2024年5月17日金曜日

縞模様のパジャマの少年('08)   友情を繋ぐ冒険の危うい行方  マーク・ハーマン

 


1  「いいユダヤ人もいるんでしょ?」「もし、君がいいユダヤ人に出会ったら、それこそ世界一の探検家だ」

 

 

 

軍人の父・ラルフの昇進で田舎へ引っ越すことになったブルーノの家族。 

左から父・ラルフ、母・エルサ、姉・グレーテル


引っ越しが不満なブルーノ

ベルリンを離れる前に昇進祝いのパーティーが盛大に行われた。

 

遊び盛りのブルーノは、友達との別れを惜しみつつ、一家は列車で田舎に向かった。

 

到着した家は、立派だが殺風景な建物で、絶えずラルフの部下の軍人たちが出入りしている。 



ブルーノは窓から見える“農場”の子供と遊ぶと母・エルサに言いつつ、「もう少し調べてから」と付け加えた。 


子供ながらに、その“農場”に住んでいる人たちが変だと感じているのである。

 

ラルフに様子を聞かれ、ブルーノはベルリンに帰りたいと話す。

 

「ここが家だ。家族のいるところが家だ。ブルーノ。住めば気持ちも変わる。すぐに慣れて…」


「みんな、パジャマを着てる。窓から見える」

「それは、あの者たちは、ちゃんとした人間じゃない…私のここでの仕事は、おまえや国のために大事な仕事なのだ。彼らも国をよくするために働いている」

「でもパパは軍人でしょ?」

 

エルサが話をそらすために、ブルーノに手伝いを促す。

 

「あの子たちと遊んでいいよね?」

「やめたほうがいいわ。やっぱり変わってるから。私たちと違う。心配ないわ。友達を見つけてあげる。普通の子たちを」

 

ブルーノを行かせた後、エルサはラルフに「遠くだと聞いていたのに」と不満をぶつけた。 


「そうだ。ここから見えるなんて」

「キッチンにもいるわ」

 

いつも一人遊びをしているブルーノは退屈で、裏庭に続く小さな戸を開け、中に入っていくが、すぐにエルサに止められた。

 

ある日、古いタイヤでブランコを作るため、タイヤを欲しいとコトラー中尉に頼むと、家の雑務をしているユダヤ人に命令し、ブルーノを裏庭の納屋に案内させた。

 

タイヤで作ったブランコに乗っていると、木立の合間に黒い煙が見えてきた。 



直後、ブランコから落ちてしまったブルーノ。


先のユダヤ人に手当てをしてもらうことになる。 

パヴェル

ブルーノが名前を訪ねると、“パヴェル”と答えた。

 

エルサが帰って来たら、医者に行くと話すブルーノに、パヴェルは「必要ない」と答える。

 

「ほんとは大ケガかも」


「いや」

「医者でもないくせに」

「…医者だ」

「イモの皮をむいてて?」

「診療をしてた。ここへ来る前は」

「じゃあ、だめな医者だったんだ」

「…君は大人になったら、何になる?知ってる。探検家だ」


「知ってるの?農場は楽しい?」

 

そこにエルサが帰って来て、ブルーノのケガを見て驚いて理由を聞き、ブルーノを部屋へ行かせた後、エルサはパヴェルに「ありがとう」と礼を言った。 



姉・グレーテルとブルーノの家庭教師であるリスト先生が訪問し、冒険本しか読んでいないブルーノにドイツ年鑑の本を渡す。 

リスト先生


退屈なだけの日々に飽きたブルーノは本を読むのを止め、生来の冒険好きの思いを行動に結んでいく。

 

裏庭を抜け、小屋の窓から外へ飛び出していったのだ。 


森を抜け、“農場”の方へ向かうと、有刺鉄線が張り巡らされており、近づくと縞模様のパジャマを着た少年が座っていた。 


ブルーノは少年に話しかけると、その少年は同じ8歳で名前をシュムールと言った。

 

「ずるいな。僕はうちで一人きり。君はそこで友達と遊べて」

「遊ぶ?」

「だって、その番号。何かの遊びだろ?」

「僕の番号だ。みんな番号を持ってる」 

シュムール

そこに号令の笛が鳴り、シュムールは慌てて戻って行く。

 

「会えてよかった。シュムール」


「僕もだ。ブルーノ」
 


ブルーノはお腹が空いていると話していたシュムールのために、チョコレートを持って会いに行ったが、その日は会えなかった。

 

エルサが町へ出かけた隙に、またシュムールに会いに行った。

 

「なんで一日中パジャマ着てるの?」


「パジャマじゃない。僕たちの服を取られたから」

「誰に?」

「兵隊…兵隊、嫌い。君は?」

「大好きだ。パパは軍人だ。服を取るような兵隊じゃない…大事な仕事をしてるんだ。みんなのために国をよくしてる。君んちは農家?」

「パパは時計職人。前はね。今はクツの修理ばかり」


「大人なのに、したいことができないなんて…もう一つ聞いていい?煙突、何燃やしてるの?」

「知らない。あっちへは行けない…ママは古着だって」

「何だか、ひどいにおいだ」 


チョコを忘れたブルーノは、「今度うちへ晩ごはんに来ればいい」と誘うと、シュムールは有刺鉄線があるから無理だと答える。

 

「家畜が逃げないためだろ?」

「家畜?人間が逃げないためだ」

「君もだめなの?何をしたの?」

「ユダヤ人だから」 


ブルーノは反応する言葉を失い、帰って行く。

 

エルサがグレーテルの部屋に入ると、壁にヒトラーを礼賛するポスターが貼られ、ナチスに傾倒している様子を見て不安に思う。 


家庭教師のリストからの洗脳教育に疑問を覚える母。

 

いつものように、リストはユダヤ人排斥の考えを押し付けようとすると、ブルーノは反発して質問する。

 

「いいユダヤ人もいるんでしょ?」

「もし、君がいいユダヤ人に出会ったら、それこそ世界一の探検家だ」 


そう言われたブルーノは、シュムールを思い浮かべながら目を輝かせる。

 

早速、ブルーノはお菓子をカバンに詰めて持ち出し、シュムールに差し出すと貪り食べた。 



一方、車から降りたエルサは煙の臭いに顔をしかめる。

 

「やつら、燃やすとよけいに臭い」 

コトラー中尉

周知の事実であるという前提で口走ったこのコトラーの一言で、エルサの心は凍り付く。

 

その件について、エルサは収容所長である夫ラルフを問い質す。

 

「これは極秘なんだ…命にかけて他言しないと誓ったのだ…エルサ、君も思いは同じだろ。」

「いいえ。ラルフ、あんなことはだめ!よくも、あんな…」

「私は軍人だ。戦争で戦うのだ」

「あれが戦争?」


「戦争の一部だ。重要な一部だ!我々が望む祖国を作るためには、こういう仕事も必要なんだ」

 

近づくラルフに「来ないで!」と泣き叫ぶエルサ。

 

そこに、ブルーノが祖父の訪問を知らせに来た。

 

祖父とコトラーを交えての夕食の席で、実はコトラーの大学教授の父がスイスに亡命している事実を知るや、ラルフは報告義務を果たさなかったことを正し、苛立つ。 


気まずい様子のコトラーは、パヴェルがワインを注ごうとしてグラスを倒したことで、そのフラストレーションをパヴェルにぶつけ、殴りつけてしまう。 


ラルフもコトラーも、その苛立ちを下位の者に向かって発散させるのだ。

 

エルサはラルフを促したが、コトラーを止めようとしなかった。 


グレーテルに“農場”のことを知ってるかと訊ねたら、ユダヤ人の強制収容所であると聞かされた。 


「ユダヤ人は敵よ。危険な害虫だわ」

 

特殊な状況下にある家族の風景から、温もりがあるコミュニケーションが希薄になっていくのである。

 

 

 

2  「大丈夫。雨がやむまで、ここで待ってるんだ」    

 

 

 

ある日、「子供の手が必要だって」と言われたシュムールが、グラス磨きにブルーノの家で作業をしていた。 


ブルーノが話しかけ、お菓子をあげて貪り食べていたところをコトラーに見つけられ、厳しく問い詰めれたシュムールは、「違います。くれたんです。友達だから」と答えた。


今度は、ブルーノがコトラーに厳しい口調で問い詰められる。

 

「違うよ。勝手に食べてたんだ。こんな子、見たことない」 


ブルーノは部屋に戻され咽(むせ)び泣いていたが、意を決してキッチンに戻ると、シュムールはもういなかった。

 

その後、SS(親衛隊)の幹部が屋敷に集まり、収容所のプロパガンダ映画を鑑賞している部屋を、ブルーノも隙間から覗いて観ていた。 


そこでは文化的な環境も整い、食料も豊富で、皆、楽しそうに暮らしている様子が紹介されていた。

 

それを信じたブルーノは父に抱きつくが、ここでも母は父を無視して離れていく。 


収容所が笑みを絶やさない施設であると信じる少年は、安堵したようにシュムールに会いに行くが、そこにはもう、シュムールはいなかった。 


繰り返し通った後、ようやく会うことができたシュムールは、顔を下に向けて、いつもの場所に座っていた。

 

顔を上げたシュムールには殴られた傷跡が残っていて、思わず顔を背けるブルーノ。 


「どういうこと?収容所の映画を見た。楽しそうだった…僕、あんなことして…みんな、いろんなこと言うし、あの中尉も怖かった。何度もここに来たけど、君はいなかった。もう、僕たち、友達じゃなくなったのかと。こないだは本当にごめん。まだ友達だよね」 


黙って聞いていたシュムールは頷き、有刺鉄線越しに二人は握手する。 


そんな折、ベルリンの実家が爆撃を受け、祖母が亡くなり葬儀が執り行われた。

 

総統からのメッセージが手向けられていたのを見たエルサは、義母が喜ばないと取り除こうとするが、ラルフに手を抑えつけられる。 


今や化粧もせず、精神を病んだような日々を送っていたエルサの中枢が崩れ去っていくようだった。

 

片や、シュムールとの友情を得たブルーノは「お葬式、出たことある?」とシュムールに訊ねた。

 

「じいちゃんたち、ここで死んだけど、葬式はなかった」

 

二人はオセロゲームを楽しんで笑い合う。 



「家に帰らないで」


「僕も帰りたくない」
 


8歳の児童の心と心が通じ合い、求め合っていた。

 

一方、エルサはラルフの仕事を受け入れられず、精神的に追い詰められ、喧嘩が絶えなくなっていて、子供たちを他に移すことを決めることになる。 


エルサの思いを受け、ラルフは子供たちを呼び、自分以外は引っ越しさせると告げた。

 

それを聞かされて、シュムールの元へ行くブルーノには元気がない。

 

ブルーノ同様、元気がないシュムールが口を開く。

 

「パパがいないんだ。いつもと違う仕事に行って帰ってこない」


「僕も悪い知らせがある。よそへ行く…明日の昼ごはんのあと」

「僕ら、もう会えないの?」


「会えるよ。休みにベルリンへ来ればいい…僕も君のパパを捜すよ。君にひどいことをしたから。その代わり、一緒に捜す。秘密の任務、楽しそう」
 


ブルーノは話しながら、持っていた棒で土が掘れることに気づく。 


「何か道具があれば…」とブルーノ。

「来てもつまらない…ぼくがそっちへ」とシュムール。

「なんで?君のパパはいない。僕が行くと目立つね。格好が違う」

「大丈夫。同じ服を着て、髪の毛をそれば」

「丸坊主になるの?」

「帽子をかぶれば隠せる」

「僕のパジャマと違う」

「持ってくるよ」

 

笛の音でシュムールは急いで戻って行き、ブルーノは「サンドイッチ持ってくる。パジャマを忘れないで」と声をかけて帰っていく。

 

翌日、引っ越しの準備をしている最中に、ブルーノはサンドイッチを作り、ズボンのポケットに入れ、ジャベルを持って走り、いつもの場所へ行った。 


サンドイッチは途中で落としてしまったが、シュムールから2重に着込んだパジャマを渡されると、着替えて帽子を被り、シャベルで土を掘り始めた。 



一方、ブルーノがいないことに気づいたエルサは家の中を探し回っていた。

 

収容所へ入ることに成功したブルーノは、シュムールと共に父親を捜しに行くが、映画で見た様子とあまりに異なるので怖くなり、「やっぱり帰る」と言い出す。 


しかし、シュムールの悲しそうな顔を見て再び探すことを決め、父親がいた小屋へ入ると、突然、怒号に追い立てられて、行進する列の中に二人は巻き込まれてしまう。 



エルサとグレーテルと使用人のマリアが家にいないブルーノを探して、裏庭の小屋の小窓から出て行ったことを発見する。

 

会議中のラルフにブルーノがいないことを伝えると、ラルフは部下と共に小屋を打ち破り、大雨の中で森の中を探し回る。 



収容所では、土砂降りの雨に濡れながら地下へと導かれたユダヤ人たちが部屋に入り、服を脱ぐように命じられた。 


「大丈夫。雨がやむまで、ここで待ってるんだ」とブルーノ。 



ラルフらは有刺鉄線の前の穴を見つけ、急いで収容所内に入り、ブルーノを探し回り、遅れてエルサとグレーテルも有刺鉄線の前で、ブルーノの脱ぎ捨てられた服を見つけた。 



裸になった大勢のユダヤ人たち共に “シャワー室”に押し込められたブルーノとシュメールは手を繋ぐ。 


天井を見上げたブルーノは、そこから毒ガスが降り注がれるのを見た。 


扉の外では、中から人々の叫び声が漏れてくる。

 

事態を察したエルサは、ブルーノの服を抱き締め、泣き叫ぶ。 


ラルフはガス室の前で呆然と立ち竦むのだ。 


時すでに遅し、もう、収容所長たるラルフの仕事の誠実な遂行によって、戻るべき愛児は命を散らしてしまっているのである。

 

凄惨なるエンディングに待つラストカットの構図。 


鉄の扉の前に多くの縞模様の囚人服だけが残されていて、児童の冒険譚に関わる全てが終焉したことを物語っていた。 


【絶滅収容所で使われ、天井の穴から投げ込まれていた毒ガスは、空気に触れると致死性ガスに変わるというペレット剤のチクロンBである。尚、実話ではない映画と比較しても意味ないが、1941年10月からアウシュヴィッツ収容所では、選別され、労働力にならないユダヤ人に対するガス虐殺が開始されている。アウシュヴィッツ強制収容所の所長を務めたルドルフ・ヘスは、逃亡後、英軍に逮捕され、戦犯として絞首刑に処せられた。彼の手記『ルドルフ・ヘスの告白遺録』には、「世人は冷然として、私の中に血に飢えた獣、残虐なサディスト、大量虐殺者を見ようとするだろう。―― けだし、大衆にとって、アウシュヴィッツ司令官は、そのような者をしてしか想像しえないからである。そして彼らは決して理解しないだろう。その男もまた、心を持つ一人の人間だったこと、彼もまた、悪人ではなかったことを」と記されている。有名な一節だ。但し、社会全体を「均質化」せんとするナチズムの「強制的同一化」という根本的政策の枠内にあって、「心を持つ一人の人間」として、聖職者の家庭に生まれ、使命感が強く、厳しい父親からの教育を受けた思春期の自我に、命令に対して従順に行動する真摯さだけが刷り込まれ、突出していったと推量できる】
 
チクロンB(ウィキ)


囚人服(「ホロコースト記念館」より)


アウシュビッツ第一強制収容所の昔のガス室(「ホロコースト百科事典」より)


ルドルフ・ヘス(クラクフでの裁判で/ウィキ)


絞首刑執行直前のルドルフ・ヘス(ウィキ)



 


3  友情を繋ぐ冒険の危うい行方

 

 

 

他の子供より、ほんの少し冒険心が旺盛だった。

 

存分に弾け、羽を持つ天使のように跳び回り、奔走したベルリン時代。 


多くの友達の真ん中にいて、何もかも解き放たれているようだった。 


それが今はない。

 

タイヤのブランコに乗り、天に昇らんとして失墜するイカロス。 


独り遊びの寂しさを埋める何ものもなかった。

 

憂さ晴らしで怒鳴りつける怖い将校。 



この国の歴史を無理強いして、詰め込ませる老教師。 


不思議なのは、縞模様のパジャマを着ながらイモの皮を剥(む)く元医師。 


その縞模様の人々が農場で働く光景を自室の狭い窓から俯瞰すると、俄然、興味が湧いてきた。

 

持ち前の冒険心の強さが噴き上げてきて、矢も楯も堪(たま)らず疾駆していくのだ。

 

危険を冒すスリルが快感になっているので、誰も止められない。

 

森の枝を掻き分け、渓谷を渡り切った向こうに見えたのは、有刺鉄線を張り巡らせた広い農場。 


その一角に、小屋を建てている男たちと切れ、一人寂しげに座っている少年。 


「食べ物、持ってる?」

 

そこで出会った少年が、弱々しそうに尋ねてくるのだ。

 

その日は名前を知り合うだけで終わったが、「会えてよかった」という言葉を結び、交歓できた喜びが共有されていく。 


ここから、禁断の友情が拓かれるのだ。

 

その後、煙突の異臭の意味が分からない二人だったが、有刺鉄線の怖さだけは経験できていたので、有刺鉄線越しに会話を繋いでいく。

 

煙突の異臭と有刺鉄線の怖さの意味の正しい理解に及ばず、謎が残されるブルーノ。 


冒険に謎は付き物なのだ。

 

ただ「人間が逃げないため」の有刺鉄線が「ユダヤ人だから」という理由であると知らされても、正しい理解に及ばないブルーノは言葉を失うだけだった。 


家庭教師の洗脳教育によってナチズムに傾倒していく姉から、有刺鉄線の向こうは農場ではなく強制収容所であると聞かされた挙句、「ユダヤ人は敵よ。危険な害虫だわ」とまで言われて動揺するブルーノの家に縞模様のパジャマの少年・シュムールが出現した。 


グラス磨きの作業で駆り出されただけだったが、「ユダヤ人は敵」と教えられつつも、いつものようにお菓子を渡すブルーノ。 


それを貪って食べるシュムールに笑みを浮かべるブルーノが、なお拘泥する姉の物言いを確かめざるを得なかった。

 

「君のパパは悪い人じゃない?」

 

それを否定するシュムール。

 

安堵するブルーノ。

 

強制収容所のことも聞きたかったが、コトラーに見つかって問い詰めれたシュムールの弁明を逆に問われたブルーノは、シュムールの弁明を否定してしまうのだ。

 

「友達」と答えたシュムールを否定したことで、憂さ晴らしでユダヤ人を殴るコトラーに怯えて自己保身に走る8歳の少年が、涙に咽(むせ)んでいる。 



その後、収容所のプロパガンダ映画を信じる少年は、母と険悪になっている父への敬愛を捨てることなくシュムールに会いに行く。

 

自ら犯した失態を謝罪したいのだ。

 

しかし、シュムールとの関係の復元を手に入れられず、虚しい日々が続く。 


それでも諦めず、少年の冒険は終わらない。

 

その熱意の賜物なのか、再会を果たした少年の口から謝罪の言葉が溢れ出てきて、友情の復元を果たすのだ。 


ユダヤの少年の顔に刻まれた傷跡は、ドイツの少年が作ったもの。 


それを理解しているからこそ、「まだ友達だよね」という言葉がドイツの少年から漏れてくる。

 

有刺鉄線越しの二人の少年の握手は、この映画の極めつけの構図と化しているが、その友情に破綻の危機が待っていた。 


父母の関係が修復されず、引っ越すことになったからだ。

 

その前日、それをシュムールに伝えた後、父の行方が分からずに悩むシュムールの辛さを汲み、シュムールの父を捜すことを約束するブルーノ。

 

それは、それ以外にない少年の贖罪の行為だった。 


少年が収容所に行き、「秘密の任務、楽しそう」と言って、父捜しの冒険に打って出るのだ。

 

穴掘りの作業を始めたブルーノに、思いも寄らない言葉がシュムールから出る。

 

「僕がそっちへ」 


この映画で最も重要なセリフである。

 

強制収容所生活での言語を絶する辛さからの解放の思いの強さが、シュムールをして本音を吐露させるに至ったのである。

 

同時に言えるのは、シュムールが父捜しに対して、心のどこかで絶望の念を抱いていることを窺わせる。

 

それは行方不明になったら戻ることがないという、収容所の環境を見聞きしてきた経験の産物なのだろう。

 

思えば、「パパがいないんだ」というシュムールの言葉は父を失った少年の絶望的な嘆きであって、それ以外ではなかった。

 

ブルーノに父捜しの冒険を望んだわけではないのである。

 

ところが、収容所の現実を知る由もないブルーノにとって、シュムールの父を捜す行為こそ、二人の友情を繋ぎ止める格好の手立てだった。

 

それが少年の冒険となるので、移住地での最強の遊びと化していく。

 

シュムールにもまた、ブルーノとの友情を繋ぐ何かが欲しかった。

 

ただ、それだけだった。

 

かくて、「パパを見つけよう」というブルーノのこの一言で、少年たちの冒険が開かれていく。 


二人の少年の置かれた状況の決定的な落差が、そこにある。

 

友情を繋ぐ冒険の危うい行方に待つ異界の風景。

 

冒険好きの少年を覆う恐怖心。

 

「やっぱり帰る」 


本音を漏らすブルーノ。

 

しかし、シュムールの顔を見たら冒険を捨てるわけにいかなくなった。

 

「大丈夫。雨がやむまで、ここで待ってるんだ」 


シュムールを励ますこのブルーノの言葉は、あまりに切なすぎる。

 

これ以上、二人の少年の冒険をフォローしていく何ものもない。

 

二人の冒険が手を握り合う究極の構図で閉じていく地獄を映し出す物語に、拾うべき何ものもないからだ。 



「これだけ大きな題材を、2年も3年もかけて作るわけで、自分の信念を貫くため、ラストだけは頑なに守り通したんだ。ハリウッドのエンディングに慣れている観客には相当ショックかもしれないけど、それでこそ原作が持つメッセージがより明確に伝わると思う」

 

インタビューでのマーク・ハーマン監督の言葉である。 

マーク・ハーマン監督


―― 本稿の最後に、発達心理学の視座から児童期心理を考えてみたい。

 

人の気持ちを感じ取ることが可能な脳の前頭前野は、8~10歳くらいでほぼ完成すると言われている。 

前頭前野


同上


20世紀に心理学のフィールドで大きな功績を残したジャン・ピアジェが提唱する発達段階説の中で、7歳~11歳の時期をピアジェは「具体的操作期」と呼んでいる。 

ジャン・ピアジェ


具体的操作期



論理的思考が発達する「保存性の習得」と共に、他者の立場に立って行動できるようになる時期のことである。

 

ここで重要なのは「脱自己中心性」という概念。

 

読んで字の如く、この時期は自己中心的な考え方からの脱却を可能にするということ。

 

この「具体的操作期」において、様々な視点で物事を見ることができるようになり、他者の視点の存在に気づき、正常な人間関係の構築を具現化していくことで、自己中心的な考え方が占有する2歳から7歳までの「前操作期」を脱却していくのである。 

前操作期


物語の二人の少年の年齢が8歳だったことを思えば、とりわけ、シュムールに対する否定的行動を取ったことで自己の責任意識を感じ取り、悩み、謝罪に振れる一連の描写には、ブルーノ少年の「脱自己中心性」的な心的行程を読み取ることができるのだ。 



(2024年5月)

2 件のコメント:

  1. いつも楽しみに読ませて貰ってます。「ファイト・クラブ」について書かれる予定はありますか?

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    1. コメント遅れて申し訳ありません。
      「ファイト・クラブ」はエドワード・ノートンが好きなので、昔、観た記憶がありますが、詳細は覚えていません。衝撃的な映画だったような印象が残っています。今回、改めて調べたら興味をそそられましたが、なぜ、批評を書かなかったについても覚えていません。まだまだ、観たい映画が多くあるので、いつになるか分かりませんが再鑑賞して、できたら批評したいと思っています。

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