介で舞台に押し出されたラートは、助手の役割を負わされて、舞台にその姿を露出させている。

団長の奇術が始まった。

「さて皆さん、種も仕掛けもございません。私の使いますのは両手だけ。このシルクハットは、イギリス製のごく普通のもの・・・」

そう言って、ラートが被っていた帽子を手に取った団長は、奇術を演じていく。

その帽子に仕掛けがないことをアナウンスした後、奇術の常套句を言い放った。

「これを彼に被せますと、生きた鳩を出してご覧にいれます」

団長の傍らには、一貫して表情を変えないラートが、団長によって被された帽子を身につけて、呆然と立っている。 

「帽子に鳩が入ってると、皆さんはお考えでしょう。どうぞ見て下さい。何も入っておりません。空っぽです」

その帽子を取って、更にラートの頭に被せたとき、鈍い音がした。

呆然とするラート。

その違和感に、観客から爆笑が渦巻いた。

「もう一度、念のために短刀で」

団長は次に、ラートの帽子に短刀で何度も突き刺していく。

「拳銃まで持ち出しましたが、ご心配には及びません」

団長が取り出した拳銃を上に向けて発射した瞬間、ラートの帽子の中から白い鳩が飛び出してきたのである。

「どうせ、空っぽの頭ですから」

観客は拍手喝采して、そのショーを愉悦する。

「卵を出してくれ」という観客の注文に、団長は「アウグスト(ラートの芸名)の鼻から卵を出して見せましょう」と言い放ち、割れんばかりの声援を浴びる。

それを嫌がるラートに、団長は、「おとなしく立ってろ。元教授だろ!」と命じた。

団長は鳩を出した後、即座に生卵を出した。

更に、その卵をラートの頭にぶつけて、それを割って見せたのである。

観客は興奮の坩堝(るつぼ)となって、「もっと卵を産ませろ!」の大合唱が沸き起こる。

団長はそれに呼応して、二つ目の生卵を同じように割っていく。

「コケコッコと鳴け。コケコッコだ」

この団長の命令をラートは拒み、ステージから離れていった。

「今すぐ鳴かないと殺すぞ!」

その直後のラートの振舞いは、あまりに悲痛過ぎるものである。


彼は狂ったように、「コケコッコ!」と呻(うめ)いたのだ。

ステージの一角に恐怖のゾーンを作り出して、いたって無芸な初老の元教授の狂気が、空気を支配し切ったのである。

「狂ったぞ!」

観客の罵声(ばせい)を無視して、ラートが向った先は、若妻・ローラの元だった。

彼の視界には、先の男と睦み合っている女房の姿だけが、まざまざと捉えられていたのである。

「何よ!私は何もしてないわ」

弁明するローラに向って、ラートは突進し、その首を締め上げた。

ローラは夫の暴力から逃げていく。

一座の者が集まって来て、ラートを捕捉した。

団長は縛り上げられたラートの縄を解いて、静かな口調で言葉を添えた。

「しようがないな。お前さんほどの男が、女のために。静養して元気になってくれ」

ラートは一座から離れて、寂しい夜の町の中を、まるで夢遊病者のように歩いていく。





4  人は皆、自分自身をどこまで把握して生きているのか ―― 映画「嘆きの天使」の「予約された酷薄さ





一座の興行は成功した。

その成功の裏側で、自分の置かれた惨めな立場を決定的に認知されることになった男の悲劇が待っていた。

夢遊病者のように彷徨する男が辿り着いた場所は、自分がかつてプロフェッサーとして、威厳を持って教鞭を執っていたギムナジウムだった。

まもなく、男は英語教室の教壇の上で、その息絶えた体を、学校の用務員によって発見されることになった。 

映画のラストは、いつもと全く変わらない様子で、ステージに立つローラの姿。

彼女はいつもの歌を、いつもの軽快な律動で、まるで、その歌詞のままに生きているように歌い上げていく。


“恋するために生まれた私。恋だけが私の生きがい。私はそういう女なの。私は恋しかできない女。寄ってくる男たちは火傷する。焔に群がる蛾のように。恋するために生まれた私。私は恋しかできない女”

「異文化摩擦」という名の魔境の風景を晒す物語は、酷薄過ぎた。

男の身をどこかで案じながらも、自分に擦り寄って来る、好色漢の相手を厭わない若妻の感情世界の内側に、遂に融合できないと認知した男の終着点は、自分が確信的に捨て切ったはずの権威の象徴である教壇以外ではなかった。

男はそこに、寄る辺なき精神を埋め、老いた身体を沈めたのである。

その悲劇はまさに、高度な蓋然性のうちに遭遇した男の自我の狭隘さが、そこに流れ着く以外になかった殆ど必然的な帰結だった。

それは、全く空気が異なる異文化の世界に踏み込んでいった男の、「予約された酷薄さ」と言っていい。

この男は、そのような決定的な選択の中で、或いは、自己再生を図ろうとしていたのかも知れない。


しかし、初老の、世間知らずな男の自己再生の選択肢は限定的なものでしかなかった。

男は、その認知を誤ったのである。

詰まるところ、ハンブルグのギムナジウムで手に入れた、心地良き権威の虚構性を洞察できなかった能力の決定的な欠如こそが、男の「予約された酷薄さ」を保証してしまったということである。  

人は皆、自分自身をどこまで把握して生きているのか。

これが、暗鬱な映像が観る者に提示した基幹テーマであると、私は考えている。

ローラととジョセフ・フォン・スタンバーグ監督(左)
「自分の見たことがすべてだ」というバイアスに囲繞され、数多の人々が永遠に抱えるこのテーマに正確な解答を出せないが故に、自らの能力のサイズの測定を誤り、大怪我をしてしまう現実それ自身が、この悄悄(しょうしょう)たる映像のうちに、些か誇張されて投影していた。

だから、これは私たち自身の人生論が、そのリアリティの滅入るような相貌性において問われているのではないか。

「自分の見たことがすべてだ」というバイアスに囲繞されても、その囲みからの出入口さえ分っていたら、誰もが苦労せずに済むだろう。

生徒たちから悪戯書きされる教授
未知のゾーンに踏み込んだら、手痛いペナルティを負う覚悟だけはしておくべきなのだ。

因みに、その「予約された酷薄さ」は、恰も、男を主人公にした映画を後に上映禁止処分にした、ドイツ第三帝国(ナチス・ドイツ)の盛衰の歴史を予見したかのようでもあった。

「ドイツ表現主義」の個人主義的で、脱規範的な幻想怪奇な映像と切れているが、しかし、そこに描かれた濃厚なペシミズムは、まさに、表現主義文化の最後に振り絞った体液の、その最後の滓(かす)でもあるかのようであった。

映画のポスター

【本稿は、「人生論的映画評論」の「嘆きの天使」の批評をベースに再構成したものです】

(2018年1月)

2017年11月17日金曜日

葛城事件(’16)  赤堀雅秋


葛城清
<歪に膨張した「近親憎悪」の復元不能の炸裂点>



1  家族の漂動の中枢に、「ディスコミュニケーション」の発動点になっている男が居座っていた





その夜の侍」より
その夜の侍」に次いで、またしても、赤堀雅秋監督は凄い傑作を世に問うてくれた。

心が震えるような感動で打ちのめされ、言葉も出ない。

5人の俳優の完璧な演技力。

松ヶ根乱射事件」での三浦友和と新井浩文
就中(なかんずく)、「台風クラブ」以来、ずっと注目していた(「松ヶ根乱射事件」は最高だった)俳優・三浦友和の圧巻の演技に脱帽する。

邦画界が誇る素晴らしい俳優である。

新井浩文はいつもいい。

嫌味な役柄を演じ切った田中麗奈の感情表現力も出色だった。

若葉竜也は文句なし。

―― 以下、批評したい。

「家族崩壊」を描く、この映画の家族の関係構造を端的に映し出したシークエンスがある。

映画の中で、このシークエンスほど当該家族の実質的破綻が表現された描写がないので、以下、この辺りから言及していく。

―― 2人目を妊娠している長男・保夫婦の結婚記念日に、保の義父母も招待し、20年通う馴染みの中華レストランで、映画の主人公・葛城清が、ウェイターに味の文句を執拗に垂れるシーンがある。

「前はこんなに辛くなかったぞ、麻婆豆腐。いつ味を変えたのか知らないけど、こんだけ辛いんなら事前に説明しないと。日本人、バカにしてるんじゃないか!」

右から清、保夫婦
恐らく、いつもこのような調子なのだろうと思わせる、モンスタークレーマーと化した葛城清の傲岸不遜(ごうがんふそん)の態度が暴れ捲っていた。

そして、これも、いつもこんな風に委縮するのだろうと思わせる長男・保の制止に聞く耳を持たず、すっかり会食の場を壊してしまったシーンの中に、周囲の空気をあえて読まず、自分の権威と影響力を誇示したがる男の尊大な性格が集中的に表現されていた。

自分より弱い立場の者には強く出てしまうこの尊大さには、親から受け継いだに過ぎない金物店を営み、新築した庭付き一戸建ての理想の家と家族を持ち、「一国一城の主」として君臨する家父長的性格が張り付いている。

この直後、葛城家のリビングで、保夫婦の子供を預け、留守番を任せられていた清の妻・伸子は、その子供が怪我を負ったことで、清から厳しく詰問(きつもん)される。

「本当にごめんなさい。…許してちょうだい」

言い訳する伸子
「遅いな、救急車」などと言って、保の嫁も夫に不満を炸裂するが、「大袈裟なんだよ、お前は」と、妻に向かって宥(なだ)めるだけの保。

そこに、二階の部屋から降りて来た次男・稔が、無言で冷蔵庫のドリンクを飲み始める。

「ちゃんと説明しろ」

稔を視認した父・清は、妻・伸子を責め立てるのみ。

短気な夫を恐れる伸子は、預かった子供の怪我の原因が、追いかけっこをして、テーブルに頭を打ったからであると、恐々と弁明するのだ。

それを耳にした保は、母が明らかに、稔を庇って嘘をついていると察知する。

それは、父・清にも把握できていたに違いない。

「お前、何か知っているか?」

だから直接、清は稔に事情を訊(き)くが、稔からの反応はない。

その稔は無言のまま、メモに何かを書き出した。

「もういいから、お前、上、上がってろ」

事を荒立てないように常に配慮する保は、そう言って、稔を促す。

「ちゃんと、しゃべって伝えろよ!」

稔を見ることなく、伸子に向かって声高に言い放つ清。

「今、声優、目指してるんだって。だから、喉、大切にしたいみたい」

次男の心情を代弁する伸子の稚拙すぎるこの説明が、かえって、稔庇う本音を曝(さら)け出しているのだ。

この辺りに、「子供の自我を作り、育てる母親」という枢要な役割を担う意識・教養の欠如が、伸子に垣間見えるが、この情報は、他の家族にも共有されていると考えられる。

大体、長男夫婦の結婚記念日に母親が出席することなく、夫婦の幼い子供の子守を任されている現実が示唆するのは、乱雑な二階の部屋で引きこもっている稔に社会的適応力のみならず、留守番すらも満足にできないパーソナルな欠点を露呈するものだった。

そして、その稔が、「おれがなぐった」というメモを、保に投げつけた。

それを読んで驚く保は、周囲に知られぬようにメモを伏せ、「お前、早く仕事見つけな」と稔に言って、話を逸(そ)らすのだ。

「そのガキ、お前の目とそっくり。人のこと見下してんじゃねーよ!」

保に放たれた稔の絶叫である。

これは、「近親憎悪」(性格の似通った者たちが憎み合うこと)によって、捩(ねじ)れ切って育てられてきた兄弟の関係構造の歪みが、今や、復元できないほどに常態化している現実が露わにされる典型的シーンだった。

人間は自分の内部になく、自分が憧憬する能力的・人格的価値を特定他者に見出す時、その者との親和性が強化されるが、逆に言えば、人間は自分の内部にあり、自分が嫌悪する能力的・人格的価値を特定他者に見出す時、その者との「近親憎悪」が強化されてしまうのである。

若き夫婦の祝宴のシーン
これは、庭付き一戸建ての家を手に入れた若き夫婦の祝宴のシーンの挿入の中に、幼い兄弟への父母の関係構造の歪みとしてシンプルに映像提示されていた。

そこでは、前者の「親和動機」(特定他者との友好的関係を維持したいという欲求)によって、父が保に過度の期待をかけ、稔に何の期待をもかけない父の代わりに、母が稔に過剰な愛情を注ぐシーンが印象的に描き出されていた。

因みに、「死刑制度反対派」の立場で、稔と獄中結婚する星野順子に、いみじくも、葛城清が吐露した言葉がある。

稔と獄中結婚する星野順子
「よく二人に勉強を教えてやった。お兄ちゃんはよくできた子で、俺がいいって言うまで、漢字の書き取りだって、何時間だってずっと続けたよ。…ところが、弟の稔はすぐにさぼる。こっちが目、放したら、すぐに机から離れて、一人でへらへら遊んでやがる。我慢って言葉を、あいつは知らない。同じ兄弟で、同じ屋根の下で育って、こうも違うのかなと、愕然としたよ。俺は、やるべきことはやってきたんだ」

これらの映像提示、二人の息子たちへの葛城清の期待と失望が、既に、兄弟の幼児期のうちに感情形成されていた経緯を検証するものである。

兄への稔の剥(む)き出しの敵意・忌避感が、相当に根深い感情であった事実を、これらのエピソードは憚(はばか)ることなく映し出している。

―― ここで、保夫婦の子供の怪我のシークエンスに時系列を戻す。


左から稔、伸子、清、保
一切の事情を察知した清が、妻・伸子の頬を思い切り叩いたのは、兄に対する稔の絶叫の直後だった。

「何、やってるんだよ、お前は!稔に甘すぎるんだよ。だから、こういうことになるんじゃねぇか!」

一頻(ひとしき)り、怒鳴り散らした清は、リビングから消える。

常に見栄を張り、見たくない対象からは視線を外す。

だから大抵、恐怖突入を回避する。

そのリビングから近所の出火を目撃し、通報しようとしたら稔が帰宅し、次男を疑いながらも、最後は見て見ぬ振りで、自己防衛に走る清。

自分の権威と影響力を誇示する男の、その因果な性分に隠し込まれている人間的脆弱さ ―― これが的確な描写によって集中的に表現されていた。

詰まる所、「他人事とは言えない」というレビューが多かったことでも分るが、「葛城家」という、未だ、その社会的な適応度において致命的逸脱に振れず、よくある普通のサイズの家族の範疇のように仮構されながらも、この家族が文字通り完全崩壊に流れていくには、もっと質の異なる別のステップが描かれる必要があるだろう。

葛城家
ここでは、この問題意識をもって批評したい。

以上、このシークエンスは、「葛城家」が抱え込んだ歪んだ関係構造の本質を、自分に都合が悪いことは絶対に認めない葛城清の、一筋縄でいかない喰えなさのうちに照射されたと言っていい。

それ故にこそと言うべきか、このシークエンスは、これで終焉しない。

まだ、やり切れない続きがあるのだ。

もっと質の異なる、別のステップが伏線化されていくからである。

―― エピソードを続ける。

「ごめんね、保…ごめんね、保」

今や、救急車を待侘(まちわ)びるだけの、保の妻が入り込む余地のないこの異様な空気の渦中で、一人だけ引っ叩かれた母・伸子の気弱な声だけが捨てられていた。

この伸子の言葉が内包する意味は、酷薄さに満ちている。

「一国一城の主」になる期待を一身に背負わされかれた保
父から「一国一城の主」になる期待を一身に背負わされ、身の丈を超えたプレッシャーをかけられ続け、「我慢って言葉を、あいつは知らない」と見下された弟から、「人のこと見下してんじゃねーよ!」と叫ばれる歪(いびつ)な関係構造の中で、葛城家での「近親憎悪」の所産としての「ディスコミュニケーション」(対人コミュニケーションの機能不全)のしわ寄せが、家族というミニ共同体の幻想を一人で守ろうと努める保にのみ、一方的に及んでしまう理不尽さ ―― これは尋常ではなかった。

しかし、保の努力は、「家族崩壊」を必至とする現象の弥縫策(びほうさく)でしかなかった。

尊大な態度を常態化する葛城清の暴力に耐えるだけの母・伸子が持ち得る、稔と家出するいう選択肢すらも失い、リストラされた事情も口に出せない保にとって、残された方略は限定的だったのだ。

リストラされ、誰にも話せないで悩む保
コミュニケーションの苦手な保が営業の仕事を続けるのは、所詮、無理だったのだろう。

皆が皆、相手の心情に届くに足る、有効なコミュニケーションを密にする能力の不備が、もう、復元不能な辺りにまで漂動(ひょうどう)していた。

家族の漂動の中枢に、「ディスコミュニケーション」の発動点になっている葛城清が居座り、男の自己基準の家族像のうちに、腕力を持って、何もかも収斂させずにはいられなかったからである。







2  歪に膨張した「近親憎悪」の復元不能の炸裂点





「私、あなたのこと大嫌い!何で、ここまで来ちゃったんだろ」

顔に叩かれた傷跡を残す伸子が、嗚咽の中で清に吐き出した時、男の自己基準の家族像は実質的に自壊する。

稔を連れて家出した伸子は、狭いアパートを借り、近所のスーパーでパートをして、貧しいながらも、充実した日々を送っていた。

貧しさは、失った共同体を再構築する力を持ち得るのである。

同時に、閉じ込められたような生活を送っている主婦のパート労働が、心身の健康にとって極めて良好であるという研究報告もある。


常に自分を大きく見せながら生きてきた、葛城清という男が仕切っていた、「虚構の城」としての「家族共同体」から解放されただけで心が落ち着き、充分に満たされていた。

物理的距離があっても、昨日まで、共に「家族」を繋いでいた母と子が、今、「最後の晩餐」に何を食べるかなどという、他愛ない会話を交わしているのだ。

しかし、それも束の間だった。

保の連絡によって、葛城清が出現することで、和やかな空気が一変する。

「お前はもうダメだ」

そう言い放つや、稔を蹴り、首を絞める清。

歪(いびつ)に膨張した「近親憎悪」の時間の累加の果てに、一向に腰定まらない稔を冷眼視(れいがんし)し続け、父と子の「ディスコミュニケーション」の状態が極点にまで達した時、男には、もう、こんな衝突にしか流れ込めない不穏な〈状況性〉を作ってしまうのである。

殺気を漲(みなぎ)らせながら、左手に包丁を持った男の狂気が、自分を除くスポットで、和やかな「家族ゲーム」を繋ぐ家族成員への嫉妬を膨張させ、腕力によってのみ、「虚構の城」としての「家族共同体」を延長させる行動に振れるのは、決して変わり得ない、この男の人格総体の剥(む)き出しの発現様態でしかなかった。


ここでも、伸子が嗚咽を結ぶことで、「状況脱出」という、取って置きの選択肢を断念せざるを得なかった。

「別に俺は死んでもよかったんだけど…まだ、生きなきゃいけないのかよ」

父の殺意を感じ取ったの心の搖動が、こんな絶望的言辞に結ばれていく。

父と子の中で惹起した、この不穏な〈状況性〉は、歪に膨張した「近親憎悪」の復元不能の炸裂点だったのだ。

葛城清の、この行動の根柢に澱(よど)む心理は、「一国一城の主」として築いた家族成員の中で、自分の権威と影響力を誇示し、支配を及ぼす対象人格が消失する恐怖感であると言っていい。

それを失ったら、男の孤独が極点にまで行き着いてしまうのである。

多くの場合、適正サイズのコミュニケーションが苦手で、自分を大きく見せる行為をも見透かされてしまうようなタイプの男がそうであるように、葛城清は弱い人間なのだ。

「もう、誰も帰って来ないんだから」

全てを失った男の悲哀
全てを失った男に、一言添えた行きつけのスナックのママの、この言葉は悲哀に満ちていた。

これが、憂戚(ゆうせき)極まるラストシーンに流れていくので、悲壮感が漂動し過ぎていて、観ていて、涙を抑え切れなかった。

「とりあえず、おウチに帰ろう」

清のこの一言で、「近親憎悪」の復元不能の炸裂を顕在化した葛城家内部の「事件」は、「一件落着」する。

自死に振れる保
家族の決定的な亀裂を修復する能力を失い、営業マンを装っている日々に疲弊し切った保が、「申し訳ない」という遺書を残し、マンションから投身自殺した事態の大きさは、この家族の決定的崩壊を約束する何ものでもなかった。

最も喪ってならないものを喪っても、人前で「悲嘆」を見せなかった男は、保の自殺を頑として認めず、どこまでも「事故」と言い張るのだ。

ここでも、自分に都合が悪いことは絶対に認めない男の、変わり得ない脆弱さが際立っている。

保の自殺は、家族の決定的崩壊の、それ以外にない現象だった。

「ごめんね、保」と言い続けてきた母には、長男の苦衷(くちゅう)が理解できていたが、何もできなかった。

保の自殺が契機になって、伸子が精神を病んでいく。

星野順子と伸子
稔の事件後、施設に入所し、そこが伸子の終の棲家(ついのすみか)になっていのか、不分明である

そして、葛城清を奈落の底に突き落とす事件が出来する。

稔が起こした連続殺傷事件 ―― これは、もう失う何ものもない極限状態にまで、葛城清を追い込んでいく。

連続殺傷事件を起こす稔
通販で頼んだナイフを片手に、最寄りの駅構内の地下で、手当たり次第に殺傷を繰り返す稔。

「いつか、一発逆転しますから。悪いけど、それまで温かく見守ってて下さい」

母に吐露した稔の言葉である。

駅構内の地下での事件
「まだ、生きなきゃいけないのかよ」と言い捨てた稔には、死刑を求めて、複数の非特定他者への殺傷行為に走る「間接自殺」という、救いようのない犯罪で暴発する手立てによってしか、「一発逆転」の選択肢が残されていなかったのだ。

その稔と獄中結婚する星野順子の最後の接見の日に、稔はこれまでにない長広舌を振るう

最後の接見の日
「俺そもそも、謝罪するつもりなんて一切ないから。罪を犯したという意識すらないから…そんなに意味が欲しいんならさ、こういうのはどう?10代、20代をろくに努力もせずに、怠けて過ごして生きてきたバカが、30手前になって、人生終わった状態になってることに気づいて発狂して、人生を謳歌する他者に妬み嫉みで自殺の道連れにして、浅墓に暴れた。そういう動機、誰かの聞きかじりだけど。驚くくらい質素で、無気力で、この不遇な人生は、きっと俺ではない誰かのせいで、逆境に立ち向かう心の強さは一ミリもなく、気が付いた言葉を切り貼りして言い訳ばかりで、饒舌に長け、クソみたいな自己顕示欲に溺れたクソみたいな人間です、私は!…これが俺の全てだよ。そういう風に分類しておけよ。そのほうが安心だろ?お宅らも」

死刑の早期執行を求める、最後の接見での稔の叫びだが、これは本音とも、自己を真正面から捉えた自己分析とも考えられる。

しかし、自らが犯した事件それ自身を定式化し、カテゴライズされることへの挑発する含みがあったとも思える。

死刑判決を言い渡され、傍聴席の父に笑みを漏らす稔
結局、誰の責任なのか。

その尖り切って暴発した犯罪の意味は、一体、何なのか。

それを正確に知ることは、本人自身も含め、誰も分りようがないと言いたいのかも知れない。

この辺りについては後述する。

ただ、哀れを極めるのは、理性の際(きわ)のぎりぎりの状況に呪縛され、絶対孤独の裸形の相貌性を露わにする葛城清である。

その清の前に、順子が現れる。

死刑囚・稔の死刑が遂行されたことを報告しに来たのだ。

そんな順子を押し倒し、清は途方もないことを言い出した。

「今度は、俺の家族になってくれねぇか?俺が3人、人を殺したら、お前は、俺と結婚してくれんか?」
「あなた、それでも人間ですか!」

予想だにしない清の暴言に、順子は叫びに結ぶ。

明らかに、この行為は、全てを失った男の孤独の埋め合わせであると言っていい。

蜜柑の木の前で
一人になった男は、「幸福家族」のシンボルであったはずの、自宅の庭に植えてある蜜柑の木にコードを巻きつけ、首吊り自殺を図るが、枝が折れて、あえなく頓挫する。

自殺に頓挫した男は家屋に戻り、誰もいない一軒家のダイニングルームで、冷たくなった残り物の麺を啜り出す。

完璧なラストカットである。





3  この映画の本質は、「近親憎悪」と「ディスコミュニケーション」である





情報を無批判に受容することなく、限りなく客観的に批判的な思考を繋ぐ方法・「クリティカルシンキング」の中に、「滑り坂論法」という思考法がある。


最初の一歩を踏み出せばブレーキが効かなくなるから、最初の一歩を踏み出すべきでないという論法である。

これは、何か一つの問題点が、その後の事態の悪化の全ての原因であるとする誤謬の論法であると言える。

この「滑り坂論法」で本作を読み解くのは困難だが、あえて言えば、この映画の本質は、「近親憎悪」と「ディスコミュニケーション」であると、私は考えている。

「滑り坂論法」の初発点は、家族関係内の「近親憎悪」であった。

映画の中の印象深いエピソードに、家族関係内の「近親憎悪」を典型的シーンがあった。

前述したように、庭付き一戸建ての家を手に入れた若き夫婦の祝宴のシーンがそれである。

「稔ちゃん、赤ちゃんみたい」

「近親憎悪」の初発点
そう言うのは、祝宴に招待された伸子の友人。

幼児にもなって、母・伸子に抱っこされて甘える稔と対照的に、笑みのない保の頭を撫でながら、清は長男の自慢を友人たちに語るのだ。

「今の時代、大学くらい出てないと話にならないからな。こいつは、中々、見どころがあるよ。来年あたり、英語の塾に行かせようと思ってな。後継ぎは俺でお終い。こいつは、そんな柄じゃないよ」

このエピソードは、既に、若き夫婦が二人の子供を儲けた初発点から、父母と兄弟との関係構造の中で、「できのいい長男に、自分にない学力を期待する父」と「何をやっても続かない次男を、一方的に甘やかす母」という、対極的な構図が提示されている。

そして、このエピソードには、胸を打つような続きがある。

「こいつらが、すくすく育すようにって」

そう言って、蜜柑の苗木を植えたことを、清は自慢げに語るのだ。

「俺、この家、出るから」と言って、自立していく保と、それを見る稔

この父の思いを疑うことができないが、兄弟の性格傾向が際立つ思春期頃には、恐らく、「一流大学を目指す兄」と「落ちこぼれの弟」という対照的な関係が形成されていて、兄に対する弟の劣等感が鋭角的に膨張していったに違いない。

この膨張のプロセスに母親の溺愛が媒介されることで、弟の自我の中枢に「歪んだ自己愛」が不必要なまでに増殖されていく。

いつしか、この「歪んだ自己愛」が「落ちこぼれの尖った視線」と化し、兄と父に対する憎悪に変形する。

この憎悪の感情が、積極的な敵意を喚起する。

しかし、この積極的な敵意の着地点が、自己に対する相手の評価の反転を意味しない限り、いつまで経っても、「落ちこぼれの弟」というラベリングから解き放たれることはない。

だから、「落ちこぼれの尖った視線」だけは生き残される。

この致命的な「ディストレス状態」(有効なストレス処理が困難な精神状態)は、「ネガティブな感情の吹き溜まり」と化す。

「ネガティブな感情の吹き溜まり」の本質は、社会的適応力の欠損である。

社会的適応力の欠損の根柢には、母親の溺愛による耐性欠如がある。

社会的適応力の欠損の重要な因子になる、相当に深刻な耐性欠如の自我が、「ディストレス状態」を延長させてしまうのだ。

「ディストレス状態」が延長することで、兄と父に対する敵意が変形し、社会全体に対する「肥大し切った敵意」になる。

早晩、この「肥大し切った敵意」が社会全体への破壊願望になり、何らかの契機さえあれば、それを具現化する行動選択に最近接する。

「一発逆転」を具現する稔
行動選択に最近接した「肥大し切った敵意」は、唯一、破壊願望の具現化で存分な快感を得ていく。

それは、「間接自殺」という名の自爆によってのみ満たされるのだ。

それこそが、「一発逆転」の発想の本体だった。

明らかに、何某かのパーソナリティ障害が顕著に見られる稔は、もう、「反社会性パーソナリティ障害」という、他者の理解を超える「怪奇系」にまで膨らみ切ってしまって、自分の人生それ自身を破壊する。

これが「間接自殺」である。

同時に、「一発逆転」の行動総体が、自分の大きさを父に見せつけることになるのだ。

「やっぱり、死刑にしないでくれ。これじゃ、稔の望むとおりになるだけだ。むしろ、それでも生かして、生きる苦しみを味わしたほうが、奴にとって、一番の罰じゃねえか」


順子に対する父・清の言辞であるが、一片の贖罪意識なき稔の「間接自殺」は、「ネガティブな感情の吹き溜まり」が変形し、社会全体への破壊願望のうちに溶融することで、支配下に置く何者も持ち得なくなる父への反転的な報復であったのだろうか。

―― そしてもう一つ。

この映画の本質を語るのに不可欠なキーワード ―― それは「ディスコミュニケーション」である。

思うに、この映画の家族4人に共通するのは、コミュニケーション能力の不足である。

他の3人は言うに及ばず、セルフコントロール能力が勝ち過ぎるほどに、最も優秀な保ですら、コミュニケーション能力の不足によってリストラの憂き目に遭うのだ。

コミュニケーション能力こそ、社会的適応力の基準になる。

一切は、社会的適応力の多寡(たか)の問題であると言っていい。

「ディスコミュニケーション」の顕著な葛城家
社会的適応力の欠損は自我内部での「ネガティブな感情の吹き溜まり」と化し、それを放置すれば「ディストレス状態」を日常化してしまうのである。

その極点が、「一発逆転」の行動に振れた稔だった。

稔のコミュニケーション能力の致命的な欠損は、幼少期からの母の溺愛と、父との「近親憎悪」の関係構造に淵源(えんげん)する。

前者による過大な「自己愛」被浴と、後者よる差別的な「自己否定」圧力が、稔の自我の安定性を削り取っていたことは相当程度の確率で言えるだろう。

いずれの場合も、適切なコミュニケーションが保持されていたとは思えないのである。

もとより、コミュニケーションとは、会話・文字の「言語コミュニケーション」(バーバルコミュニケーション)に限定されるものではない。

「非言語コミュニケーション」(ノンバーバルコミュニケーション)という、コミュニケーション総体の65%を占有し、会話・文字以外の情報をベースに相手の心情を読み取る
コミュニケーションがある。



音楽・美術らの芸術文化表現に留まらず、身近なところで言えば、身振り・手振りなどのジェスチャー、表情・顔色・沈黙・触れ合い・アイ・コンタクト・目つき、性別・年齢・体格などの身体的特徴、そして、イントネーション・声色などの周辺言語。

更に、空間・時間・色彩などに至るまで、言語以外の様々な手段によって伝えられ、対人コミュニケーションが図られている現実を知れば、「非言語コミュニケーション」の包括力の大きさに驚きを禁じ得ないだろう。

例えば、家族が共有する「空間」の中で、「会話」が弾む食事風景は「食卓」と化し、一つの「食文化」を構成するが、「沈黙」の中での食事風景になれば、「非言語コミュニケーション」の「空間」になり、「食卓不在」の寒々しい風景を印象づけてしまうだろう。

そこに、「非言語コミュニケーション」が内包する、当該家族独特の関係構造の精神的風景が炙(あぶ)り出されてしまうのである。

映画の家族もそうだった。

葛城家
葛城清が仕切り、支配し、家族4人が共有する「空間」の中には、「権力関係」と思しき関係構造が露呈されていて、しばしば、息苦しくなるような構図が映像提示されていた。

葛城家には、会話中心の「言語コミュニケーション」が拾われていたにも拘らず、本稿の冒頭で言及した、「中華レストラン」⇒「帰宅後の保夫婦の子供の怪我」のシークエンスで露呈された、実質的に破綻した当該家族の関係構造の歪みが、このシークエンスのあとに続く「家族崩壊」の凄惨さを約束してしまうのだ。

そして何より、「非言語コミュニケーション」としての「空間」を作り出し、それを共有する格好の食事風景について言えば、手料理なきコンビニ依存に象徴されるの、「食文化」としての「食卓」の不在の精神的風景に止めを刺すだろう。

「非言語コミュニケーション」の欠損は、「情緒的結合体」・「役割結合体」としての家族の、救いようのない機能不全性を常態化し、家族の関係の実態を抉(えぐ)り出す。

「家族共同体」・葛城家の崩壊
詰まる所、「虚構の城」としての「家族共同体」・葛城家の「ディスコミュニケーション」の欠損の痛ましさは、「言語コミュニケーション」・「非言語コミュニケーション」という、私たちホモ・サピエンスの最強の武器を有効に駆使することなく、言語交通の偏頗性(へんぱせい=一方通行性)によって、まるで約束されたかのように、健全な「情緒的結合体」の構築を自壊させ、既に、顕在化していたダークな風景を全開したという一点に凝縮される。

均しく貧しい時代では、「パン」の確保が第一のテーマだったから、自ら必死に働く葛城家の権力的亭主であっても許容範囲を超えないかも知れないが、「パン」の確保を達成して得た便利すぎる現代社会では、「情緒的結合性」の強弱によって決まってしまうのである。

「情緒的結合性」が決定的に脆弱なら、「ミニ共同体」としての「虚構の家族」は自壊する。


「ネガティブな感情の吹き溜まり」が酸鼻(さんび)を極めた時、「家族」という物語に関わる一切の現象が終焉するのだ。

時代が変わったのである。





4  「応報刑主義」の立場に依拠し、死刑存置を迷いなく支持する





稿の最後に、死刑存廃問題について言及したい。

先進国で実質的な死刑存置国が日米だけであるという世界の趨勢とは無縁に、死刑存廃問題について、犯罪を抑止する目的で設置される「目的刑論」に対する概念である、「応報刑主義」を根拠とする存置論を支持する理由について、私の持論を書いておきたい。

1948年に起こった免田事件・免田栄(ウィキ・2007)
結論から言うと、免田事件・財田川事件など、無罪が確定した死刑事案による誤判の怖れの問題をクリアしていさえすれば、仮に、死刑制度の犯罪抑止効果が検証されたとしても、私は「応報刑主義」の立場に依拠し、死刑存置を迷いなく支持する。

日本人我慢強く且つ、臆病な民族(隣人と競争する「勝ち気」を有するが、「強気」にあらず)であると考えているので、最も大切な特定他者の命を奪われても、多くの場合、「その夜の侍」のような復讐劇に振れることがない。

それでも、対象喪失の危機に直面し、普通の日常性の再構築を手に入れられないだろう。

では、どうすればいいのか。

周知の通り、「光市母子殺害事件」の本村洋(ひろし)さんは、自殺未遂の辺りにまで精神的に追い込まれた絶望的状況の淵にあって、何とか踏み止まり、「犯罪被害者は泣き寝入りしてはならない」という思いを結集して、「全国犯罪被害者の会」の血の滲むような努力を繋いでいった。

その結果、国家を動かし、メディアを動かし、世論を喚起して、法廷の場で堂々と争う「犯罪被害者」を立ち上げ、加害少年に、死刑という究極の刑罰の適用を勝ち取るに至る。

「光市母子殺害事件」犯罪被害者のグリーフワーク ―― その茨の道の壮絶な風景

自らが負った甚大な心的外傷と必死に折り合いをつけた、本村さんの13年間の闘争には、正直、頭が下がる。

絶対に喪ってはならない愛する者を、喪った時の辛さ。

まして、その喪失が残虐な殺人事件に起因する「突然死」だったら、残された者の衝撃は筆舌に尽くしがたいだろう。

拠って立つ自我の安寧の基盤が、根柢から崩されてしまったのである。

そればかりではない。

本村さんは、絶対に喪ってはならない者の死の第一発見者だったのだ。

この激甚な心的外傷がフラッシュバルブ記憶(閃光記憶)と化し、これ以降の本村さんの自我にべったりと張り付いてしまうのである。


「私は死ぬ寸前まで助けを求めて私の名を呼んだであろう弥生を、抱きしめてやることもできなかつた。それどころか、妻の変わり果てた姿に恐怖すらした。いくら動転(どうてん)しょうと、いかに我を忘れようと、妻を抱くこともできなかつた私はなんと情けない人間か。私はそんな自分を、今でも許せない(略)妻が受けた屈辱、娘が受けた苦しみに比べたら、自分の苦悩など、いかほどのことでもない」(手記)

ここまで犯罪被害者の自我を切り裂き、言語を絶する懊悩(おうのう)の極限状態の渦中で、本村さんは言い切った。

「犯人をこの手で殺す」 

Fが死刑にならないのなら、今やそれだけが、妻と娘に対する罪悪感から解き放たれる唯一の方法だったのだ。

しかし当然ながら、本村さんは、自らを「もう一人の犯罪加害者」に変換させなかった。

「もう一人の犯罪加害者」に変換させない代わりに、国家権力に対し、制度として存在する、加害者への刑罰を行使する権力を委ねたのである。

だから、内閣府調査によると、「死刑もやむを得ない」とする存置論者が8割を優に超えているのだ。

つまり私たち日本人は、「犯人をこの手で殺す」ことができないが故に、拠って立つ国民国家に、然るべき刑罰の執行を委ねているのである。

報道機関に初公開された東京拘置所内の刑場
死刑判決が確定したら、6箇月以内に法務大臣は執行命令を出す。

この刑事訴訟法第475条によって、執行命令が規定されているのも周知の事実。

しかし死刑存置国であるにも拘らず、この制度は守られていない。

明らかに、行政府の怠慢である。

この行政府の怠慢が、遺族の人たちの心を深く傷つけ、膨大な数に上る地下鉄サリン事件の被害によって、PTSDで懊悩する人たちのラインが途切れることなく、その凄惨さな風景を、今なお晒し続けているのである。

この不条理は、遺族にとっては終わりの見えない煩悶と化し、PTSDで懊悩する人たちの人生の時間を食い潰していくのだ。

「私は死刑という制度に反対する人間です。偽善者だと思うかも知れませんが、私は人間に絶望したくないんです。死刑は絶望の証です。人間の可能性を根源的に否定する制度です…私は稔さんの本当の家族になるつもりです。そういう関係性の中から、何とか、他人の痛みが分る、そういう心が彼の中に芽生えることだけを祈り続けます」

順子と稔
この言葉は、「正義に向かって猪突猛進的な人物」(赤堀雅秋監督インタビューより)・星野順子の堂々としたマニフェスト。

相当程度、イデオロギーが塗(まぶ)されていて、それを隠れ蓑(かくれみの)にしているという印象を拭えないが、忌憚のない意見として認めたい。

そうであるなら、この国の立法府を動かすような、死刑廃止の持続的なムーブメントを起こし、その運動を繋いでいって欲しいと心底、思う。


(2017年11月)