圧巻の法廷劇のリアリティ。
際立つ東出昌大の表現力。
真っ向勝負の社会派映画の傑作である。
1 「そもそもこの裁判がおかしいのは、警察が原告になっていることですよ」
2002年
東大大学院情報理工学系研究科の特任助手をしているプログラマーの金子勇(以下、金子)が、薄暗い自室で2ちゃんねるの掲示板にハンドルネーム47でコメントを書き込んでいる。
金子 |
「暇だからfreenetみたいけどP2P向きのファイル共有ソフトつーのを作ってみるわ。もちろんWindowsネイティブな。少し待ちな―。」
【P2Pとはピアツーピアのことで、ネットワークに接続されたコンピューター同士がサーバーを介さずに直接通信する方式だが、ウイルスがネットワーク全体に拡散しやすいことや、感染源を特定するのが困難な点などが指摘されている】
P2P |
程なくして、金子はそのソフトを2ちゃんねるの掲示板に掲載した。
早速、テレビでは、このWinnyの問題点が報道される。
「今、大量の映画や音楽、ゲームなどがインターネット上で不法にやり取りされています。使われているのは、Winnyと呼ばれるファイル交換ソフトで、全国に200万人以上のユーザーがいると言われています…このソフトを使用することで通常はコンテンツの利用に必要な料金を支払うことなく、自由に映像や音楽をダウンロードすることができるため、著作権保護の観点からも規制を求める声が高まっています…」
2003年11月26日 大阪府大阪市
サイバー犯罪専門の弁護士・檀俊光(以下、檀)が他の弁護士たちを集め、ピア・ツー・ピアについて講義をするが、年配の弁護士はついていけない。
2003年11月27日 東京都文京区
金子の住むマンションの前に、物々しく数台の車が乗りつけられた。
その頃、群馬県高崎市では、京都府警によって、著作権法違反の疑いでWinnyユーザーの井田正弘が逮捕され、愛媛県松山市でも、同じくWinnyユーザーの南恭平が逮捕された。
京都府警ハイテク犯罪対策室警部補の北村文也(以下、北村)らが、金子の部屋に捜査令状を持って入り込み、金子が使っているパソコン複数台を押収した。
北村(右) |
大阪府大阪市
Winnyユーザー逮捕のニュースを居酒屋で聞きながら、檀は、この事件を担当することになった同僚の奥田弁護士から弁護のサポートを頼まれた。
「もし開発者が逮捕されたら弁護しますよ。ま、逮捕は絶対ないですけど…技術に罪はない。結局、個々人の扱い方の問題やから…」
壇(右)と浜崎 |
アメリカでも似たような事件で、いずれも開発者は逮捕されていないと断言する檀。
「出る杭は打たれるっちゅうことか」と奥田。
「出過ぎた杭は打たれないとも言いますけどね」と檀。
「そんなスゴイ?Winny作った人って」と浜崎弁護士。
「ネットやと、神のように崇められてる。Winnyはまさに未来を先取りした技術や。いつか、世界を変えるような」
一方、事情聴取された金子は警察の事情聴取に眠そうに答える。
「なぜ、Winnyを作ろうと思ったんですか?」
「freenetっていう別のソフトウェアの技術が画期的だったので、それに感化されて作りました。あの、さっきから何回も同じこと言ってません?」
「著作権侵害の蔓延が目的だったんちゃうか?」(因みに、この「蔓延」の言葉が法廷で問題になる)
「ですから…」
そこに北村が部屋に入って来て、Winnyのホームページの閉鎖を求めると、金子は構わないと答えたが、それだけでは根本的な解決にならないと、誓約書を書いて欲しいと手を合わせて頼んできた。
「Winnyの開発を止めるっていう宣言をね」と北村。
「はあ…はい、分かりました。私にできることなら、なんでも協力しますので」と金子。
そして、金子は北村が用意した誓約書を書き写し始めたが、「著作権法違反を行う者が出てくることは明確に分かっておりました」との文言に引っかかり、それを北村に確認すると、そのまま書いてくれればいいと返答される。
「これ、後で訂正できるんですよね?」
「当たり前がやな」と北村。
かくて、金子は最後まで書き写した。
6ヶ月後
その頃、愛媛県警ではニセ領収書を作成して経費を落とす不正が常態化していた。
その不正を唯一人行わない巡査部長の仙波敏郎(以下、仙波=せんば)が、上司の命令でニセ領収書を書いた部下の山本巡査に説教する。
「ええか。ニセ領収書を書いたら私文書偽造で3カ月以上の5年以下の罪になる。それを元に公文書偽造すると、1年以上10年以下の罪や。詐欺や業務上横領は10年以下。それだけの罪を犯したもんが、1000円のものを万引きした人間を捕まえて調書取れんのか」
仙波(左)と山本 |
「自分もよくないことやと思うとります。でも、皆がやってることですし」
「そしたら、何のためにするんや」
「組織のためです」
「組織のためなら、何をしてもいいんか?」
「ほじゃけど、どうすればええんです?言いたいことあっても、辛抱して従うのが普通の人やないですか?みんな、仙波さんみたいに、強(つよ)うないんです。堪忍してください」
絶句する
一方、京都府警が逮捕令状を持って金子を捕捉した。
奥田からの電話でテレビを点けた檀は、ニュース映像で金子が著作権法違反幇助(ほうじょ)の罪で逮捕されたことを知る。
開発者の弁護なら引き受けると奥田に言い切った檀は、早速、事件の検証に入った。
プログラマーの中島と名乗る男から檀に電話が入り、2ちゃんねるの住人が金子の力になりたいと弁護費用を集めることになり、弁護士名義で口座を開設して欲しいとの申し出を受ける。
檀は弁護士の林と共に、金子に接見しに行く車の中で資料に目を通し、黙読する。
「著作権などの従来の概念が崩れ始めている。お上の圧力で規制するのも一つの手だが、技術的に可能であれば、誰かがこの壁に穴を開けてしまって、後ろに戻れなくなるはず。最終的には崩れるだけで、将来的には今とは違う著作権の概念が必要になると思う」(檀のモノローグ)
林(左) |
金子と初めて会った檀は弁護団を結成し、事件の把握を急いでいる段階であることを説明していくが、裁判で証拠となってしまうので、自分で納得しない調書には絶対に署名しないようにと警告した。
次に、裁判所で検事が金子に尋問する。
「あなたは、著作権侵害の蔓延目的でWinnyを作ったのですか?」
「そんなこと一度も言ってませんよ」
「でも、警察の取り調べの中でそう書きましたよね」
「あれは、そう書けと言われたのであって…」
続いて、五条警察署では何の説明もなく、京都地方検察庁刑事部検事の伊坂誠司(以下、伊坂)から調書に署名を求められた金子。
伊坂(左) |
「ねえ、頼むわ。協力して欲しんやわ」
そこには、「著作権侵害の蔓延目的でWinnyを開発したわけではありませんと言いましたが、裁判所での発言は嘘です。弁護士に入れ知恵されました」と書かれていたが、金子はそのままサインしてしまう。
金子の弁護費用は通帳が複数冊に及ぶほど集まっていた。
檀は金子が検察の調書に署名したことを知らされ、警察署の留置所へ行き、金子にその理由を質した。
「捜査には協力した方がいいのかと思いまして…」
「協力?デタラメにサインすることが?」
「でも、それは裁判所で訂正すれば…」
「裁判所で訂正すれば、信用してもらえると?」
「はい…」
「…自白調書に署名してしまったら、全部自分が喋ったことになってしまうんですから」
「でも、サインしても訂正できるんじゃ?」
「残念ながら、できません」
それを聞いて、項垂(うなだ)れる金子。
「金子さん、闘うしかないですよ」
檀は、2ちゃんねるの有志が集めた支援金が記帳された通帳を取り出し、金子に見せる。
「みんな、金子さんの無罪を信じてますよ。読めますか?」
「はい…47シガンバレ、マケルナ、47フレーフレー、47ハムザイ、イキロ47…ガンバレ…」
金子は通帳に記載されたメッセージを自ら読み上げ、涙する。
警察署での伊坂による取り調べ。
「さっさと罪を認めた方がええよ。認めたらすぐ釈放されて、自由の身や。ずっと閉じ込められるんは、ややろ…お前には責任いうもんがないんか!」
机を叩き恫喝する伊坂に対し、金子は腕組みをして黙秘する。
テレビではコメンテーターがWinnyの危険性を技術テロ、情報テロと決めつけ、雑誌では金子の自宅から見つかったエロビデオを並べて、変態扱いする始末だった。
「そんな横暴許してたら、日本の技術者は誰も新しいことにチャレンジしなくなりますよ」と檀。
まもなく金子の保釈が認められ、檀が囮(おとり)となって沸き立つメディアの取材攻勢をかわし、金子はホテルへ到着したがパソコンはなく、最愛の姉など、接触できない人物のリストを渡され、不自由な状態が続くことになる。
一方、愛媛県警の仙波は、テレビで警察に蔓延するニセ領収書の件を告発する元会計課長のインタビューを、勤務する交番で山本と共に観ていた。
弁護士事務所では、検察から公判請求が出されたところで依頼していた刑事事件のスペシャリスト・秋田真志(以下、秋田)弁護士を交えて、Winny弁護団による打ち合わせが行われた。
右から浜崎、林、壇、桂(弁護団長)、桜井(事務所スタッフ)、秋田(手前) |
「幇助はただの言葉ですよ。問題は、彼らがなぜ金子さんを逮捕したかです。その裏の意図を理解しないと、結局、検察の掌(てのひら)の上で遊ばれるだけになってしまう…そもそも逮捕までの動きが性急すぎると思いませんか?」と秋田。
「…仮にその裏の意図を掴めたとして、どうすれば?」と檀。
「性急さは命取りです。待つんです。敵が尻尾(しっぽ)を見せるまで」
秋田 |
金子は求めに応じて東大に退職願を提出し、自宅へ戻って行った。
2か月後
金子が事務所に来て、近くの食堂で食事をしながら、檀が金子に今後の裁判闘争について話をする。
「これからの道のりは、厳しいものになると思います。私は自分の人生の5年間を金子さんのために使うので、金子さんは日本に生まれてくる技術者のために残りの人生使って欲しいです」
金子は、その話を噛み締めながら聞いていた。
初公判の日がやって来た。
金子の意見陳述。
金子は弁護団長の桂から受け取ったペーパーを、辿々(たどたど)しく読み上げていく。
「Winnyの開発公開は技術的実験であって、著作権侵害の手助けをするといった意図ではありません。Winnyの開発は日本のためになると思ってやったことですから、社会に迷惑をかけるためにやったのではないです。私は無罪です。金子勇」
愛媛県警のニセ領収書の裏金問題は、テレビや新聞で県警による否定のニュースが流される。
事件の推移がパラレルに展開する、その裏金問題の記事を話題にする事務所で、「杭を打つには杭を打つ人、支える人、指示を出す人の3人の協力が必要だ」という秋田の話を耳にした檀が閃(ひらめ)いて、林に捜査関係者の顔と名前をボードに掲示してもらい、捜査のリーダーが誰なのかを皆に問いかけた。
直後の公判で、捜査した京都府警ハイテク犯罪対策室の一人である畑中健一を証人として呼び、檀は捜査を指示したリーダーが誰であるかを聞き出そうと尋問する。
しかし、検察の異議によって、裁判長は「捜査に関する尋問は打ち切ってください」と尋問を却下してしまう。
「ダメだ。全部うやむやにしやがって」と檀がボヤキながら、弁護団は事務所に戻って来た。
「そもそもこの裁判がおかしいのは、警察が原告になっていることですよ」
事件の本質を衝く秋田の指摘だった。
2 「新聞社は情報提供者についての情報を知っていますが、それを明かさないからこそ、匿名性が成り立ちます」
その頃、裏金問題に固執する仙波は地元の伊予乃新聞社を訪れ、記事を書いた松山記者に抗議する。
「松山さん、県警が出した報告書はデタラメですから。もっとちゃんと取材してもらえませんか?」
「県警の発表を載せただけですよ。それに、それが正しいとは一言も言ってませんが」
「それが真実かどうかを調べるのが、記者の仕事やないんですか?」
「仙波さん、いい加減、察してください」
メディアの無責任さが浮き彫りになっただけだった。
公判。
北村が証人として呼ばれ、檀の尋問によって、捜査を指示したのは田畑班長であるが、捜査手法は北村に一任されていたこと、そして当初、金子は作っただけで使った人が悪いという認識だったことを証言する。
「捜査の手法に関しては一任されておりました」(北村) |
続いて林が、被告人は元々参考人であり、捜索の際も金子本人からの質問に対し、「被疑者ではない、取り調べではない」と繰り返し言っていたにも拘らず、一転して、なぜ金子が被疑者となったのかと問い詰める。
「捜査会議とかで決まったということですか?」
「いいえ、事情聴取はWinnyの機能やシステムについて聞く予定やったんですが、彼が取調室で、著作権侵害を蔓延させて、著作権の枠組みを変えるんやと言い始めたんで。自分としたら、どうしたらいいのかと、悩みましてねぇ…」
この北村の証言を耳にして表情を歪め、顔と手を大きく横に振る金子。
裁判所を後にする金子と弁護団を取り囲み、いつものようにメディアスクラムが炸裂する。
次の尋問が山場となると踏んだ弁護団は、主任弁護人の秋田が反対尋問に立つことを確認し合う。
誓約書に書かれた“蔓延”という言葉を普段使っているかと秋田が疑義を呈し、金子に確認すると、北村に無理やり書かされたことを初めて明かした。
「なんでそんな大事なこと今まで言わなかったんですか」と檀は呆れたが、金子は悪びれず、笑いながら「すんません」と答えた。
しかも「誓約書」として書き写された用紙が、自らが経験した事実を書き、署名・捺印する書面である「陳述書」に差し替えられていた。
公判。
金子が陳述書を書いたか否かについて、秋田は北村を尋問していく。
「これは全て、金子さんの任意で書いたのですか?」
「いや、それは違います。本人が普段、字は書かないのでサンプルはありませんかと聞いた訳です。サンプルはないので見本を書いてあげようかということで、私が書きました」
「因みに、その見本は今でもお持ちですか?」
「恐らく、もう廃棄したと思いますけど」
更に北村は、自分では誓約書とは言わず、金子がそう言っていたに過ぎず、陳述書として書かせたことを認めるのだ。
そこで、秋田はその陳述書の見本を見せ、明瞭に「そうだ」と認める北村。
「この書式、供述調書と同じようになってますね」
「そうです」
「“蔓延”という言葉は、特殊な表現だという認識はありますか?」
「いいえ、そうは思いませんが」
「あなた、前回の証言で、“蔓延”という言葉を金子さんが使っていた記憶があるとおっしゃっていましたが、それはどの場面ですか?」
「取り調べの最中です。彼の趣旨を見極めるために10分くらいそこにおりましたので」
「あなた、金子さんの2ちゃんねるでの発言を見たことあるわけですよね。その中に一度でも“蔓延”という言葉は出てきましたか?」
「いや、覚えがないですね」
「あなた前回、著作権団体との接触を認めておられますね」
「ええ」
ここで秋田は、著作権団体から調書を取った際の「著作権侵害の蔓延」という言葉があるのを提示し、他にも同じ文言が入った調書を示した。
秋田は警察の不正の本質を衝いていく。
「あなたは『著作権侵害が蔓延している』という表現を、11月27日以前に耳にしていたのではないですか?」
「…いや…私は、そういうことは聞いておりません!この調書を見たのも、そういう調べをしたというのも、今、ここで初めて知りました…初めて知りました!」
ここで裁判長が北村の言葉を遮り、「次の質問をして下さい」と秋田に促す。
秋田はにっこり笑って弁護団席に戻る。
刑事弁護のスペシャリストの本領が発揮されたのである。
忘年会の場で、「どうやって北村に、作文やて認めさせたんですか?」と事務所スタッフの桜井が質問した。
「“蔓延”という言葉は金子君の言葉やないわけやから、実際、捜査報告書とか著作権協会の供述調書を見てみると、北村はそれを引用した可能性がある…そこを衝いて、“蔓延”は金子君の言葉やないし、警察の中で使ってませんかって言ったら、北村は否定したわけ。守りに入る人は嘘をつきますからね、まんまと罠に嵌ったわけ…わざと嘘つかして、ピン止めして、そこに矛盾を突きつけるわけ。これが反対尋問の基本テクニック」
秋田がポーズを決め、皆が拍手したところで、改めて秋田が金子に問いかける。
「ところで金子さん、金子さんにとってWinnyって何なんですか?」
「…Winnyは私の表現なんです…プログラミング以外の言語で喋る術(すべ)を知らないので」
忘年会は大いに盛り上がったところで、最後の締めの挨拶が金子に求められる。
「私が有罪になったら、多くのプログラマーさんに迷惑がかかるので闘うことにしました。私は世の中が良くなって欲しいのが一番ですので、私を有罪にして世の中が良くなるなら、それを最優先にしてください。遠慮なく、有罪にしてくれていいですから…」
その頃、仙波が愛媛県弁護士会館で、弁護士たちを前に愛媛県警における裏金作りの不正を訴える。
「捜査費の99%以上は、警察職員が書いたニセの領収書による裏金費になっております。裏金を作るために多くの冤罪事件も起きとります。裏金を根絶せんと県警は県民の信頼を失う一方です。このままではいかんのです」
「仙波さん、今の話を記者会見でしてもらえませんか」
「分かりました」
「…ありがとうございます。私たちは全力でサポートしますけん。お願いいたします」
「分かりました。私以外のすべての警察官は、全員、裏金作りに関与しておりますから、私にしかできないことです」
驚くべき遣り取りだった。
弁護士は仙波の記者会見の日程を決め、妨害も考えられるので前日にマスコミ各社に連絡し、県警に漏れぬよう細心の注意をアドバイスした。
その前日、自宅からホテルへと向かう車を不審車が追尾してきたが、何とか当日の記者会見を迎えた。
「捜査費の支払いは、全て架空。捜査協力者に支払われた事実はありません!一つだけ言わせてください。人一倍強い正義感を持って、警察官になったはずの若者たちが、今日もどこかで裏金作りに加担させられ、警察官としての良心を蝕まれています。私は、その現実を前にこれ以上、黙っとるわけにはいきませんでした。現場で一生懸命やっとる若い捜査員やとか、寒い中、昼夜を問わず頑張っとる、そういう現場の若い警察官はたくさんおられるんです。もう一度言います。現場の警官は素晴らしい警察官です。志を持って県警に入って来る人たちのためにも、膿は全部出し切って再出発するべきやと思うんです」
そのテレビ報道に見入る山本巡査。
折しも、Winnyによる京都府警の捜査資料のネット流出がニュースとなり、Winnyへの悪印象が増幅し、金子はその修復を簡単にできるのに禁止されている状況に苦衷(くちゅう)する。
そこで檀は、金子のプログラミングを裁判で実演させ、その制作意図を知ってもらうことにしたが、金子の専門用語は一般には分かり難く、途中で閃いたプログラミングに没頭するなどして、尋問趣旨の理解を得られることはなかった。
そんな時だった。
伊予乃新聞に、“県警「裏金は実存しない」”との記事が掲載され、それを読む仙波の自宅に何者かが投石し、窓ガラスが割れた。
その伊予乃新聞社で記事を書いている松山の元に、「捜査費等(現金)受領簿」の写しのファイルが届くのだ。
Winnyで愛媛県警の捜査資料が流出していたのである。
松山は直ちに仙波の証言の裏が取れるかも知れないと考え、編集長に報告する。
片や弁護士事務所。
前回の失敗から、今度は金子の説明が一般人にも分かるように、檀が質問をして答えるという練習を繰り返していく。
その結果、裁判でその主張が徐々に理解され始める。
公判。
「1999年に書かれたイアン・クラーク氏のフリーネットの論文についてです。フリーネットというのは、言論弾圧への対策手段として開発された匿名出版システムです。あなたは、この論文を読んでどう思いましたか?」
「非常に画期的な技術、且つ画期的提案だと思いました」
「どの辺りが画期的だと思ったんですか?」
「特にフリーネットは匿名性に関して言っていますので、そこに関する主張が新しいと思いました」
「どういう点が新しいと思ったんですか?」
「新聞社は情報提供者についての情報を知っていますが、それを明かさないからこそ、匿名性が成り立ちます。しかし、実際には、新聞社は本人を知っているわけで、ただ、フリーネットは匿名性は技術的に実現できると言っていて、そこに関する主張が非常に画期的だと思いました」
「要するに、あなたが匿名性という意味は、ニュースソースを守る、それは、言論、思想、表現の自由を保障する、そういう趣旨だと」
「その通りです」
「あなたは、警察の取り調べの中で、例えば、著作権の侵害を蔓延させてネット社会の著作権の枠組みを変えたい、ということを北村さんに言いましたか?」
「絶対に言ってません」
「調書にそのような記載があるのは何故なんですかね」
「文があるのは、北村さんの作文だからです」
顔を見合わす検察側。
事務所では、桜井が愛媛県警の裏金疑惑を一面トップで伝える新聞を見せた。
「仙波さんが告発していた裏金の証拠が流出していたみたいです」
「裁判とは直接関係ないとは言え、何とも感慨深いな」と浜崎。
「もしかして、これが逮捕の裏の意図?」と桂。
「トカゲの尻尾でしたね…いくら尻尾を追い回しても、決して本体は姿を見せないでしょう」と秋田。
「いずれにしても、Winnyが仙波さんの告発に貢献したってことですよね?」と桜井。
極めて説得力のある被告人質問と、その後日譚が、こうして閉じていく。
3 「Winnyの開発は早すぎたのでしょうか。それとも遅すぎたのでしょうか」
一方、金子は保釈中の接触を禁じられている姉に携帯で電話をかけ、留守録に迷惑をかけていることを謝り、元気でいるというコメントを残した。
仙波の元には携帯による脅しがかかる。
「お前、何で記者会見なぞしたんじゃ!許さんぞ!」
「“許さん”言うんは、警察の犯罪を暴いた私を許さないということか、それとも、警察の犯罪を許さんと言うことか。どっちなんです?」
「…覚えとれよ」
【現在の「公益通報者保護法」には罰則規定が不十分なので、不利益な取り扱いを抑止できず、まさに命賭けの行動なのである。ここに仙波の覚悟が読み取れる】
公益通報者保護法の再改正の必要性 |
検察の最終尋問。
「あなた自身Winnyを開発されてる時に、今の日本の社会で言論が脅かされているとか、弾圧されてるとか、そういう認識はあったんですか?」
「はい。その認識はずっとありました」
「それは具体的にどういう点ですか?」
「世界には、公表することで制限を受けてしまう情報も数多くあると思います。また、その情報の発信者は、攻撃を受けてしまう可能性もあるわけで。そうならないように、匿名性を担保する技術について考えていました」
「発信することが制限を受ける情報というのは、具体的に何を指しているんですか?」
「何か、告発であったり、著作物でもいいです。公表することによって攻撃を受けてしまう場合でもいいです。匿名で情報を発信したい場合は、すべて当て嵌まります」
ここから、金子の最終陳述が始まった。
「私は、科学技術は素晴らしいものだという1970年代に生まれ育ちました。今でも私は、科学技術は素晴らしいものだと信じています。そして、これまで私は色々なプログラムを作り、発表してきました。新しい技術を生み、表に出していくことこそが、私の技術者としての自己表現であり、私なりの社会への貢献のあり方だと考えていたからです。10年前にWinnyを作ったのも検証ができなかったでしょうし、10年後にWinnyを作っても、ありふれた技術だと見なされたでしょう。Winnyの開発は早すぎたのでしょうか。それとも遅すぎたのでしょうか。最近私は、そんなことも考えます。Winnyについて色々と言われていますが、これらの問題は、全て技術的に解決可能であり、Winnyは将来的には評価される技術だと信じています。(ここで、ポケットからUSBを取り出す)今日ここに、色々と言われてきたことに関しての対策を施してきたWinnyを持ってきました。しかし、今の私にはこれを公開することすらできません。私がWinnyの開発の中断を余儀なくされてから、既に2年半以上の時間が経過しました。その間にも世界中では様々な技術が生まれ、私の方でも新しいアイディアを思いついています。ですが、今の私は、それを形にすることはできません。私にはそれが残念でなりません」
「今日ここに、色々と言われてきたことに関しての対策を施してきたWinnyを持ってきました」 |
最終意見陳述を終えた金子は、深々と頭を下げる。
そして迎えた一審の判決。
「主文、被告人を罰金150万円に処する。理由を述べます。罪となる事実。被告人は送受信用プログラムの機能を有するファイル共有ソフトWinnyを製作し、その改良を重ねながら自己の開設したWinnyウェブサイト、及び、Winny2ウェブサイトと称するホームページで継続して公開及び配布をしていたものであるが、第一、南恭平が法廷の余罪事由なく、かつ著作権者の許諾を受けないで25本のゲームソフトの各情報が記載されているハードディスクと接続したパーソナルコンピューターを用いて、Winnyを起動させ、同コンピューターにアクセスして不特定多数のインターネット利用者…」
その判決を受け、無念の表情を浮かべる檀、安堵の表情を浮かべる北村。
金子の有罪判決の新聞報道と、メディアの集団的過熱取材の攻勢。
金子を空港で見送る檀との会話。
「まだ負けたわけじゃないですよ。次も頑張りましょうよ」
「申し訳ないです。日本では、一度有罪になってしまうと、次に無罪になったとしても名誉の回復は難しいんです。それに裁判を続けるということは、金子さんの開発者としての大切な時間を奪ってしまうことになります。それを考えると…」
「まだまだこれからですよ。もっと、バンクしましょうよ」
二人で飛び立つ飛行機を見上げる。
7年後。
金子の葬儀会場を訪れた檀の元に、金子の姉が走って来た。
「…弟も喜んでいると思います」
「いや、私は何も…」
「弟は檀さんと出会えて幸せだったと思います。亡くなる直前も檀さんの話ばかりしてましたから…檀さん、これ持っててもらえないですか?」
金子の姉 |
姉は金子が掛けていた眼鏡を檀に渡す。
「弟は、この眼鏡をかけたまま倒れました…この眼鏡は、弟の生きざまそのものだと思うんです。最後まで決して諦めなかった弟の…」
ここまで言い及んで、二人は空を見ながら映像は閉じていく。
以下、エンドロール。
「金子勇は7年の歳月をかけ、最高裁で無罪を勝ち取るも、無罪判決から1年7か月後、急性心筋梗塞のため42歳でこの世を去った。『未来の技術者のために』という意思を貫いたが、再び技術者として過ごせたのは、わずか半年であった。金子勇が遺したプログラムは、今日もどこかで動いている」(キャプション)
金子勇さん(中心)、桂弁護士(左)、壇弁護士(右から二人目)、秋田弁護士(右) |
「日本が失った天才、金子勇の光と影」より |
素晴らしい演技を披露した俳優陣。左から三浦貴大、東出昌大、吹越満 |
―― ここで、Winny事件についての概括する。
【2002年、ユーザー同士がファイルを共有できるソフト「Winny」が2ちゃんねるで公開された。無料なうえに簡単に使うことが可能で、匿名性も高かったためにWinnyは瞬く間にユーザーに広まるが、大量の映画やゲーム、音楽のデータが違法アップロードされてしまう。さらにはその特性を悪用したウイルスも流行。感染すると意図しないデータが流出してしまい、警察や自衛隊の内部資料などが漏えいする事件も起きたことで、大きな社会問題となった。2003年、Winnyの利用者が初の逮捕。2004年にはソフトを開発した金子勇が著作権侵害行為を幇助した共犯容疑を問われ、京都府警察に逮捕された。サイバー犯罪に詳しい弁護⼠の壇俊光はWinnyの技術を評価しており、また「誰かがナイフで⼈を刺した場合にナイフを作った⼈間を罪に問うことができないのと同じく、Winnyの開発者を裁くことはできない」と考えていたため、金子を弁護し、裁判で警察の逮捕の不当性を主張した。
しかし2006年、一審の京都地方裁判所は、金子はWinnyが違法に使われていることを知りながらソフトの開発・公開を続けたとして有罪判決を下す。これに対して二審の大阪高等裁判所は、一審の京都地裁判決を破棄し、金子に無罪を言い渡す。その理由を「ソフトの提供者が著作権侵害の幇助と認められるためには、悪用される可能性を認識しているだけでは幇助罪の条件として足りない」と述べた。そして2011年、最高裁判所は「Winnyは適法にも違法にも利用できる中立価値のソフト」と判断したことで検察側の上告を棄却し、金子の無罪が確定した】(「映画ナタリー公式アプリ Winny事件とは?」より)
4 出る杭は打たれる文化の脆さ
「私、一般常識に疎くて…私、普通のこと、あまり知らないですよ。それこそ、幼い頃から宇宙の雑誌ばかり読んでましたから。空ばっかり見てるから、色んなところにぶつかっちゃうし」
「宇宙への憧れが、金子勇を作ったんですね」
「宇宙って、あまりにも無限すぎて、個人で囲い切れる範囲を超えてるじゃないですか。人類が終わるまでに理解できるかも怪しいわけで。でも、コンピューターの宇宙なら、私一人でその大部分に触れることができるんじゃないかって考えたんです。小学生の頃に。まだ、夢半ばですけどね…」
小学生の頃の金子 |
これは、事務所に戻って来てからの檀と金子の会話である。
壇弁護士がインタビューで「栄光なき天才」と称した金子の人となりが伝わってきて頬が緩むが、残念ながら、世事(せじ)に疎いこの極端な非武装さがサイバー警察のターゲットにされた挙句、成すがままに身を委ねる行為に振れていく。
「誓約書」という名の「陳述書」に署名するという行為は、自立した成人の振る舞いの範疇を超えている。
検挙件数を上げて存在感をアピールするためなのか、サイバー警察の罠に嵌った男の脆弱性だけが晒されて、掌中の珠(しょうちゅうのたま/ここではPC)を奪われた男の寂寥(せきりょう)が、宇宙の縁(へり)の欠片(かけら)に届くことなく虚空に漂流している。
そんな男の前に出現した、壇俊光という名の辣腕なる相棒。
夢見の天才への天からの贈り物だったのか。
夢見の天才とそこだけは切れて、折れないリアリストの相貌を見せる相棒が動いていくことで変容する景色は、夢見の天才が旋回する体躯が地を踏むには、双方のナラティブのサイズが程々に折り合っていた。
しかし、これは刑事事件なのだ。
サイバー警察のプロに答えを逆提示してしまう林弁護士のような正攻法の尋問では、残念ながら勝負できないのである。
壇(中央)から「素人みたいな尋問するのは止めて下さいよ」と批判される林(左)に対して、尋問のテクニックを教える秋田(右) |
弁護団長となる桂弁護士が刑事事件のスペシャリスト・秋田にサポートを求めたのも、法廷のリアリズムの視座で言えば至極当然のこと。
斯(か)くして、秋田の尋問技術がサイバー警察の先端となって動いた北村警部補を追い詰めていく。
この丁丁発止(ちょうちょうはっし)のシーンは本篇の白眉である。
秋田は公判後の飲み会で「わざと嘘つかして、ピン止めして、そこに矛盾を突きつけるわけ。これが反対尋問の基本テクニック」と吐露した。
テレビドラマとは位相が異なるリアルな法廷劇が生まれた所以である。
然るに、その結果は見ての通り。
罰金150万円の有罪判決。
これで勝てなかったら、もう手の施しようがない。
それでも闘うと言い切った金子。
プログラミングでの宇宙遊泳への夢を捨ててまで闘うと宣言したのだ。
7年もの貴重な時間を懸けた法廷闘争に踏み込む男には、Winny事件で証明せねばならない何かがあった。
プログラマーとしての矜持もあったが、それ以上に、自らが作り上げたプログラミングを塵芥(じんかい)にするわけにいかないからだ。
だから、「未来の技術者のために」闘うのである。
ラストに残した金子の表情 |
命を擦り減らしても闘うのだ。
そして勝ったが、本当に命を擦り減らしてしまった。
享年42。
急性心筋梗塞で斃れた男に残されたのは、勝訴後、僅か半年間という時間のみ。
悔いはない。
出る杭は打たれる文化を変革せねば、この国は「前例主義」という陋習(ろうしゅう)に囚われたままになってしまうのだ。
「第一審で有罪判決を受けたときに罰金150万円を払っていれば社会的には解決して、金子さんはプラグラムの世界に戻れたはずです。しかし、金子さんは大好きなプログラミングを諦めてまで裁判で闘った。そこには未来の技術者や若い人たちに向けたメッセージがあるのではないか。(略)『この裁判に勝者はいない。どちらも敗者だ』という話を聞きました。第一審での有罪判決を受けたときに全ては決まってしまった。最高裁で無罪を勝ち取っても、7年の時間を奪われた金子さんは本当の意味で勝者とはいえない。それを訴えるべきだと思いました」
松本優作監督 |
松本優作監督のインタビューでの言葉である。
真っ向勝負の社会派映画を構築した、若き作り手の手腕に脱帽する限りである。
若き作り手が構築したこの社会派映画で描かれた重要なテーマに、匿名性に関わる問題提起があるので言及する。
「新聞社は情報提供者についての情報を知っていますが、それを明かさないからこそ、匿名性が成り立ちます」
想定問答を経由しての壇弁護士の尋問に対する、金子自身の公判での反応である。
ここで、壇弁護士は確認する。
「要するに、あなたが匿名性という意味は、ニュースソースを守る、それは、言論、思想、表現の自由を保障する、そういう趣旨だと」
「その通りです」
更に、検察の最終尋問においても金子は答えている。
「世界には、公表することで制限を受けてしまう情報も数多くあると思います。また、その情報の発信者は、攻撃を受けてしまう可能性もあるわけで。そうならないように、匿名性を担保する技術について考えていました」
これこそ、金子の開発意図だったのだ。
私たちが得てして見逃してしまう匿名性の有用性について、金子は強調したのである。
匿名性の弊害ばかりが語られ、その悪弊を断ち切ることだけが議論される我が国の文化の狭隘さについて、私たちは思い知らされるだろう。
先入観という認知バイアス(直感などに頼って非合理的な判断に振れる心理傾向)を希薄にする匿名性の悪用が問題であって、匿名性それ自身が問題ではないのだ。
この辺りの映画の切れ味を理解できなければ、社会派映画の真骨頂が読めないのではないか。
暗号化通信を用いて、匿名性の高いデータの情報交換を実用レベルで具現化したこと。
これが大きかった。
また、この映画は二つの物語をパラレルに展開させていて見事だった。
もう一つの物語の肝は、金子のような希少性が高い人物に対する、権力サイドの徹底排除という陋習の変わりにくさを描いていたこと。
以下、フォローしていく。
「公文書偽造すると、1年以上10年以下の罪や。詐欺や業務上横領は10年以下。それだけの罪を犯したもんが、1000円のものを万引きした人間を捕まえて調書取れんのか」
映画での仙波の極めつけの言辞である。
出る杭は打たれる。
自己主張や異論に冷たく、人間関係の円滑ばかり求めるから、「組織の論理」で動いてしまうのだ。
批判精神・独自性のメンタリティが育ちにくい。
「組織の論理」から逸脱したら辛い目に遭う。
「自分もよくないことやと思うとります。でも、皆がやってることですし。…組織のためです。言いたいことあっても、辛抱して従うのが普通の人やないですか?」
仙波に対する山本巡査の反応である。
だから若者もチャレンジより安定を指向してしまうのだ。
仙波の記者会見を観て変化していく若き警察官・山本 |
前例依存・他社追随という傾向が日本の企業社会において顕著に出ているのは、お馴染みの風景である。
ベンチャー企業が育たないのは自明である。
【起業家(アントレプレナー)を育成する「教育アントレプレナーシップ教育」が求められる所以である】
社会に出ても、若手社員は指示待ちの傾向が強く、問題発掘・問題解決の意欲に乏しくなる。
映画で描かれたように、この調和重視の傾向が、不正を働いても罪に問われないという「組織の論理」が跋扈(ばっこ)するからである。
そして今(2024年6月8日現在)、鹿児島県警を巡る不祥事隠蔽疑惑の問題が浮上している。相変わらず、「組織の論理」が幅を利かせているようである。
【鹿児島県警トップである本部長の隠蔽疑惑を訴えたのは、鹿児島県警の前の生活安全部長・本田尚志容疑者(60)】
かくて、「出る杭」を個人として抑圧することは、画期的なイノベーションを抑圧する傾向を生む。
多様なフィールドでの技術開発が抑圧され、呆気なく潰されてしまうのだ。
開発者をも抑圧する社会の異常さは殆ど狂気の沙汰である。
「包丁が殺人に使われたら、包丁という道具を作った人が捕まるのか?」
中村修・慶應義塾大学教授の痛罵(つうば)である。
中村修・慶應義塾大学教授 |
あり得ないことだ。
出る杭は打たれる文化の脆さ。
これに尽きる。
―― ここで、本作を簡便に総括してみる。
科学技術の発展は、開発者の試行錯誤の繰り返しの中に担保される。
Winny事件では、開発途上で、ユーザーの悪用によって明らかになった著作権侵害の問題を技術的に解決できるにも拘らず、開発者の犯罪として裁くことによって、開発者の生命線としての試行錯誤の機会を権力的に剝奪(はくだつ)してしまった。
そのことで、日本の技術者の新たな開発意欲を委縮させ、即ち、日本における科学技術の発展を阻害してしまったのである。
何か問題が起きた時に技術的に解決しようとせず、その試みを犯罪として全否定してしまう狭隘さ・怯懦(きょうだ)・姑息さ。
新たな取り組みにチャレンジする人たちへの無理解と冷遇の状況、失敗を学習材料とせず、有害なものとして潰してしまう硬直した思考回路を放置すれば、競争力を失うばかりか、我が国の科学技術の衰退に歯止めが効かなくなるだろう。
【余稿】 出る杭を打たれた二人の表現・証言者
その1 「セキュリティ基盤の専門家たちが抱いた映画『Winny』への想いとは?『金子勇という栄光なき天才を知ってほしい』」というインタビュー記事の引用。
【壇弁護士は、一番心に残った金子との思い出について「実は映画にはなっていないんですが、一審が終わったあと『僕はプログラムを触れなかったら、死んでいるのも一緒だ。毎日ゆっくり死んでいる』と言われたことです。東出さんも、もし可能だったらそのシーンをやりたかったとおっしゃっていました」と悲しげな表情を見せる。続けて、壇弁護士は、金子が劇中で言う「世の中のためになるなら、僕は有罪になっても構わない」という台詞についても「本当に彼が言った言葉です。忘年会で締めの一言をお願いしたらそう言われたので、『わしら、あんたを無罪にするために集まっとんねん』と大阪弁でツッコみました(笑)。映画では軽くあしらっていますが、実際にはもっと激しく言いました」】
壇俊光弁護士 |
その2 「映画『Winny』に登場する警察裏金問題を告発した仙波敏郎さんにインタビューしました!/質問5:裏金問題や冤罪を防ぐにはどうすればよいのでしょうか」というインタビュー記事の引用。
【この問題に正解はないと思っております。私自身、「裏金作りに加担しなければトップになれないなら、トップにならなくていい」と決断して告発・退職したので、制度面の改革等に貢献することができなかったという後悔もあります。まず、警察の待遇改善は必要不可欠です。警察も人間ですから、全員に生活があります。しかし、給料は低く、上司に評価されなければ転勤で不利に扱われます。生活が最低限保障されていなければ、正義を追求することは難しいのかもしれません。昇任試験の不正も防止して、適切な捜査指揮のできる人間を管理職に登用する仕組みも整えなければなりません。このように、待遇や人事面を改善して、警察官がちゃんと正義を追求できるようになり、正義感のある良い人を採用できるようにしなければなりません。また、取調べの可視化は捜査実務に大きな影響を及ぼしたと思います。録音録画されている場面では違法なことができませんから、可視化の範囲を全ての取調べ・事情聴取に拡大すべきだと思います。同じように、職務質問をするにあたってボディカメラを着用することも良いアイディアだと思います。このような捜査活動の記録化は、警察にとっても自身を守ってくれる制度になるはずです】
仙波敏郎・元巡査部長 |
匿名性に逃げ込まず告発した仙波敏郎さんについてウィキで調べると壮絶な履歴が確認できるが、これほどの人物でなければ、あれほどの行動に打って出れなかったのかと思い知らされる。
(2024年6月)
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